あの絶望の館へ行こう

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月08日〜05月13日

リプレイ公開日:2007年05月20日

●オープニング

「どうかお願いします! フリージアを、フリージアを助けてください!!」
 まるで拝むようにしてそう言う紅顔を、傷だらけの顔が見下ろした。
「物分りの悪い旦那だな」


 何かめぼしい依頼は無いものか。
 そんな、何の気なしにギルドに駆け寄った冒険者の目に、一人の男が映った。
 まるで出来損ないの迷路の様な、傷だらけの顔。目が合うやその面(おもて)に薄ら笑いを浮かべられたので、冒険者は本能的に目を逸らした。この類の人間はえてして、厄介事を呼ぶからだ。
「やぁ親愛なる冒険者諸君! 一緒にカオスの蛆虫どもを駆除しに行かないか?」
 大袈裟に両手を広げながら男は近寄ってくる。声を掛けられたからには理由も無く無下には出来ず、冒険者は男の話を聞くことにした。
 アーキン・レゥグと名乗るその男からされた話は依頼の話題。
 森の中に建つ某貴族の別荘が恐獣に騎乗したカオスニアンの集団に乗っ取らた。そのカオスニアン一味の退治を先刻アーキンが依頼として申請したところで、今その参加者を募っているとの事。
 別荘とは言え貴族の邸宅、場末の酒場よりかは広く、二階建てとなっており、近くに馬小屋もある。今頃、押し寄せた10人前後のカオスニアンは悠々と過ごせているだろう。
「ここに滞在していた男爵サマは、護衛に助けられ、なんとか命は失わずに帰ってこられたみたいなんだけどよ――」
 アーキンの言葉は、突然の来訪者によって止められた。
「お願いします! どうか、どうか!!」
「懲りないもんだな、旦那」
 懇願する青年の身なりをみるに、裕福層の人間である事は明らか。件の別荘の持ち主だろうか。
「勘付いているかもしれないけどよ、この旦那が、別荘の主だ。とんでもない間抜けさ、一緒にいた愛しの人を置き去りにしてきて、今更それを救う事をせがんでいるんだからな」
「あの時は、護衛に無理やり連れられて‥‥!」
「雑魚を雇った旦那の自業自得だろうに」
「5人‥‥多い数とは言えませんが、腕利きを傍においていました!」
 腕の立つ剣士を持ってしても、1人しか守りきれなかった‥‥その男爵の言葉を信じるならば、このカオスニアン達は甘く見ない方が良いだろう。
「フリージアとは、生涯の愛を誓い合ったのです。お金なら、いくらでも‥‥!」
「と言われても、困るんだがなぁ」
「難しい事とは思いますが、お願いします! どうか、どうか!!」
「‥‥馬鹿じゃねーか!? てめぇ!」
 繰り返されていた押し問答は、アーキンの革靴が男爵の口を塞ぐことで、終止となった。無防備の顔に見舞われた蹴りは、容易に男爵の前歯を持っていった。
「てめぇの情事は知らねぇんだよ! も一遍、女と会いたかったらカオスの穴の底でも見てきてみろよ」
 痛みか悲しみか‥‥流露した涙で頬を濡らしながらも、男爵は懇願し続けていた。
「‥‥どうかフリージアを‥‥助けてください」



「ナイル、いつまでここにいるつもりだ?」
「もうお前らは満喫したか? 長く滞在していたら増援が来るだろうから厄介だ。ここの備蓄食料を今のうちに荷物に纏めて置け。あと3日程で、発つぞ」

●今回の参加者

 ea0073 無天 焔威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea2019 山野 田吾作(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea5243 バルディッシュ・ドゴール(37歳・♂・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0746 アルフォンス・ニカイドウ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb8489 エリス・リデル(28歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

 森を歩き一行がまず出会ったのは一体の汚れた遺体だった。もし想う人を持つ身であれば、憤慨を禁じ得ない‥‥そんな凄惨な姿となったフリージアだった。時間が経っている、これでは、協会で蘇生など叶うまい。
「うん、これでもう人質については考える必要は無いね」
 ルメリア・アドミナル(ea8594)は、その声の主、無天焔威(ea0073)を見る。焔威は揶揄ではなく、本当にそう思って、そう呟いたから。
「何、ルメリア? ソレは俺達の目的じゃあないんだ。どうしようもなく、ただ結果として死んでいたから、仕方が無い」
「ええ。ですが‥‥ただ、出来る事ならフリージアさんを助けてあげたい、そう思っていただけです」
「人情とか、凡そ人らしい情緒はギルドの敷居の上に置いてきたよ。拾うのは、帰ってからでいい」
 焔威は言うと、再び周囲の警戒に目を凝らした。もしかしたらカオスニアンは、この遺体すら注視を促す罠として使うかもしれない。
「よお術士、周りに敵はいないかい?」
「‥‥今の所、目立った反応はありません」
 ブレスセンサーを発動させているルメリアに対し、それを聞くアーキンは惨たらしい結果を見た後でも別段変わらない声であった。
 無残に野晒しにされたフリージアの死体。ランディ・マクファーレン(ea1702)は優しい手つきで、その毛髪に触れる。
「何をしてやがるランディ。死体の方が興味あるのか?」
「‥‥異常者はお前一人で足りている」
 アーキンの方を向きもせずにランディは答えると、彼はその栗色の長髪の一部を切り取った。
「この地でも、遺髪の持ち帰りは別段禁忌視されてはいないと言う話を、ギルド員から聞いておいた。それで、問題ないだろう」
 風烈(ea1587)からそう聞くと、無言で頷くランディ。
「男爵は決して手放してはならぬものを手放してしまった。己を責めようとカオスニアンを憎もうと、元には戻らぬ。せめて記憶の中では美しいままに、としておきたい所である」
 悼む声はアルフォンス・ニカイドウ(eb0746)から。汚れた遺体より、まだこの毛髪の方が、男爵にとっては受け取りやすい現実であろう。
「お優しい事だな」
 ランディ達の意図を汲むと、アーキンは鼻を鳴らしてそう言った。
「そう言いつつも、実際は敵討ちに向かうアーキンさん。そんな素直じゃない貴方に、このダークエリスが『ツンデレファイター』の称号と投げキッスを授けましょう」
「そんなのいらねぇ! コラ、寄ってくるんじゃねぇよ天界人!」
 エリス・リデル(eb8489)と何やら悶着を起こしているアーキンであったが、もう無駄話も控える頃合となってきた。
「アーキン殿、昨今カオスニアンの輩にも知恵を絞る輩も見受けられる。努々油断なさらぬ様」
「もとより連中には油断も容赦も微塵も無いから安心しておけ」
 敵に憶えのある山野 田吾作(ea2019)は、そう彼に告げたが、本人は相変わらずの薄笑いを浮かべたまま。田吾作の不安は、絶えない。


 冒険者達は出発前に、今回の依頼に適さないペットは、その積荷から必要分おろして、同伴をさせていない。
 時にランディは事前に依頼主から、別荘は二階建てである事を聞くと、即座にペガサスの同伴を諦めた。
 只でさえ敵に高い視点を確保されている状況で更に、今は緑芽吹く晩春。白雪が如く翼を持つペガサスを連れれば、彼の手に握る隠身の勾玉の意味は無となるだろう。
 進むにつれ、速度を落としていく一行。仕掛けられた罠の数が増してきているのだから、必然的にそうなる。張られたロープなどの罠は殺傷を目的とした物というよりは、侵入者を知る為の物である様だ。
(「馬鹿だね。つまり、『この道であっている』と言ってるのと同じだよ」)
 罠を避けながら思う焔威。とりあえず道はこれで間違っていない様だ。
 証拠に、木造のそれが見えてきた。横には馬小屋も確認できる。但し、
(「これは小屋っていうレベルではないですね」)
 どちらかというと、馬舎に近いか。別荘自体は聞いての通りの大きさの二階建てでエリスはペンションを思い出していた。
 しかし、普通ペンションには入り口にあんな家具で固めたバリケードは存在しないし、浅黒い大男が立っている事などは、まず普通無い。
「近づけても、この辺が限界だと思う。さぁどうする?」
 焔威の言う様に、身を潜めて進められるのはここまでだろう。別荘の周辺は当然の如く、草木が刈られて拓けていた。園丁を雇い定期管理していたか。
 まさか鬱蒼とした緑の中にポツンと貴族の別荘があろうはずも無い事くらいは予想できていた。探知魔法の有効範囲まで近づけなかったのは残念ではあるが、それはそれだ。ランディは今のうちに、必要なオーラ魔法を唱えておく。
「どうするって、行くしなかないだろ」
「そんな事聞いてないって。ホラ、合図とかそういうの」
「ああなるほど。じゃあ、今から俺が発する声が合図な」
 小声で焔威とのやり取りを終えると、アーキンは大袈裟に息を吸い込んだ。
 焔威に、嫌な予感が走る。
「ぶっ殺しにきてやったぞクソッタレどもがぁぁぁぁーーー!」
 視力の優れた者は、門番がビクリと反応したのが見えた。
「馬鹿! 騒ぎ立ててどうするんだよ!」
「突入の時は、大声で相手を混乱させるんだよ! いいから付いて来きやがれ、焔威!!」
(「どうであれ、敵に見つからずに接近するのは難しい。あとは、最短距離を全速力で走る事に、変わりは無い」)
 言い争いながら駆ける焔威とアーキン。烈は別にどちらでもいいといった顔で走っていた。
 当然、ただその接近を許すお人よしなどカオスニアンにはいない。
 風を切る矢。矢は、二階の窓からも射られていた。
 戦闘を走る烈はそれを難なく避けてひた走る。
 無論、やられっぱなしで文句を言わないお人よしな冒険者も、ここにはいない。
 ルメリアのライトニングサンダーボルトが詠唱なしに飛んでゆけば、男の汚い呻き声が聞こえ、矢の勢いも弱まった。
「お前も黙っとけ」
 走りながら拾った石を、二階に向けて乱暴に投げつけるアーキン。ルメリアの輝く雷光と比べたら、幾分見た目で劣るがこの際気にしない。
「門番は御前一人か。見積もりを間違えたな」
「ま、待て!」
「誰が待つか」
 肉薄した烈の拳は、次の瞬間にはカオスニアンの顔に埋まっていた。先制を取った勢いに、一気に烈が畳み掛ける。両手の爪が敵を切り裂いている時、アーキンがバリケードに唾を吐いていた。これは、邪魔だ。
「クソッタレが!」
「どいていろ」
 バルディッシュ・ドゴール(ea5243)がそこで前に出てきて、バーストアタックで元・家具を破壊してゆく。その巨漢に恥じない豪腕で。そこに田吾作も加わって排除すると、大きな扉から、アーキンと烈が一気に館へ踏み込んだ。
 すると、左右から刃。
 不意打ちの切っ先に皮一枚切られながらも、烈とアーキンは避けて一撃を繰り出す。しかし腰の入らない攻撃は相手に難なく避けられる。
「不意打ちを想定していなかったわけじゃないだろう、アーキン!?」
「うるせぇよ」
 焔威が加勢に入ると、苦虫を噛み潰した様な顔でアーキンは呟いて構え直した。
 すると次の瞬間、窓という窓に木板が張られる。
 白昼から急に訪れる暗闇は、薄いものでさえも急な変化であれば視力を低下させる。
 そして飛び掛るカオスニアン達。
「やはり浅知恵也。その程度で出し抜いたつもりか!」
 田吾作のランタンが煌々と一室を照らしている。相手の太刀筋を捌くと、田吾作は、空いた相手の胴に刺突を加えた。
「『想定される事』は想定していなかったかな」
 焔威の小剣、右手左手に握られたそれらが敵を切り裂いていく。敵の数は多い様ではあるが、回避にも心得のある彼は問題ない。
 しかし焔威の顔は晴れない。奥の裏口から、外へ出ようとしている数人が見えたから。
 その様子が田吾作にも見え、敵の目論見が彼にも大体見当が付いてきた。
「お前らもドービルの様に捨てられたいか?」
「ドービルを殺した貴様らが言えた事か!!」
 田吾作が覚えているカオスニアンの首領は、狡猾。田吾作は彼らに哀れみに似たものすら感じながらも、刃を振るった。

 馬小屋には馬はいなかった。恐らく住民達は引越しさせられたのだ。
 恐獣の腹の中に。
「またお前か!」
「こちらも同じ台詞を言いたい位である。此処で会うたが百年目よ! ナイル」
「じゃあ百周年記念に見逃してくれ」
 相手が何やら戯言を放るがそれは無論無視し、アルフォンスは相手に切り込む。
 馬小屋ヘ向かえば、そこにいたのは馬ではなく、馬の骨と恐獣と、それの主であった。恐獣には荷が積まれている。
 そして館の裏口から出てきたカオスニアンが恐獣に向かってくる姿を見た時、ランディは相手の思惑を理解した。
「バイブレーションセンサーに反応があります。まだまだ、館から出てくる様ですね」
 エリスの言葉により、いよいよ彼は確信を得る。
「なるほど。館での戦闘自体が囮か」
 そして、荷の積んだ恐獣で逃げる心積もりであろう。
「や、やめろ貴様ぁ!」
 そうなると尚更、ランディが恐獣を潰す事に意義が出て来る。一刀振るうと、恐獣はつんざく悲鳴を上げながらランディに反撃をしてくる。が、今更騎乗用の恐獣に遅れをとるランディでもない。オーラシールドで相手の牙を難なく止めると、引いた腕を一気に突き出して爬虫の眼を刺し貫いた。
「貴様、よくも俺の大事な――」
「何を言っているんだ? 人の唯一の存在を殺っておきながら、何を言っているんだ? 応報をこれから受けるであろうあんたが、今更何を言っているんだ?」
 普段よりもランディの口上に熱が篭るのは、オーラエリベイションの効果‥‥だけではないかもしれない。
 恐獣を失ったそのカオスニアンは長剣を取り出して、顔を憤怒に染めてランディに向かっていった。
「熱くなっているじゃないぞ。余っている恐獣ならどれでもいいだろ、早く逃げろ。誰が苦労してこいつを押さえていると思っている」
 荷を積んだ恐獣が逃走に使われていく現状、早くその対処に当たりたいアルフォンスであったが、ナイルがそれを許さない。振り切れるかとも一瞬考えたが、恐獣に乗るナイルに機動性で勝つ事はまず不可能であろうから即座にアルフォンスはその案を没にした。
 苦戦するアルフォンスを助けるルメリアのライトニングサンダーボルト。威力は先程、門番を文字通り唸らせたもので、それはナイルとて例外ではない。
 連携して繰り出されたアルフォンスの槍先。身を捻って回避を試みるナイルであるが、叶わず肩から出血する羽目になる。
 更に、騎乗して逃亡を試みた者がルメリアのサンダーボルトに引っかかり、周囲に、不快な肉の焦げた臭いを広げた。
「ナイル、あの魔法――」
「そう、やばいな強力だな。だからこそ、全力で逃げろ!! あんな魔法、どうにかなる」
 混乱寸前のどよめくカオスニアン達に、ナイルはそう言い切った。
 どうにかする手段はナイルに無いのだが、言うだけタダである。しかし、MP残量を考えるとルメリアはそう乱発ができない現状ある。
 その様子から察したか、更にナイルは大見得を切る。
「あの女はもう雷を飛ばせない。一応、警戒したいやつは大回りして行け。踏んだら動く魔法もあるみたいだ」
「でも、あの白髪の女も魔法使って――」
「あいつは詠唱に時間使っているだろ。その隙に潰せ!」
「女の子相手に、そういう乱暴はやめて下さい」
 グラビティーキャノンで援護していたエリスであったが、そう言われては退かざるを得ない。実際、詠唱の無防備を付かれたらどうしようもない。
 そして、荷を積んだ恐獣が次々と戦線を離脱していく。
「逃がすつもりは無い! 拙者の目標は奴らの逃走手段を潰す事と、此度の『収穫』を無に帰する事」
「少し焦げたくらいじゃ、まだお前には負けないさ」
 アルフォンスの行く先を塞ぐ様にして、ナイルは錆びたハルバードを広げた。
 だが、そこでアルフォンスが放ったのは、槍ではなくオーラ。
 高速詠唱のオーラショットが積荷に当たると、中身を炸裂させて荷造りを無意味にする。そこにルメリアのストームが放たれれば、たちまち盗品の数々は散っていった。
「き、貴様!」
 これを見たナイルは顔面蒼白。そう、彼らは補給地点という目的でここにいたのだ。これでは台無しである。
「貴様、許さん!」
 武器を振り回しながら怒りを露にするナイルに、アルフォンスは身構えた。
 しかし、ナイルが向かったのは、ランディが相手しているカオスニアンの方。
「ナイル、お前‥‥!」
「尻擦るかもしれないが、あの凄腕の剣士を相手するより、痛い目見ないで済むだろ」
 仲間をハルバードに引っ掛けて引き摺りながら、ナイルは逃走して行った。
「どうやらあのカオスニアンはウソツキの様ですね。ちなみに、舘の方も済んだ様です」
「まぁ、積荷をある程度破壊出来たので‥‥良しとしたいところであるが」
 しかしあの凶賊がまだこの地を徘徊するのか、そう思うとアルフォンスは溜息をつかずに入られなかった。

 一人ではあるが、敵の生け捕りに成功していた。報奨金がかかっていない故に三下であろうが、絞れる情報がない訳ではないだろう。
「なんだったら、手伝おうか?」
「いや、これからは報告書に書けない様な方法もとるからな、ここからは、俺の仕事でいい」
 焔威の申し出を丁重に断ると、「なァ?」と言いながら捕縛したカオスニアンの顔を殴るアーキン。確かに、この先は依頼書として纏めるべきではなさそうだ。
「正直、アーキン殿の振る舞いからは良き印象は持てぬな」
「男に好かれる趣味無いから、それで構わないぜ」
 あくまでも不真面目に答えるアーキンであるが、田吾作は更に言葉を重ねた。
「マルグリットと、何があったのでござろうか?」
 その名を聞いた瞬間、一度アーキンの表情が固まったが再び薄ら笑いを浮かべながら彼は喋り出す。
「そんな下らない事は千の傷と死体を越えてから自分自身に聞いてみろ、山野田吾作」


「こんな姿になってしまったのか。ごめん、ごめんよフリージア」
「誰のせいでもありません。仕方が無かったのです」
「ごめん、ごめんよフリージア‥‥」
 報告と愛し氏の人の遺髪を受け取った男爵は、まるで亡者のような顔色となっていた。話す言葉はまるでうわ言。エリスの声が、届いていない。
 依頼の報告に嘘はつけない。そんな事は言うまでも無い事だ。
「一人じゃあ寂しいだろう? フリージア」
 だが、目の前の男。これのなんと生気の無い事か。これならウィルで見た貧民達の方が、まだ立派で生き生きとした『人間』に見える。
 だからそこ、ランディは優しい嘘をつく。
「‥‥自分の分まで生きろ」
「え?」
「‥‥だとさ。何ともありがちだが、ね」
 命は冒険者が雁首揃えても救えない事もある。それが、たった9文字の言葉で救えるのならば。