【双剣の剣士】嘲り、奪う者

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月23日〜03月28日

リプレイ公開日:2007年04月03日

●オープニング

●差し伸べた手を‥‥
 蹲るその人影を包むのは、赤黒いローブ。麻のそれは所々で赤黒く、上から泥臭やら土埃がかかっている。それなりに薄汚く見えることだろう。
 嗅ぎ慣れた者にとっては色よりも漂う匂いによって、上着を染めているそれが血である事を知るだろう。
「その傷‥‥! どうした!?」
 半開きの目に映ったのは、少女‥‥帯剣している、冒険者なのだろう。どこか異国の風貌であるが、天界の出身か?
 ここは人里離れた場所だ。放っておけばソレは死ぬ‥‥誰が見ても想像に難くない。
 だからこそ少女はソレが見えた時、何躊躇う事無く声をかけたのだろう。大丈夫か? そんなありきたりな言葉にも、声色から必死が伝わる。
「すぐそこで野盗が‥‥」
 それだけしか聞かないうちに、少女は懐から取り出したそれは‥‥なんだ? 小さい‥‥壷?
「それ‥‥は?」
「天界の、魔法の妙薬だ。飲めばすぐに傷を癒す事が出来る」
 そんなもの、まさに魔法の薬だ。この地の常識を超えている。
「魔法の‥‥きっと高価なものだろうに‥‥」
「安くない物だが、貴方の命よりは高くないさ」
 枯れた声に対し、少女は苦笑しながら、それを差し出してきた。
「そうか、それは良かった‥‥」
 この少女きっと、馬鹿正直なタイプの人間。天界でも、騙されたのは一回二回ではないはずだ。
「――え?」
 少女は頓狂な言葉を漏らした。上着の下に隠し持っていたナイフが腹に刺さっていると言うのに、呑気なものだ。
 『魔法の妙薬』をさっさと奪い、もう一撃、蹴ってダメ押し。全く、呆けているからこうなる。
「そうかこれは高価な魔法の薬か。それは良かった。ボロ布被ってまで盗った物が、二束三文だったらやるせないからな」
「貴様、その外套の血は‥‥」
「すぐそこで野盗が死んでいるから、気が向いたら確認するといいよ。たまにはいつもの夜襲と趣を変えてみたんだけど‥‥しかし、人間って賢い者が多いと聞いていたがそうでもなさそうだな」
 溜息を付いていると、首尾よく仲間達が現れてくる。
「ナイル、この小娘にもう用はないか? 何もなかったら、身包み剥がして――」
「待て」
 仲間の一人を制止する。這い蹲るこの女、恐怖に屈しているわけではなさそうだ。むしろ逆で‥‥まだ利用できそうだ。
「お前も剣士なら、こんなやられ方には納得できないだろ? チャンスをやるよ。だから、お前の剣までは盗らない。しかるべき日にこの場で、今度は正々堂々再戦と行こうじゃないか」
 まさか『正々堂々』なんて言葉を信じる馬鹿ではないだろうが、このまま放っておける気質でもないだろう。
 冒険者は『依頼』を受けると複数で動くらしい。冒険者が平民より金を持っていそうなのは勿論、中には、珍しい武器を持っている者もいるらしい。
 この女は、いい餌になる。大きな魚がかかったらもう、こんな変な演技も必要ない。いつも通りやるだけだ。


●手配
「この前、社交パーティに行こうとしたら、カオスニアンの強盗にあったの! もう、それで装飾品やら何やら奪われて‥‥あーっ、思い出しただけでムシャクシャするわー!」
「お、落ち着いてください」
 ここは冒険者ギルド。今、どこかの貴族令嬢と思わしき女性が、受付で騒いで係員に迷惑をかけながら、依頼申請をしている。
「一人だと思って油断したらいきなり伏兵が出てきたの。ホント、卑怯! それで、首領格は生意気にも名乗ってきたりして‥‥確か名前が――」
「ナイル、か?」
「そうそう‥‥って、なんで貴方が知っているワケ!?」
「偶然だが、私も先日遭ったばかりだ」



 そうして、貴族令嬢ヨアンナ・フハロはなんとか依頼の申請を終えた。
 移動に片道二日。実動一日の依頼だ。
 『ナイル』と名乗るカオスニアンの盗賊グループ首領を討ち取る事。相手は姑息なうえ、チームワークを用いてくるとの事。
 依頼には、天界から来た冒険者、片岡睦が同行する。二刀流を駆使する剣の腕はそれなりらしいが、以前に『ナイル』と接触があり、その際に遅れをとっている。この時追った傷は、既に治療済み。
 彼女は盗賊グループの出没する場所と時間の指定を以前に聞いている。(この条件の指定は実動の日に対して、である)
 それについても含め、依頼参加冒険者はよく作戦を練り、このカオスニアンの群れを退治して欲しい。

 尚、依頼に成功した場合にのみ、追加の報酬と言う扱いで、依頼における諸経費(食費・消耗品費)が依頼主によって負担、買い戻される。

●今回の参加者

 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4590 アトラス・サンセット(34歳・♂・鎧騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8300 ズドゲラデイン・ドデゲスデン(53歳・♂・鎧騎士・ドワーフ・メイの国)
 eb8489 エリス・リデル(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec0993 アンドレア・サイフォス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)

●サポート参加者

オルステッド・ブライオン(ea2449

●リプレイ本文

「遅い、な‥‥」
 片岡睦(ez1063)思わず、呟いた。
「相手は不埒な盗賊。こちらの気持ちを急かせるのも、遅延の意図に有るのかも知れません。一刻も早く賊を討ちたい気持ちも分かりますが、今は、油断無く構える事に集中しましょう」
「浮ついた心構えでは、同じ徹を踏むだけだな、うむ。ルメリア殿の言う通りだ」
 苦笑する睦に、ルメリア・アドミナル(ea8594)も笑みを作って返す。
「それにあちらがその気なら、我々は我々の流儀で、方を付けるまで‥‥久々に燃えてきましたわ」
 尤もルメリアの笑みは苦笑などではなく、不敵なそれだ。
「躊躇わず、抜かりなく参りましょうぞ」
「ああ、そうだな。田吾作殿(‥‥それにしても、今回田吾作殿はいつもと違って落ち着いているような?)」
 山野田吾作(ea2019)は言葉静かにそう言った。これ以上は、喋らない。彼を包む『静かな怒り』は、いわば凍った油の様なもので‥‥これ以上喋れば堪えきれぬ自熱で溶け出し、やがて火がつくだろうから。
「人間にせよ、カオスニアンにせよ、奴等奪う事に関してはとことん悪知恵が回りますから。‥‥嫌な事を思い出させますね、糞忌々しい」
「‥‥? 何か言ったか、アンドレア殿?」
 一人、表情に陰りを含めるアンドレア・サイフォス(ec0993)。長身のアンドレアを見上げながら問う睦に対し、彼女は軽く首を横に振るとその面(おもて)に平常を取り戻して応じた。
「いえ‥‥野盗は叩き潰します。今考えている事はそれだけですよ。さて‥‥完全に陽が暮れる前に灯りを焚きましょうか」

 天界において交通事故防止の張り紙をしばしば見る人間なら、こんなキャッチフレーズを見た事ないだろうか。
『薄暮時における交通事故防止』
 完全な夜よりも夜になりかけている時間帯の方が、注意力は散漫になり易い。
 ましてや、まだ肌寒さの残る季節‥‥近くで焚いた篝火が暖となってしまえばなれば尚更。
「敵、ブレスセンサーに反応しました!」
 しかしルメリアの魔法によって、奇襲者は100m先から呼吸と言う情報を掌握される。
「呼吸の数、20です」
「20人、以前よりも多いな」
「いえ、そんなにいません。カオスニアン自体は10人程です」
「‥‥?」
 釈然としない睦。確かにルメリアの言う通りブレスセンサーの反応は、呼吸の数22。
「この息の荒さ、この進行速度の速さ――」
 それは、ブレスセンターで感知されつつも、カオスニアン離れした速度でルメリア達に接近してきている。
 そう、この速さはカオスニアンの足ではない。
「恐獣に乗っています!」
 ルメリアの指す方向、遮蔽物から姿を出したそれらは、大きな蜥蜴に跨り、その時点で既に矢を番え弦を引いていた。
 素早く移動して、相手の姿を捉えた途端に一斉掃射する心積もりか。
「射て!」
 敵方から聞こえる叫び。敵方から飛んでくる、矢、矢、矢――数え切れない。印を結ぶ暇も無い!
 次の瞬間、淡い光がルメリアを包み、轟く豪風が前方に放たれる。専門レベルのストーム、それを高速詠唱にしてさえも、彼女なら問題なく魔法を成就できる。
 吹き荒れる風が射撃の鋭さを削ぐ。それでも仲間に及びそうな物はアンドレアが盾で弾いた。
 そして戦況を見渡すアンドレア、に迫る人影‥‥手には棍棒。脇に逃げ、ストームから逃れた者もいる事を彼女は思い知るのだった。
 しかし、鉄兜に板金鎧、外套にその長身を包んだアンドレアの身には、そうそう致命的な打撃は入らない。御返しと言わんばかりに突き出された三叉の穂先が、褐色の肌を貫く。カウンター気味に入ったそれはカオスニアンの足を一瞬止めた。
 一瞬で、充分だった。
 男の耳に入ってくるのは、蹄の音と、長物を振るう際に起こる独特の風切り音。
 軍馬に乗ったアトラス・サンセット(eb4590)の、横殴りの一撃。鎧棒+2が男の身体にめり込み、吹っ飛ばす。
 アトラスの出てきた方向から、更に、エリス・リデル(eb8489)とアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)も姿を現した。どちらも、一定の距離まで近付くと、そこから魔法を見舞う。
 篝火はカオスニアン達に、囮となっていた者達の印象を強く与え、代わりに伏兵の存在感を希薄にさせていたのだ。更に前方からのストームに気を取られ、高速詠唱によって放たれたアルフォンスのオーラショットは不意をつく事に成功していた。続いて、エリスのグラビティーキャノンが、またもや相手の体勢を崩す。
「弓を装備したカオスニアンは、どれ位になるでしょうか」
「三分の二程。武器を持ち変えている者もいる様ですが」
 アトラスに聞かれると、アンドレアは簡潔に纏めて返した。
「わかりました、私は弓を持った者に狙いを定めていきますので‥‥お互い無理せずに行きましょう」
 アンドレアは頷き、アトラスは再び愛馬を走らせた。
「さっきの突風はなんだ、ナイル! それに横から伏兵が出てきたぞ! 奇襲がばれているのはどう言う事だ!」
(「煩い。やっぱり思考の邪魔だコイツは」)
 大柄のカオスニアンに問われたが、それを無視している男もまた、カオスニアン。錆びかかったハルバードを手に、先程の射撃の号令を出した姿を鑑みるに、この男が――
「ナイル!」
 睦は叫びながら、駆け出していた。左右各々、握られているのは小太刀。
「これが貴様の、正々堂々とした再戦か!」
「もうキミには興味ないんで‥‥」
 二人の間に割って入ってきたのは、大柄の男。
「やっとこの前の続きが出来るな!」
 言いながら、男の斧が振り下ろされる。
 睦は二刀を以ってこれを捌いたのだが、その表情は芳しくない。
(「そう何回も、もたないか?」)
 小太刀の軋みが、相手の怪力を手に伝える。このまま受け続ければ、確実に小太刀は破壊されるだろう。
「もっと抵抗して見せ――あ?」
 大男は横っ腹に感じた痛みに言葉を止める。
「睦殿にはもはや一つとて傷付けさせぬ!」
 既に横薙ぎに斬撃を加えていた田吾作は、そこから更に腕を引き、刺突。回避、しきれず大男の胸板に赤い一線。その不安定な体勢からも斧は振るわれる。田吾作は盾でこれを受け止める。
「なんで守る? そこまで必死になって。理解できねぇな!」
「やはり種族その物が野盗と変わらぬ様子。人とは相容れぬ者どもよ」
 相手はどうやら一団の中でも手練の様だが、それでも睦と田吾作とで食い止められている。裏を返せば、二人の戦力が取られているという事だが。
「伏兵の使命って何だと考えるかな? 半分エルフ君」
 侮蔑の色を含むナイルの言葉。さりとてアルフォンスも素人ではない、安い挑発には乗らず冷静のまま答える。
「奇襲による致命的な一撃を与える事、であろう」
「正解。そうしないと逆に、敵に包囲されて叩かれる。潜伏を要される為、班は必然的に小規模になるのが通常だからな」
 今、アルフォンスとエリスの前にいる敵の数は4人。敵の出端を挫く事は出来たのだが、その攻撃力は致命的とは言い難い。囮班との合流前に、それを阻まれたのだ。
「(‥‥アルフォンスさん、お気づきでしょうが‥‥)」
「(‥‥うむ。状態は芳しくない様である)」
 小声で話す、エリスとアルフォンス。二人は気付いたのだ、ナイルが喋っている間にも他のカオスニアンがじりじりと二人の包囲を展開していた事に。
 完璧に包囲されてからでは、遅い。
「やりたいようにやってもいーじゃん、をまかり通さんとするハナタレ5歳児同然の輩に――」
 詠唱を始めるエリス。その言葉に被せるようにアルフォンスは言いながら、鋭さを含めた青眼でカオスニアン達を一瞥した後、
「――教わる兵法など、無いっ!」
 叫びと共に、斬撃は繰り出した。まずは、エリスの一番近くにいる男に対して。勿論相手も、只のやられ役ではないのでやり返してくる。が、それを受けるのは鉄の篭手。左腕だが、敵わぬ相手ではないとアルフォンスは判断する。
 しかし敵は一人ではない。
 アルフォンスは視界の隅に映った影に向かって鉄の手袋を差し向け、そして鈍器を食い止める。間一髪、遅れればそれはアルフォンスの頬骨を砕いていただろう。
 先程一撃加えていた相手に、アルフォンスは再度一閃。彼の攻撃によってバランスを崩した男は、その上で更にエリスからグラビティーキャノンを見舞われ、肩から地面にぶつかる破目になる。
「その場凌ぎなんだよ、そんなのは!」
 しかし、敵はまだいるのだ。防ぎきれない敵の数。幾つかの打撃を受け歯を食いしばるアルフォンスへ、ナイルは更にダメ押しの一撃を加えんとハルバードを振り下ろ――
「‥‥何!!」
 す前に、背後から迫る気配に振返る。
 ナイルの目に映ったのは、黒髪黒瞳の戦士、レインフォルス・フォルナード(ea7641)。なんと彼は、どこからともなく走ってきたではないか。
「どこから来たんだよ、こいつは!」
「‥‥‥‥」
「レインフォルスは奇襲の為、ずーっと遠くから遥々走ってきたのである」
「嘘だろ!?」
 クールなレインフォルスの代弁を承ったかの様に、アルフォンスは飄々とそう言う。
 そして急接近してきたレインフォルスに目を剥くナイル‥‥だったのだが。
「なんだこいつ? 動きが変だぞ」
(「普通の靴と違って、接地感に違和感がある‥‥戦闘では使えなそうか」)
 危なっかしい動きで掠り傷を負いながらも、レインフォルスはセブンリーグブーツを脱ぎすてる。そうなれば、持ち前の回避力を発揮できる。
「さて、それでは全力でいかせてもらう」
「おい、ホントに何なんだこいつは!!」
「拙者に怒鳴られても困るのである」
 回避力、攻撃力を伴うレインフォルスと言う想定外の闖入者に苛立ちを隠せない様子のナイル。
「ドービル、お前は小娘達相手に何時まで時間かけているつもりだ!」
 どうやら大男の名はドービルと言うらしい。ドービルもそれなりの実力者の様だが、こちらは守りにアンドレア、攻めに田吾作と睦、その上で遊撃的な位置で動くアトラス、それに加え高位のウィザードのルメリアもいる。そうそう倒せるものではない。
「あ〜〜、ホントどいつもこいつも‥‥!!」
 ナイルはまるで、癇癪を起す前の子供の様な表情を見せる。まさに怒り心頭‥‥と思われたのだが。
「‥‥帰ろう」
「何っ!?」
 訝しげに言うアルフォンスをヨソに、ナイルは全軍に撤退の命令を下す。
「不利と判断したら逃げる。これ、盗賊の鉄則。矢も沢山消費したし、これに負傷を重ねるのは勘弁」
 ナイルの命令に従い、カオスニアン達は一変、撤退に専念した。
「冗談じゃねぇ、俺も逃げるぜ!」
「そう易々と逃がすと思うか!」
 背を向けようとしたドービルに、田吾作が喰らいつく。
「撤退を、予想していなかったと思いますか?」
「だから何だって言うんだ。数ならこっちが多い。包囲もできないだろうに」
 アトラスは有利な間合いを保ちながら戦う。ハルバードで攻撃を受け払うナイル。これでナイルは止められているが、彼の言う様に、他はどんどんと逃げていく。
「さて、もうこんなもんでいいだろ」
 そう言うと、ナイルは懐から出したのは、一本のナイフ。
 投擲の心得もあるか、とアトラスは身構えたが、その刃は思わぬ方向へ向かっていった。
「ナ、ナイル! どういうつもりだ!?」
 ナイフは、ドービルを乗せた恐獣の眼に突き刺さっている。痛みに暴れ狂う恐獣が仲間に被害を及ぼす前に、アンドレアは素早く近付くとその爪を盾で受け流して反撃の一撃が相手の腹を突き刺した。
「お前は足を失った。文字通り、死ぬ気で殿をしてくれ」
「何を、言ってやがる?」
「あー、冒険者諸君。こいつは以前、独断でとある貴族の女性を殺っている。きっと懸賞金か何か掛かっているぞ」
「何を言ってやがる! ナイル!!」
「毎度、お前の出過ぎた行動は悩みの種だったよ。これを厄介払いの機にさせてもらうのさ。でも、もし殿を務めて生きて帰ってきたら、免罪って事にしようぜ!」
 まるで捨て台詞の様に言って、ナイルは撤退して行った。ルメリアの雷撃が彼の背を焦すが、ナイルは小さな壷を取り出して中身を嚥下すると、元気そうに去っていった。
「ふ、ふざけるなっ、殿なんて‥‥やってられるか」
 ドービルは思わず呟き、恐獣もないのに逃げ出そうとする。
「――!!」
 しかし、ルメリアのライトニングトラップが、ドービルに追い討ちかける。もう、退路は塞がれていた。
 恐獣を失い、退路を失い、満身創痍。仲間にも見捨てられた大男は、もうその場に座りつく事しかできなかった。
 睦がそれを見る瞳には、哀れみすら含まれていた。
「まさか情けをかけるつもりではないですよね」
 それを感じ取ったアンドレアは睦に問う。
「そんなつもりは、毛頭無い。ただ‥‥哀れだと思って、な」
「‥‥これが、賊の末路にござる」
 田吾作はそう言いながら、内心自分を叱責する。想いの女子があんな顔をしているのに、もっと気の利いた言葉がいえないものかと。
「最後に一つ、聞いておく」
 ドービルを見下しながら、アンドレアは問う。
「お前が暴力を加えた相手の顔を覚えているか?」
 アンドレアも見上げながら、ドービルは答える。
 下卑た笑みで。
「クソッタレの顔なんぞ、覚えていられるか」
 潮騒のトライデントは、喉笛を貫き、言葉は止んだ。


「ルティーヌ殿は元気にしていらっしゃいますか?」
「あー、いつも通りよ。抑揚のない顔で元気にしているわ」
「そうですか、良かった‥‥」
 依頼主のヨアンナからそう帰ってくると、アンドレアは安堵する様に、息を吐く。
 帰還を果たした冒険者達は、依頼主に報告をしている所だった。
「撤退を想定はしていたのですが‥‥結果から言えば、敵の大半に逃げられました」
 沈痛な表情で言うアトラス、しかし、ヨアンナの表情に憤慨は無かった。
「ま、逃がしたのは残念だけど、相手にはギャフンと言わせたみたいじゃない。しかも、賞金の掛かったカオスニアンを倒したんでしょ。第一、頑張ってくれたみたいだし‥‥」
「それで、いいんですか?」
「私がイイって言ってるからいいの! 何よ、何か意義があるの!?」
 曖昧に笑って、アトラスは出掛かった自省の言葉を呑んだ。どうやら依頼主は、仕返しが出来ただけでも満足のご様子。
「出発前にも診ましたけど、改めて‥‥女の子の体に傷跡が残ったら大変ですからね」
「あ、いや‥‥ここでは、ちょっと‥‥」
 応急手当キットを広げながら上着に手をかけるエリスに、睦は頬を赤くしながらそれを拒んでいた。
「殿方もいるので‥‥確かに、傷はあるが‥‥」
「それに、山野さんも既に傷物ですから。性的な意味で」
「な‥‥この話の流れで、拙者が出てくるのは不自然でござる!!」
 そこはすかさず、田吾作はツッコミを入れる。
「ぇーと、冗談です」
 その後も、慌しく悶着を繰り返しながら田吾作は思った。いっそ自分もカオスの身に生まれれば、この様に思い悩む事も無かったかもしれない、と。