春画絵師外伝 裁かれし褌
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月22日〜10月27日
リプレイ公開日:2006年10月30日
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●オープニング
華の都京都。
神皇陛下お膝元のこの都市は、古くから遥か遠き国へと続く月道が確認され、それを確保する為に街は事細かく計画され、造られた。その為各地から月道を利用しようとする人達が集い、現在の京都情勢も相まってちょっとした混沌の様相を醸し出している。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
〜褌の開発日誌より抜粋
開発責任者の特殊技術(理論は不明。教えてくれなかった)により褌へ『魔璃怨』なる物体に宿る怨念の転写の完了。得倶座舞の壱号及び弐号は実戦での運用試験の為別所へ移送。また、責任者の意向によりこの二枚の色を蒼く染めるとの事。最後の一枚、得倶座舞参号は予備として保管するため白色のまま保管庫へ移送。これにて開発は終了。後は実験班に引継ぎし、自分を含む数名は研究班へ転属。届けられた実験成果を持ってこれを研究。
余談ではあるが、この褌へ使われている怨念の込められた物体、魔璃怨。元々はある春画絵師を親、兄、親類に持つ少女が起源とされている。
調査によるとその少女は親類縁者の職業により周囲から酷い扱いを受け、それを苦に自ら命を絶ったと報告にあった。また、形状からして魔璃怨は少女の遺物と思われる。
自分のこれまでの独自の考察によると、得倶座舞は装着者に春画に春画絵師、及びそれらに関するものに対し強烈な殺戮衝動を持たせると思われる。精神を強く持つ者ならともかく弱い者は――。
開発班だった一人として、より良い装着者に恵まれる事を節に祈る。
京都、某所。鹿嶋祐率いる実験ねずみ隊は情報にあった砦の前の森に身を隠していた。
古ぼけた砦だ。いつ建てられたか判らないし耐用年齢も過ぎ廃棄され、長い間使われる事のなかった砦だ。
つい先日の所、諜報の忍びから連絡が入り向かった所、情報の通り現在使われている形跡――カムフラージュしているが――がある。
そして、腰に巻いた最後の褌。『得倶座舞参号』が砦の先にある『もう一つの得倶座舞』に共鳴している。間違いない。この先にあの褌はある。
情報によると所属不明の足軽が、確認出来たところ十人。砦内にも別の足軽兵が控えていると思われる。本来なら所属を問い何らかの処置を取るところなのだが、彼等の上司からは砦内の敵殲滅の命令を受けていた。
命令違反を犯した友軍かもしれないし、異を唱えようとしたのだが――上官の命令は絶対だ。それに今確認した所、見張りの兵が身に付けている具足はどうも他国のもののようだ。これなら良心は――だからとて殺人に何も思わないわけでもないが――痛む事もないだろう。
冒険者ギルドには足軽の恰好をして近郊の村を襲う盗賊団を退治する為、と冒険者を調達した。今は別の場所に待機しているものの、この夜中の状況と活かせば十分に勝機を見出せるかもしれない。
鹿嶋は褌を締め直した。
狙うのは先日強奪された得倶座舞弐号を身に纏う侍、弐牟芭栖。いつか付けられなかった決着を付ける為、鹿嶋は満月の輝く夜空へ躍り出た。
●リプレイ本文
やはり夜討ちは朝駆けに限る。
実験ねずみ隊の鹿嶋祐により、見張りを初め要所要所の場所で足軽は討たれ侵入は容易になっていた。ギルドで手に入れた地図を手に砦内を歩き回る斑淵花子(eb5228)は、感嘆のため息を付いた。
「もうすぐ倉庫のある区画ですね。本当に依頼通りの盗賊団なのであれば、当然出てくるモノなのですが‥‥‥」
目の前の角を曲がる。地図を信じるならばもうじきの筈だが何分この地図も砦も古い。墨は霞んで見え辛い部分もあるし砦の方も改装がされているかもしれない。まあその辺りは臨機応変に対応するとして、花子は周囲を警戒しつつ足を進めていた。
「相手が盗賊団なら奪った金品等は全て襲われた村々に返す必要がありますが、本当に盗賊団なんでしょうか?」
花子はふと考えた。出発前冒険者ギルドで情報を集めていたのだが、どうも負に落ちる事が多すぎる。
まず盗賊が足軽の恰好をまねるのがおかしい。昨今の京都事情を考えればそういう盗賊なんていくらでもいそうだし、足軽に罪を被せる為に恰好を真似たとすればそれも納得できる。何故足軽の恰好を真似るのかが気になるもののそれは盗賊の都合だろう――と、休息の為に訪れた村に付くまでそう考えていた。
来るまでに遭遇した足軽の武装を思い出す。
装備自体はどこにでもありふれたものだが、京都の軍隊で採用されているものと少々形が違う。それに村で聞いた話しからすると、この付近で盗賊の姿は見かける事はここ数年ないようだ。砦近郊の他の村も盗賊に襲われた村などないようだ。ならこの依頼は何だ? 本当に盗賊の仕業なのか? いや、そもそも前回といい実験ねずみ隊とかかわる依頼はどこかおかしい――
「‥‥‥いえ。裏事情に関係なくまずは頑張りますですよ。世の中知らない方がいい事もありますし」
世の中はひどく複雑で面倒に出来ている。
「面倒ごとには関わりたくはありませんからね――と、ここですか」
倉庫に付いた。こういう区域は増改築はしても直接戦闘に関わりはないから内部の大きな変更はあまりない。地図に間違いはなかったようだ。
閂を外した。中に入り辺りを見渡す。
「やっぱり依頼内容に嘘はあったみたいですね。文句を言ってあげたいですよ」
命張って依頼に参加しているのだ。せめてはっきりと依頼内容は教えてほしい。
ため息を付いて花子は物色を始めた。何だかんだ言って、仕事はやらなきゃいけないしもしかしたら有利になりそうな情報だの物だの転がっているかもしれない。書類ばかりが、眼に留まる。
「‥‥‥ん? これは――」
『得倶座舞開発計画書』
一冊の巻き物が眼を引いた。いつか遠目で見た『あの褌』と同じ色。
花子は巻き物を紐解いた。
「魔璃怨? 一人の少女の怨念を転写した褌? それにこの内容、そのまま信じるならあまりに危険すぎる‥‥‥!」
巻き物に記された開発と製造工程。新技術や今までの常識を覆すような物を作るには多くの犠牲が必要だろうが、これはあまりにも怒りを覚えてしまう‥‥‥!
「あたしは、とんでもない事を知ってしまったの!?」
嘘だと思いたい。だけど、
「それなら『得倶座舞』を倒せるのは『得倶座舞』だけです。この局面、きっともう一人の『得倶座舞』がいる筈。皆が遭遇しない内に早く教えないと‥‥‥!」
花子は巻き物を手に部屋を飛び出した。
「駆けろ疾風! 切り裂け刃! 今、この真空の刃が敵を討つ! ソニックブーム!」
大通路。侵入してきた敵の迎撃を前提に設計されたこの通路は、ある程度の広さを持ちそれなりの数が戦える程の空間を有していた。
必殺の剣技が唸る。
東郷琴音(eb7213)日本刀を片手にソニックブームを放った。真空の刃が敵を討つ。
「ようやく一人目。この腕前、本当に盗賊か?」
琴音は舌打ちを打った。
「武具の違い。村で得た情報。合点がいかぬ依頼ではあるが、請け負ったからにはやり遂げねばならぬな」
「その通りです。私は依頼の内容に不審を持つ理由はありません。私は悪人を斬る事さえ出来ればそれで良いのですから」
淡々と、足軽を斬り続ける一条院壬紗姫(eb2018)。いくら篝火の炊かれている室内とはいえ十分に暗い中、夜目の効く壬紗姫は足軽達の位置を正確に捉え必殺の攻撃を避けている。
ただ振り回すだけではない。盗賊の類ではまず考えられない、軍隊の正式な訓練を受けた者だけが行える連携と攻撃の連続――冒険者達は苦戦を強いられていた。勿論個人の能力では勝ってはいるものの、数と地形を上手く活かした攻撃だ。
「――見切りました。一閃!」
壬紗姫は霞刀を振り上げる。突き出される足軽の槍を頭一つ避けて駆け抜ける。夢想流の必殺の刃が足軽を切り伏せた。鍔迫り合いで押されつつある琴音を支援しつつ足軽達を捌く。
「このままじゃ埒があきません。琴音殿。突破して先行している霞殿と合流しましょう」
「心得た。後どれほど残っているか判らぬからな」
琴音は日本刀を構えなおした。
「では突破します。続いて下さい!」
通路を塞ぐ足軽へ壬紗姫は突貫した。
「ふははは! この私とここまで戦えるとはな。『得倶座舞』に選ばれた者同士、いざ決着を付けようかぁ!」
「‥‥‥‥‥‥!」
夜闇に二人の影が幾度となく刃を交える。
互いに繰り出す必殺の一撃。ほぼ均衡している鹿嶋と弐牟芭栖は、膠着状態に陥っていた。
二人の褌が共鳴する。腰を中心に蒼い光が全身を包み込む。
強制脚須都男不。同時に二人の衣服が弾け飛んだ。
砦西区画制圧完了。混乱に乗じ一部屋ずつ襲撃をしかけ足軽達を討ち倒し続けきた朝霧霞(eb5862)は、残った東の区画にて大立ち回りをしていた。小部屋が多かった西の区画と違って、この東の区画はひらけた場所が多い。足軽達に囲まれた霞は小太刀と短刀を手に迎え撃っていた。
「でしゃばりすぎたようですね。よもや囲まれるとは!」
足軽達は囲んだまま距離を詰める。そのまま槍ぶすまで全方位から突き刺すつもりなのだろう。強敵に対し数を活かした良い戦法だ。それに、ここに来るまで戦ってきた足軽達は、この連中と同じくとても盗賊とは思えない息のあった連携を見せている。
一瞬の迷いが死を招く。鍛えぬいた武芸者としての感が、考えるより先に身体を動かしていた。
跳躍。槍が自身を突き刺す前に足軽の群れを飛び越えた。
「背後取ったわ‥‥‥。好機!」
微塵とダガーが走る。いかなる物すら貫き通すと言われるその小太刀。砦の隙間から漏れて届いた月光に一瞬輝く。
「なぎ払え! ダブルアタック!」
鍛えぬいた二天一流の技。敵の足軽の二人は振り返るいとまもなく絶命した。態勢を整えて残った敵を討とうとするが、霞が後に動いただけ一寸足軽の方が早い。――討たれる!?
「――霞さん!」
聞こえた花子の声。彼女が投げた微塵が足軽の脳天を貫いた。霞は増援に浮き足立った足軽の隙を見て態勢を立て直した。
「助かりました花子さん。危ない所で」
「おたくこそ凄い活躍したみたいね。ここに来るまで、足軽の死体がずっところがってましたよ」
「まだ未熟です。恐らくここの敵と琴音さん達の敵で最後の筈です。早く倒して鹿嶋さんの支援に向かいましょう」
背中合わせに霞は言った。
「――いえ、『得倶座舞』は同じ『得倶座舞』の着用者の鹿嶋さんに任せましょう」
「え? どういう事ですか?」
「どうもこうもないわ。あれは――」
言いよどんで、残った足軽へ花子は微塵で斬りかかった。
朝日が昇ろうとする空に、二条の蒼い閃光が交差する。
「私は得倶座舞の着用者として選ばれたのだ! 私こそ勝利を得るのに相応しいのだ!」
「‥‥‥‥‥‥!」
神速を超えんとする二人は残像を残し駆け抜ける。地を蹴り壁を蹴り、空へ空へと昇る。
「いくら得倶座舞に選ばれようとも、『魔璃怨』を超えられないのがお前の限界だ!」
「‥‥‥‥‥‥!」
鹿嶋は分身の術でも使ったのだろうか。無数の残像が場を駆け巡り手裏剣が四方八方から飛んでくる。
「そのようなまやかしは邪魔だ! 罪深き者よ、消えてしまえ!」
残像が走る。手裏剣を避け、弾き、距離を詰めていく。
「これで終いだ! 罪深き者よ、裁きを受けるがいい!」
弐牟芭栖は加速する。二刀を振りかぶる。だが――
「残像だと!?」
「‥‥‥‥‥‥!」
刹那、背後を取った鹿嶋が斬りつける!
「くっ‥‥‥。バカなッ! 何故、お前は私を裁けた‥‥‥。お前も傲慢な人間の一人だと言うのに!」
「それは‥‥‥違う!」
最後の力を振り絞る。
弐牟芭栖は褌を、鹿嶋は褌ごと弐牟芭栖を斬り捨てた――。
少なくとも、鹿嶋は誰かを裁く為に生きてきた訳じゃない。この褌を着用して身を包むこの殺意。それに呑まれてしまった弐牟芭栖とは、違うと思う。
裂かれた褌。凄まじい速さの中の戦いのせいか、強烈な熱でも持ったのだろうか。燃え上がり灰になっていく。その煙を見上げる鹿嶋は、「アリガトウ――」と少女の声を聞いた気がした。
後日、盗賊団の拠点として使われていたとされる砦に都の部隊が訪れた。今後起こるかもしれない非常時に対し、砦を使えるようにする為の修理と改築するらしい。その部隊は正規軍にしては装備が少々変わっていてだれそれの将の特別部隊かとそんな噂も立ったが、何はともあれ砦の改修は行われている。
その最中、冒険者の報告であった倉庫は何らかの開発計画が記された巻き物が多く見付かったとの事だが、後に提出された報告書によるとその件は抹消されていた。また、一人の冒険者には固く口止めがされたらしい。
――これが、蒼い褌、『得倶座舞』を巡る事の顛末である。