学んでアムたん!
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月13日〜05月18日
リプレイ公開日:2007年05月22日
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●オープニング
――まあ、よく見れば物騒な事もあるもので
京都のジーザス教関連施設。先日月道を渡り遥か遠方の地より訪れたジーザス教関係者の一行は、それぞれ与えられた個室で休息を取っていた。
他の関係者とは違い司教だのそれなりに偉い人に与えられる専用の一軒家。そこに彼はいた。
「アムドゥスキアス様。ついにジャパンの地に参りましたな」
司教服を纏う端正な顔立ちの青年に男は感慨深げに尋ねた。
どこか近づき難い荘厳さと華麗さを持つアムドゥスキアスと呼ばれた青年に比べて、醜悪な男である。鍛え上げられた筋肉は信者服の上からでもはっきりと判り、いかにも『その筋』と判る強張った顔はどちらかというと宗教者より犯罪者が似合う男である。
「魔王の方々の召喚にはロクに応じず、毎日毎日笛ばかり吹き散らす日々。あまりのサボリぐあいで仲間のデビルからは白い眼で見られ、同僚からはいっそ別のデビル諸侯の下へ転職しようかと持ちかけられましたが、ようやく真面目に仕事をやる気になったのですな‥‥‥」
そんな遠い眼でかつての日々に思いを馳せる犯罪フェイスな宗教者。本人の言う通り二人ともぶっちゃけデビルである。
「確かにアムドゥスキアス様は『地獄の音楽家』と呼ばれる程音楽の才に恵まれた方です。音楽会を開かない方が珍しいぐらいに開いていますし、むしろ音を奏でるのが仕事でしょう」
しかし、と彼は感極まったとばかりに拳を握り、
「我らデビル宿願のジャパン制圧。ついに‥‥‥ついにアムドゥスキアス様も‥‥‥。是非とも愚かな人間共を蹂躙し滅ぼし尽くしましょうぞ! 我らが名をこの極東の地に知らしめるのです!」
言ってる事はともかく随分真面目なデビルだ。デビル的にどうかと思うけど仕事熱心だというのがよく判る。
彼の言うようにジャパン制圧を目的としているデビルもいるだろうが、来日してるデビルはそれぞれ個々の思惑があって訪れている。
例えばあのデビルは観光のつもりでやって来たり、あのデビルは旧い友人に会いに来たりと私事で今回の件に便乗したデビルも結構いる訳だ。
実際アムドゥスキアス本人にジャパン侵攻は全く興味ないのだけど。
「陛下へは勿論ですが、後ほどレオナール様へご挨拶に参りましょう。我々より先だって活動なさってますし今後の事も考えまして――」
「あ、それはお前に任せるよ」
アムドゥスキアスは眼を通していたチラシの束を手に言った。外国人や旅行者向けのものだ。
「今から芝居小屋や音楽家を訪ねて廻りに行くんだよ。ジャパン独自の音楽技術を学ぼうと思ってな」
三味線や尺八。筝に締太鼓。琵琶に篳篥等々、ジャパンを代表する楽器は多くある。
それらはジャパンの辿り育んできた歴史の中の、文化、風習、宗教等により独自に発展を遂げてきたものである。奏でられる音も西洋とは方向性が違う。
「そう、月道が一般に公開(?)されて世界中の国々に異国の者の姿はあまり珍しくなくなった。国によれば政治や商会の重要な立場にいる場合もあるかもしれない」
突然何を言い出すのかと思いつつ、従者の男は黙って聞いている。
「国際化の時代なんだよ」
その日の気分でユニコーンに変身するハンサムボーイは言い切った。何となく今更な台詞である。
「イギリスの人が、ロシアの人が、ジャパンの人が世界のありとあらゆる国で居を構えるこの時代。様々な軋轢が生じていると思わないか?」
「まあそうですね」
混血種、『ハーフエルフ』と言うだけで人は極めて非道な扱いをしてしまう時代だ。国や地方によれば種族や外国人というだけでも十分に差別の対象になる。更に今まで育った国とは違う国にいるのだから、そこの文化や風習に戸惑う事もあるだろう。
「互いに助け合い協力しあい理解しあい、そこで初めて生まれいずるものがある。俺が言いたい事が判るか?」
「いえ、さっぱりです」
何となく嫌な予感がした。長い事アムドゥスキアスに仕えているもののこういう時は決まってロクな事がない。コトが起こる前に彼は問い質そうとしたが――
「異文化交流だよ!」
死語じみた台詞を一角公は言い切った。
「異文化同士がぶつかれば当然対立しあうだろう。しかし、それが交じり合えば新たなものが生まれる」
良いものだとは限らないけれど。
「つまり! 俺の持つ音楽技能を向上させる為にジャパンで音楽修行をしようと言う訳さ!」
「意味が判りませんよ! どうしてそうなるんです!」
「ははは。実を言うとな、今の自分に限界を感じているんだよ」
まるで悪戯が見つかった子供のような顔で彼は言った。
「確かに俺は『地獄の音楽家』と呼ばれているさ。自画自賛だけど音楽の腕はかなりのものだ」
だけどな? アムドゥスキアス、どこか遠くを見つめるように窓の外の空を見上げた。
「何ていうか最近、違うんだよな。笛を吹いてもアレだし‥‥‥スランプってやつ?」
クリエーターの類には必ず訪れる時期だ。
「作曲もうまくいかないし、しばらく音から離れようと思ったけどちょうどこの時期じゃん? 便乗しようかと思ってな」
「あ、いや。あの、ジャパンの侵攻は‥‥‥」
「何ならお前もどうだ? ゲイシャさんは音楽も嗜んでるとか聞くし、ついでに遊ぶってのも」
「いやいやいや! ダメですよ! というかそれが本音でしょう!?」
「いいじゃん別に! 俺だって遊びたいもん! 女の子とキャッキャウフフしたいもん!」
「いつも遊んでるじゃないですか!」
「仕事だもん! 笛を吹くのは仕事だもん!」
まあ音楽家なら間違ってはいるまい。
アムドゥスキアスは窓を開けて足をかけた。いつでも飛び出せる姿勢である。
「という訳で今から出て行くけど、一言忘れてたよ」
「‥‥‥何ですかアムドゥスキアス様」
彼は頭痛やらストレスやら胃痛やらで諸々痛む身体を震わしながら答えた。
「実はな、ここに来るまでに人間達に正体ばれちまったんだよ。もうじき討伐の連中が来るからお前もさっさと逃げた方がいいぞ?」
「は? それはどういう‥‥‥」
言い切る前にアムドゥスキアスは飛び出し同時にドアが叩き開けられた。
「デビルめそこへ直れ! 司教様に化けるとは許し難い、成敗してくれる!」
「あ、アムドゥスキアスさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
絶叫と騒音が轟いた。
「つまり、貴方を狙ってくる騎士から守ってほしいとの事ですね?」
冒険者ギルド。そこへ彼は依頼の申請をしていた。
「うむ。全く、正義の象徴たる騎士が、しかもジーザス教関係者が無実の男を襲ってくるのだぞ? 腕利きもいるようだから頼むよ」
「それは構いませんが」
ギルド員は依頼書の製作傍ら彼を見つめた。
腰より下まで届く長く美しい金髪。同性すら見惚れる程の美青年。身に纏うコートに『トランペット命』と『狂笛参上』。まあそれはいい。
一番眼を引いたのはコートの背中部分の『ジーザス撲殺』、そして股間から伸びた天を突き刺さんばかりにそびえる角を持つユニコーン頭の急所ガード。何というかそれだけで捕まえられてもおかしくない恰好だ。
「ジーザス教関係者の護衛でしたね。熟練騎士がニ、三名と駆け出し騎士が六、七人程」
「はっきりと覚えてないがそのくらいだ」
逃げながららしいのでしょうがない。ギルド員は最後の確認と言う事で依頼人の素性を問うた。
「貴方は音楽家でジャパンに音楽の勉強をしにきたとか」
「おう。アムたんと呼んでくれ!」
こうしてギルド初? デビルからの依頼(素性は隠しているが)が始まった。
●リプレイ本文
「お前さんを見てたら懐かしい匂いがする」
アラン・ハリファックス(ea4295)はまるで古い友人を前にするように依頼人を見た。
股間にそびえる天を突き刺さんばかりに突き立つ角を持つユニコーン頭の急所ガード。あまりに長すぎるそれは、普通に武器として使えそうで今にも回転しそうな勢いである。
「締まるフンドーシの匂い。抉り込まれる葱の匂い。砕け弾けるチャームの匂い。イロモノの匂い。そして」
一つ区切り、
「ネタの匂い」
まるでかつて失った大事な何かを見つけたような、一種の切なさを伺える表情だ。脳裏に甦るのは英国での冒険の数々。
月道貿易で栄える欧州の雄国、イギリス。
アーサー王と円卓の騎士を抱えるその国にあるのは、どうやら輝ける騎士の栄光だけでは無いらしい。
冒険者酒場で漏れ聞いた英国の話はまさしくワンダーランド。
中でもネギの話は、ある者は顔を顰めて二度と口にするなと怒り、ある者は腹を抱えて大笑いし、ある者は何故か赤面して俯いてしまった。謎多き国、イギリス。
まあそんな事はどうでもいい。
それより今は目前の仕事である。しかし、股間(の角)が気になって仕方ないけれど。
「護衛かぁ〜。近頃は戦ばっかりだったから、何だかほのぼのとした依頼だね〜」
「無実の人を追いかけるなんてひどいね。何とかしないと」
ミネア・ウェルロッド(ea4591)とレベッカ・オルガノン(eb0451)はセクハラな依頼人をスルーしていた。気にしたら負け、依頼人がどんな恰好をしようと依頼さえ成功すればいい。まだ若いのにクールである。
「アムちゃんっておんがくか、なんだっけ? ミネアはそんなにおんがくは詳しくないけど行きたい所があったらミネアが付いていくよ♪」
取り合えずどこかの芝居小屋に行こうとした所、レベッカは依頼人に尋ねた。気になっていた事がある。
「そう言えばアムたんの本名は何なの? 有名な音楽家さん?」
素性を知られたくないから偽名を使っているのだろうが、彼女はそれでも知りたかった。
石の中の蝶。
蝶の姿が刻まれたその指輪はデビルの存在を所持者に教えてくれるアイテムだ。デビルが近づけば近づくほど羽ばたきが激しくなる。
つまり、この近くにデビルがいるという訳だ。
「俺の名前か? アムドゥスキアスだ。それがどうかしたか?」
「いえー、ちょっと気になって。それにしても地中海チックな名前ね。どっかで聞いた事があるけどー?」
「はっはっは。世の中似た名前の者などいくらでもいるさ」
首をかしげるレベッカにアムドゥスキアスは平然と返す。
下手に隠すより堂々とした方が疑われない事もあるとはいえ、肝が据わっているのかそれとも只のバカなのか。
「僕、バードで学生やってるんですけど、アムたんさんはどちらのご出身ですかー?」
待合室で楽士を待つ間、カンタータ・ドレッドノート(ea9455)は尋ねた。
彼女も音楽を嗜む身。ここに来るまで幾つか芝居小屋や音曲家の場所を回る間にアムドゥスキアスとそれなりに仲良くなり、会話は打ち解けたものだ。
「‥‥ああ?」
冒険者と歓談していたアムドゥスキアスは彼女に目を移した。最初、この風変わりな依頼人は彼女が持っていた日本の楽器に目を輝かせた。芝居小屋で芸や劇を盛り上げるそれに興味を持ったアムドゥスキアスは、是非ここで楽士から曲を習おうと思っているようだ。同じく音楽を生業とする長寿院文淳(eb0711)も誘ったが、彼は他の冒険者と共に外で警備する、と相席しなかった。まあ狭い部屋に大勢で詰めるのはいざという時には動きづらい。
アムドゥスキアスは、どう答えるかと思案する。
「出身地はどこだったかな。長い事生きてるし色々な場所へ呼び出されたぞ」
どこか引っかかる言い方である。カンタータは知人が色んな地方に散っていて招待とかされているのかな、と解釈した。
それなら、と部員章を取り出す。フリーウィル冒険者養成学校笛部、部員の証である。
「英国ケンブリッジにはこんな部活もあります。お近くにお越しの際には是非寄ってみてくださいね」
「ああ。是非そうしよう」
その後、レベッカに誘われて踊るアムドゥスキアス。
「――と、来たか?」
部屋の外から音が聞こえる。複数の足音だ。
しかし、鎧だの武具だの身に付けてがちゃがちゃ擦れる音がして、「ファイヤーボム! ‥‥‥わしも燃えたぁ!」とどつきあう声まで聞こえる。
「待て。これは――」
アランは戸口の近くに立ち様子を伺う。ミネアもカンタータも、先ほどから神秘のタロットで占いを繰り返して『悪魔』のカードばかり引き当てていた。レベッカは大脇差を構える。石の中の蝶は羽ばたいてる。
直後、
「ようやく見つけたぞデビルめ! 冒険者をたぶらかすとはやってくれる。だが、偉大なるジーザスの名の下に成敗してくれる!」
吹っ飛ばされたように部屋に入ってきた仲間の冒険者と、絡まり合うように騎士達が飛び込んできた。
話を少し戻す。
音楽家と仲間達が和気藹々としている中、冒険者四人が待合室の外で警備をしていた。
部屋の狭さもあるが、それよりも無関係な楽士に迷惑をかける事を危惧して冒険者達は分かれる事にしたのだ。
「‥‥まあ、適当に京の観光案内すればよいかの」
『ジーザス撲殺』と書かれた、いかにも喧嘩を売っているとしか思えないコートを羽織る依頼人を思い出して小坂部太吾(ea6354)はため息を付いた。
「にしても、いいのじゃろか、アレ」
どこか投げやり気味に呟く。
「変だけどアムたんさんがいいのならそれでいいんじゃないの? 僕らには理解出来ないってだけで」
「奇抜な格好はともかく‥‥‥楽しく交流出来れば良いのですが」
ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)と文淳はのんびりお茶を啜りながら言う。
確かに突っ込みたい恰好ではあるが、自分の意思でしているのなら口出しする道理はない。
「じゃがどう見ても変じゃろう」
みっちりと武士の心得、礼儀作法を叩き込まれた志士の太吾には未知との遭遇だった。格好で人物を決め付けるほど狭量では無いが、思った事は口に出す率直な男だ。そんな彼に、
「もちろん異常ですよ」
ジョシュファは正直言った。会ったばかりという事を抜いても、あの服装は理解出来ない。
「しかし‥‥彼の音楽に対する心構えは立派なものですよ。楽士として勉強になりますし、後学の為に何曲かご教授願おうと思います」
文淳が弁護する。極論になるが芸術家に奇矯な振る舞いは付き物だという。アムもそうかもしれない。
「襲撃者はいつ襲ってくるやも知れませんから‥‥常に警戒を怠らないようにしましょう‥‥。太吾殿、ジョシュファ殿、花子殿、頼りにしてますよ」
「何もしないとは言うておらぬわい、すればいいのじゃろ!」
憎まれ口を叩くが、太吾は護衛に手を抜くつもりは無い。
「そうそう。仕事なのでぃす。正直気乗りはしないですが、一度受けた以上は仕方無いのでぃす」
とは斑淵花子(eb5228)。戦士であり腕の良い管弦士である彼女は音楽家に興味があったが、今は何かモチベーションが上がらない様子だった。
そうこうしていると外から喧騒が聞こえてきた。不審に思った冒険者達は通路の先を睨む。まるで押し込みのような勢いで現れたのは騎士達だ。
「我らはデビル討伐隊のものだ。ここにデビル、アムドゥスキアスがいる事は判っている。大人しく引き渡せ!」
中央に立つ騎士――頑丈な鎧に身を固め、隙の無い所作から聞いていた熟練騎士だろう――が剣を抜き、冒険者達に勧告する。
「依頼人から事情を聞いてるけどそれは誤解では? 確かにあんな恰好だと変に誤解しそうですが――」
ジェシュファが説得する。格好だけでデビルとして討伐するのはやりすぎだと。厳格なジーザス教にはあの格好は許せないかもしれないが。
「全く、いきなり抜くとはの。‥‥昨今のジーザス会の行いには目に余ることがあるのぅ」
説得は通じないとふんで太吾は浄明の卒塔婆構えて精神を集中させる。いつでも墓に入る準備完了、では無い。
「引かぬなら貴様等諸共成敗する! 総員突撃体勢!」
騎士達は剣を構えて陣形を整える。
「突撃!」
熟練騎士の号令の下、突撃。
「そのように固まっておるなど‥‥恰好の的じゃよ! ファイヤーボム!」
炎の玉が疾る。
狭い屋内。威力は倍化して駆け出し騎士達を焼く。だけど狭かったから、
「わ、わしも燃えたぁ!」
炎の余波が太吾自身も焼く。建物や他の冒険者達にも被害が出たが、人数差を考えれば奇襲は必要だったか。騎士達はよもやの爆発に足並みが乱れた。
「と、突撃ぃ! 貴様らもう容赦はせんぞ!!」
それでも騎士達に押され、彼らはもみくしゃになって待合室に雪崩れ込んだ。
また話を戻す。
「先に花街行っといてね」
そうレベッカは言って一人、別行動を取った。アム達は楽士が居るという遊郭へ。ジェシュファ達は部屋の外で警備。待合室として通された部屋にはアムとカンタータ、それにアランとミネア。
聞こえてくる音曲は、遊郭ならではの独特の音色。どこか心の内の欲望を刺激し、アランは苦しげに呻き声をあげた。
「俺は外でいいと言った筈だ。今まで溜まったナニ欲が爆発して、芸者さんを襲いかねん‥‥!」
「まあ、こわいこわい」
恐いと言いながら芸者さんがアランの横に座り、しなだれかかる。遊ばれていると分かるがアランも悪い気はしない。面倒な依頼に、この位の役得は大歓迎だ。
「まあそうなったらそうなったで」
芸者さんから教えて貰った三味線をべんべん引きながらアムドゥスキアスはほがらかに笑った。音楽勉強は順調に進んでいるようで上機嫌。心なしか股間の角が光っている気がする。
「私たちじゃ危ないから、アラン兄ちゃんにも居てもらわないとね。ミネアか弱いから♪」
「おまえのどこがか弱‥‥」
――ずぶり。ミネアの五指が畳に食い込む。
ぺったん鬼師匠の二つ名で呼ばれるミネア。畳如き余裕である。
「何? 何か文句ある?」
「‥‥いや。何でもない」
それは脅迫ではなかろうか。笑顔が余計に怖い。
まあそんなこんなで会話も進み、アムドゥスキアスがカンタータから借りたドゥナ・エーの角笛を見事に吹ききって一同の鼓膜にダメージを与えたり、宴もたけなわ。
不意に、ミネアは気になってしょうがない股間の角を握り締めた。見ようによっては、いや普通に考えても凄まじい光景である。
「ねーねー。これ折っていい? 折っていいでしょ?」
うずうずしてたまらないミネア。返答を聞く前に両腕の筋肉を働かせる。
「ちょ、待て‥‥。それはダメだ!」
違う意味で危険である。
「いけませんよ? 女の子がそういうのは‥‥」
さすがに止める。角の場所が場所だからだ。心なしか赤面しつつ困り顔のカンタータが静止の声をかけた。
ミネアの小さい身体のどこにそんな膂力があるのか。みしみし音を立てて角にヒビが走っている。
「そ、そうだ。花も恥らう乙女がそうするのはどうかと思うぞ‥‥?」
「わしからも頼む。さすがにそれは‥‥」
「‥‥ええ。男としてそれ以上は‥‥」
室内の騒ぎに外で警護していた仲間達が何事かと覗いて一様に呆れ顔。男達は思わず股間を押さえた。ヒビだらけの角。まるで『男の魂』を砕かれているような錯覚に、とても他人事とは思えない。
アムドゥスキアスも言いようの知れない恐怖にかられた。もう無駄だと判りきっていたが止めようとして、
「えい♪」
豪腕無双。角をへし折った。
「ノォォォォォォォウ!!!!」
呆気なく砕かれた角を眺め、勝ち誇るミネア。
「全然大した事ないね。硬くなかったよ?」
「アウチ!」
もう拷問である。
「えっと‥‥何やってるの?」
ようやくやってきたレベッカは、一様に複雑な表情を浮かべる男性陣を見て首を傾げる。
「さあ? よく魂が砕かれたとか何とかで、あたしにはよく判らないのでぃす」
隅で酒をちびりとやっていた花子が淡々と言う。レベッカは肩をすくめた。
「ふぅん‥‥。でも、ちょうどいかな」
石の中の蝶は激しく羽ばたいている。
――そう。騎士達から話を聞こうと場を離れていたのだ。
かつて知人から聞いた話に石の中の蝶。そして騎士達の行動と話により確信を得た。今、この遊郭に彼ら以外の客がいない事に気付いたのは何人ほどだろうか。
「アムたん、事情は判らないけど、そんなに落ち込まないで」
レベッカははやし立てる。芸者さん達を促し音を鳴らし、彼女も舞う。騒ぎも終わりと、護衛の冒険者達は部屋の外に戻った。
陽気な音楽はそれだけで人を躍らせる。デビルも似たものかもしれない。へこんでいたせいもあるのか妙なテンションのアムドゥスキアスの体は、彼女の言うように動いた。
「アムたんのー、ちょっとイイトコ見てみたいー♪」
くるりとターン。彼の本性をさらす問いを投げかける。
「ユニコーンになってみせてー♪」
地獄の音楽家はユニコーンの姿になる事が出来ると聞いた。
誘いに乗れば確定だ。
「なってみせるさユニコーンに!」
変化完了。白い艶やかな毛並みに覆われた、立派なユニコーンの姿に変化する。やっぱり角は長かった。
「ふふふ‥‥やっぱりそうだったのね」
大脇差を抜きながらレベッカは不敵に笑う。そこへ騒ぎの物音が聞こえてきた。
「抹殺決定! 騎士さんたち、出番よ!」
部屋に雪崩れ込んできた仲間と騎士達はユニコーンの姿に目を白黒させる。
「‥‥あれ? もしかしてデビル?」
太吾も呆気に取られるも取り合えず浄明の卒塔婆を構える。
「せっかく興が乗ってきたというのに、無粋な輩だ。仕方が無い」
ユニコーンのアムは騎士を突き飛ばして中央から突破した。冒険者は彼を守る者、攻撃する者、混乱したままの者と様々だが、大人数が入った上に一角馬の巨体でまともに動けない。
遊郭に響き渡るは阿鼻叫喚の狂想曲。
騎士達を撒いたアムドゥスキアスに、追いかけてきたアランが申し出る。
「ギスギスしたな。どうだ、今度酒飲みながらくっちゃべらんか?」
「そうだな。せっかくジャパンに来たというのにな」
先程の混乱が嘘のように二人はくつろいだ声で、しみじみと言った。
「‥何を企んでおる?」
太吾と文淳が追いついた。
「異文化交流! 俺が考えているのは音楽の事だけさ。この世で他に重要な事などあるかい?」
真顔で――ユニコーンだが――答えるアムドゥスキアス。
「問答無用で討伐するというのが正しいのでしょうけど‥‥人にもデビルと思うほど非道な者はいました。逆に考えれば、貴重な事例となる可能性はあるかもしれません‥‥」
ともあれ、この場は討つ事も行く事も難しい。
彼が本当に音楽を愛し学ぶ音楽家であればと思わずにはいられない。
デビルの中に極一部でも許容される事があるならば。
ユニコーンは微笑し、姿を消した。
アムたんの音楽修行の日々はまだまだ続く。