【五条の布令】野魔狩り

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月04日〜05月11日

リプレイ公開日:2006年05月13日

●オープニング

「‥‥‥。む、業物‥‥」
「ホラ見ろ! また食いモンがこんなにあるぜ。これなら当分、食い扶持にも苦労せず済むなァ」
「これほどの武器に、食料。ふむ‥‥」


「そうか。ご苦労、下がれ」
 言われた、その部下であろう男は礼儀どおりに頭を下げて退室する。
 暫くしてからその空間に自分が一人ということを確認してから、烏塗の冠をとり、瞼を落とし、そして大きく息を吐いた。
「‥‥賊共め」
 蝋燭の火、揺れる夜中。使いの者から受けた報告に対し、男は親指の爪先を噛んで、忌々しそうに呟いていた。
(「さて、どうするか‥‥」)
 か細い指が輪郭を這う。その時は既に、男の頭の中は苛立ちから、思案へと移り変わっている。
 その者の名は五条の宮。京都守護代にして、今、部下からの報告によって知った盗賊への対策に思い巡らせている男。それが、彼だ。


「新任のお偉いさんはさぞかし忙しいことだろう。そんなあんたが何故こんなところに?」
 ギルドに現れた五条の宮に対して、係員は恐れ多くもそんな無配慮な言葉を投げかけた。
「冒険者に依頼することがある。ここが一番、冒険者の集まる所だと思ってな。どれどれ、如何なものであるかな」
「‥‥そんなに冒険者に会いたかったら、長屋にでもいけよ」
「なるほどそうか! いやはや、住まいにまで駆けつけるほど厚かましい考えは、この余でさえも思いつかなかったぞ。なかなか聡いな、貴殿」
 五条の宮は広げた扇子で口元を覆うが、その下に嘲笑があるのは明らか。彼は係員に誉れ無き賛辞を送る。それを受けた係員の面は勿論歪んだものだったが、それを気にも留めずに、五条の宮は屋内へと歩を進める。
「盗賊。生者に食らいつき、奪い、そしてそれで存在し続けようとする。いわば奴らは魔の類であるといえよう。そんな魔が蔓延る今、魔払いの出来る武士(もののふ)を私は求めている」
 盗賊をまるで人間と思わないような口調ではあるが、五条の宮の口上は、まるで演説のそれだった。
「京内のみしか見れぬ視野狭き様では、誠の治安は築けない。ひとたび郊外に目を向けてみれば、依然として賊が跋扈している」
 それに、段々と冒険者達も集まってくる。一瞥して、十分な人数が回りにいる事を確認すると五条の宮は話を続ける。
「私の手の者も例に漏れず襲われ、食料など多くの荷物が強奪されている。襲われたは者は無論、生きて帰っていない。これが一度二度の話ではないのだ。どうやら賊達は味を占めた様子。ここで見せしめの意味も込めて、私は私兵の一部を使って山狩りを計画している。そこで、貴殿達の力を借りたいのだ」
 概要はこうだ。
 五条の宮の兵50人とともに山一つを巡回、賊を発見次第退治。これを期間中継続する。単純に賊の数を減らすというよりは(勿論それもあるが)、郊外にさえ京都守護代の息がかかっているということを相手に知らしめさせるための企てのようだ。
 ただの巡回要員‥‥ということなら比較的気安い仕事とも言える。
「尚、この山狩りにて、私は兵の指揮権を冒険者達に委託しようと思っている」
 付け足された言葉で、責務の度合いが増した。
「なに、そう固くなる話ではない。山狩りの兵達は一般的な用心棒程度の者達だ。実力なら貴殿達の方が上であろう? それでは、勇士が現れることを願っている」
 吊り上げられた口の端の成す意味は、好意的なものか、それとも皮肉等のそれかは、判断しかねるが、確かに冒険者達に依頼を済ませると、五条の宮は踵を返すのだった。
 そうして彼が去った後にも、どよめきは収まらなかった。意気込む者、参加はしたいが思わず重責に尻込む者‥‥多種多様。
(「ふむ‥‥」)
 そして、席を立つ者。


「どうやら、大規模な山狩りがあるらしい」
 首領であろう男を中心に、円が出来ていた。ここは、山狩りが行われるのとは別の山中、某所。とある盗賊達のアジトだ。
「じゃあ、あの辺は暫く手をつけないどく? ここから遠い山でもあるし」
「坊ちゃんの言いなりになるつもりか? 冗談じゃねぇ!」
「フレッガ、お前には聞いてねーの。で、どうするよ?」
 少年ほどの体躯の男は、隣にいた柄の悪そうな男と言い争っている。
「‥‥‥」
 剣士はただ黙り込み、染みが付いた杯で酒を啜っているのみ。しかし、渋面の双眸には、手を引く意志は宿っていないようだ。
「利久はだんまりだけど、あれは逃げ腰の眼じゃあねえな。俺も引きたくはないね、ここで大人しくなったらお上が調子こくだろう」
 少年とは対照的に巨躯を誇る男は、述べながら頭をかく。そのたびにフケが舞い散り、少年を遠ざける。
「うーん。ま、もしここで相手が勢いついたら、いずれこの山にも入って来るかもしれない。どうする、隆正?」
「‥‥襲撃を続ける。今度は利久、アウディ、俺も出よう」
 少年に問われた狩猟であろう男、隆正は言うと、剣士と巨漢が立ち上がった。

●今回の参加者

 ea2388 伊達 和正(28歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4870 時羅 亮(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6356 海上 飛沫(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6476 神田 雄司(24歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8445 小坂部 小源太(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8446 尾庭 番忠太(45歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb2690 紫電 光(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3991 フローライト・フィール(27歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「今回の山狩りでは、兵の消耗も予想されます。ここで、治療品の準備を整えておいては如何でしょうか?」
 そう言う紫電光(eb2690)の相手は五条の宮。彼女自身、権威に諂う性格ではないが―新任とはいえ―京都守護職に対して請求するのだから、それなり言葉を選ぶ。
「‥‥良かろう。では、その分は私が持つ」
 私兵の面倒は自分で見る、ということで、更に野営設備なども私兵分は出すと付け加える五条の宮。
「ありがとうございます! それで私、言い薬草士を知って――」
「ここの蔵に諸々の用意が蓄えてある。管理人には私から言っておくので安心しておけ」
「あ‥‥」
 地図を渡され、言葉に詰まる光。ここまで工面してもらって、更に相手に都合を要求できるほど、彼女は顔の皮が厚い人間ではなかった。

「ぅぅ、編成では小源太さんと別の班になるし‥‥」
「まぁまぁ、気を落とさないで〜。私も影ながら、応援しているよっ」
「とにかく、気をつけることだよ。昨今何かと物騒だからね。無事帰ってきてもらえないと、また茶菓子を出すことも出来ないからね」
 結局、情報収集先で愚痴と茶菓子を交差させる光であった。

 山に入る前に、まずは組織統制。何しろ50人という数を預かるのだ。最低限抑えるものを抑えておかないと、とても円滑には動かせない。

・死角が無いように周辺を警戒、敵を先に発見したならば弓兵を集め、一斉射撃
・矢の無駄撃ち注意
・奇襲等で後手に回った場合は、兵法の心得ある者の指示に従い態勢を整える
・士気低下の防止

 その為に、兵達を前に統制事項を説くのが彼。
「フローライト、種族は見ての通りだけど、まぁ、よろしくね?」
「‥‥‥‥」
 ハーフエルフ、フローライト・フィール(eb3991)は別段、己の種族を隠すつもりは無い。故に彼に向ける兵達の視線は、冷たい。彼がその兵達の目に気付くと、彼の瞳に滲んでくるのは、敵意。
「何をしているか」
 諌めたのは兵達の主だった。それが耳に入ると兵達はまるで約束動作の様に一斉で跪く。
「かの言葉は尤もである。下らぬ固定観念で否定するものではない」
 私兵への叱責の後、五条の宮はフィールに歩み寄った。
「私は能力主義者だ。有能な者を種族云々で邪険に扱うつもりはない。‥‥尤も、有能なら、な」
「それなら‥‥期待していてね、今回の山狩り」
 悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う五条の宮に対して、それに臆することなく返すフィール。
 準備を整え、まもなく野に蔓延る魔の掃討が始まる。


「なんだありゃ? 奴さん達、パレードに来たようだぜ。山狩りじゃないようだな、隆正?」
「‥‥‥」
 現在山に入っている山狩りの隊は二つ。各二班、総勢30人弱で動いている。そこまでの規模だと、幾分遠くからでも位置を把握出来る。
「‥‥あこまで大勢だと、並の山賊なら手は出せないだろう。そういう狙いがあるのかもしれん。ゆめゆめ油断だけはするな」
 隆正は言いながら、考えを馳せる。相手はもっと細かい人員編成だと思って計画した作戦が、これでは用いれそうにない。
「末端部分から消耗させるつもりだったが、一旦立て直すか。ま、あの規模だ。掌握しやすくてむしろ好都合だろうよ。な、利久」
 大男に呼ばれた名の主、利久は依然として沈黙のみ。


「藤が綺麗ですねえ」
 場違いに聞こえる程に、神田雄司(ea6476)の口調はのほほんと和みあるものであった。確かに風景は美しく‥‥若木萌え出し木々茂り出す晩春のここは、道も整っているので良き遊歩道になろう。
 そんな中でも、小坂部小源太(ea8445)や兵達は常に四方への警戒を怠っていなかった。
 地図を眺めながら、尾庭番忠太(ea8446)は位置を確認しながら歩く。その地図を見て改めて、山一つというものは大きいと彼は実感する。
 現在異常無し―――――と誰もが思っていた頃合であった。甲高い笛の音が遠くから聞こえてきたのは。

 雨が降っていた。響いた高音が合図となって、そこには雨が降っていた。
 雫は鏃。そして滴り落ちるは、赤い、血。
「手を休めずに、このまま続けて下さい」
 氷輪を投げ込み、海上飛沫(ea6356)が弓兵に指示を出す。こちらの班は、洞穴に住む盗賊達に出くわし、そのアジトに強襲をかけているところだった。
「斬り込んで畳み掛ける。僕に続いて!」
 弓兵や伊達和正(ea2388)の援護をうけ、時羅亮(ea4870)が刀兵を引き連れ突撃する。群がる敵は矢で貫かれ、オーラショットを撃たれ‥‥それでも立っていた者は光の剣圧でなぎ倒される。
 本来、敵拠点一つ潰すのにそれなり思考が必要だが、この班編成には、数の強みがある。つまり物量的圧倒が可能なのだ。
 程無くして、場は鎮圧される。



「「「「なんだ手前ぇ等!」」」」
「まぁまぁ、そういきり立つことねぇだろ?」
「単刀直入に言う。協力を願いに来た」
「何?」
「‥‥‥」
「見てわかる様に、現在冒険者を交えた山狩りの団体のせいで動き難い状態になっている。あの数に対抗するには、こちらもある程度の数が必要だ。‥‥勿論、タダでとは言わない」



「これなら何とかなりそうですねぇ。ぼちぼちではありますが、相手の数を減らしているのは確かですし」
「ええ。しかし、事前の調べによるとこの山を棲家とする賊は大きなもので四つあるといわれています。山狩り二班が倒したのはまだ二つ。依然として気が抜けない状態と言っていいでしょう」
 小源太と話しながら、それもそうですね、と笑いながら言い雄司は刀を鞘に納めた。それは、先程遭遇した少数の賊を始末した後だった。
 数日間の山狩りで彼らの班も一つ、山賊の住処を潰した。賊の掃討自体は異常無く進んでいる。今までは『五条の宮の命令』というだけで動いていた節のある兵達も、冒険者の実力を目の当たりにして、段々とその確かな腕に信頼を寄せるようになっていった。
 懸念があるとすれば小源太の言うように、ペースの問題といった所だろうか。
 そんな話をしていたからこそ‥‥負傷兵の一人が駆けつけ、話し出したそれにはその場の誰もが驚いたのだ。
「一班が、敗走しただって!?」

 若干時間は逆行する。

「むー! こんな所で攻撃してくるなんて、卑怯だよ!」
「褒め言葉だな」
 なぎ払いながら光は叫ぶと、隆正が呟く様にして光に言った‥‥兵を切り捨てながら。
 弓兵は隆正に対し矢を構えるが、一斉射撃は出来ない。このまま射れば、幾本も味方に刺さるだろう。この山道は、合戦場の様な広さがあるわけではない。
 一班は、待ち構えていたのであろうその賊の集団に強襲を受けていた。相手は十人強。対する冒険者達は‥‥人員過剰といったところか。人より大きい体長のペット等がいれば、尚の事。
「アウディ、‥‥‥あの冒険者を狙え。雑兵は――」
「射られる人員だけで構わない! 狙いを集中するんだ」
 一声は、限られた隙間から援護射撃を放たせた。矢が一、二、三‥‥しかし声の主は、相手がその程度に怯む相手ではない事を想定している。
 肩から矢を引き抜く利久に、双撃は間髪の猶予も与えずに突き出された。刃から亮の手に伝わったのは肉を貫く感触――ではなく、金属のそれだった。刀は相手の切っ先で弾かれ、捩られた利久の身には当たらず空を裂く。が、十手は違う。鉄棒は不安定な姿勢だった利久の肩を打撃し、これ以上の進行は阻んだ。転倒しそうな姿勢の利久が、身を起こすに合わせて片手で救い上げるような斬撃を放つと、不安定な姿勢ながら一閃、二閃。
(「重傷は、免れた‥‥か」)
 二条の赤線をその身に刻ませながらも、中傷に抑えた傷を癒すため亮は傷薬の封を切った。
 その間にも兵達が攻撃を受けて――亮は薬を飲み干して、駆け出す。味方に刃を振るう野魔に向かい――
「これ以上はみんなを傷つける事は、許さない! お前の刃は僕が止める!」
「‥‥‥来い」
 白刃同士が、甲高い金属音を叫び合う。
「利久、勢い余って殺すなよ。折角考えた――ん? ‥‥あーあー、若いのは良い事だなぁ」
 近づいた冒険者の、オーラを使うその顔を見て苦笑いするのは、アウディと呼ばれた大男。和正に浮かんでいるその微妙な表情が、戦場には似つかわしくない煩悩のソレだという事をアウディはそこはかとなく察する。そうして和正が上段に構えるは、闘気纏わせし銀槍。
「さぁ! いざ尋常に、しょ――」
 アウディの斧は、まるで枯れ木を折るような容易さで和正の槍を破壊した。
「そんなオバケ対策の武器を持ってくる必要は無かろうになぁ。俺に足は付いている。安心しろ」
 しかし和正に備えの武具はもう無い。特別優れた回避手段があるわけではない。
 ならば、重斧に血を捧げるしかない。
「和正さん!」
「そうだなぁ、こいつはもう瀕死の重態だなぁ。だが、良く周りを見てみろ。こいつだけじゃあないよなぁ?」
 アウディに言われ飛沫は気付いた、敵の意図に。
「退け、今ならまだ間に合―」
「そんな事わかってるよ! 言われなくたって!」
 隆正の呟きを、光が遮る。
 現在、一班から死者は零人。が、致命的に消耗していた。殆どが中傷以上負傷している。
「そうだぞ退け退け。今退けば、追わないからよ」
 明るい口上で言いながら、アウディは斧を振り続ける。重斧は一撃で、兵達に大きな傷を負わせていた。
 こうなると円滑な部隊行動は難しい。時として、傷兵は死兵以上に厄介となる。和正が凄惨な状態であるのも要因として大きい。兵達は、自分達よりも強い冒険者が目の前でやられたのだ‥‥士気は、著しく低い。
「退かざるを得ませんね‥‥。射手は牽制しつつ、半数で行動不能の負傷者を担いでください」
「追わないが、無事に帰すとも言っていない」
 盗賊達は兵が落とした武器や道端の石を掴む。一班は投擲物を背に更に負傷の度合いを深めながら、戦線を離脱したのだった。


 破砕音と、男の呻きが二重奏になる。
「これ以上は不味い。下がってください‥‥下がって、治療と術に専念を」
 小源太を庇った番忠太は、一撃目に盾を壊され、続く横薙ぎの一閃によって浅からぬ傷を負った。彼は小源太に言われると、眼前の敵に固執する事無く、命令通り退く。
「‥‥っと! 久しい顔だな。これは盾の仕返しのつもりかね」
「そんなつもりはありませんが、もしそれの要素があるとすれば、彼の分と思って下さい」
 斧で攻撃を受け止めたアウディは、まるで嬉しそうに言葉を弾ませて言う。対照的に小源太は、素っ気無く。
(「重斧‥‥一撃で破壊は無理、か」)
 その時、アウディの側面に人影が奔る。雄司。
「まずは強そうな敵をというわけで、加勢しま―」
 しかし、その先に立塞がるのは、剣客。利久。
「‥‥‥御相手願おう」
「ええ、ただの剣士として‥‥」
 お互い、静かな言葉の後‥‥足元を弾いた瞬発が、両者の間隙を無にした。
 利久と雄司の持つ、殺意の鋼がぶつかり合う。
 その白の線上。雄司は刃を滑らせ、火の花さえ咲かした速度で突き出された切っ先が敵の肩口を抉る‥‥かと思ったが刃は軌道を逸らされ、身を翻す利久の上着を切るに終わった。すぐに横から判然とした殺意が雄司に迫る。わかる、が見えない、眼が追いつかない。回避姿勢からそのまま放たれた居合い抜きは、理不尽な程の不可視で雄司を切り裂いた。
 相手は自分より出来る‥‥と判る。雄司は自尊に溺れた人間ではない。しかし二班も一班と変わらない、道幅に対する過密具合。しかもこちらは、弓兵に対する具体的指揮統制が用意されていない。この状況で望める援護は、刀兵の支援攻撃くらいか。
「あ‥‥」
 雄司の顔を、赤が濡らした。今、その刀兵の一人が斬られ、彼の方へ倒れて来て‥‥。
「つくづく思うんですが、あんた達‥‥いつもそうやって、何事でもないようにして人を斬るんですか?」
「‥‥‥言うも更也」
「思った通りではありますが、全然嬉しくない返答ですね!」
 怪我人の兵を後方に任せ―怪我人である自分には鞭打ち―雄司は柄をより強く握りしめた。
 冒険者、後衛付近。
「退け。『なりそこない』の出る幕ではない」
「それって、何のこと言ってるのかな? 弓術と格闘術を体得している事について? ‥‥まさか、種族の事じゃないよなぁあ?」
 フィールが、投げ捨てるように長弓を手から離す。矢を打ち尽くした弓など、不要だからだ。目の前の‥‥ こ の 男 を 殺 す の に は、不要ソンナモノ不要不要ナモノハ捨テル捨テル捨テル‥‥捨テロ捨テロ捨テロ捨テロ!
 こみ上げる敵意が脈拍を上げ、髪を逆立て、そして眼を紅に染め‥‥正気を捨てる。フィールが短槍と一体の凶器になって隆正への距離を一気に詰めた。
 隆正は傍の兵を斬撃と共に蹴り飛ばして退かすと、眼前に迫る狂気と対峙した。
 槍が薙ぐは、空。大きく後方に跳んだ隆正に掠りもしない。
 隆正の身体が、まだ宙にある――そんな間隙にフィールは上体を捻らせ、突き出した槍を片手に持ち振りかぶる。そして隆正の足が地に着こうとしたその時、槍が風切り音と共に飛んできた。
 不意に襲ったそれは身を捩る隆正の胸を裂き、赤々としたモノをポツポツと地に垂らす。
「リーダー。こっちは得物が無くなったので、そこんとこ宜しく!」
「ふむ。利久、退くぞ。あとは雑兵同士戦わせておけ」
「誰が雑兵だ――」
 倒れている兵から回収した刀を手にフィールは迫ろうとするものの、現れた剣客に一閃され、阻まれる。
「三対一とはいえ、よくもまぁ俺の斧を壊してくれたなぁ。側近に大分助けられたぜアンタ、感謝しとけな」
 アウディの捨て台詞を噛み締める小源太。大ガマと、番忠太と、自分。力任せで通して、それで出来た事は相手の斧一つの破壊‥‥。
 その頃既に、他の山賊は雄司や兵達で粗方片付けられていた。そうしてその場では勝利を収めることは出来たが、著しい消耗のため二班も撤退を余儀なくされた。

 そうして治療中。五条の宮の送達者が襲われたと聞いたのは、間もない事だった。


「凄まじいな。喉までやられて。これでは薬も飲めまい」
「‥‥治療が必要です。医師か、寺への搬送を」
「断る」
 五条の宮は、有無を言わせぬ口上で飛沫の申請を却下。
 彼は倒れている和正を見下しながら口を開いた。
「自分の飯も忘れ仲間から恵んでもらい、更にこの傷。自分の不始末も拭えん様では冒険者とは言えまい?」
 唇の端を吊り上げながらも、目が笑っていない五条の宮。賊を殲滅出来ず、私兵はぼろぼろ、更に運送物が盗られたのだ。むしろ、赫然としない方が不自然だ。
 一行は自戒する。編成は適性だったか、作戦は状況的に可能なものだったか、笛の援護命令以外で具体的な連携を考えていたか、敵の想定は十分だったか。
(「ああ、つまりこの流れは」)
 雄司の危惧は、はっきりと五条の宮の口から発せられた。
「失敗であるな、今回の依頼は。‥‥遺憾ながら」