新兵募集の裏事情

■ショートシナリオ


担当:橋本昂平

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月10日〜10月15日

リプレイ公開日:2006年10月18日

●オープニング

 江戸の街は広く大きい。
 源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
 人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
 人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。



――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――





 組織において広報係はひどく重要な役割を持つ。
 何てことのない日常ですら取り扱い次第で多くの人に知られ、評価が大きく変わる。それは見る人々の関心を高めるから組織にしろ店経営者にしろ、広報に関してはどうしても他人事ではいられない。
 裏を返せば、宣伝一つで支持率や売り上げの増減が決まってしまうのだ。必然として、それらのトップにいる者は広報に対し力を惜しむ事はない。案外真の支配者は広報係りなのかもしれない。
 それはそれとして源徳家。広報を担当する部署の彼らは新兵募集の記事をどう書くか考えていた。
 従来通りお決まりの文句でも書いて志願者を募る。これもこれで悪くはないし、遊びでやっている事でもないから要点だけ絞って書くのは、まあ、普通だろう。
 とはいえ、使い古された手段で読者の目を引く事は出来るだろうか?
 群雄割拠のこの時代。今のところ江戸は平和そうで裏で色々暗躍していそうではたまたどこかの勢力が攻めて来そうな、はっきり言って一寸先も見えない情勢だ。
 そして有事の際、日頃磨いた技と知恵を国防の為に振るうのが侍。その最先端が一般兵というか雑兵というか、つまり足軽だ。
 いくら武勇に優れた猛将がいようと戦いは数で決まるものだし、末端の兵が武勲を立てようとほとんどその上司の評価となって末端の兵はあまり報われる事のない場合が多いのだが、何はともあれ兵は多い方が良いに越した事はない。
 そんなこんなで「しょせん雑兵なんて」と言って志願者がいなくなっては困るもの。そこで広報係は知恵を搾り出さなければならない。
 熟考に熟考を重ねた末、冒険者ギルドに頼む事にした。
 丸投げかと部下は突っ込もうとしたが、話を聞く限り冒険者に軍事訓練に参加してもらうらしい。
 根も葉もない噂なんかと違って、本当の軍隊とはこんなのですよ、とか。実際の訓練はこんなのですよ、とか参加した冒険者にコメントをもらうのだ。人によるが、冒険者はその名を広く轟かせる者もいるし、そういうのに憧れる人もいる。あの冒険者がこんな評価したんだから、きっといい職場なんだろうなぁなんて思わせるのが狙いなのだ。
 えらく受身で他人任せだが、こういう手段は実際に効果は高い。
 その後、広報係は急いで準備に取り掛かった。まずは現在訓練を行っている部隊の捜索。これはすぐに見付かった。最近新設された大隊。大隊長に挨拶に伺い許可を取り、来るであろう冒険者をその揮下の部隊に振り分けていく。
 そして最後に残った部隊。笹山式子率いる笹山中隊。これは一風変わった部隊で、どうやら西洋の軍隊での訓練を行っているらしい。月道で世界中行こうと思えば行ける時代。自国の国力を高める為、ものは試しという事で、彼女の部隊に西洋風の訓練をしてみる事にしたそうだ。
 全ての前準備が終って、広報係は次の準備に取り掛かった。






 源徳領、某所。土煙を上げて刀と具足、背嚢を背負う一団はひたすらに走っていた。
「このブタども! 何をチンタラ走っているの!」
 鞭がしなり、罵声が轟いた。
「私はゆっくり走れと言ってないわ。例え足がもげようとくたばろうとも、私が許可するまで走り続けなさい!」
『イエス、マム!』
 再び鞭がしなり行軍を続ける足軽達は肯定した。
「それでいいのよブタども。貴方達は自分で考える事も出来ないウジ虫。そんな貴方達に救いの手を差し伸べているのは誰? 私でしょう? そんな私が走れと命令しているの。涙流して歓喜なさい!」
『イエス、マム!』
 笹山式子は一人の足軽を呼びつけた。
「そこの貴方! 自分が何なのか答えなさい!」
「イエス、マム! 自分はクズで無能で行軍もロクに出来ない愚かなウジ虫であります!」
「その通り。そしてそのウジ虫は、今走る事しか存在が許されない小鬼にも劣る下等生物。違うかしら?」
「イエス、マム! 違わないであります!」
「判ってるわね。そんな貴方にご褒美よ。一刻分行軍を続ける許可を与えるわ。感謝なさい!」
「イエス、マム!」
 何というか、イジメというか拷問だ。曰く、極限領域に追い込んで限界以上の力を引き出すらしい。ちなみに軍隊において上官の言葉は絶対服従。たとえ白でも上官が黒と言えば黒。否定するにしても、まず肯定しなければいけない。
「知恵も学習能力もない、脳の腐った貴方達にブタどもに教えてあげるわ。数日後、新兵の募集の一興として冒険者が訓練を受けに来るの。上のやる事はよく判らないけど、貴方達にとっては嬉しい事じゃない? いくら訓練しても成長しない無様な姿を見られるのは」
『イエス、マム!』
「きっと貴方達は笑われるのよ。偉大なる源徳公の兵のくせに、いざ戦闘になると一切の役に立たないクズだって。それに、どうせ源徳公だって期待してないわ。クズはクズ以上の活躍しかしないって」
『イエス、マム!』
「クズはクズ。ブタはブタ。どうあがいてもそれ以上にはならないけど、貴方達の頑張り程度では源徳公はありがたくもお声をかけてくれるかもしれないわ。ありえない話だけど努力なさい。――そう、ブタなりにね!」
『イエス、マム!』
 どうでもいいが、どこの国のでの訓練方だろう? とりあえず真似てみたとはいえ、出自が気になるものだ。
「折角だから、冒険者に新しい訓練方法でも聞いてみようかしら? いくら鍛えても無駄に過ぎないけど貴方達はそんな無駄な事が好きでしょう? せいぜい好きなだけ血反吐を吐きなさい」
『イエス、マム!』
 どんな罵声を浴びせられてもひたすらハモッて肯定。今まで散々罵倒され鞭でしばかれて、彼らは鞭の痛みと恐怖と極限の疲労と異様なテンション諸々で軽く洗脳されている。


――こうして冒険者は、知らずに地獄の五日間へ足を踏み入れる事になった。

●今回の参加者

 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb7621 新堂 小太郎(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb7651 柊 蓮慈(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb7673 ルビ・ルビ(24歳・♀・神聖騎士・シフール・イギリス王国)
 eb7718 アドヴァルト・カストライン(21歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)

●リプレイ本文

「限界を越えさせるなら、いい方法がある」
 と、アンドリュー・カールセン(ea5936)の鶴の一声で走りこみが行われているのだが、やっぱりそういうのはやらされている方にとっては地獄の閻魔の判決と同じだった。
『刀一本持たされて、一日敵を斬りまくる。
 敵国の奴等は悪! 即! 斬!
 軍によし
 国によし
 藩主によし!
 敵国の奴等をブッ殺せ!

 源徳藩主に仕えてる。某が誰だか教えてよ。
 壱、弐、参、師、源徳公の兵隊!
 壱、弐、参、師、源徳公の兵隊!
 某の軍隊!
 貴公の軍隊!
 源徳公の軍隊!
 源徳軍!                』

 ‥‥‥と、日が昇ったその時から昼近くまで休憩挟まず、今この時まで走っていた。とにもかくにも走りまくっていた。
 この行軍訓練の担当を請け負っているのはアンドリュー。本人曰く八つの頃から傭兵として様々な訓練及び戦場に参加していたらしく、経験からしてこういうのは得意というか専売特許らしい。訓練時代の負ったトラウマからか、足軽達にそれこそ生きるのが辛くなるような訓練を課し続けていた。ちなみに先ほどから歌っている色々まずい歌は、アンドリューと笹山式子の合作である。どこかの海の兵隊さんの訓練でもありそうだ。
 それはそれとして、歌いながら活動すれば疲労をあまり感じないとはいえ、朝っぱらから休憩一つもしなければ自然遅くなるのも当然である。
「貴様等! 誰が歩けと言った! 走る事もできないフニャ○ン野郎はこの隊には要らん! 帰れ腐れ○茎○郎共!」
『サー! イエッサー!』
「○玉があるのならこの場で○ン○リをこいてみろ! 頭を○○ックするまでしごいてやる!」
『サー! イエッサー!』
「何をやっている○漏野郎! 俺がいいというまで○○ックをやめるな!」
『サー! イエッサー!』
「隠れて○スかいてる包○○郎め、それ以上歩くつもりなら首切り落としてク○流し込むぞ!」
『サー! イエッサー!』
 ‥‥‥まあ、頑張って訓練しているものだ。これが軍隊じゃなかったら、アンドリューは絶対必ず百%訴えられているのに違いない。それにしても随分と性格が変わっているものだ。
 ちなみにこの手の訓練はまず、兵士の人権と人格を完全に否定する事から始まる。自らを否定され続け一切が認められず『からっぽ』になって初めて、ただ戦う為の戦闘兵器――『兵士』として鍛えられる。倫理だの色々問題あるし、訓練中に人格崩壊する場合もあるのだが、まあ、一般兵なんて安価で換えが効くのが大前提だからそういうのはあまり気にしないものだ。
 とにもかくにもしごかれている兵にとってはいい迷惑なのだが‥‥‥兼ねてより似たような訓練されている笹山中隊員にとっては特別文句を言う気はないらしい。訓練に参加した新堂小太郎(eb7621)にとっては迷惑の極みなのだが。
「どうした小太郎。遅れているぞ!」
「さ、サー! イエッサー!」
「いい返事だ。褒美として俺が良しと言うまで今から全力疾走だ!」
「い、嫌です!」
「ならば逝ねぃ!」
 白い刃が煌いた。
 鍛え抜かれた投擲技。ナイフが飛んできた。疲労で足がもつれて倒れなかったら額ど真ん中を確実に打ち抜いていたに違いない。
「な、なななな何をするんですか!?」
「黙れファ○○ン忍者! 俺は走れと言っている。死にたくないのならばさっさと走れ!」
 取り出すナイフ。鬼のように輝きまくる。――刹那。走馬灯が走った。
 忍者というものは、幼い頃から気が狂うほど訓練を受けるものだ。その中で、小太郎も気が狂いそうになったのは一度や二度だけではないだろう。とはいえだ。この訓練もそれに負けず劣らず地獄を見せている。
 今地獄にいるのなら、何を言っても無駄以外のなにものでもない。
「ち、ち、ちっくしょぉぉぉぉ! 覚えてろよぉぉぉぉ!!!」
 捨て台詞を吐いて大疾走。忍者の修行とて幾度となく地獄を見たがこの訓練とどれほどの差があるのだろう。
 小太郎は気絶するまでというか、両足が痙攣して頭から地面に落ちるまで走り続けた。





「わ〜い♪ 足軽がゴミのようだぁ〜♪」
 死屍累々と、積もった足軽の山の間隔を鬼のような速攻マッハな速度で匍匐前進するミネア・ウェルロッド(ea4591)。齢十二で達人クラスのファイターの体力だからかというか、お子様ならではの無尽蔵な元気よさ。初日から続けられた人外魔境な訓練を「遊び」と称して見事遊び倒していた。子供は元気の子にも程がある。
「早く次の遊びがしたいなぁ〜♪」
 そんな事をのたまって匍匐前進。絡み合って通れそうにもない足軽の間を、器用にそれもわさわさと動き回る。ムカデか。
「イ‥‥‥イギリスのファイターは化け物か!?」
 一人の足軽が最後の力を振り絞る。
 いい歳したりしなかったりする足軽群。世の中の酔も甘いも経験してきた筈なのに――お子様ミネアの前に最後に残った自尊心が崩壊した。




 よくよく考えなくても、来なかった残りの新人三人達は懸命な判断をしたと思う。
 新人故に勝手が判らない事もあったのだろう。いざ冒険の時、そういった理由か知らないが参加したのにいざ出発の折、新人がやって来ない事は最近は多い。今後はそれらに対する対策を検討するべきと思うが、今はそんな事はどうでもいい。
 最後の自尊心すら粉微塵どころかミクロにまで打ち砕かれた足軽達は、それこそ死人憑きみたいな顔をしていた。
「喜びなさいブタ共! 予定に比べて相当スケジュールが遅れてしまったけど、これまでの訓練を認めてあげて貴方達に二日と半日ぶりの食事を与えるわ。喜びなさい!」
『イエス、マム!』
 鞭が唸ってしなる。
 白目向かんばりの虚ろな眼。食堂――らしい――掘っ立て小屋でそれぞれ座り込んでいる彼等は、ゆらゆらと上下左右に頭が揺れていた。どう見ても危険だ。精神が病んでいるというか並んで座っていると引き込まれそうだ。本気と書いてマジと読むぐらい近寄りたくない。
「メニューは猪の丸焼きに熊の丸焼き。それに鹿の丸焼きよ。そこで死んでいる冒険者の手作りらしいわ」
 あれから気絶した小太郎は、死人すら生き返るのがウリのどぎつい気付け薬で復活して調理をさせられた。一人それぞれ一匹ずつの、獣の肉。丸ごと火で焼いて炙っただけの豪快にも程がある料理だが、すきっ腹でそれも身体を酷使しまくった身体に脂っこすぎる肉の群れはいくらなんでも無茶すぎる。
 当然足軽達は躊躇った。
「何を躊躇っているのかしら。身体が資本の私達は、何より体力を付けないといけないでしょう? だからわざわざ精の付くものを用意したのに、食べれない訳ないわよね?」
 中隊長の瞳が怪しく光る。
 ちなみに作った張本人は料理完成後またぶっ倒れた。超絶疲労の上に鬼のような肉の激烈臭に耐えられなかったらしい。
「さあ! ぼさっとしてないでさっさと食べなさい!」
 鞭が唸ってしなる。
「イ、イエス、マムブフゥ!」
 思いっきり肉を吹いた。
 位置的に式子は盛大に顔に肉が降りかかった。鬼神が舞い降りた。
「貴方達‥‥‥!」
 鞭が唸ってしなる。多分、今日死ぬかもな、とその足軽達は同時に思った。
「全員そこになおりなさい!」
 振るう鞭には鉄のトゲが付いていた。




 診療所送りになった足軽達が残した――と言っても口を付けてないのがほとんどだが――肉達を全て食い尽くしたミネアは足軽達と腕相撲もとい腕をへし折りまくっていた。
「また私の勝ちぃ〜♪ みんな弱いねぇ〜♪」
 にっこり微笑む笑顔がどこかの暗黒大魔王に見える。楽しそうに笑っているが余計にタチが悪い。
「次は俺だ! 今まで散っていった多くの強敵(とも)の為‥‥‥お前を倒す!」
 死んでない。
 手を重ね合い力を込める。いざ決戦の時で、
「えい♪」
 ミネアはやっぱりへし折った。ちみっことはいえ達人クラスの、太刀を平気に振り回せるほどの一流のファイター。無手でも人間の腕を折るぐらいお手の物だ。
「腕が! 俺の腕が凄い事に!」
「気をしっかり持つんだ! 衛生兵! えーせーへー!」
「あははー♪ 兵隊さんなのに弱いねぇ〜。もっと頑張ってほしいなぁ」
 中隊支給のどぶろくを軽く一ダース空けていい感じに出来上がっているミネアだが、そこら辺加減が効かなくなっているのだろう。最初の方はともかく、腕相撲を続けるたびどぶろくを空けるたび、足軽達が凄い事になっている。あの腕の曲がり具合は何かのオブジェだろうか? 逆に曲がり具合が芸術的すぎて治療に支障が出なさそうな感はあるのだが。
 アンドリューは死体さながらくたばっていた小太郎の身体へ秘孔を押した。傭兵時代に身に付けたものらしい。
「はぅあっ!」
 目玉が一周回った気がする。
「起きたかフ○○キン忍者。新たな訓練だ。ミネアと腕相撲してこい」
「え? 腕相撲ですか? 別に構わ‥‥‥」
 眼を向けた先、死屍累々の足軽の山。暗黒大魔王もといミネアが小太郎の腕を取った。
「す、少し待とう! 今私は起きたばかりであまり力が入らないというかまだゆっくりしたいというかお願いだから力を込めないで! 私の手、青白くなってるよ! そんなちっちゃな身体して百万馬力? どこの化け物だよ! って化け物って言ってごめん! だから力を込めないで! 腕がありえない方を向いてこのままじゃ凄い事ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ちなみに小太郎には式子が用意した治療用のアイテムで治療された。あいにく殺しても逝けない魔法のアイテムで殴られた訳じゃなかったので、治療はこれまた死んだ方が良かった程痛かったらしい。





 後日、市中に張り出された新兵募集の張り紙には参加した冒険者のコメントが載せられていた。一部修正されているものの、読者は自分が払っている税金が無駄になってない事が実感できたらしい。
 それで新たに入隊した志願兵はこれまた死んだ方がマシな訓練を受けるはめになるのだが、それはまた、別のお話し。