【北伐戦駆】一つの終着点
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■ショートシナリオ
担当:はんた。
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月12日〜01月17日
リプレイ公開日:2010年01月19日
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●オープニング
ナイル・アバラーブと名乗る一人のカオスニアンがいた。
貴族や冒険者達から追走を度々退け、そして今も奪った船で逃亡を続けている。
「しかし、なんだ。これは逆に好機ではないかね。『船上にいるならば、船上にしかいられない』」
「厄介な恐獣もいなければ、四方に退路も無い。‥‥まぁ、この時期に海に飛び込めば、それだけで死に等しいものですな」
以前にナイル達を追った冒険者達は、潜伏しいてたナイル達に現地の船を奪われ、結果的に彼らを逃がすに終わった。
しかしそれは、一方的な依頼の失敗を意味していない。
自由自在の逃走経路を有してた一団は、今はもはや周りを海で囲まれた不自由の身。チョロチョロと逃げ回っていた鼠も、今となっては壁掛けのダーツボードと成り果てたわけだ。
「あとはグライダーを使用し、鉄球を落とすなり、ウィザードを雇い火を浴びせるなり、射手を雇い火矢で帆を貫くなり‥‥処分の手段は幾らでもあるからな」
船は民間人の物であるが、余り関係はないだろう。
こうして作戦を話し合う王宮の騎士達も、いい加減うんざりしているのだ。例えばこの相手がカオスの魔王等の強大な相手ならまだしも、たかが一介の蛮族にこれ以上手を煩わせる真似はしたくないのだ。
かといって、騎士達はこれ以上面子を潰されるのも勘弁なのだ。
もうここまで来ると、面倒な真似をせず、かつ確実に一団を滅ぼす‥‥その為には手段を選ぶ必要はない。卓上の者達は、皆そう考えていた。
一人を除いて。
「待ってほしい」
声の主に、一同が振り向くと表情により辟易の色を濃くした。発言者が、『冒険者びいきのマルグリッド卿』であったからだ。
「空撃で船ごと沈める方が確かに簡単です。しかし、軍の後援の中には奴等の被害に遭い、憎んでいる貴族達もいます。首領格だけでも捕らえられれば、怨恨を募らせる貴族達からより支持を受けられる様になるでしょう」
「で、貴殿から提案は何か?」
「グライダーを借用し、これに冒険者を乗せ現地へ向かわせます。団の殲滅を第一目的とし、余力次第でナイルの捕縛をという形で命を出しては如何かと」
またか、と周囲の騎士達は苦笑する。だが彼らにも意地になって反論する理由も無い。ギルド申請手続きの面倒はあるが、それでも兵力を辺境の戦いで割かれるより幾分かはマシだからだ。
「只でさえ偵察力の高いグライダーです。更に潮の流れや海上ルートを考察すれば、盗まれた船が今どこにいるかは容易に掴む事が出来きます」
「まぁ、良かろう。てこずる様だったらどの道、空からの攻撃で沈める。冒険者達にはいざという時巻き込まれない様には言っておくといい」
借用が許されたゴーレムグライダーは最大で五機。いくつどのように使うかは冒険者達に託される。グライダーの操縦については、冒険者の中で希望者がいなければ冒険者の中から。いなければ専門レベルの技術を持った王宮の鎧騎士が派遣される予定だ。
「いやー、それにしても船ってのは不慣れだ。落ち着かなくて困るぜ。おいナイル、何か良い知恵はないもんかよ」
「うむ、まぁ‥‥あまり気にしなくていいんじゃないか?」
「おいおい、それじゃあ解決にならんぜ」
「この船旅も、ずーっと続くわけじゃない。今暫く辛抱するんだな」
「本当か!?」
「ああ‥‥恐らく、な」
●リプレイ本文
『――以上が冒険者からの報告となる。カオスニアン・ナイル、冒険者達の攻勢によって負傷しままま水没。状況を鑑みるに死亡した可能性が高い為、本件は当該依頼にて終決とする』
ギルド記録係の筆はそこで止まり、端的な、一つの報告書は閉じられた。
他に何冊も書類が収められている棚に、記録係は強引に隙間を作って報告書を押し込んだ。
もう恐らく、誰もそれを読み返す事は無いだろう。
そうして物語は一つの終着点を迎えた。
<それは冒険者達だけの物語>
上天を覆う暗雲は、絶えず斑の雪を落とす。屋敷のカーテンを開いて見る風景なら、それらに情緒を感じる事もあるだろうが‥‥船上での戦いならそんな余裕は無い。
海風は丁寧に雪を運んでは、私達の顔面にぶつけていく。
「フルーレさん、後ろ!」
響さんの声で振り向けば、まさに、斬りかからんとするカオスニアンの戦士が己に迫ってきていた。
振り返りの勢いをそのまま剣に乗せ、煌きと共に剣撃は扇状に広がり敵を薙ぎ倒していく。倒れた相手に、ギルガメッシュと響さんのラプラスが突撃した。船に乗り込む時にも助けられたが、今一度彼等の力を借りる。
しかし自分で言うのも何だが‥‥ナイルの一団はこの程度の攻撃で倒せる相手では無かったはず。
カオスニアン達に演技の様子は無い。慣れない船旅での不調か、それとも寒冷の弊害か。どうにせよ、落日の予兆としては充分すぎるものだった。
更に側面から来るカオスニアンがいた――が、瞬きの間に意識は微睡みの彼方へ吹き飛ばされた。
「新婚さんにこれ以上危ない真似はさせられませんからね」
「‥‥アベルさんは理解のある人ですから大丈夫です」
と自分で言って先日あった婚礼の儀の事を思い出し、少し恥ずかしくなる。
「ウォォォオオオオ! てめぇらよくもオオオオ!!」
敵方から聞こえてくる怒声に、私達は今一度緊張感を高める。カオスニアンの長槍は穂先に白い光を乗せながら、剛腕の筋力相応の速さを以って私へ迫ってきた。剛の力に対し、金属の手套はそれを受け流す――攻撃は、一度だけではない。
「食らいやがれぇ!」
刃は、込められた強力からは想像もつかないほど繊細な見通しで突きつけられてくる。袖の可動部からやられたか、左肩に痛みが走った。
だが、躊躇いや怯懦は無い。
「やあああああああああぁぁ!!」
「何っ!?」
瞬発が船床を弾く。カオスニアンは反射的に仰け反ったがそこは既に剣の間合い。空いた胴に反撃の一撃が刻まれ、次の瞬間には男が吹き飛んでいた。
「フルーレさん、その傷‥‥!」
響さんの表情はまるで、自分自身が傷を――いや、それにも増して悲しそうな顔をしている。傷口に寒風が当たる度に口元を歪めたくなるのを堪え、私は出来る限りの微笑を浮かべながら。
「大丈夫です、そう深くはなさそうなので鎧に封じられている治癒の魔法で何とかなりそうです。でも、その間は‥‥」
「その間は、俺達でフォローします! トリさんは敵の撹乱、ラプラスは敵の意識を引きつけて!」
「ラブプラs‥‥じゃなくてラプラスさんに陽動してもらえると、私も動き易いです」
空からは、ラプラスの嘴とエリスさんのグラビティーキャノンが敵の攻勢を崩し、そこへ響さんが斬り込んでいく。
斬り伏せ、進んでいくうちに、響さんの眼に‥‥そして私の眼にも、ある男の姿が映る。
ナイル・アバラーブ。それが、その男の名乗り。
「ナイル、今度こそ逃がしはしないぞっ!」
そう。私達は躊躇いや怯懦なんて、抱いている場合じゃない。彼を倒して、私達は胸を張って『明日の方向』へ進まなくてはいけない。
疾駆する響さんの眼の前に、存命しているカオスニアンが立ちはだかる。
「毎度毎度、しつこいんだよお前らは!」
叫びと共に、巨大な刃が響さんを絶命させるべく襲い掛かる。
響さんはギリっと食いしばり、その敵の大剣を七桜剣で受け止める。大柄のカオスニアンは太刀を翻してもう一撃繰り出すも、響さんの切っ先がそれを弾き、大袈裟な刃は空を切るに終わった。
「俺達は生きる為にこうしているんだよ! てめぇらが並べる綺麗事にこれ以上付き合う義理はねぇぞ!」
憤怒をたぎらせ、カオスニアンは手に握る剣を振り下ろす。略奪が生業と言うだけにその太刀筋の洗練は、新兵や路頭の賊等の比ではなかった。大剣には更に大男の膂力が加わり、誰もがそれが『致命的な一撃』と分かる程の攻撃を、絶えず繰り出す。
刀でその猛攻を捌く響さんだが、流石に体力差からか苦戦の様相。早く、私も加勢して――
「それでも‥‥俺達だって大切な人を守る為に戦っている! 戦いに意味を持っているのが自分達だけだと思うな!」
「それが綺麗事ってんだ!」
男が振りかぶり、今まさに勝負に出たところで、その視野が白い羽に覆われる。突如視界を覆う白い大鷲に男は一瞬――響さんが切り込むに十分すぎる時間――足を止め、そして気がついた時には刺突、そして袈裟斬りの斬撃を見舞われ、沈んでいた。
そこから休む事無く、響さんは行く手を阻む者達を排除していきながら叫ぶ。
「田吾作さん!」
得物と得物がぶつかり合う度に、指に痺れが走った。それは俺だけではない‥‥と思いたい。
しかしながら眼前の男の剣に、鈍りは見られない。繰り出す白刃は回を重ねる毎に、むしろより鋭く、研ぎ澄まされていく様にさえ感じられた。
忌々しい事だ。
「ナイルさーん」
更に忌々しい存在の声が、俺の耳に投げ込まれてきた。
「大人しく降伏してみませんかー?」
白髪の女はグライダーの副座から、まるでいつもの様に戯言を垂れ流している。
「やかましいぞ」
「皆さん、お上の慈悲に縋れば助かるかどうかは不明ですが、少なくとも逃亡生活は終わりますよ」
「やかましいってんだよ!」
携行していたナイフを投げてはみるが、半鷲半獅の怪物に割って入られた。当然、そんな怪物はナイフ一本刺さったくらい、屁でもないと言う顔をしている。
仕方ありませんね、そんな言葉を呟いた様に女の唇が動いた。
と、その直後に女から魔法が放たれ、重力の波が俺達を襲う。いつもの通りとは言え、防ぐ手段が無い。
黒髪黒瞳の男が、それにタイミングを合わせ袈裟の銀光を放つ。
「そんな太刀で、俺を捕らえるつもりか!?」
踏鞴を踏んでいた足をそのままステップに移し、刃を避ける。
「‥‥‥ッ」
皮を掠った感覚を置き去りにして、俺は回避ざまに得物を振った――が、また、指を打つ振動。
馬鹿馬鹿しい繰り返しだ。なんて馬鹿馬鹿しい繰り返しなんだ。
一体いつから、こうしているんだったか。覚えていない。俺はいつから‥‥、
「ナイルよ!」
男は言――いや、咆えた。
「グエン卿が貴様に託した『依頼』の事は聞いた! その上で問う!」
憤り、戸惑い、怒り、悲しみ‥‥それらを全て、吐こうとも吐き切れず、言葉に表せず。男は入り乱れた感情に整理をつけぬまま続けた。
「‥‥何故だ?」
「知った事じゃねぇな!」
また、鉄と鉄がぶつかり合っては火花が散る。指に痺れがあるうちは良い。もしそれを感じなくなった時というのは、寒さが身体を侵略し終わった証拠なのだがら。
「俺は我侭に生きて来たんだよ!」
「先刻承知也。故に尚更、納得が行かぬ!」
なんて忌々しい奴。
「依頼主の卿は死んだ、自身の望み通りに! 勝ち逃げと言っても良い! 依頼の性質上、報酬は先払いであろう。ならば、貴様がそれを律義に実行する‥‥アバラーブ家の失墜を喧伝する必要など無いはず。むしろ、そんな事をすれば追われる身になるのは必定。賊としては致命的になろう。そして、このザマだ。哀れな追われ身に成り果ててまで、順従する義理が何処にあるのか!?」
俺は、グライダーを操縦する鎧騎士共が今は周囲にいない事を確認した。
何故か?
何故だろうな。
「知己の今際の言葉ってんなら、生涯背負い込んだっておかしくねぇだろ!」
「何だと、貴様、今何と――」
「二度は言ってやらねぇぞ」
刃の打ち合い、剣戟‥‥その行き先でもし友誼が生まれたなんて今更言ったら、こいつは笑うだろうか?
「アバラーブって名乗るんだからよォ‥‥あいつの意思は俺が継ぐんだ‥‥! あいつがいなくなってもなぁッッ!」
自ら命を絶って、俺に『依頼』をした。奴が、何を思って俺なんかに託したのか。今でも分からない。
だが、それが奴の望みと言うなら、俺はそれを貫き通す。
「俺はアバラーブと名乗っていれば、その時にグエンの魂は傍らにある。ナイル・アバラーブが存在し続ければ、あいつの意思もまた存在し続ける事が出来る!」
だから俺はいつまでも『ナイル・アバラーブ』を名乗り続けて見せる。
「それは違う!」
剣に、重みが増す。
「貴様は卿の死を直視せぬまま、その意味、その在り方に見向きもせずに卿の亡霊に囚われているに過ぎぬ!」
「のたまいやがる!」
「貴様も、拙者達も、『シガラミ』の内にいる全ての人はそれを自らで取り払い、『明日の方向』へ進まなくてはならぬ!」
「人間もカオスニアンも、そう都合良く出来ちゃいねぇ! 幻影を追う事がどれだけの罪悪ってんだ! 過去、過ち、後悔懺悔‥‥全て飲み込める奴なんているか!?」
「それでも、明日へ向かって歩いている者達もいる! そして我々も、そうあって然るべき――否、そうでなくてはいけないのだ!」
一度、刃を激しく弾いて間合いを取られる。そして‥‥剣士は上段に構える。繰り出す一撃は雷にさえ匹敵する‥‥そんな威力を想像するに難くない構え。
次で、決まる。
「強いられし其の逃亡、此処で終着にするっ!」
「やってみろよぉぉぉ田吾作ぅあああ!!」
煌きが、交差した。
「‥‥ぅく」
男の腿は裂け、足に赤い筋を垂らして膝は船床を打つ。
「はっ口ほどじゃあ無い――」
そして俺は、胸部に浅くない傷ができていた。
俺は、ふらふらと後退りをして‥‥船の側面に背中を当てる。
「田吾作さん!」
男の仲間の声が、聞こえてきた。そして間もなくこちらに駆けつけてくる。俺の仲間達は‥‥皆、いつもと違って静かにしていやがる。
「ナイル‥‥まさか!」
熱い。斬られた部分の灼熱感が、まるで地獄そのもの様だ。
勘付いた長髪の優男が、俺に向けて鷲を飛ばすが、そんなものは得物をふるって払い退け――手からすっぽ抜ける感覚。気がつけば、それは宙を舞っていた。ハルバードはまるで、導かれる様に金髪の女の元へ飛んでいき、そしてその手に受け取られた。あの女は、確か――
「来るんじゃねぇ!」
俺を捕らえんと近づいてくる金髪の女と長髪の優男に、俺は出せる限り声で言う。
「お前達みたいなよ、忌々しい連中のせいで‥‥やがて俺達みたいなのが、この世界からいなくなるん、だろうな。だったら手前の幕引き位、手前でさせてくれよ」
「‥‥ナイル、ひょっとしてお前は、アバラーブと名乗る事で‥‥それに、グエンさんの事を」
何やら神妙な面持ちの優男に、俺は成るべく相手が不愉快に思う様な、見下した風の声色で返す。
「お察しが、宜しい‥‥こった。それなら、それ以上。言わぬ、が吉だ‥‥」
一歩前に踏み出してきたのは、金髪の女。揺るぎない瞳が、俺自身を貫く。
「グエン・アバラーブの墓前で伝えたい事があるなら、聞きます」
「不要‥‥だよ、これ、からカオス界で、落ち合う‥‥予定、だからさ‥‥それじゃあな」
言い終えた俺は不安定な体勢のまま、海に落ちた。これは、傷が無くても死ぬ寒さだ。
だが、じきに何も感じなくなるだろう。それまでの間、何について考えようか‥‥最後に、俺は何を‥‥。
しかし、これでハルバードも戻った。仇なす賊も死んだ。新しい当主もいる‥‥おい、なんだ全て丸く収まっているんじゃないか。まさかお前は、ここまで考えていた訳じゃないよな?
だとしたら、なんて忌々しい‥‥お前が真の悪党じゃないか。
だが安心した。これで安心して行ける。そんな悪党なら、間違いなくカオス界へ落ちているだろうからな。
さて、もうすぐ着く頃だろう。
着いたら早速、続きをやろうぜ。グエン・アバラーブ――
「大丈夫ですか、田吾作さん」
「治療も受け、もう歩くにも支障は無い」
音無響(eb4482)の気遣いに、山野田吾作(ea2019)は遠慮がちに答える。
依頼を終え、陸に足を下ろした冒険者達は、それぞれの気持ちの整理をつけているところだった。
「‥‥」
フルーレ・フルフラット(eb1182)は無言のまま、右手にあるそれを握りしめる。手斧の様なそれがハルバードである事、そして錆びの下に刻まれた紋章の様なものが何を意味をするのか‥‥彼女は知っている。
エリス・リデル(eb8489)は、美祿と美華を脇の小川へ流していた。この川が、どこまで続くのか分からない。しかし黄泉まで続いていると信じ、手向けを送りたくて仕方がなかった。
雪は一旦止んだようだが、それでも寒風はまだ続いている。風切る音は、何かを冒険者達に伝えたくて‥‥必死に叫んでいるかの様に響いていた。
「フルーレさん‥‥」
「なんで、しょうか」
どこか悲嘆を滲ませる様なエリスの声に、フルーレはくぐもった声で聞き返す。
「‥‥旦那さん」
「え?」
しかし次の言葉はまるでいつもと同じ声色で、突拍子の無い単語。予期せぬそれに、フルーレも思わず頓狂な声を上げる。
「旦那さんってどんな方なんですか? お住まいは? 住所、教えてください」
「ええ! な、なんでイキナリそんな話ッスか!?」
「今回のフルーレさんの武勇伝を面白おかしく伝えなくては。直接お会いする事が叶わなかったら、せめてシフール便でっ。あ、ついでに響さんの事も和美さんに色々と! ある事ない事、伝える準備をしなくてわっ!」
何か目を輝かせるエリスに、フルーレは元より響も不安を感じ取ったのか、慌てた様子を見せる。
「あ、ある事だけを伝えてください!」
「じゃあ、『響さんは船の上で、大男に激しく打たれ、そして突き返しました、まる』」
「普通に、普通に言ってください、言うなら!」
いつもの雰囲気に戻り、騒々しくする一同を脇目に、田吾作は虚空を見ながら思う。
(「思えば拙者も彼女から逃れていたのやもしれぬ‥‥。 これが片付いたら、伝えよう。心を! )
目の前に広がる道は、明日へ、未来へ続いている。
いつもただ前を向いて歩いて行くのは難しい。
だが、目指す方向は前へ――未来でなくてはいけない。そう願い、進んでいる限りは、人に終着点などないのだから。