ミンネをかけて
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:橋本昂平
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月17日〜06月22日
リプレイ公開日:2006年06月27日
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●オープニング
江戸の街は広く大きい。
源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
『――こうしてハーフエルフのお姫さまは、勇者さまと末永く幸せに暮らしましたとさ』
ジャパン語に翻訳された西洋の娯楽小説の最後のくだりを思い出しながら、馳川夏芽は隣を歩く若武者を見上げた。
今日も天気は日本晴れ。江戸の街並みには商人達の威勢のいい怒鳴り声やら客引きの声なんかがよく響く。通りを駆け回る人にぶつからないよう‥‥‥少年にそっと寄り添った。
「ん? どうかした?」
「いえ、別に‥‥‥」
夏芽は頬を赤く染めて俯くも、少年はそうか、とだけ言ってまた前を向いた。
「‥‥‥」
少し、恨めしそうに彼を見上げる。
恋は秘めるもの。三歩遅れて後ろを歩く‥‥‥大和撫子はそうあるべきだ、とばあやに教わっているものの、それは間違いだと思う。
いや、状況によって行動の成否は変わってくるものの、いつまでも受身のままではだめだと思う。
だって、こちらから踏み込んでいかないと、わたしはずっと『いもうと』のままだから。おにいさまは、わたしの事をどう思っているのだろう?
考えるまでもない。彼は、馳川夏芽を可愛い妹としか見ていない。
――ああ、癪に障るな――
自分自身が嫌になる。恋愛対象として見られてないのは、自分にそれだけの魅力がないからという事は判っている。
それはどの辺りか。単純に女性としての‥‥‥その辺りはまだ幼い身、これからがあるしいたし方がない。今後とも伸びない可能性もあるがこの際無視する。
やっぱり胸か。そういえばこの間、スタイルのいい外国の女性に見とれていた。
「‥‥‥」
なにかよく判らない自己嫌悪が思考を掻き乱していて、弾かれた。
「Sorry」
背の高い、腰に剣を差した――ナイトだろうか――金髪の男が手を差し伸べる。
数逡してああぶつかったんだな、と理解した夏芽は「いえ、こちらこそ」と差し伸べられた手を取り立ち上がる。
心配そうにこっちを見やる兄に目で大丈夫です、と答えて夏芽は身を整える。そんなに強い勢いでぶつかった訳でもないので怪我をした訳でもない。
「どこのどなたか存じませぬが、余所見をしていて申し訳ありませ‥‥‥?」
背の高い、腰に剣を差した――ナイトだろうか――金髪の男が手を差し伸べる。
数逡してああぶつかったんだな、と理解した夏芽は「いえ、こちらこそ」と差し伸べられた手を取り立ち上がる。
心配そうにこっちを見やる兄に目で大丈夫です、と答えて夏芽は身を整える。そんなに強い勢いでぶつかった訳でもないので怪我をした訳でもない。
「どこのどなたか存じませぬが、余所見をしていて申し訳ありませ‥‥‥?」
「Oh! This is a lead of heaven!」
「は、はあ?」
突然の異国語の叫びに瞳を丸くする二人。いや、辺り一帯。
「失礼、私はイギリスがナイトの一人、ビリーと申します。先ほどのご無礼、お許し頂きたい」
「あ、いえ、別に‥‥‥」
「許して頂けるのですか。さすがお美しいお方は心が広い」
「はあ、どうも」
異国の言葉から流暢なジャパン語に、突然まくし立てられてどう答えたらいいか判らない。とりあえず褒めているらしい。
「これぞミンネのお導き。非礼のお詫びも兼ねて、少々お時間頂けますか?」
片手を取り、手の甲に口付けをするビリー。ナイトなのでその仕種は様にはなっているのだが、こんな和風情緒溢れまくるこの場では不自然極まりない。
「お美しい方よ。貴方からミンネを頂きたい」
「え、ええ!?」
「ミンネ婦人は我らの下にやってきました。さあ‥‥‥」
確かミンネは西洋の宮廷内で行われる『ある特別な意味を持った』行為であって言葉であって、このナイトは私を? 会ったばかりなのに? もしかして一目ぼれされた!?
困惑する夏芽を他所にナイトはどこぞへと連れて行こうとして‥‥‥止められた。
「何かな? キミは」
「何かなじゃない! 突然現れて夏芽拉致ろうとしやがって。この怪しい奴!」
「怪しいとは心外だな。刀に手をかけて、キミこそ怪しくはないのかね」
「やっかましい! 人の可愛い妹にちょっかい出すきさんが怪しいわ!」
「妹、キミはこの方の兄上君かね」
「兄貴分だ!」
ビリーは「成る程‥‥‥」と何か得心を得たような顔をして頷いた。
「そこまで言うなら、私と一つ勝負しないかね」
「勝負、だと?」
「ああ。この方のミンネをかけて、私と勝負だ。聞いた所によると、江戸の街から二日離れた所にゴブリン‥‥‥この国では小鬼だったか? ともかくそれの群れと、親玉らしいオークをどちらが速く退治出切るかだ。ナイトの一人として、弱気人々の為に剣は振るうべきなのでね」
「上等だ。後でほえ面掻くなよ」
「フッ‥‥‥。勇ましいな少年。ハンデとしてそこの冒険者ギルドで人手を調達しても構わないぞ。キミ如きの素人剣術では小鬼にも負けるだろう」
「その台詞忘れるなよ。後で絶対恥を掻かせてやる」
彼――中川巽はナイトをねめつける。
「夏芽には手を出させない! ミンネは‥‥‥俺のものだ!」
よく判らないけどな!
声高らかに宣言する若侍。天下の往来でこの男、自分がどういう意味を持つ言葉を吐いたのか全く理解していない。
この瞬間、中川巽の行く道は決まったようなものである。
「お、おにいさま‥‥‥」
真っ赤になって恥ずかしいのか何やら、俯いたり熱に浮かされたように巽を見る夏芽。
おにいさま、そんなにわたしの事を――
こうして一人だけ訳も判らずに少女の愛の為の戦いは始まった。
ミンネ。
恋愛の意を持ち、愛の行為であり感情であり、時には命を賭してまで得ようとする、ナイトの婦人奉仕の心である――
●今回の参加者
ea7743 ジーン・アウラ(24歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)
eb0976 花東沖 槐珠(40歳・♀・僧侶・人間・華仙教大国)
eb4629 速水 紅燕(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
eb5106 柚衛 秋人(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
eb5371 久遠院 桜夜(35歳・♀・侍・人間・ジャパン)
eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
●リプレイ本文
「そもそも私は気に入らん。『郷に入れば郷に従え』とも言う、ジャパンで嫁取りをしたいのならば三度通って、後朝の歌を送り、三日夜餅を食べる位の事はしてもらわなければな」
ナイト全員がそうなのかビリー自身そうなのか、女性奉仕の精神に則って夏芽にあれこれ世話を焼こうとしたり歯の浮くような台詞を吐くビリーを睨みながら、久遠院桜夜(eb5371)はため息をついた。夏芽の乗る馬の手綱を握る依頼人、中川巽は鬼のようなガンを付けているというのに涼しげな顔だ。視線だけで心臓を止めれそうなのに、人生経験の豊富さが戦力の決定的な差なのだろう。一応ビリーは三十路近い。もちろんこんな鉄火場のような状況に夏芽だけを放り込んでいるのは忍びないので、歳も近いという事でジーン・アウラ(ea7743)が夏芽の隣、巽とビリーに挟まれるようにいるのだが居心地悪い事この上ない。夏芽は平然と受け答えしている辺り、状況に気付いていないのだろうか。これだからお嬢様という人種は。
「そうかい? ビリーはんは騎士なんやし、騎士道精神に基づいた勝負なんやろうな。とにかくうち等も志道・武士道に恥じん様に真向で受けさせて貰うだけよ」
「はい。わたくしは色恋事に疎いのでございますが夏芽様ご自身の為にもなりますし、いい機会と思い人助け共に行動させて頂き存じます」
速水紅燕(eb4629)に続いて、花東沖槐珠(eb0976)はそれぞれ頷いた。
まあ、人によってものの受け止め方は違う。天堂蒼紫(eb5401)は大変にご立腹だ。
「妹の為に死力を尽くす事は認めよう‥‥‥だが、大切な妹を勝負の対象にするとは兄として失格だな」
「後先考えずではあるが、『大切な者の為に身体を張れる』心意気が気に入った。やれる事をやる。それだけだ」
シスコン忍者の柚衛秋人(eb5106)も巽の心意気は認めている。結果がどう転ぶにしろ、力の限り協力したい。この依頼に参加した冒険者達は、皆、そう思って‥‥‥若干理解していない者もいるが。
「難しい事はよく判らないけど、ようは愛する人の為に戦いますって事だよな! 当然家族は愛情の対象だけど、勝負に勝ったら妹と結婚するのか? 何かスゲェ!」
「フッ‥‥‥。相変わらず面白い事を言う男だな。実の妹なら出きる訳はないだろう」
加賀美祐基(eb5402)に天堂が突っ込んだ。
「だって『兄妹』なんだろ? 違ってないじゃん」
「立場が違えば前提は変わってくるものだ。いつも言っているがもう少し頭を使え」
なんだと、天堂! と怒鳴り返す加賀美。槐珠は微笑んだ。
「お二人とも仲がよろしいのですね。ご友人なのですか?」
「ああ。天堂とは戦友なんだぜ! へっへへ♪」
「フッ‥‥‥。冗談ではない」
水と油のような二人‥‥‥。妙に音頭の取れている気がしないでもない。
『十二のお嬢様を戦場に同行というのは頷き難いと思いますが夏芽様の為でもございます。夏芽様のお気持ちは今、とても揺れ動きやすい時期。とても大切な時期。戦闘風景は絶対見せず、傷一つつけぬよう護衛いたしますので是非ともお願い申し上げとうございます‥‥‥』
――という風に、秋人と共に馳川家に訪れた槐珠は慇懃に訴えたものの、あっさりと同行を許された。
聞いてみると依頼人の巽某、夏芽だけではなくその両親にも大変気に入られているようだった。事情を聞いた夏芽の両親は、依頼の成功をお願いすると共に、道中の食料や宿泊する宿の代金まで持たせてくれた。えらい気合いの入りっぷりである。これは逆にプレッシャーがかかる。
それで当の巽本人は、問題の廃村へジーンに槐珠、桜夜以外の四人を連れて偵察へ向かった。ビリーも一人向かったらしい。何か小細工でもしてそうな気もするが、わざわざ巽に冒険者を雇うよう促しもした以上そういう真似はしないだろう。というか罠を仕掛けにいっている連中に言われても仕方がないが。
「そもそもにおいて、だ。その‥‥‥ミンミンゼミだったか? それはなんなのだ?」
宿屋の一室。それもおそらく高位の御仁が借りるその部屋に、女衆は一塊で好きな事を好きにやっていた。女三人よればかしましいというか四人だからうるさくて仕方がない。
桜夜は思い出したように聞いた。ジーンとそれぞれお国自慢していた夏芽は、折角楽しかった会話に水を差されたというのに、一つも嫌な顔をせずに答えてくれた。育ちのいい人は性格もいいらしい。
「ミンネ、ですね。ミンネとは西洋の騎士様が女性に尽くしその代償として頂く、愛情であたったり物品であったり、そ、その、行為、です」
その行為とやらは『アレ』の事だろうがスルーしておく。真っ赤になっちゃってどんな意味なのか知ってるのだろうか。最近のお子様はステキに早熟だ。
「自分を巡って二人の男が戦うって女冥利に尽きるだよね。夏芽ちゃんが羨ましいよ」
「いえ、そんな‥‥‥。ジーンさんもお若いのにたくさんのご経験なさってるではありませんか。歳が近いのに、わたしは一人で出切る事は全く‥‥‥」
お嬢様なら当然だ。何をするにも家人と共に、または代行する立場の夏芽にとっては冒険者なんて職種の者は憧れの存在だ。だからこそ物語に懸想したりする年頃の夏芽は、歳も近いジーンと友達になれてすっかり喜んでいる。
「夏芽ちゃんこそ凄い経験だよ。旗本のお嬢様、なんて経験、普通そうそう出来ないよ。おいらが生きている間にそんな風に成り上がれるかなぁ」
学位証明書持っているのにいまだに学生服着用なんて今も学生気分が抜けないのかと突っ込みたくもなったが、槐珠はお茶菓子と共に飲み込んだ。
「それにしても、だ。ああいった鈍感な手合いの想い人は中々に大変だろう。押してもダメだが引いてもダメ、それこそ直接攻撃に出ないと、行き着く先は千日戦争だぞ‥‥‥」
少年少女の未来を思ったのか桜夜は遠い目。言い方考えればいいものを、「大変だったんですね‥‥‥」なんて勘違いされる始末。現在なんでも思考が恋愛に直行する夏芽には迂闊にものも言えない。
亀の甲より年の功‥‥‥とまで言わないが、槐珠は黙々とお茶菓子を食べていた。
ポイントアタックが狙い打ち、スマッシュを打ち込んで、ガードで守り抜いた後ソードボンバーが炸裂した。
さすがに一人で戦うといった辺り腕が立つと思っていたが、いくらなんでも立ちすぎだ。そんな相手に喧嘩売ったのだと、今になって巽は心底身が震えた。あの時場合によっては一騎討ちを申し込もうと思っていただけに出鼻を挫かれたもいい所だ。
巽は全力で見なかった事にした。
「‥‥‥逆境たーい! 速水さん、フレイムエリベイションよろしく!」
「フッ‥‥‥。勇ましいがそれは無謀というものだ。自分の実力と相談すべきではないのか」
「やっかましい! 九州男児は一度決めた事は必ずやると! 二ノ太刀知らずの示現流の技、くらっときー!」
どうもこの男、高揚したり動転したりすると訛り言葉が出るようだ。巽は刀を引き抜いて突撃していく。
速水のフレイムエリベイションは、努力と根性を誘発してそれが巽の頭の変なスイッチを押したらしい。スバラシキカナ神風特攻。
「夏芽様、これよりわたくし達は攻撃を仕掛けます。危険ですのでどうぞこちらへ」
前もって話し合っていたように陣形を整えた後、槐珠は夏芽を伴って退いてゆく。無駄に強いロリコン騎士もいるし万が一も無いだろうが念の為だ。槐珠は最後の砦になる。
ジーンはショートボウに矢を番え、狙い打つ。
空を切る矢が小鬼を穿ったのが冒険者達の背中を後押しした。
秋人の短槍が差し穿つ。
「この中条流の技の冴え、見てもらう!」
小鬼を惑わすフェイントアタック。その隙を突き、支援の矢が小鬼を貫いた。留めの槍撃を突き放つ。
「二天一流が一人久遠院桜夜、十手術、参る!」
前衛を抜けた小鬼が迫る。桜夜は二本の十手を巧みに操りスタンアタックを決める。後ろに控えている夏芽に刃傷沙汰を見せる訳にはいかないからだ。
「よっしゃあ! いくぞ天堂!」
努力と根性が震え立つ。こちらも二ノ太刀知らずの技の使い手でもあるまいし突撃。斬って斬って斬りまくる!
「や、やったあ! 見ててくれたか天堂! 俺が小鬼を‥‥‥って見てねえ!?」
天堂が疾走の術で駆け抜ける。後ろから祐基を狙おうとしていた小鬼を斬りつける。
「あまり熱くなるな‥‥‥。沸騰していては最後に何も残らないぞ」
前もって仕掛けていた罠に小鬼を誘い込んだ天堂は、これで小鬼の半数以上の減少を確認、背走していく小鬼を見て勝利を確信した。
「勝負に横槍とはたいした騎士だな?」
豚鬼へ攻撃を仕掛けようとしたビリーを見咎め、相対するように短槍を構える。
ビリーはため息をついて剣を鞘に収める。諦めたような顔だった。
馬鹿の一念岩をも通す。紅燕のファイヤーバードが牽制し、
「チェストォォォォッ!」
示現の刃が豚鬼を切り裂いた。
「ええーとね、おいらは本音を言うと勝負とか関係ないんだ。危険な鬼を退治する事はそんな勝負を超えた所にあると思うんだよね」
綺麗に場を収めたつもりだろうが、小鬼達の返り血で染まった冒険者達を見て夏芽は少し引いていた。
「判断は任せます。双方恥もなく行動しました」
と、紅燕。
秋人に進められたまま、巽は言った。
「勝負には勝ったが姫のミンネは姫が決めるものだ。決めるのは姫自身だ」
夏芽は巽の手を取った。ビリーは何も言わずに去っていく。
「夏芽様。今のお気持ちを末永く大事になさって下さいませ‥‥‥」
そうして江戸の街へ引き返していった。
それから二人の結婚式が行われる運びになった。巽は驚いたもいい所で、同僚から「ロリ!」だの「ペド!」だの「ソドム!」だの――最後のは意味が間違っているが――そう言われまくるが、それは、また、別のお話し‥‥‥。