差し伸べられた手

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月28日〜09月02日

リプレイ公開日:2005年09月04日

●オープニング

「‥‥っ、‥‥っ、‥‥お母さん‥‥」
 少女は、泣きながら山を歩いていた。
この山で迷ってから、もう数時間も経つ。伸びた夏の草木は、見慣れた風景を変えていたのだ。
「‥‥早く、帰りたいよ‥‥」
 時は既に黄昏時を迎えている。いくら日の長い夏とはいえ、段々と風景の明度は落ちてきた。
 歩き続ける少女に、見える人影。それに近づくと‥‥それはなんと切り株に腰をかけた山鬼だった!
 少女は力なくその場にしゃがんだ。山鬼はこちらに気づくと、ゆっくりと歩いてくる。少女は容易に想像できる『これから』に絶望した。十二年しか生きていない人生をそこで諦めた。もう再び、立つ気力は無い。
 山鬼は少女の目の前に来た。少女は逃げることもせず、ただ呆然と、虚ろな目でそれを見た。
 見えたのは、花。小さく可愛く黄色い花弁を並べるそれは、まごうことなく、一輪の花だった。
 山鬼の右手から差し出されるそれを、呆然としたまま受け取る少女。すると‥‥、
(「手から‥‥血?」)
 山鬼が、腕に怪我を負っていることに気づく少女。
 そして山鬼は唐突に、とある方向を指差した。そこにあるのは、一本の獣道。
「‥‥その道を歩いていけば、帰れると言うこと?」
 少女は、人語を解するはずもない山鬼に聞いた。当然返事など返ってこない。
 しかし少女は、藁にもすがる思いで信じてみることにした。
 歩き出し、そして振り返って見る少女。そこに、再び切り株に腰をかける山鬼が映った。山鬼は、無言で少女を見ていた。
 それが、何故か見守ってくれているように、少女には見えた。全ては自分の勝手な憶測‥‥。それなのに、少女は急に頑張る気になれた。
 そうして少女は、無事、母の待つ家へと帰ることができたのだった。


 ここは冒険者ギルド。ギルド係員は、依頼を求めてやってきた冒険者に説明をしているところだった。
「さて、今回の依頼は山鬼退治だ。山師が偶然、一匹の山鬼を見かけたらしい。その時は襲われることは無かったようだが、それを聞いて神経質になった付近の人間が依頼を出した。しかも、二組用意する慎重っぷりだ。先にもう一組出たところだ。お前達も続いて山に入り、山鬼を捜索、発見次第退治、といったところだ。さて、その山の説明だが―」
「待って!」
 係員が話していると、いつからそこにいたのか、少女が突然割り込んできた。
「私この前、その山の山鬼さんに助けてもらったの。その山鬼さん、優しそうで、乱暴なことはしないよ!」
 懸命に訴えかける少女に、係員は冷徹に言った。
「俺は申請を受けた依頼を冒険者達に紹介するだけだ。それ以外の事はしないし、するつもりもない」
「じゃあ‥‥私が依頼を申請するわ! 山鬼さんを探して、守ってあげて! その山鬼さんは右手に怪我をしているの!」
元よりそのためにここを訪れたのか、財布を持参していた。しかしそれから出されたのは、報酬無いも同然の、見ているほうが情けなくなってくるような、数枚の銭だった。とても正規に申請を受諾できる金額ではない。
 それを見ていた冒険者に、係員が声をかけた。
「何ぼうっとしている。新しい依頼が入ったぜ」


 山鬼は、月を見ていた。
見ながら、離れ離れになった仲間達のことを思い出していた。
 この腕の傷も、じき治るだろう。そうしたら、ここを発ち、仲間を追おう。
 山鬼は、月を見ていた。

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0201 四神 朱雀(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1172 ルシファー・ホワイトスノウ(30歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb1320 三剣 琳也(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2313 天道 椋(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3043 守崎 堅護(34歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 eb3422 時雨 樹夜(30歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ベェリー・ルルー(ea3610)/ 白河 義雪(ea4374)/ イリス・ブラックマン(eb1759

●リプレイ本文

「冒険者の皆さんだって暇じゃないの。お前の勝手を押し付けちゃ駄目でしょう」
 少女は母親に咎められ、俯く。十分承知している、自分の勝手さは。それでもあの山鬼は放っておけなかった。だから、間違った事をしたとは思っていなかった。
 母親はその姿を暫く見つめ、ため息をつくと風呂敷に包まれた物を差し出す。
「私からはこれ位しか出来ないのけど‥‥これを差し上げて、ちゃんと皆さんにお礼を言いなさい」
 それは冒険者達のために作られた、数日分になる食料だった。


 馬は走る。目指すは件の山鬼がいるあの森へ。
「山鬼さん‥‥、間に合って‥‥っ」
 依頼人の少女は、手綱を握るルシファー・ホワイトスノウ(eb1172)にしがみ付きながら、呟いた。
「女の子を助けた山鬼を退治させたくはありませんし、先に出発した冒険者とも争いたくないのが正直なところですね。全てが丸く収まるように頑張りましょう」
 ルシファーは、背中を抱く腕の力強さを感じながら、言った。
「それが弱きを救う者であれば、侍として、拙者はその山鬼を助けたく思う」
 目を細めながら言うのは山野田吾作(ea2019)。
「少女を助けた山鬼か‥‥見てみたいってのが本音かな?」
「しかしまぁ、先行して退治に向かっている冒険者達にも会ったら面倒ですね」
「そんな事はわかっているっ。あー、‥‥落としたい」
「ぅわ、ちょ、俺は乗馬の心得はないんだから、勘弁してよ朱雀ち〜」
 悪態をつく四神朱雀(eb0201)と、同じ馬に乗ってけらけら笑っている天道椋(eb2313)。なんだか楽しそうなペアである。
「説得とか自信が無いんですよね〜‥‥、不安です‥‥」
「一部の鬼に人に友好的なものが居ると酒場で聞いた事があるが、本当とは‥‥まあ友好的であるなら無理に倒すこともなかろう。拙者も説得は不得手にござるが、尽力致す」
 先行している冒険者達をどう言い包めようかと思案する三剣琳也(eb1320)と、それに応じる守崎堅護(eb3043)。堅護は本格的な依頼は今回が初めてということで気合が入っていようだ。
「不安はあるが少女の依頼を解決してあげなげれば。山鬼の怪我も傷がひどくなる前に早く応急処置してあげなければ心配だしなぁ」
 堅護の馬に同乗している時雨樹夜(eb3422)も、同じく初めての依頼だが、過度に考え込み悩み迷う様子は無かった。迷う余裕など、無いからだ。
「それでは、急ぐと致しましょう。今ならまだ間に合うでしょう」
 神楽龍影(ea4236)そう言い、そして間もなく一行は森に着いた。冒険者達は山鬼を探す班と、そして先行した冒険者を探す班に分かれ、各々行動にかかる。

「‥‥これなら少女が道を迷うのも仕方ありませぬな」
 龍影の言うように、周りの雑木は人を迷わせるには十分すぎる程茂っていた。一行の中で森の土地感を有するものが数人いるが、それは専門的なものではない。慣れた地元の人間である少女が迷った森だ、それでは進行速度は思った以上に上がらない。
「んー、何か円滑に森を進めるような手段を考えておくべきだったかな」
 頭をかきながら朱雀は自省する。
「とにかく、先行している冒険者より先に山鬼に会いたいものですが――あ!」
 琳也は途中で言い止めた。そして、その指した指先の方向には、山鬼‥‥そしてその周囲には数人の冒険者。
「く、一足遅かったでござるか!」
 田吾作は駆けながら、その様子を見た。状況は、お互いがにらみ合っている状態だ。
「お、思った以上にデカいんだな。山鬼って」
「恐れるな。これ一匹倒せば一人1Gだぜ? 豚鬼しこたま倒しても20Cしかもらえない依頼すらある昨今のギルド事情を鑑みれば、大特価だ」
「‥‥何はともあれ、皆の不安の種は消さなきゃな」
「そうだな。行くぞ!」
 囲んだ冒険者達は、ついに攻撃を開始した。それを山鬼は避ける、が、すべては避けきれない。その動きは、怪我を庇いながら動いているように見える。目を凝らせば、少女に言われた通りの箇所に傷があった。
 傷を増やしていく山鬼。そしてついに‥‥
「これでトドメ―ふげ!?」
 山鬼の拳が冒険者の一人に顔面にめり込み、殴り倒す。そして倒れた男に向け山鬼は駆け出した。
「ひ! ‥‥ってアレ?」
 山鬼は男を飛び越え、そのまま茂みの中に走っていった。
「だ、大丈夫か!? あ、待て逃げるな! って、何だお前達」
 逃げる山鬼の前に立ちふさがったのは、田吾作、琳也、朱雀、龍影。
「待たれよ、あの山鬼は訳有り故」
「かの山鬼は只の乱暴者に御座いません。先程も、貴殿達が手を出さなければ、きっと乱暴することもなかったでしょうに」
「だから何だというのだ。我々は山鬼を退治しにきた冒険者だ。見逃せとでも言うのか?」
 鼻血を出しながら立ち上がった男は、田吾作と龍影の言葉を聞き入れようとしない。
「折角の儲け話、投げるわけ無いだろ!」
「はい、それは当然の事ですね。というわけで、お金に関してはこちらにも考えがあります。どうかご協力下さい」
 説得の手段を考えていた琳也がそう言うと、男は急に表情を変えた。不愉快なニヤケ方だ。
「そうか? それなら話は早い。4G、いや、信用とかあるからそれじゃあ安過ぎか。8、いや、10‥‥」
「‥‥」
「11、いや、15Gだな。それくらい貰えばあんな山鬼なんてどうでも―ひィ!?」
「‥‥!」
 琳也は男の胸倉を掴むと、無言で睨みつける。男は突然の琳也の怒りに対して恐れおののき、声も出せない。
「付近の人達の不安要素を斬る。金以前に、俺はそういう目的でこの依頼を受けた」
 別の男が言った。
「弱い者を助けるは是、義であり士たる者の所業と心得る。故にあの山鬼も士、也。士を斬るのがそなたの所望か?」
「何だと?」
 田吾作の言葉に男は眉をひそめた。
「あの山鬼は以前、一人の少女を救ったんだ。‥‥信じられんなら俺の命でもくれてやろうか?」
「もしもの時は私の事を斬ろうが何をしようが、どうしようと好きになされ」
 命を賭して言う朱雀と龍影。その言葉、そして瞳に強いモノを感じた男は、続く言葉を出せない。
「もう一度会って、確認すればいいでしょう。その山鬼がどういった存在なのかを」
 琳也は地面に落ちている血痕を見て言った。そうして、一同はそれを辿り山鬼の跡を追うのだった。


「しかし、見つからないもので‥‥―ッ!?」
 狼狽する樹夜。無理も無い、目の前の緑から突然赤褐色の体躯が姿を現したのでは。
「山鬼さん!」
 少女は叫ぶ。どうやら件の山鬼のようだ。しかし、赤褐色の肌には、所々に赤がある。山鬼は息を切らしつつ、こちらを警戒するように睨んでいる。
 この様子からして、山鬼が既に先行した冒険者達と一戦あった事がその場にいる誰もが想像出来た。
 山鬼はじりじりと後退り、そして逃げ―
「待って!」
 しかし背中に投げかけられた少女の声に、山鬼の足は止められた。
 山鬼は振り返る。そこには、自分の太腿辺りに抱きついている少女。
「こんなに傷ついて‥‥。ごめんね‥‥本当に、ごめんね」
 まるで我の事のように、傷を撫で少女は悲しんだ。
 山鬼が立ちすくんでいる間に樹夜が詠唱を終え、淡い銀光に包まれる。チャームが発動すると、山鬼は樹夜に警戒する事はなくなった。
「さて、樹夜さんの仲間ってことがわかってもらえれば、俺も警戒されないかな?」
 そう言って涼はリカバーをかけるべく山鬼の方へ歩く。その彼に、ルシファーが近づいてきた。
「ちょっと、天道さん。‥‥遠くに山鬼を逃がす前に、女の子に一言お礼を言わせてあげたいですね」
 涼にルシファーが耳打ちして少し話しをすると、彼は「うんうん」と頷いた。
 そうして、リカバーをかける。
「むむ、俺のリカバーじゃあ塞ぎきれない傷があるぞ」
 涼は意図的に初級のリカバーを使ったのだ。
「それなら、私が手当てしましょう。でも、ちょっと大変そうだから、お手伝いが一人くらいほしいところね」
「なら、私が手伝う! ‥‥手当ての仕方は、わからないけど」
「それは、私が教えますので。宜しくお願いします」


「これを見ればわかるように、かの山鬼は見境無く襲うような者では御座いません」
「なるほど、確かに」
 山鬼と戦闘した冒険者とそれを止めた冒険者は、山鬼に気付かれない程度の距離からその風景を見ていた。
「どうやら、こういう山鬼もいるんだな」
 戦闘した冒険者達も、今回の山鬼は危険な存在ではなさそうだと思い始める。むしろ、そんな山鬼を傷つけてしまった事に対する罪悪感すら覚えていた。
 若干一名を除いて。
「(畜生、こんなオチで報酬がなくなってたまるか!)関係無いだろ。山鬼は、山鬼だ!」
 顔面を殴られた男が、不意をついて駆け出した!
「所詮、鬼は邪悪っ! 討たせてもらう!」
 男は武器を構えて駆け出し、叫びながら山鬼に向かった。突然の奇襲に戸惑う一同。
 しかし男の刀は十手によって止められる。堅護だ。
「このどこが邪悪に見えるか!」
「へぐッ!?」
 堅護は赫怒をあらわにして男の腹に木刀を叩きつけた。それは丁度みぞおちを痛打し、男の意識を遠くへ持っていった。
「すまぬ。つい加減を忘れてしまった」
「いいんだ。あいつ、実は俺も嫌いでさ。その山鬼はどうやら危険な存在ではなさそうだし」
 堅護は男の仲間に頭を下げるが、その仲間は対して気にしている様子もない。
「はい、これにて終わりです。お手伝い、どうもありがとうございました」
「私、役に立てたかな?」
 手当てを終え、ルシファーと少女が言う。
 手当てを受けた山鬼は立ち上がり、そして暫く、冒険者達‥‥そして少女を見つめた。その瞳を見つめ返すも、あるのは沈黙のみ。
「私からは食料を餞別としてあげるとしましょうか、ああ、あなたはこれをあげてみてはどうです?」
 そう言って樹夜は少女にある物を渡し、促した。少女は頷くと、それを持って山鬼に近づき、差し出す。
 それは、花。白く綺麗に花弁を並べるそれは、間違いなく、一輪の花だった。
「ありがとう」
 山鬼がそれを受け取ると、少女は照れたような表情を見せ、笑った。
 すると、山鬼の表情に変化があった。それは、笑った‥‥ように見えた。
 そうして、山鬼はゆっくり歩き出し、緑の中に入り、やがて見えなくなった。見えなくなっても、一同は暫くそこを見つめ続けていた。


 ここは冒険者ギルド。係員と話しているのは、涼。
「増援の件は無理だったが、それ位の手助けなら出来そうだ」
「贅沢ばかり言ってすいませんねぇ。でも、それを聞いて安心しました。それではお願いします」
 涼はギルドや依頼者に対して説明に走り回っていた。手間はかかりそうだが、なんとか冒険者の信用を落とすような事態は回避できそうだ。