硬くて太くて黒くてナガい!
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月18日〜12月23日
リプレイ公開日:2006年12月27日
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●オープニング
江戸の街は広く大きい。
源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
師走の江戸。残り半月で新年を迎えるこの時期はどこか忙しい。
年の終わりだから一年の汚れを落とす為に大掃除をしたりお歳暮を贈り贈られたり、お世話になったあの人へ挨拶に出向いたり。師が走るというだけあって江戸の街はそれぞれの理由で出歩く人がいつもより多い。
そんな江戸。
この街の一角に店がある。武具専門店葵屋。
ジャパンらしい刀や槍に武者鎧を初めとして、華国の武具や月道を通して仕入れている西洋の武具を取り扱うこの店は、物珍しさや月道を通りジャパンに訪れている外国人の趣向もあってそれなりの業績を上げている。ちょっとした豪商だ。
だからといってジャパンの刀剣をないがしろにしている訳でもなく、本日彼女は友人の経営している鍛冶工房に様子を見に行っている所だ。
葵屋店主の長女、お笹。今年で十五歳を迎えた花も恥らう超絶美少女(本人曰く)だ。
「ふんふんふ〜ん♪」
足取りはとっても軽い。まるで今から恋人に会いに行くように上機嫌で脳内は恋のキューピッド達が祝福をしているみたい。そんなアタマ悪そうなゆるゆるフェイスでお笹はスキップ決めこんでいた。ちなみに近くにいた通行人は軽く引いた。
「ふんふんふ〜ん♪ もうすぐ孝雄の工房〜♪」
るんたったーるんたったー。幸せオーラ大放出のお笹の周りはまるで花景色。そんな錯覚が見えるほど脳内は染まっていた。ピンク色に。
さて。工房に着いたらどうしよう?
今日鍛冶工房に出向くのは仕事が順調に進んでいるか確かめる為だ。年末年始商戦で安売りをする為、大量発注している武具が今どれほど出来上がっているか。
元々あの工房とはお得意さんで子供同士も仲がいい。親の死により工房を受け継いだ孝雄はまだ鍛冶師としては未熟なものの、売り物になる程度の技術は持ち合わせていたので例年通り武具を発注した。今までは別段気にする事じゃなかったけど‥‥‥今は違うのだ。
現在、あの工房兼自宅に住んでいるのは孝雄とその五つ上の姉のお妙の二人きり。かつてはお弟子さんもいて盛んだったあの工房は閑古鳥が鳴く始末。だけど一生懸命頑張っている姉弟を‥‥‥いや、孝雄を応援したいなぁなんて思ったり。
別に、特別な気持ちなんかない。若くして工房を引き継いで、朝から晩まで刀を打ち続けている。まだまだ遊びたい年頃だろうに――侍なら元服して大人扱いだけど――仕事ばかりだ。まだまだ腕を未熟で同業者からきつく言われている始末だけど、努力を重ねているさまには何か、ちょっと。
それだけ。応援したいな、って思うだけ。そうお笹は納得する事にする。
あの角を曲がって工房に到着。勝手知ったる他人の家。作業場の入り口に立った。中から鍛冶場独自の金属の匂いと熱気が伝わる。
呼吸を整える。大きく深呼吸して、高鳴る動悸を抑える。これはきっと急いできたからに違いない。
いざ戸に手を添えて――
「――――――」
「え?」
声がした。思わず手を止めた。声がしたという事はやっぱり何か喋っているのだろう。お笹は戸に耳を当てた。少し熱い。
「‥‥‥すごい‥‥‥硬い‥‥‥」
とぎれとぎれの女性の声。戸を通してだからかそれとも中の熱気のせいなのか、どこか艶っぽい?
な、何をやっているの? 駆け抜けるのは嫌な予感?
お笹は恐怖に似たよく判らない感情に包まれた。
「‥‥‥太‥‥‥立派ね‥‥‥」
立派? 太くて立派と言ったのか? 孝雄に言っているのだろうし、一体どこか太くて立派なのか?
「色‥‥‥黒い‥‥‥」
黒い。確かにアレは黒いと聞く。実物なんて見た事ない。つまり、そういう事をしているのか? 姉弟なのに!?
「‥‥‥長い‥‥‥わ‥‥‥」
長い。あいつのアレは長いの!? 色事と無縁そうなのに!? そうなの!?
お笹の頭を駆け巡る衝動。そして焦燥。このまま二人にコトをやめさせる事も可能だ。だけど、それじゃあ解決にならないと思う。
若くして苦労をしている姉弟。頼りになる者もいない二人には、互いのみが支えだろう。それに姉と弟とはいえ男と女。二人が一つ屋根の下で暮らしていくに連れて手と手、いやそれ以上が重なって‥‥‥ダメだ! ダメすぎる!
いけない。どうにかしないといけない。私が、二人を真っ当な道に戻さないといけない。
心に宿るは決意の炎。
困った時の冒険者頼み。師走の江戸の街を駆け抜けた。
ほぼ同時刻。特注の野太刀の完成を向かえ、孝雄は一息を付いた。
「お疲れ様。孝雄ちゃん」
彼より五つ上の姉、お妙は濡れた冷たい手拭で孝雄の汗を拭った。
二十歳の姉。優れた鍛冶職人であった父の死後、彼女は優れた細工師の腕を持って工房の経営を支える事にした。本来なら自分のしたい事もあっただろう。もしかしたら嫁にいったかもしれない。美人だし。
だけど工房に残ってくれた。自分を犠牲にして。その事を孝雄は申し訳ないと思う。
姉は作り終えたばかりの野太刀を手に取った。普通に持ち上がらない。
「すごい重いわね。それに硬いし」
水で冷やされた刀身を軽く叩いてみる。
「横幅も随分と太いわね。ここまで太いと不恰好より立派だわ」
違いない。通常の野太刀より横が太いというか厚い。
「色もこんなに黒いし、宗教上の理由かしら。お侍さまの考えはよく判らないわ」
まあ、注文した者にも事情があるのだろう。
「剣術の事は判らないけど、こんなに長いといざ戦いで使えるのかしら。私は無理と思うけど」
長ければ長いなりの利点があるだろうが、どんな武器も状況を活かさなければ棒切れと同じだ。
「まあ、とりあえずお仕事終らせようか。お笹ちゃんの所の品物と、源徳様の軍隊の納品分もあるんだし、納品日に遅れないようにしないとね」
その為に冒険者も雇ったからだ。
冒険者は武芸だけじゃなくて農業だの商業だの鍛冶技能だの、人によってそういう技術を持っている冒険者もいる。持っていなくてもいざ納品時の商品の護衛をしてもらったり、細かい所を考えると手伝ってもらう事はたくさんだ。お妙の担当は武具の細かい装飾を付ける事。武具なんて実用一点張りでいいと思うけど、使用者によっては見た目もこだわるから気を抜けない。これはこれで必要な仕事だ。
それじゃあ残りも頑張ろうか、と姉弟は作業を再開した。
●リプレイ本文
「けひゃひゃひゃー! お笹君、君は途切れ途切れの会話からそんな風に判断したのだね? では我が輩が推理してみよう!」
お昼時の食事処。どうせならご飯でも食べながら、という事で近くの店に二人を連れたお笹は思いっきり引いた。
ドクターことトマス・ウェスト(ea8714)。酒も飲んでるしいい感じに酔っていると思うのだが、彼はこれがデフォルトらしい。
「初めは『【あら、これは】すごい【しっかりしてて結構】硬い【わね】』。次は『【おいしそうな】太【巻きね。】立派ね【、姉さんもうれしいわ】』。そして『色【どりが少ないけど】黒い【海苔がおいしそう】』。最後は『【それにしても】長い【わね。お笹ちゃんがお腹をこ】わ【さないといいけれど】』なのだよ! 判ったかねお笹君!」
一応、筋が通っているようにも聞こえる。
「と言うわけで、孝雄君は立派な太巻き職人になり、君においしい太巻きを食べさせようとしているのだろう〜!大丈夫、特に間違ってなどいない〜!」
あんたのアタマの中が間違っている。何となくそう思った。
「いやいや。ドクターさん、さすがにそれは違うんじゃ‥‥‥」
見当違いにも聞こえはする。お笹の感は全力でコイツと関わるなと告げてるが、金を払ってる以上は仕事をしてもらわなければいけない。
「我が輩が間違っている〜? なら君は正しいのかね〜?」
細い二本の腕がすっと伸びた。
「彼が太巻職人になれば太巻きが食べられるのではないかね〜? そんな事より応援に行こうではないかぁ〜」
どこから突っ込めばいいのだろう。トマスのようなアレな人は正直関わりたくない。そんなお笹を見かねたのか、
「さあ! お笹君、今からへぶらっ!」
頭を両から掴む細腕。言い終える前にトマスの首が四十五度へし曲がる。
「さて、これでよしと」
「さ、桜さん!?」
「ん? ああ、もう大丈夫よ。始末したから」
まだ死んでない。
御陰桜(eb4757)はトマスの骸(?)を捨て置いてお笹を促した。
「それじゃあ行きましょうか。つまり孝雄ちゃん‥‥‥だったかしら? 真っ当な道に戻せばいいのよね?」
「あ、はい。そうです」
お笹は頷いた。この人はまともそうだ。トマスのように冒険者には変わった人が多いと聞くけどそうでもないらしい。
「任せておきなさい。孝雄ちゃんを誘惑して骨抜きにしてあげるから!」
違う意味で心配になった。
「ほう。噂には聞いていたが中々の業物だな」
黒塗りの野太刀を目の当たりにして超美人(ea2831)は思わず感嘆のため息が漏れた。何か自画自賛な気がしたが、そんな事はどうでもいい。
美人は抜き身の野太刀を手に検分を始めた。当然持てはしないのだが。
「む、これは確かに業物と呼ぶに相応しい。しかしこの様な重さでは、とても実際に使えるものでは無いな。だが、万が一使いこなせればとてつもない戦闘力を発揮するだろう」
さすが江戸にその名が知られし超美人。鍛え上げられた野太刀を前に評を下す。
「しかし何者がこの様な注文を‥‥‥いや、依頼とは関係ないことだ」
気になるが依頼以上の事に首を突っ込む必要もない。美人は自分を納得させてお妙に尋ねようとした。戦場刀と同時に美術品の域に達する事が出来た彼女の細工の技術を褒めようとしたのだが止めたのだ。だって殺されそうと思ったから。
「いや、あの、お妙さん? もうそれくらいで結構なんですが」
びくびくと蛇に睨まれた蛙の如く山本建一(ea3891)は呟いた。ついでだから剣の鞘に細工を頼んだけど失策だった。
「いえいえ。志士であるならばもう少しハクを付けるべきではありませんか。遠慮なさらずに」
「それ以上はさすがに‥‥‥」
健一は細工が施されているというか悪魔合体している自分の鞘を見た。
地獄の鬼や黄泉人を現したような各種装飾。燃え盛る煉獄のような飾り。既に原型を留めておらず、彼女の嫉妬心が表現されたような一品。何か『今後ともヨロシク』とでも言いそうな勢いだ。
呪具みたいなビジュアルで耳を澄ますと呪詛が聞こえそうな気がする。腰に差して歩くとモーゼのように道が割れそうだ。というか近寄りたくない。
「あんたのは鞘だからまだマシじゃん。俺の龍叱爪なんてどこの鬼の爪だよ」
違いない。デビールハンドだ。
乾いた笑いをこぼす鷹城空魔(ea0276)にお妙は睨み付けた。気の小さい子供なら即死しそうな勢いだ。
「誰のせいだと思ってるんです?」
お妙は後ろを振り向いた。
「貴方があの女を連れてこなければ良かったんですよ」
「うっ!」
空魔は何故か刃物で刺された錯覚がした。
「孝雄ちゃんお仕事お疲れ様。汗拭いてあげるわ♪」
孝雄にぴったりくっついている桜がいた。
「結構逞しいのね。お姉さんドキドキしちゃう」
孝雄の上腕二等筋を撫でながら桜は言った。
お色気美女な桜。ほんらいは神霊に仕える者が身に纏う衣類なのに艶やか雰囲気大爆裂な紅絹の装束。
だがそれがいい。
そんなこんなで桜は孝雄みたいな純ボーイのココロ奪わんばかりに美人オーラ振りまいていた。
「色々見せてもらったけど立派な刀ばかりね。孝雄ちゃんの刀も硬くて太くて黒くてナガいって聞いたけど、人は見かけによらないわ」
「え、ええ!?」
どうとでも取れる言い方だ。真っ赤になっる孝雄と‥‥‥殺気溢れるお妙。空魔達お妙サイドにいる面々はまさに鉄火場にいる心境だ。
「空魔さん、あなたどうしてあの人連れてきのかしら」
顔面蒼白冷や汗濁流。それだけで殺さんばかりの殺気を至近距離で浴びながらマクファーソン・パトリシア(ea2832)は尋ねた。
「あ、いや。二人とも仕事ばかりだろうからロクなもの食べてないと思って食料調達してきたんだよ。そしたら偶然会って。よく判らないけど孝雄に用があったみたいだし」
鹿肉と兎肉の包みを抱えながら空魔が呟いた。
「もし‥‥‥かしたら‥‥‥敵対業者の‥‥‥回し者かもしれんし‥‥‥」
独特な言い回しで引き継いだのは柊鴇輪(ea5897)。妙に聞き取りづらいが記憶喪失の後遺症だろうか。
「なら尚更孝雄本人に合わせる訳にはいかないでしょう」
違いない。そういえば一人いない事に気付いた。
「そう言えば建一さん見かけないわね」
「怪しい‥‥‥連中‥‥‥いないか‥‥‥調べるとか‥‥‥」
「チッ。逃げたわね」
誰だってこんな現場にいたくない。マクファーソンは思いっきり毒づいた。
「いやー。二人とも大変だよな。若いってのに仕事頑張ってさ、俺みたいに好き勝手に気ままに暮らしてるのによ。全く感心しちゃうぜ」
「話しを逸らさないでほしいけど」
明後日の方向を向いた空魔にマクファーソンは突っ込んだ。
鴇輪はもう面倒になって小柄を抜いた。
「あまり‥‥‥時間とるようなら‥‥‥追い払います‥‥‥?」
「それは脅しというものよ」
狩人の眼だ。記憶喪失との事だが以前は何をしていたのやら。
そんなやり取りをしている中、とどめの一撃が振り下ろされた。
「鍛冶場が近くにあるとすぐ暑くなるわね。‥‥‥脱ごうかしら」
「はいぃ!?」
孝雄は速攻マッハで振り向いた。
桜とて勿論本気じゃない。依頼だから焦らすだけ焦らす程度で逆にタチが悪い気もする。
「――ハッ」
何かが盛大にブチ切れた音がした。
「フフッ。フフフ‥‥‥。私が大切に育てた可愛い可愛い孝雄ちゃんを‥‥‥。あんなどこの馬の骨とも判らない女に‥‥‥」
まさしく夜叉。まさしく羅刹。
――こ、殺される! その場にいる全員凍りついた。
「空魔さん。鴇輪さん。少しいいかしら?」
「は、はい!」
鴇輪は間の抜けた声で返事して空魔は思いっきり大声で返事した。
「あの売女のタマを取ってくれないかしら」
ものすっごく下品な台詞が聞こえた気がする。
「あ、あの‥‥‥。お妙さん? 今何と?」
「だからあの売女のタマを取ってくれと言ったの」
本気だ。思いっきり本気の声だ。忍者二人はそんな鬼女の次の台詞を待つ。
「忍者なら暗殺なんてお手の物よね。だからお願い♪」
語尾が明るいのが余計怖い。
「暗殺がちょっと‥‥‥」
空魔は普通に断った。だけど、
「私は言いましたよ」
表情が消えた。
逆らったら殺される。
「あの女のタマを取れ、と」
「「は、はい!」」
同時に空魔と鴇輪は頷いた。
駆け抜ける疾風。それぞれの手にそれぞれの武器。
「桜さん! 悪いけどお命頂戴じゃん!」
「一応‥‥‥。とし‥‥‥あけ、てからに‥‥‥してえな‥‥‥」
三人の忍者の戦闘。まさしく暴風。
江戸の街に風神様の伝説が生まれた瞬間だった。
んでもって、いざ納品準備中。美人は武具を大八車に乗せながら鴇輪に尋ねた。
「あの首が微妙に曲がっているクレリックは誰だ?」
「さあ‥‥‥。怪しかったから‥‥‥とりあえず捕まえてみた‥‥‥」
疑わしきは罰せよなんてステキな性格だ。トマスは簀巻きにされて転がされていた。
「けひゃひゃ。ここが太巻き職人の家かね? 無骨な家だねぇ〜」
とりあえず秘孔をついて黙らせた。
鴇輪は特注品の黒塗りの野太刀を改めて見た。ちなみにこれは別途注文で納品物ではない。
「かとうて、ふとうて、くろうて、なごうて、それに‥‥‥ぎゅん、て反り返っとんよ‥‥‥」
言い様にもほどある。孝雄は真っ赤になって前屈みになった。
「両手、で‥‥‥も握りき、れんし‥‥‥おおきす、ぎて‥‥‥もう‥‥‥」
本人は野太刀についての感想を述べているだけだ。
だけどこの場にいないのならどういう意味に捉えると思う?
「孝雄ー! いい加減にしなさーい!」
こっちも真っ赤になって踏み込んでくるお笹。
再び誤解されるハメになった。