報復

■ショートシナリオ


担当:紺野ふずき

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月21日〜09月26日

リプレイ公開日:2004年10月02日

●オープニング

 村の畑が熊に襲われた。
 一週間の間を置き、二度目であった。
 雨上がりの地面に残された足跡は大きく、村人は顔を曇らせた。
 だが、驚きはしなかった。
 何故なら以前、この村を訪れた冒険者が、熊の存在を村人に告げていったからだ。
 皆、注意を払い、畑の収穫を早々に済ませていたから、被害も少なくて済んだ。
 裏山は実りの秋に入る。エサを探して下りてくる必要も無くなるだろう。
 集まった村人は荒らされた畑を前に、だが、注意を促しあってわかれた。
 ところがである。
 それで終わらない者がいた。
 名を時平と言う。つい先日、熊に飼い犬を殺された青年であった。
 時平は斧を持ち出すと、足跡を追って裏山へと向かった。
 脇目も振らず駆け抜ける横顔は、鬼神のようであった。

「冒険者の方は、まだおいでか!」
 男の声が飛び込んできた。
 依頼帰りの道中――急な雨を避けて取った宿での平穏は、一夜明け、ギルドと等しい緊張感に包まれた。
 表の騒ぎが気になっていた一行は、直ぐに座をただし、男の話に耳を貸した。
「お願いだ! あいつを止めてやってくれ。いくら、かわいがっていた犬が殺されたからといって、熊に仇討ちをしかけるなんて無茶すぎる。まだ、山に入ったばかりだし、深くへは行っていないと思う。あいつは山に詳しくない。熊と出くわす前に、なんとかあいつを連れ戻してくれ。‥‥誰かが死ぬのは、もう嫌だ。‥‥娘を亡くしたばかりなんだ!」
 男は、時平の友だと名乗った。

●今回の参加者

 ea0257 白鳥 氷華(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0555 大空 昴(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4361 紅月 椛(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4530 朱鷺宮 朱緋(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5027 天鳥 都(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6450 東条 希紗良(34歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6749 天津 蒼穹(35歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●朋友再び
 滋藤柾鷹(ea0858)は、額の鉢金をきつく結ぶと、腰に大小を落とした。まだ、皆が用意を終えぬうちに、襖をスイと開け放つ。その横顔は鬱として強く、苦い。案じた東条希紗良(ea6450)が、呼び止めたほどであった。
「滋藤の。何処へ行くつもりかえ?」
 物言いの調子は優雅である。だが、そこには不穏が含まれていた。無意識のうちに長槍を目指す、天津蒼穹(ea6749)の手。
「まさか、一人で先に行くつもりではないだろうな」
 供に行くぞと、目で問いかける同士に、柾鷹は「いや」と首を振った。
「直ぐに戻るでござるよ」
 背を向けた声が、僅かに緩む。
  
 熊は餌を求め、山を下りた。その途中で犬を殺めてしまったことが、刻の歯車を狂わせたようだ。犬は徘徊する死体となり、一つの幼い命を喰らった。
 飼い主であった時平は、悲しむ間もなく江戸への旅を余儀なくされた。かつては友とまで呼んだ、死霊の退治を依頼する為に。
 哀傷は墓標を立てても癒えず、仇敵の出現がそれを怒りへと変えたのだ。
「悪いことが、重なってしまいましたね‥‥。熊は、本能に従って動いている、だけなのですが‥‥」
 紅月椛(ea4361)の呟きを、数珠を指に絡めていた朱鷺宮朱緋(ea4530)は聞く。
「此度ばかりは、退治もいたしかたありませんね。残せば憂いとなりましょうし」
「気は進みませんが」
 まるで、代弁をするかのような椛の言葉に、朱緋はこくりと頷いた。
 弥勒の教えは『慈愛の心』。殺生は出来るだけ遠ざけたいところではあるが、時平の心情を酌めば倒さざるを得ないだろう。
 心優しい白の僧にとっては、その決断へ導くまでが試練のようだ。
 白鳥氷華(ea0257)と、大空昴(ea0555)は、身支度をもくもくと整えていた。羽織に袖を通し、赤い袴の脇に刀を提げる。
 隣室の準備は整ったのだろうか。やけに静かであった。
「『山』が死人憑きにならなければ、自然の摂理として済んだ事なのかもしれないな。時平殿も、さぞかし悔しいだろう」
 犬の名を漏らした氷華の青い瞳が、心なしか憂いを秘めている。それを昴は見つめた。
「でも、いくら辛くても、悔しくても、こんなのって意味がない‥‥。熊に一人で立ち向かうなんて、無茶です」
 自らを死に近づけようとする時平に、昴は納得できないと首を振る。
「ならば――時平さんに加勢しましょう。共に熊を討ち、『山』の仇を。ご友人の意も、時平さんの思いも叶います」
 天鳥都(ea5027)は、刀を手に立ち上がると、仲間に向かって頷いた。
  
 柾鷹が向かったのは、村への出入り口となる街道脇の雑木林であった。寂れた鳥居の傍らに犬の墓がある。
 時平の涙をここで見たのは、ついこの間の事だ。
 備えてある茶碗は欠けていたが、綺麗な水が汲み置かれていた。彼が、毎日訪れているのだろう。
「しばし、借りるでござるよ。時平殿は、必ず連れ帰る」
 志士は合掌し、割れ茶碗に手を伸ばした。

●怒り
 足跡を見失い、男は荒れ狂っていた。
 木々の合間をウロウロと彷徨いながら怒声をあげ、降り積もった枯れ葉を蹴り上げる。
 自分の不甲斐なさを呪い、怒りは益々激しくなっているようだ。
 一行が近づくと、時平は歩くのを止め、斧の柄を握り直した。好戦的な目であった。
 それでも柾鷹は構えることなく、ごく自然に時平に話しかける。
「時平殿。無事でござったか」
 時平は語気を荒げ、冒険者である柾鷹を拒絶した。
「『あれ』を倒す為に雇われたのなら、帰ってくれ! 私がやる!」
「一人で立ち向かっても、勝ち目はありません。あなたを心配して待ってくれている人に、哀しい思いをさせて良いんですか?」
 憤怒に染まった顔が、昴をギッと睨み付けた。希紗良が昴を背にまわし、庇うような位置に立つ。
 時平の両手は激しく震え、今にも暴れ出しそうな雰囲気が漂っていた。
「私は、運に見放された人間なんだ! 死んだって構わない。私から大事な家族を奪い、友人の家族まで道連れにした原因を作った『あれ』を、許してなどおけるものか!」
「その友人が、お前さんを止めてくれと訴えてきたよ。待つ者の気持ちは、お前さん自身が一番良く知っていると思うんだがね」
 こんな時でも冷静な希紗良の言葉に、氷華も頷き同意する。「『山』も、こんな事を望んではいないだろう」
 その名が出た瞬間、時平が突然、斧を振り上げた。
「だから、やめてください!」
 小柄な影が二つ――希紗良の後ろと、蒼穹の傍らから飛び出す。斧をかわした昴の拳が、時平の頬を痛打した。
 がっくりと膝を折り、時平は完全に意識を失って倒れ込む。
「やはり、説得は難しい、ですね」
 と、腹部に峰打ちを決めた椛が言った。

●助太刀
「やりすぎたんじゃないか?」
 槍を構えて辺りの警戒に余念の無い蒼穹が、倒れた時平に濡れた手拭いを宛っている都に言った。都は朱緋と共に苦笑しつつ、青く腫れ上がった時平の頬を見下ろす。
「ですが、これで正気に戻っていただけるかもしれませんね」
「ええ。少し、驚きましたけれど‥‥」
 思い出すに見事な速攻劇を繰り広げた椛と昴は、何事も無かったかのような顔で、都の言葉に頷いた。
「ああでもしないと、止められそうもありませんでしたから」
「右に同じ、です」
 力には力。合理的と言えば合理的であろう。
「だが‥‥まさか、のされるとは思っていなかっただろうね」
 攻撃は受けて収める覚悟であった希紗良と柾鷹は、僅かに拍子抜けした様子で、時平の傍らに腰を下ろしていた。
 柾鷹の後ろには、時平の斧が置かれている。
「取り上げてしまうのですか?」
 朱緋に問われ、柾鷹の視線がやつれ顔の時平に落ちた。
「目を覚ましてのち、状態を確認したら返すでござるよ」
「それが良い。今度は返せと暴れるかもしれないしな」
 長槍の柄を地面に突き立て、蒼穹が笑った。
 時平が目を覚ましたのは、まもなくの事であった。
 うすぼんやりと開いた眼が、覗き込む都の心配そうな顔を見上げる。
「気がつきましたね」
「私は‥‥」
 時平は口を開きかけて、顔をしかめた。腫れた頬が引きつっている。
「ごめんなさい」
 詫びる昴を、時平は物言いたげな目で見つめた。己を責めているような哀しげな瞳が、朱緋に胸の数珠を握らせる。
 
「仇討ちは止めません。けれど、相打ち覚悟はなりません。山も時平様の帰りを待っています」
 時平は沈黙した。空へやった眼差しが、僅かに揺れている。貰い涙をそっと拭う都の横で、柾鷹は握り飯を取り出した。
「時平殿。戦をするにはまず、腹を満たさねばならぬでござるよ」
 ツイと、時平のまなじりを、大粒の雫が滑り落ちた。
 呻きながら起きあがり、むさぼるように飯を食う姿を、皆、何も言わずに見守った。
「食べ終わったら、追跡を再開するでござる」
 そう言って、柾鷹は時平にあるものを手渡した。
 犬の成長と共に、古びていった茶碗。
「仇を討ってやりたいのは、皆、同じ。助太刀致す」
 たかが犬である。
 だが、男にとっては家族であった。
 有り難うと何度も、涙の数だけ言葉が落ちた。

●獣と人と
「あそこに何かいませんか?」
 谷を覗き込んでいた昴が、保存食の梅干しの種を吹き出そうとした蒼穹の袖を引いた。
 一行は足跡を追って辿り着いた崖の上で、一晩を過ごした。昨晩は暗くて良く見えなかったせせらぎが、三間先の崖下で浅い流れとなっている。対面は鬱蒼とした林であった。
「ほら、あそこです。茶色いものが‥‥」
「何だ?」
「熊かえ?」
 昴に言われて目を凝らす蒼穹につられ、希紗良も身を乗り出す。こんもりとした河原の茂みが、ゆさゆさと激しく揺れているのを確認した矢先、その中から茶色の塊が、もったりと立ち上がった。
 口元をしきりに動かし、舌なめずりをしている。食事中のようであった。
「いた! いたぞ!」
 声を潜めた蒼穹は、茶熊から目を離さず皆を手招きした。斧をたぐり寄せ、険しい表情で立ち上がった時平に、柾鷹の牽制の声が飛ぶ。
「時平殿、まだでござる。谷を下りるのが先決でござるよ」
 慌てるな、と諭され、時平は口を真一文字に結びながらも、素直に頷いた。
 熊は藪を出、川の中をうろうろと彷徨っている。
 崖に沿って視線を這わせていた都が、谷底に向かって伸びる傾斜面を見つけた。
「向こうから行けそうです」
「時平殿、こっちだ」
 氷華に促された時平の手が、白くなるほど強く斧の柄を握りしめる。一行はそれ以上の声を無くして、斜面を下っていった。 
 熊がおもむろに立ち上がり、空を仰いだ。体長は八尺を超える。巨大な熊だ。
 川原に下りれば身を隠す場所などない。対峙を余儀なくされた九人は、熊の大きさに身構えた。
 うおーっと、どこか抜けた声を発し、熊は水しぶきを上げて一行を分断するべく突っ込んできた。
「お前に恨みはないが、誰かが悲しむのを見たくないんでな。悪いが討たせて貰う! 天津蒼穹、いざ、参る!」
 蒼穹は渾身の力を込めて、長槍を突き上げた。だが、その切っ先は熊の肩を掠め、僅かに毛を散らしただけに留まる。熊は再び吠え、蒼穹の前でゴオと立ち上がった。
 その背に時平が躍りかかる。
「よくも!」
 猛り狂った時平は、闘気に包まれた斧を振り上げ、熊の背に一撃を食らわせた。するりと柄が時平の手を離れる。熊は武具を突き立てたまま身をひねり、前足を下ろすと時平に向かって突進した。
 時平の前に躍り出る柾鷹と希紗良。熊は鼻息を荒げ、たたらを踏んだ。肩を怒らせ二人に歩み寄る。
「時平様、こちらへ」
「もう、気が済んだでしょう。残る貴方の仕事は、無事に帰る事、です」
 朱緋と椛の声を受け、時平は武具を吸い込んだ広い獣の背中が、四本の太刀を浴びても、まだ倒れずに留まっているのを見た。
 氷華の放った冷気に切り裂かれ、都と昴の太刀が熊の胸に沈んだ。冒険者の一撃が仇敵を確実に追い込んで行く。
 留めを刺したのは、蒼穹の槍だった。
 貫通した穂先を引き抜くと、熊の体は水しぶきをあげて倒れた。
「気が済んだかえ‥‥?」
 希紗良の声に時平は頷く。
「仇を討ち怒りが退いても、喪失の悲しみが消えるものではないだろう。お前さんを癒すのは、復讐と言う心ではないよ。心配して待つ者達だと思うがね」
 己の手を見下ろし、時平は俯いた。そして、ぼろぼろと涙を流す。
「山‥‥」
 都が時平の手を取り、「戻りましょう」と囁くのを見つめながら、朱緋は希紗良の言葉を反芻していた。
 母の笑顔を思い出す。それはもう届かないものだ。
 時平の悲しみが痛かった。
 ふと、希紗良を見ると、どこか遠い目をしている事に気づいた。哀しげでもあった。僧は希紗良に気づかれる前に、そっと目を反らした。
「どうした、朱緋殿」
「いいえ、何でも御座いません」
 朱緋は氷華に、そう返した。
 帰ったら酒を呑まぬか、と。
 希紗良が柾鷹に呟いたのは、山を下りる途中での事である。悲しみを背負っているのは、希紗良も同じようであったが、柾鷹は何も問わず、ただ頷いてみせた。

●和解
「死んだお前の犬がした事を、責めても始まらない。女房もようやっと、自分が目を離したから悪かったんだと、思えるようになった。お前の犬は、生前、うちの娘と良く遊んでくれた。もう、気にしてくれるな」
「庄三(しょうぞう)‥‥」
 名を呼ばれた依頼人は、犬の墓に手を合わせて黙祷した。
 備えられた秋海棠が、二人の男を見上げている。
 皆で集めている時、人を想う涙で咲くのだと、都が話していた花だ。
(「約束は果たしたでござるよ」)
 花を見下ろす柾鷹の横顔に、都のそれが並ぶ。
「無事に、帰ってきましたね。山も安心したでしょう‥‥」
 語れぬ友の代弁は、時平が墓標に告げた言葉と同じ。
 都は男の背に向かい、『お帰りなさい』と呟いた。

   *    *    *

「熊鍋ができなくて、残念でした」
「持ち帰るには、重すぎたな」
 がっくりと肩を落とす昴に蒼穹は苦笑するが、椛の思考はもっぱらあの拳に向いていた。
「昴殿がどんな人か、この旅を通して、わかった気が‥‥します」
 と、したり顔で頷くが、氷華の記憶には時平の懐に飛び込んでゆく椛の姿が、しっかりと刻まれている。
「椛殿も、以外と武闘派だと分かったな」
「本当に‥‥飛び出して行かれた時は、どうなるかと思いました」
「あの時の時平さんは、少し可哀相でしたね」
 困惑した笑顔の朱緋をちらりと見たあと、都は後ろを振り返った。
 馬の蹄が二つ、遅れてついてくる。
 あれは少しでは無かったと、二人の男は顔を見合わせた。
 帰路は江戸へ伸びる。