ある意味命懸けの納品道程
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月31日〜08月05日
リプレイ公開日:2006年08月08日
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●オープニング
江戸の街は広く大きい。
源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
オンマラ様というのがある。
ぶっちゃけアレの事だ。
世の中には様々な神社があってその地域だけで祭られている神様なんてものもいるし、何かの物品を神格化し祭る事もある。古代の人々が自然や山々を神として崇拝していたという記録も残っている辺り、次代の命を紡ぐという事を考えれば判らない訳でもない。
ある神社にはオンマラ様を――地域によって名前も変わるが――ご神体とし、参拝に訪れる客、それも所帯持ちが後を絶たないらしい。ご利益を聞くと子宝に恵まれるそうで、適材適所にも程がある。
さて、昨今の経済事情。どこぞの大神社は別として、中小規模の神社はそれこそ存亡の危機に陥っていた。
国によって助成金も出ているらしく、それは別として信者さんの寄付や一見さんのお賽銭だけでは経営が成り立たなくなっているらしい。いくら神様仏様と拝み倒そうとも腹は一つも膨れない。シビアな話しだが、信心だけで生きていけないのだ。
そういう訳でそれらの中小神社達は生き残りを賭け提携し、各種土地柄と信仰上による特性を活かし特産物を開発。確保した流通ルートで販売を始めた。
今まで何日も離れた場所の、最悪隣国所かいくつもの国を渡り歩いた先にある、ご利益満点な品々を入手できるようになったのだ。――提携している神社の販売所のみで遠出客は減ったものの、それなりに収支を上げる事に成功した。
今も、貧窮の極みに陥っている神社は救われているのだが‥‥‥
「ぜぇぇぇぇぇったいにイヤぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
貧乏長屋の片隅で、亜麻色の髪の少女は轟き叫ぶ。
手元の近くには彫刻刀を初めとする各種専門の道具類。芸術家か彫り師の仕事場か。
「何でそこまでしなきゃいけないのよ! あたしはもう嫌だからね!」
見た所十三、四歳ほどか。女性としての魅力が備わりつつも未だ少年っぽい雰囲気が窺える。その辺り育ちのせいかもしれないが、年頃らしく色気づいたのか気持ち程度の化粧に結えた髪。どこか危ないアンバランスな魅力の‥‥‥そんな感じの女の子だ。
「我慢してくれよ千博。これも仕事なんだから」
「やかましい! いくら仕事でも程があるわよ!」
正面向かって座る父親に、千博は近所迷惑顧みずに噛み付いた。
「何でだ? 出来上がった商品を納品しに行くだけだろう。別に普段からしている事じゃないか」
「ええ。大量生産品だから数を揃えないといけないからね。仕上げた商品を即座に届けないと次納品日まで間に合わないわ」
「判ってるなら早く行ってくれ。まだ仕事は残ってるんだから」
父親は、『反り返った木製のきのこのようなもの』に仕上げを施していく。
本来は仕上げは自分の仕事だが、納品日の時はこうやって変わってもらっている。
父親の言う事は間違っていない。
しかし、
「やっぱり嫌よ! 小型木彫りオンマラ像の納品なんて!」
いくらなんでも嫌すぎる。一つ二つなら別の商品に混ぜればいいのだが――
「こんな部屋を見渡すばかりに敷き詰められた像を持っていけなんて、父さんどうかしてるよ!」
見渡す限りのアレの山だ。年頃の女の子にとっては眼の毒にしかならないだろう。
「冗談にも程があるわよ! ここ一週間、父さんはあたしがどれくらい気が狂いそうになったか知ってる!?」
もう泣きたくなる。いくら仕事がなくて引き受けたからって、いくらなんでも泣きたくなる。
「別にいいじゃないか」
「よくない!」
「そうか? 興味深々で食い入るように見てたのは誰だったか?」
「し、知らないわよ!」
父親は彫刻等で仕上げの小細工を加えていく。
「ふむ。おっかなびっくり触れる姿は我が娘ながらなかなかそそるものがあったぞ。特にスジをなぞる様が何ともハァハァ」
「シャラップ! もう死ねよ!」
手元の木彫りをぶん投げる。オンマラ様が空を飛ぶ。
「はっはっは。職人が作品を投げるとは感心しないなぁ」
「やかましい! 実の娘に欲情する父さんが悪い! そんなんだから母さんに愛想を付かれるし‥‥‥頼むからもう死んでくれ!」
割と本気だ。いっそ殺っちまうか。
「まあまあ。抑えて」
自分で言っといてこの男。いい性格をしている。
「さすがに一人で行けなんて言わないさ。金をやるから冒険者に頼んで護衛して貰いなさい。『覗き見街道』通るんだから必要になるだろう」
「結局拒否権無し‥‥‥?」
「まあまあ。気を落とさないで早く行っておいで。ほら、いつものように田蔵さんにドンキーを借りて」
所詮、成人していない子供は親のいう事を聞くしかない。
親父殿は再び作業に戻る。また出来上がる。
もう一度部屋を見る。
敷き詰められたオンマラ様。その数総計六百六十六本。
偶然だろうが数字的にも縁起の悪すぎる数の像を目的の神社へ輸送する。その途中で通る宿場町には、遠方への中継地点として栄えている。この街ではどんなものが売れるのか、またはこれからどんなものが売るのか、はたまた町人達が珍しがって荷駄を覗いてきたり‥‥‥とにもかくにも覗こうとする。そして付いたあだ名が覗き見街道。顔見知りもこの辺りで働いてるし、どんな手段を使ってでも見られる訳にはいかない。最悪の場合‥‥‥
「冒険者には‥‥‥そうね。輸送の護衛として頼んでおこうかしら。最近物騒だし」
依頼を受けた以上、例えどんな物だとしても遂行しないといけないだろう。教えるのは出発前でいい。
こうして、生活とプライドを賭けた、ある意味命を賭けた納品が始まった。
●リプレイ本文
まあ、よく考えればもの凄い物量である。
依頼を受けた冒険者達は、大量にある木彫り像の輸送をする、としか聴いてなかったし、素で六百を超えると言ってもドンキー三匹で運ぶ。それ程大したものでもないのだろう‥‥‥なんてタカをくくってたのがそもそもの間違いだった。
「な、なんだ、これ? これが輸送する商品? じょ、冗談だろう。悪い夢をみたいだ‥‥‥」
外は晴天なのに薄暗い倉庫の中。本庄太助(eb3496)相当顔が引きつっていた。
「悪魔の国があればこんな風なのかしらねぇ‥‥‥」
そう呟くのはセピア・オーレリィ(eb3797)。この依頼に参加した唯一の女性ではあるが見た目より長く生きている。それだけに、こういうのに色々と慣れているのかもしれない。割と平気な顔をしている。
「全てはオンマラ様のお導き。さあ、喜んで働こうじゃないか」
「いや、それはさすがに」
何故か妙に嬉々として小躍りするデュラン・ハイアット(ea0042)に突っ込むセピア。
アレな趣味の人かと疑うが、ウィザードなんて俗世間との関わりを断って無駄にでかい鍋をアヤシイ呪文を唱えてひたすら攪拌してそうなイメージのある職業だ。まあ、何かウィザードにしか判らない琴線にでも触れたのだろう。
それはそれとしてだ。出来るなら早くこの場から激しく出て行きたい。
「ともかくアレだ。あの年で‥‥‥オンマラ様を運ぶことになるとはな。多感である故哀れだな」
目の前に広がる暗黒大魔境を見詰めながら、何とか氷雨絃也(ea4481)はそう言った。
「確かに。造詣が甘いし仕上げも雑だ。いや、大量生産品ならば致し方ないが、逆にこの数でこの出来は見事と言うべきか」
突っ込む所はそこじゃない。木彫師の石動悠一郎(ea8417)は一本のオンマラ様を手に呟いた。
目の前に、倉庫一杯に占領する輸送物。
それは先端に傘を持ち、脈動感すら感じられそうに生々しく、斜めに反り返り空を貫く御神体。
六百六十本のオンマラ様がそこにある。出発前に最後の確認として数を数えているらしい。運搬用のドンキーを連れて中に入った時はそれはもう何かの冗談かと思った。まるで音に聞いた『さばと』かどこかの人外魔境かと思った程だ。
荷車にでも積んで、それをドンキーに引かせれば言いのだが見た目のインパクトは超強烈。さすがに護衛する方も気合いを入れなければいけない。
「無事何事もなく送り届けられればいいんだけど」
そんなセピアに何だかな、と言った顔をする男陣。こういう場に女性がいると、どうにも居心地が悪いというか迂闊な事を言えないというか、つまりそんな感じだ。
「ハーハッハッハ! まるで人がゴミのようだ!」
運搬中。荷物から注意を逸らす為リトルフライで飛び回るデュラン。とはいっても不安定極まりなく、所々傾いたり墜ちそうになったりと、蛇行もいい所だ。地面に急降下ばりに墜ちかけて、どこかの巨人の登場みたく拳を突き上げて急上昇。えらく落ち着きのない。
「あ、あれは何だ!?」
「鳥か?」
「天狗か?」
「いや、只のヴァカだ!」
次々と指差す通行人。きっと頭のネジが鬼のように外れてるに違いない。
デュランはドンキーの背に立つように浮き、眼を大きく見開いて、王様でハートな格闘家みたいに言い切った。
「東の方は熱く萌えているぅぅぅぅッ!!!」
萌えって何だろう。そして華麗に決めポーズ。
「フッ。これで私の噂が町中に走るというものよ!」
ウィザード、いや、冒険者とはみんなこんなものだろうか? 通行人は白い眼で彼女ら一行を見ているが‥‥‥結果的には良かったかもしれない。一行に関わりたくないとばかりに遠巻きに窺っているだけだ。運んでいる荷物に興味ありげだが。
「そ、そういえば馬並みとかともいうよな。やっぱアレか? 何だって大きい方がいいよな?」
この妙に居心地の悪い雰囲気をどうにかする為、太助は話題を振ってみたが思いっきりセクハラだ。近くにいるのはセピアだった。
「そうでもないわ。いくら大きくても相手との相性や趣向もあるし、一概に大きさで判断しかねるわ」
「そ、そうなのか?」
「ええ。それに、男は大きさに拘るけど女は別にそうじゃないってのもいるわ。勿論人によって意見変わるけど、そもそもジャパン人ってほとんど小さいって聞くわ。ねえ?」
平然と応えるセピアもセピアだ。長い事生きているだけに男性遍歴も豊富なのだろうか。セピアは後ろの二人に振り向いた。
「え? 氷雨さんに石動さん、小さいのか? 立派なものを持っていると思ってたんだけど」
太助をぽっとホホを赤らめて、視線を下げる。
「お、大きいぞ! そりゃあもう太くて硬くて逞しいさ!」
「右に同じだ! というかどこを見て赤くなっている!」
同時に股間を押さえる二人。何かこう、危険なものを感じたらしい。
「ん、いや‥‥‥。オンマラ像見ても俺のと全然違うし、大人ってみんなああいう形かなって。でも‥‥‥本物はもっと大きいのかな‥‥‥」
何だろう。まるで恋する乙女のようなお目々だ。途端、背筋を冷たいものがよぎった。
「い、いい加減にしろ! 俺をイラつかせるな!」
と言って刀のこいくちを切る絃也。数多の冒険を重ねた絃也とて、こういう手合いは苦手らしい。台詞の割に腰はしっかり引けている。
「その通りだ! 早まるな!」
何を早まるんだろう。苦手というか同性にそんな熱っぽい瞳を向けられたら誰だって怖い。悠一郎は今までに感じた事のない悪寒に襲われた。
アレな趣味はないだろうが、太助だっていっぱしの男だ。『男』な大きさも気になるだろう。
宿場町に着くまでしばらく、男衆は嫌な視線に晒され続けた。
「しかし覗き見街道とは何ともな名前だな。なんかどっと疲れたぞ」
宿を取ってしばらく、荷物番をしていた悠一郎はため息をついた。馬留めは人気のない所にあって、思ったより荷物番も楽だと思っていたが、交代してすぐ甘かったと実感した。一息つく間も無いかの如く覗きから荷物を守っていた。覗き見街道。その名の通り嫌な所だ。
「絃也殿が刀を抜きかけたのも判らないでもないな。いくら何でもこれは‥‥‥」
隅から頭を覗かせた男を睨みつける。いい加減、気疲れでどうにかなりそうだ。
一方その頃。さすがに男と同室な訳にはいかないので、セピアと依頼人の千博は別に用意した一室で休息を取っていた。セピアの交代時間はまだ先だ。今の内に休んでおいた方がいいのだが‥‥‥とてもそんな気分じゃなかった。
「ウフフ。ウフフフ‥‥‥。オンマラ様がね? オンマラ様がね?」
宿に付いてから、依頼人は部屋の隅っこでひたすらのの字を書いていた。
気持ちも判らないでもない。年頃の女の子がひたすらあんなのを作る手伝いをさせられて、その間四六時中見続けた訳だ。どうにかならない方がおかしい。
「えっと、ほら。千博ちゃん? この宿場町抜けたら神社はすぐなんでしょう? いつまでもヘコんでないで元気出しなさいな」
「うん」
「納品が終われば帰りは甘味処で何か食べないかしら。それともいい男でも引っ掛ける?」
「うん」
「‥‥‥氷雨はあんなナリだけど、実は女って知ってた?」
「うん」
‥‥‥とまあ、さっきから生返事しかしてこない。運搬中もひたすら無言だったが、それは疲れからくるものだと思っていたがどうやら結構ヤバイらしい。こういう場合、下手に刺激するより何もしない方がずっといい。
「まあ、夜も更けたしそろそろ寝ようか。布団敷くから少し待ってって」
手のかかる子供でもあるまいし、布団を敷いてその上に千博を寝かせた。荷物番の手間を減らす為と万が一盗難の為に、部屋に運んでおいた商品の一部を担ぎ上げた。
「こんな所に置いてたら邪魔よね。どけるから――ッ!」
手持ちで抱えるには多すぎたのかそれともバランスが取れてなかったのか、見事に足を引っ掛けた。
ぶちまける風呂敷。千博の頭から、雨のように降り注ぐオンマラ様。
千博の頭の中で、何かが音を立ててぶち切れた。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
耳を劈く大絶叫。ほぼゼロ距離にいたセピアは、一瞬失神しそうになった。
「ちょ、落ち着きなさい!」
「いやっ! やだぁ! 汚されるッ! 痛いのは嫌ぁ!」
「何もしないわよ! ていうか何されると思ってるの!」
両手を上に上げ下半身を押さえつけ、暴れまくる千博を拘束する。こういう局面、強引にでも大人しくさせた方がいい。
部屋の外からどたばた走る音が聞こえ、襖が盛大に開けられた。
「どうした! 何があっ‥‥‥!」
隣室で休んでいた絃也と太助がやってくる。その同時に二人は固まった。
――さて、冷静にこの状況を分析してみよう。
部屋中に飛び散るオンマラ様。
布団に押し倒され、自由を奪われた依頼人。そして彼女を組み伏し偶然握っていたオンマラ様を持つセピア。普通に考えればこれって――
「す、すまん!」
「お邪魔しました!」
速攻マッハで逃げていく男二人。セピアは二人を追いかけた。
「ちょっと待ちなさい! まだ何もしてないわよ!」
「うわーん! はぢめてだったのにー!」
「千博ちゃん!?」
追い討ちをかける依頼人。動転している彼女にまともな言葉を期待する方が無理だ。そこへ遅れてデュランがやってきた。
「うおっ! 痴女か!?」
「誰が痴女よ!」
唸るオンマラ様。デュランは違う意味で逝った。
「落ち着けセピア! 他人の趣味に文句は言わん。だが無理やりというのはさすがに‥‥‥」
「だから違うと言っているでしょう!?」
妙に優しい絃也が感に障った。
その夜、セピアは変な噂を聞いた輩に何度も夜這われそうになって、その度にボコボコに返り討ちにするハメになった。
それが功を奏したのか、商品を覗こうとする輩はいなくなって、無事届ける事が出来たのだが。
とりあえず依頼は成功である。