教えるの? 冒険者さん
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:橋本昂平
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月24日〜06月28日
リプレイ公開日:2006年07月04日
|
●オープニング
江戸の街は広く大きい。
源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
内職を一段落終えて、彼女は外の喧騒に耳を傾けた。
正午を回った頃。この日は可愛い娘が通っている私塾の授業は午前中に終わる。住んでいる長屋の近くのもう一つの私塾も同じ具合に閉めるせいか、この時間帯は帰宅に騒ぐ子供達の騒ぎ声で長屋一帯は包まれる。毎日毎日ほぼ同じ仕事を繰り返す自分に取っては、ちょうどいい日のくぎりになる。
「昼餉の用意でもしましょうかね」
紡がれる声は水晶の如く。なびく艶やかな黒髪は清流にして星の輝く夜空の如く。そして一切の寸分狂わず磨き上げられたたわわに実った胸の二つの双球、着物を押し上げてその存在感をこれでもかと強調している。
その上締まる所は締まり出る所は出るという冗談みたいに男好みのその肢体は、豊富すぎるまで『過去の経験』から何気ない仕種の一つ一つに強烈な色気を無意識に発しているものだ。
これを放っておく男以前に女もいない――そんな絶世の美女、が場違いにも場末の長屋で昼餉の準備をしていた。事情はともかく、そんなお色気な人妻――少々違うのだが――が包丁片手に流し台に立つ姿はこれはこれでいいものだ。
『種枯らしのお幸』が落ちぶれたのは訳がある。
かつて『それなり』に名を馳せた紅忍軍。現当主お紅に父であり当代の当主、赤羅の時代に忍軍の歴史は幕を閉じる事になった。
今から九年も前の事。
だが何一つ欠ける事のないまま思い出せる。
当時仕えていた勢力にお庭番として召抱えられてはいても、そこは群雄割拠の時代。戦争に敗北すれば自動的に忍軍とて存亡の危機に陥るものだ。
焼け落ちる城。腕に抱えていた赤子だった娘。
今は人並み――忍者では――の技も身に付け今後の成長が楽しみだ。
とはいえお幸本人は、お紅に忍びとして育つ事にも一抹の疑問も抱いている。
所詮忍者は影の存在。例え活躍しようとも世に名を馳せる事なく朽ちていくのみだ。真田の十勇士や風魔の頭領殿のような相手は別格だが、忍びとは基本的に影。見返りも求めず名誉も求めず、一切の欲を捨て唯ひたすらに身を捧げるのみ。虫けらのように死んでこそ真の忍び。幼い頃から散々叩き込まれたこの理を、自分が教えるのは気が引けるものだ。
自分が甘いとか、娘可愛さに情に走ったとか言われてもしょうがないが別に構いはしない。あの娘にそんな苦しみを、自分の子供に進んで苦難を歩ませようとする親がいるのだろうか?
だからこそ近所の無料の私塾ではなく金のかかる私塾に通わせてるのだ。あそこなら金がかかるだけに授業内容もより深く突っ込んだものだし、礼儀作法も徹底している。講師が武士関係者で剣術道場も兼ねているせいか過去武士になった塾生もいる。上手くいけばお紅も武士になれるかもしれない。それ以外に、どこか金持ちの子息に見初めらる可能性もある。教育には金をかけるべきだ。
はてさて、そろそろ帰ってもいい頃合で――
「ただいまー! お昼ごはんー!」
天真爛漫、元気はつらつ、そんな言葉が服を着てるような少女が飛び込んできた。教科書を放り投げてまあ、習っている筈の行儀はどうした事やら。
「お帰りなさいませお嬢様。お行儀悪いですよ」
「そんな事よりごはん! おなかすいたー」
「はいはい。わかりました」
お紅を促して、ざっと手洗いを済ます。出来立ての味噌汁の匂いが食欲をくすぐる。
「ねえねえ。お母さん」
箸を止めたお紅が、ふと思い出したように訪ねた。
「何ですか?」
お幸も箸を止めて問い返す。――お母さん。たまに思うのだが、本心でそう言ってくれているのだろうか。
少女は、子供特有の純粋な気持ちで言った。
「あのね、ぼーちゅーじゅつ教えてほしいの」
刹那、何か太いものに貫かれたような気がした。
「い、今ナント?」
視界が狭い目が回る。悪い冗談にしか聞こえない。
「ぼーちゅーじゅつ。ぼーちゅーじゅつ教えてほしいの」
冗談じゃなかった。間違いなくはっきりそう言った。
「あの、その、本気‥‥‥ですか?」
「うん! もちろんだよ。くのいちとして覚えないといけないしー」
――嗚呼、ついにこの時が来たか。
忍者には数多くの技あれど、それこそ女忍者、くのいちでしか習得できない技がある。
房中術。床の術を駆使し、男を手玉に取る業である。相手が男限定ではないし手玉に取る、という表現もあながち正しいという訳でもないがこの際どうでもいい。
お幸はつきそうになったため息を飲み込み、座を正してお紅を見つめ返した。
「‥‥‥‥‥‥‥まあ、別に構いませんけど、どこで房中術なんて言葉知りました?」
最近の子供は色々と早熟だし知っていてもおかしくないか。少し落胆の色。育て方を間違えたのだろうか。
「あのね。塾の帰り道、田蔵おじさんに教えてもらったの。お母さんがそれを極めているって。ねえ、どんな術なの?」
あの男、余計な事を!
粛清リストに登録する。よりにもよって知られたくない相手に!
「お母さん?」
「いえ、なんでもありません。そうですね、この術は色々と手間がかかるので‥‥‥少し日を頂けませんか? 冒険者の方も呼びましょう。先生は多いほうがいいので」
さて、思考を巡らせなければならない。ありとあらゆる情報を統合し、でっちあげよう。
どうすれば、この娘を騙せるかを。
「うん、やくそくだよ!」
「はい。わかりました」
お紅は微笑んで、遊びに行くと言って帰ってきた時と同じように出て行った。
とりあえず、後片付けの後に冒険者ギルドに行こう。
――こうして、ある意味教育の限界に挑戦する依頼が行われる運びになった。
●リプレイ本文
とりあえず、『房中術』とは時代や地方によって内容が大きく変わるらしい。
暗黙の了解でそう決まったのには訳がある。色々なネタを用意している間、そうでも言わないとまず信用されない。各員あまりに関連性のないネタを思いついたからだ。
日もあることだし今のところは鷹見仁(ea0204)が書道と絵画を教えていた。光る武士万能技。さすがに専門的な技巧を教える程双方優れてはいないが、仁曰く表現力や精神性を見ているらしい。というか美術スキル達人からくる技の冴え、厳しい事を言いそうだ。
「せんせい。どうですか?」
習字用紙に書かれた『忍耐』の文字。八歳児が書くには渋すぎるというか堅すぎる文字ではあるが、忍者という事を考えれば納得できる。お紅は期待と不安が交じり合ったような‥‥‥子供のクセにそんな妙にくらっときてしまう瞳で仁を見上げる。女とは年齢関係なくデフォルトで誘惑技能を持っているのか。
「ん‥‥‥、悪くはないな。字全体のバランスも取れているし特別下手な所はない」
「えへへへ。ありがとうございます」
一つ咳払いをする。この歳の子供は性別関係なく可愛い。道を踏み外せば後ろ手に縄が回りそうになる青い果実‥‥‥。
「仁せんせい、どうしたんですか?」
「いいいいい、いや、何でもない何でもない」
「ん〜〜〜?」
くりくりした瞳を見開いて、覗き込むお紅。胸を打つ十六ビート。それは何かの忍術ですか。
‥‥‥女たらしったって、俺はそんな趣味はないんだぞ!?
己の自尊心を賭けた戦いに、仁は一般常識と理性とその他諸々を総動員して挑んでいった。
一方その頃、女性陣は女性陣だけで打ち合わせていた。
本来こういうのは、同性の方が色々と都合がいい。仁が時間を稼いでいる内に――本人は己の尊厳を賭けた決戦を心の中で繰り広げているが――最終的な、実際は確認だがそれをしている。
「あの、そう言えばすっかり忘れてたんですけど、『ぼーちゅーじゅつ』って何ですかぁ?」
ふと思い出したようにレラ(eb5002)は言った。いくら何でも今更すぎるが天然でボケているレラの場合はある意味普通かもしれない。
神楽香(ea8104)は冷めたような眼でレラを見下ろした。
「何を今更って‥‥‥まあ、知らないのも当然なのかな」
背も小さいし丸っきりまな板な幼児体系。そう見るとレラは実年齢より幼く見える。
「えーと、私、まだこちらに着て間がないですので‥‥‥ジャパン語よく分からないんです」
納得の行く理由だ。それなら相談している時に聞けばいいものを、ってどちらかと言うと香は突っ込みではなくボケ担当。自分の流儀じゃない。
それなら、と、大曽根浅葱(ea5164)がレラを促した。
「レラ‥‥‥様? よければわたくしが教えましょうか? そ、その、一般的な常識というか、いち女として知識ぐらいはありますので」
「はい。お願いします」
知人だの集まれば『そういう話をする』のは男女共通ではあるが男からすれば今この場は夢の空間だ。そして、
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
今この瞬間、時が止まった気がした。何故か脳裏にどこぞの吸血鬼が横切った。
「え、えええええ!? そういう意味だったんですかぁ!?」
真っ赤になったレラ。浅葱も同じく頬を染めながら、歯切れ悪く頷く。
「な、成る程。忍者って大変な職業なんですね。そういう技を習得しないといけないなんて」
「全くね。いつの世もどこの世も、権謀術策っていうのはにかよるものだし、まあ、有効な技、ではあるよね」
先行する嫌悪感は置いておく、としてだ。
セピア・オーレリィ(eb3797)は、この微妙な雰囲気を払拭するようにわざわざ声を大きく言う。
「ともかくとして、お紅ちゃんを誤魔化す手段は各々相談したように。好奇心が勝ってる状態だから、嘘八百並べて信じ込ませる方向でね」
「年代や地方によって意味合いが変わる、だよね」
と、香。
セピアは大きな胸をそらして頷いた。西瓜如き双球がぷるん、と揺れた。
「『房中術』は『「敵地に調理人として入り込み工作活動を行う』という陽忍術の一つとしての意味もある」
何かに取り憑かれたようにぶつぶつ呟く仁に変わり、天堂蒼紫(eb5401)が講釈を始めた。
しつけや教育にうるさい蒼紫は、まるで妹に言い聞かせるように優しく説き始めた。
「お紅、君の母御が得意としている房中術は、食の技を応用した、忍術の中でも最高何度の技だ」
毒殺では無く、美味い料理で敵を幸福にさせ戦意を喪失させるという最高難度のな、と嘘をさらっと真顔で言う‥‥‥が、蒼紫の言もあながち間違ってはいない。忍者に限った事ではないが、敵地に長く潜み、信頼を得、そこで手に入れた情報を仲間に伝えるスパイ技は実際にある、似たようなものだ。
「食事は生き物にとっては必要不可欠な行為…これを極めた忍びは恐れる敵は居ないといっても過言では無い。戦わずして敵を無力化する。それを恐れずして何とする」
蒼紫の講釈はまだ続く。
「かつて、九州の小国で起こった謀反をたった一人の忍びが鎮めたのはその筋では有名な話だ。お前も、母の料理を食べて居る時は幸せだろう?それだけ「料理」には力があるわけだ」
‥‥‥と、さっきから頷いてばかりの加賀美祐基(eb5402)。この男、まさかと思うが本気で信じているようだ。
「また、房中術はくの一が使うことの多い術だから、別名『くの一の術』と呼ばれる。これは厨房に入るのが主に女だという事もあるが、女特有の鋭い観察眼、細やかな気配りが重要な意味を持つからだ」
「成る程な! だから世の中にたくさんの料理人がいるんだな!」
それは、ちょっと違う。
「相手がどんな料理を欲しているのか、どうすれば満足するか‥‥‥そう行った事を見極める能力と実行するだけの技術。つまり、高度な対人鑑識や調理知識・技術が要求されると言うことだ」
「そういえば天堂の飯は美味いからな! それだけ俺をよく見てるって事だよな!」
発動し続けているフレイムエリベイション。勢いのままに捲くし立てる祐基に少し引くものはあるがとりあえずお紅に有無を言わせないそのアクション。役に立っている。
冗談じゃない、と心の中で蒼紫は言った。
「長年の経験と修練‥‥‥一朝一夕で出来る芸当ではない」
この依頼を受けた中で唯一の忍者。同職者なだけに言う台詞にも説得力がある。
「お前にはまだ早い。まずは、お幸の料理の手伝いから始めることだな」
これでとりあえず、蒼紫の出番はひとまず終わった。
ハイなまま浅葱に房中術の本当の意味を聞きに行こうとした祐基を蒼紫がシメている中、レジエル・グラープソン(ea2731)が外国語の講義をしていた。本来は房中術を教える(騙す)のが目的ではあるが、月道を通って外国人が多く行き来するこの時代、外国語を覚えるのは将来的に――外国に渡るか翻訳の仕事とかそういう類をする場合だが――有利になる。
簡単な、アルファベットから始まって、さわり程度の単語を教えている中、お紅は訪ねた。
「レジエルせんせい。せんせいはぼーちゅーじゅつは教えてくれないんですか?」
くりくりした大きな瞳で見上げる。探求者であるレジエルには、どこぞの侍みたいに惑わされる事もない。知識が自分を酔わせ誘いこむのであって‥‥‥というか良識を持った成人男児なら別段反応しないのだが。
「ふむ。私は冒険者をやっていていろんな術を見てきたがそういう術を使う人は見た事がないよ。きっと使う機会がほとんどない術じゃないのかい? そうだとしたら他の術や別のスキルを磨いたほうが良いのではないか?」
「それはそうですけど、大曽根のおねーさんや神楽のおねーさんはいろいろ教えてくれましたよ? 書庫の整理とかさぎょうするところの偽装の技だって」
レジエルは苦笑した。
「済まないとは思っています。私には術そのものを知らないので」
「私達はこの国の人間じゃないからね。教えられる事を、で構わないかしら」
ジャパン独自の技なのか、と勝手に解釈するお紅。セピアに元気よく返事をした。
「それでは応急処置のやり方を教えましょう。職業柄単独行動が多かったし、潜入中に怪我をしたときは本当に助かったよ」
「ついでだから私にも教えてくれないかしら」
しばらく応急処置講座をしていると襖が元気よく開いて‥‥‥
「そんな事より聞いてくれ! 大曽根さんに聞いたん‥‥‥だがぁッ!?」
刹那レジエルは指弾を打つ。一文銭は直撃し祐基はもんどり打って倒れた。
「そういえば、今回の一件は誰かが余計な一言をかけたことと聞きましたが、また邪魔が入るかもしれませんね。場所を変えますか」
捨て置いた祐基を気にかけるお紅を半ば無理やり連れ出した。
何とか理性が勝利を収め――相当辛勝だったものの――仁はお紅に語りかける。心なしか表情が硬い。
「房中術と言うのはな、大人じゃないと使えない術でちゃんと成長してからじゃないと体を壊してしまったり逆にヘタクソになっちまったりするんだ。紅が房中術を習いたいと思ったのは大好きなおかーさんみたいになりたいと思ったからだろう?」
それなら急ぐ必要はない。仁は続ける。
「それとな、房中術ってのは秘密の技なんだ。おかーさんが使えることとか紅が習いたいって事は内緒にな」
色々と突っ込みたい所もあったけど、どこぞの志士のおかげで何を突っ込むべきか忘れた。房中術については、冒険者の言う通り大きくなってから訪ねよう。そして、お紅は先に帰っていった。
「何とか誤魔化せたわね。‥‥‥それはそれとして、お幸さんお『種枯らし』って凄い二つ名よね。正直興味あるけど」
「セピアさん、いけませんよ。もしかしたら、その、触れられたくない過去かもしれませんし」
レラが助け舟を出すが‥‥‥
「いえ別に」
振り向いて、
「わりと楽しんでましたから」
『‥‥‥は?』
さらっと言ったお幸の発言に、冒険者は一同固まった。