あなたの以下略!

■ショートシナリオ


担当:橋本昂平

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月24日〜05月29日

リプレイ公開日:2007年06月01日

●オープニング

 江戸の街は広く大きい。
 現在、独眼流の名で知られる伊達政宗が治めるこの地は、戦後の事後処理で何かと忙しいがそれなりにかつての活気を取り戻していた。
 立ち寄る旅人や商人は、源徳時代とは勝手が違ったりそもそも伊達家に支配権が移った事も知らない者もいるがそれなりに日々を過ごしていた。
 人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
 人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。



――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――







「ぬははは! 毎度ありぃぃぃぃ!!!」
 支配者の変わった江戸の街。戦後の事後処理やら復興作業やらで多くの人が行きかっている中、二人の筋肉の影があった。
 屋根の上を飛ぶ筋肉。ここの所売れ行きがよく嬉しいのだろう。陽光を浴びる双子の行商人は異様なまでに爽やかだ。
 鋼鉄の鎧が如く鍛え上げられた上腕二等筋。割れた腹も優れた名刀も槍も逆に砕かんとばかりに鍛え抜かれたそれは、どちらかというと行商人より格闘家が似合いそうな二人である。実際、行商中に絡んできたちんぴら連中を片っ端から殲滅している猛者なのだが。
 何はともあれそんな双子。商人服が筋肉のおかげでぴちぴち言ってほんの少し力を込めると破れてしまいそうだ。
 二人は屋根をの上を飛びながら互いの健闘を讃えあった。
「これで十組目だ。この調子じゃのう兄者!」
「うむ。我らが研究に研究を重ねて開発したこの恋愛成就グッズ。ようやく日の目が出始めたというものだ!」
 見た目だけで赤子がひきつけを起こしそうな面の割りに可愛らしいものだ。『とっておき』を残して商品の入ってた籠はカラになっている。
「天下の羅武羅武大明神のご加護は込められた弓と矢。これで心の臓を射抜かれた者は射抜いた者にハートを奪われる。想いを伝えきれない女子の救世のアイテムだ!」
 筋肉はさりげに物騒な事をのたまった。
「試作品の鉄の弓と矢とは違い、材料に木材を選んだこの作り。飛距離は落ちたが女子でも打ちやすく扱いやすくなった!」
「ククク。耳を澄ませば聞こえてくるぞ。弦を引き絞り矢が飛んでいく音の数々が」
「そして聞こえるぞ! 恋の一矢が心臓を穿つ音が! 新たに生まれる愛の叫びが!」
 実際聞こえるのは阿鼻叫喚。身に覚えのあったりなかったりする男の生命の危機の声が至る所で叫ばれていた。
 普通に殺害未遂である。役人達は調査を行っているし、背後に弓と矢を売りつける二人組みの存在を確認。目下調査中らしい。
 戦が終ってからというものの民心は結構揺れている。
 振り返ってみると新田との戦もあったし、今回の戦の結果を考えるといつ、次の戦が起こるか判らない。江戸の本来の主たる源徳家康率いる源徳軍は敗走した訳だし、江戸を取り戻す為に兵を整え再び戦を仕掛けるのは容易に想像できる。
 ならば、民はどうなる? 今は伊達の支配下で民は彼らが守る義務があるとはいえ、一人一人を必ず守ってくれるという保証はない。
 つまり結局は自分の身は自分で守らないといけないという訳で、そこに彼らは眼を付けた。
「基本的に弓と矢だ。いざという時は自分の身を守る武器にもなる! 防犯も兼ねるお買い得商品よ!」
 時流を考えた商売である。しかももしかしたら明日死ぬかもしれないというこの情勢、死ぬ前に秘めた想いを伝えておきたいという人もいなくはない。
 販売対象は主に思春期真っ只中の女の子。色々不安定な年頃で、戦後という情勢もあいまって一言二言で口車に乗せやすい――のは兄弟の今までの商売で身につけた弁論の技によるものだけど。
 客の皆が皆、金持ちという訳でもない。今回開発に成功したものは既にとある少女に売りつけた試作品と研究データを元に開発した大量生産品。コストを下げる為に大量に作り過ぎた、という理由もあるのだけど、数を捌かなければならない。
「むっ! 悶気!」
 淡い恋心を胸に秘め、だけど伝えきれないこの気持ち。
 彼ら双子はそんな少女達のオトメゴコロは感知する事が出来た。双子は全身の筋肉を盛り上げ跳躍。鍛え上げられた筋肉は地面を押し潰し着地時に衝撃波を走らせる。
「胸にそっと秘めたその想い」
「知った以上は手助けするが人の道」
 陽光の下、鋼鉄にして山のように立ち塞がる筋肉二つ。影が指して余計に怖い。
「弱き己に恥じるはまだ早い!」
「そんなキサマに贈るこの商品!」
『我ら!』
 筋肉の収縮。空間を揺らさんばかりに力強く脈動した筋肉からカマイタチが放たれる。
『炎の行商人!』
 熱いノリの兄弟だ。バカさしか感じないがどことなく憎めない気がする。
 自分によっていた双子は決めポーズを解きつつ新たなカモ‥‥‥ならぬ客の姿を確認したが‥‥‥
「またキサマか!?」
「そ、そういう貴方達はいつぞやの双子!」
 以前試作品の鉄の弓と矢を買い受けた恋する乙女、思い込んだら一直線というか脳の大事な部分がいくつも抜け落ちている感のある加奈嬢だ。
「今度は何用です? また売りつけに来たんですか?」
「そうなのだが――」
 筋肉兄は頷いたのだが、
「というかキサマ、いまだに射抜けておらぬのか?」
 どこからどう見ても戦場でしか役に立ちそうにない、殺傷力全開な鉄製の弓と矢を持つ少女に尋ねた。小柄な加奈に扱えそうにない代物のようだが、実家が漬物を扱っているので見た目の割りに筋力はあるのだ。
「う、うるさいです。冒険者が邪魔するからしょうがないじゃないですか!」
「お主弓道習っておるのだろう? 腕の方も中々で例え邪魔が入ろうとも射抜けると思うたが、実は本番では実力を発揮できないタイプなのか?」
「そんな可哀想なものを見るような眼で見ないで下さい!」
 というか生命の問題的な意味で外れて欲しいのだけど。この娘含め筋肉兄弟や今まで買ってきた客も本気で『心の臓を射抜けば恋が実る』と信じているのが問題である。人心の操る手段に長けている双子だからこそ、だけど。
「というかあの銀髪女よ! 今度絶対に射抜いてやるわ! 必ず殺すと書いて必殺よ!」
 前回前々回、『銀髪の女冒険者』に邪魔されたのだが。
「ならば、これをキサマにくれてやろうか?」
 筋肉兄は売らなかったとっておきの弓を取り出した。
「‥‥‥これは、何?」
 渡された黒塗りの弓。禍々しいデザインだ。
「この弓は、偉大なるデビル様のご加護を受けその名を頂いた弓、『馬瑠葉徒素』。これで射抜けば魂諸共キサマのものよ!」
 それは殺人的な意味ではなかろうか。
「真の愛は心中よ! これにてキサマの想い人との恋を成就させるがいい!」
 だからそんな事を言ってしまったら、思い込みも激しくて自分に都合のいい風に考える脳の大事な部分がいくつも抜け落ちた加奈は変に受け取ってしまうではないか。
「‥‥‥ええ。やってやるわ! これで先輩のハートは私のものよ!」
 今度私塾の授業の一環で街に出て写生大会がある。そこで彼女の想い人である辰臣も参加している。
 どういう意味の『やる』か判らないが、こうして恋する乙女の暴走が三度始まった。

●今回の参加者

 ea0061 チップ・エイオータ(31歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 eb0084 柳 花蓮(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec2197 神山 神奈(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

稲生 琢(eb3680

●リプレイ本文

 その日は天気に恵まれ写生大会日和となった。塾生達はそれぞれ街に散っている。
 辰臣もまた、友人達と共に被写体を探しつつ街を練り歩いているのだが、どこか落ち着かないというか浮ついてるというか‥‥‥まるで挙動不審だ。
「ん? どうしたんだ辰臣」
 風に緩やかに踊る銀髪を押さえながら、リフィーティア・レリス(ea4927)尋ねた。
 流れるような長い銀髪。そっと触れるだけでも壊してしまいそうな処女雪のような白く細い肌。儚い輝きを放つ宝石に似た青い瞳。いたずらな風に髪を押さえるだけでも、言葉を紡ぐだけでも、仕草の一つ一つが幽玄のような現実味を感じさせない夢の中の天女のような‥‥‥そんな印象を受けるジプシーである。
「あ、い、いや。その。何でもないよ。うん」
 原因は言うまでもない。
 辰臣は真っ赤になりつつもそっぽを向いた。リフィーティアは怪訝に思ったが、まあいいか、と気にしない事にした。
 無理もない。リフィーティアは、どこからどう見ても清楚可憐で儚い美少女に見えるがこれでもいっぱしの男なのだ。何かが間違っている気がするが突っ込んだら負けだ。
 そんなジプシーをよそに辰臣の塾友達は辰臣をとっ捕まえた。
「おい辰臣! いつあんな可愛い娘と知り合ったんだよ!」
「うらやましいぞお前! ただでさえ女の子に人気あるのに!」
「俺にも紹介しろ! 頼むから一人ぐらい回してくれよ!」
「し、知り合ったって、護衛の冒険者さんなんだけど」
「護衛だと!?」
「護衛つーと、四六時中一緒にいるのかよ!」
「チクショウ! 護衛と称してあんな事やこんな事をしてもらってるに違いない! 頼むから変わってくれよ!」
 色々突っ込む所はあるが、年頃の男の子なんてこんなものだろう。
 何を話しているの判らないが、リフィーティアは彼らが写生大会について相談しているのだろう――そう解釈して感心したように言った。
「写生大会なぁ。俺は絵に関してはさっぱりだからよくわらないけど、上手な絵が描けるといいな」
 にっこり微笑むエンジェルスマイル。男連中はもうハートを奪われたかの如く赤面して、そんなリフィーティアを打ち抜かんと遠くで弓を引き絞る加奈がいた。






「加奈さん‥‥‥。まだ、想いを遂げてないんですね‥‥‥」
 今、まさに必殺の一矢を放とうとした加奈に柳花蓮(eb0084)は呟いた。驚いて弦から指を離しかけた。
「筋肉は悪‥‥‥。彼らと関わると上手くいくものもいかなくなるものですよ‥‥‥?」
「だ、誰かと思ったらアナタですか。悪はあの銀髪女です! 世の為人の為、そして私と先輩の愛の為に、あの銀髪女を射抜くんですよ! 悪即斬の勢いで!」
 鉄の弓矢ががぎらりと光る。
 恋する乙女は暴れ馬。その上武力行使なオプションと理論武装も付属されて、理性の防波堤なんて撃滅だ。
 只でさえハイテンションで湯だった脳が更にヒートアップ。もう止められないやめられない。そんな加奈に花蓮は淡々と言った。
「そのご様子だと失敗ばかりだと‥‥‥。それは‥‥‥道具が悪いのかもしれません‥‥‥」
 一瞬、腹黒いデビルのような邪悪な笑みを浮かべたっぽい気がして、加奈は身を引いたものの、構わずエルフの僧侶は液体の入った小瓶を取り出した。何故かネコミミとポニテとメイド服の三段コンボの合わせ技一本な恰好で、その筋の人にはたまらない仕様だがそんな事はどうでもいい。
 ネコミミメイドは小瓶を手に言った。
「この液体‥‥‥私の錬金術で作った惚れ薬入です‥‥‥。人気のない所で辰臣さんに飲ませ‥‥‥『好きです』と囁けば彼の心を貴女のもの‥‥‥」
「ほ、惚れ薬‥‥‥」
 加奈の手が伸びる。とても魅力的な誘惑だ。まあ、実際は食前酒のベルモットを少量、小瓶に移しただけの代物だ。アルコールに耐性のない人もいるだろうし、酔いに任せて色々――なのはあまりにもお粗末すぎる。それとも何か考えがあるのだろうか。
 まあそれはともかく、ネコミミメイドさんはおっしゃった。
「筋肉が現れたらすぐ私に知らせて下さると言うなら‥‥‥タダで差し上げます‥‥‥」
 そんな、恋する乙女ならぬ全ての恋に生きる戦士達が諸手を挙げて喜ぶような事を眼前のネコミミメイドは言う。とても魅力的なお誘いなのだ。了承の代わりにと小さな指が小瓶に触れようとしたが、
「折角ですが遠慮します。薬で捻じ曲げられた愛など偽りです。愛は自分の手で掴み取るもの。先輩のハートは自分で打ち抜きますよ!」
 陽光にきらめく戦争でしか役に立たない鉄の弓矢を掲げて言い切った。手段は違うが目的は同じである。
「そうですか。ならリフィーティアさんに差し上げましょう‥‥‥。あの方も辰臣さんを気にしてましたし」
 護衛対象、としてである。
「どうしましょうか‥‥‥?」
 小瓶を手に、筋肉抹殺の目的を隠した花蓮は尋ねた。





『恋愛成就と称し、凶器を売りつける双子の悪徳筋肉商人に注意。見つけたら通報して下さい』
 人相書きと共に文章の書かれたビラを空からばら撒きながら、チップ・エイオータ(ea0061)はフライングブルームの上から周囲の様子を見渡す。写生大会と言うだけあって歳若い少年少女達の姿がちらほら見かけるし、話しに聞いていた量産型の弓矢を構えて狙い打つ女の子もいたり、それに注意警告したりと割と大変でだ。
「それにしても、ほんの少しの間なのにこれだけの弓と矢って、どれだけ売りつけてるだよ‥‥‥」
 軽く一ダースもありそうな弓と矢を抱えて呟いた。空から見ると今にも射掛けようとした女の子が鬼のようにいる。体当たりしたり弓の弦を射抜いたり、結構苦労したものだ。
「何としても商人捕まえないと。狙われた者の気持ちを味わってもらった方がいいのかな?」
 もう一度空から探す。一方、藤村凪(eb3310)と瀬崎鐶(ec0097)は辰臣の近くで彼の護衛をしていた。
「傍に居た方がいいのだけど、下手に刺激させるより余り近づかずそして離れずの位置を保つ方がね‥‥‥」
 まるで誰かに説明するようだ。鐶は呟く。彼女は花蓮に事情を聞いているのだ。
「これも護衛になるんかちょっと不安やけどな」
 凪は苦笑する。上空のチップを見るが特に変わった事はないようだ。
「思い込んだら一直線に進めるのは悪い事ではないけど、度が過ぎ無い様にしたいよね」
 前の辰臣を見つめる。何やらリフィーティアに問い詰められたり神山神奈(ec2197)にまともに眼を合わせられず慌てふためいたり大変なようだ。‥‥‥どこかで殺気が膨れ上がった気がする。
「加奈さんが荒事にでるようなら素手で止める。この方が怪我しないやろからな」
 加奈の行動にはやりすぎというか最早そのレベルではない。だけど、自分の心のままに動く事が出来るというのは‥‥‥
「‥‥‥僕には、まだちょっと難しい事だから、ね」
 そう言って鐶は苦笑した。過去に何かあったのだろうか。どこか憂うような表情だったがそれは一瞬。チップから借り受けたシークレットダガーを握る。
「凪姉様」
「‥‥‥ん。加奈さんも辰臣さんも傷つけたくないな」
 凪もシークレットナイフを抜く。感じたこの殺気。尋常じゃない。
 どちらかともなく駆ける。鉄の矢が空を切り裂いた。




「で、結局辰臣は加奈の事好きなのか?」
 塾友達とは判れて写生をする事になった辰臣は、いざ描こうとして筆が思いっきりに滑った。折角二人きりになったという事で、リフィーティアはその辺り突っついてみようと思ったのだ。ちなみに辰臣の塾友達は、「これ以上こんな眩しすぎる美少女と一緒なんて耐えられるか!」とか叫びながら逃げていった。まあ判らなくともない。
「そうね。好きなんでしょう?」
 双子の筋肉商人を捜索中の神奈とも偶然会って、ついでに聞いてみる事にした。彼女も彼女で美少女というか美女。スレンダーなリフィーティアと違って、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいるという、しかも思春期真っ只中なオトコノコのココロを揺さぶりまくる着崩した着物。辰臣は真っ赤になりつつ視線を泳がせていた。
「加奈は可愛い娘だし、放っておくと誰かに取られてしまうんじゃないかな」
「キミ、その加奈って娘に会った事あるんだ」
「何か判らないけど、好意的には思われてないような気がするけどな‥‥‥」
 いつかの時、まるで親の敵を見るような、そんな感じがしたのだ。本人はあくまで直感と思っているものの、ほとんど確信である。
「今の時勢じゃ怪しいやつらがたくさん動き回ってるし、いざという事になる前にどうにかした方がいんじゃないのか」
「何もしないまま、というのは後々後悔するし‥‥‥」
 どうなんだ? 神奈は語尾が違うものの、二人は尋ねる。一歩詰め寄り辰臣は汗だくになってそっぽを向いた。
 向かって右は輝かんばかりの美少女ジプシー(見た目が)。左はお色気おねえさん。それが至近距離で女の子の匂いで、夢のようなシチュエーションなのだ。思春期の男の子にとってそれがどれほどココロオドルのか到底図れるほどじゃない。
 辰臣は何が何やら判らなくなってうっかり本心を言い出しそうになって、リフィーティアは一層詰め、聞聞き取る為顔と顔が触れるほど近づけ、「‥‥‥好」と聞こえた瞬間、そこまでリフィーティアの頭があった空間を鉄矢が穿つ!
 離れた所。物陰で。
「惚れ薬を先輩に飲ませようと思ったらあの銀髪女め! それに新しい女も!」
 矢を取り出し番え、放つ右の手の動きが全く捉えきれない。どこぞの達人でもあるまいし恋の力は秘めた能力も引き出すのだろうか。
「辰臣! 隠れろ!」
 既に予想付いているけどとりあえず辰臣を路地裏に追いやる。やはり雨のように降ってくる鉄の矢はリフィーティアを中心に飛んできている。回避先を読む、というより先に撃った矢で他の回避先を潰し狙った場所に自分から向かわせ、例え手間がかかろうとも確実に仕留める射方――。恋という戦いに勝利する為に自ら開眼。恋する乙女は皆戦士なのだ。
「えげつない‥‥‥やり方だね!」
 日本刀で鉄矢を打ち払う。だが雨のように降ってくる矢を全て捌ききれず、神奈は近くの路地に逃げ込んだ。
「段々と命中精度が上がってきてるつーか、射手は複数いるんじゃねーのか!?」
 鬼神ノ小柄を巧みに操り鉄矢を払うものの、リフィーティアは益々追い詰められていく。所有者に不運をもたらすとされる小柄を二振り。凶星の加護の下に生まれてきたばかりのその不運っぷりは、彼を窮地に追い詰めていく。
 だけど、天はまだ彼を見捨てていなかったらしい。
「――はっ!」
 剣閃疾走。凪のシークレットナイフが仕留めにきた鉄の矢を打ち落とす。鐶もまた、オーガリングやら力たすきやら剣士の守りやらの効力のおかげで豪快に打ち落とす凪のようにとはいかないものの、心眼はちまきにより高められた集中力のおかげで的確に払う。
「鐶ちゃん。まずこの状況を治めてから加奈さんに――」
 言いかけて空を見た。
 雲一つない晴天。つまりそれは、空を飛ぶもの全てを包み隠さず見せる訳で――
「ちょ、何の冗談や?」
 鬼のような鉄の矢の嵐が、凪と鐶を蹂躙する!
「すまん! 後で助けるから!」
 間接が割と凄い事になって縫い付けられている二人に詫びてリフィーティアは逃げ出した。
 足を止めたら殺される。二人に悪いと思いつつも自分の命の方が危険だ。
 幸いにというか奇跡というか、凪と鐶は怪我一つ負わなかった。





「あ、発見☆ まだ商売してるのかな?」
 路地を抜け、どこか開けた場所に出た神奈は女の子に弓を売りつけようとしている双子の筋肉商人を見つけた。本人達は普通に売ろうとしてるに過ぎないが、その強持ての顔と鋼のように鍛え上げられた筋肉おかげで脅しているようにしか見えない。
 ちなみに、花蓮のファンタズムにより作り出された幻影である。とはいえ事情の知らない神奈は被害があったらいけないと筋肉商人達へと叫んだ。
「すいませーん。ちょっとそれに興味があるんですけどもー」
 振り向く筋肉。片方の筋肉は籠から弓矢を取り出した。
「ククク。キサマもか。これで想い人の心の臓を射抜くがいい!」
「ふーん‥‥‥。とりあえず、この弓矢の効果が真実かどうか君達で試してみていいかな☆」
 にっこり笑顔で彼らに尋ねる。神奈の元々の目的は彼らの発見、捕縛。ついでに狙われた者の気持ちを判ってもらおうという訳だ。
 そこに似たような目的の、空飛ぶパラが回収した件の弓矢を持って降りてきた。
「筋肉の素敵なおにーさん達に一目惚れしちゃったの。だからそのはーとちょーだい?」
 まあチップも、狙われたものの気持ちを知ってもらおうとの事である。
 しかし、
「ククク。我らに惚れたとな?」
「よかろう! 思いつく限り色々してくれよう!」
 瞳が怪しく光り筋肉が膨張して、褌一丁になる双子。鬼のような速攻マッハでチップに接近する。
「そ、そっちの趣味の人ー!?」
 何故か尻が急に痛くなって全力で逃げ出す。双子はどこぞの鬼神や修羅の如き形相でチップを追う。
「あ、逃げるなー! 当てるまで追いかけるよ!」
 んで、それを追う神奈。
 色々間違っている気もするが、今回も辰臣の安全は守られた。