●リプレイ本文
●未来予知
光が―――陽が見せる未来とは―――?
「潮時か、潮時だね? そうだね?」
「なっ、まさか‥‥!?」
「それではさらばだ諸君。願わくば、また会うような事は避けたいね? そうだね?」
●力の願い
場所はキャメロットギルドの前。幾多もの冒険者が行き来しているその場所にて、立ち話しながら待ち合わせをしているだろう集団があった。
ブライトンにて活動する組織、光の支配者を殲滅する為に集った冒険者達だ。
そこへ、黒い鎧兜で全身を覆った騎士が姿を現す。
「皆さん、既にお揃いのようですね」
エクター・ド・マリス。円卓の騎士ラーンス・ロットの弟であり、彼もまた円卓の騎士を目指し日々努力している王宮騎士だ。
「お、来たようだな」
エクターの姿を認め、声をかけるはレイア・アローネ(eb8106)。そして彼女と話をしていたメグレズ・ファウンテン(eb5451)がエクターに顔を向ける。
「今までの経緯について色々と聞いていましたが‥‥改めて実際に見ますと、凄いですね」
「そ、そうですか?」
今回が光の支配者との初めての関わり合いになるメグレズは現状を把握する為に、報告書を読んだり仲間から話を聞いていたようだ。エクターもやはりとにかく重装甲の人とでも聞いていたのだろうか。
「パラディン候補生、鳳・美夕だよ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
次いでエクターに挨拶するはこちらも彼とは初見である鳳美夕(ec0583)だ。赤く長い髪を棚引かせる彼女はパラディンへと至る為の修行中という珍しい人物だ。
珍しい職業といえば今回の依頼人もまたそう言えるだろう。
「今度こそ異端共めらを殲滅し、囚われの天使を解放せねばならぬ。ついでに円卓の騎士の茶会に出る予定がパーになったゆえ、その恨みも晴らしてくれるのだ」
「‥‥円卓の騎士に憧れる身としては後者の気持ちも一応分かりはしますが‥‥」
「はっはっは、細かい事は気にしない方がいいのだ。エクターどの、今回も前衛をお願いするのだ」
依頼人――テンプルナイトのヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)だ。気持ちは分からなくはないエクターだが、細かい事と笑い飛ばすヤングヴラド。これもテンプルナイトだからこそか。多分違う。
「天の御使い生き血を啜る‥‥‥外道どもが。許せはせんな」
紅天華(ea0926)は光の支配者のやっている事を知り、明らかな怒りを整った顔を歪める事で露にする。
そして、クレリック誘拐事件から始まった光の支配者の活動。今回こそ決着をつけると思っている者も多い。
「よし、今回で決着をつけてやろうぜ」
「そうですねぇ、これ以上長引くとキャメロットの騎士団が動かないとも限りませんしぃ、そうなるとライカ様の立場が悪くなりますしねぇ」
その思いを皆を代表して述べるは空木怜(ec1783)。それに同意するエリンティア・フューゲル(ea3868)も言いながらちらりとエクターを見る。視線を受けたエクターは何も言わず、ただ首を縦に振る。―――騎士団にも事は知られている、と。
「力が欲しい、俺だって何度そう思ったかわからねえよ」
心情を吐露するように呟くはマナウス・ドラッケン(ea0021)。その呟きは誰の耳にも入らなかったのか、周りからの返事は無い。
恐らくはこの場にいる者の殆どが力が欲しい―――そう願った事がある筈だ。
その願いの元となった感情は、憧れ、妬み、憎しみ‥‥人それぞれ様々だろう。
勿論、力を願う事自体は悪い事ではないし、その願いの元の感情も否定すべきものではない。
――――だが、光の支配者は歪んでいる。否定せざるを得ない程にだ。
冒険者達は光の支配者を否定‥‥殲滅する為にキャメロットを出発する。そして、彼らの歪んだ願いの犠牲者となったロー・エンジェルを救う為に。
「あ、皆に伝えたい事があるんだけど、いいかな? 友達から聞いた話なんだけど‥‥」
出発前に仲間達全員に話があると、口を開くは美夕だ。彼女が友達から聞いた話とは――――。
●終わりの始まり
キャメロットを出発し、ブライトン地方へ到着した冒険者達一行は目的のアジトがある山へと至る。
前回問題となった馬などのペットについてだが、連れてきているうち、天華と美夕は山の麓で縛り待機させるようだ。ペガサスを連れてきているマナウスと怜はそのまま連れて山に入る。さすがに今回は騎乗したまま山に入る事は避け、徒歩状態で慎重に進むつもりだ。
「また、厄介な場所に立て篭もりおって‥‥‥」
天華が思わず愚痴る通り、これから目指す場所は自然と敵に上を取られ、かつ木々が視界や動きを邪魔する場所となっている。
必然、その道中も木々や茂みが行く手を阻み、それに隠された罠が行軍を難しいものとしている。
「む‥‥ここ、かな」
この状況で頼りになるのは山や森、罠に関する技術に優れたレイアだ。彼女が敵の仕掛けたと思われる罠を発見、解除し進むべき道を作る。
また、天華のペットであるオウルの黄球、レイアのペットである鷹のラクリマをそれぞれ先行させ人気の有無を調べさせている。
何より―――。
「ん〜‥‥」
ふわふわとフライングブルームに跨りながら森の中を進むエリンティア。木の枝が服に引っかかり、服に傷を作るがそれは仕方ないと諦めるしかないだろう。彼が既に発動させている魔法‥‥達人級を超越したブレスセンサー。その効果により周囲500mの生物の呼吸を知る事ができ、敵の察知に関して言えば彼の右に出る者はいない。
よっぽどの事がない限り、敵に奇襲は許す事は無い。
ならばと、冒険者達は慎重に‥‥だが確実の歩を進める。
「あ‥‥‥」
山に入ってから数刻経った時だろうか。エリンティアが何かに気づいたように声をあげる。
ブレスセンサーで最も早く敵の存在を知る事ができる彼の発言だからこそ、冒険者達は全員彼に視線を向け、次の言葉を待つ。
「人‥‥らしき呼吸が引っかかりましたぁ。もう少し進んで同じのが複数出てくれば当たりでしょうけどぉ」
彼の言葉に従い、冒険者達は数歩更に前へと歩を進める。その結果は―――当たり。
現在位置から500m進んだ所に敵がいる。もはや戦闘の幕が開くのも近い。
「それじゃ、今のうちにね」
美夕が火の精霊魔法フレイムエリベイションを唱える。炎の力により対象を鼓舞させる魔法だ。自身を対象とし発動してから、レイア、メグレズ、怜にそれぞれ魔法をかける。戦闘中にこれらの付与をするのは非常に厳しいだろうから正しい判断だ。また彼女はその後闘気を練り、オーラによる盾を作り出す。
同様にメグレズもレジストマジックを唱え、エリンティアはアイスミラーのスクロールを広げてそれぞれ魔法への耐性を得る。
エクターも闘気を練り上げ、怜は装備に余裕がありそうな仲間にポーションを予め渡す。今までのような戦闘中にポーションを手渡すという行動がまず無理だろうからだ。
「おや、天華殿は‥‥?」
ふと、ヤングヴラドが気づく。先ほどまで居たはずの天華の姿が見えない事に。
「え? エリンティア、ちょっといいか?」
「‥‥あれぇ?」
マナウスもその事に気づき、エリンティアのブレスセンサーを頼りに彼女の居場所を知ろうと彼に声をかけるが‥‥エリンティアの反応はマナウスの言葉を聞いたからのものではなく。
「妙ですぅ。まるで敵が陣形を組み始めてるようなぁ‥‥?」
「何‥‥?」
陣形を組むという行為は敵を認識してから行うものである。それをこの距離‥‥こちらはブレスセンサーの効果で敵を認識できるが、本来なら敵はこちらを認識できない距離だというのにだ。
また罠に引っかかったのだろうか? その可能性もある―――だが。
「皆、散開をっ!」
誰かの背筋に冷たいものが走り、その直感に従い叫ぶ。冷たいものを感じたのはそこに居た全員だったのか、誰もその指示に逆らう事無く動く!
直後―――
木々を、岩を、黒き奔流が全てを薙ぎ払う――!
●The Light Ruler
「おいおい、この距離で撃ったってそう当たるわきゃねぇだろ?」
「はははははは、そうなんだがね。つい、ついね。何も知らずに準備をしているかと思うと、つい面白くなってしまってね」
「‥‥使える力にも限界があるのですから」
「まぁ、そうだね。少し自重しようかね?」
それは冒険者達から約500m離れた所にいる3人の人物の会話。ビラオ、キャル‥‥そしてゼヌエ。
ゼヌエはどんぐりのような木の実を噛み砕きながら唇の両端を釣り上げる。
「まさか今ので死にはしまい? 興ざめさせるなよ? ん?」
黒き奔流‥‥破壊を齎す重力の帯。それが通った後には一つの道ができていた。
木々も岩も粉砕されていたから、だ。
「皆‥‥大丈夫か!?」
辛うじて攻撃から逃れたレイアが砂煙舞う中、仲間達の安否を問う。
敵も正確な位置を把握できなかったのか。そして傾斜がある故に正確に狙いをつけにくい‥‥という状況もあって、咄嗟の散開で冒険者達はエクター含めて何とか重力の帯を回避する。
しかし、場所的にどうしても回避しきれなかった者がいるのも事実。
この場合、メグレズとエリンティアは何の問題も無い。例えどんなに強力な魔法だろうと無効化する事ができるからだ。尤もエリンティアのアイスミラーは一度だけであるが。
だが―――
「ぐ、何とか‥‥と言いたいところだが」
まともに食らってしまったのは美夕だ。精霊魔法に抵抗にある彼女ですら重傷を負う威力――もし魔法抵抗に失敗していたら確実に瀕死状態になっていた威力だ――かつこの距離まで届く射程。
「超越級のグラビティーキャノンか!?」
怜は連れてきていたペガサスのブリジットに美夕に治癒の魔法を命じながら、答えに辿り着く。彼もまた地の精霊魔法を使う故に。
だが彼の使う魔法とは正に格が違う。ここまでの威力の魔法を使いこなすウィザード‥‥事前に得た情報で適合するのは一人しかない。
「ゼヌエは地の魔法使いであるか!?」
「恐らく、こちらの事はバイブレーションセンサーで知られたんだ!」
ヤングヴラドが彼の者の名を叫ぶ。そして地の魔法を使える怜がこちらの事を知った魔法が何かを悟る。
バイブレーションセンサー―――地面や壁などに伝わる振動を捉えて、その原因を知ることができるようになり、動くものの大体の大きさと距離、数を知ることができる魔法。
怜の技量だとせいぜいこの魔法を使っても効果時間は6分、かつ範囲は周囲100m。だがゼヌエのような者が使った場合、効果時間、効果範囲共にエリンティアのブレスセンサーと同等のものになる。
つまり、ゼヌエは1日1回この魔法を唱えるだけで奇襲を防ぐ事ができ、今それを冒険者達に示したのだ。
「このまま纏まって留まっても狙い撃ちにされるだけだ! 攻めるぞ!」
現況を把握したマナウスの指示が飛ぶ。異論の声が仲間達から上がる事は無く、冒険者達は傾斜を駆け上がる!
勿論、それに呼応するかのように光の支配者達も動き出す!
光の支配者のうち、先陣を切るは―――やはり斧を構え突撃するビラオ。
それに剣を持った白装束達3人が続く。
弓を構えた白装束は高地という条件を活かし、そこからの援護射撃を軸に戦うようだ。
水の魔法使い、キャル、そしてゼヌエも同じく後方に位置し、魔法の準備を始める。このうち最も危険なのは言うまでも無くゼヌエだ。
対する冒険者の陣形はレジストマジックにより魔法への抵抗力を持ったメグレズを先頭とし、レイア、エクターを前衛と置く。
そこにヤングヴラドと続き、中衛の位置に怜。後衛にエリンティア、マナウスと置き、その護衛が美夕だ。天華の姿は未だ見えない。
「頼んだぞ、二人とも!」
突撃してくるビラオを見て、打ち合わせ通りメグレズとレイアに彼の対応を任せるマナウス。マナウス自身の狙いは後衛の弓使いや魔法使いだ。
「来るがいい!」
「あぁ? 活きのいい嬢ちゃんだな」
剣を構えるレイアを見てニヤリと笑みを浮かべるビラオ。メグレズも含めて彼らが激突するは必至に‥‥見えた。
「だがお前らはちぃっと手間がかかりそうなんでな!」
「何!?」
しかし、ビラオの取った行動は激突を避けた迂回。移動力に関してはビラオは2人を上回ってる為に、それを許してしまう。
「俺はなぁ、アルバーのように戦う事が好きなんじゃねぇ。殺す事が好きなんだよ!!」
ビラオの狙いは―――後衛。ビラオが後衛を狙うという事は光の支配者の前衛が薄くなり、こちらの攻撃が後衛に届くのを許してしまう行為だ。だがビラオは後衛や他の前衛の負担などまったく考えずにただ後衛に向かう!
「許すわけが‥‥無いだろう!!」
とはいってもビラオの方が移動力が高かろうと迂回するというルートを取っている以上、メグレズ達が後衛を守る為に下がるのは難くない‥‥が。
「くっ‥‥!」
後衛防衛の為にメグレズとレイアが下がると、前衛の敵3人に当たるのがエクターとヤングヴラドの2人のみになってしまう。
「ぬぅ、小癪な‥‥である!」
敵の剣による攻撃をシールドソードで受け止めるヤングヴラド。この状況ではさすがにカリスマティックオーラを唱えての支援は無理だろう。まず自分が詠唱を始めたところで敵に潰されるのがオチだ。
またエクター自体は近接戦闘ならば滅法強い‥‥が、相手もそれを理解しているのか、弓の援護射撃は全てエクターに集中させている。鎧の隙間を縫うような射撃が彼に襲い掛かる!
そしてお互いの後衛が更にどう動くか、だ。
「えっとぉ‥‥サイレンスですぅ!」
エリンティアが唱えるはサイレンス――音を遮断させ、魔法を詠唱させないようにする魔法。まず狙うは水の魔法使い。
このサイレンスという魔法、まず魔法使いに対して決まれば相手をほぼ無力化できる非常に強力な魔法でもある。だが、大きな難点があるのもまた事実。
精霊魔法を扱う者は、基本的に精霊魔法に対して非常に強い耐性を持っているからそう決まる事は無いのだ。今回も水の魔法使いに対しては数回行使して決まるかどうか、キャルとゼヌエに関してはまず決まらないだろう。
そんなエリンティアの一度目のサイレンス―――結果は決まらず。
「くっ‥‥縛り付けろ、アグラベイション!」
後衛の‥‥怜の近くまで迫るビラオ。勿論メグレズやレイアがそう簡単に通しはしないだろうが、危うい位置である事に変わりはない。
だが、だからこそ彼のできる事がある。対象を縛り付け動きを鈍らせる魔法‥‥アグラベイション。その射程内にビラオを収める事になったのだ。
「ん? ‥‥ちぃ、鬱陶しい!」
精霊魔法に対しては対して耐性を持っていないのだろうビラオ。アグラベイションの効果を甘んじて受ける事となる。
「まったく面倒な事してくれたなぁ!!」
憤るビラオの持つ斧が光る―――正確には斧に付いてる何かの光点、だ。
「レミエラ――!?」
「あぁ、便利なものだよなぁ! まさかてめぇらだけの特権とは思ってねぇだろ?」
次の瞬間、ビラオが斧を振りおろし、それから発生した衝撃波が怜を襲う!
レミエラ‥‥装備に付与する事で様々な力を使用できるようになるマジックアイテム。今回ビラオが使用したのはソニックブームが一度だけ放てるようになるレミエラだ。
そしてソニックブームの射程は怜の使うアグラベイションの射程と同等である――!
「ぐっ!?」
咄嗟にペガサスのブリジットがホーリーフィールドを高速で唱え結界を張るが、それを易々と貫く威力の衝撃波が怜に直撃する!
武器の重さを威力に乗せたのだろうその攻撃は、結界で威力が減衰したとはいえ怜を重傷に追い込むには十分すぎた。
「この状況じゃ‥‥手が空くってのは無さそうだね!」
ファイヤーボムの詠唱を完成させ、前衛の援護の為に打ち出す美夕。勿論、仲間達を巻き込まないように調整済だ。
乱戦で手が空けば奇襲をする‥‥というのが彼女の目論見だったが、さすがにそうはいかなさそうだ。
「まずはあの厄介な術士を何とかしなければ‥‥」
言いながらマナウスは矢を弓に2本番える。狙いを構えて発射するには少々手間取るだろう。それまでにどの後衛を一番優先的に狙わなければならないかを見極める。
そして――恐らくは最も危険で狙わなければならない魔法使いの詠唱していた魔法が完成する。
「では、ビラオにかけられた魔法のお返しといこうか。ん、そうだね? ―――アグラベイション、アグラベイションだ」
魔法の完成と同時に、ゼヌエのつけている指輪が‥‥正確にはそれにはめ込まれたレミエラが光る。恐らくは地の魔法を成功させやすくるレミエラだ。
完成した魔法の対象――それは範囲内の全ての冒険者達、である。
抵抗に成功したもの、失敗したもの―――結果、縛めを受けるはヤングヴラド、レイア、エクターの3人となる。特にエクターは致命的で、重装備も相まってまったく動けない状況に追い込まれたのだ。
救いがあるとしたらメグレズはレジストマジックのお陰で効果を受けず、既に動きが鈍ったビラオと同等の速度で移動できる為、抜かれて後衛にいかれる事が無い事か。
更に水の魔法使いの唱えたウォーターボムが完成し、発動する! 空気中の水分から集められた水が水弾となりエリンティアへと襲い掛かる!
この魔法の特徴は、威力はあまり高くないが、比較的射程が長い事。何よりも水は物理的なものである為にレジストマジックなどで防ぐ事もできず、どれだけ精霊魔法に耐性があろうとダメージを与える‥‥体力が低い対魔法使いには非常に有効な魔法なのだ。
「あぅ!?」
あまり威力が高くないとはいえ、達人級のものならばエリンティアに重傷を与える事も可能なものである。
キャルに関しては射程の問題か、味方を巻き込むからか、魔法を発動していない。もしかしたら予めビラオ達にフレイムエリベイションの付与をして力に余裕が無いかもしれない。
‥‥そんなゼヌエ達後衛に迫ろうとしている者がいた。
●散る命
その者は息を殺し、茂みの中へ潜んでいた。
その者は機会を窺っていた。
その者は一人で行動していた。
その者は‥‥天華だ。
「何も、表立って戦う事が全てではない」
いつの間にか姿を見せなくなっていた彼女は、エリンティアが敵を察した時に仲間達から離れて行動していたのだ。
彼女が狙うはゼヌエに近づき、とある魔法を決める事。
「一発勝負だが‥‥成功させんとな」
彼女の行動を知る冒険者達は‥‥居ない。
そして、彼女は動く。前衛の者達は全てこちらの前衛へと気を引かれている。弓使いの気も、魔法使いも、肝心のゼヌエも全員視線は前へと向いている。
「今だ―――!」
彼女は飛び出し、ゼヌエの元まで駆ける! 発動させるべき魔法は既に決めている。後は決めるだけ――!
突然茂みから飛び出してきた天華に対して敵は反応を見せていない。相手が気づく頃にはもう懐まで近づいてる筈。
後は、そう、黒の神聖魔法‥‥メタボリズムを決めるだけ。
‥‥だが、何故だろうか。その時、ゼヌエは笑ったのだ。
「え?」
天華はゼヌエに接触し、メタボリズムを発動させた。だが、それだけだ。
次の瞬間、彼女に訪れるは、逃れられない―――死。
ローリンググラビティー、マグナブロー、ウォーターボム、弓矢の射撃。全ての後衛の攻撃が天華に叩き込まれる。
そして‥‥紅天華は絶命した。
「なっ、天華‥‥!?」
今の攻防は下で戦っている冒険者達の目にも入る。尤も、そこからでは天華の生死は分からないが‥‥今の攻撃を受けて耐えられるとは誰も到底思えなかった。
冒険者達の思考を絶望が覆う‥‥が止まるわけにはいかない。
この時だけは敵の後衛の攻撃が無いのだ。今のうちにある程度状況を打破しなければならない。
負った傷は即座にポーション、またはペガサスのリカバーで回復し、できるだけ敵に攻撃を加える‥‥これが成すべき事だ。
ビラオに関してはメグレズとレイアに任せ、冒険者達は動く!
「ローリンググラビティー!」
傷を回復させた怜が高速でローリンググラビティーを唱え、発動させる。範囲内の2人の敵前衛が宙に浮かび、地面に叩きつけられる!
「やはり、一番危険なのは‥‥お前か!」
マナウスが引き絞った矢を放つ! 放たれた2本の矢は‥‥ゼヌエまで一直線に飛ぶ!!
「な、むぅ!?」
天華を殺した事で悦に入っていたのだろうか、ゼヌエはその直撃を貰う! やはりどれだけ魔法を使いこなせても、特性上どうしても脆い。
「ゼヌエ様っ!?」
キャルが叫ぶ程に、ゼヌエの傷は深い。
「ちっ、めんどくせぇな!!」
後衛への道を防がれたビラオは斧を振るう。だがあくまでも対象は弱い方‥‥アグラベイションの効果を受けているレイアだ。
「ぐっ‥‥!?」
何とか盾で受け流そうとするが、利き腕に持っていない盾では超越的な格闘技術を持つビラオの攻撃を受ける事はまず敵わない。
直撃する――!
「レイアさん! 破ッ!」
敵に攻撃された場合、必殺のカウンター攻撃を持っているメグレズも攻撃されなければ意味が無い。ビラオへの攻撃は自分の持てる技術を素直に使った攻撃‥‥それを的確に当てる事しかない。
「教皇庁より賜った使命により、汝らに神罰の地上代行を行う!」
ゼヌエが傷を負ったからだろうか、浮き足だった前衛へと攻撃を続けるヤングヴラド。だがアグラベイションの縛りは強く、連撃はできない。
「これ以上やらせはしないよ!」
それに美夕が支援の攻撃を加え、状況を好転させようと奮迅する。
また傷を負っているエリンティアは今が好機と傷を回復させる。
命が散ろうとも、戦いは続く。
●そして、現実
「く、ククク、グクググハァハハクハァ‥‥! やはり、そろそろ潮時、という事かね?」
マナウスによって付けられた傷をポーションで回復したゼヌエ。だが、その雰囲気は戦闘を続ける、というものではなく。
「これは‥‥!」
その時、全ての冒険者達の脳裏に一つの情報が思い返される。
―――それは出発前に美夕が友人から聞いたという話。
フォーノリッヂによる、未来予知。それによると、ゼヌエはこちらの殲滅よりも逃亡を優先する、という事。
フォーノリッヂでの映される情景は、最善に向けてまったく努力しなかった場合。
だが、ゼヌエが逃亡する、という事を知っている冒険者達ならば―――。
「させは、しない!」
マナウスは全てにおいて、ゼヌエを射撃する事を優先する。
他の冒険者達もゼヌエの元へ向かおうとするが、キャルを始めとする敵の後衛の攻撃、そしてビラオが道を阻む!
だが陸が無理ならば―――空から行けばいい。
「行かせはしない!」
美夕の体が炎に包まれる。そう、過去にキャルが何回か使用した魔法、ファイヤーバードだ。
ゼヌエの逃亡を許すまじと、火の鳥は飛ぶ。
事ここに至っては、後衛陣の援護の問題となる。
飛び交う矢、魔法―――そして火の鳥は、逃げる為に戦線から少し離れた所にいるゼヌエと辿り着く。
「これで終わらせるよ!!」
ファイヤーバードを解除する暇はない。傷を負っているとはいえ、ゼヌエが高速でどんな魔法を発動させるか分からないからだ。
火の鳥の猛撃がゼヌエを襲う!!
「貴様たちは、何故、何故私を‥‥認めない? こんなに、こんなに面白い事だというの、にぃ? クハアハハハ!!?」
狂気を孕んだ天使研究者の最期も、狂気で歪んだものであった。
「ゼヌエ様!? ゼヌエ様ぁ!!?」
「んだぁ? もうくたばっちまったのかよ」
ゼヌエの死。それに対するキャルとビラオの反応は正反対であった。キャルは今までの冷たいイメージを崩す程に泣き叫び、ビラオはつまらないといった風に。
「お前たち、許さない‥‥! 絶対に許すものかッッ! 殺す殺す殺すころすころすこロスコロスコロスコロスコロす殺スこロす――」
キャルはもう何も考えない。味方への被害なぞ考えずにただ自分の使える魔法を手加減無しに唱える。
「‥‥はっ、負け戦か。じゃあもうこんなとこに用は無ぇなぁ」
ビラオももう何も考えない。この戦いには興味は失せた、と。彼が取った行動は逃亡。
「逃がすか―――っ!?」
ビラオを逃がすまじとペガサスのクラウディアスに乗って、追跡を仕掛けようとするマナウス‥‥だが、キャルが暴走しているこの状況。
素早く戦いを収めなければならないこの状況で、弓が使えるマナウスが抜けると天華に続く死人が出る可能性がある。
他の白装束達も戦意を失っていれば良かったのだが、ゼヌエが死んだ事により、彼らもまたキャルと同じように半狂乱状態で武器を振り回している。
「くっ‥‥」
それに、マナウスが一人ビラオと対峙しても返り討ちに合う可能性の方が遥かに高い。
ならばと、狂気がただ暴れるだけの戦場を鎮める為、冒険者達は戦う。
●光の解放
戦闘は終了した。
光の支配者――首領ゼヌエ死亡。幹部キャル死亡。幹部ビラオ逃亡。白装束の者達、全員死亡。
冒険者達――紅天華死亡。他は全員満身創痍だが一応生きてはいる。治療の為にポーションを大量に使う事になるだろう。
「これで、終わったのですか?」
剣を支えに立っていたメグレズだが、ついには膝をつく。
「いや、まだである‥‥天使を救うのである!」
同じく立つ事もままならないヤングヴラド。しかし、神の御使いを救うべくテンプルナイトは動く。
そして、冒険者達は光の支配者のアジトへと辿り着く。そこはやはり天然の洞窟を利用したものであった。
その最深部―――。
「あれは‥‥」
呟くレイアの視線の先にあるは、巨大な十字架。
そしてそれに磔となっている一人の人物。
彼の人物の元は美しかっただろう金髪も、白い肌も、今は無惨にも赤黒く染まっている。
衣服といえるものはほぼ無く、ボロ布のようなものが一応体を覆っているだけであった。
目を引くのは背中の部分にある大きな鳥のような白き羽‥‥だが、それもやはり血に染まっている。
間違いなく、エンジェルである。死んでいるのか、それとも気を失っているのか、反応は無い。
「このようなもの‥‥!」
その光景を見て、真っ当な神経の持ち主なら憤りを覚えるのは当然だ。ましてやエクターは比較的沸点が低い。
十字架にかけよると、縛めを力ずくで破壊する。
重力に従い倒れこむエンジェルを腕で抱きとめるエクター。
「‥‥ぁ‥‥?」
息は、ある。生きていた。
「これを」
そんなエンジェルにマナウスは浴衣を被せる。服が服として役目を果たしていない為である。
「人と同じ治療でいいのか?」
見るからにエンジェルは危ない状況である。となれば医者である怜の役目である。リカバーならば確実だろうが‥‥。
「むぅ‥‥」
怜が治療している間、ヤングヴラドはアジトの中の資料を漁っていた。
天使の血を採取する秘術なぞ世間に公開するわけにはいかない。見つけ次第処分する為だ。
だが‥‥見つからない。
「もしかしたら、秘術はゼヌエが独占する為に資料にも残していないのかもね」
「それならば良いのだが‥‥」
美夕が推測を述べる。何にせよ、ここにある資料はこのままにしておくわけにはいかない。とりあえずはブライトンに運ぶ事になるだろう。
「どうやら終わったみたいですねぇ、後はライカ様にお任せですぅ」
エリンティアは何時もの笑顔を浮かべようとするが‥‥できなかった。こちらにも被害があるからだ。
組織は壊滅し、ロー・エンジェルも救った。だが冒険者達はやりきれぬ気持ちで山を下りたのだった。
●終幕
ゼヌエは死に、光の支配者に加わった者で生きているのは逃亡したビラオと捕らえられた者達だけとなった。
捕らえられた者達はいずれ処刑されるだろう。ビラオが捕まるかどうか‥‥分からない。
ロー・エンジェルは一先ずブライトンで保護され、現在は傷を癒しているという。
光の支配者に関する事件は、これで幕を閉じる。