【北海の悪夢】大海を逝く小船

■ショートシナリオ


担当:刃葉破

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 3 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月18日〜06月24日

リプレイ公開日:2008年06月26日

●オープニング

●戦慄の大海原
 ――大海が災厄の警鐘を鳴らすかの如くうねる。
 5月15日頃からイギリス周辺の近海で海難事故が頻発するようになっていた。
 始めこそ被害は少なかったものの、紺碧の大海原は底の見えない闇に彩られたように不気味な静けさと共に忍び寄り、次々と船舶を襲い、異常事態に拍車を掛けてゆく。
 王宮騎士団も対応に急いだが、相手は広大な大海。人員不足が否めない。地表を徘徊するモンスターも暖かな季節と共に増え始め、犯罪者も後を絶たない現状、人手を割くにも限界があった。
「リチャード侯爵も動いたと聞いたが、去年の暮れといい、海で何が起きているというのだ?」
 チェスター侯爵であり円卓の騎士『獅子心王』の異名もつリチャード・ライオンハートも北海の混乱に動き出したと、アーサー王に知らせが届いていた。自領であるチェスターへの物資の流入に異常が出ることも懸念しており、重い腰をあげたという。
「キャメロットから遠方の海岸沿いは、港町の領主達が何とかしてくれる筈だが‥‥後は冒険者の働きに期待するしかないか」
 現状キャメロットから2日程度の距離にあるテムズ川河口付近の港町が北海に出る最短地域だ。
 海上異常事態の解決を願い、冒険者ギルドに依頼が舞い込んでいた――――。

●北海の悪魔
 北海―――前述の通り、海難事故が多発している場所である。
 モンスターが引き起こす事件も多く発生しており、なるべく今は海に出ないのが得策であると言える。
 だが、だからといって海での仕事を生業としている者は海へ出ないわけにはいかない。生きる為に必要な事なのだから。

 北海に浮かんでいるとある商船。それもまた海での仕事を生業としている者達だ。
 今のところ、彼らの航行には何も問題は起きてない。このまま進めば1日で港町に到着する頃だろう。
「うし、今のところ異常無し‥‥と」
 呟いたのは海に異常があるかどうかを確認する見張りの船員だ。
 彼が見る限り、海は荒れてもいないし、モンスターの影が見える事もまた無かった。

 ―――彼には到底無理な事であった。何か浮かんでいるような波の動き『だけ』に気づく事は。

 グラッ‥‥。
「ん、今のは‥‥?」
 船が、揺れた。
「波、か? いや、だが‥‥」
 波によって引き起こされた揺れ‥‥それとはまた微妙に違う揺れ。
 敢えて言うなら、岩礁にでもぶつかったような揺れだ。
 だが船員の覚えてる限りではこの海域にぶつかるような岩礁は無い筈であるし、何かぶつかるようなものも見ていない。
 どういう事だ‥‥そう船員が思った時、別の船員数人が慌しく甲板まで出てきて声を上げる。
「浸水してる! どこかに穴が開いたんだ!」
「何だと!?」
 船に穴が開いた場合、すぐにそれを塞ぎ水を掻きださねば沈む恐れもある。
 勿論、船員達が取るべき行動はそうである、のだが。

「おや、お困りのようですね?」
「え‥‥?」
 船員にとって聞き慣れぬ声。そして、その声は船の中ではなく外‥‥つまり海から聞こえてくる。
 声の方に振り向けば、そこにはフードを被った小柄な男が立っていた。海の上に、だ。
 ―――いや、よく見れば海の上に立っているわけではない。まるで水でできているような小さな船に乗っているのだ。
 だがどっちにしろおかしい事には変わりない。どこを見ても水平線の海の真ん中まで、小船で来れる事自体がおかしいのだから。
「どうやら船が危ないそうですね。では、私の船に乗っていきませんか?」
「は?」
 男の申し出。だが常識的に考えて、その申し出を呑む筈が無い。
 まだ修理すれば十分問題ない商船と、こうして海に浮かんでいるだけで奇跡のような小船。小船を選ぶ理由が無い。
 ―――だが。
「おぉ、ありがてぇ!」
「頼む! 乗せてくれ!」
「こんな沈む船に乗っていられるか! 俺はその小船で逃げるぞ!」
「え、おい! お前ら!?」
 一人の船員‥‥見張りに立っていた船員を除き、口々に小船に乗せるように頼む船員。
 その様子は必死を通り過ぎて、病的なまでに男の提案に魅入られているように見えた。
「ふふ‥‥一人は残る。それでも良い、か。では行きましょう」
「待てよ!?」
 見張りの船員が止めるのもむなしく、小船に乗り込む他の船員達。
 
 そして、小船は大海を逝く―――。



 キャメロットギルド。
 日々様々な依頼が持ち込まれるこの場所にて新しき依頼が持ち込まれる。
 依頼人は、あの見張りの船員だ。
「あれから何とか残ってる船員達と協力して船を直して、俺達は港まで辿り着いたが‥‥。あれから、小船に乗ったやつらがどうなったかは消息が掴めない。‥‥あんな小船って事を考えるとどうなったかは大体分かるけどな」
 どうなったか‥‥恐らく、既に命は無いだろう。
「なぁ、おかしいとは思わないか? 何も無いのに急に船に穴が開いて、その直後にあんな小船が来て、皆あいつの言葉に疑いを持つ事なく乗ってしまって‥‥! あの男は絶対まともな人間じゃねぇ。あいつが、あいつが一体何なのか調べてくれ。そしてもしモンスターの類なら‥‥仇を取ってくれ!」

●今回の参加者

 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb5655 魁 豪瞬(30歳・♂・ナイト・河童・華仙教大国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)

●サポート参加者

シーン・オーサカ(ea3777)/ リーナ・メイアル(eb3667

●リプレイ本文

●大海を往く
 今、様々な事件が起こっている北海。
 やはり、この時期に海に出るのは危険な行為だろう。
 生きる為とはいえ‥‥そうして何かの事件に巻き込まれて死んでいった者達もいる。
 だが、それでも北海に浮かぶ船がある。
 そう―――事件の源を断つの冒険者の船だ。

「見習ウィザードの元馬祖と申します。よろしくお願いします」
 と、船に乗っている者達へ向けて挨拶をするは元馬祖(ec4154)だ。
 今、彼女の目の前に見えるは同じく依頼を受けた冒険者。そして、勇気ある船員達だ。謎の男の被害にあった船に乗っていた船員もいる。
「ヒトニウラギラリタニタタカッチタノカ‥‥」
「は?」
 その船員に片言のイギリス語で話しかける魁豪瞬(eb5655)。この国では珍しい河童の彼は、イギリス語をまったく話せないらしく、彼なりに頑張って話そうとしているようだが‥‥。どうやったらそんな言葉が出てくるのか気になるところである。
「えっと‥‥仲間を奪われたとは辛いの‥‥と言ってるそうです」
 どう考えても伝わる気配が無い彼が次に取った行動は自分の国の言葉で話し、それを仲間‥‥琉瑞香(ec3981)に訳してもらうという事だ。
「あ、あぁ‥‥。‥‥今まで長年付き合ってきた仲間達だ。辛くないわけがない」
「ナズェミデルンディス! カテキヲウツ!!」
「あいわかったの! ミーが必ず仇を討つのぢゃ!! ‥‥だそうです」
「‥‥なんか調子狂うなぁ」
 謎の男に連れ去られた仲間の事を思い出しているのか、船員の顔に悲しみの色が浮かぶ‥‥が、色々な意味で豪瞬がそれを吹き飛ばしてしまっている。ちなみに今回の訳は馬祖だ。
「仇‥‥。あぁ、ヤツを‥‥!」
「どういうヤツだか知らねぇけど、これ以上正体不明の怪物に好き勝手させるわけにはいかねぇな」
 船員の怒りに感化されたか、クリムゾン・コスタクルス(ea3075)の表情にも怒りが浮かぶ。いや、船員の怒りに関係ない、彼女の謎の男への憤りの感情かもしれない。
 敵がどんな存在なのか‥‥。彼女は船に乗る前に出来るだけ調べているが‥‥今回の事例に当てはまるモンスターを見つける事はできていなかった。精霊に詳しい知り合いの助けがあっても、だ。
「しかし、情報が足りないな‥‥。なぁ、あんたは何故大丈夫だったのか、色々聞いていいか?」
「あぁ」
 謎の男の言葉に従った者とそうでない者。その違いを知る為に、クリムゾンは船員へと質問をぶつける。所持品の違いや場所、果ては年齢や性別に家族構成など関係無さそうなものも含めて、とにかく多くの質問をだ。
 その結果分かった事は―――。
「単純に、運が良かった‥‥という事でしょうか」
「そうなるのかねぇ」
 船員の話を聞く限り、鍵となるようなものは無かった。特別な持ち物を持っていたわけでもなく、特に離れていたわけでもなく、年齢も似たり寄ったり‥‥と。それから導き出される結論が、先程の馬祖の言葉だ。

 そして、数刻の後、船は問題の海域へと入る。

●船魔
 問題の海域に入って、しばらく時間が経った頃だろうか。
 波は相変わらず平穏なまま、岩礁もこの近辺にあるはずもなく、実に平和な航海で進んでいた。そのままでは困るのは確かだが。
 そう、荒れてもなく岩礁も無い。だというのに―――。

 ガス――!

 船が揺れる。やはり何かにぶつかったような衝撃と共に。
「これが‥‥!?」
 唐突な衝撃に冒険者達は周囲を見渡す。だが‥‥何も無い。まるで、見えない何かにぶつかっているようで。
 止まらぬ衝撃が続く中、瑞香が魔法を発動させる。
「これで、効果があれば良いのですが」
 瑞香が発動した魔法、それはレジストデビル。デビルに対しての抵抗力を得る魔法だ。それを自分、仲間達、船員に付与していく。
 その付与が終わる頃、衝撃は止まる。だが‥‥それは船に穴が開いたから止まった、という事。そう、船に穴が開き、水が入り込んでいるのだ。
「おや‥‥お困りのようで?」
 いきなり浴びせられる声。その声に振り向くと、今まで何も無かった筈の場所にフードを被った小柄な男が、小船の上に乗って立っていた。あまりにも不自然すぎる光景だ。
「―――やはり。皆さん、その人はアンデットか、デビルです!」
 男が次の言葉を発する前に、瑞香が告げる。彼女は一つの魔法を発動させていた。
 デティクトアンデット。命を持たぬ者を探知する魔法だ。対象になるのはアンデット、ゴーレム‥‥そしてデビル。
 見た限り、明らかにゴーレムではない。つまり、アンデットかデビルとなる。
「いえ、デビルで確定です」
 馬祖の言葉。彼女が見るは自分の指についている1つの指輪だ。
 石の中の蝶‥‥デビルが近づけば反応するその指輪は、今激しく反応していた。尤も、彼女が事前に指輪をちゃんとチェックするようにしていれば、ここまで近づかれる前に気づけたのだろうが。
「バレてしまったか。狙ったつもりが待ち構えられていた‥‥といったところかな」
 フードに隠れて表情は見えない。だが、その声にはどこか余裕が伺える。
「クサムカァ!  キサムァガミンナウォー!!」
「ただの船乗り、じゃ駄目か?」
 ちなみに、今の豪瞬の発言は『ユーが船員らを連れて行った怪人か! 何者ぢゃ?!』という意味なのだが、今のが通じている辺り、謎が深まったともいえる。
「何のためにあんなことをするんだ! 連れ去った人たちはどうした!」
 豪瞬と同じく、怒りの感情をそのままぶつけるように言うクリムゾン。だが、男は飄々とした様子でその言葉を受け流し。
「言う必要は、あるかい?」
 言葉の後に、男の体に一瞬黒い靄のようなものが浮かび上がる。
 何をしたかは分からない。だが分かる事はある。それは―――。
『こいつは、敵だ』
 船に乗っている者達全員の共通見解。
 小船のデビルとの戦闘が始まる。

●神聖な力、悪魔の力
 冒険者達は船の上、デビルは海面に浮かんでいる。
 勿論この状態では近接戦闘は望むべくもなく、必然的に攻撃は射撃を中心となる。
「こいつでも食らえ!」
 クリムゾンが己の魔弓に矢を番えて‥‥放つ! 当てる事だけを重視した射撃だ。
 相当な射撃の腕前を持つ彼女の矢から逃げる事もできず、デビルはそれの直撃を食らう‥‥が。
「無傷!?」
 フードに当たったそれは、傷一つつける事なく弾かれる。恐らくは‥‥単純に威力が足りないのだろう。
「ウゾダ! ドンドコドーン!!」
『そこぢゃっ! ミーの拳を受けてみよ!!』
 近接戦闘を仕掛ける事ができないならばと、豪瞬はレミエラの力を発動させる。それは己の攻撃を衝撃波として飛ばす事のできる力だ。
 クリムゾンの攻撃を食らった反応からして、敵は硬い。ならばと、彼はストライクと呼ばれる技術を使い威力を高めた一撃を放つ!
「ム!?」
 だが、それもカスリ傷程度に終わる。
「はぁぁぁ‥‥!」
 馬祖は自身のオーラを練り上げ、自分の体へと纏う。ウィザードである彼女だが、以前は武闘家だったようで、オーラも使えるのだ。
「聖なる縛めよ‥‥コアギュレイト!」
 瑞香が対象を縛る魔法を発動させるが‥‥どうやら抵抗されたようで、効果を発揮しない。
「ふ、そんな攻撃をしてる間に船が沈んでしまううよ? こちらの船に移ってきたらどうだい?」
「誰が!」
「‥‥む?」
 攻撃をされているというのに相変わらずの余裕を持って、冒険者達、船員にありえない提案を持ちかけるデビル。恐らくその余裕は‥‥今の言葉自体が力のある言葉だからだろう。
 だが、誰一人としてその言葉に従う者はいない。その状況に気づき、ようやくデビルの余裕が消える。
「余計な事をしてくれたようだな」
 デビルの視線は瑞香へと移る。瑞香が発動させたレジストデビル‥‥それの効果により、デビルの特殊な力は全て無効化されたのだ。
「やれやれ、こうなっては分が悪い。退散させてもらおうか」
 小船が、船から離れていく。波の動きを無視して、まさにデビルの望むがままに。
「そうはさせるかよ!」
「パンツハワタサン! ケッチャコ!!」
『逃がさんのじゃ! くらぇっ!!』
 逃がしはしないとクリムゾンと豪瞬は追撃の手を緩めない。今度は2人とも威力を最重視した攻撃である。先程のように威力不足で貫けないという事は無い‥‥筈なのだが。
「何!?」
 やはり、無傷。先程カスリ傷程度なら一応与えられた豪瞬の攻撃ですら、だ。
「攻撃の耐性ができたとでも!?」
 小船が離れていく。最早攻撃が届くのはクリムゾンの射撃だけだ。
「ちっ、ならば矢を変えれば‥‥!」
 先程まで使っていたのとは違う矢を取り出し、放つ!
 新しく放たれた真鉄の矢は超速の勢いで、デビルへと向かい――穿つ! 今度は間違いなく、デビルを貫いたのだ。
「―――貴様」
 一度、こちらに振り向き憤怒の視線を向けるデビル。だが、やはり‥‥小船は離れていく。

 矢が届く距離にいる限り、クリムゾンが何回か矢を放ってみたものの、結局デビルが倒れる事は無く。
 小船は大海へと消えていったのだった。

●弔いを
 冒険者達を乗せた船は港へと戻っていた。
 そのまま海を漂っていても、デビルが襲ってくる事は無いだろうからだ。
 また、開けられた穴に関しても応急処置をしたとはいえ、このままではいつ沈んでもおかしくない状況だった為、大人しく戻ったのだ。
「すみません‥‥倒す事ができずに」
 依頼人である船員に申し訳ない気持ちで頭を下げる馬祖。その気持ちは冒険者達共通のものだ。
「いや、いいよ。一応奴の正体を調べるって方はできたんだからな。正体さえ分かれば何とか‥‥なるさ」
「ならば、せめて‥‥犠牲になった方への弔いを」
 瑞香の提案を断る理由は、船員には無い。彼も海に消えていった仲間達を弔ってほしいのだから。
「宗派は異なりますがお許し下さい。どうか安らかに‥‥」

 荒れた海は――まだ治まりそうにない。