肉食獣だらけ! の森

■ショートシナリオ


担当:はんた。

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月26日〜07月01日

リプレイ公開日:2009年07月06日

●オープニング

「何か、怪物を倒す様な依頼は無いかね。無いならいいのだが」
 ギルドの扉を開いた男は中年痩身。神経質そうな顔つきに違わず声もどこか張りの無いものだった。
「ええっと、ですね‥‥少々お待ち下さい」
「無ければ、別にいいんだ。無ければそれは仕方が無いんだから」
 此処、冒険者ギルドとは依頼を受ける為に訪れる場所。しかしながら男の、さも依頼を避けるかの様子は些か解せぬ。
 受付嬢は、申請済みの依頼を探しながら、王都近郊貴族の顔を脳内検索した。
 そこに引っかかった名前は、オーエン・ユゥス。
 腕っ節と算盤弾き‥‥貴族の成り方を、こう大きく二つに分けるとするとオーエン氏はその体躯通り、後者に当たる。
 そんな彼が何故冒険者ギルドに。しかも、魔物の討伐依頼を探しに来ている。受付嬢は貴族の事情に精通しているわけではない‥‥が、判断材料があれば予想位は誰でも立てられる。
「それにしても、流石は誉れ高きユゥス家の当主様と言った所でしょうか」
「‥‥?」
 突拍子の無い賛辞に、男は眉を潜める。
「商いのみではなく、武勲においても御名を馳せらせるおつもりなのでしょう。文武両道の心得、鑑と致します」
「ふん、周りの囃し立てがなければ此の様な泥臭い真似を、誰が‥‥」
 以降、ぶつぶつと愚痴を続けるオーエンだが、聞かなくても事の事情は理解に足る。要するに、自らの意思で勇敢に戦場へ馳せ参じたいわけではない様だ。
 暫く台帳を捲って見た受付嬢であったが、残念ながらすぐに参加できる討伐依頼は、現時点では枠が見当たらなかった。
「で。どうなんだ、依頼。参加できてしまうのか、そうでないのか?」
「‥‥残念ながら、無さそうですね」
「そ、そうかそうか。それなら仕方が無い。惜しくもその機会が無くでは、我が手腕振う事叶わ――」
「やぁ、ご機嫌は如何かな?」
 ギルドの新たな来訪者は、無精髭を生やした‥‥これまた中年男性。
「ご用件は?」
「決まっているさ、依頼だよ依頼。今回は恐獣の討伐依頼」
 口笛を吹きながら依頼書を書く無精髭とは対照的に、痩身の方の顔は引きつったソレであった。
 受付嬢は、無言のままオーエンに訴えかける。へい、討伐依頼一丁お待ち!
「‥‥そ、そういえば今は矢が尽きてしまっていたな! 残念ながら矢が無くては私の弓の腕前が発揮できない」
「こちらの後援は羽振り良くてね。消耗品はこちらで賄うので心配無用」
「わ、私の本領は部隊指揮で‥‥。仕える者がいなくては――」
「元より複数人の冒険者を雇うつもりさ。ところでキミは‥‥冒険者かい?」
「下々と同じく考えるな! 私はオーエン・ユゥス。文事武事に賛を受ける誉れ高き騎士だ!」
「それはそれは‥‥期待が持てる。この前、アバラーブ家当主のロイ卿に小隊を預けた所、恐獣の巣を一つ掃討してきた。冒険者や傭兵だけが戦力ではない、と最近思う様になってきた所だよ」
 髭の男の口ぶりは、まるで高官か何かの台詞に聞こえた。事実、髭男は王宮フロートシップの船長であるが、この時のオーエンにそれを知る術は無い。
「今回の依頼の地域では、大型恐獣の目撃例は無い。下々にとっては朗報であっても、オーエン卿にとっては残念なお知らせかな。ま、宜しく頼むよ」


 さて、ここからが依頼内容の話。やる事チャッチャとやって、ギャラ貰って帰る場合は、上記はさくっと無視してもらって構わない。
「ま、待ってくれ! 体調が優れなく――!」
 今回の依頼は恐獣の討伐依頼。森林地帯を一直線に突っ切り、通路を確保しながら、近辺に生息している恐獣を倒して進む必要がある。大型が生息している報告は無いが、警戒するに越した事はないだろう。
「き、恐獣の群れだと!? せ、せめてオーク位が相手なら――」
 依頼主は王宮に縁ある人物であり、とあるカオスニアンの一団を追跡しているらしく、その進軍ルートの確保がこの依頼の裏にあるらしい。が、依頼の成否だけを考えれば背景の詮索は特に必要ではない。
「待ってくれ、心の準備が――」
 尚、矢やスリングの弾、ダーツ等の消耗品については、依頼主からの支給を受ける事が出来る。
「こ、今度の機会でも別に――」
「ええい! まどろっこしいのよ! いい加減に腹をくくりなさい!」
 懸念要素を挙げるとすれば、一人、全く戦力にならない指揮官志望者が居る事だが‥‥ここは冒険者各位の協同連携によってカバーして頂きたい。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec6677 クレセア・ミリオン(24歳・♀・ウィザード・人間・メイの国)

●リプレイ本文

 ここはユゥス家門前。初夏の暑さにも負けず、職務を全うしている門番が二人。
 ‥‥とは言うものの、最近邸宅近辺は別段物騒な雰囲気もなく、せいぜい恵みを求める貧民を追い払うか、お喋り位しか、する事が無いわけだが。
「そういえばお前知ってるか? ここ数日、オーエン様が外出している理由。なんでも恐獣の討伐依頼に参加しているらしい」
「本当かよ、無理だろ。あんな辞書を片手で持てるかどうかも怪しい細腕で恐獣を相手に出来るとでも思ってんのか?」
「原因は‥‥ウソ丸出しの武勇伝を広めているうちに、取り巻きが反応して囃したてだして、退くに退けなくなったって話さ」
「自業自得だな。ん‥‥なんかあのボロい服まとった貧民、こっちに近づいている様に見えないか?」
「お、ホントだ。よし、一仕事してくるか」



 時は若干遡り、そこはとある鬱蒼とした森の中――

「道はね‥‥えっと、こっちこっち」
「流石は森人の眷属、と言った所か。ここまで淀み無く進行できるとはな」
 緑を掻き分ける一行は、レフェツィア・セヴェナ(ea0356)にその舵を任せ進んでいた。風烈(ea1587)の言う様に、元よりエルフは森の知識に富む者だが、レフェツィアは、先天性のそれ以上に高い能力を持っていた。
 未開地での遭難は、どうやら危惧する必要は無いらしい。むしろ一行の危惧は別にある。
「ち、近くに怪しい物影とかは無いか?」
「今のところは、な」
 烈の後ろでせわしなく周囲に目を向けている挙動不審の男、オーエン・ユゥス。力もねぇ、魔法もねぇ、指揮もそれほど上手くねぇ、と三拍子そろった素敵なこの貴族様は懸念要素以外の何者でもなかった。
(「まだ、一匹も出ていないが‥‥ど、どうなんだ? このまま遭わないで済めば‥‥」)
 それでは討伐依頼にならないわけだが。恐獣と対峙する前から、既にオーエンの顔色は青ざめている。
「どうかしましたか? 体調が優れない様ですが」
「何でも、何でもないっ!」
 音無響(eb4482)の気遣いも、今のオーエンにとっては嫌味にすら聞こえる。
 そう、オーエンは悲しいほど非力。恐獣など言うまでもなく、下手をしたら鹿一匹すら自力では狩れない。本人はそれがバレ無い様に祈って止まない所だが、残念ながら同行する冒険者達は歴戦のつわもの揃い。武道の達人が道着の着方を見るだけで相手の力量を見て取れる様に、オーエンがズブのド素人である事などは、皆々様が先刻承知である。
「烈、と言ったか‥‥も、もっと前でよく周囲を見るんだ。前で! 敵は、いつどこから現れるか、分からないんだからな」
「警戒は勿論だが、いいのか? この規模で動いている時は互いの地点を集中させていた方が、敵襲に対応し易いと思うのだが」
「お前達は指揮をちゃんと聞いていればいい!」
(「‥‥困った貴族様だ。引っ込みがつかなかったんだろうが、引き際を見誤ったな」)
 自分を前に出したがるのは差し詰め、出現した恐獣を任せてオーエン氏自身は後方にて傍観で済ませたいのだろう‥‥烈は心の中で嘆息をつく。
「そうか。それではその様にしよう。ただし、敵はお行儀の宜しい輩とは思えん。後方からの奇襲には、オーエン氏も気を張る様にして頂きたい」
 ふんっ、と鼻で笑い、歩きながら烈の背を見るオーエン。
(「やれやれ、これなら敵が現れても奴に任せればいい。これで一安心」)
 戦わずに済む準備さえ整えば、あとは多少騒がしい森の散歩を過ごすだけ。それで自身の面子を保てれば安いものだ。考え方によっては悪くない依頼だ、豊かな緑に目を向けながらオーエンはそんな事を考えた。
 茂みから、白い鋸の刃が見えた。
 丁度自分の頭ほどの位置、眼前。何故、こんな所に鋸の刃が?
 何を間の抜けた事を考えているのか。
 刃ではなく、歯。その持ち主こそこの依頼の相手、恐獣。ぞろりと並ぶ白いそれは涎で上下に糸を引いていた。間違いなく、顎(あぎと)は自分の顔を目掛けている。茂みから襲撃されての一瞬で、何故こうも自分が考えられるのか? 今際に人は感性が研ぎ澄まされ物事がゆっくり見える事があると聞いた事がある。今がまさしくそれであり、これから自分は恐獣の胃に収められてしまうのだろう‥‥
 刃が、歯を切り裂く。
 オーエンよりも早く、烈が敵襲に気付き一瞬で距離を詰めたかと思えば、次の瞬間には恐獣よりも速く切りかかったのだ。
 閃光、斬撃。
 怯み、仰け反る間も与えず烈は恐獣に二撃目を放っている。振り抜いた鉤爪が宙に幾筋かの血線を飛ばす。
 更に寸毫の間隙も許さず恐獣の脳天に烈の膝が叩き込まれる。衝撃そのままに横に転がり逃げようとする恐獣であったが、その位置には既に響がいる。研ぎ澄まされた一突きは芯の臓を確実に貫き、恐獣は間もなくして動かなくなった。
「プリン、もういいの。相手は倒れているわ」
 更にフロストウルフが飛びかかろうとしたが、飼い主のレフェツィアがそれを止める。横たわる小型の――といっても人間より一回りも二回りも大きい――恐獣は、既に絶命していると判断しているからだ。
「すいません、一瞬だけ判断が遅れてしまいました」
「気にするな。小型相手に、最後の蹴りで止められなかった俺にも責はある」
 苦笑しながら言う響に、烈はそう応じる。
「恐獣って、一匹見かけたらナントヤラ‥‥って聞いた事があるの」
「なんとなく、黒いアレを髣髴とさせるキャッチフレーズですね」
「アレ‥‥って? デビル?」
「いえいえ。まぁある意味デビルではありますが、天界の諺でして‥‥」
「とにかく、これからは尚更気を引き締めないとねっ」
 などと世話事を話すレフェツィアと響をヨソに、放心状態のオーエン。
「‥‥何、呆けている。まだ戦場を抜けた訳ではないぞ」
 烈の言葉は、彼の耳を右から左に素通りしている様子。しかしそんな状態こそ、恐獣にとっては格好の餌に見えるだろう。
 茂みを割る、音と影。
 緑を割って出てきたのは、4体の恐獣。皮膚の模様、体つきから先程の恐獣と同種と考えて間違い無い。
 地を打つ、瞬発。
 敵が茂みから現れ咆えたその時、烈は既に体を半身捻っていた。そして放たれる回し蹴りは、自身の背後から姿を現した恐獣に刺さる。そして次に恐獣が烈の姿を知覚した時は、もはや鉤爪は生物の命を刈り取る剛爪へと変貌していた。
「お願い、プリン!」
 恐獣の牙よりも鋭敏なそれが爬虫類の鱗を噛み貫く。喉に食らい付いたそれを振り払うべく、奇声を上げながら頭を振う恐獣。フロストウルフは恐獣の喉元を引き千切り、離れざまに爪で一閃。
「ウチも負けていられないな、ハル!」
 響の命に呼応した白狼は、大きく肺を膨らませ、大きく息を吐く。吐き出されたそれは冷気を纏い、恐獣達を襲う。そこへ畳み掛けるべく、響が切り込む。
 が、恐獣もただやられる為に現れたわけではない。
 繰り出される恐獣の爪。切っ先で弾いてそれを防ぐ響だが、思った様に攻め込めない。
「くっ! オーエンさん、弓の援護を!」
 自身の名前が耳に入り、オーエンはやっと意識を現実に戻す。名手と嘯いて担いできた長弓の存在を、今になって思い出した。
 しかし、弦を引く前に腰が引けてしまっている。到底、射られる状態には見えない。
 烈も響も、卓越した腕前の持ち主だが、人間である以上は腕の本数までは増やせない‥‥つまり、対応数のキャパシティは有限である。
 舌打ちした烈の横を駆ける恐獣、その顎が向かう先はオーエン・ユゥス。弓を滅茶苦茶に振り回しているが、勿論そんなものに退いては流石に『恐』獣の名が廃れる。
 枝肉は恐獣の飢えを満たし、鮮血はその喉を潤‥‥す事は叶わなかった。
「大丈夫、僕がとめてみせるから」
 幽かな白光とともレフェツィアより放たれた神聖魔法、コアギュレイト。不可視の力は恐獣達全員を縛り上げ、その動きを封じる。
 そして恐獣の息が止まるまでに、そう時間はかからなかった。

「何なんだ‥‥何が起こっているんだ」
 恐獣との戦いに一段落が付いた頃合だというのに、オーエンはまだ錯乱気味であった。
「オーエンさん‥‥」
 ポン、と優しく肩を叩きながら、響。
「誰にでも失敗はあります。次、頑張りましょう!」
 親指をグっと立てながら悪意・屈託一切無し、音無響の爽やか☆スマイル。
「ち、ち、違ぁぁぁぁあぁぁ〜〜う!!」
「な! ど、どうしたんです?」
 いきなり怒鳴られ、驚く響にオーエンは更に喚き散らす。
「私が戸惑いを覚えているのは、自身の腕前が原因ではなーい!」
「え‥‥じゃあ、一体なんで‥‥」
「大体、なんだその吹雪を吐く化け物は!?」
 オーエンの指差す先は、二匹のフロストウルフ。響が仕付けたのかハル大人しくお座り状態であり、プリンに至ってはレフェツィアにもふもふされているところだった。
「ほんとに真っ白い犬で、珍しいでしょ。元々は普通の犬だったんたけど、変な物食べたら、こうなって」
「食べ物変えただけで、吹雪を吐くモンスターに化けるか!」
「やだなぁ、ただの犬ですよ」
 まるで、ボケとツッコミの様相を呈している。この漫才にどうやって口を挟もうか‥‥悩んでいたレフェツィアであったが、意を決して口を開いた。プリンをもふもふしながら。
「プリンは大人しい子だよ、それに、よく見るとつぶらな瞳が可愛いんだ」
「普通の! 一般市民が見て可愛いと思うか!」
「え!? ご、ごめんなさい、事前の話だとオーエンさんは熟練の弓士って聞いていたから、こういう事にも動じないのかなって‥‥」
「ぐっ!」
 随分と古典的なペット・クレームを言い出したオーエン。確かに市街での依頼ならその文句は正論になっていただろうが、残念ながらここは未開の森。
 ここで、響がポンと肩を(以下略
「まだまだ序盤です、頑張っていきましょう!」
(「こ、こんなのに付き合っていったら命が幾らあっても足りない‥‥な、何か! 何か言い逃れを考えなくては‥‥!」)
 考え抜いた結果、オーエンはある事に気が付いた。なんと、自らの左手の甲から、僅かに血が出ているではないか!
「痛、痛たた‥‥」
 非常に不自然なタイミングで痛みを訴え出したオーエン。烈なんかはいい加減、かなり辟易とした目で見下ろしているが、天然ボケ気質のレフェツィアは、これを真面目に見て取る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「さ、さっきの恐獣との戦いで、利き手をやられた! この痛み方は‥‥傷は思った以上に深いぞ、苦しくて姿勢を変える事も出来ない! 少しも動く事が出来ない!」
 腰が抜けて転んだ際に出来た手の擦り傷は、どうやらオーエンの中では重傷判定らしい。
 屈みこみながら、オーエンは思う。よし、これでもう少しこの場で休めるぞ。痛みが治まっても利き手がダメになっているという事で‥‥
「大変! じゃあ、今すぐ治さなきゃ!」
 治す?
 レフェツィアの声が意図するものが何なのか? ネイティブなメイディア人であるオーエンは知らないのだ。
 この世には、人の傷を癒すという、奇跡が存在する事を。
「重傷の傷も、これで大丈夫のはずだけど‥‥痛くない?」
 擦り傷は、キレイさっぱり癒えている。
「‥‥お、お前ら人間じゃねぇ!!」
「ええ〜〜!?!?」
 治して、それを罵倒で返されるのは流石にレフェツィアも初めての体験であった。
 さて、体調万全。つまりオーエン・ユゥスに逃げ場なし。もはや此処まできたら、戦い抜くしかない! と、素直に思えれば、オーエンもここまで情けない人間ではないのだが。
(「逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ‥‥」)
「あの‥‥私は指揮官に向かないから何とも言えないんだけど、さ‥‥」
 おずおずと、躊躇いがちな様子でレフェツィアが口を開く。
「痛い思いをするのは怖いって思うのは仕方ない事だと思う‥‥でも、オーエンさんが指揮官志望だからって全く戦わないってわけじゃないと思うんだよね。むしろ戦いを理解して強くなくちゃ下がついてきてくれないんじゃないかな」
 傷はとっくに癒えているが、痛い所を付かれ、押し黙って俯くオーエン。
「でもねっ。そんな時‥‥自分が、傷つく事を躊躇ったせいで誰かがもっと傷つくかも、それは防がなきゃ! ‥‥って、そう思えば戦えると思うんだ」
 華奢な女子にここまで言われ、傷つく自尊心さえ失っていたとすれば、そもそも彼は貴族などを続けていられなかっただろう。
「‥‥わかった、やるよ。やればいいのだろう!?」
「その意気ですよ、もうここまで来たら腹くくりましょう!」
 怒鳴る様にして言うオーエンに、響は背を叩きながら激励する。

 その時だった。地を揺らす足音を、全員が感じ取ったのは。

「‥‥ちょっと、待ってくれ。まさか依頼主は、我々の援護にモナルコスを派遣してくれたのか?」
「まさか」
 オーエンの呟きに、烈は言葉短く応える。
 そう、この足音はストーンゴーレムなんぞではない。もっと強大で、もっと凶悪な者だ。
「聞いて‥‥いないぞ! こんな巨大な恐獣なんて‥‥!」
「ならば尚更だ。巨大な恐獣が相手なら、全力を出して戦わざるを得ない」
 一方、烈と言えば尻込みの気配は全く無い。烈だけではない、レフェツィアも響も、覚悟は元から決めている。
 烈は貶める意図でもなく、鼓舞する訳でもなく‥‥
「決意の前に、敵の大小などは瑣末な問題ではないだろうか」
 ただ心情を思うがままに吐露した。
「選べ、自らを偽るか、貫くか」



 そして、現在――

「た、助けて‥‥」
「ここは由緒正しきユゥス家の門前だぞ。お前ら貧民は今すぐに立ち去れい!」
 這い蹲りながら門に近づく貧民らしい男に、門番は厳しい口調で言う。
 しかし、もう一人の門番は眉を潜めながら呟いた。
「あれ。コイツどこかで見覚えのある顔だな」
「む、確かにどこかで‥‥ハ、もしやオーエン様!?」
 ボロボロの服を身に纏うその男こそ、依頼から無事生還したオーエン・ユゥスその人である。

 端的に行ってしまえば、あの後、冒険者達はアロサウルスを倒して更に森を進んだ。森に巣くう多くの恐獣を討ち倒し全てを根絶やしにした‥‥とまではいかなかったが依頼主が満足するだけの成果を残す。
 主力の烈に、遊撃の響、回復のレフェツィア、少数ではあるものの最低限役者が揃っていた為、疲弊しつつも何とか森を抜ける事が出来たのだ。
 三人の冒険者は、その働き相応に疲れを見せていた様だが、オーエンはもはや疲労とかそういった次元の話ではなく『とりあえず生きている』という状態だった。
 とは言え、生きて帰って来れただけでも功績であり、僥倖。男は度胸、なんでもやってみるものである。