●リプレイ本文
「依頼人の話を聞くに、なんとも凄惨な光景だったに違いない」
冒険者ギルドの一角、この依頼を担当することになった八人の冒険者は日向大輝(ea3597)が調達してきた現場の見取り図を前に作戦の段取りを決めていた。一般家屋より気持ち間取りが多いとはいえ、刀や槍などの長柄の武器は使うには向かない。数人の冒険者達は大脇差や短剣の類の武器を携えている。
現場に到着してどう踏み込むか、鷹司龍嗣(eb3582)はその前に調べてみると提案した。
「質店に着いたら、まずSCROLLofエックスレイビジョンで中の様子を窺おう。何名がどのような状態で戦っているのか知っておくべきだ。それから‥‥‥近くに草木があったら、SCROLLofグリーンワードで女達が狂った原因を尋ねてみよう」
刀や槍を振るうだけが戦いではない。事が起こった原因を知るのもまた戦い。龍嗣の冷静な物言いに場の仲間やギルドにいたギルド関係者達から感嘆の声が上がる。自分自身の株を上げたようだ。
いざ踏み込むときは、と白井鈴(ea4026)が合いの手を入れる。
「桜ちゃんが春花の術を使ってから中に突入、でいいのかな」
「構わないわよ。寝ても寝なくても後は他の人に任せるわね」
気だるそうに御陰桜(eb4757)は言った。
桃色に輝く艶のある長い髪。処女雪のように白く艶のある雪肌。黒曜石に似た黒い、これまた艶のある瞳。
育ちに育ち、歩くたび震度八を計測する魔乳はそこにあるだけで危険なシロモノであるが衣類としての原始的目標を達してないカスタム着物により秘密の先端突起が見えそうで見えない、公序良俗に引っかかりそうな事この上ない恰好だ。遊郭でしか見る事がない――と言えば失礼な話しだが――だけにギルドにいる男性陣の視線を集めて仕方ない。
まあそんな事はどうでもいい。桜はため息をついたような、哀れんでいるような、そんなトーンの声。
「宝石なんて所詮引き立て役に過ぎないのに目の色変えちゃって仕方ないコ達よねぇ? でも、なんだかフツ―じゃなさそうだし、操られてるなら解放してあげないとねぇ?」
瞬間、一同の表情が変わる。
桜の不謹慎な台詞にではない。まあ桜は言うだけあって美貌とスタイルに恵まれている。サキュバスと謳われるだけあってそっち方面にも――まあそれはいい。
問題は、サポートの磯城弥魁厳の一言である。
『おそらくは女性の負の感情に憑依する魔物、夜叉が取りついているものと思われまする』
夜叉。デビルの一つであり、女性の持つ符の感情に取り付き、悪行を行わせるデビルである。
魁厳は過去受けた依頼の経験から、夜叉の仕業だと検討を付けた。経験者の助言はありがたい。無策で挑むより方向性を持った方が色々やりやすい。
それなら、と神聖騎士(?)のマロース・フィリオネル(ec3138)が挙手。彼女は今回の依頼では要だったりする。
「デティクトアンデッドで探知できるか試してみます。憑依しているようなら‥‥‥クリエイトハンドで引き剥がしを謀ります」
デティクトアンデッドだけならリュー・スノウ(ea7242)も使うことが出来る。レジストデビルの魔法も夜叉との戦いにはきっと心強いものになるだろう。
だが敵も大人しくしてくれる訳でもない。武の技に長けたマロースなら激しく抵抗する敵を押さえ宿る魔性を引き剥がせるに違いない。
ペロプスと呼ばれるギリシャ風衣装を身に付けているとはいえ、その下は局部だけを覆っただけという――所謂ビキニアーマーの恰好で眼のやり場に困るというか本当に神聖騎士なのか判断に悩む具合であるのだが、本人がそうだと言うのだからそういうものだろう。
作戦を整えいざ出発――
血に濡れた鉈を滑らせないように、握りなおして彼女はぼんやりと事の発端を考えた。
――なぜ、わたしはこうしているのだろう。
勤務中採掘者が持ち帰った多くの宝石。クリスタル、アメジスト、ダイアモンド、エメラルド、サファイア――古今東西の宝石群はどれもこれもまばゆいばかりの輝きを放っていた。
一つ一つが貴重であるそれは、売れば自分の背より小判を高く積むことになるだろう。
一つだけでもあれば借金を返せるかもしれない――よほど羨ましい眼をしていたのだろうか。彼女は店主や女将に眼を付けられた。
言われもない誹謗中傷に罵詈雑言。彼女以外にも、似たような境遇の同僚に金に困り訪れていた客も蔑まれた。
売り飛ばされた身、質に入れに着た身を相手にすれば言いたくもなるだろうが、そこまで言われる筋合いはない。
金が無いのがそんなに悪いのか。富を持つのはそんなに偉いのか。
彼女達は悔しかった。許せなかった。
だから、声がした。
それはどんなに甘美なものだったろう。自分の心を奮い立たせてくれただろう。
『欲しいのなら奪ってしまえ』と。『許せないなら殺してしまえ』と。
僅かに痛む良心は後押しする声に消し飛んだ。
彼女は鉈を手に取りそして――
現場の質店に到着した冒険者たちは凄まじい異臭に表情を嫌悪に歪ませた。血の匂いである。
それも一人二人ではなくおそらく十数人。斬った張ったに慣れている冒険者だからこそ判ったものであるが経験のない一般人だとそれも判らず、吐き気を催すだけだ。
だが普通の殺され方ではない。ここまで強烈に死臭と血臭を出させるとは一体どんな殺し方を‥‥‥
「嫉妬に狂った女性は怖いねぇ‥‥‥って、冗談だよ冗談」
皮肉まじりに呟いた大輝へ女性陣が睨みを利かす。
近くの草木からグリーンワードで情報を引き出した龍嗣がやはりという面持ちで言った。
「魁厳の言う夜叉か判らぬが、女たちに魔性の者が取り付いたのは間違いないようだ」
そして、と間を起き言いにくそうに、
「今もまた、死者が出ているらしい‥‥‥」
場を重くしない為だろう。鈴がちびっ子特有の高い声で言う。
「とりあえず殺し合いをしてる女性達をどうにかするってことでいいよね」
不謹慎な気もしないでもないが気持ちで負けては依頼を遂行するのは難しくなる。危険な依頼なら尚更だ。
こんな小さい子が頑張るのだから自分たち大人が腰を引く訳にはいかない‥‥‥一同は気を引き締めて店内に入る。実際鈴はパラ特有の子供体型なだけで既に成人なのだがまあ、知らない方が士気も上がるものである。
警戒しつつ店内へ――より強くなった異臭が鼻へ突き刺さった。
「亡骸で足の踏み場もない‥‥‥って、気ぃしっかり持たないとやば気な惨状だねえ‥‥‥」
依頼人の聞いた通り、辺りには屍と分割された肉体のパーツ群が血溜りと共に転がっている。渡部夕凪(ea9450)はしかめつつ、死体に触れないよう足を運ぶ。
「やっぱり夜叉の仕業かな。そうであってくれないと女性見る目が変わっちゃうぜ、まったく」
「其との思い込むは危険ですが、何らかの警戒はするに越した事も御座いません」
年頃の男の子としてやっぱり女性に対して先入観というかイメージがあるのだろう。大輝の泣き言にリューが戒める。先ほどの発言といいどうも大輝は株が下がっているような気もするが‥‥‥まあそういう日もあるだろう。
そんなギスギスした空気に響く野太いバリトンボイス。
「女の子どうしで殺し合いだなんて、そんなおっそろしいー!」
丸刈り角顔細眉毛。標準的な体型とはいえ僧兵として鍛えぬいた肉体に豊富な体力を備えたナイスガイ。術よりも武術の方が得意なんですよ、というか実際に武術オンリーな御歳四十二歳大泰司慈海(ec3613)はきゃぴっ☆と女の子みたく言いました。
「宝石なんてなくたって、女の子は笑っているだけで可愛いものなのに♪」
しっかりウィンクと動作を加えて芸が細かいことこの上ないというか筋骨隆々のオッサンがするにはむちゃくちゃ気持ち悪い。
「貧しい生活で疲れた女の子たちに、何かが取り憑いた? 巨大な謎の壁の中から、宝石と一緒に、魔物まで掘り出しちゃったのかな。早く4人を止めないとね♪」
親指ぐっと出してウィンクばきゅーん。一同は軽くスルーして前に進む。まあ猥褻物ギリギリな冒険者もいる事だし結果を出せばいい‥‥‥のか?
風の動きが変わった。慈海は近くに誰かがいると察っした。
「桜ちゃん、春花の術ヨロシク♪」
「任せなさい♪」
印を組み手をかざす。睡眠香が部屋を満たし、時間が立った後踏み込む。
一瞬生きた者の姿がないと思った。
よく眼を凝らして見渡すと、全身に返り血を浴びた、鉈を持った女性が壁にもたれ眠っていた。
「‥‥‥何か、憑いてますね」
ディテクトアンデットを発動させマロースは女性から魔性の存在を確認した。
「この方を含め四つでしょうか‥‥‥反応がありました」
同じくデイテクトアンデットで辺りを調査していたリューが遅れて部屋に入る。彼女は他にもいないかと夕凪を護衛として伴い偵察に向かっていたのだ。
達人を越え極めぬいた忍法の技。桜の春花の術は冒険者を除く質店の生存者を全て眠りへと誘っていた。
生存者‥‥‥四人の鬼女を眠らせたとはいえ、その凶行に導いた、内に潜む魔性を眠らせたのかは判らない。
一同は慎重に様子を伺い魔性の引き剥がしに取り掛かる。
龍嗣はSCROLLofサイコキネシスを使い鉈の女性の動きを押さえマロースがクリエイトハンドを唱える。
すると聞こえるずるりの異音。
蛇のようにのたうち女から、『女』が這い出る。
その瞳は濁り口元には牙。手に刀を持ち死臭と魔性を放つ――
「夜叉!」
振り下ろされる刀。至近距離でクリエイトハンドを使っていたマロースは刹那、ボーティングをくくりつけた左腕を跳ねる様に上げて受け止めた。
名工によって作られた魔法の込められた円形の盾。軽く取り回しの優れたそれは、防御に間に合い目の前で火花を散らす。
「残りの夜叉も来ます!」
戦いの音で判断したのだろう。他の場所で眠っていた女たちから夜叉が這い出右から左から部屋へと飛び込んでくる。
挟撃される形になった。
抜刀。
振れば珠振る氷の刃――名刀村雨丸が軌跡を作る。
リューの探知に夕凪の優れた聴力と、殺気感知能力踏み込むタイミングを見抜く。ついでに鍛えぬいた動体視力は完全に夜叉の奇襲へカウンターを合わせることが出来た。
鬼の名を冠する、強力を得ることのできるオーガパワーリングの補助。夕凪は夜叉を一刀の下に壁際へ吹き飛ばした。
夜叉は逆に勢いを呑まれた。
「夕凪、畳みかけます。ホーリー!」
聖光が走る。直撃し、爆ぜる。
村雨丸が両断する。
「月光よ、我が敵を射抜け!」
印を組み閃光が飛ぶ。龍嗣の放つ必中の矢は夜叉を貫きたたらを踏ます。
大輝と慈海の背後に下がり舌打ちした。
「魔性の存在のみ滅ぼしたいところだが‥‥‥派手な術は使えぬか‥‥‥!」
眠ったままの女へ視線を向け、夜叉へ向き直る。
斬撃と鞭の嵐が舞う中隙を窺う。ライトニングサンダーボルトのスクロールを脇に抱えて。
だがその必要もないようだ。
「うおりゃぁー!」
大輝の鞭が無数の残像を残し夜叉を打つ。
鞭のような長い武器は、こういった室内戦ではいちじるしく効果を損なうものの、大輝のような武芸の達人にとって得物の長さ、戦闘場所の広さは関係ない。夕凪もそうだが完全に使いこなしている。
まるで千手観音の無限の手。夜叉を絡めとり、慈海の大脇差が貫いた。
「残念ねぇ、あたしの心に入って来れるのは一人だけなのよ♪」
激しい攻防の隙を縫い瞬間、夜叉は桜へ憑依しようと手を伸ばした。だが鍛えぬいた精神力。死んだ方がマシというかいっそ殺せというほど苛烈な修行を積むという忍者はそうそう憑依されるほど心は弱くない。
憑依に失敗した夜叉。桜は逃げようとする夜叉を捕まえ印を組み、
「でも、無断で入り込もうとしたオシオキはシないとね?」
刹那閃光が爆ぜ夜叉を消し飛ばす。
忍法・微塵の術。
自分を中心に一定の範囲内に爆発を起こす術。仲間たちがいては使い難い術であるが、忍法に長けてはいても直接の戦闘術をあまり得意としていない桜にとっては切り札であり少ない戦闘技なのだ。
だがマロースと連携し夜叉の一人を誘い出しに成功。見事爆殺させさらに術の追加効果により元いた部屋へ帰還――いつの間にか部屋に残っていた夜叉は一人となっていた。
四方を囲まれた夜叉はマロースの背後に倒れている女を見て、桜を睨んだ。
「ココマデカ‥‥‥ヨモヤ同胞ニ邪魔サレルトハナ」
憑依しようとした時気付いことがあるのだ。
「教エロ。何故人間ノ味方ヲスル? キサマモ同ジ夜叉デアロウ?」
「‥‥‥何を言っているのか判らないんだけど」
桜はマグナソードを握ったまま器用に髪を掻き揚げた。
桃色に輝く艶のある長い髪。処女雪のように白く艶のある雪肌。黒曜石に似た黒い、これまた艶のある瞳。育ちに育った豊かな双球は、邪眼や聖眼のような、老若男女問答無用で引き付けるシロモノでありもはや魔乳。そして桜自身ナンパの技を極め、無意識に女ですら誘うオーラを放つ技というか業。
美女には違いない。伝説や世界の美女に謳われても間違いない類の。だが美女でもその系統は――
「ソノ魔性。自分ハ人間ダト言ウ気カ。ヨモヤ淫魔の類カ?」
「随分勝手に言うわね。私は人間――」
「隙アリ!」
回転し刀を一閃。部屋中に溜まった血のりを飛ばし冒険者たちを怯ませる。
狙いは倒れている女。憑依すれば手を出せまい――!
「させません! ホーリーフィールド!」
「ギャッ!」
展開する聖結界。
マロースは駆け抜ける。
魔力短刀カルンウェンハンを回転。夜叉の苦し紛れに放った刀は腕ごと大輝の鞭に絡め取られる。
「全ては主の御心のままに‥‥‥貴女の命で罪を償いなさい!」
断末魔の悲鳴が響いた。
「本当に桜さんはいらないのですか? 確かに気味が悪いのでしょうけど、浄化はしましたし気持ち程度は安心で御座いましょ?」
事後処理に役人が訪れて、形式だけの事情徴収を終えた冒険者たちは報酬代わりの宝石を選び、リューに浄化を頼んだ。事前に役所に連絡が入っており特に言われることもない。
「別に要らないわよなんだかゲンの悪い奴だし原石のままの宝石なんてどうせあたしの前じゃ霞んじゃうしね」
「まあ武士としてゲンを担ぐのは判るな。だけど憑依された女達はどうするんだい?」
宝石片手にナイスガイ――ナイスガール? の夕凪は尋ねる。ステキなまでの筋肉質で限りなく殿方に見えるが実は女性だったりする。
「とりあえず依頼人には死んだと伝える。彼女らは地方都市で暮らせるよう手配するか出家を進めるか、どっちかだな」
事件は解決した。だが憑依された女性は惨い事だが殺戮の記憶は残っていた。憑依されていたとはいえ‥‥‥ひとまず春花の術で眠らせ大輝と鈴にギルドへ運ばせた。
目覚めた後憑依された女性たちは何を選択するのか、それとも役人に引き渡すのか、それはまた別の話し。