嘘つきは結婚の始まり

■ショートシナリオ


担当:橋本昂平

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月28日〜05月03日

リプレイ公開日:2008年05月11日

●オープニング

 江戸の街は広く大きい。
 現在、独眼流の名で知られる伊達政宗が治めるこの地は、戦後の事後処理で何かと忙しいがそれなりにかつての活気を取り戻していた。
 立ち寄る旅人や商人は、源徳時代とは勝手が違ったりそもそも伊達家に支配権が移った事も知らない者もいるがそれなりに日々を過ごしていた。
 人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
 人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。



――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――






 とある木材屋の跡取り息子の樫太郎は、呉服問屋の娘の絹江とすこぶる仲が悪い。
 顔を合わせれば罵倒しあい顔を合わせなくても陰からイヤガラセしたりと、とにかく仲が悪い事で有名だ。
 樫太郎自身、絹江嬢に対し色々な鬱憤が溜まってたのだろう。あくる日の四月一日、日頃の恨みを晴らす為、声を大に言い切った。
 聞く所によると西洋で四月一日は嘘をついていい日らしい。だから別に問題はないだろう。
「お前が好きだ! 愛してる! 俺と結婚してくれ!」
 肩を掴んで力強く。戸惑い、動揺したその表情はどれほど心地良かっただろう。
 言われた方はそのままの意味で受け取って。
 問題は激しくありすぎた。





 取引先との挨拶から戻ってきて奥座敷。樫太郎は盛大に出迎えられた。
 樫太郎から向かって右には親と親族一同。左には絹江と、彼女の親と親族一同。場はすでに宴会場となりいい感じに出来上がっていた。
 悪ノリでもしたのだろうか。壁には結婚おめでとう! なんて大きな垂れ幕が張ってある。
「ど‥‥‥どうしたんだ?」
 さすがに事態が飲み込めず立ち尽くす。そもそもどうして宴会を開いているのだろうか? 何かいい取引でもあったのか? 相手の呉服問屋からは木材の注文は受けてないし、それ以前に両家は親族も纏めて宴会を開くほど仲がいい訳でもない。
 いったいどうしたのだろうか――?
「樫太郎。お帰りなさい」
「き、絹江‥‥‥!?」
 喧騒に紛れたのだろう。よく知ったポニーな髪の女の子、笑顔がつい可愛いなぁって不覚にも思ってしまう絹江が、それこそ人を殺すのも厭わないぐらい可愛すぎる笑顔を浮かべて隣に抜けてきた。
 両の手を伸ばして後ろに組んで、背中を少し曲げるぐらいに伸ばす女の子のポーズ。そして、照れ笑顔。
 樫は何故か危険を感じた。‥‥‥いかん。どうしてか知らないけど、これは危険すぎる!
「これ何の騒ぎなんだ? いい取引でも」
「樫太郎! こっちに来なさい!」
 聞こえる野太い声。木材屋の店主、樫太郎の父が質問を遮った。
「えへへ。こっちこっち」
 戸惑う樫太郎の腕に自分の腕を絡め、絹江は連れて行く。
 途端響く歓声というか野次。「見せ付けるねぇー!」「まだ若いとうのに」「いや、最近の若者は早熟と聞くぞ?」「いやいや、もう結婚する二人なんだから、もっと進んでるのでは?」「ああ、夜の共同作業か!」「両家の行く末は安泰だ!」
 ‥‥‥ちょっと待て。最後の辺り、何か聞き捨てならない事言ってないか?
 上座に座らされた樫太郎と絹江。本来なら店主である彼の父親が座るべきだろうにどうして――と聞く前、店主殿は衝撃的な事を仰った。
「二人とも、結婚おめでとう!」
 おめでとー! 轟く合唱。そして鳴らされる猪口の衝突音。乾杯らしい。
「いやいやいや。いつも喧嘩してるばかりだったのに、実は相思相愛だったんだな! これが噂に聞くツンデレってやつなのか!」
 親戚の松吾郎おじさん。
「時代は進みましたなぁ。わたしが若い頃はそうそう女性と一緒にいる機会なんてなかったですよ」
 呉服問屋の暖簾分けした店のご隠居。
「夜這いは作法と昔は信じてましたが、さすがにあの頃はやんちゃがすぎました。お武家の所に忍んで、殺されかけましたな‥‥‥」
 昔はプレイボーイとならした杉清おじさん。
 他に諸々、あまりお耳によろしくないような自慢話も出てきたり、固まった思考はようやく溶けて理解が追いついて、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!????」
 樫太郎は全力で突っ込んだ。
「結婚!? 俺と絹江が!? 何で!?」
 帰宅したら突然決っていた結婚話。そんな話は聞いてないし驚くのも無理はない。
 心当たりはあるような気がするのだけど。
「はっはっは。照れてるのか。お前がプロポーズしたんじゃないか」
「お、俺がプロポーズ!?」
「絹江ちゃんから聞いたぞ。お前から激しく求婚されたって」
「激しく求婚って‥‥‥」
 そこで思い出した。
 四月の一日。風は吹き雲は流れ、晴天の空が美しい日。
 例によって例の如く顔を合わせれば罵倒しあっていた。どういう流れだったのか覚えてないけれど、確か絹江は、
『はっ、何よ。それじゃあわたしの事が好きだって言うの?』
『ああ。嫌いだったらそもそもお前と関わらないさ』
『口だけならどうとでも言えるわ。信じてほしいなら行動で示しなさいよ』
『だったら結婚してくれ!』
『‥‥‥はい?』
『お前が好きだ! 愛してる! 俺と結婚してくれ!』
『え、あ、そ、その‥‥‥』
 西洋の果物の、林檎ってあんなのだろうな。それほど真っ赤になってうつむいて。
『‥‥‥は、はい‥‥‥』
 その時の絹江は、嘘じゃなくて本当に嫁にしたいぐらい可愛かった。
 だけどこいつは絹江。いつもいつも人をバカにする忌々しい奴だ。だから、これは一時の気の迷いで、俺も本気な訳じゃなくて。
「樫太郎‥‥‥違うね。えっと」
 絹江はこほんと一つ咳払い。三つ指ついて、
「旦那さま。これから末永く愛でて下さいね?」
 結婚行進曲が聞こえた。




 ギルドについて樫太郎はふと疑問を抱いた。
 いったい、どういう依頼をすればいいのだろう?
 宴会から抜け出して飛び出た後は、ふとどうにかしないといけないと、ギルドに飛び込んだ。
 俺はどうしたいんだろう?
 家では結婚話が鬼のような勢いで進んでいる。自分がいなくてもいても、もう止められるレベルじゃないというか今更結婚しないなんて言える雰囲気じゃない。
 絹江を好きか嫌いかを二択で問われれば、きっと好きだと答えると思う。
 そもそも本当に嫌いなら関わり合いにすらなろうとしない筈だ。
 それに、あの時付いた嘘はその半分が嘘。
 いくばくかの本音が入っていた。
 どの辺りが本音なのか。それ以前にある意味全て致命的だと思うけど。
 絹江自身はこの結婚話についてどう思っているのか。しばらく姿を見なかったのは花嫁修業していたらしいし、この結婚には好意的なのか?
「‥‥‥‥‥‥」
 迷惑そうに見つめるギルド員を無視。ギルド員は黙ったばかりの樫太郎相手に仕事が出来ないでいた。
 だがそれはそれ。どうしたらいいのか判らない。
「‥‥‥そうだ。冒険者に相談してみようか?」
 一通り旨を伝え手続きを終了する。
 ギルドから出て空を見上げた。あの日と同じ風に流れる雲と晴天の空。
 今のままでは結婚行進曲が続いていく。
 俺はどうしたらいいのだろう?

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb0084 柳 花蓮(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb5522 フィオナ・ファルケナーゲ(32歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ec4417 新田 芳人(21歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec4804 櫻乃宮 瑠璃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4815 ユリシア・ファラフ(38歳・♀・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

「はっきり言って、自分でまいた種よね」
 とある茶屋。結婚行進曲がファンファーレを迎えそうな気がする中、樫太郎の縋る思いの相談を、返す刀で冷淡にユリシア・ファラフ(ec4815)は言い捨てた。
「自業自得です」
「嘘つきのタネに人生の一大イベントを使うもんじゃないわよ」
 助け舟を求めて櫻乃宮瑠璃(ec4804)とフィオナ・ファルケナーゲ(eb5522)を見るも二人の瞳は絶対零度。呆れるとか軽蔑とか通り越して無表情。今回の依頼は女性として軽蔑に値するものだろうが、何も言わないのが逆にむちゃくちゃ怖い。
 自分が下手に言わなくても火に油‥‥‥男同士なら何か一寸でも気持ちを汲んでくれると思って虎魔慶牙(ea7767)へ視線をやると、
「結婚? しちまえばいいじゃないか」
 開口一発のたまった。
 惚れ惚れするぐらいの金剛石な超筋肉。着崩した着物の下は、腹筋は割れに割れ、鎧とすら見間違う分厚いボディ。乱雑に伸びた銀髪と切れ長の瞳は、媚びるくらいなら死を選ぶ誇り高い狼を連想させる。
 やらないかと問われればホイホイ付いていきそうな無敵っぷりで男前な慶牙は、一般人で戦いに無縁な樫太郎からすれば護衛とかに雇いこそすれそれ以外には関わりたくない連中の筆頭だ。だけどユリシアの言う通りだけど自分のせいで切羽詰っている樫太郎。棚上げで鬼そのものな眼でガンたれていた。
「身から出た錆、男らしく責任を取りなぁ」
 とはいえさすが最強の誉れ高い慶牙。樫太郎の殺気をスルー。
 とん、と湯のみを置く音がいてのんびりとした声が割って入る。
「‥‥‥いっその事結婚してみればいいんじゃないでしょうか‥‥‥?」
 銀髪青眼色白の、童顔で大人しく深窓の令嬢といった印象を持つ僧侶の柳花蓮(eb0084)。
 十代のお嬢さま然とした彼女が僧侶という職なんて深い事情を抱えているんじゃないかとか、実は暦年齢は凄まじい事になってたり心根はドス黒く染まっているかもしれなかったりと、女性というのは腹に一物二物抱えているを自で行っている彼女は、それこそ聖職者よろしく慈愛百パーな顔で仰った。
「‥‥‥樫太郎さんの話を伺ってみると‥‥‥貴方は絹江さんを好きでいるようですが当に好きか自分の気持ちに自信が持てないんですね‥‥‥」
「あ、いや。絹江を見てドキドキしたりとか二人っきりでいる時とか確かに意識したりする事あったけど、急に結婚とか言われても‥‥‥」
「‥‥‥そういうのを好きって言うんですよ‥‥‥。ひとまず結婚して、それからお互いを知るというのもありますが‥‥‥?」
「結局結婚なんて当人同士の気持ちの問題なんだし、折角だから絹江ちゃんの絹代ちゃんの気持ちを確かめてみようかしらね」
 御陰桜(eb4757)が相槌を打つ。
「絹代ちゃんちは呉服問屋さんなのよね? 反物とか見てみたいし、商品見ながら話を聞くのもいいかも」
「ククク‥‥‥。私は面白ければそれでいいのですが‥‥‥」
 ぎらんと両のマナコが光り邪気が花蓮から漏れる。群雲龍之介(ea0988)の指輪、石の中の蝶が羽ばたいているのは近くにデビルでもいるのだろうか。
「四月一日、エイプリルフールか‥‥‥。嘘の中に本音が混ざっていたと言うがほぼ本音では?」
 あると言われればありそうだしないと言われればない話であるが。
 龍之介は樫太郎に提案する。
「我らを絹江殿に合わせてもらえないだろうか? 不安な情勢で婚礼までの護衛という事にして、折を見て絹江殿から話を聞いてみよう」
「お願いします‥‥‥」
 少なくともこの環境でまともな意見の龍之介。他が変というか蛇蝎の眼で見たり面白がったりと、普通に考えてシカトされないだけマシというものである。




「ご結婚おめでとうございます(はぁと)」
 客間に通されてしばらく、新田芳人(ec4417)は仲間達を代表しお祝いの言葉やらグッズを差し出した。
「ご丁寧にありがとうございます」
 深々と頭を垂れる絹江。樫太郎曰く、礼儀作法とは無縁と聞いたいたものの花嫁修業のたまものか元々その辺りの作法を身に付けていたのか知らないが、なかなかに堂に入っている。
「お話しは伺っています。樫太郎が護衛にと雇ってくれた冒険者の方々と」
「ああ。近頃は物騒だ。是非にと頼まれてな」
 鼻息吹かす龍之介。不正を許さず義理人情に厚い男もとい漢。正義を地で行っている彼には道中考えた秘策がある。
(樫太郎の気持ちに偽りはないようだが、ああいう手合いは一度痛い目を見た方がいいからな)
 名付けてドッキリ大作戦〜嘘と傷心と涙とビンタと〜


1、隙を見計らって事情を全て事情を話す。だが告白は嘘ではなく、自覚はないが本音である事。

2、式当日あるいは前日、絹江には隠れてもらい呼び出した樫太郎と適当に会話。四月一日の事がバレて傷心の涙を流す芝居』をしてその場を去ってもらう。

3、樫太郎を改心させ、自分の気持ちを自覚させた後、絹江にもう一度『あの言葉』を贈るよう諭す。

4、樫太郎が『あの言葉』を贈った後、絹江が全力でビンタでその後は二人で相談。


(個人的にはニッコリ笑って改めて快諾してくれれば望ましいがこれは絹江殿にお任せしよう。二人が上手くいったら何か贈り物でも用意するか)
 話術はそれなりに自身がある。ここに来る間、同道した仲間達に口裏合わせるよう頼んだし段取りも上手く運ぶ筈だ。
 後はタイミングを見計らうだけだ。
 芳人が結婚関係のテンプレを言い終えてすかさず、
「ぐぅ」
 龍之介は夢の世界に旅立った。
「‥‥‥彼の代わりに謝罪します‥‥‥。彼は今回の護衛に関し樫太郎さんと色々仕込んでたようなので‥‥‥」
「いえ、私の家も樫太郎の家も商家。商売柄心当たりが無くても悪意を抱かれる事もありますし」
「‥‥‥そう言って頂けると助かります‥‥‥」
 まあ嘘は言ってない。
 世間話の相手を芳人に任せ花蓮は桜に囁く。
(‥‥‥春花の術‥‥‥ありがとうございました‥‥‥)
(ん〜? まぁ、ヒトの恋愛話は聞いてて面白いしねぇ)
(‥‥‥ええ‥‥‥その通りですよ‥‥‥。私も折角ネタを用意してきましたのに使えずじまいは残念ですから‥‥‥)
(それにあんなに幸せオーラをだされてちゃ余計なコトするのもね)
(ククク‥‥‥。真面目一辺倒も考えようですよ‥‥‥)
 漏れ出す邪気に怨霊が反応している気もするが気のせいに違いない。
「‥‥‥さて、絹江さん‥‥‥。新婚生活に辺りこういうものがあるのですが‥‥‥」



「樫太郎さんには最初から振り返ってもう一度良く考えていただく事をお勧めします」
 所変わって同時刻。樫太郎の自宅、木材屋の自室にて瑠璃は占いグッズをじゃらじゃらさせていた。
「絹江さんとしょっちゅう喧嘩になるのは、お互いがお互いを意識しているからではないでしょうか」
「そういうものなんですか?」
「ええ。そもそも、貴方もわかってらっしゃる通り、本当に嫌いならば関わろうとしないはずです」
 最もらしく言って占いグッズを鳴らす。占いというか樫太郎の言葉から心情を読み解決案を述べているだけのような気もするが、意見の一つとして占いなり宗教の類は生きていく為の潤滑油に過ぎないというのもあるので別に問題もなかろう。
「今は周りがどんどん話を進めていることで、置いてきぼりになっていて戸惑っているだけだと思います」
 思いますって仰った。
「嘘のプロポーズは彼女の鼻をあかしたかったからかもしれませんが、その時の絹江さんの様子を可愛らしいと思ったのならば――」
 瑠璃の深い青い瞳。きりりと細まり樫太郎は喉をごきゅりと鳴らす。
「――貴方はもうすでに恋に落ちているのです」
 場を締める。瑠璃の言葉に樫太郎は圧倒されていた。
 占いにしろ講談にしろ相手を引き込む事に成功すれば後はチョロイものである。陰陽師という職業柄ハクについているのだろうが、こうまで相手を自分の思惑通りに引き込めるのは大したものだ。これで話術に長けていれば完璧だがまあそれはそれ。占師の方針にや流儀にもよるが占いには巧みな話術も必要なのだ。
 そんな空気が読めないのか気分屋な性分発揮してかユリシアが訳知り顔な表情で割り込んだ。
「好きなら結婚しちゃえば?」
「新婚生活楽しみね。子供は何人産まれるのかしら」
 こっちはこっちで気楽なものである。
 さっきまで蛇蝎のごとく見下していたものの、いっそくっ付けてしまえと踏んだのだ。呉服屋の桜と花蓮もそうだが女性は他人の色恋沙汰となると全力で楽しむタチらしい。弄った結果はともかくとして。
 フィオナはにやにやと顛末を見守っている。何か面白いハプニングにならないかと期待しているのだ。
 頭両手で囲い込む樫太郎にフィオナは言った。
「どうせなら面と向かって、面と向かって婚約破棄するなり強く約束するなりした方がいいわよ」
「今の状況、下手にものを言えば結婚が確定されるか俺が夜討ちされるかのどっちかだと思うんですが」
「はっきりしないわね。白黒付けたいと思うならならいっそ、夜這いしてみれば?」
「思いっきり犯罪じゃないですか!」
「この国の伝統と聞いたけど? ていうか犯罪になるかどうかは相手の反応しだいと思うわ」
「それはそうかも知れませんが不道徳です」
「夜這いには一定のルールがあって、それを守りされすれば半殺しの目にもあわないらしいわね。それとも江戸では女の子の方が通うものなの?」
「その辺り知りませんがむちゃくちゃ詳しいですね」
「からかうネタの為に勉強をするのは当然よ」
 いい性格をしている。
「それはそれで面白いけど‥‥‥それこそ『責任』を取る必要が出来るわよね」
「ユリシア、いいんじゃない? 当人同士が拒否しても、引っ込みつかない状況なんだし」
「まあ、後で後悔しても遅いですしねぇ‥‥‥」
 ほほほ、と口元に手をあて上品に笑う。もうこれは、樫太郎の気持ちの問題だ。
 瑠璃は一気に畳み掛けた。
「今回は良い機会なのではないかと思います。結婚、してみては?」
 これは真面目にユリシア。
「本当に結婚するって事になったら、祝福はさせてもらうわよ 」
 思い出したようにフィオナ。
「ジューンブライドって知ってる? 六月に結婚すると幸せになれるんですって」
 腹は決まった。




「――で、結局六月に結婚する事になったのか?」
 後日の呉服屋。冒険者達は絹江の警護をする為に呉服屋に滞在していた。樫太郎からそのように伝えられている為依頼期間中はそうしているのだ。
 訪れた鈴山美晴はとりあえずお祝いの品を慶牙に渡した。
「ああ、ゲンかつぎって事になってな。樫太郎がそう言った時ひと悶着あると思ったんだがな」
「樫太郎さんも納得したようですし、めでたしめでたしです♪」
 にこにこっと芳人。侍とはいえ十三歳のお子様。笑顔がとっても可愛らしい。
「梅雨どきに結婚もどうかと思うがな‥‥‥。それより、置くの部屋では何をしているんだ? 騒がしいのだが」
「ああ、新婚生活に向けて、花蓮と桜がレクチャーしている」
「その二人、絶対ロクな事してない気がするんだが‥‥‥」
 襖の奥を覗いてみる。以前関わりを持った相手なだけに色んな意味で心配になる二人なのだ。
「‥‥‥ご夫婦となれば夜の営みも大事なお仕事‥‥‥今日はこんな衣装を持ってきました‥‥‥」
「どれもこれもイカガワシイんですけど」
「‥‥‥勿論そういう仕様ですので‥‥‥」
 花蓮は畳の上に幾つかの衣装広げる。
「‥‥‥メイドにねこみみにナース‥‥‥。女教師に委員長の腕章、スッチーなんてのもいいかと‥‥‥」
「樫太郎も男の子だからこういうのに興味はあると思ってたけど、これはさすがに‥‥‥。というか最後の辺りからよく判らないんでうすがスッチーって何です?」
「‥‥‥フフ腐フフ‥‥‥私もよく判りませんが、到萌不敗という方が言うには萌えるとか何とか‥‥‥」
 どれでも男として魂が震えるが。
 何だかんだで拒否する気はないようだ。
「ふふ、ごちそうさま♪」
 こっちはこっちで購入した夜桜の反物を手に満足そうな桜。結構な高級品であるものの、領収書は樫太郎行きでつまりタダだ。
 まあ、六月に色々と面倒な事が起きたりするのだが、それはまた、別のお話し。