男の誇りにかけて
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月10日〜01月15日
リプレイ公開日:2007年01月17日
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●オープニング
江戸の街は広く大きい。
源徳公が治めるこの地には、ちょうどジャパンの中心辺りにあるせいか、各都市に向かうそれぞれの旅人達がそれぞれの理由で立ち寄り、それぞれの事情を持ってまた旅立ち、また、定住する。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
『新年、明けましておめでとうございます
帝が江戸の街に立ち、私は貴方がいない正月を始めて迎える事になりました。如何お過ごしでしょうか? 怪我等していませんか? 栄養のあるものを食べてますか? 無理はしていませんか?
いえ、新年早々口うるさい事を書いてしまって申し訳ありません
貴方は私の弟、亡くなったお父様とお母様の自慢の息子です。きっとよく学びよく修行に励み力なき人の為にと日々奮闘していらっしゃるでしょう
長々となりましたが、私は貴方が立派な武士となり源徳様の為に骨身を尽くし、故郷に錦を飾る日を楽しみに待っています
追伸 所用で江戸に参ります。二晩ほど泊めてください
恵子』
「大変だーーー!!!」
昼過ぎの冒険者ギルド。入り口を蹴飛ばして彼は飛び込んだ。
姓名は天下帝。読みは『あましたみかど』。男児たるもの天下を取るほどの器あるべし、の願いを込められて付けられた名前だ。幼い頃からそんな紛らわしい名前で色々とトラブルに見舞われたがそんな事はどうでもいい。
年の頃は十二か十三。黒髪黒眼肌色の、典型的なジャパン人だ。着物には家紋。どこかの武士の子息、見て取れるほど衣類は上等じゃない所からして下級侍の生まれといった風情だ。とはいえそれなりの気品が見られるという事は浪人の子ではない事は判る。
そんな天下帝。まるで彼は大事件を目撃してしまったかのような勢いだ。
「大変だ! 大変なんだ!」
「はいはい。大変なのは判りました。ですが、何か事件の類ならば役所へ」
おざなりな超役人口調。別に受付のギルド員は公務な人という訳でもないが、各種機関の受付というものはどこも対応は似ているものだ。
帝は年賀状を取り出した。カウンターへ叩きつける。今日届いたばかりのものだ。
「拝見します」
ギルド員は必要書類を取り出して年賀状に眼を通す。わざわざ「大変」の文句を繰り返しつつ飛び込んで叩き出した代物だ。きっと告げられるであろう依頼に関するものと思ったのだが、
「いいお姉さんですね。文面一杯に貴方を気遣う言葉が一杯ですね」
何の事はない。普通に年賀状だ。
ギルド員はやれやれとため息をついて書類を片付けなおす。しかし帝は怒鳴った。
「何を言ってるんだよ! 大変なんだよ!」
「だから、何が大変なんです?」
どこか冷ややかな瞳で見つめた。
例え武士の子と言えどまだ子供。色々情緒不安定な所もあるだろう。
ギルド員は大人の余裕、優しく微笑んだ。
「いいお姉さんをお持ちじゃないですか。‥‥‥ああ、なるほど。つまりお姉さんを接待しようと思うから冒険者を雇おうと思った訳で? 判りました。ではそのように依頼書を‥‥‥」
まあ、冒険者は何でも屋と認識されている一面もある。筆を走らせる。
「だから大変なんだ!」
声高らかに咆哮。
そして、
「怒られるんだ!」
「はぁ?」
思わず間の抜けた声が出た。
「俺の姉上は鬼のように厳しい! 自分に厳しく他人に厳しく何より弟に厳しい! 実家にいた時だって薪の割り方が悪いからってシャイニングウイザード喰らったし!」
「それはそれは豪快なお姉さんで」
「うん。その薪の元の木を調達するからって木を丸々一本、鯖折りかけて地面から引き抜いたし」
「マジですか?」
「本当だよ。冗談みたいな話だけど」
ある意味何者だ。
取りあえず、ギルド員は続きを聞いてみる。
「それで、そのお姉さんがどう大変なんですか?」
「えっと。そ、その‥‥‥」
そこで彼は口をつぐんだ。何故黙るのだろう。何か用があってギルドに来た筈なのに。
まあ依頼人によっては本題を切り出すのにしばしば時間がかかる場合もある。そういう時は気長に待つものだ。
「その、実は‥‥‥」
ようやく言い出したと思ったら、
「部屋、凄く散らかってるんだよ」
実に普通な事を言い切った。頭を抱えて落ち込んで、どうしてそんなに悩んでいるのだろう。
「はあ、片付け。そんな理由でですか?」
「だって男の一人暮らしはどうしても散らかるんだもん」
「そりゃそうですけど」
そういう自分も一人暮らしだ、とギルド員は心の中で相槌を打った。
「で、肝心なのはその、部屋を散らかしているものなんだよ」
男の一人暮らしはどうしても散らかるもの。判らないでもない。
「それで何が原因なんですか?」
ギルド員は問いかける。すると、急に真っ赤になる依頼人。口をもごもごし始めて何か恥かしそうだ。
「‥‥‥ああ。なるほど」
思い立った。つまり、これは、
「春画本ですね?」
「う!」
大当たりだ。古今東西男の困る理由は多くない。
「ははは。確かにそれだと困りますね。春画本、身内に見られるのが一番嫌ですし」
違いない。自分の趣向とかアレやらソレやらが一気にばれる。百歩譲っても知られたくはないものだ。ちなみに片付けられた自室の机の上に春画本が詰まれた日には一日中き気まずい事この上ない。
「それで大変、というのは判りますがギルドに来る事ですか? 処分すればいいじゃありませんか」
「それ無理」
彼は少し間をおいて、
「いっぱいあるんだもん」
子供っぽく言い切った。
「たくさんですか。十冊? 二十冊? 捨てればよろしいかと」
「百八冊‥‥‥あるんだよ」
「は?」
「だから百八冊」
「はい?」
細々した声。帝は言いにくそうに、まるで親にばれて何か気まずげな雰囲気で、
「だから! 春画本百八冊あるんだよ!」
声高らかに。他のギルド員や客が一斉に振り向いた。ちなみに女性達からは冷ややかな視線が投げかけられる。
何か嫌な予感がする。
「え、ええと。煩悩と同じ数ですか? 男らしいですね」
というかアホだ。帝は眼が凄く血走っている。軽く引いた。
「男とはッ! リビドーが熱く燃えるものッ! どんな聖人君子たろうと一皮向けば皆獣、女の子のハダカばかり考えてるんだよ!」
間違ってはない。
「だからッ! 姉上が貧しくも節約して仕送りしてくれるのにッ! 俺は春画本を! オークションでレア物競り落とす為に仕送りの大半注ぎ込んだりッ! 買いすぎて隠す場所とか困るから手伝ってよねえ! 男なら判るでしょ? お願いだよ!」
名誉はあるのに金はない。そんな貧乏侍。仕送りをそんな事に使われたと知られると激怒どころじゃないだろう。
「姉上に知られたら殺される! 必ず殺すと書いて必殺される!」
もう必死だ。それほど内容が危険な春画本を買ったのか。
「同じ男としてお願いだよぉぉぉ!!!」
●リプレイ本文
「まこと若さとは思いもよらぬ力を発揮するのう。方向性はアレでソレじゃが、希少な物を含めこれだけ集めたその根性には感嘆するべきなのかも知れぬな」
帝の借家に入って開口一発、瀞蓮(eb8219)は呟いた。
「そうね。男の人もイロイロ溜まっちゃうから仕方ないとは思うけど、これだけ揃うお金があるのなら、本物の女の子買った方がいいと思うわ」
「百八冊もありますし、ここまで来るといっそ微笑ましいわ」
部屋を敷き詰めている春画本の山々を眺めながら御陰桜(eb4757)をため息をついて、カーラ・オレアリス(eb4802)は何故か笑みを浮かべた。まあ、確かに下手に隠すよりこうやって見せる方が男気を感じないでもないが、一応客を出迎えるのに、それとも依頼を考えればそのままの状況の方がやりやすい気もするがそんな事はどうでもいい。
「若気の至りと言えばそれまでじゃが、仕送りをつぎ込むのはどうかと思うぞ」
「放って置いて下さい‥‥‥。それが男ってもんです!」
まあ間違ってはいるまい。まるで身内に隠していた春画本を見付かったみたく、帝はそっぽを向いた。
そんなやりとりをしている中、レラ(eb5002)が小さい身体で前を押しのけて訪ねた。
「あのー、本ってどんな本を隠すんですか?」
「あなたは見なくていいの。お子様(見た目が)が見るものじゃないわ」
「? そういう事なら、今は見ませんけど」
どこか納得いかないもののレラは頷いた。
「とりあえず、さっきお願いしたように恵子ちゃんを迎えに行ってくれないかしら。所用って道場の師範代の仕事って帝くんに聞いたし、その帰りに来るんでしょう?」
カーラは確認するように尋ねた。
「姉上、度々江戸の道場に出張してるから。それに、結構俺に言うくせに姉上は寄り道ばかりするから、観光案内とか言えば乗ってくるかも」
「そう。という事だから、うまく足止めしておいてね。柳亭だったかしら。ああいう店は珍しいだろうからそこで落ち合うという事で」
どこか強引にカーラはレラを送り出した。ぱたぱたと足音が遠のいていくの確認してため息をついて、
「あなた達、そこで何をしているんですか?」
冷ややかな瞳で男衆に尋ねた。
『ソレ』に達するに必要なのは、勿論行為も必須なのだが一番重要なのは想像力らしい――そんなどっかのイケメンが恋人に言い切った台詞を何となく思い出しながら、本庄太助(eb3496)は振り向いた。
「いやいや。何でもないぜ?」
――それは、何かをやり遂げた男の顔だろう。
瞳は大きく開かれ、大願を成したかのような輝かんばかりの表情を浮かべ、そして全身から自分も頑張ろうと思う雰囲気を打ち込まんばかりの勢いだ。
まあそれはいい。
唯一精彩を欠けているというか台無しにしているというか、
「太助くん。鼻血出てるわよ」
誰もが心穏やかになるエンジェルスマイル。だけど二つの穴から滝のように流れる鼻血のおかげで結構凄い事になっていた。正直キモい。
「桜さん。俺、帝が年下だって侮ってたぜ。最近の子どもは進んでやがる」
「そんな顔で言われても決まらないけどね」
違いない。桜はため息を付いた。
太助が、いや、男衆が手にしているのは春画本。タイトルは往来で口にするだけでブタ箱に叩き込まれそうな代物だ。
「全く。おぬし等が気まずくなるじゃろうと無理にで出しゃばろうとなどせんと思っておったが、どうやらそうはいかぬようじゃな」
「まあ‥‥‥、つい。しかしすごい数だな。ははは」
今更体裁を繕えるでもないが、水上流水(eb5521)は本を閉じてわざとらしく咳き込んだ。
「しかし伊勢さん。いざ現物を見ると全部隠せそうにないが、どうする? ある程度処分した方がいいと思うが、依頼人本人には言い辛い」
さりげに自分の趣味で集めた数冊を抱え、伊勢誠一(eb9659)に尋ねた。
「レア物か実用モノかで選別して、残りは古本屋で売った方がいいと思う」
「そうですね。ここまで無軌道に集めていますし。‥‥‥これが、若さか」
どこかの赤い人みたく誠一は呟いた。
「依頼人には自分から言いましょう。こうまで切羽詰ったのは本人にも原因はありますし」
色事よりも謀。淡々と選別しながら答えた。
「しかし誠一殿、お主も男。こういう本が好きではないのか?」
手伝いながら蓮が尋ねた。
「はは‥‥‥。否定はしませんよ。女性陣の眼が無ければ読んでましたとも」
そう言いながら春画本を束ねる。偶然かそれとも誠一の趣味か、『ある一つ』の系統に束ねなられた春画本。偶然と思いたい。
「まあ、こういうのは個人の趣味じゃからな。文句は言うまい」
まれに止めてやらないと道を踏み外す場合もあるが、そんな事はどうでもいい。
何か悟ったような気がしながら作業を続けていると帝の叫び声が轟いた。
「ねえぇぇぇ!!! 待ってよ、捨てるの? 捨てちゃうのぉぉぉ!!??」
束ねた春画本を両の手に抱え、出て行こうとする叶朔夜(ea6769)にしがみつく。
「違うって! 確かに整理頼まれたけど、ここまであるとある程度処分しないといけないし、売りに行くんだから金は手に入るしいいだろ?」
「だめぇぇぇ!!! それだめぇぇぇ!!! その本もその本も、昔すっごくお世話になったんだよ! 今は別の使ってるけど思い出の一品だから売りに行かないで! お願いだから!」
「気持ちは判るがそんな事を言う前に手を動かせ! 例え今回は隠せても今後身内や親しい友人を招く度にこういう苦労しない為にも処分するんだ。判ってくれ」
「いやぁぁぁ! それいやぁぁぁ! 捨てるって言うなら俺泣いちゃう!」
小さいお子様というか惨めというか、何か帝が哀れになったので桜は助け舟を出した。
「まあまあ。いつまでも春画本使うより、売ったお金で遊郭にでも行ったら? 本物の女の子の方がいいと思うけど」
「本‥‥‥物‥‥‥?」
一瞬、ぴたっと帝の動きが止まった。
「そう本物。そっちの方がずっといいと思うわ」
「‥‥‥そうだね。本物の女の子の方が」
ゆらゆらと幽鬼のような表情で、
「目の前に本物の女の子が一杯だからいただきま〜〜〜す!!!」
かなり眼が血走って飛び掛ってきて――蓮の鳥爪撃で撃墜された。
紀勢鳳と共に朔夜が春画本を古本屋に処分しに行っている中、柳亭で女性陣達は優雅にティータイムと決め込んでいた。とは言っても桜は人遁の術で男の子に変装して、冒険者と共に迎えに来たという風にした。
只今観光案内中で柳亭で休息中。恵子自身江戸を訪れる用事もあるが、仕事関係でゆっくり散策した事もないらしい。
「しかし、まるで遊郭のような店ですね」
改めて店内を見渡して恵子はため息を付いた。
「ゆーかく、ですか? よく判りませんけど、フリフリとかとっても可愛いですよ」
ジャパンの風俗にあまり詳しくない蝦夷少女。いつか柳亭で仕事した時メイド服着てしっかりフリフリしていたものだ。小さい女の子が大好きなおにいさん達のココロ握ったのはここだけの秘密だぞっ。
「ここは別としても、都会には卑猥な店が多いと聞きます。青雲の志を抱く若者を邪道に唆す誘惑とか。帝に限っては違うと思いますが‥‥‥」
何だかんだ言って帝も男だ。これもまた、弟を持つ姉の悩みかもしれない。
「あなたの言い分も判りますけど、男の子はそういうの好きなんだし、恵子ちゃんも一生処女のままという訳にもいかないでしょう? 将来、好きな人が出来たら‥‥‥ねえ?」
「わ、私にはまだ先の話しです」
こういう類の相手をからかうのは結構楽しいものだ。この後はようやく帝の家だ。出迎えの準備をしないといけないので先にレラを向かわせた。
泣く泣く春画本を四分の一まで残した帝は、男連中と一緒に鑑賞会をやっていた。客観的に見れば気持ち悪い以外の何ものでもないが、男のやる事は大抵似通っているものだ。
軽く貧血気味になりながら、いまだ鼻血を滝のように垂れ流している太助は感嘆のため息をついた。
「女の人の身体ってこんな風になってるんだよなぁき‥‥‥」
「でしょ? それ、お気に入りの一品なんだよ」
軽く法に触れている本だった。曰く知られたら牢屋行きらしい。
「古本屋でいくつか見かけたが、どれも高値で売れるぞ。本自体値が張るが、あんなにどうやって手に入れたんだ」
確かに。この時代本の値段は非常に高い。朔夜の疑問は最もだ。
「死んだ父上、無駄に顔が広かったから。知り合いの問屋さんからタダや原価で譲ってもらったりしたし」
「羨ましい話だな」
そう言って春画本を読み耽る朔夜。そして黙々とページを捲る音だけは響く部屋。
「皆さーん。もうすぐお姉さんがやって来ますよー」
部屋の外からレラの呼ぶ声がする。しかしマイ・ワールドにどっぷり浸ってる男衆は気付かない。
「皆さん? いないんで‥‥‥」
返事がなくて仕方なく、部屋に入るレラ。そして本を読んでるお仲間を見かけ、気になって覗いて見ると‥‥‥
「い、いやぁぁぁ!!!」
耳をつんざく超音波。男衆はいっせいに振り向いた。
「レラさん!? どうしてここに!?」
「忍者の私に気配を覚らせないとはやってくれる!」
微妙にかみ合ってそうでないような事をのたまう誠一と流水。
「何でもない‥‥‥。別に春画本なんて読んでないからな!」
「変態! 近寄らないでください!」
よく判らない弁解をする朔夜にわめきちらすレラ。
「ええいまどろっこしい。とにかく落ち着かせないと! 確か縄があった筈!」
「縛るぞ! ついでに猿轡もかませる!」
「暴れないで下さい! こうなったら吊るすしか‥‥‥!」
「んー! んー!」
ステキに犯罪な光景だ。
「帝。返事がないから勝手に上がるわよ」
そう言って、そんな犯罪現場に踏み入れる姉と女衆。
さて。状況を冷静に分析してみよう。
「あ、姉上!?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
恵子は無言で微笑み薙刀を取り出して、
「全員そこに直りなさい!」
鬼神さまが現れた。