ギリギリ! 腰巻仮面
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:08月07日〜08月12日
リプレイ公開日:2006年08月16日
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●オープニング
江戸の街は広く大きい。
源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
草木も眠る丑三つ時。人の気配もなく、むしろ生在る者全ての鼓動が消え去ったとさえ錯覚するような闇の中、一人の影が息を切らせ走っている。
出来るだけ露出を無くし、動きやすいよう生地を薄く。色は夜の闇に溶けるような黒で頭にはほっかむり。口元には大きく円を書くような髭が伸び揃い、背中には何か一杯になった風呂敷を背負っている。
見るからに泥棒。泥棒・THA・泥棒と言わんばかりの泥棒っぷりを発揮してくれている。
まるで泥棒の手習い書からそのまま引っ張ってきたようなその姿は、どうぞ捕まえてくれとでも言いそうなものだ。だがあまりにまんますぎれば逆にコスプレっぽい感もあるし大体今は真夜中だ。彼の姿を見咎めるような者はいない。
「へへへ‥‥‥。今夜も大漁だぜ‥‥‥」
走る足を止め後ろを振り向く泥棒。当然だが追って来る人間はいない筈だ。
ターゲットを狙い済まし、起きている人のいない時間帯。気配を完全に殺しつくし疾風の如く颯爽と――女性下着を奪い去る。
これぞ下着ドロの基本にして奥義。男子の本懐(一部の)だ。
「さてさて、徹夜になるな。まず持ち帰って選別して被ったりお湯で煮たり汁を保存したり‥‥‥」
何をする気だこの男。被るのはともかく、煮たり汁を保存してどうする気だ?
もう一度走ろうとする。右の足に力を込める為、左手で木を押そうとして何か生暖かくて柔らかい感触がした。
「ん?」
‥‥‥何か、とてつもなく振り向いたらいけない気がした。
生暖かくて柔らかい感触。もう一度力を込めると一層温かみがまして力強い弾力が自らを誇張する。
布越しに伝わるこの感触は自分でもよく知っている。左手から察するに、二つの袋があるテングダケ。
「‥‥‥‥‥‥」
恐る恐る顔を向けてみる。
「それは私の福袋だ」
草木も眠る丑三つ時。悲鳴が夜の帳を切り裂いた。
「諸君! 君らも知っている通り、昨今下着泥棒が横行している。して、我々の勤めは何だ!」
「悪を挫き、正義を体現する事であります!」
かなり年配の上司に続くように、歳若い侍が応えた。はっきりと覚えてないが、この上司は元は侍大将とか何とかの、兵隊を前線で指揮する『現場』の人間だったらしい。歳のせいでさすがに一線から退いた以降、今はこうやって役所で管理職を務めている。さすがに元前線で指揮を取っていたせいかリーダーシップもあるし上司としては有能だが、こうもカタいと逆に鬱陶しい。
「その通り。今朝、下着泥棒が役所の前に縛られて打ち捨てられていたのだが、また『例の男』が出たようだ」
上司は眉間に力一杯シワを寄せ、瞳を大きく見開いた。
「‥‥‥腰巻仮面だ!」
聞くだけで吹きそうな名前である。
「いつの頃から現れたのか知らぬが、悪人のいる所に馳せ参じ悪を討つ。まあ、それはいい」
正義感ぶった青年が人の為に力を振るう事は珍しいと言えない事もないし、それは治安が良く人心が荒んでいない事の証明にもなる。いい傾向である。しかし、
「問題はその格好だ! 頭には女の腰巻を巻き、腰には褌。そして『がぁたぁべると』と言う西洋の女下着のみという変態だ。そのような猥褻物陳列罪にこれ以上我が物顔させられる訳にはいかん! 今後、見回り共に腰巻仮面への探索も行え。発見次第逮捕だ!」
『サー! イエッサー!』
一糸乱れぬその動き。部下も相当訓練されたせいで、その上上下厳しい縦社会。唯上司の言に従う。
「ま‥‥‥マズい‥‥‥!」
そんな同僚達の中、一人の若侍が顔面蒼白。今にも死にそうな顔をしていた。敷城峡助。高い捕縛率で悪人に恐れられた亡き父の後を継いだ青年だ。
「どうした敷城。具合でも悪いのか」
「い、いえ。そんな事は」
「そうか? ならこれから冒険者ギルドに行って、冒険者を調達してきてくれ。事前に掴んだ情報によるとこの数日の内、五人組の下着泥棒が現れるらしい。人不足故、金を払ってでも頭数を揃えなければな」
「了解しました‥‥‥」
ふら付き足元定まらずに出て行く峡助。
「言い忘れる所だった。依頼内容は、夜間警備と泥棒や変質者等の犯罪者を逮捕。我々が役所として借り受けているこの屋敷の持ち主は遠回しに圧力をかけてくれてな。犯罪者とはいえ傷一つ付けずに逮捕してくれとの御達しだ。使える者を調達してきてくれ」
力なく返事する峡助。『今まで周囲にバレないよう上手くやっていた』のに、やりすぎてしまったのか!?
色々と、自分の身の振り方を考えなければいけない状況になったのだが、とりあえず仕事を済ませる事にした。
ギルドで手続きを終わらせる。峡助が書いた依頼内容の中には、腰巻仮面の逮捕は書かれてなかった。
●リプレイ本文
とまあ色々あって、すっかり夜中だ。各々情報集めや見回りなんかに出回り、振り分けられた仕事をしっかりこなしている。サポートで入ったクレリックは、「夜更かしは美容に悪い」とか言ってバックレたが、どうせ今頃はどこかの酒屋で一杯引っ掛けてるに違いない。
それはともかく、冒険者達は雇い先である役所の役人達と仕事をしている訳だ。
一軒家。数日前まで空き家だったそこは、『美女が引っ越して来た』、としてちょっと話題になっていた。
まあ普通なら特にこれといって話題になりそうでもないが、話しのネタに飢えているおばさん連中に噂を流せばあっという間に広がるものだ。ゴールド・ストームが上手く噂を流したのも関係あるが、まあ、男というイキモノは正直な生き物だ。
目の前の餌をお預け食らってるのは拷問と同じ。
龍深城我斬(ea0031)と陸堂明士郎(eb0712)は、何となくそんな事を思っていた。気分は狼さんだ。
「おい明士郎。仮眠を取るんじゃなかったのか?」
じりじりと間合いを詰めつつ、我斬が訪ねた。必殺の刃を放つように取り巻く空気が研ぎ澄まされている。
「もう眠くはない。それより貴殿こそ休まれてはどうだ?」
こちらも間合いを詰める明士郎。陸奥流の達人にしてジャパン最強の浪人と謳われるだけあって、その動きには情けない事に無駄がない。
二人は座ったまま、じりじりとにじり寄る。月桂樹の木剣を持っているだけあって我斬は既に明士郎を間合いに入れている。更に夢想流の技を持ってさえすれば、例え木剣とはいえ刹那の瞬きで打ち倒せるかもしれない。しかし、単純に格闘術の能力で言えば明士郎の方が上だ。逆にカウンターを喰らうかもしれないし無手とはいえ油断を、いやしかし‥‥‥
我斬は熟考する。
そもそもの発端は御陰桜(eb4757)にある。
囮として動く事にした桜は、役所の用意した空き家に、他の町から引っ越して来た、という設定でやってきた。本人は都会に憧れている娘、という風に振舞っているが無理がある。
御陰桜。どちらかというと、色町なおねーさんという方がひどく納得できるからだ。
整った容姿と艶かしいその肢体。ふくよかなその胸は、普段着用している、胸元の大きく空いたレザードレスで色んな意味で危ない程に強調されている。達人なナンパスキルは普通に喋っても男を誘っているようで、そして女の忍者だけにアッチの術も学んでいるのか、仕種一つ一つが色っぽい。今は一般の娘な格好をしているが、窮屈とばかりに着物を突っ張っている大きな双球が逆にいい。仮眠という事で寝ちゃってますが、おにいさん辛抱タマリマセン。
「ん‥‥‥」
桜は寝返りをうった。今は夏。熱いから無意識に着物をあられにしちゃってます。
『――!』
刹那、男二人は必殺の一撃を見舞おうと相手の間合いへ踏み込んだ。男って生き物は生まれながらのハンターで狼です。目の前のエサがあれば喰らいつくのが当然で、しょうがないんです。
エサを頂くのは――俺だ!
我斬の木剣が、明士郎の拳が走る。
研ぎ澄まされた集中力。それが逆に幸を相したのか、まるで周りが止まって見えたかのように互いの攻撃を避ける。追撃を放とうとしたが襖を開ける音に中断された。顔に赤い手形と切り傷を付けたクリス・ウェルロッド(ea5708)だ。
「‥‥‥二人とも、何をしてるんだ?」
逆にこっちが問うべき事だが、頭が戦闘モードに入っている二人には新たな敵としか判断していない。これはこれで上手く立ち回れば優位に立てる。二人は鬼のような殺気をぶつけた。
一瞬身が竦む。しかし――
「‥‥‥私の股間が光って唸る! 脚須都男不!」
この状況をいち早く理解したらしい。一気に服を脱ぎ捨てる。
「さっくらちゅわぁ〜〜〜ん♪」
どこぞの怪盗三世のようにダイブする。ナンパした場合行き着く先はアレだろうが、端折りすぎだ。
迫る変態の魔手! 無防備な桜! しかし!
「!!!!!」
唸る鉄拳。股間を突き貫く。
本当に、痛い時という時は声が出ないものだ。クリスの『男』はある意味逝った。邪念に反応したのだろう、桜は条件反射的に拳を突き出しただけですぐ寝返りを打った。
「‥‥‥」
我斬と明士郎は、「早まってたら自分が‥‥‥」とでも思ったのか同時に滝のように冷や汗を流していた。
「それは拙者の嫁の腰巻じゃ〜!」
一方その頃、下着泥棒を追っている苗里功利(eb2460)息を切らせ叫んでいた。大柄で巨漢のジャイアントの功利。体格に恵まれこと戦闘においては有利だが、こんな追いかけっこでは逆に足を引っ張っていた。鍛え上げられた筋肉の代償か、敏捷性がひどく悪い。
「待てと言っておるじゃろうが! 拙者の嫁のじゃぞ? ジャイアントの大柄の女じゃぞ? いいのか!?」
「問題なし! ジャイアント? それはそれでモチオッケー!」
下着泥棒は逡巡もせずに言い切った。何でだろう。とてもかっこいい。
「このオオタワケが! 涅槃で後悔せんかい!」
鞭が唸る。空気を切り裂くその一撃は、下着泥棒のすぐ側の桶を打ち砕く。さすが二天一流の技の冴え。犯罪者とはいえ無傷で捕らえなければいけないのだが、そんな事忘れて、功利は鬼のように鞭を振りまわしていた。何だかんだで、一応囮の桜が居を構えている一軒家まで誘導している。逃げる方も必死である。
「さ、敷城殿。自分の後ろに隠れるっすよ、柳になるっすよ」
そう言ってどこでもやなぎに身を包んでいるのは太丹(eb0334)。本人曰く、フトシたんと呼べらしい。そこへチップ・エイオータ(ea0061)は眼を凝らして言った。
「あ、鬼‥‥‥じゃなくて、功利さんが下着泥棒をこっちへ追い立ててるよ。周りの物たくさん吹き飛ばしているし、怪我させてないよね」
嵐のように‥‥‥とまでは言わないが、次々に飛び散る桶とか木片らしきもの。夜目がそれなりに利くチップとはいえ、はっきりとは判らない。もうそろそろ威嚇射撃の準備をしておくべきだろうか‥‥‥?
「役所も大変だね。手が回らず、ギルドに依頼するくらい下着泥棒が横行するなんてね」
同じく矢を番えるのは志士の六条桜華(eb5751)。狙うは遠方からの長距離からの威嚇射撃。家々が立ち並び狙いを付けにくく、更に陽が昇っているのならいいが、あいにくそんなに都合がいい事は起きはしない。
「でも無傷‥‥‥結構難しいよ?」
夜目が利くのならそれなりに対処の仕方もあるだろう。徹夜に強いという訳でもない。日中寝溜めしてはいたが、実際こんな時間ともなれば眠い。矢を離す指が震える。
丹が家の内部にいる、我斬と明士郎へ注意を促す。クリスは違う意味で再起不能になっているし、桜は囮となっている以上、下手に外に出さない方がいい。
正面の塀が吹き飛んだ。追い立てられる下着泥棒達が、一直線にやってくる。
「六条さん!」
チップが矢を放つ。発動するインフラビジョン。続けて桜華は熱源の近くへ向けて矢を放つ。
突然の奇襲により出鼻を挫かれた下着泥棒達は、一斉にたたらを踏んだ。
「敷城殿、今っす!」
下着泥棒達からちょうど側面。夜中の暗さもあって、ただの柳としてしか見えなかったのだろう。下着泥棒を捕まえる為、隠れていた峡助が躍り出る。しかし、
「邪魔じゃい!」
唸る豪腕。下着泥棒を追いかけていた功利に殴り飛ばされた。お星様になって一軒家の中へ飛んで行く。
「功利殿! 何やってるっす!」
「拙者の嫁の腰巻返すのぢゃぁぁぁッ!」
聞いてない。
盛大な音を立てて墜ちてきた峡助を介抱しようとして、桜がやってきた。眼が覚めた時、クリスが何故か白目を向いて気絶をしていて、取り合えず寝かせておいたのだが今度は空から人が振ってきたのだ。そんな彼女は少し必死だ。峡助が落ちた先は物干し竿のちょうど真上。囮として、まあ、自分の腰巻を吊るして置いたのだが、頭から埋める様に突っ込まれては色々と困る。
「敷城さん? 大丈夫?」
峡助を揺さぶる。もしかして頭が怪我をしたかもしれないし揺らすのは危ないのだが、さすがに恥ずかしさが勝る。もう一度揺さぶろうとしたが‥‥‥
「ホォォォォォォゥ! 気分は最高潮ォォォォッ!」
腰巻を頭に巻きつけ、立ち上がる峡助。
「この鼻を擽る匂いに高揚感‥‥‥最高の一品と見た! 服など邪魔だ。脚須都男不!」
一気に服を脱ぎ捨てる。
頭に腰巻、腰に褌そしてガーターベルト。変態だ。そして位置的にちょうど『福袋』の前に居た桜は、あまりの非常識ぶりに気絶した。
我斬のペットのトロ石が圧し掛かったり、明士郎のハリセンのスタンアタックが決まったり、丹の牛角拳が轟き唸ったりと、とにもかくにも下着泥棒は一人残して捕まった。運が良かったのか、傷と思える傷は、多分ない。
仲間の犠牲は悲しいし悔しい。
だが、そんな仲間の為に自分はどうしても逃げ延びなければならない。獲得した戦利品を仕分けし、保管し、装着し、はたまた煮込んで汁を保存しなければならない。やるべき事は多い。自分一人残ったのなら、仲間達の遺志を継がなければならない。死んでないけど。
ありし日の、下着泥棒として生きる事を誓った決意を再び思い出す。運命のあの日。忘れえぬ日々。初めて下着を盗んだ高揚感‥‥‥。その全てを生きる力へ変換する。
草木も眠る丑三つ時。再び走り出そうと壁を押そうとして‥‥‥何か生暖かくて柔らかい感触がした。左から伝わる感触は、二つの袋があるテングダケ。
恐る恐る顔を向けてみる。
「それは私の福袋だ」
草木も眠る丑三つ時。悲鳴が再び夜の帳を切り裂いた。