馳川更紗は幸せを掴めるか?

■ショートシナリオ


担当:橋本昂平

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:09月15日〜09月20日

リプレイ公開日:2006年09月24日

●オープニング

 江戸の街は広く大きい。
 源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
 人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
 人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。



――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――





 ここ最近、馳川更紗はもの凄く機嫌が悪かった。否、今も継続中というか、幼馴染みの彼がいらん事いったせいで静まりかけた怒りが再び再燃してしまっている。抜けている以前にどこか常識の大部分が抜け落ちている高槻慎一郎に全責任はあるが、それでも居心地悪いのは仕方がない。
 とにもかくにも。慎一郎はここ連日、幼馴染みの少女のご機嫌を取ろうと必死なのだ。
「ね、ねえ。更紗。俺が悪かったから、そろそろ機嫌直してくれないかな?」
 男にしては低い背の、細身で童顔の女の子みたいな印象を受ける青年侍。見た目より幼く見られる事をひどく気にしている慎一郎は、それでも精一杯引き下がる。
「さ、更紗ぁ〜」
 その情けない声はなんだ。しかも妙に泣き声っぽい。耐えられなくなって更紗は振り向いた。
「やっかましい! いい加減に黙りなさい!」
 振り向きざま、腰まで届く黄金色の長い髪が揺れる。エメラルドのような青くきらめく瞳は怒っているというより照れているような戸惑っているような。遠い国よりジャパンの江戸、旗本馳川家に養女に出され馳川の姫として育てられた彼女は、その割に育ちを疑いそうな大声で怒鳴り散らした。
「慎一郎が詫びを入れているのは判ったから! 反省をしているって判ったから! 頼むからそんな捨てられた犬のような眼で見つめたり拾ってくれと言わんばかりに泣いている子犬みたいな声を出すのはやめてよ! 逆にボクの方が恥ずかしいんだから!」
 顔を真っ赤に更紗は言い切った。周りの通行人から好機な視線が突き刺さるけど、そんな事を気にしている余裕はない。
「あ、うん。ごめん」
「判ればいいのよ。で、何?」
 両の手で赤くなった頬を押さえ、慎一郎に尋ねた。
「何って言われてもさ、俺はこれから仕事なんだけど」
「うん。そんな事判ってるよ」
 慎一郎は微妙に迷惑そうに更紗を見つめる。恐る恐る伺った。
「だったらさ、どうして付いてくるのかなって」
「何よ。ボクが一緒だと嫌だって言うの?」
「‥‥‥うん。今回ばかりはさすがに‥‥‥」
 視線は泳ぎまくっている。だから慎一郎は、更紗の一瞬寂しそうな眼をしたのを気付かなかった。
「ふ、ふんだ。慎一郎のクセに何生意気言ってるのよ。せっかく多忙で暇もないボクがわざわざ時間を割いてやってるのに、そんな事言うの?」
 何か言い訳がましい言い分だ。見る人から見れば虚勢だと判る。
「忙しいなら別に手伝いなんてしなくてもいいんだけど」
 この辺り普通に常識人な慎一郎は普通に断った。それ以上にこの先一緒だともの凄く気まずくなる事この上ないのだが。
「そんな訳にはいかないでしょ! 慎一郎が変な女に引っかかって、美人局で身包み剥がされゴミ箱行きになるのが目に見えているからボクも一緒に仕事手伝ってあげるの。判る?」
「し、失礼な事言わないでよ! 俺だって今はこんなナリだけど侍だよ。身包み剥がされると思う?」
「思うわよ。この間、女の人に店の中引っ張られそうになったのどこの誰だったかな。美人だからってにやけて。いやらしい」
「そ、それは‥‥‥」
 さすがに言い返せない。場所が場所だけに分が悪い。
「別にいいんだよ? 慎一郎だって男の子だし、女の人に興味があるなんて健全な証拠だと思うよ」
「馬鹿にされてる気がするんだけど」
「気のせいよ」
 更紗は腕を組んで値踏みするように慎一郎を見る。
「あのヘタレで剣術弱くて全然男らしさもない慎一郎が異性に興味を持つようになったんだよ。これは褒めるべきだね」
 言い返すべきなのか、慎一郎は微妙に迷って睨む。
「今回の仕事は色町の警邏。いくら人手が足りないからって半人前の慎一郎なんかに頼むなんてどうかしてるもんね。栗山さんに頼まれて様子を身に来なかったら、本当に慎一郎は身包み剥がされてたよ」
「‥‥‥悪かったね」
 否定できないのがくやしい。
 確かにあの時、嫌だ嫌だ言っても店の中に引きずり込まれかけた。呼び込みしていたのは女の人で乱暴に扱う訳にはいかないし、色町のお店の女の人よろしく色っぽい恰好をしていた。思春期真っ只中の慎一郎は思わず眼が行って、逃げる機会を失ってしまったのだ。
「とにかく、次からそんな事にならないよう人手を調達するわよ。冒険者ギルドに行こう」
「別にいいけど、そんな金持ってないよ」
「経費で落とせばいいじゃない。ボク、経理の子とは友達だし頼んであげる」
「それって犯罪‥‥‥」
「バレなきゃいいのよ」
 身も蓋もない言い方だ。
「いいじゃない別に。今、慎一郎んとこの役所、致命的に人材不足だし、手伝い呼ぶとかある程度の雇い賃、申請すれば出してくれるじゃない。それの似たような事。ちょっと出費が多いだけよ」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
「そういう問題なの」
 問答無用とばかりに言い切った。
「それにさ、ボクらだけじゃいけない店もあるじゃない。‥‥‥ほら、紅の宿とかさ‥‥‥」
「そ、そうだね‥‥‥」
 更紗は真っ赤になった呟いた。
 出発前に読んだ書類。遊郭・紅の宿にて遊女指導がある故、それの検査をすべし――
 どこで手に入った情報なのか知らないが、とにもかくにもそういう情報が入ったから調べに行かねばならない。色町においては様々なトラブルや、違法商業もやっている店もある。中には法で禁止されている事も、だ。
 書類では遊女指導員はお幸という女性。また、その補助としてお春という女性の名が挙がっている。どちらも美人という女性だが、共通点も見られない二人。もしかして何らかの犯罪に巻き込まれているのだろうか?
 この微妙な空気の中、更紗は声を大きく張り上げる。
「とりあえず! 冒険者ギルドに行くわよ! 色町となるとごろつきもいるだろうしそんな場所とはいえ治安を護るのも役人の仕事だし!」
 返事も聞かずギルドへ向かう。
 この間、告白しようとして隠れて野次馬になっていた冒険者に見られているのに気が付いてうやむやになって、それでイラ付いているのを、「もしかしてあの日?」なんて素で聞いきた慎一郎を(本人は辛そうと思ったのか心配で聞いて)軽く撲殺して、更紗の精神状態は微妙に悪い。

●今回の参加者

 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea3220 九十九 嵐童(33歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3283 室川 風太(43歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb5521 水上 流水(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb6770 玉梓 稲荷(33歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

九十九 刹那(eb1044)/ フレイア・ケリン(eb2258)/ 室川 太一郎(eb2304)/ ネム・シルファ(eb4902)/ ツクモ・クズノハ(eb6379

●リプレイ本文

「何というか、前回は気が利かなくてすまん」
 色町の一角。待ち合わせに指定した茶店に訪れた冒険者達の内、柚衛秋人(eb5106)と水上流水(eb5521)は開口一番謝った。気になったとはいえあの時、動転して刀を抜いた更紗に追い回されたものだ。恋する乙女の力は無限大。鬼神の如き剛剣の嵐からよく逃げ切れたものだ。
「別に今更詫びられてもね。過ぎた事だしもういいよ」
 いつかの事を思い出して更紗はため息をついた。夕暮れのあの日。二人きりだった道。胸に秘めた想いを伝えようと、小さな心を奮い立てた自分。きっとあの時程の勇気をもう一度振り絞ろうとしても無理かもしれない。
 思い出してきたらむかついきて、投げやりになってる更紗に、渦中の人、慎一郎が尋ねた。
「過ぎた事って、何かあったの?」
「え。べ、別に何でもないよ」
 心配そうに幼馴染みを見つめる慎一郎。
「そう? でも何か困った事があるなら俺に相談しなよ。頼りないかもしれないけど、更紗の為なら俺、力になりたいしさ」
 ――なんて、そんなこっ恥ずかしい台詞を素で言い切った慎一郎。
 俗に塗れていないのだろう。そんな慎一郎の笑顔はとても眩しくて、
「相談して解決している問題なら、もうしてるわよ‥‥‥」
 頬を赤く染め上げて、更紗は小さく呟いた。
 疑問符を浮かべる慎一郎。心配そうに顔を覗き込んできてまた顔が真っ赤になって、そんな更紗が見ていて滑稽というか哀れで、とりあえずフィーネ・オレアリス(eb3529)が助け舟を出した。
「まあ、とりあえずお仕事に参りましょうか。このままじっとしているのも何ですし」
 そしてフィーネにとっては挨拶のつもりなのだろう。慎一郎の手をとって、
「今回は頑張って手柄を立ててくださいね」
 優しく手を握り、そっと微笑んだ。
「え、あ、はい!」
 つい条件反射の如く背筋伸ばして応えた慎一郎。異性に興味がありすぎて垢抜けてないからだろう。美人でスタイルよくて豊かな二つのふくらみを持つフィーネに、慎一郎は速攻マッハで顔が緩みまくった。まあ、思春期らしいといえばらしい。
 とはいえだ。面白くないといえば面白くもない。
「ふーん‥‥‥。よかったね慎一郎。好みの美人さんに手を握ってもらってさ」
「さ、更紗!?」
「別に悪く言っている訳じゃないんだけどね。慎一郎も男の子だし、女の人に興味を持つのは当然と思うよ」
 前にも似たような台詞を聞いた覚えがある。更紗は怖いくらいににこやかに微笑んで、
「いくら巨乳好きで女の人と話す時は必ず胸元を見るのも個人の趣味だし、男の子だからしょうがない思うから別にいいんじゃない?」
 とんでもない事を暴露った。
「‥‥‥‥‥‥」
 胸元を両手で隠すように、困ったような微笑みを浮かべるフィーネ。
「大体、毎度毎度ボクの胸元見てつまらないもの見たとばかりにため息ついて気付かれてないとでも思ってるの!? いくら小さくて慎一郎の好みじゃないからというかそもそもセクハラだし、いい加減むかついてるんですけど!」
 握る拳にオーラパワー。
 何というか、結局いつもの痴話喧嘩な訳で、冒険者達はとりあえず自分の仕事に移っていった。





「――とまあ、そういう訳で警邏の任に付いているのじゃが、江戸のように大きな街ではこの手の場所も自然必要となるというものじゃろうか」
 のしたちんぴらを一瞥して、玉梓稲荷(eb6770)はため息をついた。裏路地の一角。騒動を聞きつけて駆けつけた稲荷と秋人とフェネック・ローキドール(ea1605)。金銭トラブルらしいが、一人をよってたかって私刑にするのはさすがに見過ごす訳にはいかない。とりあえずちんぴら達を叩きのめして――実際は格闘スキルに長ける秋人がほとんど相手にしたのだが――今に至る。
「何がそういう訳か知らないが、少しは手伝おうとは思わなかったのか?」
 河伯の槍を杖代わりに恨めしそうに見る秋人に稲荷はフェネックに同意を求めるように尋ねた。
「手伝いと言われても、のう?」
「ええ。我々の精霊魔法は月が見えない内は効果が薄れたり、意味のないものだったりしますから」
 ――なんて、至極真っ当な返答を返す二人。秋人はしょうがないとばかりに自分を納得させた。これも星の巡りというか、いくら色町とはいえ昼間に暴力沙汰が起きるこの治安の悪さはどうかと思う。
「‥‥‥まあ、そんな事はどうでもいい。だが、フェネック。お前のその恰好は何だ?」
「変装ですよ。老婆の」
 見れば判る、と秋人。
「聞けば馳川様。恋を叶え様と頑張っているらしいじゃないですか。一人でも色気を殺せば安心出来るかと思いますし」
 聞き様によっては自分は美人だ、と聞こえなくもないが勘繰りすぎか。
「ああいう手合いはからかいたくなるがの」
 悪戯っぽく笑う稲荷。巫女装束の場違いにもというか場所柄マニア心擽りそうで、そういうお店の人と思って絡んできた男達を手痛く返り討ちにしている。本人曰く気が向かなかったかららしい。
 何というか、まともに相手をしたら余計に疲れそうだから、秋人は無言で裏通りを抜けた。





 曰く、遊郭では『客を一晩のみ泊めて連泊を許さない』『偽られて売られてきた娘は調査して親元に返す』『犯罪者などは届け出る』この三つが基本的な決まりらしい。
「では私はこれで」
 遊郭・紅の宿。用意してもらった一室にやってきた流水と情報交換した九十九嵐童(ea3220)は、店主から説明してもらった事柄を記した紙を流水に渡した。連絡係として動いている流水。秋人や慎一郎達警邏班とギルド間を行き来して疲労が溜まってそうだがそれを思わせない健脚ぶりだ。
 流水が出てしばらく、遊女指導員のお幸とその補助、お春が部屋に入ってきた。「報告書作成のため指導員とされている貴女方から話を聞く」と口上の後、形式通り取調べが始まった。実際話しを聞くだけだが、書類上役所からの依頼だし取り調べには間違っていない。
「単刀直入に言うと、2人の接点があまりにもなさ過ぎるんで役所では何かの事件に巻き込まれたのでは、と疑っている。もし何かあるんなら、話してくれないか?」
 折を見て嵐童はそう尋ねた。しかしお幸は、
「私とお春ですか? 昔の職場でお春は部下でしたけど」
「ちなみにこの店、昔の仕事仲間の店なんです」
 と、お春は続けた。
「昔の仕事仲間?」
「ええ。新人の教育の為、指導を頼まれまして。お金も入用で私は引き受けたのですが」
 昔というと、このお幸という女性も遊女だったのだろうか。
 嵐童はお幸とお春を見た。二人とも当然違う印象を持つ女性だが、共通する所はスタイルがよくて肉感的な肢体の‥‥‥元遊女だと言われても信じてしまいそうだ。ふと生唾を飲んだ。
「まあそれはそれとして」
 音もなく、お幸が詰め寄った。
「いくらカタギの仕事に付いたといっても役所から調査が入るなんて、随分と日和ったと思いませんか? お幸様」
 嵐童を挟むような位置にお春。何か危険な気配がして逃げようとして――縄で縛り上げられた。驚愕に表情を染め上げる嵐童にお幸は微笑んだ。
「貴方忍びでしょう? 忍びが敵陣、それも敵の忍びの拠点に侵入して、普通は生きて帰れませんよ」
 ずるずると引きずられる嵐童。
「今は忍者引退しているとはいえ、この遊郭の従業員は元忍び。まあ、命までは奪いませんので」
 そしてお春が、
「たまにいるんですよ。蝋燭とか縛りと掘って欲しい変な客が」
 とんでもない事を言い切った。
「ほ、掘るってドコをだ!?」
「まあまあ、犬に噛まれたとでも思って下さいな」
 そのまま引きずられて別室。飾ってあった花の蕾が落ちた。





「そやけど妙な縁やわぁ、名前が同じやなんて」
 警邏中。名前が同じで異国縁の――西園寺更紗(ea4734)はハーフだが――という事で馳川の姫と西園寺の更紗は結構打ち解けていた。
「更紗姫は純潔の異人はんなんやろ? うちは半分異人はんの血が流れていて、この髪の色が証拠どす」
 流れるような銀の髪。更紗の金髪とは対照的で、二人並んで歩くと随分絵になっている。
「せやけどええの? 慎一郎はん放って置いて」
「いいんです。あんな馬鹿」
 幼馴染みを横目に見て、ついとそっぽを向いた。慎一郎は趣味というか性癖ばらされて、これ以上余計にばらされたくないから離れて歩いている。
「姫はんがそう言うなら構いまへんけど」
 銀髪の更紗をそう一息置いて、
「あんまり焦らすと、鳶に油揚げ誰ぞに取られてしまうよってに。たまには素直さも見せなあきまへんぇ」
「それに恋愛など、好きと嫌いが雑ざっているようなものだ。更沙姫にとって、慎一郎は必要な人がどうか、いなくなったらどう思うか、考えてみるのも良いだろう」
 室川風太(eb3283)が続けた。僧侶よろしく、いやに説得力のある顔つきで言った。
「仮に貴女が何か違法な事に巻き込まれたとしよう。そういう時は家族か、信頼できる人に頼りたくなるだろう? 貴女にとってはそれが慎一郎殿。そのような態度では嫌われるだけだと思うが?」
 さすがに坊さんだけあって言う事に含蓄がある。何となく慎一郎の方へ顔を向けると眼があって、恥ずかしくてまたそっぽを向いた。





「それで嵐童さんはどうして真っ白に燃え尽きてるんです?」
 紅の宿に飯炊き人として潜り込んだフィーネは、再びやってきた流水に尋ねた。
「さあ? 貞操は守り抜いたとか呟いてが何の事やら」
 見かけたら隅っこでぶつぶつ呟いていた始末だ。
「とりあえず慎一郎さんと更紗姫にお茶を出しに行きますけどどうします?」
「状況報告もしないといけない。ご一緒しよう」
 そう言って階段を登った二人は、何か騒々しい音が聞こえた襖を開けた。





「遊郭ってこんな風になってるんだ‥‥‥」
 紅の宿に入った二人は、店主と指導員を待つ為用意された一室でうろうろしていた。何だかんだで初めて足を踏み入れた遊郭。正直興味ある。
「後学の為に色々調べとこうかな」
 更紗と一緒に部屋をうろうろする慎一郎。更紗はともかく、慎一郎は遊郭に行こうと思えば行ける。
「後学って何よ。嬉しそうな顔してさ。いやらしい」
「い、いいじゃないか別に!」
「勿論いいけどね。でもさ、通いつめて破産なんてマネしないでよ。天国のおじ様とおば様に顔向け出来ないし」
「し、しないよ!」
 しっかり声が裏返る。
「そうかな〜? 慎一郎は真面目そうに見えてむっつりだもんね。今だって、どんな事考えてるやら」
「あ、あのね‥‥‥」
 更紗は意地悪そうに笑った。
「遊郭の部屋の一室で、こんな可愛い女の子と二人っきりなんだよ? 変な気を起こそうと思わないのが逆に変だけど」
 少しハイになっているからだろうか。挑発的な仕草で幼馴染みの少年に詰め寄る更紗。
「じ、自分で可愛いなんて言う人、普通は可愛くないんだよね‥‥‥」
「なー、なんですってぇ!」
 再びいらん事いった慎一郎。殴られそうになってよけたりいなしたり――足を引っ掛けて二人はもつれ合って倒れた。
 慎一郎の鼻をくすぐる甘い香り。まるで柔らかい真綿を抱きしめているような感じで、左手から伝わる柔らかい膨らみ。一瞬の刹那がもの凄く長い時間に感じられて、
「ご、ごめん!」
 離れようとする慎一郎。だけど、更紗は考えるより先、手が慎一郎の手を掴んだ。
「さ、更紗?」
 極至近距離。見詰め合う二人。更紗の唇からこぼれる熱い吐息。それら全てが慎一郎の心を惑わせる。
 更紗の心にふとよぎったあの台詞。
 ――たまには素直さも見せなあきまへんぇ――
 エメラルドのような青い瞳。宿す輝きは心を狂わせる赤い情熱。
「慎一郎。ボクは――」
 今なら伝えられる。何か色々な部分跳び越してるけど。
 あの時の言葉を今、伝えようとして、襖が開いた。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
 重なる四人の視線。
「えっと、これはその」
 そんな二人にフィーネは得心を得たように頷いて。
「お邪魔でしたね。すみませんでした」
「若いという事は羨ましい。だがくれぐれもハメを外さないように」
 いやに優しい笑顔のフィーネと流水。
「ちょ、誤解ですよ!」
「恥ずかしがらないでもいいですよ慎一郎さん。若い時分はよく抑え切れないアレやソレもありますし」
「フィ、フィーネさん別にボク達は‥‥‥」
「私は連絡係。なので後で皆にも伝えておこう」
「だ、だから!」
「ではフィーネさん。邪魔な私達はこれで」
「ええ。帰りましょうか」
「だから待ってってばー!」
 とりあえず二人の仲は進展した、のか?