【五条の乱】辺境の戦場

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 96 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月28日〜06月04日

リプレイ公開日:2006年06月05日

●オープニング

 駆け抜けてきたのは青年を乗せた、一頭の駿馬だった。勢い良く‥‥この上なく、必死な様子で。
「――うわ! な、何事か!?」
 半ば暴走気味だったその馬に、道歩く少女は危うく轢かれる所だった。
 そこで馬の蹄は止まる。男は少女の腰に刺さった二刀を見て、彼女が冒険者だと判断したから。
「助けて、くれ。村が‥‥俺の村が‥‥軍に‥‥」
 ぼろぼろの姿から、なりふり構わず飛ばしてきたのがわかる。男はそう言葉を搾り出すと、馬から、崩れるようにして落ちた。
「どうした!? しっかりするんだ!」



――――――――――――――――――――



 新しい京都守護職の働きは宮中でも評判だった。
 京都の人々の目にも、彗星の如く現れた神皇家の若き皇子が幼い神皇を助けて京都を守ろうとする姿は希望と映っていた。事実、悪化の一途を辿っていた京都の治安に回復の兆しがあった。
 五月も半ばを過ぎたある日、事態は急変する。
「五条の宮様が謀叛を!? まさか‥‥嘘であろう?」
 新守護職に触発されて職務に励んでいた検非違使庁が、五条の名で書かれた現政権打倒の檄文を発見したのだった。下役人では判断が付かず、判官の所に持っていき天下の大事と知れた。
「よもやと思うが、事情をお聞きせねばなるまい」
 半信半疑の大貴族達は神皇には伏せたままで五条邸に使者を送ったが、事態を察した五条の宮は一足違いで逃走していた。屋敷に残っていた書物から反乱の企てが露見する。
 押収した書物には、五条が守護職の権限を利用して手勢を宮中に引き入れ、御所を無血占領する事で安祥神皇に退位を迫る計画が記されていた。他にも源徳や一部の武家に壟断された政治を糾し、五条が神皇家による中央集権国家を考えていた様子が窺えた。
「京都を護る守護職が反乱を起すとは‥‥正気とは思えませぬ」
「そうだ、御所を占領したとしても大名諸侯が従う筈があるまい」
「現実を知らぬ若輩者の戯言だ」
 騒然とする宮中に、都の外へ逃れた五条の宮と供の一行を追いかけた検非違使の武士達が舞い戻ってきた。
「申し上げます!」
「どうしたのだ!?」
「都の北方から突如軍勢が現れ、我ら追いかけましたが妨害に遭い、五条の宮様達はその軍勢と合流した由にござります!!」
 ここに至り、半信半疑だった貴族達も五条の反乱が本気と悟った。五条と合流した彼の反乱軍は都に奇襲が適わないと知って京都の北方に陣を敷いた模様だ。
「寄りによってこのような時に源徳殿も藤豊殿も不在とは‥‥急ぎ、諸侯に救援を要請せよ!」
 家康は上州征伐の為に遠く江戸に在り、秀吉も長崎に発ったばかりだ。敵の規模は不明ながら、京都を守る兵多くは無い。
「冒険者ギルドにも知らせるのだ! 諸侯の兵が整うまで、時間を稼がねばならん」
 昨年の黄泉人の乱でも都が戦火に曝される事は無かった。
 まさかこのような形で京都が戦場になるとは‥‥。



――――――――――――――――――――



 男は辺境の、小さな村からやってきた。変哲のない、のどかな農村『だった』。
 件の戦、五条の宮による内乱。それによる派兵、進軍に続く進軍。
「五条の兵は、道中にある都合のいい場所の村々を占領しながら進んでいるんだ! 補給地点のつもりかよ、くそ! このままだと、じきに、俺の村に‥‥来‥‥ぅ」
 場所は宿の一室。
 男は、咳で語尾をかすれさせた。聞く話によるとこの男、悪天候の中でひらすら京都を目指し、村で唯一の優れた駿馬に跨ってやって来たという。その強行が祟って、今は体調がすこぶる悪い。
「無茶をしたものだ‥‥」
「無茶は承知だ。それでも、黙って待っていられるかよ!」
 いても立っていられなかった。男の理由はただ、それだけだった。
 このままでは自分の故郷が、戦に巻き込まれる。
 ――毎日飽きもせず雑草抜きながら畑に水を撒くおばさん、腰が痛い痛い言いながら薪を割るおっさん、蛙や虫とっ捕まえて女子にいたずらするガキ共‥‥――
 普段何も無いからこそ、迫る五条軍の知らせを受けてから、村は極度の恐慌状態に陥った。戦に蹂躙され、もし村の風景が変わってしまったら‥‥と、思ったら男はいても立ってもいられなくなったのだ。

「村からかき集めてきた金だ。これで、ギルドは動いてくれるか?」
 麻袋を受け取った少女は、決して重くないそれを、握り締める。
「‥‥ああ! 今すぐにでも動く」
「そいつは、ありがたい。もし必要だったら、俺の馬を使ってくれ。利口な奴だ、きっとアンタの言う事も聞いてくれるはずだ」
 外で、急かすように駿馬は鬣を揺らした。

●今回の参加者

 ea4128 秀真 傳(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0202 藤袴 橋姫(24歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2033 緒環 瑞巴(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2602 十文字 優夜(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3043 守崎 堅護(34歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 eb3062 ティワズ・ヴェルベイア(27歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3587 カイン・リュシエル(20歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

龍深城 我斬(ea0031)/ リオーレ・アズィーズ(ea0980)/ 阿須賀 十郎左衛門暁光(eb2688)/ アルフォンシーナ・リドルフィ(eb3449

●リプレイ本文

「慌てるな! 弓兵、構えい!」
 背中を押す感情。
「怯むな、突撃せよ!」
 奮い立たせる気概。
「我らが、大志を知れ!」
 しかし、戦いの決着の決定的要素は、任侠でも‥‥そして大志でもない。


――遡り、嵐前。静‥‥
「少し‥‥ち、近すぎるのではないか、と」
「こ、これは失礼‥‥っ」
 カイン・リュシエル(eb3587)が片岡睦(ez1063)から馬術の手ほどきを受けている。それを見て十文字優夜(eb2602)が腕を組みながら、搾り出すようにして考え込む。
(「うーん‥‥どこか‥‥、どこかで」)
 それに気付いたのか、睦は馬から降りて彼女の方へ歩み出す。そして近くで顔を確認すると、どうやら睦もどうやら同じ内容の思考。
「確か以前、どこかでお会いしたような‥‥」
「ちょっと待って、今思い出すから絶対どこかで会った筈なのよ‥‥」
 そして、二人同時に、
「「一年前、江戸で!」」
 凡そ一年ぶりの再会。二人は暫く身の上話に華を咲かす。そこに緒環瑞巴(eb2033)も加われば、字の形通り、少々姦しくもなったりするわけで。
「あの時は怪我で、二刀流は見えなかったから今回は見せてね、期待しているわ」
「うむ。拙き剣技であるが、尽力致そう」
「そういえば、あの時のわんちゃんさんは? たしか、藤丸って言ったっけ?」
 言われ、急に口を噤む睦。
「藤丸は‥‥、今は、いないんだ」
 ふぅーん‥‥と優夜、それ以上は聞かない。
「さて、馬の乗り方のご教授は済んだかな?」
 ティワズ・ヴェルベイア(eb3062)に問われ、カインは手綱を引いてみたりして、具合を確かめ、そして鞍に腰を預ける。駿馬、メルセデスは十分躾けられてある事もあって、騎乗する分にはなんとかなりそうだ。
「僕の方は大丈夫だよ」
「OK,では、みんなの支度が終わり次第行こうか。最初の任務は、1秒でも早く村に到着することだからね」
「そうだな。‥‥失う悲しみは、味合わせたくないものだ。急ごう」
 頷き、預かった駿馬に跨る睦であった。


――疾駆、その先‥‥
「馬だ! 馬が近づいてくる」
「五条の兵!? いや‥‥違う?」
「冒険者じゃ! まさかあやつ、本当に京に行ったか‥‥、あんな短時間で」
 一瞬でも自分達が五条軍と間違われるとは‥‥と、カインは村人達の戦々恐々とした様子を改めて認識した。このままでは、いけない。
「僕たちが来たから、もう安心してください。必ず守ります」

「命懸けで助けを求めに来た若者の勇気。無駄にせぬが為、拙者達は助太刀するべく参上仕った」
 経緯を、守崎堅護(eb3043)が説明する。
 突然の現れた冒険者。五条軍に怯える身にとっては、願っても無い救援には間違いないのだが‥‥不安が無いと言ったら、嘘になる。
「まぁまぁ、面を濁しても何も始まらないさ」
 割り込むようなその口上は場違いとも取れる程、ライト。
「ほら‥‥見てご覧、落ち着き払った僕の美しさを。慌てたって、美しくないよ。五条軍なんか、僕の美しさの前にひれ伏すことになるさ」
 ティワズは、己がウエーブを撫でながら言うと、村人をポカンと呆気に取らせてみせる。
「む、村は助かるんですかい?」
「ああ勿論。その為にも、ちょっと状況を聞かせてもらったりお手伝い願うけどね?」
「手伝い、とな?」
「地形情報の把握のため、少々御伺いしたいのじゃが‥‥」
 ぬっ、と長身の男。秀真傳(ea4128)が顔を覗かせた。
「罠を張るゆえ、もし力添え頂ければ大変心強い」
 暫く隣同士で囁き合う村人達であったが、その時間は、短く‥‥、
『わし等も、この村を守るぞ!』
 かくして村人達と協力して罠を敷く冒険者達。落とし穴の位置の指示を出しながら、堅護は、これが今後の村の自衛手段に繋がれば、と思いを馳せる。
 と同時に、今はどれ位の場所で五条軍が具足を鳴らし歩いているのか‥‥とも。


――前夜‥‥
 闇を見ている男が、何を思ったか立ち上がり、柄に手をかざす。腰には三尺程の刀。
「どうしたか」
「いえ、気のせいでした。猫か、狐の類、か‥‥」
 男は再び座り込み、暗闇の先を覗き込む。後ろから、肩を叩かれるその時まで。
「もう暫くで、村へ着くであろう。明日に備え休め」
「‥‥しかし、親方様」
「明日こそ、我らが君の大志を掲げる時。然るべき時の為、ここからは某に任せよ」
「‥‥御心遣い、有難く存します」

 まるで、彼女は気配を感じて逃げる黒猫の様だった。
(「三十名‥‥前後。弓兵、推定‥‥十名弱。‥‥騎乗者、は‥‥無し」)
 音無しの足。闇に紛れて駆ける藤袴橋姫(eb0202)は、自陣へ戻りつつも、その道程で知り得た情報を整理する。
「‥‥武士(もののふ)が、‥‥三十名」
 考えながら、思わず己が口元が緩みそうになるのに橋姫は気付いた。そして思う。
 これなら、斬り合いには不自由しなさそうだ。これなら、愉しめそうだ‥‥と。


――‥‥嵐!
 言葉無く、静寂のまま‥‥ただ、一歩踏み出す度に、がしゃりがしゃりと鎧が鳴る。
 眼前に広がる村。辺境で‥‥そして何より、平穏な所である。誠に平穏な所である‥‥が、志同じく戦う同士のため、そして主君のため、この村を手に入れる。
(「それにしても、静かな‥‥村だ」)
 田舎とは聞いていたが、まさかここまで人がいないとは。まるで人が見えない‥‥、全く見えない?
 偵察によってこの時間、このタイミングが想定されていた!
「いかん! 先方、歩を止めよ!」
 咆哮で指示が出されたが、先兵の耳に入った時、既にその足も穴に入っていた。けたたましい音を立てて、電撃の罠が作動する。
 間隙無き、印無しの呪文発動‥‥高速詠唱!
 火球の炸裂音が戦いの嚆矢。カインはまさしく文字通り火付け役となった。
「慌てるな! 弓兵、構えい!」
「術者殿はやらせんよ。‥‥雷閃!」
「さて、ちょっとだけ飛んでもらうよ」
 怒号! 雷音! 突風! さぁ合戦の始まりだ。
 敵達が火傷に呻き、燃え移る火を払う間に優夜が駆ける‥‥目指すは、月光の矢受けし敵将。『最高位者』指定で放たれた瑞巴のムーンアローは赤威の将に当たる。鎧のせいで傷は殆ど無いが、これで優先標的は見定めた。
「親方様から狙うか。させん!」
 将の前には当然、兵が立ち塞がる。
「こっち‥‥こっち、だ‥‥」
 横から突然、襟首掴まれ強制的に首をそちらに向けさせられる兵。
 向いてみれば、瞳に映るは、女。黒い艶髪、深い黒眼、面は人形の様に無表情で‥‥いやこれは、‥‥嗤っている、のか?
 橋姫の手は兵を離し、‥‥柄へ。
 斬。兵の胸板が斬られる。反撃、一刀。橋姫の脇腹を、掠るに終わる。捩った身体から、一突き。絶命し倒れる、兵。仇討たんがため、こちらに向かってくる新手。その一閃を避け、死に体の相手に斬撃を――橋姫の肩に生じる痛み、突然。
 橋姫の左肩に、鏃が埋まっていた。その威力はまるで刀剣の刺突が如く。敵後方には、重藤弓の弦を弾き終えた射手。
 小柄な彼女は無音を叫びながら吹っ飛び、転げる。追い討ちが迫ったが、それは堅護が止める。
「弓術者は‥‥あそこにいるか」
 無表情に、肩の矢を抜く橋姫。
「ちょっと、大丈夫!?」
「カイン、か。刃に‥‥術の付与を願いたいのだが‥‥」
「バーニングソードだね、ちょっと待って」
 まもなく火剣を抱えて戦線復帰する橋姫の背を眺めながら、再び呪文を詠唱するカイン。細心の注意を念頭に入れれば、ファイヤーボムを味方に被害無く撃てるかもしれない。
「やる事はそこらの賊と変わらぬな、五条軍!」
「何を!」
 堅護の一言が余程癇に障ったか、眼を血走らせて兵は彼に駆け迫る。鎧を纏っているとは思えぬ俊敏な足は――
「浅慮の極み。全く賊に等しき輩にござる」
 突然の違和感によって止まる。何事かと思い目線を下げてみれば、まさしく足枷。結ばれた草が足を引っ掛けていた。なんとか転倒せずに体勢を直し、視線を堅護に戻す。その頃既に、眼前には堅護。左から十手を繰り出していた。
 金属音。刃の背が鉄のそれを受け止める兵。しかし兵の右腹に痛覚――木刀。堅護の攻撃は、二撃。
 そのまま一気に畳み掛ける堅護。
 と、側面に幾つか影‥‥新手。この戦い、先手で数は減らしたものの、それでもやはり数の不利が付きまとう。
 横に薙ぐ一閃、弾く。振り下ろされる刃、受け流す。突き出される切っ先、軌道をずらす。
 ――攻勢が、止まらない。
 一番負傷著しい兵の、横に薙ごうとしている刀に向かって堅護は体当たり気味に飛び込んだ。勢いの乗り切れていない斬撃からの傷は、浅い。堅護の身を包むオーラの恩恵も勿論ある。
「覚悟!」
 双撃のもと、まずは一人を黙らせた。次は‥‥。
 振り返った堅護に倒れ掛かる様にして襲――否、本当に倒れる兵。
「堅護さん、大丈夫だった?」
「まぁ、ここは華麗にサポートさせて頂くよ」
 瑞巴とティワズ。弓兵の対処を終えた二人は、ようやく前衛の支援に当たれる。
「退いてはくれんか?」
「何!?」
 打ち合う金属音に混じりながらの声は、傳。
「お主達も、志あって行動であろうが、このまま続けば敵も味方も、この地にも大なり小なり傷跡を残すことになる」
 後方の、瓦解状態の弓兵部隊。ある程度致し方無いとはいえ、ファイヤーボムで焦げた若木。トルネードで捲り上げられた地面。
「さて、如何じゃろうか」
「愚問!」
 白刃は揺ぎ無い意志と共に傳に放たれる。肩を抉るそれによって、傳の思考の切り替えが行われる。
(「其れでは致し方無い」)
 兵の鎧の隙間に、吸い込まれる様に切っ先が潜った。駆けつけ睦も加勢し、そのまま押し切る。
「優夜殿、頃合だ! この規模になれば斬り込めよう」
 言われ、優夜は斬り終えた敵を蹴り飛ばす。
「そうね。それじゃ、ご一緒願えるかしら?」
 こくり。無言の頷きの後、疾走する二人。
「させるか!」
「その言葉、そのまま返そう」
 道を塞がんと動く兵には、傳が術による電光が見舞われる。
 そのまま一気に二人が目指すは、敵大将。
 副将と思われる側近は睦が、そして将には優夜が。
「どんな立派な題目を語り、崇高な目的を掲げたって‥‥やってる事がこれでは、ただの賊徒集団と変わらないわ」
「黙れぃ小娘! 我らが、大志を知れ!」
 一気に間合いを詰める黒髪黒眼の武道家。構えて迎え撃つ赤威の将。武道家優夜、両の手には小太刀と鉤爪。各々の武器は鋭さを増し、今まさに眼前の敵を切り裂かんと迫る。
 小太刀は空を切り、爪は叩き止められる。間隙無く襲い掛かる爪先――も、当たらない。
「某を試し切りの巻藁か何かと違えたか! そんな大仰な構え、手に取るように太刀筋を掌握できようぞ!」
 一隊を預かる将。それは伊達で任される役目ではない。
 己に次々刻まれる刀傷に、優夜は相手の確かな腕を実感する。
「優夜殿! ‥‥くっ」
「貴様らは、ここで散るのだ!」
 睦も苦戦していた。相手の重い一撃を受け止め、歯を食いしばる――が、それが急に軽くなった。
「‥‥! 忝いっ」
 ウインドスラッシュの発現元には、微笑を浮かべながら指先でサインを送るティワズ。これで、睦も、将へ向かえる。
「くらえい!」
 咆哮と共に、振り下ろされる刃。それに対して身構える優夜‥‥だが、突然変化する太刀筋の変化――フェイント!
「成る程。これ程の実力者ならば、優夜殿が苦しむのも納得だ」
 割り込み、睦は二刀を以ってそれを受け止める。
「浅はか也。それで我が剣技を見通したつもりか!」
 優夜の眼前に、赤が広まった。
 一瞬何だか分らなかった。
 睦が倒れて‥‥敵将が脇差を抜いていて‥‥彼女の腹部から夥しい、出血が‥‥。
「村を襲い、罪無き人達を傷つける‥‥それで良く、国の為民の為なんて言えるわね。‥‥いっぺん、死んで見る?」
 十文字優夜。其が眼は赤、其が髪は逆立ち、其が心に満たすは‥‥狂気!
「正体を見せたか、禁忌が混血種! 狂化で何が変わるか、晒して見せよ!」
 口上の端々に、どこか柔らかさを宿していた優夜は、もういない。
 無言の、連撃。
「片腹痛い、その程度で我が大志の相手になるか!」
 動くたびに、優夜の体から血が失われていく。足を刈られ、地に背をつけた彼女を押さえ込む敵将の、刃が掲げ挙げられ、振り下ろされ――
「何が、大志よ‥‥」
 振り下ろされるのを瑞巴が阻んだ。幾度も失敗したが今やっと、専門のムーンアローを成就させた。
「暴力に理由をつけて無関係な人まで巻き込んで‥‥そうやって家族いない子増やしちゃダメだよっ!」
「よくも邪魔を、貴様! 何を知った風に!」
「‥‥さっき、から‥‥何を、ごちゃごちゃ‥‥ごちゃごちゃ、と‥‥」
 声に気付いた時に、将の背中には赤一文字。振り抜く斬罵刀を持つは、橋姫。
 優夜が、起き上がる。させまいと、振り下ろされる刃。小太刀で受け流す‥‥傷により鈍った剣を受け流す。鉤爪が肉を裂き、脚が、その大柄を捉え、吹き飛ばした。
「や、やられた‥‥親方様がやられた!」
 大将の打ちのめされた姿に、残っていた兵達は浮き足立つ。そして背を向け、戦線を離脱していく。
「待、て。我らが大‥‥志。我らが‥‥大志を、抱えよ‥‥!」
「ジャパンの『志』とスペルは、『士』と書いてその下に『心』を書くと聞いています」
 カインが、呟く。
「その『心』を無視して、独りよがりな士道を歩んでいた時点で、既にあなたに大志など無かったんだ」
 戦いの終わりを知らせる合図もまた、火球の炸裂だった。


「睦ちゃん、大丈夫!?」
「全快と言ったら嘘になるが‥‥大丈夫だ、瑞巴殿。カイン殿、手当て感謝致す」
「どういたしまして。でもあくまでも初期手当てですので、無理しないで下さいよ」
「む。帰ったら傷薬を買うか。‥‥大丈夫、大丈夫なはず、だ‥‥」
 財布の中身を眺めながら、何やら呟く睦。とりあえず傷は大丈夫そうだ。‥‥傷は。
「さてさて、散らかってしまったので、片付けもついでにしていこうか。できれば、もとの美観通りに」
「そうじゃな。全ては無理じゃろうが、なるだけ自然の、元来の姿に‥‥」
「それにしても、随分‥‥派手になってしまったね」
「志の結果とはいえ‥‥ふむ‥‥」
 戦場跡を長めながら傳とティワズは話していた。
 目の前の風景。力同士がぶつかり、争いあった結果が‥‥そこには確実に残っている。五条軍にせよ、冒険者にせよ‥‥どちらにも志があった。ただし、目の前の結果‥‥戦争の決め手は、志云々ではない。力が優れている者が残りそして、目の前のような荒原を残す。
 今更ながら、自問自答する。相手の志を潰した自分達は、正しかったのか?
「何むずかしい顔しているの〜?」
 と、そんな時。瑞巴の明るい‥‥弾むような声が聞こえてきた。
「見てよ、あの村の人達の、笑顔っ! こっちも元気をもらっちゃうよね!」
 振り返った二人。視界の背景を満たすは、笑み。
 二人はひとまず、今は‥‥この笑顔を見ていたいと思った。