ちょっと魔が差しただけなんですよ
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■ショートシナリオ
担当:橋本昂平
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月13日〜02月18日
リプレイ公開日:2008年02月29日
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●オープニング
江戸の街は広く大きい。
現在、独眼流の名で知られる伊達政宗が治めるこの地は、戦後の事後処理で何かと忙しいがそれなりにかつての活気を取り戻していた。
立ち寄る旅人や商人は、源徳時代とは勝手が違ったりそもそも伊達家に支配権が移った事も知らない者もいるがそれなりに日々を過ごしていた。
人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。
――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――
基本的に侍職についている人は多忙である。
石高が一定以上あれば大身と呼ばれる事もあり、有事の際は侍大将として、平時の際は奉行職等を務めるらしい。
また規定の石高に及ばない侍職は平武士など、あまり位の高くない役職に付くのが一般だ。
どちらにしろ、侍は藩の警察力や軍事力を担当する職業だけあって責任のある仕事であり無くてはならない職業である。
それらの業務に携わっている侍の人は、藩の治安の為、民の平和の為、身命を賭して働いている。
治安を護る為常に眼を光らせ、敵対勢力に立ち向かう為修練を積み、藩の運営の為により書物を読み知識を蓄える。
有事はいつ起こるか判らないし価格の変動や物資の流動は先が読めない。だがそれに備え、先読みをするのが侍というもの。
つまり侍には余裕がないのだ。
毎日毎日訓練を続け、死を意識する環境に身を置き続け、いざ街に戻ってみれば市民からの苦情と事務処理に追われる。
そんな彼らにとってプライベートタイムというのはひどく重要。
しかも思春期真っ只中の男の子は色んな事に敏感。侍だけどやっぱり女の子は気になっちゃうよネ☆
部隊が違うけど友人に連れて行かれたメイド喫茶。そこは現世と隔絶された理想郷だ。
見渡す限り全方位女の子。背の高い、上から下までぼんっ! きゅっ! ぼんっ! な天下無双な美女メイドさん始め年齢的に問題ありそうなキャッキャウフフな女の子まで各種揃えられている。
頭を飾るのはホワイトプリム。豊かなお胸さまが押し上げるのは黒いワンピースでそらを更に強調しているエプロンドレス。これは逆にイヤラシサを醸し出しいるような気がするのは気のせいとして、そんな女の子達が「お帰りなさいませ御主人様(はぁと)」なんて言ってくれるんだからそこは神の国?
何よりお胸さまから始まりお色気の黄金比を叩き出しているピンク髪のメイドさんが神すぎる。仕草や言葉の一つ一つが何ともストライク。ぶっちゃけその筋の本職さんみたい。
日々の業務に身をすり減らし、心身ともに疲れきった山野満信。彼はメイド喫茶で直球ど真ん中癒されてしまいました。
草原を駆け踊る妖精さん。笑顔と共に愛を囁いてくれるメイドさん(脳内変換)。
――ああ。ぼかぁもう、完敗ですよ‥‥‥。
瞳を閉じれば思い浮かぶは天使達。
これほど日々が切羽詰っているから、デスマーチはデフォルトな仕事なんだから、これはほんのちょっとした気の迷いなんですよ。
「――くん。くんくん」
カスタムタイプのメイド服に顔を突っ込んで、全力で匂いを嗅いでいる満信くん(目下思春期中)。
所謂現実逃避かもしれない。
毎日がタイヘンなんだから、せめてプライベートの時ぐらいは好き勝手したい。客観的に考えてどうかと思うけど他人に迷惑かけないからいいじゃないか。
「くんくんくん」
だけど思春期と言えば多感な年頃だし、それくらいの男の子なら女の子に興味を持って当然。ましてや気になる娘や綺麗なひとの衣服の匂いを嗅ぐなんて当たり前で別に問題ないんですよ。
「くんくんくん」
そう、これは健全な男の子としての当然の行為。正しい行動なのだ。
だから何も気に病む事は無く好きなだけ匂いを嗅げばいいんだけど――
「何をやってるんだ俺はぁぁぁぁぁ!!!」
やっぱり何かが間違っていると思う満信くん。彼は全力でカスタムメイド服を投げ捨てた。
「本当に何やってるんだ俺は! というか何でメイド服がある!?」
部屋に入って気が付いたら我を忘れて匂いを嗅いでいた。
どう考えても変態だ。
「俺は侍だ! もうすぐ元服なんだ! こんな事は‥‥‥」
ちらりと眼が泳いでしまう。
「‥‥‥‥‥‥」
もうあんな事やってしまったんだからいっそ、
「き、着てしまった‥‥‥」
メイド服着たっていいじゃない。
しかもサイズは以外にあっていて着心地もいい。良い生地を使っているのだろう。
何かが間違っている。著しく間違っている。
だけどこんなアホは若者の特権。どんな失敗もおバカな事も若さ故に出来る事。若さとは可能性の事なのだ。
だったらいっそ最後まで悪ノリをしてしまえというもの。
これは――そう。ほんのちょっと魔が差しただけなのだ。
満信は近づいてくる足音に気付かない。
「満信さま。失礼し――」
「お帰りなさいませ御主人様♪」
襖を開けたのは彼の許嫁のお姫様。奥州から愛する満信に愛に来たやんごとなき家の娘さんだ。その名も清姫さま。奥州ではちょっと知られた家の出らしい。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
両者全く動かない。というか動けない。
満信は冷や汗が全開で滝になって、清姫さまは最初は驚き、そして段々と無表情、というか汚いものを見る様な眼で――
清姫さまは一つ咳をして満信を見る。笑顔だけどむちゃくちゃ怖い。
「お邪魔のようでしたね。どうぞごゆっくり」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇ!!!」
「頼む! 死なせてくれよ後生だから!」
「落ち着いて! そんなもの振り回さないで!」
脇差片手に今にも腹をかっ捌かうとする満信を立川正春は必死に抑えていた。
今日、彼は自分の上官と同僚と共に満信が所属する隊の詰め所に尋ねているのだ。
「何が落ち着けだよ! 顔、思いっきり笑ってるじゃないか!」
「だ、だって、メイド服で、御主人様って」
「うるさい! というか何でメイド服が!」
その疑問も最もである。満信は尋ねた。
「姉ちゃ――隊長が、柳亭のカスタムメイド服が卑猥だ、と言って役人に回収させて満信のとこの隊長さんに意見を聞こうって」
「自分で決めればいいじゃないか! そのせいで俺は!」
唸る豪腕食い込む指。締め上げる満信に鬼子母神さまがやって来た。
「満信さま」
「ごめんなさいごめんなさい!」
条件反射で土下座する満信。めちゃくちゃ情けない。
清姫は蛇蝎を見るような眼で見下ろしつつ、言った。
「‥‥‥別に満信さまの趣味をどうこう言う気はありません。誰にでも人に言えない趣味はあります」
違う‥‥‥とは言えない。
「満信さまも日々の仕事は大変でしょう。許嫁としてストレス解消がそれなら我慢しますが――」
勘違いされそうだけど許してくれるなら。
だけど、
「正春! 満信! 柳亭行くぜ!」
正春の同僚二人がやって来ましたよ。
「全力でセクハラするぞ! 拒否は許さん!」
「ねね子ちゃんはメイド修行行ってるが、他のメイドさんでキャッキャウフフだ!」
もう狙いすぎである。
清姫はこれ以上ないくらいにっこりと、
「さよなら」
「うわぁぁぁぁん!」
後日、哀れに思った正春はギルドへ依頼を出した。
●リプレイ本文
どうもいっぱいいっぱいなのは満信だけじゃなかったらしい。
基本男は女体があれば即突撃。建前良い訳理論武装完備して、そこに女体があるからさ。
とまあそういう事で、眼の前に切っ掛けが盛りだくさんだから彼ら一同全力で突撃している。
「明穂たぁぁぁん! 身体が滑ったよぉぉぉぉ!!!」
赤髪白肌茶の瞳。胸に抱く二つの丘は、まさに万葉集に謳われる霊峰富士の如く偉大にして神聖だ。
日下部明穂(ec3527)はちゃんと巫女装束を着ているのだけど、あまりにも巨峰ぶりに乳部分の布面積がほぼ皆無。服が最早意味をなしてない。ぱいぱい無双?
侍の、血の滲む訓練で培った必殺の踏み込みの突撃を紙一重で避ける。巫女さんよろしく神の加護を受けた人類最強のぱい主、乳巫女さま。
着る服全てが自動的にチラリズムというか何もかもが危険になるスキル持ちっぽい彼女を、やっぱり女の子が気になって気になって仕方ない男の子達は当然無視する訳がなかった。
明穂だけじゃない。マミ・キスリング(ea7468)とか御陰桜(eb4757)とか、普段仕事ばかりで女性に縁の無い生活を過ごしていた彼らには刺激が強かったようだ。
「いい加減にしろ!」
唸る豪拳轟くソニックブーム。迫る侍を飛鳥祐之心(ea4492)は問答無用で殴り飛ばした。だが煩悩全開の青少年。全く効いてない。
「オノレ変態浪人め。美人さんを独り占めするなんて許せん!」
「そうだぞ! 俺らは毎日毎日休む事なく働いているってのに、浪人なんてニート予備軍が美人さんを侍らせているのは許せん! 天誅を下してくれるわ!」
「巫女さんにナイトに僧侶に魔女っ娘に‥‥‥何であんな変態ニートがモテるんだ! 属性はっきり別れているし、楽しめすぎだろ!?」
「誰が変態ニートだ!」
まあ変態はともかく、浪人のイメージなんてそんなものだろう。
さすがに祐之心はキレた。
「黙って聞いていれば言いたい事言って、誰がそんな事するか! そもそも俺は女性が苦手で‥‥‥こいつは男だぞ!」
ずびし、とあっちを指差した。
頭を飾るのはホワイトプリム。慎ましい胸を覆うのは黒いワンピース。純白のエプロンドレスを身に付けているのは、楚々とした印象を受ける完全無欠のメイドさん、瀬戸喪(ea0443)だ。
喪はにこりと微笑んだ。
「この変態め。あんな美人さんが男なワケないだろ!」
「その通りだ。きっと、あんな事やこんな事、メイドプレイを楽しんでいるに違いないぞ」
「なんて羨ま‥‥‥いや、外道め! 世の為人の為、やはりキサマは滅せねばならんな!」
「ああ。あの二人の言うとおりだ!」
侍の皆さんが道を割って、元凶の二人が進み出た。正春の同僚の二人である。
祐之心は眉をひそめた。どこかで見た顔だ。
「ふふふ。久しいな、変態ニートめ」
「いつかは女の子にセクハラしようとしたのを邪魔してくれたな」
「だが今回はセクハラを完遂してみせる!」
「というか黒一点なんて許せるか! こちとら女の知り合いなんてほぼ皆無なんだよ!」
「‥‥‥そんなに欲望だだ漏れだからいないんじゃないか?」
祐之心は普通に突っ込んだ。
「やかましいわ! 女の子にセクハラをするのは当然だろう!?」
「それを邪魔する奴は滅してくれる!」
人間的に矯正する必要のある連中であるが、どうも侍の皆さんの暴走はこの二人がけしかけたもののようだ。
さすがに身の危険を感じずにいられない。マミはすらりと長曽根虎鉄を抜いた。
「蹴散らして、満信殿のところに参りましょう」
「そうだな。前回の会った教訓から手加減はしない」
金属拳を握り締め、祐之心は頷いた。
そこで同じく身の危険を感じたのかステラ・シアフィールド(ea9191)が呟く。
「私は占い師に扮して、外で待機しておきますので満信様を連れ出し、私のいる所までお連れ願えないでしょうか」
こういう乱戦では格闘術に長けている者の方が向いているのだろう。というか女としてこの場にいるのは嫌すぎる。
「はっ。変態ニートが美人さんを逃がそうとしているぞ! させるなぁぁぁぁ!!!」
何もかも間違っているのだけど、侍の皆さんは刀を抜いた。
――で、侍の皆さんを返り討った冒険者達はほうほうの体で満信の部屋に辿り着いた。
「何か凄い物音がしてましたけど、どうかしたんですか?」
傷心の満信を励ましに来ていたのだろう。正春は冒険者達に尋ねた。
「‥‥‥いや。何でもない。何でもないんだ‥‥‥」
「はあ。そうですか」
心身ともにずたぼろの祐之心。聞いてはいけない、と悟ったのだろう。というか聞けば自分の同僚達の情けなさに泣くのだけど。
それにしてもひじょーに手こずった。一人一人は冒険者達に遠く及ばないものの、相手は一応侍だ。一通り鍛錬を積んでいて、数も多いし中途半端にタチが悪かった。その多くは祐之心を狙ってきたもので、逆恨みというか嫉妬とというか、恐ろしいものである。
正春はしくしく枕を涙で濡らす満信を起こし事情を説明させた。
色々突っ込む内容である。一通り聞き終えて、柳花蓮(eb0084)は生暖かーい瞳で微笑んだ。
「つまり、メイド服を着て楽しんだと‥‥‥。それはそれは‥‥‥」
「うぐぅっ!」
「そんなお客様は珍しくないですけども‥‥‥。可愛い恋人がいらっしゃる方としてはどうでしょう‥‥‥?」
どうしても、というのなら恋人の服でと付け加える花蓮。それはそれで違う気もするが、マミが助け舟を出した。
「確認しますが、メイド服云々という所は魔が差しただけだというのと、本当はメイド服を着た女性が琴線に触れただけだという事ですね?」
「‥‥‥毎日休む事なく働いて、あんなに甲斐甲斐しく世話してくれたのが嬉しくて、つい‥‥‥」
「成る程。では、貴方は清姫殿の事を一番愛している事には間違いありませんね?」
肝心な事はそれだけ。満信は即答した。あ
「勿論だよ! メイドさんは‥‥‥そう、気の迷いなんですから!」
一瞬魔があったのは気になる所だが、清姫を愛しているという点さえ間違ってないのなら後は簡単だ。
「お二方の気持ちがまだ繋がっているのであれば、話は早いですわ」
「ええ。全く、痴話喧嘩は迷惑かけないところで勝手にやってください」
メイドさんは呆れたように言った。
「喪殿、そのような事を言わなくても」
「いえいえ。二人を元鞘に戻すのが目的ですが、僕にとってはどちらでもいいですし」
まあ確かに痴話喧嘩に巻き込まれるほど面倒な事もあるまい。それに喪はどちらかというと、人の幸せを壊す事の方が大好きだ。
桜を見て助けを促そうとするも、
「人の趣味にケチをつける気もないし、そんなに好きならちゃんと着こさなきゃダメよ♪」
色々ダメだこの連中。
これ以上ここにいると何言うか判らない――。祐之心とマミはそう踏んで、数名を清姫の宿泊している旅館へ向かわせた。
――で、向かわせたのはある意味間違っていたのかもしれない。
「清姫様‥‥‥。これは西洋では『あなたに仕える』という意味の服です‥‥‥」
取り出したるメイド服。側仕えの女性にサイズを聞き出し、白を基調としたカスタムタイプのメイド服だ。
「いわば婦女子の心得、例えて言うなら婚礼の衣装にも通じるものがあります‥‥‥。聞けば満信様が清姫様を思ってメイド服を仕立て‥‥‥その着心地を確かめようと自ら着てみた所へいらしたとか‥‥‥」
「‥‥‥! そ、そのような嘘には惑わされません。第一、満信さまが好んで女装されてたに違いありません」
そう言うも結構動揺している。頬も赤いし、何だかんだで満信が好きなのだ、
「第一、お帰りなさいませ御主人様、なんて普通言いますか。変態です」
常識的に考えればそうだろう。桜は言った。
「オトコがどんな趣味をしてようが、許してあげるのもオンナの度量ってヤツよ。まずは満信ちゃんの気持ちを分ろうとしなきゃね♪」
庇ってるのかよく判らない台詞だ。
「ってコトでまずは柳亭に行きましょ♪」
「話に聞いてますが、メイド喫茶、という店ですか?」
「ええ。メイドの心得を学ばないとね」
「何故か姫としてのプライドが許さないのですが」
詰まる所メイドは従者。生れ落ちて姫として育った清姫には本能的に拒否してしまうのだろう。
だけどここで退いたら面白くない。花蓮は囁いた。
「きっと可愛いですよ‥‥‥。可愛いメイド服は女の子の憧れ‥‥‥殿方に大モテに違いありません‥‥‥」
何か間違っている気がするのは気のせいだろうか?
マミはつい退きとめようとするも、
「好いた男を振り向かせたいのなら、相手が好む姿をして誘惑する気概ぐらい持つべきだ! つまり、そう。メイドは男の浪漫だ! 拒否は許さん!」
サポートの、西中島導仁がステキに変態な事をのたまった。
普通に引くが、恋する乙女の心の琴線に触れたのだろう。清姫は、
「‥‥‥そうですね。それも、まあ、その通りかもしれませんね」
受け取ったメイド服を手に、何かを決心するように睨んだ。
マミ達が清姫の説得をしている中、祐之心は軽く世間話をしていた。
だが清楚可憐野に咲く一輪の花――完全無欠メイドさん、喪に正春と満信の眼は向きっぱなしだった。
本当は喪は男なのだけど、白い肌に宝石のような青い瞳。女性のような顔立ちというか女性の要素を幾つか持っている彼は、メイド姿により普通に女性にしか見えなかった。しかも容姿事態も整っているし掃討の美女に化けている。
喪は同志を増やす為かのたまった。
「男でもメイド服を着ていることは別に何ら恥ずかしいことではないです。臆することなく正々堂々とすることが大切です」
それは女装人の主張だろうが、二人には美人さんが庇っているにしか聞こえてない。
「今の満信さんには、開き直るというのが必要でしょうか――」
それもそれで何か違う。このままだとまたこじれるな、と部屋の外に隠れていた明穂は祐之心へテレパシーを送る。
祐之心は自分の言葉に置き換えて言った。
「まあともかく、そうまで思いつめるほど彼女が好きだったのなら、誠心誠意事情の理解を求めるようもう一度会ってみるべきではないかな」
喪は舌打ちした。
「今回はたまたま運が悪かっただけだ。彼女もきっと、心の底からあなたを嫌ってはいない筈だ」
「そうだといいんだけど‥‥‥」
「何を弱きになっている。そうだ。気晴らしに散歩にでも行こう。部屋に篭ってばかりでは気分も滅入るばかりだろう」
喪と明穂に促し、満信と正春を伴い詰め所を出た。
そもそも詰め所に向かう前に相談して決めた事だ。
そして打ち合わせの通り、ステラが占い師として待機している場所に辿り着いた。
「この占い師は当たると評判の占い師らしい。占ってもらったらどうだ?」
「‥‥‥いらっしゃいませ」
ステラは妖艶に微笑み迎えた。フードを深く被っているが、美人さんの魅力はそう簡単に隠せないものなのだろう。自分達の知らない、大人の女性の魅力に満信と正春はどきどきだ。
二人とも心に決めた女性がいるのだけど、男の子なんてそんなものである。
ステラは占いグッズをそれっぽく使った。
「‥‥‥あなたは、メイドに女装して許嫁に愛想をつかされましたね?」
「ピンポイントで判るものなの?」
正春は驚きに呟きをもらした。満信なんて、自分の事をピンポイントに当てられてガクブルだ。
真っ青になった満信は、占い机を強く叩いてせがんだ。
「ど、どうしたらいいんです。教えてください!」
自分の状況を寸分違わず当てた相手なら解決策ぐらい判るだろう――というか、依頼を受けた冒険者だからステラは事情を知っているのだけど。
「今のままでは絶望的なことになります。改善するには自ら勇気を奮い其のお方に合い、包み隠さず総てを打ち明け話し合う事が大事です」
そして一気に畳み掛けた。
「お二方は相思相愛なれば、お会いし互いに偽り無き言葉で感情を伝えれば仲は改善されます、そうする事で、一層強い絆が結ばれるでしょう」
「うぉぉぉぉ!!! メイドさぁぁぁぁん!!!」
メイド喫茶柳亭。ホワイトプリムにワンピース、エプロンドレスに身を包んだ見目麗しいメイドの皆さんは、今日も今日とて突撃してくる変態達をあしらい、撃破していた。
「くくく。いつもそんなにつれないけど、本当は照れてるだけなんだろ? 恥かしがらずに正直になっていいんだよ!」
「メイドとご主人さまの愛ってのもアリだと思うな」
「そういう事でご奉仕してくれ! 勿論性的な意味で!」
「‥‥‥‥‥‥」
そんなセクハラじみたやりとりを、清姫はもの凄く汚らわしそうに見て桜に振り向いた。
そしてそんな変態達を、違う場所で見てる別の二人組み。
「‥‥‥満信殿もそうですが、殿方はそんなにメイドが好きなんでしょうか?」
こめかみを押さえているマミ。確かに著しく問い質したい事であるが、聞かれた方も返答に困る。祐之心は言葉を選んだ。
「ここの客はともかく、満信君の事だが、俺が彼ぐらいの頃は山篭り真っ最中だったから、納得も同意も出来ないのが難点だな。ただ‥‥‥」
「ただ?」
「死にそうなぐらい疲れている時に癒しが欲しかったり、思考が鈍るというのは分かるな‥‥‥」
「そ、そうですか‥‥‥」
遠い眼をして明後日の方を見るがどんな修行時代だったのだろう。
メイドさんをもの凄く幸せそうな顔で見る満信を見て、あまり深く考えない方がいいのかなーとむりやり納得する。
まあともかく、と手を叩いて、満信を清姫とあわせる事にした。
「お帰りなさいませご主人さま」
通された特別室。今回の件で柳亭にお願いして用意してもらった個室だ。
冒険者達はここで満信と清姫に話し合ってもらおうと考えたのだ。
清姫は羞恥に染まっているものの、しっかりメイド姿でいる。だが反応を見せない満信に首をかしげた。
「‥‥‥ご主人さま?」
駆ける疾風響く打撃音。意識がブラックアウトした満信はがばっと身を起こした。
「何? 何が起きたの? 頭が痛いというか‥‥‥清、その恰好は危険だよ!」
「満信さまが襲ってきたのでしょう!」
服装が危険に乱れた清姫は怒鳴った。
「メイドが好きだと判ってましたが、まさか、まさか襲う程とは‥‥‥!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
条件反射で土下座する。というか土下座せずにはいられないだろう。
ていうか良家の姫さまにそんな事をしたら打ち首だ。
だが清姫は桜の言葉を思い出した。
清姫はこほん、と一つ咳払いした。
「満信さま。満信さまがメイドがどうしても好きだという事は判りました。ですが、あまりにもメイドが好きで犯罪を起こされては困ります。ですので、どうしてもと言うのならわたしがメイド服を着てあげましょう」
それを聞いた満信は、
「ありがとう! 清、大好きだぁぁぁぁ!!!」
「ちょ、満信さま!?」
がばっと全力で押し倒す。
まあ今日も江戸は平和である。