出立の刻
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■ショートシナリオ
担当:紺野ふずき
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月04日〜08月09日
リプレイ公開日:2004年08月13日
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●オープニング
「子犬?」
口を揃えてそう言った後、冒険者達は女の胸から肩にかけて、ぺったりとへばりついている茶色の塊に目をやった。
一同顔を見合わせて女の背後に回り込み、子犬の顔を覗き込む。子犬は物珍しいものでも見るような、好奇心一杯の黒い目を冒険者達に向け、小さな尾をふりふりと揺らした。
「‥‥か、可愛い‥‥」
と、誰かが一言。
女は子犬の腹に両手をくぐらせ、そっと地面に下ろしてやった。すると、からくり仕掛けのような、どこか拙い動作で、子犬はよちよちと歩き出す。
「生まれてふたつきしたら届けると約束したのに、家を空けられる者がいなくてねぇ。代わりに、お願いできないかしら」
依頼は、山一つ向こうにある村のとある商家に、犬を届けると言うだけの、ごくごく簡単なものだった。もちろん、冒険者達は二つ返事で頷いてみせる。
「とは言え、越後屋で買うと結構な値がするし、逃がしてしまったら大変だな」
一人が腕を組みつつ言うと、別の冒険者も頷いた。
「その村なら、二日ぐらいかかるよな。犬を連れて宿に泊まれるのか?」
「ううん、野宿かなぁ。理由を話して、頼みこんでも無理?」
いつのまにか皆、子犬の回りにしゃがみ込み、依頼人の女をはじき出している。
犬、である。しかも、小さな。
注目はすでに、女の話から子犬の愛らしさに移っていた。
早く話を済まさなければ、子犬を連れて出ていきそうな雰囲気さえある冒険者達に、女は小さな袋を手渡した。
「行きと帰りの食事はこちらで持ちます。必要なら宿も取ってくださいな。無事に届ける事ができたら、受け取った証拠になるようなものを、何でも良いから貰ってきてください。それと引き替えに、報酬をお渡ししますからね」
街道には、これと言って危険な噂も出ていない。
ともあれ旅の準備を怠って、万が一にも大事があっては、冒険者として失格だろう。
「しかし、可愛いなぁ」
「可愛いねぇ」
気を引き締めなければ、と思いつつ、顔がほころぶ冒険者達であった。
●リプレイ本文
●その犬の名は
気がつけば、依頼人の姿が消えていた。
否、消えていたと言うよりも、どこかの時点で暇を告げたであろう声が、子犬に執心していた冒険者の耳に入らなかったようである。
「あ! 名前を聞きそびれてしまいました」
橘霞(ea5053)はそう言ったあと、じぃっと子犬を見下ろした。即決であった。
「太郎! おいで〜、太郎〜」
と、顔一杯に笑顔を浮かべ、子犬に両手を差し伸べる。
(「──太郎──」)
勝手に名前を付けて良いのだろうか。
そんな安易な名で構わないのだろうか。
様々な思惑を胸に秘めたまま、名を反芻する一同。
子犬は尾を振り、霞の手にじゃれている。
名前を付けられた事など、恐らく分かっていないだろう。その無邪気さに苦笑しながら、桐澤流(ea4419)は言った。
「まぁ、本人が気にいってるようだし、良いか」
かくして、子犬の道中名は『太郎』と決定した。
●木漏れ日の散歩旅路
「嗚呼、可愛いですね」
霞の胸で尾を振る子犬を一撫ですると、風巻小雪(ea5651)は、ふっと目を細めた。その温もりは懐かしいもので、故郷を思い出したのだ。
小雪の家にも小さな犬がいた。
「久しく逢っておりませんので、子犬を見ると、つい姿を重ねてしまいます」
「そうだったんですか。故郷に‥‥。それでは、尚のこと触れていたいでしょうね」
アルファネス・ファーレンハイム(ea5088)は微笑しながら、さりげなく右手に長槍を持ち替えた。本来、左利きであるのだが、そこには小雪がいたからだ。
「子犬の世話は、皆で交代にやりましょう」
と、霞に笑いかけられ、アルファネスは柔らかに首を振る。
「犬は好きですが‥‥それは、皆様も一緒でしょう。私は結構ですので、その分を小雪様に長く‥‥」
異国の騎士は、女性に優しくする事と、奉仕を義務付けられている。ジャパンでは見ることの出来ない、優姿であろう。だが、アルファネスのそれは、単に心が優しいとも取れる。
小雪はニコリと笑い、アルファネスに礼を言った。
木漏れ日の落ちる林道が続く。
蔵音御箏(ea5623)は会話には加わらず、一歩下がって馬を引いていた。
時々、その目が、前をゆく仲間の肩越しに覗く、小さな耳や揺れる尻尾へと向く。
「触りたいなら、触ってきたらどうだ?」
魅繰屋虹子(ea2851)が御箏の背中に声をかけると、御箏は無愛想な声音で、「良い」と言った。
「犬に好かれんタチだ」
「それはどうしようもないな。しかしまぁ、皆で寄ってたかっていじり回すと、わんこも疲れてしまうか」
「あぁ。特に俺は、子犬の扱いに慣れていないからな。犬は嫌いじゃないが、どうせならでかい犬が良い」
そう言って流は笑い、背後の天野刀路(ea5654)を振り返った。
「あんたは? 犬は好きか?」
「あぁ‥‥好きだが‥‥」
「構ってやらないのか?」
敬遠しているように見えるのだろう。
最後尾を歩いている刀路は、一番、犬から遠い位置にいた。
しかし、それにはわけがあった。近くで犬を眺めていると表情が緩み、鼻の下が伸びると言っただらしのない姿を、皆に見られてしまいそうだったからだ。
「俺は、ここで殿を護らせて貰う」
皆、それぞれの位置から、犬を愛でた。
やがて林道を行く一行の前方に、小さな茶屋が見えてきた。大きくて立派な一本松が後ろにそびえている。シャワシャワと無く蝉の声の中、木陰に置かれた縁台が涼しげであった。
霞が真っ先に茶屋を指さす。
「そろそろ休憩がしたいですね。寄って行きませんか?」
「確か──茶屋があったら、皆にお団子を奢ってくださると、桐澤殿がおっしゃっていましたね」
小雪が流を振り返り、微笑する。
「‥‥忘れてなかったのか。まぁ、金には興味がないからな。好きなだけ食べて良いぜ」
と、流は言って片笑んだ。
「お! 太っ腹だな! それじゃ、遠慮無くいただくな」
賑やかな声を聞きつけた茶屋の主は、縁台に腰掛けた娘達から、それぞれ二皿ずつの団子と茶の注文を受け、店の奥へと消えていった。
「しかし、良く食いそうだなぁ‥‥」
流は一言漏らしたあと、アルファネスと刀路に目をやる。
「野郎は自腹な?」
「わかっていますよ」
アルファネスは微笑して頷くと、茶屋の松の木に馬を繋ぎ止めた。
「気持ちの良い風だ」
縁台の空いている場所に腰を下ろしながら、刀路が言う。
「本当ですね。お団子も美味しいです」
早速、運ばれてきた団子を頬張りながら、霞が頷いた。
スーイと飛んできた蜻蛉が、茶を啜る御箏の肩に止まった。虹子が指を伸ばそうとすると、ハタハタと羽を振るわせ宙に舞い上がる。
「そう簡単には掴まらんな」
虹子は団子の欠片を太郎にやって、もう一皿追加した。
「私も、お代わりお願いします」
と、小雪。流の目が、チラリと懐へ向かう。
結局、皆が三皿ずつを、綺麗にたいらげた。流の懐が少しだけ軽くなった。
●一日目の宿で
日暮れ。
一行は、辿り着いた小さな村の旅篭屋に、『犬同伴』での宿泊許可を求めた。
「とにかく、一泊だけ、お願いできませんか?」
霞がそう訴えると、主は妙な顔をして首を傾げる。
「まぁ、そこまで言われちゃあ、断れません。あたしも犬は嫌いじゃないんでねぇ。『敷いたむしろから外へ出ない』とか、『下の世話をきちっとして貰うとか』──色々と条件付きでなら、構いませんが‥‥でも、肝心な犬の姿が見えませんよ?」
「え?」
主に言われて、一同は小雪を振り返った。
子犬は宿へ入る前、霞から小雪の手に渡っていたのである。ところが、小雪は手ぶらであった。足元にも、その姿はない。
その代わり、異様に膨れた胸があった。
(「‥‥」)
──まさか、そこに?
そんな顔で小雪を見る一同。
主だけが不振そうに、眉を潜めている。
「冷やかしなら、帰ってくださいよ」
と、踵を返そうとした。
その時である。小雪の懐がゴロッと動いた。
ギョッとした主は、小雪の胸を凝視する。
「くぅん」
子犬が鳴いた。
太郎は、合わせの間から必死になって顔を出すと、ブルブルと顔を振るい主を見つめた。主は、へらへらと舌を出す太郎を見つめ返し、不意に双眸を崩す。
「部屋まではそのまま胸にしまって、他のお客様に、見つからないようにしてくれると、もっと良いんですがねぇ」
「有り難うございます! 注意します」
霞がぺこりと頭を下げる。
「良かったですね。出来れば、野宿など女性にはさせたくありませんから‥‥」
鎖兜を脱ぎながら、アルファネスは微笑した。
●川原で休息
「ぼうずか‥‥」
「惜しかったですね」
キラキラと光るせせらぎを横目に、刀路は竿をしまう。覗き込んでいた霞も、少し残念そうだ。
宿を出立した二日目。
一行の昼飯は、馬の休憩と共に川べりで済ませた。
くるぶしまでの草であっても、子犬には胸まで届く障害物である。
太郎は、皆の呼ぶ声に反応して、ぴょんぴょんと跳ねるように駆け回りはしゃいだ。
「すっかり太郎で定着したようだな」
御箏は、目を細めている虹子に頷き返し、自分も子犬の姿を眺めた。
釣りを終わらせた刀路の足元にじゃれつく太郎。照れる刀路に虹子は笑う。
刀路は片膝をつき、太郎の頭を撫でてやった。やはり、顔が緩む。
そのうちに御箏は太郎と目があった。太郎は真っ直ぐに走ってくると、御箏の横にぺたんと尻をついた。
そのまま伏せて寝てしまった太郎を、御箏はじっと見下ろす。
「今日は、野宿が良いんじゃないか? 宿も良いが、昨日は結構大変だったしな」
流は、御箏の傍らにゴロリと寝そべった。
宿に気を遣いながらの就寝は、なかなかに骨が折れたのだ。誰に咎められる事の無い野宿の方が、楽かもしれない。
「『たろう』もその方が自由でいられますね」
「今日の宿が、動物好きのご主人とは限りませんし‥‥野宿のしやすい場所を見つけたら、今晩はそこで過ごしましょうか」
アルファネスも小雪も異議は無いようだ。
もとより、野宿の準備を怠らずにしてきた一行には、宿が取れないからと言って困る事は何もない。
「危険も無いようだ。それで構わないだろう」
そう言って頷いた刀路に、流は退屈そうな声で返す。
「俺とすれば、鍔迫り合い程度の戦いは、むしろ起きて欲しいが」
「そんな物騒な事を言わないでください。太郎がいるんですから」
霞に咎められ、流は肩をすくめてみせた。
十分に休みを取り、再び出発した一行は、陽が傾くまで順調に旅を進めた。
そして、麓の村が一望できる峠まで来ると、そこで夜を明かす事にした。保存食での簡単な食事を済ませ、ランタンの灯りと星空を眺めての床である。
刀路はゆらつく火を見つめていた。
「静かだな」
「そうだな‥‥」
虹子は寝ている太郎の顔を描きながらも、欠伸が止まらない。
やってくる睡魔を払いのける事が出来たのは、小雪と、御箏、それに刀路だけであった。
●子犬との別れ
峠をくだり、一路、商家へ。
朝日が昼の太陽になる頃、届け先である屋敷へと辿り着いた。「え? 太郎って言うんですか?」
子犬の到着を待ちわびていた幼い少女が、子犬を抱き締め喜んでいる。名はすでに『太郎』で決まっていたそうだ。
霞は驚いて、少女と子犬を見つめた。
「太郎ぉ! 太郎ぉ!」
太郎は聞き慣れた名を少女に呼ばれ、パタパタと尻尾を振っている。
小雪は受取証として、一筆に押印を添えて貰い、その脇に、真剣な面もちで子犬の手形を押した。
これだけ揃えば、引き渡した証拠としては十分であろう。
ここで子犬とはお別れである。
「幸せになってね?」
霞は太郎の前足を握ると、一番最後に敷居をまたいだ。その寂しげな様子を、アルファネスが気遣う。
「確かに、今までいたものがいなくなると寂しいですね。けれど、私たちを雇ってまで届けさせたのですし、あの子なら‥‥きっと大切に育ててくれますよ」
「そうですね」
と、頷く霞の傍らで、小雪は大事そうに証文をしまいこんだ。子犬を同じ場所に隠した事は、思い出となり始めている。
「それにまだ、これを届けると言う仕事が残っていますしね」
そう言って笑い、いつかまた尋ねてみようと静かに思う。
霞の切り替えは早かった。
「では、江戸を目指して! 皆さん、張り切って行きましょう〜」
冒険者の旅に終わりはない。
出立の刻──一つの終わりは、始まりに繋がるのだ。