●リプレイ本文
●仕込み
葦簀囲いに、葦簀屋根。腰掛けには、赤い毛氈をきちんとかけた。
まだ空の青いうちから、茶屋の仕込みは始まった。
団子の飾り付けには、手先の起用さや美術力が役立った。
紺色の浴衣の裾を跳ね上げながら、ミフティア・カレンズ(ea0214)は長手盆を、自分の前に持ってきた。
椿姫妃子(ea1664)とアルファネス・ファーレンハイム(ea5088)が、ミフティアに倣って食紅のついた筆を取る。
「普通のお団子より一つ少なくして、こんな感じに目と口をつけるの♪ ね? 二つ並んだ『仲良し団子』のできあがり♪」
「あ、可愛いわね。頬も少し赤くしてみたらどうかしら」
「良い考え〜♪ まつげも書いてみる?」
「目一杯可愛いお団子にして、食べるのを勿体なくしちゃいましょ?」
フフッと微笑む娘達をよそに、アルファネスは真剣な面もちで描いた団子の顔を見下ろす。
「難しい作業ですね。小さい上に丸いので、なかなか思うように行きません」
剣を持てば器用なアルファネスも、慣れない作業に苦闘しているようだ。
ミフティアと妃子は、揃ってその手元を覗き込んだ。ほんの少し情けない表情だが、それはそれで愛らしい。
「大丈夫♪ 美味しそう‥‥じゃなかった、可愛いよ?」
「美味しそうよね‥‥じゃなくて、その調子で行きましょう、アル」
大食の二人の、咲き誇る笑顔。
「そうですか‥‥。妃子お嬢様が、そうおっしゃるのであれば‥‥」
アルファネスは次の団子に手を伸ばした。二人が『可愛い』と言う度、別の言葉を連想してしまう。苦笑しつつ、筆を動かした。アルファネスがこつを掴むのは早かった。
楽しげな団子が増えると共に、朱鷺宮朱緋(ea4530)の眼下にも、小さく切った和紙が増えてゆく。中に赤い丸が描かれていた。
団子皿に混ぜ、紙が現れればもう一本。ちょっとした運試しにもなろう。客も喜ぶに違いない。
朱緋は数十枚もこれを作ると手を休め、葦簀を見上げた。向かいで作業していた天鳥都(ea5027)も、つられて後ろを振り返る。
屋根の先端で、祭提灯が揺れていた。
「燈が灯るのが、待ち遠しいですね」
と、都は言った。
提灯の下を流れてゆくのは、まばらだが陽気な草履の群れだ。
朱緋は揃いの半纏を見下ろし、穏やかな微笑を顔に広げた。
「なんだか嬉しゅう御座いますね。この様な喧噪から久しく遠ざかっておりました故、抑えても心が自然と浮かれてしまいます」
長い寺社暮らしは、十年近い歳月を数える。祭囃子も喧噪も、朱緋の笑顔の糧となるようだ。
「お休憩も、待ち遠しいですね」
「はい。本当に」
二人はニコリと笑い、互いの作業に帰った。
殺風景だった『良縁団子』の串に、都は赤い糸を絡みつける。
「だんだんお団子〜、可愛いお団子〜♪ ‥‥うーん、これも物足りないかなぁ‥‥」
即興の歌作りに唸っていた、藤浦沙羅(ea0260)は、これに気付いて身を乗り出した。都が串から手を離すと、飾り気の無かった皿に鮮やかな紅色が生まれた。
「わぁ、御利益がありそう♪」
「『夫婦団子』です。お餅のように粘り強い良縁に、導かれるかもしれませんよ」
「うん♪ きっと、たくさん売れますよっ」
楽しげな声と言うのは、それだけで人を惹き付けるのだろう。通り過ぎ行く人の目が、ちらりちらりと葦簀の中へ向けられる。
紅月椛(ea4361)は、これを背で受けていた。
きつるばみ、こがね、黒色が、団子に振りかけられていくのを、じっと見つめる。原料は、蕎麦の実にキビ、胡麻であった。『囃子団子』と言う。滋藤柾鷹(ea0858)の案だ。
柾鷹は、三色に彩られたそれを笹でくるみ、長手盆に戻した。
「私も、お手伝いします」
「かたじけない」
たすきがけの二人は、短いやりとりを交わし、団子作りに没頭した。
祭囃子と仲間の声の、二つの喧噪が寡黙な二人を包み込む。
揃いの半纏を着た手が、皿の上で行き来した。
楽しげに、またはひたすらに。一行は仕事に精を出した。
「あ、女将さん♪」
「感心だねぇ。しっかりやってるじゃないか」
様子を見に来た女将は、葦簀に下がるお品書きを一目みるなり、満足そうに微笑んだ。そして一言。
「‥‥あんた達。冒険者なんか止めて、うちの店に来ないかい? え」
柾鷹の肩に手を置いた女将の顔は笑っていたが、その声には何故か相当の迫力があった。
●茶屋番
穏やかな晩だ。
風は僅かで、月も明るい。
お囃子の音と提灯の燈に誘われて、練り歩く顔は、どれも柔らかだった。
「お団子、お団子、おいしいお団子♪ ひとつ食べればにっこり笑顔♪ ふたつ食べれば幸せいっぱ〜い♪」
そこに、一際陽気な笛の音と歌声が流れ始める。
ミフティアは茶屋の『のぼり』を手に舞いながら、行き交う人々に声をかけた。
「ほっぺが落ちちゃうお団子、如何ですかぁ?」
「仲良し団子、囃子団子、良縁団子、色々揃ってまぁす♪」
と、歌の合間に沙羅も笑顔を振りまく。
店の中では、妃子とアルファネスが腰掛けの一つを陣取り、美味そうに団子をつまんでいた。
「お代わり、お持ちしました」
椛から受け取った皿は、すでに四枚目である。
やってきた団子は、たちまち妃子の口の中へ消えた。アルファネスは心配で、湯飲みを傾ける事も忘れている。
「あまりお召し上がりになりすぎると‥‥」
「大丈夫よ、アル。心配しなくても、私が食べたぐらいじゃお店は潰れたりしないわ」
「いえ、お身体に触りませんか‥‥?」
「止められないの」
妃子は小首を傾けて微笑すると、突然、声を強めて言った。
「だって、とっても美味しいから! それにほら、客引きをしている方達も素敵よね」
妃子と歌姫は、互いに片目を瞑りあった。
客足は上々であった。
女将が最初に用意した『招福団子』は全く売れなかったが、店頭での客引きと、工夫を凝らした団子達が受けたようだ。
常に腰掛けの半数が埋まると言う、盛況ぶりであった。
舞いは、ミフティアから朱緋に交代している。
「足を止めて頂けましたのも、一つの縁。更なる御縁は、如何で御座いますか?」
まるで、花に寄る蝶のように。
客は青年が多かった。
●それぞれの喜楽
ミフティアは、椛の手を握りしめて歩いた。
祭の楽しさを感じる事に、国の違いはないのだろう。
揚々と足取りも軽い。
椛も提灯や露店をぼんやりと眺めている。
「珍しいですね」
ミフティアは、椛の一言に立ち止まった。
若い行商人が売っていたのは、水の中を涼しげに泳ぎまわる金魚であった。
「わぁ。お土産に持って帰りたい」
「少し、お値段が張るかと、思います」
手が届く額ではないのだが、その優美な動きは離れがたい。二人が見入っていると、隣の飴細工屋の親父が剛毅な笑い声をあげた。
「お嬢ちゃん達じゃあ、そいつは無理だなぁ。これで我慢しときな」
そう言って作り始めたのは、涼しげに泳ぐ練り飴の金魚。それを、串に刺しミフティアに手渡した。
「わぁ、美味しそ‥‥えへへ、綺麗♪」
「正直だねぇ。よし、そっちのお嬢ちゃんにも」
白くなるまで練り込んだ飴に、ぷうと息を吹きいれる。和鋏でぱちんぱちんと切り整え、ひれに食紅を落とせば、あっという間に二匹目の金魚の完成だ。
椛が懐に手を伸ばすと、親父は「お代は良いよ」と手を振った。
思わぬ収穫物である。
二人は甘い金魚を手に、人の波を泳いだ。
「あ、二人が戻ってきたわよ。私たちも休憩にしましょう」
「本当? わぁい、行く行く♪ アルさんも、もちろん行くよね?」
妃子と沙羅の視線を受けて、アルファネスは躊躇した。
「私めは、ここでお待ちしております。柄に合いませんし‥‥どうぞ、お二人で楽しんできてください」
従者の辞退に、妃子は苦笑顔だ。
「何言ってるのよ、アル。護衛が離れちゃ駄目でしょう? お祭りだからって油断してると、何か起きた時後悔するわよ? しっかり守ってくれなくちゃ」
息抜きしなさい、と継ぎ足す妃子。
そこまで言われては、付き従う者として、逆らうわけにはいかない。
「は。お供致します」
アルファネスは、背筋と指先を伸ばした起立で、妃子に返した。
葦簀囲いの露店の間を、三人はそぞろ歩く。
お面、煎餅、田楽、手鞠。
チリンチリンと軽やかな風鈴の音も、時折そこに混じった。
「あ、似顔絵がある♪ 皆で描いて貰いたいなぁ」
「お願いしてみましょう」
手を繋いだまま走り出す二人を、騎士は微笑で見送った。
空の正面に月が上る。
柾鷹はお運びに、片づけ、掃除と裏方に徹しながら、仲間の舞いを眺め、祭囃子を聞いていた。
休憩と言えば、団子と茶を腰掛けで味わったのみであるのだが、柾鷹にはそれで十分であった。
腰の刀をおろしただけで、冒険者には休息となるのかもしれない。葦簀を背に、喧噪に浸る。
ふと、提灯を見上げる柾鷹の後ろで、誰かの囁き声が聞こえた。
さりげなく、葦簀の裏を覗き込む。
「胡麻、美味しい」
「はい‥‥キビも、美味しいです」
団子をもぐもぐとやっている。ミフティアと椛であった。最後の一つを口に放ると、ミフティアは両手を頬にあてがい笑み崩れた。
「蕎麦も美味しい〜」
休憩から帰ってきて姿を見せない理由は、ここにあったようだ。柾鷹は二人分の茶をいれた。
「座られては、いかがでござるか」
柾鷹が声をかけると、ミフティアは慌てて団子を隠した。
「あ、えっと、味見なの。美味しいって解ってないと、ちゃんとお勧めできないもん♪ ね?」
茶を受け取りながら、背の高い志士の顔を見上げる。柾鷹の目は静かであった。
「そう言えば、柾鷹のお兄さんは休憩しなくて良いの?」
「合間を見て、休んでいるでござるよ。それに今日は、ああ言った手合いが多い故‥‥」
柾鷹が顔を上げる。下卑た声が往来をやってくるのだ。三人は、葦簀の影から顔を覗かせた。
酒に酔った男が三人。すれ違う者に因縁をふっかけては、吠えるように笑っている。
そして、店の前まで来ると、客引きをする都と朱緋を口説き始めた。
朱緋と都は困惑顔で、詰め寄る男達から目を反らす。男達は、へらりと笑って二人を取り囲んだ。
やりとりの声は聞こえない。一人が朱緋の手首を掴む。
椛とミフティアが出て行こうとした時、男はおどおどと手を離した。店の奥を見つめて、じりじりと後ずさる。
一同は見た。
柾鷹の射抜くような視線が、男達に据えられているのを。
男達はばつが悪くなったのか、顔を見合わせて雑踏に消えた。
ホッと胸を撫で下ろす、都と朱緋。
ミフティアと椛は、この一部始終に感嘆した。
「店の中に居ても、色々と楽しいでござるな。祭りと言うものは‥‥」
若い鷹の瞳は、すでに静かであった。
●されど団子
「それでは、行って参ります」
「宜しくお願いしますね」
都と朱緋の休憩は、一番最後に巡ってきた。
夜が更ける毎に増す、人いきれ。
二人は甘酒屋の腰掛けに座り、混雑から逃れた。
朱緋は一つ一つの屋台に、興味津々といった目を向ける。
「見るものが多くて困ってしまいますね」
その無垢な様子は、まるで子供のようであった。
都は「ええ」と笑って頷きながら、両親の手を引かれてやってくる幼子を見やった。
思わず、クスと笑ったのは、幼い頃の自分が重なったからだ。
「どう致しました?」
と、朱緋に問われ、都は目を細めて頷いた。
「ええ、昔を思い出したんです。迷子になって泣いた私に、両親が飴を買ってくれて‥‥」
「まぁ、そんな事があったのですか」
見下ろしてくる優しい顔と、二つの温もり。
大きくなった今も、それは都の宝物である。
「そうだ。飴を買いに行きませんか?」
朱緋は頬に手を添え、少しだけ頬を赤らめた。
「どうしたら良いのでしょうね。本当に今日は‥‥笑う事を止められません」
楽しい刻と言うのは、過ぎるのが早い。
茶屋番の夜は、瞬く間に数日を数えた。
皆が考えた団子は、茶屋のお品書きとして正式に加えられる事となった。沙羅が歌い続けていた歌も、宣伝文句にすると言う。それほどまでに、好調な売れ行きだったのだ。
賃金の他、皆は一皿の団子と茶を楽しんだ。
「何をなさってるんですか?」
笹の裏に竹串を走らせる都に、アルファネスが気付く。
「両親に、持って帰ってあげようと思って‥‥」
串と串の間に、ちょこんと置かれた丸い団子。
夫婦団子は、家族団子になっていた。
「御利益ありますよっ」
と、沙羅が小さな握り拳を作って頷く。
『幾年も恋ひ四季重ね君が背に祭りの囃子懐かしく聞く』
いつまでも、二人の笑顔と恋心が絶えぬようにと。
詩を書き添えた笹でくるむと、都はそれを大事そうにしまいこんだ。