●リプレイ本文
「あれ? そういえばオラースさんと叡璽さんは?」
「叡璽さんは先に行って橋の見張り。オラースさんは腹ごしらえに行ったわ、情報収集を目的としてね。尤も、彼も厳選した店選びをしているようだから時間がかかるかもしれないけど」
と、さも愉快そうに微笑を浮かべながら、サイレント・ラストワード(eb3730)は肘で報告書を奥に突っ込んだ。ふうん‥‥、と言いながらも、ギルドの書庫から報告書を探す楠木麻(ea8087)は、なかなか目当てのものが見つからない。
「むぅ、何か関連する報告書があるかと思ったのだが‥‥、なかなか見つからないものでござるな」
「どうでもいいが、あまりちらかすんじゃないぞ」
検索中の山野田吾作(ea2019)をぞんざいに扱うギルド係員。麻がそれをじーっと見る。
「‥‥‥‥」
「‥‥なんだよ」
「‥‥何もっ」
明らかな非協力的な係員。それを見た麻は勘繰る。『これは何かが隠されている』と――
どかッ。ばさばさばさー!
「あら、ちょっと何か引っかかったみたい」
「ぬぁ! ‥‥これは大儀にござる」
音の元に向いてみれば、棚から落ちた膨大な量の書類に埋もれる田吾作と、それを拾い集めるサイレント。
麻は溜息を漏らしながら、まだこの作業に時間を要する覚悟をした。
「馳走ンなった。また来るぜ」
ありがとうございました、と頭を垂らす看板娘を後にし、オラース・カノーヴァ(ea3486)は歩き出す。歩きながら、集めた情報を整理する。
「(一見すると無差別殺人だが、一定間隔で商人が殺されている。バックに何かあるかもな‥‥)」
そう思っているうちに、次の店が見えてきた。この寒さだというのに、女性店員が愛想よく通行人に声をかけていた。
「お客さん、ここで一息どうですか?」
「ああ、世話になる」
言いながら、そういえば気にかけていた少女の事を思い出した。
(「彼女は‥‥どーしたもんかね」)
「初めまして、ウィザードのツヴァイです。フルネームはカヤ・ツヴァイナァーツって言うんだけど、ぶっちゃけ舌噛みそうだと思うから、ツヴァイって呼んでもらえると嬉しいな」
「ああ、はじめましてだな。宜しく頼む、つヴぁ‥‥ツバイ殿っ」
イマイチ慣れていない発音に、舌ったらずを余儀なくされる片岡睦(ez1063)。
「まぁ、間違ってもカヤと呼ばなければ何でもいいけどね‥‥はははは」
何故か渇いた笑いで返すカヤ・ツヴァイナァーツ(eb0601)。女性的な名にコンプレックスでもあるのだろうか。
「で、片岡さんは今回のターゲット‥‥、斬る気満々?」
「そのつもりだ‥‥」
人々の平穏のために『それ』を斬る。彼女はそう付け足した。
「君に君自身の都合があるなら話は別だけど。うーん‥‥個人的にそれはあんましお勧めしないな」
「え‥‥?」
「罪人を斬る事が、必ずしも罪そのものを斬る事に直結しているわけじゃないかな、てね。斬ってそこで終わりを迎えるのが本当に‥‥、あるべき形の終焉なのかな?」
「‥‥‥‥」
「裁きを受け、被害者達の親族の気持ちをぶつけられて‥‥って、こんな話してる場合じゃないか。例の橋での見張り作業にまわってもらえないかな? 僕自身がやれればいいんだけど‥‥そーゆーのからっきしでさ」
苦笑しながら言ってみたが、相手は思った以上に真剣な表情。
「ま、個人的意見だから気にしてもらわなくてもいいけど‥‥ってアレ? キミは見回りに行っていたんじゃ?」
「迷い人、との事だ。現場で凍死者が出ても迷惑なだけなので連れてきた」
緋室叡璽(ea1289)が連れてきたというその金髪の女性は、一礼すると去っていった。尤も、防寒具の準備や仲間との情報交換が必要だったので、それらを兼ねた帰還であるが。
「件の者は見受けられなかった、が‥‥」
叡璽は先程の女性が完全に立ち去った事を確認してから、再び口を開いた。
「怪しい動きはあるようだ」
「え、それってどういう意味?」
問いかけるツヴァイの肩に、後ろから大きな手が乗せられる。
「まぁ、丁度良い。交代する頃合だろう。今度はわしが見てこよう」
巨躯のマグナ・アドミラル(ea4868)が言った、まさにその時であった。
「何故このような、大事な物を隠していたのでござるかッッ!!!」
怒号のような、いや怒号そのものであるそれをギルドの方から聞いた一同は、声の元へと急ぐ。
「田吾作殿!」
睦は驚きのあまり声をあげる。
声の主はどうやら彼らしい‥‥彼がそんな表情を見せるのも珍しい。田吾作が憤慨して係員に詰め寄っていた。
「仕方が無いだろ。お前達、それを見て手を緩めない自信があるか? 俺の仕事は、ギルドの係員。お前達は、冒険者だ」
「この報告書。見なければ良かった‥‥同情は矛先を鈍らせるから」
表情を曇らせ、そして沈黙する麻。田吾作が口火を切る。
「拙者は冒険者であり、又士分にござる。しかし、事情を知ってなお、断罪に固執する様な分からず屋では無い!」
「えっと、明人さん。すまないけど、オラースさん探すの手伝ってくれない?」
「ああ、見つけ次第、ここに連れてくる」
ツヴァイと神山明人(ea5209)がギルドから走り出ていくと、今度はマグナが係員に歩み寄った。
「見させてもらおうか、その報告書を」
「つまりその女性は、堅気の妹を想うあまりに商人に利用され、殺しを強要されていた。件の暗殺者騒ぎが、それと‥‥」
明人が、読んだ書類の概要をまとめると、甲高い口笛を鳴らしながらオラース口を挟んだ。
「しかもその黒幕が、先日死んじまったって話を、ついさっき俺が聞いたってんだから驚きだな。三文演劇にしちゃあ出来過ぎだぜ」
「皆さん既に御察知のことだろうけど、これはもう再発はありえないと言っていいと思うわ」
サイレントが自信をこめて言うが、睦が新たな疑問を抱き、眉間に眉を寄せる。
「橋の情報が入った事に、何か因果関係は存在するのだろうか‥‥」
「ま、行ってみなきゃ始まんねぇだろ。オラ、仕度しろ」
微笑しながらオラースが小突いて、悩んだ顔の睦を促した。その声に、一同思い出したかのように、外へ出る準備をする。防寒着を用意していない者が多かったため、オラースは係員に借りられないものかと働きかけると、係員は顔をしかめながら、奥から防寒着を引っ張り出してきた。心なしか黴臭い気もするが、着ないで風邪をひくよりはマシだろう。
(「むぅ‥‥。妹を想うあまり、か」)
持参の防寒服を着込みながら、考えるマグナの表情は晴々しいものでは無い。数多の難敵を粉砕してきたであろうその巨人も、知った事情に、悩まずにはいられなかった。
そんな彼らに声をかけてきたのは、戸口に立っている男。
「何者か?」
「私達は一連の暗殺者騒動の調査をしている者よ。関係する報告書も見つかったことだし、これから出るであろう現場に行くところね。何か?」
マグナとサイレントに問われると、男は、自分もその事件を調査している者だ、との事。
男は、件の犯人には仲間がいて、入った情報も罠である可能性を警戒し、迂回して背面から事に臨もうとしていたが、一人では自身が無く、どうか同行してほしい‥‥という旨を説明した。
男を見てみれば、それなりに経験を積んだ冒険者のようだ。
「ま‥‥いんじゃね? おい係員。防寒服もう一着」
「‥‥貸し出しの有料化を検討するか」
オラースの要求に、明らかに嫌そうな顔をしながら言う係員だった。
聞こえてきたのは鉄と鉄のぶつかり合う音。
「あれは‥‥」
明人が指差す先には二つの人型。駆け寄ってみれば、それが剣戟音の正体である事が知れた。件の暗殺者であろう長髪の女と冒険者が鍔競り合っている。暗殺者は調べた報告書通り、面をつけていて、表情は汲み取れない。
影が伸び、疾風の如くそれへの間合いを詰める。暗殺者に近付こうとした男とサイレントが、その影はオラースだというと気付く頃には、既に彼の右手が十手を繰り出していた。
上位の達人に匹敵するそれの衝撃に、暗殺者の女の面にヒビが入り、彼女は片手でそれを押さえる。
そうしている間に、叡璽、マグナに周囲を囲まれていた。
「あんた追い詰められたぜ」
後方では明人がいつでも術を唱えられるように身構えている。麻もその近くで構え‥‥てはいるが‥‥。
(「こんな華奢な女性が、‥‥今まで妹のために手を汚してきたのか」)
彼女は、仮に魔法を使うとしても発動に時間が掛かりそうだ。高い魔法の素養があり、高速詠唱を習得している、が‥‥時間を要するだろう。
「ギルドの者だ。暗殺者とは貴様か」
「さっきの一撃、全く抵抗しないように見えたけど、どうしてかな。まさか斬られるつもりなのかい?」
マグナとツヴァイの問いに、返ってくる言葉は無い。沈黙は、流れる赤髪が破った。
ガギィイ!!
自分の刃が、思わぬ者によって防がれた叡璽は、眉を顰めながら言う。
「‥‥同情した瞬間、牙を剥くような事などよくある事だ‥‥だったら最初から同情するだけ無駄なんだよ‥‥」
「拙者の知る扶美殿は、そのような卑劣漢ではござらん! どうか‥‥刀を納めて頂けぬだろうか、叡璽殿」
「‥‥断る」
「ちょっとちょっと。とりあえず仲間同志でやりあってもしょうがないでしょ。両方抑えて!」
言いながらツヴァイは周りを見渡すが、植物らしい植物は見当たらない。見えるのは積もる白だけだ。プラントコントロールは使えそうもない。
「‥‥本当に、貴方が扶美殿‥‥なのか?」
近付こうと一歩歩み出した睦。その時! 先に暗殺者と戦っていた男が、突然相手を強襲したのだ。突然の行動に、睦は名前を叫ぶ。多分それがその男の名前なのだろう。
男の体当たりが直撃し、女の面が落ちる。仮面の下にあった顔は、なんとも暗殺者という言葉が似合わない、整ったものだった。
彼女は衝撃を殺しきれないまま吹っ飛び、そして派手な着水音。男もろとも橋から落ち、そして川下へ流れていく。決して大きくない河川だが、枯渇をしならない冬のそれは、穏やかな流れではない。
「外にいるだけで、これだけ冷えるのですもの。川なんかに落ちれば数分ともたないわね」
サイレントの言葉に、途中同行の男も賛同した。
「討ち取った証拠が必要だと思うが‥‥」
明人は話を途中で止めた。いつの間にか、白髪の少女が一人、現れていた。十代前半と思われる小柄の少女は、事情を説明すると共に懸命に訴えた‥‥どうか見逃してくれないものか、と。
「あ〜あ、あんな美人亡くすなんて、惜しいことしちまったぜ」
しかし、オラースがいきなりそう言ってそれを途中で遮る。
「‥‥そうだねっ。もう死んじゃったら仕方無いよね」
悔しそうな言葉を放つ麻だったが、口調に悔恨の色は帯びていなかった。
皆、見えていたのだ。男がしっかりと女を抱きかかえながら、落ちた姿を。
「刃を以ってしなくとも、人は死ねるという事だ。さて、ギルドへ報告に行くか‥‥」
無愛想な口調でマグナは言い、橋に背を向けた。
「あれ?」
一同はその声の主、ツヴァイに目を向けた。
「‥‥そういえば、叡璽さんは?」
「やはり仲間だったか‥‥」
叡璽の目に映るのは、自分の刀を止める盾と、ずぶ濡れの数名、迷い人と言っていた少女‥‥そしてそれに抱かれているのは、暗殺者の女。盾を持つ騎士は必死に訴えかけてくる。『死以外の償いを!』と。
「関係が無い」
殺気は変わらず、むしろそれの度合いを増し、斬撃。
「その女が殺人者である事は事実」
斬撃。
「黒幕が消えたところで、完全な改心など約束されるのか?」
斬撃。
「お前は人の闇を知らな過ぎる」
斬撃。
「いや、見ようとしないだけだ。その心に巣食う暗闇を」
斬撃!
騎士も全力を以って防いでいた。そして来る攻撃は達人級で、中には避けきれないものもあった‥‥が、それは叡璽を止めるには至らなかった。
銀光が、交差する。
『それでも私は、人を信じたい!』
「‥‥‥‥」
叡璽は構えを解いた。
「‥‥行け」
騎士は、叡璽の言葉に驚きさえ感じた。
「この刀では、もう戦えない。」
刀は原型を留めてはいるものの、長剣によるバーストアタックによって確かに損傷を受けていた。本人が負っている傷と相手が剣術の達人という事を鑑みれば、叡璽の絶対的不利は否めない。
但し、その刀の損傷が、もう本当に戦えない程のものだったかは‥‥、本人のみぞ知る。
「死亡の確認は出来ないが‥‥、まあ、状況から考えられる死亡の可能性の高さを考慮して、一応依頼の成功という事にしておこう。‥‥一応な」
「そういやよ、手練の殺人者って言ったら大体賞金が掛かっているもんだが‥‥それにしちゃあこの報酬は少なくねえか? 報奨金は無シ、か?」
係員から報酬を受け取る際、オラースがそこはかとなく疑問を投げかける。それを聞くと、係員から帰ってきた言葉は、
「いや、掛かっていたぞ」
「では、何故‥‥」
メンバー中、一番金銭的余裕の無い田吾作に、係員が返答を返す。
「一つは、お前の仲間の刀を修理費。そしてもう一つは‥‥」
係員の指は、オラース達の、脇に抱えられている物に向けられた。防寒服一式。
「それのレンタル料金」
‥‥‥‥。
(「詐欺師め」)
静やかな表情を崩さず、心の中だけで毒づく明人。
「本当に、これで良かったかな‥‥」
結果だけ言ってしまえば、自分達は殺人犯を見逃したのだ。それが武士道を目指す者として、楠木麻として正しい行動だったのか‥‥、明確の答えが見出せない。
「麻殿‥‥」
自分よりほんの少しだけ身長の高い少女、睦が傍らにいた。
「法的な善悪での判断だけで言えば、私も‥‥自分のした事が絶対正義の行動である自信は、無い。しかし、貴方達がいなければ私は、友人の姉を斬っていた‥‥。それを未然に防げた事は、正直嬉しいと思った。貴方達には、感謝している」
依頼前は殺気立っていた少女は、微笑んでみればどこにでもいる、ごく普通の娘だった。
(「武士道とは‥‥」)
麻は、何回も自分に言い聞かせているであろうその言葉を、改めて反芻した。