エクター・ド・マリス――過去と、これから

■ショートシナリオ


担当:刃葉破

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月24日〜11月29日

リプレイ公開日:2008年12月02日

●オープニング

 キャメロットは騎士団の詰所。
 机と椅子だけがある簡素な部屋にて、2人の人物が対面していた。
 1人は黒い騎士服に身を包んだ、長い金髪を束ねた女性。もう1人はその女性の先輩である男性の騎士。
 そう、ラーンス・ロットの『弟』である筈のエクター・ド・マリスと、先輩だ。
 普段から全身を鎧兜で覆い、素顔を見た者も少ないエクター。しかし、先日衣服を脱いでる姿が見られるという事件が起きた。その時に判明した事実‥‥それがエクターは女性だったという事だ。
 その衝撃の事実はすぐさま騎士団の方にも伝わり、イギリスの多くの人々が知る状況になっている。特に噂好きの貴婦人達の話の種だ。
 向かい合う2人のうち、エクターは緊張した面持ち。対する先輩騎士は笑顔だ。そんな先輩騎士が口を開く。
「色々と話を聞きたいわけだが、エクター‥‥‥あー、まずエクターっての本名か? 男の名前だし」
「‥‥いえ、本名はコレットといいます」
「ってことは、別に最初から男として育てられたとかそういうわけじゃないのか?」
「はい。貴族の娘として恥ずかしくない教育を受けたつもりです」
 あくまでも噂だけど結構いい所の出らしいから、それこそ本物の姫ってところか‥‥と先輩騎士は思考を巡らせる。
 ならば事件のきっかけとなった劇で姫の役を違和感なくできたのも納得できる、と。
「で、そんなお姫様が何を思って男として騎士に?」
「はい‥‥。ラーンス兄様がイギリスで活躍していた頃、その報は私が住んでいた故国にも届きました。そしてついには円卓の騎士となったことも。それらの活躍を耳にし、私はこう思いました―――私も兄様のような立派な騎士になり、兄様と肩を並べたいと」
「は?」
「え?」
 エクター――コレット――は至極真面目に話したつもりなのだが、それを聞いた先輩騎士の反応は何かおかしい事を聞いたようなもので、それにむしろ戸惑ってしまう。
「‥‥いや、恥ずかしくない教育を受けた貴族の娘がその考えに行き着くものなのかと思ってな」
「まぁ‥‥その、幼い頃から親や教育係に隠れて剣を握ったりもしてましたから。兄様が格好よくて‥‥試合のようなものをせがんだりもしましたし」
 先輩騎士は、相当にお転婆だったろうエクターの幼少の姿が容易に想像できたのか、思わず笑みを漏らす。
 確かに円卓の騎士を何人か生み出したあの血筋の者だったらそんな変わり者の娘が現れても不思議はない。
「あー、簡潔に言えばラーンス卿に憧れて騎士を目指したわけね。で、肝心の男と偽った理由は?」
「‥‥やはり、騎士といえば男性と思ったからですね。『女性だから』といった目で見られる事もなく、実力だけで判断してもらえます」
「や、お前はお前で変な目で見られてたと思うけどな」
「う」
 だが、実際気持ちは分からなくはないだろう。現在、女性の騎士もいる事にはいるが男性に比べると数は少ない。冒険者だけを見るとそうでもないように見えるが、そも冒険者達はある意味『例外者』の集まりなので、参考にならないだろう。
「とはいってもなぁ‥‥アン様のように高い地位についてる女性騎士もいるわけだし‥‥」
「では円卓はどうです? 現在の円卓の騎士は全員男性です。私は‥‥円卓の騎士になる為ならば‥‥そう思い‥‥」
(「なんか変な方向に真っ直ぐだな、おい。エクターらしいっちゃらしいが‥‥」)
 はぁ、と溜め息を一つ吐く先輩騎士。
「で、えーと‥‥ラーンス卿は承知の事なのか、これ」
「えぇ、さすがに私の事を知ってる方々まで騙せませんし‥‥その方々に関しては協力、とまではいかなくても黙認はしてもらっています」
「んー‥‥ラーンス卿も承知してるのなら特にこれ以上問い詰める事も無し、かな」
 とりあえずは聞きたい事は聞き終えたのか、先輩騎士は上への報告用の調書を書く作業を一段落させると纏めに入る。
「まー、悪意をもって偽ってたわけでもなし、誰かが迷惑を被ったわけでもなし‥‥今までの功績を鑑みてこの件に関してはお咎めは無し、ということで」
「良いのですか‥‥?」
「騎士団としてもエクター・ド・マリスという優秀な騎士を失うわけにはいかんからな。あぁ、それからこれからも騎士として何かをする時はエクターと名乗ってくれ。せっかく積み上げてきた名声だ、そのままの方が色々と都合がいい。あと手続きが楽だ」
「ぶっちゃけ最後のが本音ですよね、それ」
「気にするな。それにしても‥‥」
 と、先輩騎士はじーっとある一点を見つめる。それはエクターの一部分。
「これは‥‥服補正を考えて‥‥いや前に見た衣装姿も考えると‥‥マリー、いやアンジェと同じ‥‥って事は胸のサイズは8―――」
「何をとち狂った事を言ってるんですかあなたは!? 大体、部下の胸のサイズ把握してるとか正直引きますよ!? 実際引きましたけど!」
 顔を真っ赤にしながら、両手で胸を隠すように組みながら怒るエクター。対する先輩騎士は怒りを受け流して平然とした笑顔だ。
「はっはっは、ジョークだ、ジョーク。そう怒るなって。まぁ、レディに対するジョークとしては少々失礼だったかな、ん?」
「‥‥もしかしなくても馬鹿にしてますか?」
「馬鹿にするだなんて、はっはっは」
「えーっと、これ、怒っていいんですかね?」
「はっはっは、怒りたいのはこっちだっていうのに、はっはっは」
 そしてエクターはようやく気づく。笑っているように見えた先輩騎士だったが、目は一度も笑ってない‥‥むしろ怒っているという事に。
「う‥‥」
「‥‥俺はな、お前が性別を偽ってた事に怒ってるんじゃない。むしろ面白いと思ってるぐらいだ。俺が怒ってるのは、こちらの呼び出しを無視してここ数日雲隠れした事だ」
 先日の事件の直後、よっぽどショックだったのかエクターは数日の間姿を隠していた。事件から尋問の間に日が空いているのはこういう理由だ。
「そんなこんなで性別偽りに関してはお咎め無しだが、こっちに関しては別だ」
「‥‥はい」
 気落ちした面持ちで、だがエクターは罰を受け止めようと先輩騎士と視線を合わす。
 そして、先輩騎士が裁きを下す。
「あれだ、模擬戦やるか」
「―――――――はい?」
 文脈がまったくもって繋がってない。エクターの反応も当然のものだ。
「俺は騎士を率いるから、お前は‥‥冒険者を率いて集団戦闘だ。あー、こっちが手配しとくから心配するな」
「いや、あの、だから何で模擬戦に?」
「俺がしたいから」
「えぇー!?」
「お前に拒否権は無いんだから受け入れろ。そして色々とフリーダムな冒険者から色々と学べ」
「色々って‥‥何だか投げっぱなしの気配がするんですが」
「気のせいだろ。まぁ、世の中には色んな人がいるんだなって事を分かればいい」
「はぁ‥‥‥」
 そして2人は模擬戦へと向けて、話を詰める。


「さって、世話のかかる後輩だことで。‥‥ま、せっかくだから色んな人物と関わって生き方に悩んでもらうとするか」



 ギルドにて提示された模擬戦の基本ルールはたった2つ。
 1つは相手の命を奪うような事はしない。もう1つはペットの使用禁止。それだけである。
 どのように戦うか、勝利条件は何か‥‥それを決めるのは冒険者だ。
 そして戦場は見通しの良い平地。お互いの陣地を分けるように中心に幅10m、水深2mの川がある。橋は幅4mのものが1本だけである。
 騎士の数は10人。さて、どう戦うのだろうか。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クローデット・コールヌイ(ec4060

●リプレイ本文

●素顔の再会
 キャメロットからしばらく離れたところにある平原。
 見渡す限りでは特に変わったものはないといえるだろう。あえて言うならば川があり、その川に1本の橋がかかってるぐらいだ。
 そんな平原に多くの人々が集まっていた。8人の冒険者、12人の騎士だ。
 うち1人の騎士――エクター・ド・マリスに対しての冒険者の反応は様々なものだ。
「今回はよろしくお願いします‥‥所で、お名前は?」
「う、またそういう事を‥‥。今の私は騎士、エクター・ド・マリスです」
 閃我絶狼(ea3991)のように少々からかうように挨拶するものも何人か。とはいえ、別に嫌な感情をもってからかってるわけではないだろう。
 エクターもそれを分かっているのか、顔を真っ赤にしながらも――兜は模擬戦が始まるまで外す事を先輩騎士に命じられている――受け流していく。
 挨拶なども程ほどに終え、彼らは2つの陣営に分かれると、それぞれ円陣を組み話し始める。これから始まる模擬戦に向けての作戦相談だ。
 片やエクター・ド・マリスが率いる5人の冒険者と3人の騎士。片や先輩騎士が率いる3人の冒険者と7人の騎士だ。
 ちなみに冒険者の編成だが、以下のようになっている。

 エクター側
 マナウス・ドラッケン(ea0021)
 エリンティア・フューゲル(ea3868)
 リ・ル(ea3888)
 尾花満(ea5322)
 空木怜(ec1783)

 先輩騎士側
 閃我絶狼
 フィーナ・ウィンスレット(ea5556)
 レイア・アローネ(eb8106)

●作戦相談・エクター
 さて、円陣の1つ。エクター側の話し合いの様子はどのようなものかというと‥‥。
「まず提案だが、鎧を着る者は遠目には分からない程度にエクターの鎧に似せるってのはどうだ?」
 提案したのはマナウスだ。彼の狙いとしてはこちらのエース級であるエクターがどこにいるか分かりづらくするというものなのだろう。
「面白そうだな。鎧や兜に手を加えるのは難しくとも‥‥何か黒いマントなりを羽織ったりすれば、遠目ならそれらしく見えるのでは?」
 その提案に面白そうに頷くのは満だ。彼の装備している頭飾りなどはエクターの装備している兜とは程遠い見た目だが、漆黒のローブを羽織っている為、遠目なら黒一色に見え、エクターの鎧と似たようなものに見えなくはない。
 彼と似たような方法で、3人の騎士もエクターに似たような格好へと姿を変えていく。
 提案も受け入れられたところで、それを交えて作戦を練っていく。そして、彼らが一番気にすべきポイント―――それは。
「今回、一番注意すべき人物はやはり‥‥」
「あぁ、フィーナだろうな」
 兜を取り恥ずかしそうにしながらも素顔を晒しているエクターが懸念し、その言葉を継ぐのはリルだ。
 先輩側についた冒険者のうち、最も魔法を使いこなしている冒険者であるフィーナ。魔法による範囲攻撃は集団戦闘では大きな力となるからだ。
「アノ人は計算して有利な答えなら味方ごと撃ってきそうだが‥‥」
 リルが指すアノ人とは先輩騎士の事だろう。
 その言葉を聞き、冒険者と騎士達はその様子を想像する。

『なぁに、結果的に勝てばよかろうなのだ。その為の犠牲は致し方なしということで』
『そういうことですね。では皆さんの犠牲は無駄にしませんからね?』

「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥簡単に想像できた人、手あーげて」
 はーい、と手を挙げたのは全員だったりするのが何とも恐ろしい。色んな意味で。
「やはり先輩がどんな戦術を取るのかが気になるが‥‥先輩の用兵のクセとか分かるか?」
 そしてこの事に加えて全体の戦局を左右するのは先輩騎士の指揮だ。となると、これに関しての情報もできるだけ欲しいとマナウスはエクターに問う。
「用兵のクセ‥‥そこまでは私にはよくわかりませんが‥‥。先輩がよく言ってた言葉なら」
「ふむ?」
「『王道が王道である理由を考えるのが大事だ』‥‥と」
 冒険者達はその言葉について、そして先輩の思考に考えを巡らせる―――。
 と。
「あ、エクターさんよろしいですかぁ?」
「はい、なんでしょうか?」
 エクターだけに聞こえるように話しかけるはエリンティアだ。小声で何かを伝えているようだ。
 それはエリンティアの練った作戦、その成就にはエクターの協力が必要なのだ。
「それぐらいなら構いませんが‥‥」
「ありがとうございますぅ」
 作戦相談は白熱していく。

●作戦相談・先輩
 もう1つの円陣。こちらは先輩騎士の方だ。
「まぁ、敵を知り己を知れば何とやら〜ってことで」
 先輩騎士が広げた羊皮紙。そこに記されていたのはエクター側についた冒険者達の能力や過去の行動から推測される行動などだ。
「これだけのデータ、よく集めたな‥‥」
 苦笑しつつ羊皮紙に目を通していくのは絶狼だ。
「敵も味方も有名人が多いからな。ちょいと頑張ればこれぐらいの情報を集めるのは何てことないさ。報告書も参考にできるしな」
「有名になるのも良し悪し、だな」
 同じく羊皮紙に目を通すレイアだが、自分もこのように知られているのだろうか‥‥と思うと何だか嬉しいような恥ずかしいようなむずがゆい気分になったようだ。
 フィーナも同じくデータを頭に入れながら、ふと思いついたように先輩騎士に問う。
「ふふふ、私たちの妙な個人情報まで漁っていませんよね?」
「個人情報? 体重とか3サイズ?」
「さて、なんでしょう」
「ちょっ、開始前に味方に魔法撃とうか考えるのはやめてくれフィーナ! でも場合によっては撃ってもいいぞ!」
「いいのかよ!?」
 女性陣は複雑なのだろう、色々と。

「まぁ、基本的な指揮は俺が取るって事で問題ないか?」
 先輩騎士が全員に対して視線を送ると、送られた者は皆頷く。先輩の指揮能力は詳しくは知らないが、任せて問題ないと判断したのだろう。
「んで、何か提案とかやりたい事とかあったりしたらよろしくー」
「あぁ、それなら‥‥」
 レイアが中心となり、冒険者達が練った作戦を話していく。絶狼、フィーナ、レイア、それぞれのできる事を活かした戦術だ。
「んんー‥‥。成る程、数を活かした戦術ね。んじゃ、それを基本に―――」
 どう動けばその戦術を活かせるか、状況の変化にどう対応するか‥‥などの点を先輩が纏めていく。

「‥‥っと、あー‥‥。レイア、いいのか?」
「ん? 何がだ?」
 気になることがあったのだろう。作戦もある程度纏まってから、先輩はレイアを円陣から連れ出し、他に聞こえないように話しはじめる。
「―――――――」
 恐らく、その先輩の言葉はレイアを気遣ってのものだろう。それだけではなく、戦術的な問題もあるのだろうが。
「いや、これでいいさ」
「んー‥‥そうか。ま、こういう事は気持ちの問題でもあるからな」
 結局先輩はレイアの意思を汲み取ったのだろう。呆れたように、しかし、楽しそうに笑みを浮かべる。
「んじゃま、頑張りますか」

●戦闘開始――疾風迅雷――
 双方の作戦相談が終わり、それぞれの陣地へと待機を始める。
 今回の模擬戦のルールだが、勝利条件は相手陣地にある旗を奪うというもの。
 またそれだけでなく、各自は胸の部分に名札をつけ、それを奪われたら戦線離脱‥‥というものだ。
 戦線を突破して無理矢理でも旗を奪うか。それとも、敵をじっくり倒していくか、どのような選択をするかは自由だ。
 戦場の外の待機エリアにて、1人の騎士が戦闘開始の鐘を鳴らすために準備を始める。
 待機エリアには他に治療班や、冒険者達のペットが観客として待機していた。

「それでは――――」
 カーン!
 戦いの鐘が鳴る。

 戦場の中心には川があり、それを挟むようにして双方の陣地がある。
 つまり、川を越えない事には敵の陣には入れないわけであり、唯一かかっている橋は重要だと言えるだろう。
 だからこそ橋はなるべく占拠するべきなのだが‥‥。
「考える事は双方同じ‥‥という事か」
 苦笑しつつ、右手に持つ魔杖の魔法効果を発動させる満。彼が位置取っているのは橋の入り口だ。エクター側の他のメンバーはなるべく一直線に並ばないように、やはり川の自陣側にて展開していた。
 そして満が見る先輩側の布陣だが‥‥これも似たようなものであった。当初の作戦では、橋の先輩陣営側に敵を引き寄せる必要があったからだ。
「こちらが攻めてしまうべきか―――?」
 川を挟んでの睨みあい。始まって間もないというのに、戦場が膠着していた。ならばその膠着をどう崩すか‥‥と絶狼が思考していると。
「んー‥‥。あ、フィーナもうちょい下がって。あー、そこ右。んで‥‥もう少し下がった方がいいかな?」
「指示が細かいですね」
 ふと見るとフィーナが先輩の指示のもと動いていた。とはいっても橋を渡るような動きでない。川岸から少し離れた所での位置調整だ。向こう側の者達を視界におさめての‥‥だ。
「っ!? やばい、全員下がれ!!」
 先輩とフィーナの狙いを察したのだろう、エクターと共に指揮にあたるマナウス――男性の筈なのだが、何故か女性の姿に見える――が弓に矢を番えながら全員に指示を飛ばす。
 しかし、それは間に合いそうになく―――。
「せっかくなので派手にいきましょう」

 バリバリバリバリバリバリ――――!!!!

 フィーナが笑みと共に放つはライトニングサンダーボルト。本来ならそれは一直線に放たれる魔法だが、フィーナが放ったそれは違った。雷が扇型の範囲に広がって放たれたのだ。レミエラの力である。
 本来のものより射程は短くなるが、それを補ってあまりある範囲攻撃である。また、射程が短くなったとはいえ川の向こう側にいる敵に叩き込むには十分すぎる射程だ。しかも―――高速詠唱を使っての2連撃。2発とも抵抗に失敗して直撃した場合、これに耐えられる者は冒険者含めてそういないだろう。
「ぐあぁぁぁ!?」
 巻き込まれるは対岸にいるエクター側の者達だけ。食らったのはリル、そして騎士2人だ。満と怜も範囲内にいたが、満は魔杖ガンバンテインの効果――レジストマジックで自分に対する全ての魔法を無効化する――で凌ぎ、怜は掘っておいた壕に潜って凌いだというわけだ。川近くに到着して間も無い為、自分1人しか隠れる事のできない壕だったが、それでも避ける事ができた分にはよいだろう。
「っつぅ‥‥被害は‥‥!?」
 痛みに耐えながら状況を確認するリル。ちなみに彼自身の怪我は非常に重いもので、2回のうち1回は抵抗に成功したものの、あと一撃加えられたら退場しなくてはいけないような状態だ。
 そして彼の目に入ったのは地面に完全に突っ伏している2人の騎士。早くもここで退場といったところだろう。
 このような状況を避ける為にもエクター側はフィーナの魔法には警戒を払っていたのだが、あくまでも橋の正面に立たない、直線状に並ばない‥‥といった点でしか警戒してなかったのが大きい。
 また、混戦に持ち込むことで魔法を撃たせにくいようにしようと考えていたのだが、それでも基本戦術は橋を越えようとする敵を迎撃しようという待ちの戦法。敵が進んでこなければ混戦にもならないのだ。
「減点だ、減点だなー。範囲魔法で一番恐ろしいのは出会い頭の自軍にそれをぶちこまれる事だ。しかし待ちの戦法なんて取っちまったら撃ち込んでくださいと言ってるようなものだぞ?」
 ちっちっちっと指を振りながらまるで子供に教える先生のように語り掛ける先輩騎士。対するエクター側は苦い顔を返すだけだ。
「くっ‥‥橋を渡っ―――いえ、全員後退してください! 魔法範囲外まで!!」
 無理に橋を渡ろうとすると、そこにまたフィーナの魔法が叩き込まれる。それを避ける為に、エクターは全員に後退の指示を出す。
 自陣に敵を踏み込ませる事になるが、無理して橋を渡るよりはリスクは少ないはず‥‥という計算だ。
(「撃とうと思えばその距離にも撃てますけどね」)
 レミエラ使用版ライトニングサンダーボルトの範囲外に逃げようと走る冒険者達を見ながらクスリと笑みを零すフィーナ。撃てるが撃たないのは、最大限の効力を発揮する時に撃つべきだと考えているからだ。
 こうしてエクター側が大きく下がった事により、先輩騎士側は労せずして橋を渡る事に成功する。

●見るんじゃない、(息吹で)感じるんだ!
「ん、んー‥‥‥?」
 大きく後退していくエクター達を見ながら首を傾げる先輩騎士。
「どうかしたか? 別に相手の戦術に特におかしいところは無いように見えるが」
 その様子を訝しく思った絶狼が先輩騎士に問うが、先輩騎士がおかしく思ったのは戦術の事ではない。
「いやな、俺の数え間違いかもしれないから。一緒に相手の数数えてくれないか?」
「はぁ? ‥‥まぁ、別にいいけど」
 いーち、にー、さーん、しー‥‥と大きく後退したところで態勢を整えているエクター側の人数を数えていく先輩騎士達。
「‥‥6人?」
 エクター側の人数はエクターを含めて9人。先程2人が退場したので、7人の筈だが見る限り6人しか見当たらない。
「あー‥‥んー‥‥? あぁ、そういえば」
 ぽむ、と何か得心したように手を叩く先輩騎士が次に出す指示は。
「フィーナ、ブレスセンサーよろしく」
「ふむ、分かりました」
 フィーナが発動するはブレスセンサー。呼吸により生物などがどこにいるか探査する魔法であり、見晴らしのよいこの戦場では不要かと思われた魔法だが‥‥。
「おや」
 思わぬところに反応があった。そこに向けて指差すフィーナ。指差された場所には何も無い―――ように見える。
 しかし、目をこらしてその場所をじーっと見てみると景色が微かに揺れているのに誰かが気づいた。その察知は全員へと伝わり。
「はい、よいしょー」
 騎士の1人と先輩騎士が弓を構え――ちなみに先輩は剣も弓もそこそこ程度に扱える腕といったものだ――先輩側の旗に向かいふらふらと動く何かに向けて、矢を放つ!

「うぅ〜!?」
 何も無い筈の場所から声が聞こえた。いや、何も無いわけではない。
 そこには‥‥エリンティアが居たのだ。

 時を戦闘開始直後に巻き戻そう。
 戦闘開始直後、エリンティアはエクターの後ろに隠れると、インビジブルのスクロールを広げ発動させ、自らの姿を消す。その上でリトルフライのスクロールを使い、ふわふわと足音を立てずに移動していたのだ。
「後はお願いしますぅ」
 本来ならエクターが格闘戦に持ち込まれてから移動する予定なのだったが大きく後退してそもそもの格闘戦がまず起きなかった事から、先輩騎士達が後退するエクター達に気を取られている間に一気に旗まで行こうとしたのだが、そこを気づかれたというわけだ。

「流石にダメでしたぁ」
 気づかれた以上、後は弓で射られるだけとなるエリンティアは大人しく手をあげて降参の意を表す。これで、エクター側はエリンティアが離脱して今度こそ6人となる。
「ま、状況把握さえしっかりしておけば問題ないってことで」
「目ざといというか‥‥少し捻ったぐらいの手はあっさり潰されそうだな」
 先輩騎士が敵でなくて良かった‥‥と思うレイアであった。あとフィーナも敵じゃなくてよかった。

●テンションアップ
 しかし残念ながらその2人が敵なのがエクター側である。
「どうするよ、あっという間に6対11に持ち込まれちまったぞ?」
「俺はあと一撃貰えばお終いっぽいから実質5対11かもしれんな。しかし見せ場も活躍も無しに退場ってのは勘弁願いたいぞ」
 ひそひそと最低限の距離を取りながら緊急会議を行うエクター側。ちなみに先の発言は怜、後の発言はリルのものだ。
「むぅ、残った騎士の士気低下も考え物だ‥‥」
 満が視線を送る最後に残った騎士は、追い込まれた状況という事もあり、少々混乱しているようにも見える。
「何はともあれ、やれるだけはやろうって事で。そうだな、こんなのはどうだ。――名札を取った数だけ希望者はコレットからキスが貰えるってのは」
「な、何ぃぃぃぃ!!!?」
 マナウスの提案に驚愕の声を上げたのは、騎士か、それともエクターか。両方だろう。
「俺は‥‥俺はやるぞぉぉ!!!」
「それで気合入れられても困るんですけど!?」
 確かに騎士の士気は上がっているが、エクターが動揺しているようにも見えるのはいいのだろうか。

「ふっふっふっふ、ふふふのふ。成る程、そうきたか‥‥」
「む!?」
 笑い声の方に振り向けば、やはりそこにいたのは先輩騎士。結構な距離が離れているようにも見えるが、聞こえたんだろうきっと。
「では、敢えてここで宣言しよう! エクターが負けた場合の罰ゲームを!」
 先輩騎士は右手を大仰に天に向けて振り上げると、びしっと一気にそれを下ろすと同時宣言する!
「エクターには騎士団の1日メイドさんになってもらう!」

 お――。
 お、おお――――。
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
 怒号、歓声、嬌声、狂声。何と表現したらいいのだろうか。とにかく先輩側の騎士達のテンションが上がっていた。それどころか、エクター側の騎士まで負けるべきかどうかの計算を脳内で始めたあたりタチが悪い。
「おいおいおい、騎士団の男達は馬鹿ばっかか!? ところで騎士団って一日入団ってできるのかな!?」
「おいエロフ、お前も十分馬鹿に見えるぞ! ところでメイドさんにこの怪我の治療してもらうのってできるのかな!?」
「あなた達2人とも色々と残念ですよ!?」
 エクターが2人に入れてしまった思わずのツッコミが、リルにとってのトドメとならなかったのは不幸中の幸いか。
 何はともあれ、先輩側の騎士の士気の上がりっぷりは凄まじいものがあった。
「ご主人様と呼んでくれぇぇぇ!!!」
「おいおい奉仕ってどこまでOKなんですか、馬鹿野郎! ありがとう!」
「コレットは俺のメイドォォォォ!!!!」
 ――――――。
「うわぁ、凄まじく殺したい」
 エクターのやる気も凄まじく上がっていた。やる気のやにどのような字を当てるかは知らない。

●そして混戦へ
 エクター達へと攻めあがる先輩騎士達。エクター達は、フィーナが敵陣後方にいる事を確認すると、先輩側騎士を壁にするように迎え撃つ。望むは混戦だ。
「数はこちらが上だ! 包囲して叩け! まずはリル辺りを狙うとお得だぞ!」
「いや実はそうでもないぞ、満辺りを囲んでくれると俺は凄く嬉しい!」
「押し付けか!? 確かに騎士達の相手は拙者の役目だが!」
 とか何とか言ってるが、勿論先輩側の騎士達はレイアの指示通り、リルを狙うように動く。その数は3人。負傷しているリルにはきつい状況だ。
 しかし、それをカバーするように満が入り、杖によるスタンアタックで騎士の意識を奪っていく。確実に意識を奪えるわけではないが、杖の攻撃力を考えると、これが効率のよい戦闘方法になるだろう。
「援護にはなるだろ!?」
 それに加えて怜がグラビティーキャノンを放っていく。数は相手の方が多いので、あまり狙わなくても多くを巻き込めるのが救いだろう。
 これにより転倒したりする者もいるので、戦局はそんなに悪くない‥‥ように見えなくはない。
「‥‥閃我はどうした!?」
 弓矢による射撃でフィーナとその護衛の騎士に対して牽制の射撃をしつつ、戦況を見据えていたマナウスが叫ぶ。絶狼の姿が見えないのだ。
「俺が探る――って、俺の傍かよ!?」
 アースダイブにより地中に潜ったのだろうと推測した怜はバイブレーションセンサーを発動させ探り‥‥その結果は自分の左手の地面から出てくる絶狼だ。
「その札、貰った!!」
 地中からの奇襲で怜の胸にある名札を剣で奪う!
 このような混戦状況になってしまえば、どうしても数に劣るエクター側が押され気味になる。何より、フィーナの魔法を警戒して迂闊に動けないのも大きい。
 この時点での新たな脱落者は、エクター側は最後の騎士(レイアに倒される)、リル(背後から飛んできた矢にやられる)、怜(絶狼に札を取られる)の3人。
 先輩側は騎士が5人(満が3人、エクターが2人倒した)で、冒険者側に脱落者はいない。
「く、俺も前に出なければやられるか‥‥!」
 マナウスは鉄弓を放し、ダガーに持ち替え、自分に最も近い場所にいた敵‥‥先輩騎士に向かって斬りかかる!
「一言物申したい! 乳も良いが尻も重要だぞ!」
 そういえば禁断の指輪で女性化しているマナウスだが、やたらと尻が強調されているような―――
「退場してください」
 ばりばりばりーん、フィーナのライトニングサンダーボルトがマナウスを黒こげにした。退場する前に先輩騎士の札を奪ったのが救いか。
 そして1人で多くの敵を相手取っていた満だが、彼にも限界はある。
「くっ‥‥‥ぬぅ!?」
 突如、天に落ちていく感覚――絶狼の発動したローリンググラビティーだ。この効果はレジストマジックで防ぐ事ができない為、満は否応無しに食らうことになる!
 そして、それによってできた隙にいくつかの攻撃を叩き込まれ‥‥ついに彼も膝を折ることになる。

●一騎打ち
 エクター側に残るはエクター本人だけとなった。
 そしてそのエクターに一騎打ちを申し込むは、レイアだ。エクターとして断る理由は無い。
 2人は向かい合うと剣を抜き‥‥そしてレイアが口を開く。
「エクター卿、私も同じだ。私も女の身で苦労した。故郷では女が剣を持つのはと言われたよ。やっかみで」
 苦笑しつつ、その脳裏に浮かぶは彼女の過去の記憶‥‥。
「だが、彼らと溶け込めなかったのは私だ。私は故郷から逃げてきた」
 レイアは自分の剣を背後に突き刺すと、代わりにナイフを構える。
「勝手とは思うが貴女にはそうあって欲しくはない。今はこんな私にも場所がある。貴女にもあるだろう?既に」
 そして言葉をナイフに込めて、振るう―――!

 狙うは胸の札。だが、それはミスを誘い出すための揺さぶりだ。本命はスマッシュによる攻撃――!
「ふっ‥‥!」
「はっ!!」
 相手は誘いに乗った。わざわざご丁寧に盾でこちらのナイフを受け止め、隙を作り―――
「――――あ」

 そういえば模擬戦前に先輩騎士にこう言われたなぁと思い出す。
『エクターはカウンター使いだから正面から挑むと、手痛い反撃貰うぞ?』
 ま、選んだのは自分か―――と迫り来る圧倒的な質量を持つクレイモアを最後に見て、レイアは意識を刈られる。

●戦い終わって
 そして戦いは終わった。残ったのは足の遅いエクターだけだから、旗を奪うのは容易い事だ。
 わざわざヒットアンドアウェイで遠距離攻撃でちくちく攻めるような事をするような人はいない、と思いたい。
 結果は先輩側の勝利で終わった。

 治療班による治療を終えた騎士達、冒険者達はフィーナの提案でお茶会をしていた。
「今回思ったこと。魔法って超強いね」
 先輩騎士の言葉に皆が一様に頷く。
「まぁ、なんだ。色々な戦い方があって、色々な人がいて、面白かっただろ?」
 先輩騎士が言葉を投げるはエクターだ。それに絶狼が言葉を続ける。
「そうそう、世の中にはいろんな人が居るって事は良く知ってると思いますよ、『コレット』は」
「う‥‥まぁ、その‥‥」
 絶狼にコレットの名で呼ばれて、思い出すはキャメロットに現れる変態か。確かにあれも色んな人に含めて‥‥いいのか?
 そして次に口を開くはフィーナだ。
「しかしエクターさんが女性だったとは驚きです。いや、実はそんな驚いていませんけど」
 うんうん、と頷くはほぼ全員か。お前ら少しは驚いてやれ。
「まあいいではないですか、このまま円卓を目指しても。円卓唯一の女性として誇ればいいのですよ。性別なんて問題ではありません。何を成すかが大事なのです。女の癖にとか言う人がいたら、叩ききってしまいなさい」
 最後の言葉と同時にフィーナは笑みを浮かべる。最後の言葉だけ取ると黒いが、その笑顔に、言葉全体に黒さは感じ取れない。フィーナらしいといえるだろう。
「性別騙りについては早めに判明しといて結果オーライだと思うよ。流石に円卓の騎士とかになってからばれるんじゃいろいろと。黙認してた人の責任問題云々とか‥‥ね。ま、漢かどうかに男女は関係ないさ。頑張れよ」
「え、いや、円卓の騎士って漢とかそういうジャンルではないかと‥‥」
 円卓の騎士を目指す上で、何だかんだで今の結果は良いものだと怜は言う。確かにそうであろう、一部気になる言葉があるが。
 それに続いて、リルが話しはじめると同時、頭をまず下げる。
「大事になっちまったな、マリちゃんすまん」
「いえ、自分が招いた事ですし‥‥というかいつまでマリちゃんと―――」
「それはともかく」
 これからも呼び続けるのだろうか。リルが顔を上げる。
「人の上に立つにはその人達への理解が必要だ。少なくとも鎧兜で自分の心身を覆っているうちは相手も打ち解けてはくれんだろう。自分を偽る人間を誰が信用する?」
 エクターはリルの言葉を受け、考えていく。騎士とは、信頼されるとは―――と。
 そんな考え込んだ様子のエクターを見て、リルはニヤリと笑うと。
「あと、折角かわいいのを武器にしないのはもったいないぜ。男だって厳つい顔とかハンサムを武器にしている連中だっているんだ。役に立つものは何でも使うのがプロだぜ」
「なっ‥‥!?」
 やはり可愛いなどとは言われ慣れていないのか、エクターの顔が赤く染まる。
 そんなエクターの様子を見て、綻ばせながら満が口を開く。
「ふむ、これからもイギリスの為に頑張るのならば、拙者も冒険者と言えどイギリスの民。国の大事には皆協力を惜しまぬ」
「エクターだろうがコレットだろうが、俺が『お前』を信用してる事にゃ変わりないさ?」
「皆さん‥‥」
 そしてマナウスの言葉に頷く冒険者達。エクターは、良い仲間を持てたといってもいいだろう。
 と、ふと怜が思い出したように言う。
「そうだ、エクター。その装備って顔と体系を隠すのが主な理由? だったらこれからはいろいろ試すといいよ。状況に合わせて最適な装備を選択できる方が絶対いいから。ラーンス卿も重装備がメインじゃなかったはずだし」
「そう‥‥ですね。これから、色々と考えていこうと思います。装備の事だけじゃなく、色々と―――」
 さて、エクターはどのような道をこれから進むのか―――。




「あ、まずはメイドの道進んでくれよ。一日だけでいいから」
「人がせっかく綺麗に纏めようとしているのにぶち壊しですか!?」
「まぁ、メイド服は誕生日プレゼントって事で」
「うわぁ、嬉しくない!!」