●リプレイ本文
「相手は狭い道を狙ってきたり、地形も利用して襲撃してくるらしい。ただの馬鹿じゃあねえみたいだな」
「当然‥‥むしろそうでない者など山賊じゃあない。尤も、ペットに半端ではない維持費を費やしている愚か者には変わりない」
竜造寺大樹(ea9659)は道中、事前に集めておいた情報を一行に話す。未だ見ぬ相手を嘲笑する紅林三太夫(ea4630)は、自分の衣服に土等を塗りたくっていた。今回の相手は獣。その嗅覚に対して、決して甘い考えは持っていない。
「そういえば以前、有名な織物屋の閉店の知らせを耳にしましたが‥‥その事について何か噂を聞きましたか?」
「あ? んな噂は特に‥‥。潰れちまった店の話だろ? もう世間から忘れられているだろーぜ、きっと」
「‥‥そうどすか」
鷺宮吹雪(eb1530)の問いに、大樹は怪訝そうな顔で答える。
「ペットを戦闘の道具にでござるか。許せん」
「‥‥全くだな」
「睦殿もでござるか。賊は必ず倒すでござる」
香山宗光(eb1599)の呟きに同意する片岡睦月(ez1063)。言葉こそ少ないものの、むしろその言葉少ない立ち振る舞いから、抑えられた、静かな怒りを宗光は感じることが出来た。
(「睦殿は以前犬を飼っていたと聞く。また、依頼中に死んでしまったとも。正直、感情的になってしまわないか心配では有るが‥‥」)
横では榊原康貴(eb3917)が齢相応、落ち着いた様子で、仲間達の様子を客観視している。戦いに勝つのに必要なのは情ではなく、静である事を、心得ているからだ。
「身を持ち崩したのか、独学で身に付けたのかは分からないけれど、はた迷惑なことこの上なしね」
「うむうむ。熊ですら操れるんなら調教師にでもなればよかったのに」
楠木礼子(ea9700)の、ぼやきにも似た言葉に、山内峰城(ea3192)が幾度も首を縦に振りながら言う。
「そうこうしているうちに、着いちゃったね。ここが依頼の山でしょ? それじゃみんな、作戦通りいこうか」
手をかざす鳳翼狼(eb3609)。これから一行が向かうのが、その方向にある山。そこに潜む、動物に悪行を重ねさせている盗賊。それぞれに差異はあるものの、『盗賊への嫌悪』、この一点においては全員共通させ、歩を進めていった。
「もっと真面目にやったらどうです!?」
「と、言われましても‥‥私、そこまでお金もらっていないし?」
「まーまーお二人、せっかくの楽しい旅なんだ。穏便に穏便に〜」
叱責する吹雪に、全く反省する様子のない礼子。その間に割って入る峰城は過ぎるほど気楽な口上。同行する睦は雇われ用心棒よろしく、無言のまま歩く。横では宗光と翼狼が馬を引いていた。
「拙者の馬は何の取り得も無いが兎に角可愛く思えるでござる」
「そうどすなぁ。自分の世話しているものとなれば、それだけで特別ですから」
「おお! 鷺宮殿の馬もですか」
「私としては、早く仕事終われば、後は何でもいいなぁ」
「全く、そんな調子ならいっその事、タダ働きにしますえ‥‥―!」
そんな会話は突如として終わりを迎える。話を遮ったのは、上空からの奇襲。
礼子は素早く反応すると、抜刀した刃の腹で、嘴を受け止めた。衝撃から、剣撃に匹敵する威力と礼子は一瞬で判断する。見上げてみればその威力納得できた。大型の猛禽が、勇ましく翼を広げて飛び舞っていた。鷲だ、一羽ではない!
続けて襲い来る猛禽は無防備な吹雪に集中して向かう。礼子、そして睦の二刀が割り込むと、それらを弾き、峰城が袖から取り出した短刀を振りかざすと、それに当たるまいと宙へ上がる。
「随分仲が悪いようだなぁ、商人さん達よぉ。鷲だけで既にいっぱいいっぱいってトコか?」
声の方向に向いてみれば、1‥2‥‥8数匹の狼を従えた男が歩いてきた。やや細身で神経質そうな顔のわりには、口調が軽い。
「こっちにはまだこれだけいるんだぜ? こりゃー今回は容易い相手のようだッ、さっさとこいつら餌になってもらうぜ」
「では、こちらも人を揃えさせて頂きますえ」
「え―」
吹雪の言葉を理解しえる前に、翼狼の笛が響いた。
すると――颯爽と駆けつけたパラの忍びは弓の弦を引き、巨漢の僧、壮年の武士二名は獲物を引っさげ‥‥次々と現れた冒険者が陣形に加わる。
構えながら呟く峰城と礼子。
「思った以上に早く姿を現してくれたもんやなぁ。手銭使って小金持ちらしく着飾った甲斐あった」
「もしかして、本当に喧嘩していると思った?」
「‥‥ウルセーんだよォォォテメーらは!」
盗賊は逆上気味で狼と一緒に攻勢をかけてきた。盗賊が手にするは十手(盗品であろう)。
口から覗かせる、白い牙と荒い息。確かな忠誠と、そして殺意を淀ませる双眸。視界の狼達が、飛び掛ってきている。
(「動物を殺める事に呵責を感じない訳でもないが、降りかかる火の粉は払わねば‥‥な」)
苦いものを含みながらも冷静に、康貴は狼の攻撃を刀で受け止め、切っ先を振り上げる。剣の軌道を添うようにして、血が舞う。しかし、身を翻した狼が即座に体勢を整えた事から、傷は深くはないようだ。
「くそ、群れてきやがって! 大人しくしていろ!」
狼の攻撃は毎回、対象を決め集中してくる。叫びながら大樹が六尺棒を振り回せば、勢い良い音を伴わせてそれらを退かせる。
「全くヒデーよお前ら。普通動物目の前にしたら、たとえ敵でも、罪悪感ってもん感じねーのか!?」
「罪悪感がないわけじゃないけど、ひとの命を犠牲にしてまで助けようとは思わないからね」
礼子は術者へ向かおうとした盗賊を止め、対峙している。時折皮肉を言いつつも、彼の攻撃を避けて斬撃を繰り出す。しかしそれらも避けられ捌かれ、なかなか進展がない。
礼子はちらりと後方に目を配る。
「つくづく思うんだけどさ。どうも浮いている敵ってやりにくい、ね!」
「全くやね。まぁ、まだ羆出てきてないみたいやし、焦らずにいこうか」
上空から迫る鷲に、なかなか決定打を加えられないでいる翼狼、峰城、宗光。数羽にもなる鷲は思った以上に機敏で、手数の多い相手だった。猛攻に耐えながらの攻撃はなかなか難しく、せめて長物を使っていたら話が違ったかもしれない。しかし、換装の隙もない。とりあえず刀で、鷲へのダメージを重ねる。
三太夫も繰り返し射撃を続け、そこで集まったところを吹雪がストームで上空へ放ち、敵を吹き飛ばす。しかしそれ自体に威力があるわけではないので、暫くすると鷲は、また猛禽らしい獰猛さを滾らせて急降下してくる。この繰り返しがたいぶ続いている。こんな状態で更に援護を求めるのは酷であろう。
傍らの睦。狼達相手に苦戦している。無傷だが、その面は苦々しい。
(「やっぱやりにくいんやろか、睦さん。優しいのはいいことやけれど‥‥」)
(「手加減をして仲間が傷ついてしまっては、それこそ何にもならない」)
峰城、康貴の危惧。それは睦の過去から来る。目の前で自分の犬を殺された過去‥‥。
しかし、殺意は容赦しない。狼は睦に襲い掛かかってきた。
「何か思い入れがあるんだろッ?」
方向と共に、豪腕が唸る。
「だったらテメェで決着つけて来い! ‥‥ここはオレらに任せろッ」
六尺棒が狼を打ち、振り抜いて吹き飛ばす。大樹は咆哮と共に、睦の前に道を空けた。
「すまぬ、大樹殿。‥‥では、参る!」
「っていうわけで二対一になりそう? それじゃ、頑張ってもらおうかしら」
「二刀流が二人‥‥冗談じゃねぇ! 刀四本も相手にしたら疲れてしょうがねぇぇぇ!!」
「逃がすか!」
「ぅぐぇ! い、痛えッッッ痛ぇぇじゃねえか馬鹿野郎!」
駆けつけた睦が斬りつけ傷を負うと、途端、十手を投げつけ‥‥不意をつかれた睦の額に当たる。
そして盗賊は背を向け走り出す。走りながら、懐から出した笛が高い音を響かせた。
「敵に背を向けるほど愚かだったとはな!」
「背中のついでに、顎(あぎと)も拝んどけよぉ!」
矢の狙いを定める三太夫に差し向けられる狼。迫るのは白い牙‥‥白刃がそれを止める。即座に反応した翼狼が防いだのだ。
そうして矢は飛んでいくが、軽やかに飛び退く盗賊に掠るだけに終わり、空を切る。
「さ、早く追わなくちゃ!」
と、叫んで翼狼は駆け出す。自分の乗馬技術を鑑みて、そしてもしここで一人追いついても、返り討ちにあうだけだ。
盗賊は逃げながら、一匹ずつ狼を殿に出す。しかし、今まで狼にてこずっていたのは集団だからであって‥‥
「手負いで逃げられるほど甘い相手ではないと、お主も気付いてござろう。諦めるでござる‥‥!」
狼を切り伏せながら、宗光は溢れる激情を抑えているような‥‥そんな口上で言う。
「ま、止まらなかったら‥‥止めるまで」
「づぉ! だから痛ぇえって言ってんだろコノガキャァーー!」
(「なんともまぁ、騒々しい御仁どすなぁ‥‥」)
今度は避けきれず、背中に三太夫の矢が刺さると盗賊は悲鳴と一緒に暴言を吐く。魔法で鷲達の相手をしながら、吹雪は胸中呟いた。
「ま、この辺で年貢の納め時やないか? 今捕まっておけば、そう大変な思いはせずにすむ」
と言いつつ、胸城は捕縛後に尋問を考えているわけだが。
盗賊は致命傷でないにしろ負傷しており、狼の数も減っている。相手が余程の馬鹿でなければ不利に気付いていい頃だ。
「‥‥じゃ、この辺でいいだろーぁ年貢の納め時」
「なかなか話がわか――」
「但し、お前達のな」
男は笛を吹き鳴らす。先程とは違う音。
「ちっ、あざとい用意しやがって!」
後方からの音に目向けた瞬間、飛び込んできた顎を、大樹は打ち払う。
「やってくれたわね」
「当然ッ。俺は試し割の瓦でもなけば試し斬りの巻き藁でもねぇぇーんだぜ。色々考えるってもんだ」
礼子は思わず舌打ちする。後ろにはどこから出てきたのか、狼が数匹‥‥そして話に聞いていた羆。周囲を見渡せば心なしか、先程より道幅の狭い場所にいる。追い詰めたと思ったら‥‥
「挟み撃ちって奴だッッ追い詰めたのは、こっちなんだせ! 冒険者共よぉ?」
盗賊は再び狼を差し向ける。今度は自ら出ず、代わりに短弓を取り出す。
「くそ‥‥! 動物達に頼って、それらに悪事を重ねさせるお前が‥‥何を偉そうに!」
「睦ちゃん、不用意に飛び込んじゃ駄目だ! 危ないよ」
「しかし‥‥!」
「せっかく愛犬に守ってもらった命。ここで絶やしてはあの世で愛犬も悲しむだろう」
「く‥‥」
「そうだよ、まずは目の前の敵に集中して!」
睦を抑える翼狼と康貴。三人は前方から来る狼の対処に当たる。睦は何か、堪えた面持ちで狼を切り伏せる。
(「こいつは普通に相手したらなかなか面儀そうやね。ここは一つ‥‥――!!」)
「あっとぉ、もし何か魔法を使おうとしていたとしたら、それは俺が許さねー!」
峰城の詠唱を邪魔する、盗賊の矢。彼の胴を貫く事はなかったが、それでも十分詠唱の妨げとなる。術者を守ろうにも、それに迫る矢に対抗する盾も技術もない。というわけで、礼子はまず救急に周囲の敵の排斥を‥‥と、鷲に二刀を見舞って飛べなくする。
(「まぁ‥‥これらを倒し終えない限り、木に登るのは無謀か」)
三太夫は引き続き射撃。鷲も段々と数を減らしてきた。
「折角挟み撃ちにしたってのに‥‥なんか段々こっちの数、減ってきたじゃねーか。こうなったら‥‥」
「貴様! この期に及んで! 逃げるな!」
「へッ、お前達が悪いんだよ。大体、敵の本拠地であろう場所で戦い、相手を逃がしたくなかったら、『逃げたらどうする』じゃなくて『逃げないようにどうする』くらい考えてきやがれ!」
捨て台詞を残すと、一目散に逃げてゆく盗賊。残した動物に見向きもせずに‥‥だ。
(「まさか見捨てるとは‥‥」)
(「許せん」)
宗光と睦は互いに違う眼前の敵に向かいながらも、無責任な盗賊に、同じ思考を巡らす。
しかし動物達は依然として冒険者達に襲い掛かる。もう、そういうものなのだろ。そう仕組まれているのだ。この調教は、素人のレベルではない。
「もう、お前の飼い主はいないでござる。‥‥が、既にお前は血を覚えてしまったな」
宗光は、肩口から流れる血を左手で抑えながら呟く。人の血を嚥下させた獣は、人の世界では許されないのだ。
「吹雪さん、こっちは全部片付いたわ」
「わかりました。では‥‥いきますえ!」
迫る爪と嘴をことごとく避け、三太夫の援護をうけながら鷲を全て切り落とした礼子が言うと、吹雪は魔法の対象を空のモノから地上のモノへと返る。
広がる強風が、羆を急襲する。それに吹き飛ばされた羆は、後方の岩に背中からぶつかる。そして立ち上が――
「そろそろ、往生しな!」
ろうとした羆に六尺棒を叩き込む大樹。そして‥‥。
「お主は裁かれねばならないでござる。覚悟!」
長刀から放たれる一撃。そうして、間もなく羆が動かなくなる。
同時期に、狼達も片付いていた。
全て片付いていた、が‥‥何も解決していない。
「頭悪そうな相手やったけど、何気に頭いいヤツなのかもなぁ」
努めて、雰囲気を切り替えようとする峰城。落ち込んでいても何も始まらない。
「頭悪そうなだけに‥‥してやられると悔しいものがあるが、まぁ、これを忘れずにこれからの冒険に活かすでござるよ」
仲間の武器を診て、手入れしながら、宗光もそう言う。
「いえ‥‥やっぱりただのお馬鹿さんかもしれないわよ」
「ん、その皮袋はなんだろうか?」
礼子ひょい、っと、皮袋も持ち上げた。康貴が問うと、翼狼が小走りで駆け寄ってきて、中身を見る。
「わー、お金。多分これ、あの人の財布だね。盗賊が窃盗して所持金減らす破目になるなんて‥‥なんだかおかしな話だよね〜」
その財布の中身は分配され、その後、回復薬の準備がなかった者の治療費等となる。
そうして、下山の前に、戦った動物達を弔う。簡素な埋葬ではあるが、冒険者達は両方の掌を合わせ、冥福を祈る。
(「もし、もし次があれば‥‥今度こそ!」)
祈りつつも、その目に鋭いものを覗かせる睦の胸中が、読めた気がした。