●リプレイ本文
壮年の男は、部屋のドアの前に立つ。
「これから行く地に待ち受けている怪物は、どんな生態なのでしょうか‥‥」
「どんな敵であろうと‥‥全力でいかせてもらう」
「私も、家名に恥じぬよう努力しよう」
「強敵っぽいけど、これはこれで‥‥勉強になりそうだよね」
「ふ‥‥この討伐は騎士としての務め。さっと行ってさっと片付けたいものだ」
多少の不安はあっても、緊張で凝り固まっている者はいないらしい。
男は安堵して、扉を押し開けた。
「やぁ、勇者様ご一行。当フロートシップへ、ようこそ」
集った冒険者達が待機している部屋に、艦長の男が顔を出した。一同、彼に目を向ける。
三十路前半であろうその面(おもて)は、決して悪いものでは無い。しかし、整えられていない顎髭のせいでどうにも、ものぐさな印象を受ける。
「乗り心地は如何かな?」
艦長の声と同時に、また少し、船内が揺れた。今日のこの航路は、風の流れが激しいのだろうか?
「もう少し、優雅な心地を期待していたのだがね」
「遠道するのが面倒臭いんで、近道突っ切っているからな」
片眉を上げなら言うマフマッド・ラール・ラール(eb8005)に、艦長はしれっとそう答える。そんな事言われたら、それはマフマッドでなくとも、良い顔を返さないだろう。
「なんて、半分冗談だ。日程のためにしょうがなく、航路を変更せずにいる」
「半分か‥‥」
艦長の苦笑混じりの弁解を聞くと、マフマッドはもう何も聞くまいと目線を外す。
「まぁ、このギルド開設に対して悶着しているこの時期に、よく集まって頂けたもんだ。男性3名女性2名‥‥いやいや、これは心強い」
見渡しながら言う艦長。男性3名女性2名‥‥男性、3?
「エルフと言うのは輪郭が繊細な者が多いとは聞いていた。男でも、まるで女性の様な美しさを持つようで」
艦長の目線を見る限り、その台詞は、シャノン・マルパス(eb8162)に対するものの様だ。
シャノンは敢えて、その声色に何も含めずに言う。
「鎧騎士のシャノン・マルパス。この依頼に参加させてもらった。仇敵へ向ける剣、それを握る機会をこの『女性の』騎士にも与えてくれた事‥‥『誠に』ありがたく思う」
しかし、所々において単語を強調したような気も。
「こ‥‥これは失礼」
咳払いしながら、バツを悪そうにして艦長は視線を泳がせる。
「あ、艦長さん艦長さんっ?」
林田未有(eb8311)の声は、そんな彼にとって救いの声だった。
「ん、何かな?」
「航空と地上車の勉強も少しだけしたから、暇な時や休養の必要がない時は、ゴーレム機器の操縦のお手伝いをしてもいいかな?」
「気持ちはありがたいんだが‥‥」
控えめな口上ではあるが、それは即答であった。
「キミ達は敵に対し、心身ともに万全の備えをしておいてくれ」
その返答にほんの少しだけ、未有の表情が曇った‥‥様な気がした。
「まぁそれに、レディに対して、依頼外の作業をさせんのは失礼かなと」
「そうだな。レディに対して、失礼はいけない」
シャノンの声は、またもや何の、色も帯びず。
「‥‥一隻の長たる者が、こんなところで油を売っていていいのか?」
「そ、そうだな。そろそろ戻るとしようっ。では」
スレイン・イルーザ(eb7880)が意図したかは謎だが、結果それに助けられ部屋から逃げる艦長。
‥‥と、その前に振り返り彼は言う。
「確かにレディに対する失礼はよくない。天界人のレディ、私の言葉足らずで不安を招き失礼した」
声は、エリス・リデル(eb8489)に向けて。
「砂漠で出現が噂されるラージウォームは、普段地中に生息している大ミミズの事さ。シフール位なら一飲みにしてしまう厄介者だ」
「さて、再開だ」
再び冒険者だけとなった部屋にて、スレインが切り出す。どうやら依頼について話していた最中だった様だ。
「ぇと‥‥どこまで話しましたっけ?」
「ゴーレムの交代要領のところまで」
エリスの問いに答えながら、シャノンは一同に認識の確認をとる。
「四人の操縦者による交代制、まずここまでは‥‥確定事項だな」
「厳しい‥‥が、仕方ないな」
スレインが言うように、これからの相手――未確認の存在も含める――を鑑みるに、厳しい戦況は否めなそうだ。しかしこれもまた彼の言う様に、仕方の無い事。
「始めてのゴーレム戦闘。ここはやはり無理はせず、確実に1体ずつ仕留める方向で行くべきかと」
「無駄な確執で大ミミズ風情に敗北を喫しては元も子もないだろうな‥‥私に異論は無い。それと‥‥」
マフマッド一息置いた後、更に言葉を続けた。
「先にゴーレムに乗りたい者がいたら、先を譲ろう」
「ハイハイ! それだったら私、乗ります! ホントにいいんですか?」
栗色の瞳に気合を宿し、赤髪を揺らし、彼女は身を乗り出して自推する。
「無骨なゴーレムに、未有殿程の興味が湧かないだけだ」
そっぽ向いてしまったマフマッドからは、言葉の真意の程が伺えない。
「わっ。未有さん、やる気満々ですね」
「いきなり召喚されて右も左も判らない時に、こっちの世界の人達にはいろいろと親切にしてもらったから、
恩返しの為にも精一杯がんばるんだ!」
ゴーレム戦闘への高揚感か、話す未有は興奮気味に見える。マイペースな口調で話すエリスが横だと、尚の事。
「して、その腕の程は?」
スレインの問いに、即答する未有。
「地球では剣道を習ってたんだ、こう見えても参段だよ!」
スレイン達鎧騎士は『ケンドーサンダン』に首を傾げたが、とりあえず幾らかは武芸に心得があるものと判断。
そうして一行は日を重ねる。
時折雑談を混ぜつつ、冒険者達は言葉を交わし合う‥‥悪い雰囲気ではない。
強いて挙げる残念といえば‥‥
(「そうですか‥‥アトランティスではお茶は一般的な飲み物ではない様ですね‥‥」)
確かに残念ではあったが、それもまた勉強になったと胸に刻むエリスであった。
今回、フロートシップの防御に裂ける分だけの人数が揃わなかったため、フロートシップはモンスター出現の可能性が低い領域で止まり、そこからゴーレムが出撃する事になった。
それでも外敵に備えは必要、とエリスは双眼鏡を手に警戒する。
「いざとなったら、魔法も使えますし‥‥」
彼女はグラビティーキャノンの魔法を修得しているので、僅かながら魔物への対抗の手段を持っている。
「その魔法が発揮される事態にならないのが、最善なのだがな」
同じく周辺警戒に努めるマフマッドはそう言いながら、遠くの砂を見た。
その方向は、二体のモナルコスが向かった先。
(「さて、上手くやっていればいいが‥‥」)
敵が無頓着に間合いを詰めた時、それは攻めに転じた。
「小手‥‥は無理だよね」
剣は、天を貫かんが如く掲げ上げられ――
「面、いッッぽぉーーん!!」
――振り下ろされた、巨剣! ラージウォームを切り裂く。
ラージウォームは、身体に走る激痛の逃れ場所を探す様にのた打ち回った。暴れ狂ったその体は、鞭のしなりにも似て‥‥そのまま未有に襲い掛かる!
「――ッ! これくらい、全然大丈夫だよ!」
己を鼓舞するように未有が叫んだ。巨体の体当たりに機体がまだぐらついていた。
「動きが止まった‥‥そこッ」
すかさず、スレインのゴーレムが一歩、前へ。
ストーンゴーレム、モナルコス。石色の巨人、握りし巨剣。
踏み込んだ一歩に、砂地が揺れる。
剣の煌きは横に流れ、一閃。
「もう一撃、いける」
二閃!
引き裂かれたラージウォームの体は、文字通り事切れた。
「ふぅー‥‥」
未有は制御胞の操者席にて息一つ吐き出した。
(「さてさてこれは‥‥自動車で言うエンストみたいなものかな?」)
先の衝撃で一時的コントロールを失ったモナルコスを、只今再起動させ中。この無防備に襲われるのが、一番怖いのだが‥‥。
スレインが、己の視覚を疑ったのはその時だった。
視界に入った敵の姿はサソリ。しかしそれは、まだ距離があると言うのに大きさが何か‥‥違う。遠近法が成り立っていない様な錯覚すら覚えた。
「コイツは‥‥」
苦く言うスレイン。目の前に現れた敵、その体長はモナルコス以上。ジャイアントスコーピオンと呼ばれるそれは、サイズが出鱈目だったのだ。
早く、早く再起動を。未有はただそれだけを考えた。しかし技量がついてこない。
動けぬ自分に迫る、大きな大きな蠍。盾を構えたスレインがそれを防いでいるものの、苦しそうだ。無理も無い、本来ならジャイアントスコーピオンは初級の冒険者が相手にしていい敵ではないのだから。
攻撃に出たスレインだったが、避けられ、剣は砂に埋まるだけ。
盾を抜けた蠍の尾――針が、スレインの機体に打ち込まれたのが、未有有に見えた。
「動いてよ」
彼女は呟き‥‥
「‥‥お願い!!」
叫んだ。
未有のモナルコスが再び、剣を構える。やっと、再始動が成就したのだ。未有、モナルコス、起動!
砂を掻き分けて近付く巨体に、ジャイアントスコーピオンは意識を向けた。尾の針を伸ばして迎撃‥‥出来ない。身を捩った未有の機体の胸部に、浅く傷をつけるに終わった。
「剣道参段、林田未有の地球剣道流をお見せしましょう〜!」
たった今名付けられた流派『地球剣道流』の剣筋が、敵へ向けて流れる。
しかし、ジャイアントスコーピンがまたもや俊敏な動作で剣を避けた。流派の開祖には、まだまだ経験が必要。
そこに、スレインの攻撃が繰り出される。鎧の様な外殻も粉々になる。この傷の程度から、もう素早い動きなど出来ないだろう。
今度の針攻撃は、しっかりとスレインの盾で防がれる。
「めェーーーーーん!!」
上段からの一撃に、ジャイアントスコーピオンは沈んだ。
交代が済み、今モナルコスを操縦しているのはシャノンとマフマッド。
褐色の面には、深い皺が‥‥特に、眉間辺りに。
ゴーレムも、傷による能力の低下は十分有り得る。ただですら、あまり機動的とはいえないモナルコス。傷が加われば、それはより動きに鈍さを感じる様になるだろう。
「なんと粗野なゴーレムだ‥‥これは私の求めるものと余りに違い過ぎる!」
視界の警戒を怠らぬまま、彼は悪態をつく。
とは言うものの、初回操縦者の二人に文句は言えなかった。順番を譲ったのは自分自身であり、そして何より、本来勝てるはずの無い相手を打ち破ったのだ。言わば名誉の負傷。
(「それに‥‥」)
操縦によって疲弊した状態ながらも損傷を謝る未有を見たら、苦情を言う気がなくなった。シャノンが出撃前、疲れきった彼女の肩を担いで寝台まで運んだ姿を、今になってマフマッドは思い出した。
(「とにかく‥‥努めて早急に、依頼を成す事を――」)
思考の途中、砂の盛り上がりに彼は気付いた。
既に、前方に見えるは舞い上がった砂とシャノンの機体。先に砂の隆起が見えていた彼女は、それに向けて剣を抜いていた。
隆起から出現したラージウォームは彼女のゴーレムに強襲する。しかし、それは盾でしっかり防御。
「ゴーレムに乗っているのでなければ、この様な大型モンスターの相手は出来ないな。‥‥さて」
シャノン・マルパスは無益な殺生は好まない。つまる所、無駄な殺戮はしない類の人間である。
しかし‥‥、
(「こんな大型モンスター、もし人の地に及ぶ事になったら‥‥」)
切っ先は、巨体を貫く。そう、これは決して無駄な殺戮などではない。
剣を引き抜き、続く斬撃を繰り出そうとする‥‥が、ラージウォームも試し切りの藁とは違う。地中から更に身を出し、シャノンに反撃する。
攻撃から回避にゴーレムの体勢を変換させるシャノン。ラージウォームの牙がゴーレムの脇に傷を付けたが、直撃しなかっただけましだ。
攻撃したばかりで伸びきっている体、その横には既にもう一体の巨像の影。
「私の戦歴の‥‥」
マフマッドのモナルコスが、剣を袈裟に構えている。
「礎になってもらうぞ!」
刃は、敵の身に埋まる。
自分達の体に流れるそれとは明らかに違う液体が、ラージウォームの体から吹き出て、マフマッドのゴーレムを染めた。
それに彼は舌打ちする。いつか黄金なる機体の搭乗を夢見る彼にとって、これでは理想と程遠い。
痙攣しているラージウォーム。
それに対して、
(「このまま攻撃を集中‥‥させる」)
一瞬の間の後にシャノンが剣を突き立て、敵の体は動くのをやめた。
その一瞬の間が、生命与奪に対するシャノンの戸惑いなのか‥‥あるいは‥‥。
「‥‥当人しか知り得まい」
マフマッドもまた、考えるのを止めた。
止めて、丁度良かった。
彼は、空から来るそれを敵と判断するに、さほどの時を必要としなかった。
広げる黒翼とは対照的な、白の頭部。それは死肉を食らうと言われる大型の鳥、ヴァルチャー。所謂禿鷹である。
その動く巨像を食事の邪魔者と判断したのか、爪をマフマッドの機体へと向ける。ヴァルチャーの爪は、ナイフに匹敵する鋭利な代物。
しかし、ゴーレム相手にナイフではどう見ても役不足だ。
マフマッドが操作し、無表情に剣を振るモナルコス。その一撃で、ヴァルチャーは致死に至った。
「依頼書には大ミミズ以外も出現する可能性が示唆されていたが、空からの敵も存在するか。やれやれ‥‥」
聞こえてきた羽ばたきの音は、彼をに対しての嘲笑にさえ聞こえた。
砂漠の青空からは、まだ数匹も、ばさばさと黒き翼が舞い降りてくるではないか。
シャノンのモナルコスは先に動き、ヴァルチャーを斬り落としている。
「‥‥ええい! 薄汚い害鳥共めが!!」
叫びながらマフマッドもまた、剣を振るった。
そうして、空が綺麗になるまで、二人は幾らか時間を使った。
かくして討伐の時間を終え、一行はフロートシップに乗り帰路につく。
傷付きはしたが、結果として冒険者は出会った敵を全て倒した。
冒険者達の部屋から、今は声が聞こえない。どうやら体力を回復するために、皆、重くなった瞼を落とす事に専念している様だ。
つまり、疲れたので熟睡中。
艦長は、報告の書を纏める。
『ゴーレムの損傷は小さくなく、諸手を挙げて喜べる結果とは言い難し。また、依頼に不慣れな者が、買い忘れた食料を出発前に現地調達し、結果的に割高の出費をしていた風景も見受けられた。
されど、ゴーレム次第でその駆け出しの冒険者でさえ巨大モンスターに打ち勝てる様になる事がこれで実証された。
生息モンスターは、ラージウォームに加えヴァルチャー、ジャイアントスコーピン等も確認。尚、冒険者はこれらの撃退に成功している‥‥』
(「ま、こちらもレディに対する失礼があったりしたわけだし‥‥」)
艦長は苦笑しながら、次なる筆を進める。
『そもそも、有事を想定した際この様に実際傷を負った状態でのゴーレムのデータが非常に貴重なもので有り‥‥』
ゴーレム損傷に対する修理費や文句の達しが、ギルドや冒険者の元に届くことは無かった。