ある意味決戦

■ショートシナリオ


担当:橋本昂平

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月23日〜03月28日

リプレイ公開日:2008年04月13日

●オープニング

――まあ、よく見れば物騒な事もあるもので



 昨日は少し言い過ぎたかもしれないな。
 とある伊達軍士官用屋敷。特に用事がある訳でもないが、廊下お歩きつつ鈴山美晴は唸った。
「でも、言うべきことは言っておかないと。最近は有頂天になっている気もするし」
 そしてまた、ふむ、と唸る。
 美しい女性である。年の頃は二十に近く外見的な印象は真面目な大人の女性。確かにその印象の通り、仕事には手を抜かずそれでいて有能で、自分にも厳しく他人にも厳しい所謂『出来る女』だ。
 実際その有能ぶりで若くして部隊を任されている。彼女の部下には上級武士を始めとする血筋や伊達家によるそれなりの立場を持つ者の子息が多く、美晴の有能ぶりが判るというものである。
 三度、唸る。
 刃のように細く鋭い瞳を更に細くして考える。やはり美しい女性は悩む様も美しいものである。
 事の原因は昨日の鍛錬中。弟のように可愛がっているからこそ、言うべきだと思ったのだ。
『正春。お前はまったく成長してないな』
 併設されている鍛錬場。全力で叩きのめして竹刀片手に美晴はそういった。
 確かに彼、立川正春はたるんでいた。たるみまくっていた。
 美晴の幼馴染みにして弟分。小さい時分からそれとなく面倒を見て可愛がっていた少年である。小さい頃から背伸びして生意気な所もあるのだけど、ずっと面倒を見てきたからか、それとも違う感情があるからか‥‥‥とても放っておけない。気になって仕方ない、大切な幼馴染みの少年なのだ。
 その幼馴染み、立川正春。今は美晴の部下の侍。
 そして侍業界は男社会だからか同僚達から悪影響を割りと受けている。
 特に美晴の部下の中でも問題児の二人。彼らは正春と同じ班という事もあり、メイドさんやら巫女さんやら胸ゴッドやらセク魔人Zやら、冥府魔道大驀進。
 気になる男の子が違う女の子に興味津々。それは、『正春には相応しい嫁を見つけてやる』と思い込んでいる美晴にはとても気に入らない。少なくとも美晴はそう思っている。
「全く。清姫様ではないが、そんなにメイドが好きなら、どうしてもと言うなら私も‥‥‥」
 世間一般ではそれをヤキモチと言うのだが、あくまで姉として弟が道を踏み外すのを見過ごせない。そう思っている美晴だ。
 あの二人に無理矢理連れて行かれている感もあるものの、それで鍛錬や業務が滞るのは普通に許せない。そして他の女の子にでれでれしている正春が許せない。
 だから美晴は昨日の鍛錬でつい全力で打ち倒してしまったのだ。
 今思えばなんと大人げなかっただろうか。
 正春と口論になり、ついこんな約束をしてしまった。
『ならば先日拝命した討伐任務、お前が遂行してみせろ。相手は狼の群れ。まさか侍とあろうものが獣風情に遅れを取る事もなかろう?』
 あのように挑発する事はなかったと思う。
 狼といえば犬科の獣。群れを成し山野に潜み、夜になると人里に降り家畜や人を襲う恐ろしい猛獣である。中には高い知能を持つ銀毛種と呼ばれる狼も存在し、獣とあなどれば手痛い反撃を受ける。
 実際にあなどれない相手だ。獣特有の高い運動能力に鋭い牙と爪。群れという特性を活かしての集団戦法‥‥‥それは優れた武術を修めている侍とて強敵には違いない。それがこれといった戦いの術を持たない旅人や町人だと尚更だ。
 当初は街道の茶屋などが雇った浪人や冒険者が警護を行っていたものの、狼達により大怪我を負わされ、結果美晴の隊が討伐する事になった。
 だが‥‥‥冷静になってみるとさすがに無茶を言い過ぎたものである。昨日はつい、『もし討伐出来れば何でもお前の言う事を一つだけ聞いてやろう。まあさすがに一人だけでは心とも無かろうから冒険者でもやとえばいいさ』と言ってしまったものの、件の狼の群れはその冒険者に大怪我させた相手だ。技量に恵まれてなかった者かもしれないが、やはり当初の予定通り隊で征伐に向かおうじゃないか。
 そ、それに何でも言う事を聞くって、え、えっちな事要求されたら困るし? 友人曰く男はケダモノで? 男は下心でしか動かないって聞いたし?
「私の正春がそんなケダモノの訳がない。だが、そういうのは踏むべき段階というものがあって、私としては出来れば浪漫ちっくにぶつぶつ」
 詰まる所そんな理由である。
 もう自分で何を言っているのかよく判らない。
 とある部屋の近くに通りかかって――




「なあ正春。今度の狼退治、お前が一人で行くって?」
 とある部屋。同僚に尋ねられた正春は頷いた。
「勿論だよ。狼をやっつけて、一人前の男って認めてもらうんだ!」
「認めてもらうってどうかしたのかよ。昨日から様子が変だけど」
「そういえば珍しく隊長と喧嘩してたよな。いつもは撲殺したくなるぐらいいちゃついてるのにどうかしたのか?」
 何か聞き捨てならない台詞が聞こえたものの、脳がいい感じにヒートしていた正春は聞こえなかった。
 うぉぉぉと刀の手入れを済まし鞘に挿す。本格的な手入れは出来ないものの、武士のたしなみとして簡単な手入れぐらいは出来るのだ。
「ねーちゃんは過保護すぎるんだよ。いつまでも子供扱いで認めてくれないし」
「過保護っつーか、いちゃつくの間違いじゃねーのかー? あーん?」
「俺らにゃ彼女なんて縁がねえのに、毎日毎日いちゃついて、俺らに喧嘩売ってるんだろ。いや、そうに違いない」
「い、いちゃついてなんかないって! そりゃあ確かにねーちゃんは美人だけどさぁ‥‥‥」
「‥‥‥何かむかつくな」
 他人から見ればいちゃつく以外の何ものでもない。それが美晴と正春の関係である。
「で、結局? どーしてお前が行くんだ?」
 ふてくされつつ尋ねた。
「それは(中略)で男として一皮向けてやる! やれば出来る子って認めてもらうんだよ!」
 何だかお子様な台詞だ。
「それに、ねーちゃん狼退治したら言う事何でも一つだけ聞くって言ってたし! やってやる! やってやるぞぉぉぉぉ!!!」





「やってやる! やってやるぞぉぉぉぉ!!!」
 まあタイミングが良すぎたのだろうか。というか部分的にはものすっごくマズイ台詞。美晴は全力で硬直した。
(‥‥‥やってやる? つまり、それはヤるという事なのか!?)
 言葉というものは実に面白いものである。同じ言葉でも状況や漢字によりその意味は変わる。たまたま、ソッチの想像をしていた美晴にとって色々危険に聞こえてしまった。
「確かに何でも聞くと言ったがまさかそう来るとは‥‥‥! いや、正春だって男の子だ。そういう事に興味があって当然だけど、正春が好きか嫌いかの二択なら好きな方で、どうしてもと言うならというか何を考えてるんだ私は!?」
 まさかそんな筈は。
 ちょっと想像してみる。


『ねーちゃん! もう我慢できないよ!』正春
  ↓
『ダメだ。そんな、強引に‥‥‥』美晴
  ↓
『アオーン!』ビースト正春
  ↓
 レッツパイルダー
  ↓
  寿

 いかん。ヤられる! そうとしか予想付かない!
「というか一皮むけるってどこの皮がむけるんだ! ズルリー!?」
 このままでは色々(性的な意味で)危険だ!
 そう結論づけた美晴は冒険者ギルドへ向かった。
 冒険者達に正春にあまり活躍しないように仕向けよう。 
 正春とは少しずつ歩んでいきたい。だからこんなのは急過ぎない? いたす時には結局いたすんだしぃー!
 ちょっと暴走気味な隊長さんである。

●今回の参加者

 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9191 ステラ・シアフィールド(27歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 楼 焔(eb1276)/ ステラ・デュナミス(eb2099

●リプレイ本文

「まぁ立川さんを立ててあげたい気もするんですけど、こればかりはなるようにとしか」
 現場の街道。繁盛しているのか、やや大きめの茶屋の軒下で冒険者達は相談をしていた。
 正春を始め数人、姿は見当たらない。
「狼の強みは運動能力と、それを生かした集団戦法でしょうから奇襲を受けるのは避けたいところです。他に何か案はありますか?」
 一通り意見が纏まりルーティ・フィルファニア(ea0340)は仲間達を促す。
「そうだな。後ろから攻められないよう、誰かと背中合わせにするか狼眼を配置しておくかな」
 言って飛鳥祐之心(ea4492)は黒と白のダブルコートの西洋の中型犬、ボーダーコリーの頭を撫でる。躾けが行き届いているのだろう。ハイパーアクティブとすら呼ばれる程の超活動的な犬種だというのにじっとされるがままだ。
 そんな事より、と祐之心は呻いた。
「‥‥‥狼と戦う前に死ぬかと思った‥‥‥」
「はぁ?」
 ルーティは間の抜けた声を出した。突然何を言い出すんだこの男と言わんばかりである。
「美晴さんがギルドに駆け込んできたと怒ったら‥‥‥年頃の娘があの様な破廉恥な台詞を叫ぶのはさすがに‥‥‥。いや、それほど切羽詰っているんだろうが、まさか正春君がそんな理由で戦いに挑むのは知らなかった‥‥‥」
 歯切りの悪い物言いである。というか女性に面向かって言えない内容であるが。
 微妙に気まずい空気の中を一つ咳払い。ルーティのサポート、ステラ・デュナミスがまあ男の子ですし、と切り出した。
「気持は分からないではないけど、認めさせてやる、なんて燃え方をしてる限り頼りになるようには見えないわね」
「それに美晴さんも行き過ぎですよ。こんなくだらない依頼を出すぐらい。いっそぶち壊したいぐらいなんですが」
「いえ、女としてピンチですよ?」
 人の幸せを壊さずにいられない。ドSな女王様もとい浪人の瀬戸喪(ea0443)は、端正な顔立ちが歪むのをお構いなく額に青筋を立てる。放っておいても女性が無視しない程の美形だというのに、女性関係で何かイヤな事でもあったのだろうか。
 豊かに波打つ長い黒髪。宝石のような青い瞳とシルクのような白い肌。髪の色のおかげかジャパンの伝統的(?)宗教衣装の巫女装束が違和感なく似合っている。ジャパン人にはない宝石色の瞳とシルク肌がどこか神秘的な雰囲気を醸し出してる。
 ステラ・シアフィールド(ea9191)。フランク王国出身のウィザードだ。
 ウィザードといえば深い森の奥の怪しげな小屋で鼻がヤリの如く長い怪しげな老婆が怪しげな衣装に身を包み、大鍋に煮込んでいる怪しげな薬品を「イーヒッヒッヒ!」とか叫びつつかき回してそうなイメージがありそうであるものの、ステラはなんというか、ぶっちゃけ色っぽい。
 着痩せするタイプなのか知らないが、見た限り女性としての凹凸はそれほど目立つものではないが――かなり失礼だけど――髪を掻き揚げる仕草や口を開き言葉を紡ぐ仕草。手足の運び‥‥‥体捌きの全てが色気を振りまくソレなのだ。正直な所、ウィザードというか『お店のおねえさん』と言われても信じてしまいそうだ。
 まあそんな事はどうでもいい。ステラは言った。
「今回は少し複雑な依頼です。その内容がお互いに反目しているのですが、恋愛感情が絡んできますと複雑になります」




 で、その依頼を複雑にした片割れ。依頼人である立川正春は燃え盛っていた。
「やってやる! やってやるぞぉぉぉぉ!!!」
 さほど大きくもない街道。全員で調査に出る必要もないと踏んだ冒険者一行は、二班に別れ、一つは情報収集。もう一つは作戦を練るなどそれぞれ動いていた。ぶっちゃけて正春が邪魔だったので情報収集の方便でハブいただけなのだが。生死に関わるような事柄に、自分の実力を見極められないような者や無謀な者は邪魔なだけなのだ。
 同道している山下剣清(ea6764)は若いな‥‥‥とどこか他人事みたくうんうん頷いていた。
「男の動力源は女か裸体か夜這いと聞くが、実にその通りだ。健全で善きかな善きかな」
 どれも同じだ。というか一歩間違えれば犯罪である。特に最後。
 三度の飯より女が大好きな剣清。ハーレムを作るのが野望の彼は、動力云々を地でそう考えている。随分とタチの悪い。
 そんなやりとりの隣、もう一組の二人っぽい組み合わせは残像というか尾を引いて動き回っている。っぽい、のはあまりに動きが速すぎて捕らえきれないからだ。
 達人の忍術と回避スキルの無駄にハイレベルの攻防――赤い旋風は桃色の疾風に追い詰められ、肩で大きく息をする。いくら世界最強の神聖騎士と呼ばれようが身のこなしでは専門職の忍者には及ばない。
 今回も例によってラ・マンの荷物持ちで見た目が凄い事になっている夜十字信人(ea3094)。女性の旅道具は荷物がかさ張ると言うし持ってあげるのは男の甲斐性。この程度で根を上げるのはヘタレだ。
 この重量。見る限り信人はどうして動けるのか突っ込みたくなるが‥‥‥なかなか大したものである。
「‥‥‥桜。今回も例によって荷物持ちはするが、任務を終えるまで、ラブラブとかそう言う方向でのスキンシップは禁止だ」
「いやよいやよも好きのうちよぉ〜♪」
 ‥‥‥前言撤回。滅したい。連れ合いのいる野郎に生命なんてノーセンキュー?
 無駄にレベルの高い忍びの技やら使って信人に迫る御陰桜(eb4757)。ただでさえ西洋のサキュバスとガチで勝負張れるビジュアルとぱいぱいとテクニックの持ち主で、更にそれを強調する薄手の振袖。コレは誘ってるんデスカ? 誘ってるんデスネ?
「うふふ♪ 正春ちゃんが困ってるみたいだから手伝ってあげようかなって思ったんだけど、必要なかったかしら?」
 依頼を受けた冒険者一人一人が世界最強と称される達人ばかりだ。よほど下手を打たない限り失敗する気もしないし、桜は信人を(アレ的に)襲うチャンスを狙っている。
 視線を正春に向けて、それでも信人を射程範囲から逃さない。
「ちゃんと美晴ちゃんに好きだって意志表示してあげなきゃね♪ 何度でも愛情表現をシてオンナのコのココロを先に満たしてあげなきゃダメよ♪」
 日向大輝(ea3597)はしかめっ面。
「まあ確かにあれしたいから頑張るってのは問題ありだけどさ」
 ちょっと苦笑い。ある意味正春に共感できる大輝。剣清は彼へ視線を向けた。
「それでも命を懸けてってなると好きな人が相手でもなきゃできないぜ」
「ああ。そこは感心するな」
 今のご時世惚れた相手の為にそうまで真剣になれるものは中々いない。素直に感心する所だろう。
 ただ、本当にそうなら‥‥‥
(どうも不安なんだよな。出立前、美晴殿の様子や正春くんの言動を考えてみると)
 というか基本的にすれ違っている。美晴が依頼さえしなければこうもこじれる事はなかったろうに。
 出立前の、美晴とのやり取りを思い出してみる。
『一人前とか、同じ男として美晴殿に言っておきたいことがあるんだ』
 屋敷の敷地内。一行は一度、挨拶やら手続き云々で屋敷に訪れていた。依頼以前に大元は公務。まあ色々あるのだ。
 当時は近くには正春がいて耳打ちする形になる。大輝は正春と同い年。同じく思春期真っ只中で、ある意味同調したい部分も結構あるのだ。『俺だってパイルダーしてぇんだよぉぉぉ!!!』『いぃぃぃやぁぁぁぁ!!!』某セクハラドワーフが血走った眼で屋敷の女性侍を追い掛け回している。誰かが連れてきたサポートらしい。
『男として、男としてそう。一皮向けてるかどうかって男にとっては一大事なんだ』
『か、皮!?』
 大輝自身、これに他意はないのだ。
 ズルリと鞘から抜かれ、妖気発する黒塗り刀(イメージ)。
 語る大輝は超真剣。立身出世を夢見る年頃だから力強くもなろうけど、言い方ってもんがある。それじゃあセクハラだ。
『俺達への依頼もそうだけど、冒険者に話しちゃったなんてばれたらどうなるか分らないから絶対にばれないようにしとけよ』
『‥‥男の子は皮とか、そういうのを気にするっていうけど‥‥‥』
『もし知ったら自分探しのたびに一ヶ月失踪くらいするかもな』
『ジャパン人の多くはそういうものだとものの本で読んだ覚えがあるし‥‥‥失踪なんて、そんなに気にする事‥‥‥』
 激しく気にします。
『どう転ぶにしても、正春に対してどう応えるか――って、さっきからぶつぶつ言ってるけど聞いてるのか?』
『‥‥‥だ、だけど。知り合い連中や彼氏持ちとかは好きな相手なら別に気にしないっていうし、別にぶつぶつ‥‥‥』
 基本的に依頼した日からこんな感じなのだ。ある意味致命的である。
(絶対話し聞いてなかったよな。いいのか? 色んな意味で)
 不安しか湧き上がらないのは何故だろう。
(‥‥‥そうだな。江戸に戻ったら、あの二人に投げ文でもするか。ちょうどいい抑止力になる筈だ)
 そろそろ頃合だろう。別れた仲間達の所へ戻る。
「さて、依頼主の意向を考えると、こちらが活躍するしかないか」
 まあとりあえずはそれだ。




「何でだか知らんが正春。お前に酷く感情移入をしてしまっている自分が居るんだが」
「‥‥‥はぁ」
 狼の群れが襲ってきてその迎撃戦。冒険者達はそれぞれの獲物を手に迎え撃っていた。
「剣を持って此処に居るからには、お前も戦力だ。自分の身は自分で守れ」
「それは勿論なんだけど‥‥‥」
「おのれ信人ぉぉぉ!!!」
 聞こえる絶叫轟く悲鳴。正春は大変スゴイ事になっている一方を示した。
「――フン」
 死角からの狼の攻撃。信人は振り向かず視線すら動かさず、斬魔刀を振り下ろす。全ての魔物を斬り裂く黒刀。武器の重量を持って威力を増加させる技、スマッシュ。狼は瞬時に肉塊に変える。
「瞬殺ですか。凄いですね」
「1ラウンドもいらん。一撃だ」
「レベルが違いすぎて参考にならないんですが」
 強力な魔物やデビルに対抗する為、達人や超越の領域までに上り詰めた技量の持ち主達が冒険者だ。そんな彼らの活躍を見て、格の違いを見せ付けられたのだろう。まるで現実味がないようにぼうっと眺めている。
「それはそれとして」
 正春は尋ねた。
「あれ、放っておいていいんですか?」
「別に構わん」
 言い切った。
「奴はギャグ世界の住人だ。あの程度では(たぶん)死なん!」
「パイルダーするまで死ねるかぁぁぁぁ!!!」
 がじがじがじ。全方位狼の群れに、噛まれまくる某ドワーフ。女性冒険者達にセクハラしようと迫り、信彦にすっ飛ばされたのだ。普通に自業自得なんだけど。
「正春、お前は囮だ。突っ込んで来い。男を見せろ‥‥‥死なない程度に」
 数も減り始めた狼の群れ。これくらいなら大丈夫だろうと促した。
 正春は躊躇する。へんじがない、ただのしかばね(っぽい)のようだになっているドワーフを見て身が竦んでいる。
「大丈夫だ。そこそこに援護はしてやる」
「よ、よろしくお願いします」
 震える手で刀を抜き、始めはゆっくりとだが駆けて行く。
「さて、と言ったからにはやるか」
 肩で担ぐ斬魔刀。両隣に対の忍犬が駆け寄る。
「む、桜か」
「信人ちゃ〜。、桃〜、若葉〜、頑張って〜♪」
 後ろから桜の応援。
 信人は黒刀を振りかぶり――真空の刃を放つ。




 女性は怖いと言うものの、これはそんな範疇越えてるんじゃないかなぁ。狼と戦っていた大輝はふとそんな事を思った。
「オーホッホッホ! 犬畜生如きが私にたてつく楯突くなど言語道断、成敗して差し上げますわ!」
 迫る狼をなぎ倒し、重ねられた屍。降り注いだ返り血も意に返さずに、ステラは哄笑する。
「へっ、ちっとばかし調子に乗って、テメェらの領域から出てきやがっからこうなんでぇっ!」
 ボーダーコリーと鷹を率い、単身群れに切り込む祐之心。研ぎ澄まされた感覚。そして達人の剣技を最大に活かす、名刀正宗。突き込まれた楔により狼の群れは次々と各個撃破されていく。
 祐之心や大輝と違い見た目脅威に映らないルーティ。狼は怒りに牙を剥き突き立てようと駆ける。
 だが、ウィザードは魔導の知識と技を蓄える賢者。
「私としては立川さんを立ててあげたいって気持ちもあるんですけれどね‥‥‥。方針は流れに任せるみたいですし」
 掲げる手。歪曲される重力。
 狼は跳ぶ。
「とりあえず、一掃させてもらいます! グラビティーキャノン!」
 放たれる重力波。直線に飛ぶそれは地面を抉り押し潰し、狼を捻じ曲げ捻り潰し異形の肉塊と変貌させる。
「おや、僕も負けてられませんね」
「ああいう容赦のない女も、ハーレムに加えたいな‥‥‥」
 こんな時でもそれか。女好きの剣清だが、そこまで行くと大したものである。
「‥‥‥あちらも、なかなかにお強いようで」
 喪は高笑いの主、ステラを見た。隣では大輝が震えている。
「ククク。所詮は畜生。力の差が判らないようですね」
 艶やかな黒髪と、白い肌に滴る血。白磁器のような指で、すくいぺろりと舐める――
 四肢に力を込める狼。ステラの瞳に宿る狂気。
 狂化したハーフエルフ。戦闘前には「やはり命を奪う行為は慣れませんね」と言っていたのに。
 瞬間、辺りの重力が変質する。
「私の力の前に――」
 狼は跳躍する。手を掲げ、
「――平伏しなさい!」
 グラビティーキャノン!
 痙攣する狼を掴み上げる。
「二度と人を襲わないよう教育してあげますわこの犬畜生が!」
 グシャリ、メキリ、ゴキリ。右腕にはめたマジックグローブ。高笑いと共に狼の頭を繰り返し殴り真っ赤に染まる。
 ゴリッ。頭蓋を砕くとステラは、ゴミのように捨て次の狼に狙いを定める。
 ‥‥‥夜叉だ。夜叉に違いない! いっそ斬り捨てようか。大輝は本気でそう考える。
「――それで大輝、あなたは何ぼうっとしているのかしら?」
「ヒィッ!」
 おまえが鬼のように恐ろしいんだよ! 身の危険を感じた大輝は、残り少ない群れへ斬りかかって行った。





「――で、こんな投げ文が投げ込まれてたんだけど」
 冒険者達が江戸に帰り、正春が美晴へ報告している中。彼の二人の同僚は珍しく鍛錬をしていた。
 普段女の子のお尻を追っかけたり、メイド喫茶に入り浸っているとはいえ一応は侍なのだ。
「どんな事書いてるんだ? もしかして俺への恋文か! 小さい子犬を飼って、子供は上は女の子で下は男の子だよ!」
「寝言は寝て言え。恋文だとしたら俺に決ってるだろ」
 普通に返す辺りこっちもアレだ。
 文を開く。

『立川正春は狼退治の褒美に鈴山美晴に大人の階段を登らせてもらう気だ』

「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
 二人はちょっと考えてみる。




『ねーちゃん! もう我慢できないよ!』正春
  ↓
『ダメだ。そんな、強引に‥‥‥』美晴
  ↓
『アオーン!』ビースト正春
  ↓
 レッツパイルダー
  ↓
  寿



 二人は同時に刀を抜いた。
「やらせるかぁぁぁぁ!!!」
 どうしてこれしか思いつかないのだろう。
 まあ思春期なんてこんなものである。