【薬草鍋】料理以下の匂いがプンプンするぜ

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月05日〜08月10日

リプレイ公開日:2006年08月17日

●オープニング

「石田早苗の、三分間くっきんぐ〜♪」
 その娘は――渡来した欧州人から聞いたのだろうか――聞きなれない単語を発しながら、何やら陽気な雰囲気でそこにいた。
 場所は、とある商家。声が聞こえてきたのは屋敷の一室、台所から。
「今日も元気だね、早苗君。屋敷にいる警備の人間達と言ったら、連日の暑さによって消耗している様子だというのに」
 台所に顔を覗かせ、そう言ってきたのは壮年の男。身なりや口ぶりからして、恐らくこの屋敷の主なのだろう。
 背中からの声に、早苗と言う名であろうその娘は元気に振り返った。肩につきそうな栗色の髪が揺れる。
「あ、坂田さん。いやーコレは、その暑さに苦しむ用心棒さん達のための取り組みなんですよ」
 返ってきた言葉に、坂田と呼ばれたその男は「どういう事かね?」と首を傾げた。
「暑い時こそ熱い料理! とドコかで聞いた事があるんです」
 ドコかってどこだよ、なんてツッコミはさて置き‥‥坂田を話を進める。
「ほう、それでその鍋かね」
「そして見てください! この自慢の食材の数々! この、体に良さそうな山の幸の数々を!」
 バっと腕を伸ばし、広げられた早苗の掌。そこにあるのは、幾つかの‥‥緑色の束だった。


「やぁ久しぶりだね。ダルそうに団扇を仰いでいるその様子を見ると、相変わらず、と言えるのだろうね」
「頼むから、依頼内容を簡潔にな‥‥」
 ここは冒険者ギルド。係員が見事、夏の気候に惨敗している。
「では、早速依頼内容に入って差し上げよう。今回の依頼は、鍋料理の調理人さん‥‥それと、味見役の募集さ。尚、これは坂田邸存亡の危機に関わる、重要な依頼という事を承知して頂きたい」
「この季節に鍋かよ。しかも、なーにが存亡の危機だ。仰々しく言いやがって」
 今日はいつにも増して、日差しが厳しい今日。暑さによる苛立ちのせいか、係員の言葉は荒い。
 が、言っている言葉は間違っていない。鍋料理一つで邸宅の存亡云々というのは、些か可笑しな話である。
 そんな粗野とも取れる口上を向けられても、笑顔を崩すことなく坂田は続けた。
「ウチに住み込みで働いているコが、今、屋敷を警護している用心棒達の夏バテ対策のため鍋料理に腕を振るっていてね」
「‥‥それってまさか、あの薬草師の娘じゃないだろうな?」
 笑顔を崩さず、坂田は首を縦に振る。
 そう『住み込みで働いているコ』こと石田早苗は、薬草師を生業としているのだ。
「鍋『料理』なのに、まさか薬草ブチ込んでいる‥‥なんて、無いよな? 無いって言ってくれ。あるわけが無い、そんな事!」
 あくまでも笑顔を崩さず、坂田は首を横に振る。
   ・
   ・
   ・
 その鍋の具を口にすると、とたんに男達の顔色が変わった。
 まるで、拳法の達人か何かに、急所を突かれたような面容だ。
「たわば!」
「はは‥‥はばは‥‥ばわ!!」
「うわらば!!」
「え、不味かった? 何がいけなかったんだろう‥‥はっ!」
 娘は、自らの行為に恐怖した。
「わ、私ったら、とんだ間違いを!」
 しかし、
「‥‥塩加減、間違えちゃったっ。それなら、味がイマイチになるのも納得できるわ!」
 人は、過ちを‥‥繰り返す!
   ・
   ・
   ・
「止めさせろ! 台所から引きずり出せばいいだろ!」
「彼女、調理について殆ど知識無いのに一生懸命頑張っているのだよ? そんな健気な姿を見せている女子を、邪険にできわけないじゃないか」
「いや、知識無いなら尚更だろ」
「そこで、冒険者諸君の出番なのだよ。早苗君はご教授受けながらみんなで和気藹々、楽しく料理を楽しみ、あとで美味しい鍋料理が頂ければ万々歳ッ。‥‥違うかい?」
 暑さのせいで、これ以上は億劫なのだろうか。係員は敢えて反論しないことにした。
「‥‥まぁ、いいだろう。依頼を受理する。しかし、いくら腕利きの冒険者とて、薬草入り鍋を通常の鍋料理に昇華できる様な奴が、果たしているかどうか――」
「その時はその時で、まぁ‥‥いいのではないかな。むしろ、美味しかったら負けかな、と思っている」
(「お前に、俺の心は永遠に理解できまい‥‥!」)
 その時ギルド係員は、吐き気を催すような邪悪を垣間見た気がした。


 かくして張り出された依頼。
 薬草入り鍋を無事、『食べ物』の範疇に押し上げるか、それとも、新聖暦最大規模のキング・オブ・猫またぎの誕生になるかは‥‥冒険者達の手に委ねられた。

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea3192 山内 峰城(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb5817 木下 茜(24歳・♀・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ ティール・ウッド(ea7415)/ 杉塚 善治(ea9284)/ ミラ・ダイモス(eb2064)/ 乱 雪華(eb5818

●リプレイ本文

 それは 鍋と言うにはあまりにも大きすぎた
 大きく 色濃く 香ばしく そして 大雑把すぎた
 それは 正に 闇鍋だった

「これはひどい」
 マナウス・ドラッケンの呟き通り、薬草盛り沢山の鍋は、見る者全てに危険性を訴えかけていた。
「案外食べてみたらいけるかもしれません。とりあえずマナウスさん、試食をし――」
 振り返りながら言うリノルディア・カインハーツ(eb0862)だったのだが、
「あんな遠い背中には、聞こえていないやろうなぁ」
 山内峰城(ea3192)の言う様に、あんな遠くに逃げられては射程範囲外であろう。リノルディアはスクロールを握り締めながらこの時、高速詠唱に対する羨望を深めた。
 名うてのファイターさえ逃げ出す、それほどの威力がこの鍋の外観には有るのだ。
「おやおや‥‥鍋物は料理としては簡単な部類だって聞いたんだけどねぇ。良薬口苦し、って範疇で収まるような代物をとうに過ぎてるか」
 苦笑しながらの御堂鼎(ea2454)に、この鍋の生み親、石田早苗が恐る恐る‥‥と言った様子で聞いてきた。
「さっきの人、逃げちゃいましけど‥‥もしかして私の料理、何か問題があったんでしょうか?」
 下顎に触れながら、申し訳なさそうにそう言う早苗を見て、山野田吾作(ea2019)は安心した。
(「流石は早苗殿、姉上殿に劣らぬ聡明穎悟の女子にござる。そう、人はまず己の過ちに気付くところからが第一歩でござる)
 今回試食役を担っている田吾作としては、ぶっちゃけ現状の鍋は早いトコ捨てちまいたいのが正直なところである。
「いや、あんたは気にする事無いさ」
 しかし、彼の安心は束の間の虚像だった。鼎は言葉を続ける。
「更に常識を覆す究極にして至高の鍋にしてあげようじゃないか」
「ふむ、料理家ではなく、一人の芸術家として興味があるな」
 峰城に至っては、もはやこの鍋に対して、『食べ物』という終着点すら諦めているきらいすら感じられる。
「私も錬金術師として植物学にはそれなりに精通してるつもりです」
 微笑みながらフィーナ・ウィンスレット(ea5556)は言うが、錬金術師という肩書きがどうにもひっかかる。
 いや、まだ木下茜(eb5817)が残っている! 彼女の方を見る田吾作。
「鍋の具として必要なのは、まず‥‥胡瓜ですね。次に胡瓜。それと、胡瓜なんかも必要ですね」
「――――!!」
 屋敷に来て、今、周りを見渡すと真面目な人がリノルディア一人しかいない。
 22歳の浪人にとってそれはどんな恐怖と絶望なのだろう‥‥田吾作は台所の中で泣いても無駄なのでただひたすらふるえていただけだった。
「覚悟はいいですか。私は出来ています」
 小面に覆われた宿奈芳純(eb5475)から、その表情を推し量る事は出来ないが、どうやら覚悟完了しているらしい。
(「目指すは芸術。味は二の次、三の次。究極混沌鍋‥‥」)
 自分が試食役だというのに‥‥。芳純は平然と、誠に平然とその大きすぎる運命を受け入れたのだ。
「では、我々は然るべき準備に移るとしましょう、山野さん」
「う、うむ‥‥」


 鼻に入ってきた香り‥‥、それは甘味だった。
(「何やら露骨に甘ったるい匂いがするのは気のせいだろうか?」)
 台所から、威勢のいい声が聞こえる。仕事の合間、ちょっとした息抜きに、館の主はその現場を覗き込んだ。
「大丈夫だよ早苗。あんたは少し塩加減を間違えているだけなのさ」
「そうなんですか。では鼎さん、解決策は何だろ?」
「海水を真水に変えるには、逆の味である甘いのを入れればいいのさ。なら、しょっぱ過ぎる時は、甘いのを入れれば元に戻るって寸法さね」
 蜂蜜。
 嗚呼、その黄金が、鍋の中に注がれてゆく。そして、黄金が澱みに堕ちてゆく。
「でもこの季節、出来れば物持ちという観点からも、事を考えたいですね。早苗さん、アレはありますか?」
「ハイ、フィーナさんワサビっ。これって、食べ物が痛みにくくなる効果もあるんだよね」
 山葵。
 嗚呼、その緑色が、鍋の(以下略)
「あ。坂田さん、こんにちは」
 楠木麻(ea8087)が、直線の背中を折って挨拶すると、館の主は軽く会釈した。
「どうやら絶好調のようだね、冒険者諸君」
 相変わらず薬草が浮きつつも、追加で生姜、菊、さらにはタンポポさえ入っている。おまけにコレ、根だけに飽き足らず、花まで入っている。鍋内は只今、まさしく文字通り、華々しく飾られていた。
 そんな鍋に、ぼどぼどぼどぼど。何かが注がれる様な音がした。
「新鮮な胡瓜こそ、鍋には欠かせません」
 原因は茜。
「お新香にするも良し、ぬか漬けにするも良し、ご飯のおかずや料理の具材にもなる、胡瓜こそ、味合うべきでしょう」
 涼しい顔をしながら、鍋の横からなんと数多もの胡瓜を注いでいるではないか。しかもそのまま・ありのまま。自然体にてストレート。ザ・ナチュラル。
 その胡瓜、せめて少しは切ろう。
「これは何か‥‥拷問にでも用いる代物を作っているのかね?」
「ああなるほど、そういう使い方が出来るか。何なら奉行所にでも持って行ってみようかねぇ」
 けらけらと笑いながらも、鼎は甘味の投入を止めない。どうやら確信を持って、事に当たっているようである。
「野菜はもう、こんなもんやろ。あとは、肉が足りんとちゃうか?」
 リノルディアと一緒に、別の鍋を作っていた峰城が様子を見に来た。
 彼の言うように、野菜もうこれで十分だろう。あとは肉。この夏を乗り切るには、肉も食して精力を養う必要あるのだ。
「京都の夏といえば『鱧』でしょう? 鍋に鱧入れましょう、鱧」
 麻が手に持っているのは、まだ生きた新鮮な鱧。この時期、生きたまま台所に持ってくることの出来る海魚は限られている。きっとそれなりに値段のしたものと思われる。
「わぁ‥‥これ、下手したら私、食べられちゃいそうですね」
 意外と迫力のある鱧の姿に、リノルディアは本当に怯えているようにさえ見えた。
「んで、これは誰が捌くんだい?」
「あ‥‥」
 鼎の問いに、誰も答えられない。それもそのはず、鱧は小骨が多くとても料理が面倒な食材の一つ。安心して食べたくば、技術を持つ者による調理が望ましい。
 そんな気まずい空気の中、救世主登場。
 フィーナが静かに、口を開く。
「基本は、『切って熱して鍋で煮る』です。適当にざく切りで問題ないかと‥‥」
「本当かい?」
「ええ。数多の調合をこなしてきた私の経験と勘がそう言っています」
 揺ぎ無い自信をその目に宿し、鼎に返すフィーナ。錬金術師としてのノウハウが見事に役立っている。‥‥役立ってはいけない方向に。
「やっぱりあっちの鍋は色々な意味で危ないので、お手本となる鍋をしっかりと作らへんとな」
 正常な鍋の方に戻ってきた峰城とリノルディア。
「あれ? そういえは峰城さん、さっきあちらの鍋に何か入れていたようですが、あれは何ですか?」
「‥‥えーっと」
「‥‥‥‥?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥肉」
「本当ですか?」

 小面に覆われているのであくまでも予想でしかないが、芳純も田吾作同様、その顔には夥しい汗が浮かんでいる事だろう。
(「この気候なら、困憊しても不思議ではない」)
 長身が見上げる空には、どこまでも広がる青と、日。光は何者にも遮られず、地上に夏を降り注いでいた。
 炎天下の元、芳純と田吾作は食材運搬から水汲み、そして薪割りなど、本当によく汗を流して諸作業の従事に専念してくれていた。
「‥‥さて、そろそろでござるか」
 神妙な面持ちでそう口にする田吾作。出陣を前にした武者のような声色と表情である。
「‥‥ええ、頃合でしょう。それでは参りましょうか」
 芳純もまた、表情を見なくともその真剣さの度合いがわかる声で、そう言った。
 かくして、調理場へ向かう二人。
 台所の敷居を跨ぎ、恐る恐る覗きこんだ二人がまず見たものは‥‥
「こ、この香り!」
「この出来栄え!」
「お、田吾作はん、芳純はん。お疲れ様やな」
「今しばらくお待ち下さい。完成まで、あともう少しですから」
 リノルディアと峰城の合作、普通鍋は、想像以上、素晴らしく『普通の鍋料理』となっていた。
 魔物を想像していた二人にとって、これは嬉しい誤算。
「さぁ、そろそろこっちもそろそろ、完成ですねっ、フィーナさん!」
 聞き覚えの有る生娘の声に、田吾作は声の元に向かった。
「おお、早苗殿。そちらの塩梅は――」
 真の魔物が姿を現し、そして田吾作は閉口した。
 そして、その魔物に棒を突っ込んでかき混ぜている女性が一人。
「練る練る練ーる、練れば練るほど‥‥フフフフ」
(「フィーナ殿が鍋をかき回す様子が異様にハマってござる‥‥」)
 邪笑さえ浮かべながら中身をこねくり回している彼女は、まさしく、西洋で言う魔女の様相を呈していた。
「闘いの鍋蓋はかくして切られる、ってか」
 全く愉快そうに言う鼎。
 これは食事ではない。これは彼女の言うように、闘いである。
 向き合う、田吾作と芳純。
「ま、まぁ、まずは普通鍋からでござる」
「そうですね。順序を間違えると、意識が持ちませんので」
「‥‥気絶が前提で、ござるか」
 田吾作は、とりあえず持参の豆を混沌とした鍋の中に放り投げたが、恐らく効果は薄いだろう。


 その鍋は、決して華やかなものではなかった。
「派手な味つけでは無いものの‥‥」
「思った以上に、苦味がないでござるな」
「良かった‥‥。薬草を入れた鍋ははじめてでしたので不安だったのですが、なんとかなったみたいですね」
 しかし、試食の田吾作や芳純から漏れた感想は、そう悪いものではなかった。それを聞いて、青色の髪を少し揺らして微笑むリノルディア。
 こまめな灰汁抜きやしっかりとしたダシのこしらえ方が、どうやら功を奏したようである。また、汁をやや甘めに仕立てたのも、食べやすさに貢献している。
「これも、お手伝いの峰城さんのおかげです」
「言われた通りにやっただけやで。これは、適切な指示の賜物や」
「これは、美味しいですね! 特にこの胡麻が、文字通りいい味だしてる!」
「ほう、これなら食べられるし、体にも良さそうだ」
 そこには早苗や坂田も寄って来て、鍋をつついていた。
「家庭の味みたいのが懐かしくて‥‥これ、もし良ければ作り方教えてくれませんか?」
「ええ、構いませんよ」
 食べながら喋る早苗に、リノルディアは快く頷く。これで、屋敷の用心棒達が、奇怪な悲鳴をあげる事はなくなるだろう。
「これで、早苗殿が普通鍋を習得して、一件落着でござ――‥‥はっ!」
「田吾作さん、食べ物を粗末に扱ってはいけませんよ?」
 綺麗に締めようとした田吾作だったが、汁椀を持ってきたフィーナによって阻まれた。
「どんな時も具材の生き物と作った人への感謝は忘れずに、やな」
 と言いつつも、若干それから距離を取っているように見える峰城。
 その椀の中のモノを例えるとすれば‥‥そう、それは絵の具。
 絵の具と言うのは、色々な色を混ぜまくると、最終的には暗い色になる。
 その中身は、黒かった。深淵だった。煮込み過ぎだ。華は‥‥沈んだ。
「まさしく、黒幕の登場ですね」
「誰が上手い事を言えとッ」
 ボソっと呟いた芳純に、とっさにツッコミを入れる鼎。しかし、こんな絶望の黒を目の前にしては、誰も座布団を一枚持ってくる余裕などない。
 これを食べるために用意されている相棒は、ご飯のみ。これでは、朱槍の一撃を旅装束で受け止めるようなものである。些か心もとない。
「ご飯だけではさすがにアレでしょう。こんなことも考え、別におかずを用意しました」
 ここで機転を利かせた茜に、試食者一同は心から彼女に感謝した。これで少しは、食べやすく‥‥、
「はい、五穀米です」
 ‥‥‥‥‥‥。
「どう見てもお米です。本当にありがとうございました」
 芳純は、その体躯に似合わぬ俊敏さで箸を手に取る!
「芳純はん!」
 ハフハフ!
「芳純殿!」
 ぴたッ! と、突如不自然に止まる芳純。
「じ‥‥」
「ど、どうしたんや芳純はん!?」
「人外魔境を見てきます‥‥」
「芳純殿ォォォーーー!!」

 宿奈芳純 再起不能(リタイヤ)

「‥‥いや、これは『試練』!」
「ど、どうしたんや田吾作はんまで‥‥」
 峰城が田吾作の方を見た時、既に彼の手は汁椀へ。
「武士としての『覚悟』を試す、試練と受け取ったッ! 父上、拙者に力を‥‥!」
 芳純に引き続き、田吾作までも、変なテンションでアレな中身をかっ食らった。この鍋には、人を狂気に陥れる何かがあるんじゃないか‥‥と峰城が本気で思ったその時、田吾作も突然箸を止めた。
(「もしかして田吾作はんなら‥‥」)
「‥‥さ、先立つ不孝をお許しあれ‥‥」
 やっぱダメだった。
 奇怪な悲鳴をあげながら倒れる田吾作。その手には恋愛成就のお守りを握り締めていたとか、いないとか。
「誰か、解毒薬を!」
「麻さん、はいコレ!」
 麻はリノルディアから解毒剤を受け取ると、それを二人に流し込む。
 もうこの鍋、毒物扱い!
「逝くな! 落ちたら死ぬよ。つうか、味の講釈一つぐらいしてから逝け」
 鼎がハリセンでどつくが、一向に目を覚ます気配がない二人。
「返事がない。ただの屍のようですね」
「茜さん、勝手に殺しちゃ駄目ですよ!」
 リノルディアは慌しく周囲を飛び回るが、それをは対照的に茜は静かな口調のまま、ただただ胡瓜を味わっていた。
 一方、鍋を覗き込む女性が二人。
「こうなると、むしろ怖いもの見たさで食べたくなってくるねぇ」
「気絶するほどアレな代物ですからね。見事に当たって砕けてみせましょう」
 鼎とフィーナが、アレな代物を汁椀に盛る、盛ってしまっている。そしてアレが、唇を通り、そして舌の上に躍り出た。
 フィーナの敗因は、認識不足だった。
(「これは食べ物‥‥じゃ、ない‥‥!」)
 今回の鍋は、確かに真っ当な食材しか入れておらず、ゲテモノ系のそれと比べれば幾らかマシかもしれない。しかし、これは元・食べ物であるにも関わらず、決してゲテモノではないのに、救いようがないのだ、味が。食べ物のはずなのに食べ物じゃないソレは、彼女の想像を圧倒的に上回っていた。
 倒れるフィーナを目の前に、白木の神杯による飲酒でどうにか一命(?)を取り留めた様子の鼎。
 この鍋を食すにはどうやら、強靭な精神力の持ち主以外には荷が重いようだ。
「えー‥‥、えーっと〜〜」
 いつの間にか惨劇の舞台と化した台所。何とも言いがたいその惨状に、自分はどうするべきか‥‥早苗は困っていた。
「早苗君」
 見かねて、彼女の肩に手を当て、声をかけたのは坂田。爽やかな、笑顔さえ浮かべて。
「別の台所にてリノルディア君から、引き続き鍋料理を習いたまえ」
「あ‥‥ハイ、わかりました」
 どうやら治療や後始末は、自己責任に委ねるらしい。
(「まさしく、‥‥これはひどい」)
 心の中で呟きながら、茜は、一人胡瓜をかじるのを止めなかった。