●リプレイ本文
「うーん。ちょっと、僕には判断しかねますよ〜」
「どうしたのかね?」
困り果てた面持ちで、今回の試合に参加する冒険者達に応接していた男が呟いた。すると、様子見に来た主催者の男、坂田が顔をはさんでくる。
「いえ、今回の試合の参加者である冒険者の方々が、武器の加工や調理をしたいと申し出てきまして」
「材料さえ賄ってもらえれば別に料理くらいは許可するさ。観客も多く来てくれたのだ、周囲に配れば喜ばれる」
坂田は男と対照的に、特別問題にする様子はない。が、「ただ‥‥」と言って言葉を足してきた。
「武器の加工はご遠慮願いたいね。まず、私は木刀一本に対しても可能な限り欠損を防ぎたいと思うくらいのケチなのだよ。そして第二に、折ったりした場合その断面は当然大変粗くなってしまう。刺突の際にそれは凶器になりえるからね、安全管理の面においてそれは認可しかねるので、了承して頂こう」
皆様ッ今日はようこそいらっしゃいました、と、坂田はお決まりの口上で観客一同に開会の辞を述べている。まぁ、皆、長ったらしいそれより手元の味噌汁の方に夢中だが。
「皆で食べる食事は美味しいですね」
既に二杯目を啜っている大宗院鳴(ea1569)が満足そうに言う。そう言って貰えると、作り手である井伊貴政(ea8384)や将門司(eb3393)も、料理人冥利に尽きる。
(「うん、料理に手を出さないで良かったかな‥‥多分」)
胸中呟く空漸司影華(ea4183)。スキル的に、なにやら思うところがある‥‥かは、本人のみぞ知る。
「寒いだろうからな、こういうものがあってもいいだろう」
「うむ、こう‥‥身体の芯から温ま‥‥―っ!」
「まぁ、熱いので気をつけるように」
その隣、氷雨鳳(ea1057)は猫舌の片岡睦(ez1063)に苦笑していた。
(「真向では俺では一太刀も無理だろう、疾走がつかえれば未熟な腕の俺に安心したところを高速詠唱で速度をあげてスタックできれば勝機もあるだろうが‥‥」)
そんな中、我羅斑鮫(ea4266)は試合に向けてイメージを膨らませていると‥‥
「それでは、第一戦目は物部氏対我羅氏です! 皆様、雪上に立つ剣士にご注目下さい」
「早速か‥‥」
一戦目・『妖怪荘住人』対『シャドゥ・ストーカー』
「山州(山城国)志士、物部・靖七郎・義護。いざ尋常に‥‥勝負!」
張りのある声で名乗りをあげる物部義護(ea1966)に、斑鮫は軽く会釈で返すと、目の前の新陰流の構えに対して木刀を向け、自分も構える。
義護は相手に構えたまま、横へ横へ足を運ぶ。円を描くようなそれで、ジワジワと間合いを縮めようとする義護。因みに、かんじきは許可された。
(「‥‥長引けば不利なんでね」)
先天の敏捷性が、それを一気に詰める。
「く、させるか!」
しかし斑鮫の視界に広がったのは、白。蹴り上げられた雪を避け、離れた相手を再び追う。それが、繰り返される。
「だいぶ、息が上がってきたところでしょうか」
安里真由(eb4467)の呟き通り、義護の額にはうっすら汗が浮かんできていた。基本的に、間合いを詰めようとする者より、保つために動き回る方が疲れる。ましてや、義護より斑鮫の方が体力も敏捷性もある。
「丁度いい。体が暖まってきた頃合だ!」
「ここで、踏み込む!」
そうしてお互いの間合いが無くなると、両者の木刀が放たれる。
突進力をそのまま太刀筋に乗せた斑鮫の攻撃は一度、義護を打つが以降は彼の体捌きのもと、空を切る。
そして義護から連撃が繰り出されれば、斑鮫はそれを防ぐ術は無く、決着となった。
「まだまだ未熟な身‥‥か」
「私は良い試合だったと思いますよ」
打撃部を診る真由は斑鮫に賛辞を送る。歩み寄ってきた義護まもた、同じく。
「良い経験となった。この試合を、新陰流が活人剣の練武に活かしていこうと思う」
二戦目・『井伊の赤鬼』対『居合いの男』
冒険者以外でも腕に覚えのある者を募り、出てきたのがこの男。三度笠を被り、そして手には鞘。不審といえば不審なその男を、坂田はまじまじと見つめた後、意味ありげに微笑し、参加を許可した。
「あーっと、これも何かの縁という事で、宜しければ名前を教えてほしいんですが」
「‥‥‥井伊利久、という」
「なんと、同じ姓なんてっ。僕は、井伊貴政と言います。これはますます、何かの縁を感じますねぇ。この試合、宜しくお願いします」
挨拶を返す事なく、利久と名乗った男は試合の位置につく。礼を無視された事に特別嫌悪感を表す事もなく貴政も開始の位置へ。
そして、合図。
納刀の姿勢の利久。そこから放たれる居合いの一閃が果たしてどれ程のものか‥‥。貴政はそれを思い描きつつ半歩づつ、近付いてゆく。利久もまた、摺り足で歩を進めてくる。
ピタリ。
何かの同時動作の様に、二人は同時に止まる。
二人の膠着は、いつの間にか周囲から喧騒を奪っていた。
(「毛ほどの動きで‥‥始まる」)
先に動いたのは、利久だった。
肩に残る痛覚によって、「居合い抜きって、本当に反応できないものなんだ」と貴政は実感する。実感しながら、既に斬撃を繰り出している。
それを木刀で受け止める利久。貴政がそこから滑らせる様にして刺突を放り込めば、そのまま利久の胸板を痛打する。
やりとりは刹那であるにも関わらず、両者、お互いの毛髪一本一本さえ確認出来そうな程、感覚が研ぎ澄まされている。実力者同士の試合は『死合い』に匹敵する緊張となっていた。
退きながら、雪を蹴り上げる利久。目くらましのつもりは無い。此れを避ける事を見越し、相手の進行方向を限定する。雪を蹴り散らした逆の方向に構える。
しかし、貴政が出てきたのは、雪の波の中から。利久の目論見は外れだ。元より貴政、避けるつもりなど無い。
構え直す間は、欠伸が出るほどの時間を貴政に与えた。突き、凪ぐ。が、二撃目は浅い!
「それまで!」
踏み込もうとした貴政が、制止の声に止まる。見てみれば、最後の一撃は利久の笠を吹き飛ばし、額を切って出血させている。一旦手当てを、との事。
「止血します。あ‥‥ま、待ってください!」
「‥‥‥結構」
駆け寄った真由の手を無下に振り払うと、利久は三度笠を拾った。そして、最後の一撃は有効打と自分で判断したのだろうか、額を押さえながら去っていった。
「試合放棄と見なし、井伊貴政氏の勝利とする!」
三戦目・『天然お嬢様』対『エルフの射手』
「腕に自信があるのじゃろう? それとも、剣の腕はからっきしかの?」
「なんだと!」
初老の連れとそんなやりとりをして、エルフの女性が出てきた。
「お前が私の相手か。私の名前は、エルデと言―」
「わたくしも、侍の娘として、武術の修練もしないとダメですね」
「頑張ってください」
「でも、無理はしないでくださいね」
絶好のタイミングで鳴は振り返って、真由をはじめとする観戦者の女性陣と話していた。いきり立つエルデに気付いた鳴は、「宜しくお願いします」とゆったり頭を下げる。初老の男が、苦笑しながらエルデを静めていた。
そして、開始。
「わたくし、建御雷之男神の巫女、大宗院 鳴です。戦神の名の元にいざ勝負!」
構える鳴からは、先程のおっとりした雰囲気はどこかにいっていた。雪上を駆ける巫女、二刀を放つ。
エルデは距離をあけ、辛くもダブルアタックをかわす。そして、後退しながらの雪玉投擲に、鳴の追撃は阻まれた。避けようにも、雪玉の狙いは正確だった。
「あの〜っ、これ冷たいんですけどー」
疾走して間隔を保ちながら、立て続けに投擲される鳴は雪まみれだ。観客からも「雪合戦じゃないんだぞー!」とブーングの嵐。
「長所を活かしているんだよ、長所を!」
吼えながら、エルデは木刀を両手持ちにして接近してきた。雪に体温を奪われて本調子ではない鳴は、初撃を食らってしまう。が、続く攻撃はまるで舞踊のような身のこなしで避けた。
「ここまでです!」
(「く、距離近いって!」)
翻した姿勢を返して攻撃に転じる鳴。二撃は的確にエルデに当たる。エルデから反撃があったが、問題なく避ける。
そして、放たれる鳴の木刀は、吸い込まれるように軌道を変えながらエルデを捉え、とどめとなった。
「‥‥ふぅ、まぁ、なんだ。本分じゃあない戦いだったが、お前、なかなか―」
終了の合図の後、鳴の方に振り返ったエルデだったが。
「いやー、もう冷えて冷えて大変寒いです。味噌汁のお代わり下さい」
「ちょ、お前‥‥!」
またもや絶妙のタイミング。既に鳴は場外で、味噌汁を堪能中。再びエルデは連れ抑えられている。鳴に悪気は、無い。
四戦目・『新撰組十一番隊隊士』対『双剣の剣士』
深々と頭を下げた後、睦は二本の木刀を手に取る。
「それでは、宜しくお願いする」
「まぁまぁ、そんな大層に構えなさんなや」
一方相手、司も二刀流、右構え。鑑みながら、睦は徐々に距離を詰めていく。
(「右利き‥‥か?」)
「ほな‥‥行くで!」
司に蹴り散らされた雪は、大袈裟に宙を舞った。それを避け、睦は司に切り込む。
「おッこれはなかなかの腕や!」
両の得物を一刀ずつ繰り出す睦の攻撃を大きくかわし、また自分自身も大きく振りかぶって木刀を下ろす。睦は左でそれを弾き、すかさず右で追撃する。
(「当たらず、か。しかし、最後まで諦めないっ」)
「ええ目をしてるわ。俺の上司にそういう目をしたのがおるわ」
「え?」
「気にしない気にしない! さ、もっと踏み込んでみたらどうや」
司の言葉に、一瞬キョトンとしながらも、睦は気を取り直す。
(「相手がどうであろうと、関係無いな。私は、私の持ちうる力の全てを‥‥出し切る!」)
二閃。睦の木刀が、挟むように司を左右から打ち付ける。
「このままやと片岡はんに失礼やな‥‥さっきの攻撃、本気でも避けられん位のものだったし‥‥壬生狼の俺を出すか」
二回分攻撃を受けた司は呟くと、己の型を変えた。
(「左構え――来た――そうか、これが――」)
司の本気に気付いた頃には、一撃が睦に当たっていた。立て直そうとする睦であったが、二刀は防御で手一杯となり、結局巻き返す事無く、司の三撃目が当たったのだった。
睦が蹲っている。初撃がどうやら相当聞いたようだ。彼女に、司は手を差し伸べた。
「すまんな。隊士である事は普段隠してるんや」
「‥‥‥‥」
(「しもた! 怒っているんやろか!?」)
黙り込む彼女に不安を覚える司。
「まだまだだな‥‥」
「え?」
「私もまだまだだな。再戦の機会があったら、今度は最初から司殿が本気を出せるよう、これからも自己の鍛錬に努めるとしよう」
不安は杞憂に終わり司は内心胸を撫で下ろすと、握ってきた睦の手を優しく持ち上げた。
五戦目・『新撰組三番隊仮隊士見習い』対『赤髪の女志士』
「一年振り‥‥になるのかな? 何時かは‥‥お手合わせ願いたいと‥‥思ってた!」
「さあて、どれだけ腕を上げたか見せてもらおう!」
「二人とも、頑張ってね〜」
応援するディーネ・ノートの声を背に響かせ、鳳は一気に駆け出していた。影華も同じく。
そして互いの間合いが零になれば、木と木が激しくぶつかり合った、小気味良い音を打ち鳴らす。友人同士とはいえこの戦い、彼女達の間に手加減という文字は存在しない。
初撃を弾かれた影華であったが、それを残念がる事無く、むしろ友人の実力を誇らしくさえ思った。
それでも
「木刀ではあまり効果は期待できないけど‥‥」
むしろそうだからこそ、目の前の剣士に勝ちたい!
「この一撃‥‥重いよ! 空漸司流暗殺剣・閃空斬っ!!」
振りかぶり、下ろされた一閃。鳳にそれが当たる事はなかったが、雪を砕き、白を舞わせたその威力に舌を巻く。
「影華、力と技の勝負だ‥‥手加減はせぬぞ」
改めて、目の前の剣士は、力を出し惜しんで勝てる相手でない事を、鳳は再認識する。そして‥‥
(「氷雨さんは‥‥夢想流の使い手‥‥居合いの攻撃に注意しないと‥‥っ!」)
納刀。居合いの構えに影華は、目を凝らす。瞬間の太刀筋を見切るため。
(「その瞬間は、刹那‥‥――来た!」)
常人には不可視の剣‥‥しかし影華の瞳はそれを捉える。
「何!?」
驚嘆の声は鳳。しかしそれは防がれる事は無く、影華に当たる。代わりに、影華はその攻撃にタイミングを合わせて、一気に近付いていた。鳳は、抜刀中。胴が、空いていた。
「見えた‥‥っ!空漸司流暗殺剣・烈閃斬っ!!てぇぇいっ!!」
反撃が、鳳に叩き込まれる。女性の体躯、そして木刀からは想像しがたい威力が鳳を襲った。
「好機!」
迫る影華。痛みを抱えながら、構える鳳。
(「もう一度居合いが来るとしても、さっきみたいに‥‥」)
カウンターを試みれば相手にさらに追い込める、そう思った影華が、今度は舌を巻く番だった。鳳の剣は、幾重にも軌道を変化させながら己に迫ってくる。剣筋が、読めない。
「く!」
「影華、いい試合だった」
二撃目を受け、距離をとろうとしたが、追跡する鳳に間合いを詰められ、フェイントアタックが三撃目となり、試合終了の合図となった。
「まだまだ、かぁ」
呟く影華であったが、全力を以って戦いきった者に、遺恨も悔恨も残っていなかった。むしろ、爽やかささえ感じて。
「観ている方も、思わず熱が宿るような一戦でしたね。勉強にもなりましたし」
擦過によって血の滲む部位に手当てをしながら、真由は影華に賛辞を送る。その言葉を聞き、打撃を受けた他の部分を雪で冷やしながら影華は、顔の色を己の髪の色に近づけていた。
「見事だったな、鳳殿。見習って、私もこれからの修練を続けよう」
こちらは、鳳と睦。
「なんならその際は一緒に、どうかな? 私としては、依頼以外でも片岡に会いたいのだが」
「ああ、‥‥その時はこちらこそ宜しく」
はにかみながら睦はそれに快諾する。十も年下の少女だ、こうして戦い以外の時の表情は幼く、まだあどけなかった。
そうして、全ての試合が終わり、閉会の式に移る。
「さて、最後に試合を繰り広げた二人には坂田商事から、こちらの記念品を受け取ってもらいます」
井伊対決の二人に渡すという話もあったが、対戦相手が不在ということで、鳳、影華の二人に渡すことになった。
手渡されたそれの包み布をとってみれば‥‥、
「これは‥‥櫛?」
「かんざし‥‥」
「男顔負けの激戦を展開した二人には、せめて普段くらいは女性らしく! 真珠のかんざしと朱塗りの櫛を贈呈させていただきます」
「「余計なお世話だっ」」
最後、作った味噌汁は全てたいらげられ、選手、観客、共に満足そうな表情で帰路につくのだった。