●リプレイ本文
相談を終えた冒険者達は、それぞれの目的を果たす為に動き始めた。
ようは依頼人との接触である。
今回の依頼人は個人ではなく、数人の被害者達だ。何度か役所へ調査するよう上からのお達しもあった。その度に袖の下で繋がる役人から握りつぶされれてきたものの、ようやくまともに――依頼人側からはかなり非合法の手段も認めるとあったが――調べられる運びになった。
いざ調べてみると、それはもうあくどいものだ。そして調査自体は方便で、本当は、成敗所か始末してほしいとの事らしい。
色々と突っ込みたくもあったがとにもかくにも依頼人に会ってみる事にした。
そういう訳で、武家屋敷に通された一条院壬紗姫(ea2018)と柚衛秋人(eb5106)は武士の誇りだの面子だのを一刻ほど、延々と語られる羽目になった。刀持ちの二人には納得できる話しであったものの、所詮逆恨みで逆切れである。
「――侍とは主君に命を捧げ死ぬべきである! 故にいつでも合戦に赴けるよう、武具の手入れはかかせない。そして武具の手入れと維持には金がかかる! ならば持ち合わせが足りぬ場合は金貸しから借りる事、理解できよう」
まあ、その辺は判る。中年武士は拳を握り締めなお語りだした。
「某は戦場にて刀を振るう。それは民草を守る事に繋がるではないか。しかし、あの男はそんな某の心を無視し執拗に取り立てに迫ってきおった! 傍若無人にもほどがあるわ!」
「いや、ある意味自業自得だろ、それ」
「なんじゃと! お主、某を愚弄する気か!」
うんざりと、冷ややかに見つめる秋人に中年武士は刀を取った。
秋人はため息をついた。
「確かに誤久亜倶屋のやり方には問題はあるが、金を借りたのならば返すのが道理だろう。アンタにもそれなりの理由があったのかも知れんが、同じ刀持ちとして情けない限りだな」
秋人は槍使いだから少々違うが、まあ細かい事はどうでもいい。
「若造風情が勇ましいな。貴公を見ると昨今の志士は質が落ちているようだな。神皇様も、次代を担う志士がこの程度だと思うとさぞお嘆きだろう」
「貴様、確か武士は主君の為に命を捧げ死ぬべきと言ったな」
「いかにも」
「それなら志士とて同じだ。神皇様を侮辱するなら、死を覚悟してもらおうか」
秋人は短槍に手をかける。中年武士も刀の鯉口を切って、互いに突き刺さる殺気をぶつけ合う。一触即発の空気の中、壬紗姫は一つ手を叩いた。
「双方とも、落ち着いてくださいませ。貴方方がいがみ合ってどうするのですか」
互いににらみ合った眼つきのまま顔を向けた二人は、壬紗姫にそれぞれ主張するも、あっさり言い含められる。
「とにもかくにも、最初にお聞きしたお話しに間違いはありませんね。まだ他に被害はおありですか?」
「‥‥‥いや、それだけだ」
「そうですか。それでは私達はこれでおいとまさせて頂きます。柚衛殿、参りましょう」
秋人を促して襖の前に立った。引こうとして、思い出したように訪ねる。
「そう言えば大事な事を忘れてました。よろしいですか?」
声は氷のように冷たく、抜身の刃のよう。
「火付けと殺し以外は、確実に処理して頂けるのでしょうか?」
まるで脅されたように何度も頷く中年武士。
綺麗な言葉使いが逆に恐ろしかった。
大抵金貸しというものは、ヤクザとつるんでいるものである。
取立てから出てきたばかりのチンピラを路地裏に連れ込み、締め上げながらキース・レイブン(ea9633)は奪った匕首を喉元に押し当てる。
「今話した通りか? 隠すとためにならないぞ」
匕首で押す力を強めねめつける。鈍い色の刃は肌に軽く食い込み、じんわりと赤い線を走らせた。
「本当だって! それ以上の事はやってねえ!」
「信用できないな。死んでみるか?」
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
再び込める力を強める。肉に刃が食い込む感触が手に伝わる。
「あ、あのキースさん。いくらなんでもやりすぎではないんでしょうか‥‥‥?」
こんな鬼の所業のようなマネを平然とやってのけるキースに怯えつつ、レラ(eb5002)はおずおずと物陰から出てきた。脅迫にはこういうのが一番効果的なのだが、天然ボケでそういったやり口に疎いレラには判らないのだろう。
「そうでもないわよレラちゃん。手段なんて選んでいたら成功するものもしないわよ?」
どこから現れたのか、御陰桜(ed4757)は肩を軽く叩いた。
「み、御陰さん!? 突然現れないでください!」
「いや、まあ、それは職業柄」
忍者とは隠れてなんぼだ。気配を覚られる忍者がどこにいる。
「それはともかくさ、誤久亜倶屋の店、調べてきたわ。情報の通りヤクザ者が出入りしているし、酒場でちょっとひっかけてたら話してくれる事話してくれる事。本当にロクな事してないわねえ」
「ご苦労様です」
「それほどでも。レラちゃん達の方はどう?」
レラは苦笑して促した。
「えっと‥‥‥、こういった具合です」
匕首を押し付けられたままのチンピラは半泣きのまま震えている。キースが手でも離せば自重を支えきれずに自分から匕首をめり込みに行きそうだが、そこは唸る豪腕。片腕一本で半ばチンピラを持ち上げていた。
「なるほどね」
得心を得たように頷いた。
「あたしはキースちゃんを手伝う事にするわ。レラちゃんは先に帰ってる?」
「あ、いえ、もう少し調査しようかと」
「そう。気をつけてね」
何か悪寒に誘われて駆け足で路地裏を駆け抜けた。表通りに出た直後、チンピラの絶叫が聞こえた気がした。
金貸し側の主張もわからないでもない。
借りる時は神様仏様と拝み倒すクセに、いざ返して貰う時には蛇蝎の如く忌み嫌う。気持ちも判らないでもないが都合のいい事この上ない。ぼったくられると判っていて、それでも借りるというのならその辺り理解して借りにきて欲しいものだ。
誤久亜倶諸卯婆異仁はそう思う。
炸裂する袖の下。獅子の如く吼えるヤクザの威光。この二つの前に敵はない。
今夜も逆恨む連中の刺客をひっ捕らえ、どう調理するかを考えていた。というか結果そのものは同じなのだが。
「それ以上近寄らないで下さい! 舌を噛みますよ!?」
「ほっほっほ。別に構いませんよ。そんな度胸があればの話しですがね」
皆も寝静まった夜半過ぎ。行灯の乏しい光が布団に倒されたレラを映し出す。
テレスコープで誤久亜倶屋を覗いていた時、迂闊にも見つかり、気絶させられ連れ込まれたのだ。というかこんな江戸の街で蝦夷の民の服装は目立つ以外の何者でもないし。これではいくら隠れようと見つけてくれと言っている以外の何物でもない。やはり天然でボケているのか。
行灯の灯りに照らされた誤久亜倶諸卯婆異仁の顔が、まるで邪悪の化身のように見えた。
「せ、せめて一太刀‥‥‥!」
持ち物検査はされなかったのだろう。懐の中の短刀を抜き放ち刺しにかかった。
「ほっほっほ。勇ましいのぅ」
駆ける手。刹那捻り上げられ短刀を取り落とす。
「あいにくと似たような事は何度もあってのぅ。おかげさまで護身の術を身に付けたのじゃ。大人しく諦めた方がよいぞ」
ある種の危険がレラを駆け巡る。
「か、勘弁して下さい! 私なんてあまり面白くありませんよ? 胸はぺったんこですし!」
出きるなら今死にたい。こんな台詞を言うなんて。
「ほっほっほ。安心せい。別に儂はえり好みはせんよ」
‥‥‥して欲しいです!
「ほっほっほ。そんな幼児体系が、逆にイイ!」
「い、いやぁぁぁぁ!」
激しく問題発言をする好色金貸し。貞操の危機になんてなったりするレラちゃんはどうなる!? そして放たれる伝説の言葉。
「よいではないかよいではないか」
「あ〜れ〜」
掴まれた帯を引かれ回る人間独楽。故郷の家族に先立つ不幸を許してもらおうと祈っていると、突然帯が断ち切られた。駆けた手裏剣。
「何奴じゃ!」
「冒険者だよ!」
襖をぶち抜き現れた、冒険者達。
「皆さん!」
数瞬をおいて事態を把握した金貸しは叫んだ。
「曲者じゃ。出会え、出会え!」
奥に控えていたチンピラ達が現れる。状況からして囲まれた。
「どうじゃ。こんな事あろうかと控えさせておいたのじゃよ」
下がりながら、不敵に笑う誤久亜倶屋。
「数が多いだけでしょう?」
壬紗姫が刀の鯉口を切る。
「この程度、引きはしない」
キースが指を鳴らす。
「だいぶ美味しい目をみたみたいだな。陛下の御前では皆平だと知ってたか?」
短槍を構える秋人。
「それでは‥‥‥」
桜が手裏剣を抜きながら、
「悪人退治と行きますか!」
戦闘が始まった。
一仕事終った後の湯は格別だ。
翌日の朝、レラが探し当てた証拠の物品と共に誤久亜倶屋達を役所に引き渡した冒険者達は、銭湯でしばしの休息を取っていた。ここの店主も被害にあったらしく、しばらく貸切にしてくれるそうだ。
「それにしてもレラちゃん、災難だったわね」
桜が尋ねた。
「ええ、もう少し遅かったら私、舌を噛んでました」
「未然に済んで良かったさ。悪人が栄える道理はない」
「‥‥‥そうですね」
そっぽを向きながら答える。地で雄雄しいキース。まるで男と混浴しているようで落ち着かない。
「しかし、レラ殿を襲うのも判らないでもありませんね」
「そうだな」
キースは頷いた。
「な、なんでですか?」
「こんなに小さくて可愛いものね。ぺったんこなのが余計に可愛いわ」
「護って上げたい‥‥‥というより、めちゃくちゃにしたい、そんな感じしません?」
「ああ。その筋の男にはたまらんだろうな」
「な、何て事言うんですか! よりもよって誤久亜倶屋さんと似たような台詞を!」
「あらあら。怒った顔も可愛いわねえ。お姉さんと流しっこしない?」
妖艶に、背中へしなだれかかる。
「たまにはハメを外すのもいいかもしれませんね」
にじり寄る女浪人。
「小さいのが、逆にいい」
輝くファイターの男前スマイル。
「よくありませーん!」
蝦夷の少女の絶叫が、女湯に轟いた。