●リプレイ本文
京内、某書庫。
「ふむ‥‥。そちらには、何か目新しい記述はありましたか?」
橘一刀、ティワズ・ヴェルベイアは、和泉みなも(eb3834)の問いに、首を横に振る。文献を漁ってもありきたりの生態程度しか知れなかった‥‥、が、こういう努力の姿勢自体は悪くない。
「拙者は試合みなも殿は熊鬼退治、場所は違えど互いに頑張ろう」
そう一刀から言われると、みなもは育ちの良さが窺えるその面に微笑を浮かべ「一刀殿、御武運を祈っております」と返した。
事前の荷物の確認では、クライドル・アシュレーン(ea8209)が過積載のバックパックを馬に移したくらいなもので、特に問題もなく冒険者達は出発していた。
「私達は大梟を倒すつもりは無いよ。少なくとも、大梟は縄張りに入らなければ襲ってこないからね。
それに下手に倒した場合、大梟が餌にしてる動物とかが増えちゃうでしょ? 鹿や猪ならまだいいけど、熊や狼‥‥場合によっては小鬼や豚鬼を餌にしてるって事もありえるからね」
「害獣駆除は梟じゃなくても出来るだろ。それにもし行商がその道を使ったらどうする。すぐに襲われるぞ」
道中、幾度と無く狭霧氷冥(eb1647)と、エルデは言葉を交わすが、各々の言い分はなかなか終着点を見出せないでいる。
「しかし大フクロウといえば空の難敵。まずは熊鬼に専念してみても良いのでは‥‥ないでござろうか?」
それとなく彼女に苦手意識を持っている山野田吾作(ea2019)が、言葉を選んでやんわり言ってみる‥‥と、
「何弱気な事を! それでもお前、侍か!!」
「!? う、うむ‥‥」
侍云々は関係無いとは思うのだが、相手の強気に押され、口を噤んでしまう田吾作。しかし、このままエルデが突撃思考でも困る。かといって、いきり立つ彼女に言葉をかければ火に油を注ぎかねない。さて、どうしたものか‥‥。
「相手取らずに済むならそれに越した事は有りません。大梟を倒す事に執着して熊鬼を取り逃がしてもいけませんしね」
後ろからの声に、「何を」と言いながら振り返ったエルデだったが、眼前に映った声の主は自分の胸の高さにも満たない、みなも。
「まずは熊鬼。大フクロウは余力の程度によって判断なさっては如何ですか?」
「‥‥そうだな。熊鬼にしてやられたら、まず元も子も無い、か」
そんな幼女にムキになろうとした自分が、物凄く大人気ないように感じた。冷静さを取り戻し、エルデはまずは熊鬼を倒す事を了承する。(みなもが実は30代というのは、この際伏せておく)
「熊鬼と梟を同時に相手にするのは難しそうですしね」
「向かって来たら、当然撃ち返すがな」
おっとりとした口調で呟く綿津零湖(ea9276)にそっけなく言い返すエルデに、「追い払うという点においては私の考えも同じですよ」とクライドルが声をかける。
「熊鬼を暴れさせるわけにはいかないからな‥‥。何はともあれ、お互い協力してゆこう」
「ま‥‥協力した方が効率的だろーからな」
言ってそっぽ向いたエルデを氷雨鳳(ea1057)は苦笑して見る。態度はどうであれ、とりあえず連携は出来そうなので安心する。
結論から言えば、それらは田吾作が言おうとしていた事なのだが。
「うう、拙者の立場は‥‥」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いや、何でも‥‥ござらん」
どうにも芳しくない様子の田吾作を見て、鳳翼狼(eb3609)が彼の肩を叩きながら口を開いた。
「誰にも苦手な相手っているよね。女性に対しいてうだつが上がらない‥‥それもある種の武士道って感じするよね!」
「‥‥うむ」
ツッコミを入れず、あえて閉口する田吾作。翼狼に、悪気は無いのだから。‥‥多分。
そんな悶着を隣にしても、涼しい顔で歩く備前響耶(eb3824)。
兎にも角にも、一行は進んでいく。
下顎から覗かせる牙。そこから漏れるのは荒い息遣い、白。両の眼には欲求する本能のみを漲らせている。そしてその熊の身体を覆うのは茶色の毛皮と、くすんだ鎧。
その数体が、例の熊鬼である。
「お出ましか」
「あれが件の一団のようですね」
エルデは開口と同時に指を矢筒に伸ばし、語尾を言い終える前には、既に矢が弓に番われていた。零湖も矢を手に取っている。その動作と同時に空へも視線を配り、大フクロウへの警戒を怠らない。
(「水霊よ、我が手に集い氷の刃と成れ。氷輪!」)
印を結ぶみなもの詠唱はアイスチャクラ。その小柄が薄青に包まれ、氷の輪が製造される。
弦を引く音を背に駆け出すのは田吾作、翼狼。
鉄が鉄を打ちつける、音―更に音。田吾作が自分の背丈よりも長い野太刀を繰り出すと、それは火花、そしてヒビを生み、熊鬼の防具を破壊する。
「好機にござる!」
「よしっ、まかせて!」
刀が、鉄の削がれた毛皮を横に一閃し、線上に赤が吹き出る。翼狼は更に手首を返し、再度熊鬼に斬撃を加える。
(「どこか、立ち位置の限定できる場所は‥‥」)
振り下ろされた斧を十手で流しながら、敵に囲まれないような場所を探す翼狼。
「チームワークがどれだけ重要か‥‥証明してやる! 氷冥殿ッ!」
鳳と、彼女の言葉に頷く氷冥が向う熊鬼には、既に零湖とエルデの矢が刺さっている。
視界に入った二人に、熊鬼が手の盾を掲げ上げ――終える前に銀光が胸を薙ぐ。鳳の鞘から奔った俊速の刃が熊鬼を斬ったのだ。
しかし熊鬼は出血に頓着せずに武器を振りかぶる。それを視認した瞬間に鳳の前に出る影。熊の身体相応の膂力を以って放たれたそれを、歯を食いしばり受け止める氷冥。
「だ―」
「大丈夫‥‥よっ!!」
「よっ!!」の発生と同時に反撃した氷冥の一撃は、熊鬼をよろめかせるに値した。言いそびれた鳳も、それを見て安心する。
鳳の横にもう一匹、熊鬼が顔を出したのはその刹那だった。
とっさに反応が間に合わず、氷冥は鳳の前に出ることがかなわない。冷や汗を吹き出しながらも身構える鳳に、無骨な鎚が振り下ろされる。こと回避については自信の無い彼女は正直、直撃を覚悟したが‥‥思った以上に見切れたその攻撃は、避ける彼女の裾を切るだけに終わった。
「多対一に持ち込む場合は敵の動きも考えろ! 相手がこちらと同程度に数がいる事を忘れるなよ!」
後方から聞こえたのは、エルデの声。見てみればその熊鬼の胴には、箆。鏃をうずめたそれはエルデが射たのだろう。
彼女が言うまでもなく、敵は複数。しかもその一体一体が決して脆くはないのが厄介。どうしても、数対は前線から漏れ出す。
走ってきた熊鬼が三匹。一匹を響耶が迎え撃つが、もう二匹が後衛陣へ突き進む。連射性を重視して軽めの弓を用意したエルデであったが、先程射撃したばかりだ。
「後衛の方々に攻撃するには、まずは私を倒してからにしてもらいましょうか! 倒される気もありませんけどね‥‥」
彼女の焦燥感を振り払うかのように放たれた言葉。気付けば、目の前にクライドルの背中があった。
迫る武器二つがクライドルを同時に直撃するが、動じる様子は彼に無い。
手ごたえはあるのに屈さないそれを不思議がる前に、熊鬼はシールドソードに刺し貫かれる。身を引こうとする熊鬼に、襲来するは氷輪。
「これ以上の進行によって、神皇様の都に踏み入らせる訳には参りませんので」
言いつつ、みなも返ってきたアイスチャクラを取る。体勢を崩した熊鬼に、零湖の矢は的確に構えられている。
空裂き、空流れる矢。それは確実に熊鬼着る鎧の隙間に―毛皮に―そして―肉に入り込む。
「ン、なかなか‥‥やるな!」
語尾と同時に弦を放し、飛ぶエルデの矢も、鎧の隙間へ。
そうして、よろめく熊鬼は、背後から斬撃を見舞われ、崩れる。崩れて晴れた視界に映るのは、鳳と氷冥の二人。
「うむ、連携の重要性を改めて感じるな」
鳳はまだ残っている熊鬼に体を向けつつ呟く。
「後ろは何とかなりそうだね」
「うむ」
刀を巧みに操りながら、鎧を失った熊鬼を追い詰める翼狼と、傍らの田吾作。錆ついた武具は本来の耐久性より低くなっており、野太刀によって次々に破壊される。
そうして段々と道が開けてくると、見えてくる相手の親玉。他の熊鬼より重厚な装備、戦闘経験を物語る傷跡‥‥違いない。
「あ‥‥早計は禁物だよッ、響耶さん!」
熊鬼にとどめの一撃を加え、それが倒れる同時に駆ける響耶‥‥翼狼の制止を振り切る。まだ他にも熊鬼は残っているが、彼は一目散にその首領格へ疾走する。
「連携の重要性、は?」
「‥‥‥‥」
「‥‥彼への援護は私がします。エルデさんは引き続き田吾作さん達に群がる敵への射撃をお願い致します」
目を細めて言うエルデに対し、ばつの悪そうな顔しか出来ない鳳。見かねた零湖は矢を番えながら、彼の向かう敵方へ視線を走らせた。
「不愉快だ‥‥」
対峙して、一人ごちるように響耶は呟く。
「この様な者に握られては碌な扱いをされまい」
熊鬼の手にある斧は濁った赤銅色となっている。それを不憫に思う響耶、その斧の間合いを見極め、且つじりじりと歩を進める。
縮まる両者の間隙、そして‥‥一気に踏み込む! 赤銅より、銀の方が疾い。
響耶の斬撃。達人の領域であるそれは確実に熊鬼を捉える。
しかし、それで赤銅を止める事葉出来なかった。
「‥‥く」
肩を押さえる響耶の左手からは、赤色が滲んでいる。その左手の金属拳で防御しようとしたものの、それはあくまで殴る拳の為にあるもの。ましてや相手は腕力逞しい熊鬼。そんな物での受け流しは、達人の技量でも無理だ。かと言って軽量化を施した刀で受ければ折られかねない。先程の熊鬼は響耶の先手で動きが鈍りなんとか避けられたが、この斧の持ち主は怪力と確かな技術がある。
晴天に影が出来たのは突然だった。引き寄せたのは血の匂いか、戦いの喧騒か。
響耶は手持ちの傷薬を服用したが、空からの爪がそれを無駄にする。
「大フクロウが現れました。皆さん注意を」
冷静に零湖は威嚇射撃を繰り返し、その猛禽を陸に近づけんとする。
「田吾作さん、こいつらはもうだいぶ弱体化したから、あとはアッチを‥‥」
「うむ、心得てござる」
周辺の熊鬼達を、鳳、氷冥達と確実に屠って言う翼狼。彼の言葉の最後を聞く前に内容を理解して疾走した田吾作は、首領熊鬼と対峙する。
新たに現れた目の前の人間に、振り下げられた熊鬼の斧―重いが、野太刀なら逸らせない事は無い。滑らせるようにして流し、空いた銅に一撃を加えれば、その熊鬼の鎧は大きなヒビが生じた。
「響耶殿、無理は火を見るより明らかにござる!」
「‥‥頂を目指す猛者に、無理をしない前例があるか?」
田吾作の諌言は響耶の目を強者から外すには、至らなかった。
再び踏み込む響耶の剣閃を、熊鬼は見切る眼は持っていない。雄たけびと、吹き出る鮮血。
錆びついた重斧の逆襲から、響耶は逃れる術を持っていない。静かな表情と対照的な、飛び散る鮮血。
「その傷では、無理もできまい。武器回収の余裕も無い。早急に片付けて、撤退するぞ」
「それじゃ、いっくよ〜鳳! 今度も、私が敵の攻撃を止めてみせるから」
その他の熊鬼を始末し終えた鳳、氷冥が各々の武器を向け立ち向かう。
(「撤退だと? あの武具の無念がわからないのか? 手入れと、修理を‥‥」)
響耶の傷の深さは深刻な問題で、そう思うにも動けない。
首領熊鬼は数に押され、段々とその身の傷を増やし動きも鈍くなる。
しかし、敵は陸だけではない。
射撃の壁を掻い潜って、大フクロウが急降下してくる。その狩人の、驚愕の速度。
爪の先には―血塗れの人間―瀕死―動けない、餌。
咆哮が、梟の思考、そして速度を遮る。
雄々しいそれは翼狼から。両の手に握るは拳のみ。飛翔のもと放たれたその拳が、梟の顔へ突き刺さるように当たっている。この衝撃に、梟は一度空へ戻る。
「早く、撤退準備だ!」
翼狼が叫ぶ。
「早くしないと‥‥早く!」
長時間の戦闘のせいか、はたまた鮮血姿の仲間のせいか‥‥彼の髪が逆立ち始めている。――狂化の兆候。
みなもは手から消え失せる質量に気付くと、アイスチャクラの制限時間超過を確認し、言う。
「彼我の状況をみて、これ以上の交戦は危ういでしょう。エルデさん」
程度に差はあるものの、各々消耗している。
「‥‥ああ、分かったよ分かっているよ! おーい、退くぞ! 田吾作はそいつ抱えて走って来い!」
クライドルとみなもは、それぞれ用意した寄せ餌を取り出す。熊鬼は蓄積した負傷の影響で田吾作達を終えない。そうして投げ込まれた場所には、もはやその熊鬼しかいない。
匂いに、吸い込まれるようにして巨鳥が迫る。
ぐしゅ――パキパキ――ずちゅぐちぐちぃ――
「見ない方がいい」
ナニカが裂かれ、砕かれ、食されるその音の方向に振り返ろうとしたみなもを、エルデが言葉だけで止める。惨たらしいその食事風景は、見るに耐えない。
結果、熊鬼の一団の駆除に成功。各員、負った傷の治療にかかる。響耶の傷が一番深いのだが、彼に使う為の傷薬は鳳しか用意していなかったので、負傷は持ち越しとなった。
「退きはしたが、無事に成功できてよか―ぅぐ!?」
「‥‥‥‥」
眼を細め睨むエルデの無言のプレッシャーに尻込みする田吾作。どうやら、もーれつに機嫌の悪そうな彼女。
「まぁまぁ、無事に帰ってこられて良かったじゃないですか」
「っお前――」
零湖の言葉に何か言い返そうとして立ち上がったエルデは、彼女が突然指差した方向につられて目を向ける。
「無事じゃったか〜ぁ?」
すると、向こうからこちらに走ってくる老人。
「貴方の無事を気遣う人のもとに無事で戻って来られた‥‥、これで今は満足して良いのではないでしょうか」
言いながら、優しく微笑む零湖であった。