伊達軍訓練部隊撤退戦
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月02日〜09月09日
リプレイ公開日:2007年09月11日
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●オープニング
――まあ、よく見てみれば物騒な事もあるもので
某月某日、新兵や新任仕官、元服前のいい所出の、これと言った事をしなければ将来の出世を約束された子息達の所属する隊の訓練が行われている。
新兵が多く、ついで熟練兵や玄人兵の順に兵の比率は七・二・一と言った所である。隊長の名は鈴山美晴。歳は二十にも満たない、実戦経験より机上における戦術経験の勝る、まあ言ってしまえば素人である。
今、江戸は伊達の旗の下に統治されている。
元は源徳家が統治していた土地であったものの、先の乱により敗北。力を蓄える為に源徳の影響力のある土地へ撤退していった。
すなわちいつ攻められるか判らない状況である。
攻められたら守らなければいけない以上、何より自軍は強力さを求められる。ならば実戦経験の少ない隊は重要視されないし矢避けの為の盾や捨石にされるかもしれない。考えすぎと一笑されるかもしれないが戦に情や希望的観測を持ち込んでいられない。可能性として考えられる以上はそれを念頭に置かなければならない。
そこで美晴は隊の強化を図る為に訓練を行う事にした。
基本的に新兵ばかりである。隊長の自分自身もいわば素人と同じで、兵法書で学んだ戦術もどのように教えればいいのか微妙に判らない。経験の乏しさというものはいくら知識があっても枷になるものなのだ。
そして美晴は冒険者ギルドに依頼した。軍隊、という事で結構金に物を言わせている。
「――とまあ、そういう事でよろしく頼む」
一通り事情を聞いた冒険者達は溢れかえる新兵達を見てそれぞれ微妙な表情をした。
「おんなのこ! おんなのこはいるのか!」
「この際ろりでもいい! シフールでもいい! 俺に出会いをくれ! フラグを建てたいんだよ!」
‥‥‥こんな色んな汁を垂れ流している思春期真っ只中の青少年ばかりだから。
このある種間違っていそうなエネルギーのベクトルを曲げてやればいい感じに仕上がりそうだがそれはそれ。冒険者達はこれまで経験し、潜り抜けてきた修羅場から学んだ知識や技をそれぞれ新兵達に教えてきた。
――問題は、ある訓練前に起こった。
「源徳の残党だと? ‥‥‥何? 数はこちらと同じだと?」
物見の報告を聞いた美晴は長考した。
源徳の残党と遭遇。数は同じ。数の上では勝敗は五分だが戦術によってはこちらに有利に運べるかもしれない。
手柄を立てる機会には違いないだろう。だが新兵ばかりで何が出来る?
長い人生こういった重大な選択を迫られる事もあるが、失敗する具合も結構多い。美晴のような新米でそれなりの管理職なら尚更だ。
そこで彼女の部下の熟練兵や玄人兵は、新兵達の撤退時間を稼ぐ為に殿を申し出た。彼らは美晴からよく面倒を見てもらい、その恩義を返そうと、未来ある新兵達を生かそうと決意したのだ。自分達も殿をしつつ、何とか川の大橋を渡りそれを破壊すればどうにかなるかもしれない。‥‥‥希望的観測であるが。
「ちょっと待て! 私は残るぞ!」
「無謀だよ! 逃げようよねーちゃん!」
「何を言うんだ正春! 負け戦こそ戦場の華! 武士らしく華々しく散るのだ!」
「俺は死にたくないよ‥‥‥って、負けって自分で判ってるの!?」
正春は突っ込んだ。
「武士ならば負けると判っていてもブッ込み特攻! もののふの意地を見せるのよ!」
「冗談じゃないよ! 無駄に男らしいよ! でもそんなねーちゃんが逆にいい!」
結構余裕がありそうだ。そんなこんなで新兵達が撤退の準備を進めていると正春の二人の同僚がやって来た。
「正春! 準備は出来たか!」
「つーか隊長さっさと逃げる準備をして下さいよ!」
美晴も熟練兵と玄人兵に逃げるよう説得されまくっていた。部隊の隊長として、殿をおいて本隊を連れて行けと道理にはかなっている。
「お前達われ先に逃げる手筈を整えるな! 伊達者の誇りはないのか!」
「「んなモノなし!!」」
二人ハモッて言い切った。
「世の中命あってのモノダネじゃないですか! 死んでしまったら女の子とキャッキャウフフできねえし!」
「俺は逝く時ケモミミメイドさんの膝の上って決めてるんです! 言われなくても逃げますよ!」
「ふ、ふざけるな!」
まあ至極当然、謀反と思われて斬り捨て御免な台詞を部下達をのたまった。
「大体、隊長こそ逃げる準備をした方がいいじゃないですか」
「そうそう。女性なんですから」
「引っかかる言い方だな。どういう意味だ」
女性差別な物言い――部下達を睨み付けた。
「どういう意味って言われてもなぁ?」
「ああ。こういう意味だよなぁ?」
両者顔を見合わせて、
「「女性が戦場で捕まったら色々タイヘンなんです!!」」
再びハモッた。
「古今東西女性が戦場で捕まったら!」
「○○○な事をされたり!」
「×××な事をされたり!」
「△△△な事されたりするじゃないですか!」
‥‥‥普段読んでる書物が気になる台詞である。
美晴は突然のセクハラ発言に赤面した。
「ちょ、お前達‥‥‥何を言ってるんだ!」
「何をって、女性が戦場で捕まったらそうなるじゃないですか!」
「そうです! こないだ読んだ本とかしばらく前に読んだ本でそう書いてましたし!」
「何読んでるんだお前達!」
「個人の趣味です!放っておいて下さい!」
「だから隊長も□□□になる前に‥‥‥」
「黙れ! いい加減しつこい!」
「そうだよ! しつこいよ!」
「おお! 正春!」
思わぬ助け舟に感激の声を上げた。
「正春‥‥‥」
大きな瞳と小さな唇の、幼い容姿の女の子のような少年。小さい頃はいつも自分の後ろを付いて来て、何をするにも危なっかしくて、面倒を見てあげないと、と思う五つ年下の幼馴染みの男の子。
元服を控える今は何かと背伸びをして失敗する事が多くて、そこが可愛いと思う。昔はともかく今は背も伸びたし筋肉も付いて力では敵わなくなってきている。ふとした事でやっぱり男の子なんだなって‥‥‥そう、ドキドキしてしまう相手だ。
こうやって自分を庇ってくれるなんて成長したんだな。私の教育は間違ってなかったんだなって思った。安心出来た。だけど、
「そういう事は俺がするんだよ!」
「――は?」
幼馴染みは声を大に言い切った。
「ねーちゃんに○○○な事とか×××な事とか△△△な事とか、あまつさえ□□□な事は俺がするんだ! だからこんな所で死ぬわけにはいかないよ!」
「ちょっと待て! 何言ってるんだ正春!」
そんな反論は聞いてない。正春は縄を用意して、いくつかあるそれから短いそれを選び猿轡を結ぶ。
「‥‥‥一応聞くが、それは何だ?」
「勿論ねーちゃんを縛る縄と猿轡だよ!」
最高の笑みで最低な台詞をおっしゃった。
「口で言っても判らないから縛るよ! そして逃げるんだ!」
「侍的に戦おうって考えはないのか?」
「大丈夫! 俺、色んな本読んでるから上手に縛れる筈だよ!」
「人の話しを‥‥‥ってそんなっ! 変な所触るなぁ!」
鬼のような速攻の速さで美晴を縛り猿轡を噛ませ、肩に担ぎ新兵達に撤退の指示をして去っていく。どこからどう見ても拉致にしか見えない。
残されたのは冒険者が率いる殿部隊と源徳の残党軍。戦力差は一対五。
まあともかく、こうやって撤退戦が行われる事になった。
●リプレイ本文
――これは、撤退戦前夜のお話し
今日の訓練も終り天幕に戻った美晴は、すまぬな、と着替えを手伝ってくれる御陰桜(eb4757)に礼を述べた。軍人をやっているとはいえさすが武家の娘。着付けも平然と他人にやってもらう様が堂に入っている。
「気にしないで。男所帯なんだから、身の回りの世話をする女のコがいた方がいいんじゃないって思って」
と、側仕えの真似事をする桜。美晴の武者鎧を外し着物を脱がし、就寝用のそれを着せていく。
着物を着せながら、じっと観察する。
健康的に日焼けした肌だ。屋敷の奥で使用人に囲まれて何をするにも自分の手では行わず、蝶よ花よと育てられた令嬢とは違い鍛え上げられ、それでいて必要以上に盛り上がっていない腕。灯りに照らされる足は西洋の細剣を思わせる程スラリと伸び、最も美しいとされる黄金率の下に調整されているようだ。
その上女性を象徴する二つのふくらみは収穫を待つ、大きな変型の一切のない丸い果実のよう。腰もきゅっとくびれ一種独特の美しさがある。
一仕事を終えた安堵感。芯の強い瞳の――深窓の令嬢とは違う、武人ならではの凛々しい美人だ。
(中々の美人よね‥‥‥)
着せ終えるまでざっと数秒。僅かその間で桜は分析を終えた。女は生まれ持って相手の外見の分析能力を持つ生き物で、しかも桜は流行知識やらブランド知識やらナンパスキルを極めたナンパ神。この程度朝飯前である。
「しかしいいのか? お前達も今日一日大変だったろうに、更に私の世話まで」
休む時ぐらい一人がいいだろう? と首をかしげた。
「別に、女のコは少ないんだし一つの天幕にまとまればいいんじゃない?」
「こっちの方がきっと安全やわ」
割と本気で言う西園寺更紗(ea4734)。彼女も就寝用のそれに着替えている。
「まあ、確かにな‥‥‥」
今日までを振り返ってみる。新兵達を中心に訓練している中、彼らは嫌にハイテンションだった。
歳若い彼ら。真面目に仕事するより色事に興味がある‥‥‥というか激しく女の子に興味しかないあの連中はきっといつもより激しく身体を動かしてたと思う。
「にょにんだぁぁぁぁ!!!」
「グッジョブ! その見えそうで見えない恰好がグッジョブ! 余計に色々、もう!」
「今すぐ教えてくれ! 手取り足取り腰取りと!」
桜と更紗が教える時間は、すべからくこんなものだった。年齢的に当然の反応だろうし男所帯の軍隊。その上二人は狙っているかの如くな色気のある恰好。精神を解放するなという方が無理な話しである。
だがまあ、二人ともとんでもない美人である。
両者職業や服装は違うものの、共通点として意識しなくてもしたら群がる蟻の如く魂を刺激せんばかりの豊かな双球。肌も白く己の肢体を強調するような恰好だ。更紗に至ってはハーフらしく銀髪とか諸々ジャパン人的に神秘的で、
(正春はこういうの好きそうだな‥‥‥)
ついそう思ってしまう。そう考えると結構気に入らない。
そんな空気を読み取ったのだろうか。ナンパ神は悪戯心を働かせて眠る。
そして翌日。源徳の残党軍が迫ってきていると報告を聞いて――
「無謀だよ! 逃げようよねーちゃん!」
「何を言うんだ正春! 負け戦こそ戦場の華! 武士らしく華々しく散るのだ!」
正春と美晴のやり取りが聞こえる。撤退戦の準備を整えながら状況を見定める。
「正春! 準備は出来たか!」
彼の同僚が二人へ割り込んできた。美晴は突然やってきた部下二人へ怒鳴り散らす。今ね、と桜は正春へ近寄った。
「ちょっと正春ちゃん?」
溢れんばかりの色気が大爆発ですよナンパ神。その呼吸、声の運び、香り脳を蕩けさせんような甘い匂い――香でも染み込ませているのだろうか――耳にそっと語りかける声を吹きかけられる吐息。それに至る仕草が既に人の領海を越えている。
「そのまま無理やり襲っちゃダメだからね(脳内変換)」
正春にはどう聞こえただろう。部分部分聞こえないぐらいトーンを下げて、最低限しか彼には聞こえなかった。一応一通り言っているので良い訳は出来る。
人間というものは実に都合のいいように出来ている。僅かに聞こえただけでも、自分に都合のいいように変換するのだ。
つまり、
「ねーちゃんに○○○な事とか×××な事とか△△△な事とか、あまつさえ□□□な事は俺がするんだ! だからこんな所で死ぬわけにはいかないよ!」
彼は声を大に言い切った。
美晴を鬼のような速攻の速さで縛り猿轡を噛ませ、担ぎ上げて風の妖精のように去っていく。
「助ける‥‥‥べきか?」
偶然近くに居合わせた虎魔慶牙(ea7767)は割と本気でそう呟いた。
撤退戦までの、ちょっとした出来事である。
「お前達が無事に帰れる様に自分達が雇われたのだ。無理せず危なくなったらさっさと下がれ」
軽く一戦し布陣を下げた後、三菱扶桑(ea3874)は生き残った味方に言った。殿部隊の最前線。本来こういった撤退戦の場合、殿はかなり高い確率で全滅するものだが、彼が率いる部隊はなんと死者は極めて少なかった。
それも当然だろう。空には二体の風精龍。西洋ではウイバーンと呼ばれるエレメンタルビーストが牙を剥き、支流には水中に潜んだ河童の磯城弥魁厳(eb5249)。空からウインドスラッシュが源徳軍を襲い、支流では魁厳が水中に引きずり込む。この思いもよらない攻撃により源徳軍は出鼻を挫かれていた。
その上数の差で勝てると確信した戦である。誰だって無駄死にしたくない。勝ち戦では尚更だ。その結果、突撃してきた扶桑率いる部隊によって軽く蹂躙され一時的に進軍を止めていた。だがすぐに攻撃は再開されるだろう。所詮は数に差がありすぎるからだ。
扶桑は兵達に言う。
「お前達があの大将の嬢ちゃんの為を思うなら何が何でも生き延びろ」
無言で頷く伊達兵達。この戦力差だというのに怯む姿を見せないのは歴戦を潜り抜けてきたからか。今という局面、頼もしい限りだ。
とは言えだ。扶桑は江戸城地下に突入して徳姫を救出した縁もある。しかし同じ様に伊達政宗とも面会した事があり、多少の縁もある。正直な所どちらに付こうともやりづらい仕事である。
攻められる前に攻めるかそれとも少し下がるか――そう逡巡している内に、少し離れた場所で戦っていた西中島導仁(ea2741)と更紗が残党軍の前に進み出た。
戦線が膠着しお互い攻め時を図ろうとする中、導仁は更紗を伴い交渉に向かった。
対するは源徳残党軍の若い侍。護衛の足軽を数人連れている。
「‥‥‥つまり、我らに退けと?」
「ああ。このような戦で無駄に兵を散らす必要はない」
相手に降服を促すようなそんな言い方である。
立場的に導仁が下手に出るべきだろうが、白旗を揚げるにしてもこちらに有利な条件を付けさせる、断るならば勝利と引き換えに多大な犠牲を被るぞ、とそんな語らずとも悟らせる論じ方である。
実際彼はそれが出来る程の力と技と経験がある。
ジャパンにその名を知られるほどの実力者であり、牛鬼殺しと呼ばれ五十人斬りが一人に数えられている猛者。彼一人で万兵にも勝る――
「ここで雑兵を討つより、後の巻き返しによる決戦の為兵力、英気を蓄えておくれやす」
彼に随伴している女浪人もそうだ。こちらはジャパンの実力者。二つ名こそ結構微妙なものがある気もするが、何より鬼狩り。鬼を討つ達人と聞く。ジャパンで見られない銀髪と白い透き通った肌は西洋人だろうか。
逡巡する。もしかしたら、この二人のような豪傑が伊達側にいるのだろうか。
源徳の勢い未だ衰えておらずと、伊達に屈せぬと攻め立てようとしたら手痛い反撃を受けた。数の上では始めから勝てる戦いだったのだ。しかしこの結果だ。兵達にも動揺が広がっている。
無駄に命を落としたくないと。
勝てる筈の戦いなのに命を無駄に落とす必要はないでないか。ここでもう一押しだ、と導仁は三つ葉葵の短刀を取り出したのが致命的にいけなかった。
「源徳が捲土重来の戦いを起こすまで耐えるんだ」
彼からすれば説得に対する有力な材料と思ったのだろう。しかし、
「ふざけるなッ!」
侍は抜刀。導仁へ斬り付けた。
「伊達に付いた者の言う事か!」
柄に源徳家の家紋が掘ってある、源徳長千代から送られたこの一品。彼ら源徳兵からすればこれを送られたという事は、源徳長千代の、ひいては源徳家康公の信頼の証。なのに、それを送られた冒険者が伊達側にいるという事は、彼ら的に、
「全員突撃! この裏切り者共を是が非でも討ち取れッ!」
オォォォォォ!!! 唸りを上げる残党軍。
そして導仁と更紗目掛け、場にいる全ての残党軍は突撃を開始した。
「負け戦をひっくり返してこそ戦さ人の醍醐味よぉ!」
戦闘馬を駆り戦場を叩き割る男がいる。
立ちはだかる者は斬馬刀で一刀両断。虎魔慶牙だ。
恵まれた体型にそれに見合った体力と腕力。馬すら両断するという斬馬刀を見事な――それでいて豪放な刀捌きでたくみに操る。
源徳兵達は鬼神のような慶牙から逃れる為、回り込んで斬りかかる為、または仲間を呼ぶ為と陣形は分散している。どこかの命知らずが乗り込んできたと思えば嵐のように暴れ狂うのである。
慶牙は問うた。
「源徳の兵よ、弱い奴を相手にして何が楽しい? こんな戦とも呼べぬ勝ち戦、それが貴様等の腕を示すに価値ある戦さ場か!」
今の彼なら龍を眼の前にしても怯む所か逆に攻めに行くかも知れない。そんな勢いだ。
「我こそはと思わん武士は纏めて掛かってきなぁ!」
声高らかに咆哮。
周囲我先に斬りかからんとする源徳兵へ斬馬刀を振り下ろした。
順調に撤退は進んでいる。
慶牙の修羅さながらの戦いぶりに戦線を抑えるに成功した冒険者達は、戦場跡に近い林へ退いていた。真っ直ぐ下がるに比べて遠回りになっているが、鬼神じみた武力を見せ占めた慶牙によって源徳兵はさしたる疑問に思わず冒険者の後を追った。
導仁と更紗含み、目立つ対象がいると誘導しやすいのである。
林の入り組んだ状況を活かし、進軍が停滞している残党軍へ瀬戸喪(ea0443)は攻撃を仕掛けた。
「相手の余裕が恐怖に変わる瞬間がいいんですよねぇ」
一閃。若草色の刃がきらめき足軽を斬って捨てた。ブラインドアタックと呼ばれる、夢想流の技である。
いつ刀を抜いたのだろう。いや、いつ現れたのだろう。先へ進もうとする源徳兵の前に突然、ゆらりと現れ、気が付いたら味方が倒れている。
そういえば支流の辺りでも、大男が斬馬刀を振るう傍ら、別口で味方が倒されていた。ざっと太刀筋を見た所、鋭利な刃物ですっぱり斬られたような切り口だった。斬馬刀とは違う筈だ。
もしやこの男が――? だが相手は一人だ。こちらに勝機はある!
足軽達はそう踏んで斬りかかろうとして、
「酷、ウインドスラッシュ」
上空から、喪の風精龍が風の刃を放つ。進みづらい林とて、大空の住人にさして関係はない。
「ええい。あれだけの寡兵、どうして踏み潰せん!」
一人の源徳侍が叫んだ。
今までの戦いでそれなりに疲弊はしたものの、まだまだ数はこちらが上。伊達側に参戦している冒険者達はどれも強敵ぞろいだが幾らなんでも踏み潰せる筈である。
実際そのチャンスはいくらでもあった。なのに、その度に何者かに邪魔された‥‥‥。思えば、あの優男とは別に、支流あたりで幾度となく邪魔されたではないか。
瞬間、転倒する味方兵。見ると足元にロープが絡まっていた。
罠が仕掛けられていたのか? いつ? 戦場工作を得意とすると言えば――
「忍びかッ!」
バックアタック。月桂樹の木剣が足軽を叩く。
小隊長らしい若侍は黒い影、魁厳へ斬りかかる。しかしさすがは忍び。見事な身のこなしで避ける。
「依頼なれば、是非もなし。礼を尽くして源徳軍の皆様に手向かいいたしまする」
「ほざくなッ!」
弓兵へ指示し射掛けさせる。魁厳は軍配で受けた。
「追え! 逃がすなッ!」
林を抜け戦場跡に出て、更紗は逃げ回っていた。振り向くと、鬼のような勢いで鬼そのものな形相で、鬼のように視界一杯に映る源徳兵達が全て、更紗目掛け迫っている。
良く言えば壮観である。追われる側にすれば悪夢のような光景であるが。
「西中島導仁と西園寺更紗を討て! 誅殺せよ! 源徳侍の意地を見せ付けろ!」
「くッ‥‥‥!」
地響きがなる。その全てが己を殺す、と只一つの目標を持って迫り来る。
悪夢以外の何ものでもない。
ちなみにもう一人の渦中の人、導仁は戦闘馬を駆って速攻で逃げていた。いや、先に廃砦で味方の殿部隊を待つ友軍の指揮を執る為に退いたのだ。
だがいつまでも逃げおおせるものではない。韋駄天の草履のおかげでかなりの長距離を進めているものの、逃げる途中で完全に味方とはぐれてしまっている。
逃げる先を見た。何と、死人憑きの大群が迫ってきているではないか!
前門の死人付き、後門の源徳兵。何か大事な事を忘れている気がするが、更紗は覚悟を決めた。振り返り野太刀を抜く。
「巌流、西園寺更紗参ります」
その小柄な身体のどこにそんな力があるのだろう。更紗は野太刀を縦横無尽に振り回し源徳兵達を迎え撃つ。だがそれは峰の部分。スタンアタックを使える訳でもないので鉄の棒で叩くのと同じだ。
一閃。ニ閃。その度に野太刀は源徳兵を打ちのめしていく。
だが数が多い。気が付いた時は――囲まれた!
「しまった‥‥‥!」
囲んだ足軽達が槍を構え串刺しにしようとする。槍の穂先はきらめいて――
黄金の風が戦場を駆け抜けた。
「イリアス殿!」
戦闘馬を駆り颯爽と現れたのは、ロシアにその人ありと呼ばれる騎士、イリアス・ラミュウズ(eb4890)だ。
彼はホーリーパニッシャーを振るう。棘付きの鉄球は足軽を砕いた。
「おおおおお!!!」
その勢いのまま、敵の陣形を崩す為騎馬突撃。慶牙と同じように、突然現れ突撃し、自軍をかき乱すナイトに源徳軍は混乱した。
そしてイリアスは更紗に叫ぶ。
「亡者共を連れてきた! 砦へ逃げるぞ!」
戦闘馬を翻し連れ立って砦に向かう。
遅れて、死人憑きの群れが源徳軍と衝突した。
「弓隊、放て!」
導仁の号令の下、砦の塀に控えた弓兵達が射掛ける。今までの戦闘で、大分数が減った、遅れている、とはいえいつまで持つか。挟み撃つ形で慶牙とイリアスが源徳の兵達を蹂躙する。
追いついてくる冒険者と生き残った殿部隊達。
引き際を見て大橋へ向かう。既に橋は工作を終えて一つ仕掛けを発動させると破壊出来る。
魁厳はグリフォンを空へ飛ばし、極めつけに微塵隠れを使う。
爆発と共に移動。
陰に潜み源徳軍が大橋を渡り、崩落するのを見届けた。
「任務、完了‥‥‥」
待機させていたグリフォンに跨り先行する友軍の下へ向かった。