●リプレイ本文
「私の様な未熟者には、天界人達との模擬戦は大きな経験となるだろう。この機会を与えてくれた関係者各位には、本当に感謝している」
「それはどうも」
ジャスティン・ディアブローニ(eb8297)から感謝の意を受けると、依頼主であるマルグリッド・リーフは軽目に言いながら笑みを浮かべた。
「この様な環境を提供して頂きながら、先程は要求がましく失礼致しました」
「いや、想定不足で不自由を感じさせ、こっちこそ申し訳なく思っている」
アルク・スターリン(eb3096)の希望した訓練は、冒険者と別に数名人数を必要とするもの。しかし、都合のつくマルグリッドの私兵がいないという事で、逆に彼が謝る立場。
「それでは出来る限りで有意義な模擬戦を。客人連れてきた時は、見せる試合もどうか宜しく」
そう言って、マルグリッドは踵を返した。その背中を見ながら、思うは山野田吾作(ea2019)。
(「しかし、客人とは一体‥‥?」)
「‥‥それでは、今後のカオスニアン等との戦いに備えた訓練にしましょうか」
「成る程、騎士道の縛りが無い戦いってわけか」
加藤武政(ea0914)の言葉に頷くアルク。
「楽しそうだな。乗るぜ」
「それでは、私も組ませて頂くか。またと無い機会だ‥‥宜しく頼む」
「ああ宜しく。ま、堅苦しい挨拶はこの際抜きで」
差し出されたジャスティンの手をがっしり握る武政。
この多数戦は勝ち負け云々より、戦い方やその動き方を見る事を重視している。というわけで、四人は訓練用の武具を装備。
――そして、誰が合図すると言う事無く、戦いは始まった。
跳躍が、踏み固められた地面の土を弾く。
武政と田吾作が同時に駆け出していた。武政は参加者唯一の素手。その身軽故に田吾作よりも数歩、前に先んずる。
身構えるアルク。彼に向けて走りながら、標的目掛け一直線、見据えた武政は軸足に力を込めた。
瞬発、そしてタックル。
武政の体当たりに胴に受けたアルクは、喰いしばりながらも、反撃の剣を振り下ろさんとしていた。
しかし、すかさず武政はアルクに急接近。間合いは数十センチも無い。
武政はアルクの胸元を掴んでそのまま放り投げ――ようとしたが、アルクの重心を揺るがすには至らなかった。
「攻撃が来ている‥‥武政!」
ジャスティンの声が聞こえた時、武政に靴の裏が既に猛スピードで迫っていた。
靴裏が、思いっきりぶち当たった。
‥‥剣の腹に。
二人の間に割り込んだ田吾作の剣に、アルクの蹴りは受け止められた。風を切って再び迫ってきた武政の体当たり。アルクのこめかみにじわりと汗が生じるが、それを実感している暇など無い。
左足を軸にアルクは半回転。
結果、体当たりは彼を掠るに終わる。幸運にも回避に成功したアルクは、その回転から得た遠心力を剣に乗せた。
田吾作を捉える、刀身。
潰した刃とはいえ‥‥むしろ、刃が潰されているからこそ、その一撃は痛みを以って田吾作を唸らせる。
その身に走る激痛、しかし悶えるだけに終わる田吾作ではない。既に田吾作も、剣を振っていた。
剣を振り終え死に体のアルクは、自分の肩を打つ痛打と‥‥背中にちょんと押し当てられた剣先を感じた。
「騎士道不要の実戦なら、ここで背を刺し貫いて終わり‥‥か‥‥」
後ろに回りこんでいたジャスティンはそう言うと、これにて終了という事で納刀した。他の者ものまた、剣を鞘へ。
「私が背後を取れたのは、達人級の腕前を持つ二人の恩恵だな。実戦において、ここまで恵まれている事は、そうないと思った方が良さそうか‥‥」
「そして、始めからこういう良い人数が揃っているってのもそうないだろうぜ。だから強敵の場合は、敵戦力の分散に対しても策を練らなきゃいけないな」
「故に、連携は必須でござるな。闇雲な戦法は味方を消耗させるに終わる。戦力の集中は兵法の基本に聞き及ぶでござる」
「役割分担と具体性のある作戦が必要になってくるでしょう。その際ですが、『きめつけ』と『想定』を同一視しては危険でしょうね」
戦闘後も、余念無く話し合う四人。いつか戦場で肩を並べる、その日に備えて‥‥。
「さて、俺の出番来たかなー」
小太刀を思い出すであろうその刀身。刃を潰したサンショートソードを左手に持つのは無天焔威(ea0073)。彼の利き手は左‥‥ではない。
地面を見れば、彼の周りには直径3m程の円。
利き腕を封じ、円から出る事を禁じる。そして、対戦相手はフィオレンティナ・ロンロン(eb8475)。駆け出しの鎧騎士である。
ハンデを背負って戦う彼だが、ハンデを背負うと言う事は、その環境下において本気を出すという事。
「ホムライから一撃でも取れたら酒場で奢ってくれるとかどーお?」
「それは負けた時に考えようかなー」
「ちょっ、それじゃ意味無いよー!」
「でもフィオレンティナ、コレは予想しかないけど‥‥ぶっちゃけあまり勝ち負けに固執するタイプじゃないでしょ?」
「うん、大当たり! 勝ち負けってよりは相手の動きや戦い方を勉強して自分のモノにするのが私の一番の目的。ホムライからも、バリバリ凄腕テクを盗むぞー!」
「これでホントにあっさり盗まれちゃったら、それはそれでショックだよ?」
何やら和やかな二人だが、兎にも角にも試合開始。
先手はフィオレンティナ。模擬刀の柄をしっかり握って、それを袈裟に構える。
「先手必勝って事で‥‥てぇえーーーい!」
ばしんっ!
「あれ?」
模擬刀はくるくる回りながら、後方へ。
「割りと地味な技ではあるんだけど、意外な所で使われると厄介なディザーム。実戦では気をつけてね」
相手の武器を蹴り上げ、吹き飛ばして言う焔威。お見事。
「どうするフィオレンティナ? 何なら素手同士の格闘戦に移行する?」
と、喋り中にフィオレンティナは後方へ猛ダッシュ。そして、武器を拾って戦線復帰した。円のルールによって当然、焔威はその背中に追撃は出来ない
「戦場では、諦めない事が大切なんだと思う」
「‥‥んー、ま、否定はしない」
そして再び打ち込まれる模擬刀。慣れない円の制約のせいか、足取り危なっかしく攻撃を避ける焔威。これは熟練者対駆け出しの戦いではあるが、敷かれたルールゆえに真剣勝負だ。
焔威は目を凝らす。
フィオレンティナの連撃、一撃目、二撃‥‥。生じた間隙は一呼吸程――、十分!
再び蹴り一閃。再び模擬刀は宙を舞った。そして間髪入れずに焔威は左手の刃を突き出す。
「‥‥うーん、残念っ。ここまでみたいだね‥‥。」
「なら勝負ありという事で、この辺で武器を引っ込めるよー」
切っ先は、フィオレンティナが着る訓練用防具の隙間に押し当てられていた。
冒険者達の模擬戦闘を、端っこから見ている一人の天界人がいた。
野元和美。彼女も、この依頼の参加者である。‥‥一応。
(「皆さん本当に凄い‥‥。どう見たって、私は場違い‥‥」)
トホホと項垂れている彼女に迫る、一つの人影!
「ホッホーゥ。そこのおねえちゃんは見学かァ〜、なるほどねェ〜」
聞こえてきた声にビクリ! 動揺しながらも、和美は振り返った。
見えたのは、銀髪、赤眼‥‥そして何より、両手に持つ抜き身の短刀。声の主、ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)だ。
「ちったぁ強くなりたい気概はあるのかねぇー?」
「は、はい。なのでここで見学を――」
「見てるだけで強くなれるかボゲェーッ、何で模擬戦に参加しねえんだ、てめえ俺をなめてんのかコラァ――ッ。実戦をしろ実戦をォオオ――ッ!」
「は、はひ!?」
突然の怒声に、無意識に防御姿勢をとる和美。ちょっと涙目な気もする。
と、そんな彼女の救世主は赤髪の少女だった。
「ハイハイ、ヴァラスさん、依頼人さんからお声がかかったわよー。あっち行きましょうねー」
「離せッ、離せこの混血種! ここでぶちまけんぞ、ド畜生が!! いいか、おねえちゃんよォー、今から手本見せてやんぜ! とくと見やがれ!」
喚き散らす彼の襟を掴んで、フォーリィ・クライト(eb0754)がずるずる引きずっていった。抗おうともしたヴァラスだったが、力では彼女に勝てない。フォーリィ・クライト、良くも悪くも女性的な発育を遂げているその身体のどこから、あんな膂力が発揮されるのだろうか‥‥。
もしかして、自分のはスカスカだから私は体力が無いのだろうか‥‥なんて変な思考の彼女に掛けられた声は、爛漫としていた。
「あなたもこの依頼の参加者でしょ? 私、フィオレンティナ・ロンロン。ティナって呼んでね。よろしくっ!」
「あ、はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
戸惑いつつも、差し出された手を握り、ティナと握手を交わす和美。
「よし! これで私達は、もう友達だよ!」
「え、そうなんですか?」
「そう! じゃ、一緒にこの依頼で訓練頑張ろーね! まずは、ハイレベル試合を間近で見よう!」
そう言って半ば強引に、和美はティナに手を引っ張られて行った。
「依頼人殿ォ〜、このヴァラス・ロフキシモにお任せ下さいよォー!」
一通り話を聞くと、ヴァラスは似合わない敬語でマルグリッドに対して(表面上は)下手に出た。「期待を裏切らんでくれよ?」
言いながら微笑を浮かべたマルグリッドは、そんな彼の心境を知ってか知らずか‥‥。
「まぁー、みんなの代表って事だし、恥ずかしくない戦いをしようかな」
息一つ吐いて、フォーリィは剣を横に構える。彼女の握る剣は、大きい。自身の背丈ほどある‥‥女性に似合わない大剣。
(「構えやがったか‥‥ムヒヒッ。クソッタレ混血種をいじめれるいい機会だぜ」)
ヴァラスもまた、両手の刃に戦意を込める。
両者が、口を閉ざした。
沈黙は空気を変え、見る者すらも緊張させる。その空間だけ、酸素濃度が低くなった様な錯覚すらある、息苦しさ‥‥。
マルグリッドは、連れに向けて呟く。
「どうです? この臨戦態勢を見るだけで、既に二人の実力の高さがお分かりでしょう?」
マルグリッドもまた、似合わぬ敬語。連れてきた客人は、白髪の老人だった。顔も声色も、厳かである。
「全ては、見てから判断するのぢゃ」
いつ動き出しても不自然無い二人。
(「うう、それにしても寒い‥‥。は、は――」)
――はっくしゅん! 和美の大きなクシャミ。
それが、分かり易い合図となる。
フォーリィは既に肉薄しているヴァラスを見た。速い。
銀光二閃、その軌道を追うかの様に赤い線が走り、フォーリィの血液が吹き出た。ヴァラスの両手同時攻撃は彼女の回避力を凌駕する。
フォーリィは前を見据えたままバックステップを踏む、と同時に剣を横薙ぎに振っていた。
飛来した剣の衝撃。それが横髪数本飛ばした時、ヴァラスは薄笑いと共に冷や汗を浮かべていた。スマッシュ込みのそれの直撃など、御免だ。
彼は地面を踏んだ、強く!
大きく一歩踏み込み、短刀を突き出し、切っ先は――空を切っていた。
斬撃。下から上に。
屈んで回避したフォーリィは立ち上がると同時に大剣を振り上げる。
身を捩って避けようとしたヴァラスだったが、叶わなかった。
相手の回避力を見てシュライクという冒険を止めたヴァラスは、ダブルアタックを攻めの基軸にする。刃は、確実にフォーリィの身体から血を奪っていった。
しかし彼女は、自身の出血を省みない。それより前へ、それより前へ。そうすれば剣が、相手に届く。相手の身も血に染められる。
だから前へ‥‥。手に剣を‥‥。
前へ! 前へ! 前へ! 剣を! 剣を! 剣を!
そして、相手に傷を――
「悪いな。でもこの辺でお開きとしようぜ」
突如、首筋に走った鈍い衝撃に朦朧とする意識の中で、フォーリィは武政の声が聞こえた気がした。
「あー、なるほど。私、狂化しちゃったわけだ‥‥。うう、ホントごめん」
武政のスタンアタックを受けてから数分後。起き上がったフォーリィは申し訳無さそうにそう言う。
その横でヴァラスは胸中、悪態をついていた。
(「あんな容赦無い女と戦うのは、当分ゴメンだぜ‥‥クソッタレが」)
ヴァラスの方にもダメージが重なっており、引き分けと言う結果になったのだった。
「よーっし、いつか二人を倒して、ワタシがナンバーワンになるぞー!」
「私には絶対無理そうです‥‥」
隣で意気込むフィオレンティナとは対照的に、次元が違いすぎる戦いを目の前にして和美はネガティブ思考気味である。
一方で、ジャスティンは律儀に、観戦しながらとっていたメモに考察とまとめを書き足していた。向上心こそ、最高の成長材料である事は、言うまでも無い。
その後、冒険者達によって、そんな弱気の和美に指導が入った。
「よし、撃ってみな」
「‥‥え、な、何ですかヴァラスさん?」
「振り向――ウォオオオッ、待て撃つなァーッ」
勧められた回避や射撃の練習中、ライトショートボウの矢はヴァラスに見事命中。普通の標的にも当てられる様になるには、練習を重ねる必要がありそうだ。
「冒険者の仕事は、走るのが仕事、走ってないときは陣地を作る、そして何をするにも歌だ、歌を歌え」
「‥‥そういうものなのでしょうか?」
武政から兵法のついでに心構えも習う。歌については、マルグリッドも同意していた。
「野元殿も近眼持ちとは‥‥他人事とは思えぬ。拙者もこの通り、怒っている訳では無いのだが‥‥」
目を細める田吾作に臆しながらも、和美はぎこちなく笑ってみせて言った。
「そ、そうですか。苦労してるみたいですね。でも確かにその目でグっとされたら、普通の女の子なら泣いてしまうかもしれませんね」
(「野元殿、それでは自分が普通の女子ではないと言っている様なものでは‥‥」)
胸中ツッコミを入れる田吾作。傍らにいたアルクは、彼女にある話題を振った。
「‥‥ゴーレム?」
「なるほど。身の危険を減らすには、その手もありでござろう」
アルクは彼女にゴーレムの説明をしたうえで、自分の考えを伝えた。
「今後はゴーレムで弓や投擲武器を使える人材が求められるようなるかもしれません」
「帰るとき自分の手が血まみれだったら嫌じゃない?」
魔法や一芸の修得を陽気な口調で薦めていた焔威は、急に、そう言った。
「私、今まで殴り合いの喧嘩すらした事ありません‥‥。だから、正直『戦い』とかに実感をもてないでいます」
焔威は「無理に実感すること無いよ」と、柔らかに笑いながら、こう最後に付け加えた。
「俺はかなり殺したし、今も躊躇ったりしないけど‥‥好きな人が一般人になった時ね。会い難いくいなーと思ったりしたよー」
(「それにしても‥‥」)
ジャスティンは、自分のメモを読みながら、フと、思いを馳せた。
(「あの時観戦していた客人は‥‥? やはり、気になるな」)
「‥‥とまぁ、色々ありましたが、ご覧の通り実力は確かです」
「それは、否定せんわい。ただ、品性というものが――」
「国状をお考え下さい。何卒、力ある者への助成を」
「う、うう〜む‥‥」