無刀の剣士
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■ショートシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月15日〜07月21日
リプレイ公開日:2006年07月20日
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●オープニング
「いやー。どうも依頼、お疲れ様でした。さあ、どうぞ、もう一杯」
「ん、忝い。‥‥人々の安心に貢献できたようで良かった」
透明なそれを嚥下する浪人は少女。村長だというその老父は、えびす顔でお釈していた。
(「しかし、初めて飲むものだが、酒というのは聞いていた以上に‥‥くるものだな」)
少女は村を守るという依頼で、この村の警備に訪れた冒険者だった。期間中、村を襲う賊を退治し、そして役目を全うした。
今宵、この村ともお別れとなる。
「しかしここは、男性の多い村のようだ。周りを見た限りでは、殆どが男性だったな」
「え、ええ。ですので、睦様が来た時は、久しぶりに若い女子が見れると、みな喜んでおりましたよ」
「こんな芋侍を見ても、何もならない気もするが」
睦と呼ばれた少女は、苦笑しながらもう一杯。しっかり頬が、色づいている。
それが喉を通った後、少女は呟いた。
「しかし、村を守れて本当に良かった」
「全くです。これも、睦様のご活躍のおかげです」
「私が最初に受けた依頼は、当時住んでいた村の小父さんから受けたものだったんだ」
斜め上をぼんやり見ながら、睦は言葉を続ける。
「その時の小父さんの顔とあなたが似ていた。だから本当に、村を守れて良かった‥‥って‥‥な、何言っているんだろうな、私は。今のは聞き流してほしい」
「そうですかそうですか‥‥」
深く面に笑い皺を浮かべて、老父は頷き続けていた。本当に、人の良い笑み。
酒気が心地よく広がっていった。
静かな、寝息が聞こえる。
「眠ったようですね」
「ああ」
片付けをしている男の言葉に、老父は引き戸から何かを取り出しながら答える。
「それでは」
「うむ、縛れ」
山の夜風は、七月を越えても静かだった。
それが頬を撫でた時、彼女は目を覚ました。
「‥‥これは、どういう事か」
「最後の仕事ですよ。『村を守る』という依頼のね」
老いた顔に、もう笑い皺はなかった。
「人食鬼は女の生贄でしか鎮まってくれません。村のためなのですよ」
「なるほど。これは村には女がいない‥‥いや、いなくなるわけだ」
「それでは、最後のお勤め宜しくお願い致します」
「その鬼の退治を、私に任せてもらえないだろうか」
睦から出てきた言葉は、罵りではなかった。騙されて生贄にされたと言うのに。
老父はまるで悲しがるように――もしかしたら悲しんでいるのかもしれない――、目を細めながら言った。
「相手が一人ならまだわからない話でしたが‥‥残念です。あなたの小太刀も、村に置いてきました」
この老父の目は、悲しみではなかった。それは、哀れみだ。壁にぶつかって死んでしまう燕を見るような‥‥『死んでしまうのは可哀想だけど仕方が無い』という、そんな目。
「生贄を捧げ続けることが、本当に村を守ることだと思っているのか?」
背中からは言葉は返ってこない。
「大変だ‥‥俺の村で、冒険者が鬼に食い殺されちまうかもしれねぇ!」
冒険者ギルドの受付にその村の若者が駆け込んだのは、数日前のことだった。
●リプレイ本文
「‥‥今回は私は行けないけど‥‥」
祈るは赤髪の剣士。
掲げられた剣、切っ先は天を貫かんが如く。
「‥‥戦場へ向かう者達に‥‥御武運を!!」
空漸司影華の言葉が一行の背中を押した。
影華の刃が向いた天は、灰色が覆っている。今の雲からは風流や趣を感じる事は出来ず、ただただ不安と焦燥のみを見るものに与えた。
嫌な、雲だ。
灰色の下、馬と人が風を切る。
「お待ちあれ、必ずお救い申す‥‥貴女に死んで貰う訳には行かぬのだ‥‥!!」
掌が、千切れんばかりに手綱を握り締めている。山野田吾作(ea2019)の、咆哮にも近いそれは、流れる風景の中でも明瞭に聞こえた。
「‥‥拙者はまだ何も言うては――」
「事前の打ち合わせ以外に、各々他に考えはあるでござるか? 何かあれば、調整可能な今のうちに」
「いや、これといって特にないだろう。後は状況に合わせて各組、臨機応変に対応すれば問題ないかと」
風、それと阿阪慎之介(ea3318)、氷雨鳳(ea1057)の声に田吾作の語尾が、かき消される。
「うぬ、今は急がねば‥‥」
「あれ? さっき山野さま、何か言いかけました?」
「‥‥い、いや、何んでもござらん」
問う水葉さくら(ea5480)に顔を向けず、田吾作は言葉を濁した。
(「さて、どうしたものかな‥‥これは」)
食い込む縄が、手足の自由を十二分に束縛している事を再確認し、片岡睦(ez1063)は考える。
このままではいけない‥‥でも、どうする?
(「考えろ、状況を打破すべく‥‥」)
暗闇の中、彼女は思考を研ぎ澄ました。
「鬼に生贄を捧げなければならない村を存在させてしまうとはな‥‥」
面には何も浮かべず、されど言葉に自省の色の含め、呟くのは備前響耶(eb3824)。
「他に方法はいくらでもありそうなものなのに‥‥正直、そんな村のことなんて知ったこっちゃないわ。私はただ、不運なご同業を助けてあげるだけ」
エルザ・ヴァリアント(ea8189)は、件の村に対して憂いは感じない。村に対して思いがあるとしたら、それは侮蔑しかない。
隣を駆ける島津影虎(ea3210)も、この事例には良くは思っていない様子。しかし今は憤りを胸に潜め、目的の地へ急ぐ。
足掻いても、状況は不変。
(「どうしても縄を切る事も出来ない‥‥か」)
むざむざ鬼に食われるつもりなど、毛頭無い。しかし睦を取り巻く状況に変化は殆ど無い。時間の経過くらいが唯一の変化。
「‥‥――!」
睦の耳に入ってくる、幾つかの音。
(「ついに、来たか。何も解決していない、この状況で‥‥)」
その足は、一尺強もあろうか。
その巨躯は、下手な長屋よりに高い様に見える。
その頭に生える角は、存在を誇示するかのようにそそり立っている。
ずしり。
その一歩で、地が沈む錯覚すら覚える。
これ見よがしの大柄、重量感、圧力‥‥すなわち、迫力。
人喰鬼が、生贄を求めやってきたのだ。
歩を進める、いつもの場所へ。そこにいけば、いつも、ご馳走が置いてある。
もうすぐ、もうすぐ見えてくる。
泣き、叫び、血を流しながら最後までもがく、最高のご馳走が。
血、肉‥‥嚥下する最高の赤を想像して、鬼達は牙の間から涎を垂らしていた。
しかし、
「火霊よ―――その尊き御魂の片鱗を我が前に示せッ!!」
鬼達は目を剥くことになる。
その眼に見えた赤は、血肉ではなく、煌煌と燃え滾る火球だからだ。
それは轟音を伴い炸裂し、濃褐色の肌を焦がす。ファイアーボムを放ったエルザは、再び詠唱を始めた。
「来たか邪鬼よ」
その耳に聞こえてきたのは、悲鳴ではなかった。田吾作の、武士の叫び!
「この山野‥‥容赦せん!」
エリザのバーニングソードを受けるベく、慎之介は言いながら抜刀する。
「鬼の頭脳では、救援が来ることは想定できぬでござるか」
いたのは生贄ではなく冒険者。各々は何かしら移動手段を有していたので、鬼達よりも早く睦に会えたのだ。
「愛刀でなくてすまないがこれもそれなりに良品、我慢してくれ」
「我慢なんて‥‥。十分な代物だ、感謝する」
睦の拘束は既に解かれ、その手には響耶から受け取った霞小太刀が握られている。使い古した自分の物より、それは軽い。
「敵背面からの攻撃を頼みたい。重要な役割だが出来るか?」
響耶の問いに、睦は眉を引き締め頷いた。
「承知した」
「来たぞ!」
鳳の言葉で、前を向く。
もうその場に生贄役はいない。きっと食事を邪魔されたような感覚であろう鬼達は、分かりやすくいきり立っていた。
「睦、無理はするなよ‥‥」
前を向いたまま、鳳が言う。
「自分で落とし前は付けたいとは思うだろうが、私達を頼って良い‥‥!」
睦も、前を向いたまま――
「ああ、‥‥ありがとう」
鬼が、肉薄してきた。想像よりも素早い足取りで。
しかし、さらなる迅さを以って影虎が間合いを詰める。腹下に潜り込むと、疾走の勢いを乗せた、掬い上げるような一閃。
が、浅い。
力を失う事無く振り下ろされた棍棒。風切るそれが地面にぶち当たると、膂力相応の窪みを生む。横に大きく跳んだ、影虎の選択は正解だった。
ステップの着地と同時に、再び相手に刃を向ける影虎。そんな彼に影が被る‥‥もう一体の人喰鬼だ!
縦に空気を割って迫る、鬼の得物。
「影虎殿、助太刀致す!」
それを弾くように迫った横からの衝撃によって、棍棒に裂傷が生じた。
「その邪な力ごと、叩き砕いてくれる!!」
更にもう一撃!
鉞の重みを十分に活かした二発のバーストアタックによって、鬼の手からガラクタが崩れ落ちた。
「あ、あなたの相手は、こちらなんです」
さくらから伸びた雷光が、棍棒を持つ鬼を振り向かせる。
振り向いたそこには黒衣。墨染めの衣をはためかせて走る響耶が手に握るは、鬼切りの太刀。無骨な刃が、狂喜するように煌いた。
袈裟、一閃。
痛みのためであろうその咆哮、至近の者の鼓膜を打つ。斜め傷から血を吹き出し、叫びながら鬼が得物を振り回してきた。圧力と威力が、同時に迫る。
捌こうと太刀を構える響耶。そして衝撃を受け流した‥‥のだが、圧倒的膂力は、攻撃を受け流したにも関わらず、その手に痺れをもたらした。
(「‥‥今が好機」)
「おおおおおおッ!!」
鬼の背から、声が聞こえた。それに伴う小太刀の斬撃。
棍棒を振り終えて無防備な背中に、睦が回りこんでいる。
(「背を向けるなら鬼切丸がお前を喰らう」)
さくらの魔法による援護を受けつつ、太刀の切っ先は、再び鬼を切り裂いていく。鬼殺しの魔刀が余程堪えたらしく、鬼は睦に振りかけていた棍棒を響耶に向き変えて攻撃する。
土埃を上げながら振り上げた一撃。それが響耶に直撃してしまう――が、しかし彼は倒れない。直撃の瞬間、彼は一歩詰めて打点をずらし、致命傷をさけている。
そして、懐に入っている響耶の刃が鬼の胸を、深く深く刺し貫いた。
「新撰組十番隊隊士氷雨鳳‥‥いざ推して参る!」
黒髪を後ろに流しつつ、蒼い浪人は駆けてゆく。手には大脇差。それに対し、鬼は本能的に、防御のため両手を前に構えた。
しかしそこで、鬼はあまり発達していない頭脳ながらも、一つの違和感を覚える。
何故相手は、抜刀していないのか?
そして間合い、剣閃――不可視!
問いの答えは、居合い抜きの斬撃によって返された。鳳の刃が、防御らしい反応も出来なかった鬼の身に、横一線、赤色を引いた。
しかし当然、その間合いは鬼の腕も届く。
唸る豪腕を目の当たりして、鳳はそれを受ける事も避ける事も叶わない代物と知る。
「く‥‥ッ!? 田吾作殿!!」
(「義の盾となるが、士分の務め也!」)
突如、鳳の眼前に現れたのは、皮鎧‥‥田吾作の背中だった。
向かってきたのは裸拳。しかし、相手が人喰鬼となっては『ただの裸拳』ではすまない。
叩き込まれる、『強烈な裸拳』。田吾作は鎧越しに、槌を打ち付けられたような錯覚さえ覚えた。
が、しかし田吾作もただでは転ばない。鈍い痛みに歯を食いしばりながら、斧の柄を強く、強く握る。既に半身は捻られていている‥‥十分な、タめが成されている。
まさに、捨て身の攻勢となった。棍棒さえ破壊したその斧は、更にカウンター気味に潜り込んだ事も手伝って、致命的ともいえる傷を鬼の腹に刻む。
しかし、田吾作の現況もまた、致命的。
こと格闘においては達人の領域にいる人喰鬼。その拳打を防ぐ事は今の彼には出来ず、繰り出される殴打をただただくらうしか、ないのだ。
一撃でそこまで痛い目を合わされた事に余程の屈辱を感じたのか、影虎の攻撃に見向きもせず、鬼の闘争心の矛先は、田吾作に向けられる。
「大儀であった、田吾作殿。あとは拙者達に任せるでござる!」
術の行使を終え、慎之介が愛馬に跨りながら野太刀を構えた。徐々に近づく叫びと蹄の音の方向に鬼は反応すると、それに対して身構え、大柄を翻してその太刀筋を避ける。振り回される豪腕が、慎之介の額を割る。額が、赤に染まった。
(「純粋な立会いで、勝機を見出すのは難しい。ならば拙者も、覚悟が必要か‥‥!」)
慎之介もまた、その身に拳を受けながらも太刀を繰り出し、魔法で強化された野太刀で横薙ぎの斬撃を浴びせる。
傷のせいで大分速度を失った拳を避けながら肉薄した影虎が、脇に向けて、一突き。忍者刀の、刃の全てを肉に埋める。
引き抜いた時、もう鬼は動かない。
「大丈夫か!?」
向こうから、睦達が駆けつけてきたのは、そんな頃合の事だった。
「簡単な、手当てではありますけど‥‥」
「ああ、ありがとう。しかし、私よりも傷の深い者がいる。そちらを診てやってほしい」
「そ、そうですね。では、あちらの方の、応急手当を‥‥」
一戦終え、負傷した者はさくらの手当てや回復薬の服用で、治療中。
「さすがにもう、出てこない?」
辺りを見渡すのは、先程とどめにファイヤーボールを放ったエルザ。どうやら敵は二体だったようで‥‥もし三体だった場合、彼女も決死の近接戦闘を強いられていたかもしれない。
「術で呼吸を探しましたが、私達以外には反応がありませんでしたので‥‥多分、大丈夫です」
手当てをしながら言ったさくらの言葉に、エリザはひとまず胸を撫で下ろした。
「事態そのものは災難ですが、再会そのものについては単純に嬉しく思っております。どうも‥‥お久しぶりです、片岡殿」
「こちらこそ、久しい仲間に会えて嬉しく思っているよ、影虎殿。今回の相手も以前の相手も、大変厄介であったが」
冗談めかしく言いながら話す睦と、影虎。やっと、再会を懐かしめる時間が出来た。
「あー、話を折って申し訳ないのだが‥‥」
控えめな咳払いをしながら、鳳が睦に歩み寄ってくる。
「何だろうか? 鳳殿」
「あのように捕まった経緯が気になるのだ。睦殿ほどの者が、まさかああなるまで油断するというのが、なかなか想像できなくてな」
そこで睦は、事の顛末を話すのだが‥‥、
「一つ良いことを教えてやろう『酒は飲んでも飲まれるな』」
「え?」
「‥‥酒は確かに美味い、だが何事もほどほどにな」
「そ、そうだな。いやっ、全く‥‥その通りだ。いや、面目ない‥‥」
そうして睦の顔は、まるで酒気が回っているような色へ変わっていくのだった。
「睦殿‥‥」
「お、おお、田吾作殿っ。あ‥‥け、怪我の具合は大丈夫だろうか?」
まだ赤面したままの睦を見て、田吾作は口を開いた。
「どうか‥‥したのか、田吾作殿?
しかし、その口から‥‥次の言葉がなかなか出てこない。
「‥‥まさか、あれほどの大怪我だッ。まだ、どこか痛むのか!?」
「いや大丈夫で、ござる。‥‥睦殿」
少し間を置いて、そして出てきた言葉。
「睦殿‥‥災難であったが、無事で良かった」
「ああ、お陰様で、だ。これも田吾作殿達の救援によるものだ。本当に、感謝しているよ」
田吾作は、まだ何も言うては‥‥いない。
「!! あ、あなた‥‥!」
まるで死人憑きでも見る様な目で、睦を見て狼狽した老父は‥‥村の長。そして、その後ろにいる冒険者達にも気付いて、村長は事態を理解した。
「まさか、本当に鬼を倒してくるとは‥‥」
老父は、ほそぼそとした口調の台詞の中、確かにこう、言ったのだ。
「倒してくるとは‥‥『恐ろしい』」
村長の思考、その一番に来たのは感謝の念でも罪悪感でもなく‥‥恐怖だった。
(「今まで恐れていた鬼‥‥それを倒した者は、更に恐ろしい存在という事でしょうか」)
さくらそう思いながら、嘆息は心の中だけでこぼす。慎之介や田吾作、鳳に至っては強く拳を握ってさえいた。
「恐ろしい‥‥そう、恐ろしいわねぇ」
一歩一歩の足どりに優雅ささえ漂わせながら、前に出てきてそう言ったのはエリザだった。
その表情は、嘲笑にも似て。
「でも‥‥鬼とヒト、ホントに恐ろしいのはどっちなのかしらね?」
もし、人を殺す能力が恐ろしいというのなら‥‥。
今まで、村の存亡と人の命を天秤にかけ‥‥そして、鬼の生贄に何人も命を捧げてきた村。何人も、何人も、何人も‥‥。
そう、本当に最も恐ろしいのは、この村そのものなのだ。
「そうまでして得たものを先祖や子孫はどう思うでしょうね」
影虎に、村長は返す言葉が無い。
「貴方方のような境遇でも、未来を勝ち取るために戦っている方は沢山居ます。その手助けをするために我々のような存在もあるのですから、もっと前向きに生きて頂きたいです」
「そうだな」
響耶も、影虎に続く言葉を紡ぐ。
「自らの力ではどうしようもない時は、力ある者に頼っていいのだ。そのために自分は身を鍛え、技を磨いている」
そう言って、響耶を一つの麻袋を放り投げる。音からして、中には少なくない銭が入っている事に気付いた。
「一体これは、どういう――」
「自分の、今回の依頼の報酬分だ。今度何かあった時、それだけ銭があれば、ギルドに書簡の一つくらいは届けられよう。金子以外でも動く物好きもいる。そういう者を頼るのも悪くはなかろう」
響耶は、村長に辛言を送る事はなかった。見廻りに携わる者として、感情をぶつけるより、将来の治平の提示を、彼は選択する。
「村長殿‥‥」
村長は、まるでばつが様に、声の主‥‥睦と目を合わせた。
騙してしかも、生贄に捧げた。彼女からは、何を言われても、老父は何も言い返せる立場ではない。
「鬼は倒した‥‥村を守れて、本当に良かった」
しかし、睦のそれは、責め立てるものでも罵りでもなかったのだ。睦の微笑は、まこと穏やかで‥‥だからこそ今の村長には、堪える。
乾いた頬に、一筋の雫が流れた。