晩惨会

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 2 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月15日〜10月21日

リプレイ公開日:2006年10月24日

●オープニング

 男二人は、普段と違う山に行き、狩りをしていた。
 山師であるその二人は、まさに山のように、寛大で、優しい気質の持ち主だった。
 弱者に手を差し伸べる事に、何の躊躇いも感じないくらいに。

「おい、あれ」
 時は夕刻。二人は必要分を獲り終えて下山中、それを見つけた。
「子供‥‥いや?」
 山道の端を見ると、小柄で、粗末な布を纏ってうごめく幾つかの塊。
 それが老婆であることは、程無くして気が付く。
「こんな山に‥‥口減らしか。むごい事を!」
「とは言え、俺達でどうなることでもない。‥‥お、おい。何するつもりだ」
「獲ったものをわけてくる。俺が我慢するか、もしくはまた明日、どこかへ狩りに向かえばいいだけだ」
 そう言って、一人が老婆に歩み寄って行った。
 すると老婆達は、まるで恐れるかのように逃げて行く。
「ま、待ってください! 俺達に害意はありません。どうか、これを――」
 言いながら老婆の後を追う友人の背、男は苦笑しながら見ていた。
(「まぁ、すぐに追いつくだろう」)

 さて、どれくらい経ったのだろうか。
 黄昏時は闇夜へと切り替わろうとしていた。
(「遅い、何をしているのか‥‥」)
 男の友人は、ちょっとした用事に出向いたついでに、何時間も相手と世話話をしてしまったりする事が、しばしばあった。
 やれやれと思いながらも、それも彼のいいところなのだと男は理解している。
 されとて、このまま闇に飲まれては何かと面倒になる。
 老婆が逃げ、男が追っていった方向へ行ってみる。もしやこちらに、老婆達の住処があるのかもしれない。
「おーい! おーーぉい!」
 すると、茂みに何かが揺れていた。
「ぅあ‥‥あ‥‥」
 歯切れの悪い、しゃがれたような声。
「おばあさん? こんなところで何――」
 友人が、必死に老婆に口を抑えられて、泣いていた。口の端から、血が滴っている。
 足元に大きなナメクジのようなモノが‥‥友人の舌。
 それでもう用無しと言わんが如く、錆びた刃を叩き込まれた。
 もう動かなくなれば、それは人間ではなくて、ご馳走。
 ばり、ぼり。ばり、ぼり。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
 切断した部分を骨ごと食らう、その口は、耳元まで裂けている。人間ではない、これは――山姥。
 弓を構え、その青白い眼を射貫く。
 男は次の矢を番えようとして、なぜか上手くそれが出来ない。
 何故だ何故だ何故だ!?!?!?
 気が付いた。

 ははははは。
 そりゃ、
 そりゃあ無理さ。
 そりゃあ、片手が切り落とされてなくなっているんだから、無理。

 既に、数人の老婆に囲まれていた。


 男達の家族からギルドに、男達の捜索願が届いたのは、数日後の話。

●今回の参加者

 ea5443 杜乃 縁(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6354 小坂部 太吾(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7578 ジーン・インパルス(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea9850 緋神 一閥(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2007 緋神 那蝣竪(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb4756 六条 素華(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 麓の村から情報を集める。
 それは整理のはずのその行動だったのだが、及ぼした効果はむしろ逆であった。
「一度急な傾斜があるものの‥‥それを上がってしまえば、あとは狩場としては比較的良好な環境の山のようです」
 つらつらと、六条素華(eb4756)は調べ得た結果を仲間達に報告する。それを脳内で様々な想定を巡らせる冒険者達。
「それと、付近の村の人間は‥‥あまりその山に入りたがらない様子でしたね」
「あまり人が入りたがらない‥‥ってなんでまた? 狩りをする人間がいても不思議じゃないのに、おかしな話だね」
 種族的な性分か、マキリ(eb5009)は思わず口を出す
「それと、これは私が回った時の個人的な印象でありますが‥‥」
 同じく事前調査に出ていた緋神一閥(ea9850)が、静かに口を開いた。
「あまりいい実りを得られていない、貧しい村の様です。多くの村人の顔からは、疲れすら感じ取れました」
「その疲れの具合は、『自分の食い扶持も困るくらい』だった‥‥ということかしら?」
 妻である緋神那蝣竪(eb2007)にそう聞かれながらも、一閥は声色に個人的なそれを含めずに「ええ」と短く頷いた。
「報告をもう一つ付け足しておきましょう。『最近老人が減った気がするのは気のせいですか?』とカマをかけたら、村の皆さんは言葉に詰まっておりました」
「‥‥なんかそう言うの、嫌だよな」
 マキリが首を傾げる横で、ジーン・インパルス(ea7578)は苦虫を噛み潰した様な表情を露にした。
 もし食料に困ったら、人はどうするだろうか? もし自分の側に、もう労働力にもならず、ただ時の経過と共に力も脳も衰えるだけの存在が、飯を喉に通していたら? 例えそれに、血の繋がりがあっても‥‥。
「どうやら‥‥」
 杜乃縁(ea5443)が、思考を断ち切るかのようにそう切り出した。彼の普段を知る人ならば、自分から話を切り出す姿に珍しさを覚えたかもしれない。
「お二人は腕の立つ山師だったみたいです‥‥。 それが行方不明となると‥‥急いだほうがいいかもしれません‥‥」
「そうね、腕の良い山師が帰ってこないなんて、よっぽどの事があったんだろうけど‥‥それにしても不気味な感じ。嫌な予感がするわ‥‥」
 同じく那蝣竪も言葉を重ねる。この山には、何かある。ゆえにそんな所で行方を途絶えてしまった二人の山師。
 無事とは正直、思えない。
「こういう時は、レスキューの出番だよな!」
 ジーンは声を、大にして言った。
「確かに何かあったんだろうけど‥‥今から行けば間に合うさ。さぁ、出発の準備をしよう!」
 鼓舞か、それとも脳内で想定されたそれから逃避するためかは、本人しか知らない。
「事故で怪我とかなら、数日なら何とかなるような準備はしていってるだろうし助けるにも間に合うかな? んー‥‥でも、どうやらいわく付きの場所みたいだし。ま、急いで出発した方がよさそうだね」
 キマリも。概略は掴めている。あとは、それに向けて動くだけだ。

 道中、小坂部 太吾(ea6354)は、この依頼において先輩の位置にいる者として、過去の経験を仲間達に話していた。
「わしが駆け出しに毛が生えた程度の頃に山姥の討伐をした事があっての」
 遠くに目をやり、顎の髭を撫でながら彼は経験を遡る。
 その言葉曰く、身のこなしがハシッこく、老婆に化け人を食らうと。
「遠見老婆に見えるものの、本性を露にした時のあの形相を見たら、それが物の怪の類である事は誰もが疑わぬはずじゃろうて」
 言いながら、太吾は、胸騒ぎを覚えた。
「‥‥しかし、何故に今思い出したのかのぉ」

 
「ジーンさん、頑張るわね」
 山に入ってから、既に二日目に入っていた。
「認めたくないのかもしれません。‥‥? 何か、ありましたか?」
「いーえ、何も」
 依頼期間とはいえ、割り切った態度を続けるに那蝣竪は内心ほほを膨らませている‥‥かもしれない。
「二日目だってのに、元気が続くね、ジーンさん」
 パラであるマキリにそう言われるのだから、相当の意気込み方のなのだろう。
「若いもんにはまけていられんのう! わしも、もう一ふんばりしてみるか。‥‥尤も、深入りで山の森に迷っては、本末転倒じゃが」
「‥‥一応僕、道を覚えてきていますので、多分‥‥大丈夫だと思います。それにジーンさんも土地勘ある人の様ですし‥‥」
「ふむ、杞憂じゃったか。これは失敬失敬、要らぬ心配であったのう」
 縁に、破顔の面で返す太吾。
 この山において、ある程度の距離をもち纏まって冒険者達は歩を進めていた。個々の用心もあり、これで遭難する事はまずないだろう。
 ジーンの声がこだまする。それが木々の間を抜ける。
「さて‥‥灼牙。何か臭いますか?」
 己の熊犬、灼牙に対して静かな口調で言う素華とは、対照的だ。
「おぉーい‥‥おおーい! 助けに来たぞー!!」
 ジーンの声が、こだまする。

――がさがさ。

 枯れ草の裏から音が聞こえたのは、その時だった。
 ついに見つかったか、そう思ってジーンは逸る気持ちも抑えずに覗き込むが、目に映ったのはボロ切れをまとった、およそ山師をできそうにも無い体躯の持ち主だった。
 曲がった腰のせいで、豪く小柄に見えるそれを老婆と判断したジーン。
「この辺に、山師――」
 せめて何か情報が得られないものか、と彼が近づく。すると、ジーンが言い終えぬ間に、さらなる茂みへと走り去っていくではないか。
「ちょ――ちょっと待ってくれ! 何か、知っていることでいいんだ」
「ジーンさん、こんなところに突拍子もなく老婆なんて、不審だわ!」
 思わず駆け出したジーン。那蝣竪がひきとめようと手を伸ばしたが、そこで意見してきたのは素華だった。
「‥‥彼を追いましょう。不審ではありますが、山師の行方に関係している可能性も、あるかもしれませから」

「太吾さん」
「なんじゃ?」
 追いながら太吾に、素華は己の相棒に目線を移しながら言った。牙を剥き出しにしている、熊犬を見ながら。
「先程老婆と遭遇した時、灼牙の様子が穏やかではありませんでした。警戒をお願いできますか?」
「ほぅ‥‥。なるほど、心得た」

「やっと‥‥追いついた」
 ジーンはそこで老婆が止まって、本当に安心していた。よもや自分が老婆相手に、息を切らすとは思わなかった。‥‥普段の彼なら、普通の老婆がそれほどの速さで走るとは思わないだろう。
「刃を持っておる! 気をつけるんじゃ!」
 太吾の叫びが耳に入ったと同じタイミングで、目の前の老婆が豹変した。白髪の人型は、既に人間の仇なす人外。
「げっ」
 起き上がりざまに振るわれた刃、それを不意打ちと言う形でジーンを襲う。
「あれモンスターなの?」
「みたいだね、どうやら。しかも周りの音を聞く限り、複数いるみたい」
 浅くも傷を負うジーン。彼の前に立ち、矢を番えるマキリ。
「なるほど。こうして囲んで標的を始末する形を取っていた、ということの様ね」
「げにも、浅ましく無慈悲な刃よ。もしや山師2人も、こやつらに‥‥」
「‥‥ほんっと、煮ても焼いても食えなさそーな面構えよねー。年取っても、こういうおばーちゃんにはなりたくないものねっ」
 各々得物を構えながら言う那蝣竪と一閥。二人とも口上は平常通りだが、その瞳には、卑劣なる人食鬼に対する嫌悪に満ちている。
 周囲の木々の間から、茂みの中から、続々と山姥達が姿を現してきた。しかしそれがすぐに襲ってくることはなかった。冒険者達の数が予想外だったのか、山姥達は出方をうかがっているかのようだった。
 所詮オーガの眷属、知能の程度は高くは無いか。その間に、ジーンは素早く掠り傷に措置を施し、術の心得ある者は魔法の詠唱にかかっている。
 山姥のうちの一人が、一歩踏み出すべく、僅かに片足を中に浮かした。泥色とも言える汚らしい足が、地面に付こうとする。その足の下に、枯れ木の、枝‥‥
――パキリ。
 山姥の青眼が刺し潰された。矢に。
 思わず怖気を覚える、不快な叫び。
 マキリが放った弓矢が戦いの合図となり、一斉に山姥達が動き出した。
 その中に飛び込んで行ったのは那蝣竪。漆の様な艶黒髪と、青染めの外套が彼女と一緒に舞えば、それはまるで舞踏の様。当たらず掠らずのナマクラは舞の華麗さの引き立て役にしかなれない。
 醜態を襲う、矢、矢!
「」
 避けられた後に待っていたのは、マキリの射撃。痛みに激昂したか、刃の先を那蝣竪から変えた。
「その濁った青の眼を剥くがいい。相手仕るは維新組が火の志士、小坂部太吾じゃ!」
 木刀が、錆びた刀の軌道を弾く。魔力が付与されしその木刀は、そのまま死に体の老婆へと打ち込まれる。握る柄と痛々しい音が、相手の腕骨の損傷を太吾に伝えた。
 そしてそれにとどめを刺したのは、縁のクリスタルソード。珠の輝きにも似たそれは、貫いている標的の醜さも手伝い戦場不相応の美しさを見るものに与えた。
「あ、あれ‥‥。援護のつもりで加わったのですが‥‥」
「何、おぬしに幸運があったと言うことじゃ。さぁ、次じゃ!」
 頷き、縁は太吾の後に続いて次の敵へを目を向けた。
 素華は、襲い来る敵の対処に忙しい。攻撃を熊犬に任せ、自身は軍配で防御する。しかしこのまま決定打にかけた状態で持久戦に持ち込まれては、体力に自身がない彼女にとって、苦戦は否めない。
「世界を為す元素の一、火の精霊よ。汝が鍛えし黒き鋼は既に役目を終えたり。さればその力にて時を早め、我に仇為す刃を土へと返せ‥‥」
 そんな彼女の後ろから、詠唱が聞こえた。
「とっとと錆びやがれ!」
 淡く発光するジーン。彼の、叫びにも似たそれはが意味するのは魔法の成就。
 軍配に受け止められた刃は、まるで乾いた土で出来ていたかの様に、脆く形を崩す。
 そのタイミングを図っていたかの如く、懐に潜り込んでいた熊犬の牙は、山姥の肉裂いた。
「人に仇なす妖‥‥」
 一閥と、対峙する山姥。程度に差はあれど、お互い無傷ではない。
 彼は刀握る手に、より強い力を込める。次の一刀で、勝負を決めんがために。
 日本刀「十二神刀元重」の刀身が、白く輝いている。
「‥‥黄泉路に案内、仕る」
 踏み込む一閥。山姥もそれに呼応するかの様に飛び込んでくる。
 鉄同士の打ち合う音。そしてその後の破砕音は、一閥の膂力と錆びた刀を鑑みれば約束された結果。
 武器を失った相手へ。更に一歩、前へ。横凪の一撃を見舞おうと構えた一閥‥‥茶の瞳の端に、腕(かいな)が映った――先ある、鋭き爪。
 攻撃を避けるべく身体を捻りながらも、太刀を繰り出す。
 一閥への掠り傷と、すくい上げるような斬撃の交差‥‥絶命したそれは、既に彼の目線から外れていた。一閥の刃は、次なる敵へ。


「口減らしが本当に存在し‥‥そしてその対象を山へ置いていく。それを狙いに山姥が山に住み着くようになり、やがて集まりだしていった‥‥のでしょうか」
「わしが相手した時は一体じゃった。が、しかし、環境によっては例外もありえるということじゃな。ふむ」
 戦闘終了後、そう考察擦るように話す素華と太吾。実際、山姥が複数というケースは極めて稀である。
 その二人から少し離れた位置に、沈痛な面持ちのジーンがいた。
「依頼の前に起こった事は、どうしようもないわ。そんな顔しないで」
 山姥全員を倒した後に近辺を探し、山師達の遺留品らしい物を見つけた。もう何日も前に、山師達はその命を散らしていた様だ。
「そうだよ。それに俺達は、敵を討てたんだ」
「ああ、そうだよな‥‥」
 しかし、ジーンの胸につっかえるものが無い‥‥とは言えない。それは、救命士、ジーン・インパルスの心が許されない。
「でもまだ、依頼は終わっていません」
 素華は出来るだけ多く探し集めた遺留品を手に、言う。
「これを家族の元へ届けるまで‥‥まだ‥‥。魂も一緒に持ち帰れる気がしますから‥‥」