【薄幸眼鏡娘?】おでんマンとの決闘
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■ショートシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 65 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月05日〜11月11日
リプレイ公開日:2006年11月14日
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●オープニング
その少女は、眼鏡の奥の、黒の瞳を見開いて言った。
「ここが冒険者酒場ですか。他と比べて、賑やかなんですね」
応じるのは長身の男。
「はい。場末のそれとは規模が違います。また、治安の関係上、夜まで店を開いている所も限定されています。ゆえに、腕利きの冒険者がたむろする酒場に安心感を持ち、結果、よく人が集まるのかもしれませんね」
「へぇ〜、そうなんですか。これもメモメモ‥‥って、この世界では紙は高価なんでしたっけ、そういえば」
「はい。少なくとも、この界隈では」
物腰柔らかく答えるその男は、鎧騎士である。
「なるほど。そうなるとまた色々と、私のいた世界との違いに迷っちゃいそうです」
黒い髪は肩程、来ているハイネックのセーターも黒、そしてトレードマークとも言える眼鏡も黒縁。
包む黒に似合わとは対照的な明るい声の主は、天界人、野元和美21歳。
気が付けばファンタジーの世界。やれ救世主、やれゴーレム、やれカオス‥‥と、よくわからない概念にいきなり囲まれて、正直彼女は、泣き出す一歩手前だった。
そんな時に出合った鎧騎士が、今、彼女と同行している男、テクレーである。
彼の様な人間に会えたのが、和美にとってせめてもの救いだった。
「私の先祖は過去、天界人に大きな恩を受けたと聞いています。以降、救世主である天界人に再び会う事あらば、その恩を返すつもりで厚遇せよ‥‥が、家訓ですので」
「私にとっては、テクレーさんが救世主ですよ〜」
そんな会話を交わしながら案内がてら二人で町を歩き、今に至る。
注文したオレンジジュースを飲みながら、和美は酒場を見渡す。
「凄い‥‥何だか強そうな人たくさんいますね。これなら確かに強盗とかも、押し入る気にはなれないですね」
「ええ、腕の立つ人が多いです。ほら、あこに依頼帰りの一杯をしている方がいますよ」
テクレーの指の方向に、騎士が一人。眼鏡は、その姿を捉えた。
彫りの深い立体的な顔つきに備わる青の双眸。その鋭さから、相応の猛者である事が想像に固くない。整えられた口髭からは、端麗さと威厳を見るものに与えていた。
三角形の鉄兜、丸い大きめの胸当て、四角い盾、そして右手には穂先を布で包まれたロングスピア。
「彼の名は――」
テクレーが説明を入れようとしたその時だった。和美は‥‥オレンジジュースを吹いた。
「お、おでん! おでんマン!!」
堪えきれなかったのだ。
上から△○□、更に槍が串の様に見えて、和美から見たそれはまさに人間串おでん。
それが、ド真面目意直線の渋面と織り成す夢のコラボレーション‥‥吹き出さずにはいられなかった。
なかなか盛大に吹いたせいで、相手も気付き、なんと歩み寄ってくる。
渋面の眉間には、より一層深い皺。どう見ても怒っています。
「貴様‥‥ッ 天界人の様だが‥‥ッ!」
「は‥‥はいっ」
一方、顔から色を失う和美。完全に相手に呑まれている。
「エンウマー家代々の装備であるこの姿、大衆前で謂れなき嘲笑被った事、甚だしく遺憾! 傷付けられた己が名誉をかけ、日、改めし時に決闘申し込む!」
(「け、決闘――――――ぉ!?!?」)
ショックと恐怖によって声をも失う和美。
相手の剣幕‥‥その低い声が物凄い威圧感。横のテクレーも、オロオロすることしか出来なかった。
「断るか、否か!!」
・
・
・
「和美さん、なんで頷いてしまったのですかっ」
「だって‥‥あこで断ったりしたら、尚更怒り出しそうでしたので‥‥というか、断れる空気じゃなかったというか‥‥はい、すいません」
相手に気圧されたか、はたまた流されやすい気質なのか‥‥、彼女は了解してしまったのだ。要求された、決闘に。
「うう‥‥こう言うのも何ですが私、生まれてこの方、殴り合いの喧嘩もした事ないのに、いきなり段階すっ飛ばして、決闘なんて‥‥」
「天界人は救世主として騎士待遇です。騎士たるもの、行いの次第によっては決闘を申し込まれても不自然はないでしょう」
「ちょっと笑っただけなのに‥‥決闘なんですか?」
「大衆前で、あの家の伝統を笑ってしまった様なものなので、名誉に関わる問題になったのかと‥‥」
「すいません、笑ってすいませんでした。私って妄想力は結構折り紙付きで‥‥。おでんを想像して、本当にすいませんでした。」
「私に謝っても‥‥って言うか、おでんってなんですか?」
困り果て、涙目の彼女はテーブルの上に沈んだ。
「どうしよ‥‥。私、決闘なんてした事ないですよ〜‥‥」
当たり前である。
「約束してしまった以上、どうしようない。‥‥ですが」
言いながらテクレーは思う。まず決闘に和美を出せば、ものの数秒で打ち負かされるだろう。それも報い‥‥といえばそこまでなのだが、認識の差異でそこまで痛い目を見る和美に、同情できなくも無い。
幸い、決闘という者は両者の合意次第ではその方法を変える事もできる。両方まるっと治める妙案があれば、いいのだが。
「うーむ、しかし良い知恵が浮かんでこない‥‥‥‥あ」
今思い出した、と言う感じでテクレーは声を上げた。
「図書館、酒場‥‥一通り施設を説明したつもりですが、最後に一箇所、忘れていました」
その声を聞き、和美は顔を上げる。
「それ‥‥何ですか?」
「冒険者ギルド、と言います」
●リプレイ本文
「――美さん、和美さん」
彼女は、暫くしてそれが自分を呼ぶ声だと気がついた。
「和美さん、いらした冒険者の方々ですよ」
「あ、は――はい! はいはいっ」
ずれてもいないのに眼鏡を両手でかけ直す仕草をして――相当慌てている様子で――目の前の集った者達を視認する。
「和美さん、僕達が力になりますから、そんな世界が終わったような顔をしないでください」
どう見ても動揺している彼女をとりあえず励まそうと、音無響(eb4482)が微笑を携えながら声をかける。
脳内を色々整理しながらの和美は、とりあえず合わせて相槌を打った。
(「えぇと、この人達が集まってくれた『冒険者』の方々ですね。それにしてもこの人、男の人だったんだ‥‥。声聞くまで女の子かと‥‥って、そんな事考えている場合じゃないって!」)
一人で混乱街道まっしぐらの和美に、響は不思議なモノを見る様な目を向ける。
「テクレー‥‥と言ったか、彼女はいつもこんな感じなのか?」
問うはアリオス・エルスリード(ea0439)。テクレーの返答は苦笑交じり。
「まだ天界とこちらとの違いになれていないせいか、情緒不安定なきらいが見受けられますね」
その違いに順応出来ずに起こした今回の決闘騒ぎ。問題の起因は彼女にあるとはいえ‥‥このままでは女子一人が一方的に打ち負かさせるだけ。
「決闘方法を変えさせる必要がある」
「なんと、ほぅ‥‥」
「‥‥可能か?」
「決闘はお互いの納得が基本。相手が頷きさえすれば、それはハイ、確かに可能です」
「それにおいて、現地人の知が必要だ。鎧騎士のソーマが仲間内にいるが‥‥あんたも相談に加わって欲しい」
アリオスに同じくソーマ・ガブリエル(eb7907)もそれを頼み、三人で話し合う事となる。
「私が変な所で吹いてしまったばっかりに、ご多忙な皆様から力を借りる事になって‥‥。なんだか申し訳ないです」
和美の言葉。声のトーンが低いそれを聞いて、ディシール・モルガン(ea5277)はある意味では安心した。
どうやら反省はしている様だ。これなら、気兼ねなくこの依頼に当たれるし、慰めの言葉も言える。
「自業自得‥‥そう言ってしまえばそれまでですが、悪気がなかったのにそこまで落ち込まれては気の毒です。」
半ばしょげていた和美は、目の前に来た淑女を見上げた。
「出来るだけ穏便に済むように私達も頑張りますので、どうか表情の曇りをお払い下さい」
その白磁似の肌と同じく、端正なディシールの言葉、顔立ち、態度。
(「私もこの人みたいに綺麗で礼儀正しかったら、こういうトラブルは起こさなかったんだろうなぁ」)
どうにも自虐的な心境にひたる和美。確かに反省している様だが、程度が過ぎるのもまた困りもの。反省していないよりはいいものの‥‥、苦笑するディシール。
「あの、和美さん」
響は再度、彼女に声をかける。
「もし宜しければ特技とか‥‥あと、趣味を教えて頂けますか?」
「え‥‥はい?」
問われる内容が予想外だったか、和美は頓狂な声を発す。
「あの‥‥そ、それって?」
彼女はもしや、何か勘違いをしているのでは!? それは色々な意味でマズイ! と響は慌てて言葉を足した。
「あっ、けして変な意味じゃないです! ‥‥決闘方法変えるにしても、有る程度慣れた物の方がいいのかなと思って」
「そ、そういう事ですか。すいません、変な想像しちゃいまして」
「なるべく『武器を使わない決闘』へ促してみる事にするよ。そのためにも、何かあったら教えてね?」
フォーレ・ネーヴ(eb2093)も、話に加わる。
「えーっと、まず今年の春、自動車免許を取りました。それと学校の成績は、体育以上は人並み以上にはあります。あと趣味‥‥は、読書でしょうか。高校の時は図書委員をしておりまして」
「なるほど。本がお好きの様ですね。あ、車は何を乗っているです?」
「ちっちゃい軽自動車ですよ。名前は‥‥」
囁く様な声で言う和美のそれを、頷きながら聞く響。一方ジ・アース出身者は首を傾げる。ジドーシャ? トショイーン?
「なるほど、それでしたら‥‥なんとかなるかもしれませんね」
「本当ですか? あ、いえでも‥‥すいません、お手数掛けて。でもまた、この世界の見解の差で、同じ様なミスしたら‥‥どうしよう‥‥」
どうにも沈みっぱなしの和美。環境の変化に対応しきれていないうちにこの様な事態に見舞われたので精神的ダメージが大きいのだろうか、と、相談中に和美に目をやったアリオスが思う。対人鑑識の知識で心の全てを推し量る事はできないが、相当落ち込んでいる事は明らかにわかった。
「箸が転がっても可笑しい年頃とはいえ、またオデンさんと相対した時に笑われては大変ですからね」
空気まで沈みそうなその時、言い出したのはエリス・リデル(eb8489)だった。
「ええ、そうですよね‥‥」
和美は沈んだまま。
「かといって、笑うのを我慢するのも難しいでしょう」
エリスは真顔のまま。
「ここは逆の手段を取って見ます。和美さん、これから特訓しましょう。お笑いの」
真顔のまま、そう言った。
「はい!?」
「とある芸人が言っていました。笑いに打ち勝ち、笑いをコントロールする‥‥それこそがお笑い道の真髄と」
真顔のままエリスは、グっと握り拳で力説する。
「野元さん、苦しい特訓になりますが耐えて下さい」
「‥‥‥‥」
「そして私達は一人前のお笑いコンビとして、いつか光り輝くステージに立つのです。」
「‥‥ぷ」
「それでは基礎からみっちりと‥‥って、和美さん?」
「ぷはははははー!!」
吹き出して、和美は突然笑い出した。
「あの‥‥どうしたのですか?」
恐る恐ると言った感じでうかがうエリスに、和美はなんとか笑いを何とか抑えて言う。
「いえ、すいません。あの真顔で言うものですから‥‥。その考えはありませんでしたね」
そういえば、今はじめて、和美が冒険者の前で笑った。
「だいぶ気が楽になりました。どうも、ありがとうございます」
頬を弛ませる冒険者達。
(「なんだかよくわかりませんが、和美さんが元気を取り戻せた‥‥のでしょうか?」)
エリスはよくわからない様子であったが、空気が、変わっていた。
「誰か?」
扉を開けたその家主は、来訪者達を見渡し――そして後方にいる和美の姿を確認して――明らかに嫌な顔をした。すくみそうになる和美の肩を、響がおさえる。
「お初お目にかかります、オーデさん。和美さんとの決闘について、話を聞いて頂きたく馳せ参じました」
なるべく丁寧を心掛けて挨拶したディシールに、オーデは鼻を鳴らしながら言葉を返す。
「せめて事前に来訪の旨を書簡にてでも教えて貰えれば、もてなしの一つでも出来ただろうな」
明らかに来客をもてなす様な心境ではない声色で言うオーデ。
交渉自体無理なのか‥‥そう思った時。
「我々はギルドに受理された正式な依頼として、この決闘に関わる事となった。どうか、話を聞いてもらえないだろうか?」
言ったのはアリオス。暫く声の主を睨む様にして見た後、オーデは口を開く。
「‥‥入るがいい」
木製のドアのはずのそれが、何故か重々しく感じられた。
まじまじと物色している風ではなくあくまでもさりげなく、家の中を眺めてみたフィーレが、
(「これはむしろ、寂しいくらいだなぁ」)
と思うくらい、質素なインテリアであった。中年の家にしては家族も見当たらない。現住所は仮の住まいなのだろうか。
(「飾りらしい飾りも無いし‥‥あっても、壁にかけられている槍くらい。あまり贅沢するような人ではない‥‥のかな?」)
「用事を聞こう」
冒険者達は現時点、オーデと話し合いのテーブルに座れてはいる。しかし、ここから好転するかどうか‥‥。
と、悩んでいても始まらない。
「いくらプライドを傷つけられたとしても、女性に怪我を負わせる可能性がある決闘をするのは騎士としてどうかな?」
穏便に済ませたい、故にあくまでも笑顔。そんな表情で言い出したフィーレに、オーデは仏頂面のまま。
「騎士ゆえに、相手も騎士として男女平等に扱ったつもりだが」
実にそっけない口調。彼はこの調子で、こちらの言葉全てを突っぱねかねない雰囲気すら漂わせていた。
「オーデ卿、ここで質問をしたい。彼女が、鍛えられた戦士に見えるだろうか?」
言葉の形態を、要望から質問に変えたアリオス。彼はサっと人差し指を和美の目の前を指す。すると彼女は、ワンテンポ遅れたタイミングでそれを驚いて、椅子から転げ落ちそうになった。
「いや」
オーデは問いに短く答える。
「ならば、彼女をいかに騎士として遇した結果とは言え、これでは非戦闘員同然の女性に槍を向けると同義になってしまう」
「力無き者であるひ弱な女子供に力で勝っても、オーデさんの誇りや名誉は傷つくぞ」
弱者への剣は、騎士道に背きし行為。それは、冒険者内唯一の鎧騎士であるソーマだからこそ言える言葉だった。
「体力差があり勝利を確信できるような決闘は騎士道に反してると思わないか? 少なくとも、貴方の先代が収めた誉れはこれとは違った形で成したはずだが」
更にソーマに、家系の伝統までも引き出されては流石にもうオーデに反論は出来なくなった。
「‥‥では、決闘の取り消しがそなた達の望みか?」
「いや違う」
切り返すアリオス。
「野元がオーデ卿を見て笑ったことは事実であり、決闘自体を止めるつもりはない」
「そこで、だ。オーデさんに聞きたい。チェスはお持ちか?」
ソーマの問い。オーデはあえて質問に質問で返した。
「盤上の戦いに決闘を代える、と言う事か?」
「オーデさんか納得していただければ、だがな。遊戯と言う目的の他に、貴族の教養等としてもチェスが扱われている事は、オーデさんならご存知だろう。けして、決闘の名を汚す様な事にはならないと思うが」
ソーマに続き、フィーレもその提案に後押しをする。
「他の人達も言っている様に、チェスでの対決でも十分に決闘できると思うんだけど、考えてくれるかな? オーデさんと和美さんを見比べた時、少なくとも私は実際の武器を向け合う戦いより、盤上決闘の方がよっぽど公平な方法な気がするけどなぁ」
それを聞くと、オーデは口を閉じる。
そして、時は放任された。流れる無音は時の経過を殊更長く錯覚させる。
肝の据わった冒険者ならまだしも、和美やテクレー等は、気が気でない様子だった。
「あ、あの‥‥」
唇から言葉を漏らしたのは、響だった。
「もし、ルール変更聞いて貰えなかったら俺、助太刀しようかと‥‥思っています」
和美より数歳年下の女性にさえ見える天界人、その響から出てきた言葉は、オーデにとってはあまりにも以外。
「どうしても譲る気が起きないという場合、響の言う様に代理決闘も検討している。そして、俺もそれを考えている人間の一人だ」
アリオスも続き‥‥そうして、ようようオーデが口を、開いた。
「方法の変更、確かに承った」
場所は数日前の、決闘騒動の事件現場のテーブル。
そこにはチェス盤と駒、それと‥‥
「えええーと、はい、準備かかっ完了です」
緊張感十二分の眼鏡娘がいた。周囲には、どこからかチェスの決闘の話題を聞いて集った野次馬の客が数名。
「野元さん、どうかを楽に。本物の矛の向け合いではないのですから」
肩を撫でながらディシールに言われると、和美は眼鏡の位置を両手で調節しながら言う。
「そうですね。それも皆さんのおかげで――」
途中で止まる和美の声。視界に、件の人物が映ったからだ。
オーデ・エンウマーが酒場に姿を現すと、集ったギャラリーも静まりを見せる。
「どうもご足労頂きまして。さぁ、こちらになりますよ」
空気に影響されず、朗らかな口ぶりのままのエリスがオーデを席に案内。
チェス盤をはさんで、対峙する両者。
場の誰もが思った。誰か、第一声を切り出してくれ‥‥、と。
「はい、これがウワサのおでんになります。塩スープだと味気ないんでせっかくなら、と思いまして」
切り出しは鍋を持って現れた女性‥‥じゃなくて、男性から。
「尤も、本物のおでんの完全再現はできませんでしたけどね。しょうゆ味が薄く利いた煮物‥‥といったところでしょうか。でも、温まりますよ」
響に続き、ソーマも借りていた厨房から出てくる。どうやら技量的問題で、手伝いが精一杯だった様子だ。
「実際の戦いの行動にしても、チェスの思考にしても、空腹だと幾分も力が出せないだろう」
「‥‥‥‥」
差し出されたそれを、無言のまま食すオーデ。幸せそうに食べているフォーレとはえらい違いである。
間も無くして、『決闘』がはじまった
「温かい煮物を摘みながらの決闘といのもまた、稀有なもので‥‥」
「私もそういうの見るのはじめて‥‥だけど、いいんじゃないかな? あ、テクレーさんも食べる? 不思議な味だけど、これはこれで美味しいよ♪」
決闘の立会人になりながら苦笑するテクレーに、煮物の一つを木製スプーンに乗せて、笑顔のフォーレがそう聞いてきた。
和美の、詰みの一手。
意外な事に、盤上の決闘を制したのは和美であったのだ。
この瞬間が丁度いい、とアリオスは和美に目配せをする。気付いた和美もそれに頷く。
「オーデさん、あの――」
席から立ち上がった拍子に、和美はおでんの中身を自分の膝の上にぶちまけた。
「〜〜〜〜!! ぁつい、暑いです!」
「おでんは、そういう食べ物ですから」
エリスがおっとりとそう言っている中、ソーマと響が急いで布巾を用意する。その寸劇まがいの一連の流れに、周囲のギャラリーからは大笑いを受けることになった。
それでも、なんとか落ち着いて、和美はオーデに向かって頭を下げる。
「この前はいきなり笑ってしまって失礼しました。本当に、申し訳ありませんでした!」
頭を下げたまま、恐る恐る‥‥和美は目をオーデに向けた。
「なんだか‥‥段々と己の訴えが瑣末なものに感じてきた」
仏頂面が、崩れていた。
作ったおでんがまだ余っていたので、決闘後はそれを肴に一席開いていた。
前の方では何故かなりゆきで、エリスと和美が漫才をしている。そのあまりにクダラナ〜イ話題の振り方と、和美のぎこちなさに、本来の漫才と違った意味で周囲は笑いに溢れていた。
「そうですか。家の壁にかけてあった槍が、そのカオスとの戦いの時に使った銀製の槍ですか」
「左様。銀か魔法の代物以外の武器では、カオスは傷ひとつおわんのでな。‥‥それにしても、冒険者とは、思った以上にやり手の様だな」
オーデの横で、彼の話を聞いていたディシールは、何のことか、と微笑みながら首を傾げた。
呆れた様な声色ではあるが、怒っている様子ではなく、オーデが呟いた。
「よもや決闘が、最後には食事会に化けるとはな」
好んで他人と戦う人間など少ない。人が争うのは大概、欲張った時か‥‥意地になった時くらいだ。