男気で、男死に

■ショートシナリオ


担当:橋本昂平

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月22日〜08月27日

リプレイ公開日:2008年09月07日

●オープニング

 江戸の街は広く大きい。
 現在、独眼流の名で知られる伊達政宗が治めるこの地は、戦後の事後処理で何かと忙しいがそれなりにかつての活気を取り戻していた。
 立ち寄る旅人や商人は、源徳時代とは勝手が違ったりそもそも伊達家に支配権が移った事も知らない者もいるがそれなりに日々を過ごしていた。
 人の縁はどこで繋がるか判らない。ある時通りすがった誰かが、ある時いがみ合った者同士が手を取り合う事もまた縁。
 人の世と縁はまさしく青天の霹靂。全く何が起こるか判ったものではない。



――遠い異国の地で、レミングの群れの進路上に町や村があろうと、遠い異国の海でバイキング達が暴れていようと、広い目で見れば案外世の中平和なものである――




 江戸のとある旅館。なかなかの伝統となかなかの規模となかなかの売り上げを誇る、そこの女将の娘に呼ばれた少年は今、まさに『男』を試されようとしていた。
 姓はない。庶民で私塾に通う吾郎太。箸を手に躊躇っている。
「ね、吾郎太。一生懸命作ったの。食べてみて?」
 はにかんで照れ笑い。寺子屋時代に知り合い、それなりに成長した今も続いている関係――付き合いが古いからこそ判るものがあるのだが、こういう時の楓子は『してほしい』という表情。
 シチュエーションによって少し付き合ってほしいとか変わり、吾郎太はその度に面倒な目にあうことが多い。
 まあそれはいい。男は女の子のわがままは聞くものだ。それが気になっている娘ならなおさら‥‥‥
「‥‥‥ごくっ(脂汗)」
 だがそれも限度がある。
 目の前に並べられた旅館の料理by楓子
 男にとって女の子の手料理を食べられるのはこれとない幸せだ。
 手には沢山の包帯。元々手先は器用ではなく、同じ私塾に通う里美女史からは「楓子はキミに料理を食べてもらいたくて練習をしている」と聞いて、それだけで今この娘さんをお持ち帰りたい。
 だって自分が好いた女の子がですよ? 手先が不器用で、指先は包帯が必要なほどで、それでも一生懸命料理の練習をして自分のために作ってくれた――そのシチュエーションは男の浪漫ベスト5内にランクインだ。この手のものは個人により程度は代わるが女の子の手料理はベスト5内。異論は認めん。
 そんな夢のような光景なのだが吾郎太は死を意識せざるを得なかった。
 この娘の作った料理は料理じゃない。
 詰まるところ、食用じゃないのだ。
 塩と砂糖を間違えるのはまだいい。折角作るのだからと、素人にありがちなオリジナル料理とか隠し味とのたまってアレ‥‥‥とかソレ‥‥‥とか、なぜ生活力を要求されるような品を好んで選んで使うのだろう。資格を持ってないと調理どころか調達も許されない材料とか調味料だって目分量だ。素人の。
 だからまあ吾郎太は楓子は作ってきた料理には泣いてきた。
 おばあちゃん子だった彼は小さい頃からよく言われていた。女の子には優しくしなさいって。
 今は亡き祖母の言いつけを守り、時には寝込みながら時にはトリップしながら、吾郎太は楓子の手料理を食べ続けた。
「正直に答えてね? おいしかった?(楓子)」「ウン。トテモオイシカッタヨ(吾郎太)」
 とても正直に答えられませんよこの毒劇物。
 そんなこんなで無駄に頑丈になったものの、今回ばかりは久しぶりに死の予感を感じた。
 旅館料理一式、見た目は平常通りで明日から出してもいい出来具合。
 綺麗に整い工芸品のそれから、言いようのしれない殺気を感じる。
「もうっ、どうしたのよ。食べないの?」
 食べたくても、死ぬと判った毒を食べるわけありません。
 これはだめだ。見てもう、全身が、神経が、本能が食うなと叫んでいる。
 見た目は一流料理で中身は致死毒。貴女は暗殺者ですか。それともそうまでの恨みを買わせてしまったのですか。
 あ、あれ? 走馬灯が‥‥‥?
 毒殺されどうになった思い出が、これでもかと脳裏によぎる。なら食べるなというところだが、食べなきゃ男が廃る。女の子の悲しい顔なんて、男としてさせるわけにはいかない。
 こんな立派な男道を信条としているのでして、吾郎太。今回も退く訳にはいかなくなった。
「食べたく‥‥‥ないの? そうだね。わたし、あんまり上手じゃないから」
「そ、そんな事ないさ! 食べる! 超食べる!」
 少量の涙を瞳に溜めて俯いて、これが演技なら賞が取れますね。
 吾郎太は腹をくくった。辞世の句を心の中で読み、あの書物の言葉を思い出す。

『男なら、敵わぬ相手にでもひとまず挑め』

 素晴しい言葉だ。
 男は退かず、男は挫けず、男は戦いぬけ。死して屍拾う者なし。
 覚悟は既に決めている。
 楓子はいつか華国の武道家から武術を学び、十二なんとかの奥義の一つを学んだとか学んでないとかは関係ない話しだろう。
 さ迷う箸を握り締め、アンダースローの要領で振りかぶる。
 両の瞳が力強く開かれた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 それは死地へ向かう戦士の咆哮。
 覚えているのは箸を突き刺し料理を口に放り込んだところまでだった。
 川の畔で祖母が手を振っていた。





 冒険者ギルド。ギルド員は依頼人の話しを依頼書に纏めていた。
「つまるところ、その女性に料理を教えて欲しい、とのことですね?」
「ええ。あの娘、自分の料理がどういうものか理解してないしね」
 依頼人は紅葉と言った。楓子の家の親戚筋にあたる娘で、楓子と吾郎太と同じ私塾に通う女の子だ。
「依頼書にはそのように書いておきますが、危険なものと判っているなら本人にそう教えなかったのですか?」
「それも考えたことあるのだけど、ああも楽しそうに作っていればね。好いた男の子に自分の手料理をおいしく食べてもらいたいっていうのは、女の子としてこれほど嬉しいものはないから」
「はあ、そういうものなんでしょうね」
 羨ましい話しだ。いっそ吾郎太はそのままくたばれと思うのは男として当然だ。
「で、その吾郎太少年はどうしているので?」
「毒消しを飲ませて持ち直したわ。楓子、自分の料理がおいしすぎて気絶したって思ってる」
 女の子は物事を自分の都合のいいものだけ聞き取り、そして脳内変換するスキルを持っている。しかも思春期プラス恋する乙女技能で手が付けられない。
「旅館の方もさ、さすがにどうかするべきだってことで、楓子には旅館の質を向上させるための外部指導員を招く、っていう方向であの娘に話しているわ。それで料理を教えて頂戴」
「依頼書の最後には吾郎太少年が試食することになってますが‥‥‥大丈夫なんですか?」
「五日近くもあれば回復するでしょう」
 即答する紅葉。慣れているというか自然に口から出ているが、もうこれは日常茶飯事なのだろう。
 さすがに不憫になってきた。教える、ということなのだから、普通に食べられるものが出来るのかもしれない。
「どうせなら、貴女が食べたらどうです?」
「イヤよ」
 即答された。

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ec3527 日下部 明穂(32歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec3999 春日 龍樹(26歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec5298 イクス・エレ(24歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 その日、吾郎太の通う私塾に試験があった。ふだん学んでいる教養がどれほど身に付いているか、生徒達の学力に応じた教育内容であるか、定期的に行われるものである。
 成績優秀な者は単に実力を試す機会でしかないものの、毒殺されかかったり寝込んだりして出席日数が少なく勉強もままならない吾郎太にとって、今日という日は決してサボる訳にはいかなかった。講師が「次赤点取ったら‥‥‥判ってるよね?」と、笑顔で言ってくれて、渡された課題を必死になって解いたものだ。
 だから頭では私塾に向かおうとはしていたものの、全身を巡る毒により身体は無反応。旅館から都合してもらった一室の、涙で枕元を濡らしている吾郎太へカイ・ローン(ea3054)は言った。今までを振り返ると、何かもう、色々泣けてくる。
「はっきりマズイと言えなかった気持ちも分かるよ」
 仲間の冒険者から離れて一人、吾郎太の診察へ向かったカイはカルテを手に診察を終えた。事前に調達していた吾郎太のカルテは、正規の医者が記しただけあってなるほどよく出来ている。多少なりとも医療の知識のあるカイは感心した。
 よく吾郎太少年は今まで生き伸びてこれたのだと。
 カイは吾郎太が泣いているのを、己が不甲斐無いからだと思ったのだろう。まあ実際不甲斐無いと言えば不甲斐無いのだが。
「優しいのと甘いのを間違っちゃダメだよ。彼女がどっかで料理を披露すれば嘘はすぐにばれてしまうのだから、そのとき傷つくのは彼女だよ」
 それ以前にその時まで吾郎太が生きているのかが疑問だけど。
 楓子は絶賛お料理勉強中。作ったらまず吾郎太が毒‥‥‥味見、オーケイ?
「キミは今まで食べ続けてきたようだけど、自分の好みの味ではなかったって婉曲に言うと手段だってあったはず。そうすればどういう味付けがいいかも訪ねられる筈だし、こうやって寝込むこともなかったんじゃないかな」
「しくしくしく」
 アホだけどこれ以上病人を責めるのは気が引ける。カイはカルテを閉じて一言二言話した後部屋を後にする。吾郎太へは口頭で言えば言いだけの問題であるが、根本的なところ、楓子の方をどうにかしないといけない。
 カルテは巧妙に誤魔化してある。旅館のかかりつけの医者の必死さが窺える。毒を持って毒を制するなんて嘘ですよ。
「それにしても彼女は味見をしていないのかな? それはそれで料理人として問題だし、味見してあれなら味覚障害を疑わないといけないな」
 聞くところによると楓子はあまり他人の話を聞くような娘じゃないらしい。医者と色々話しておくべきかな、カイは仲間たちのところへ向かった。





 基本、野生の動物というのは自分より強い存在に対し絶対に牙を向かない。種類にもよるが、特に幼い獣や肉食獣のように敵を倒す牙を持たない獣はそれが顕著である。
 楓子の右腕中心から放たれる毒気。
 イクス・エレ(ec5298)のペットの仔狐のセブルスとカイのペットの妖精さんは互いに隅っこで震えていた。



「気絶するほどの料理って一つの才能よね。それが本当においしすぎて気絶であればよかったんだけど」
 料亭の調理場。包丁を動かしつつ日下部明穂(ec3527)は言った。
 まず料理の腕を見てみよう、ということで調理の様を拝見することにして、折角こんな設備の整った調理場にいるのだからと女の子の回路が回転。自分も隅を借りることにした。
 とんとんとん、と包丁が軽くまな板を叩く音が聞こえる。
「美味しくとまではいわなくとも危険ではない料理にはしてあげたいところね。吾郎太君の男気が報われるようにしてあげたいわ」
 手際よく仕上げていく。お料理スキルは女の子の共通して持つ固有スキル。明穂たんのように美人でたおやかで面倒見がよく、おっぱいの大きい女性は是非お嫁さんにしたいベスト10ですね。大きいのはいいことです。
「はいです。詰まるところ、楓子さんに料理を教えれば良いんですね。頑張りますです」
 すぱぱんと包丁一閃、炒め、茹で、蒸したり諸々。食べるのが勿体無い芸術品な料理を作り上げた。
 淡いクリムゾンの長い髪。その対比かより白く見える雪肌。宝石の青眼のステキにおっぱいのおおきなメイドさん。
 しかもですよ? フリル満載で本当に仕事着なのか疑わしいメイド服は、カスタムタイプなのかそれともそういう仕様なのか、乳が! お胸さまが! おっぱいが! これでもかと強調されている作りなのだ! ばいーんとな!?
 加えて頭部にはウサミミバンド。ウサギさんはひとりぼっちが寂しいかまってちゃん。そして狩られるターゲット。つまりウサミミメイドさんのマルキア・セラン(ec5127)に突撃してもいいのですよ! 多分!
 某メイド喫茶の常連がここにいれば即突撃なマルキアたん。メイドさんよろしく優れた家事能力で料理を仕上げるのと同時、楓子の料理も完成した。
「わたしも出来ました!」
 並べられた旅館料理一式。さすが旅館の娘だけあってよく出来ている。見た目の美しさもなかなかのものである。
 マルキアの料理も実に美味しそうだ。狙ってたわけではないが、楓子の和風に相対するかのように洋風料理。東と洋の二つの味が楽しめる。これを旅館の売りにでも出来そうである。
 だが‥‥‥
(な、何かしらこの邪気は‥‥‥)
 巫女さんスタイルだからか楓子料理から殺気とも邪気ともとれる、凄まじいオーラを感じる。見た目は綺麗なのに毒花のような禍々しさだ。
 ウサギさんはとても敏感だ。ウサミミメイドさんのマルキアもそれに気付いた。
(見た目はどうもないのですが、アレ、絶対に食べちゃいけない気がしますっ! 明穂さんどうしましょう!?)
(どうしましょうって言われても)
 マルキアの言う通り見た感じ変わった感じは一切ない。だから何も言えないのだ。
「それでは早速味見をしてもらいましょう! 明穂さん、マルキアさん、どうですか?」
「わ、私たちはいいわ!」
「はいです! 見るだけでお腹いっぱいです!」
「そうですか。是非お二人にも味を見て欲しかったのですが‥‥‥」
 すこし残念そうに楓子。味を見るんじゃなくて地獄を見そうですよその料理。
「なら他の皆さんに食べてもらいましょう!」
 男冒険者たちが待機している部屋へ料理を運ぶ楓子たち。
 目の前に置かれた料理で、男連中はかなり舞い上がっていた。男にとって美人さんの手作りは必殺技である。
「まぁ、念の為だ。そこまで酷くはないだろう」
 楓子料理を箸で弄って中身を確認する春日龍樹(ec3999)。かなり失礼だがこれも仕事だ。なんだかんだで舞い上がっている。
「それでは頂きます!」×3
 勇者たちは一斉に楓子料理をかっこんだ。




 まるで霧がかかっているような場所だ。
 濃いでもなく薄いでもなく、なんとなく靄がかかったような感じ。寺や絵画で見覚えのある花が辺りに見られ僧兵の大泰司慈海(ec3613)はまるで仏の世界に来たようだと感じた。
 不思議な場所である。
 儚いような現実味がないような、夢のような感覚。近くには川が流れ、冒険者たち一行は『それ』を渡らなければいけない気がした。
「いけませんよ、渡っては」
 声が三人を引き止める。
 イクスはとろんとした眼で尋ねた
「‥‥‥貴女は?」
「はじめまして。吾郎太の祖母です」
「ああ。どうも」
 お互いに自己紹介する。物腰の柔らかいご老体だ。吾郎太の言っていた通り、優しげな女性で‥‥‥何かひっかかったけど頭が揺らいでいるような感覚。気のせいと頭の隅に追いやった。
「今回は孫がお世話になるようで。ご迷惑をかけます」
「いやいや。とても男らしい少年だ。楓子嬢ともお似合いだ」
「ふふふ。ありがとうございます」
 龍樹の賛辞に老婆は袖を口元に持っていき上品に笑った。
 幾らか談笑した後慈海は川のことを尋ねた。僧兵である彼は、何かこう、これを知っておかねばならないと強い衝動に駆られたのだ。
 だが老婆は楚々と上品さをそのまま、曖昧に受け流す。
「今はまだ知らないでも構いませんよ。いずれ再び、ここを訪れることになりますし、貴方がたはまだ川を渡るべき段階ではないでしょうし‥‥‥」
 お金を払えばべつでしょうけど、と小声で呟く。首を傾げる慈海に何でもありませんと老婆。
 それからまたしばらく談笑した後、遠くから声が聞こえた‥‥‥




「しっかり! 三人とも、しっかりして下さい!」
 カイが部屋に入って眼に飛び込んできたものは、変色したり泡を吹いたり痙攣したり、血管が凄く盛り上がったりその他諸々と、人として致命的にヤバイ男衆とそれを介抱しようと必死な明穂とマルキアだった。
「○×△□※!」
 不思議語叫びのたうち回る‥‥‥ダレ? いや、判っているのだがあまりにありえないアクションにとても理解したくなかった。本人の名誉のため誰かは伏しておこう。
「ど、どうしたんだこれは!」
 我に返りカイは叫ぶ。マルキアは涙眼だ。
「判りませんですっ! 楓子さんの料理を食べたら突然こうなって‥‥‥」
「楓子はどこに行ったんだ!?」
「旅館の仕事があると言って料理置いてすぐに出て行きました! 早く得意の応急処置でどうにかして下さい!」
「応急処置でどうにかできるレベルじゃないぞ!」
「身体中の穴という穴からピンクの汁が!」
 普通に除霊した方がいいだろ、これ!
「※□△×○!」
 仲間の成れの果て? は跳躍する。瞬間、カイは魔槍を構える。
 ピグウィギンの槍。
 それは草で出来た柄を持ち、戦場に赴く妖精の騎士が携える魔法の長槍――!
「うぉぉぉぉぉ!!!???」
 魔槍が振るわれる場所。
 つまりここは戦場なのだ!





「――――味見って、してる?」
 体力も魔力も使い果たし沈黙したカイの介抱を女性陣に任せ慈海、物理的にも大ダメージを受けた胃が痛むのを我慢して楓子に尋ねた。
 龍樹もイクスも、死にそうな顔だ。
「あともう一つ、材料はどこで何を調達してるのかな?」
 痙攣するも慈海、今にもオちそうなのを必死に堪えている。鋼が服を着て歩いているかのような、豪腕巨人の龍樹も脂汗全開だ。
「舌がしびれたりとか、体に異常がなかったとか、そんなものじゃない‥‥‥!」
「り、料理をする時‥‥‥味見はしているのか?」
 解毒剤を飲み干すイクス。この旅館、楓子の料理の影響でこの辺りの薬品が充実しているのだ。
「こんなものを食べさせられてるなんて吾郎太さんがあまりに可哀想だ。こうなったら吾郎太さんの命の為に一肌脱ぐ! ついでに俺も料理の勉強をしよう」
「わたしも吾郎太においしいって言ってほしいからお料理の勉強します。料理のレシピを思いついたんです!」
 その心意気は素晴しい。だがイクスたち毒見役の三人組。

(――ダメだ。殺される!)

 龍樹は咄嗟に言いくるめる。
「アイディア料理もいい。だが、まずは手堅くいこう」
「そうですか?」
 楓子は不満顔だがこれで押し切るしかない。わざわざ再び三途の川に行く気もない!
「何事も基本が大事だ。全ての料理の基本、指使いや力加減等を見るためにおにぎりを作ってくれないか」
「お菓子と違って、料理は色々と味付けのアレンジ可能だけどまずは基本に忠実にいこっか」
 苦笑い。慈海も今回ばかりはテンションが低い。
 基本コメを握るだけの料理だ。料理と呼べるのかは疑問であるのだが、楓子の料理スキルを計るためにはちょうどいい。アタマに毒が付く具を入れるのかとか、それ以前に利き手そのものが毒付きなのか、華国の拳法を使うと聞いている。
「はいっ! できました!」
 手際よく仕上がった握り飯。見た目普通だ。
「どうぞ食べてみて下さい!」
 別に変わったものもない。
 イクスは恐る恐る口に含んだ。
「ぐはっ!」
 昏倒するイクス。
「おふっ!」
 泡を吹く慈海。
「がふっ!」
 眼が回る龍樹。カイたち否毒見役は十字を切ったり冥福を祈ったり完全に傍観している!
 龍樹は後悔していた。
 体力があるからと試食係を買って出て、やっぱり嫌だなんて今更言えない。何より龍樹は漢。男の中の男なのだ。
 漢ゆえに、女の子の手料理を残す訳にはいかない。
 吾郎太と同じ書物を読破したのかもしれない。
 大きく眼を開く。覚悟は既に決めている。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 山に積まれたおにぎりを一気にかっこんだ。アタマの中身が弾けトんだ気がした。
「す、スゴイ勢いで食べるんですね」
「アマリニハラガヘッテタカラオモワズ」
 喋る言葉もカタコト調。
 あの書には、『男なら、敵わぬ相手にでもひとまず挑め』と記されている。ここまで言うのが漢の意地だ!
「そこまで喜んでくれるなんて嬉しいです! イクスさんもお坊様も、気絶するぐらいおいしいって言ってくれるなんて!」
 どうしてそう解釈できる。
 楓子はもう一山取り出した。
「ま、まだあるのか!?」
「本当は吾郎太に食べてもらおうと思いましたが、感動しました! 是非食べてください!」
 毒見役の前に死神が現れた気がする。刀を持っている辺りお国柄に合わせているかもしれない。
 さすがに漢も躊躇った。
「遠慮しなくてもいいです! 折角だからもっと沢山作ります!」
 こんな呪いの言葉までお吐きになりましたよ。もうやめて! 龍樹のHPはもうゼロよ!
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!」
 吾郎太の祖母は再び訪れた彼らにびっくりしたものの、優しく迎え入れてくれた。




 聞いた所によると、楓子はコメのとぎ汁にソレ‥‥‥を使ったという。楓子の師匠曰く、これは特別なもの。だからここぞという時に使え! とのことらしい。
 おそらくお師匠は武的な意味で言ったのだろうが、毒見役の三人はカイの手当てもあって何とか峠を越した。
 専門の料理スキルを唯一持つマルキアは、何とかしないととプレッシャーに潰されそうだ。ウサギさんだもん。
「まずは食材選びです。あまり珍しい入手するのが難しい食材は止めて置いた方が良いと思います。この辺りの名物を、上手く調理するのが良いですよね」
 変なものを使わせる訳にはいかない。楓子は軽くイライラしている。
「そうですね。吾郎太ったら明穂さんのお料理をとっても美味しそうに食べてたもん。わたしの方が独創的なのに」
 毒草的の間違いでは?
「万人受けの料理も悪くないものよ」
 相手がどうあれ自分の手料理を褒められるのは嬉しい。というか今まで毒料理を食べ続けて、マトモなのが食べられて嬉しいだけなのだけど。
「もしかしたら、吾郎太君に出す料理だからって変に気張ってないかしら」
「まあ、そう言われたら‥‥‥」
 もじもじと指を弄り、きゃっと可愛らしく頬が染まる。
「他の人と変わりない普通の材料で、他の人と違う美味しい料理を作ったら吾郎太君はもっと楓子さんを見直すんじゃなかって思うわ。どうせ頑張って作るなら、色々感想が聞けるほうが嬉しくない?」
「んー‥‥‥」
 後日、依頼人の紅葉は吾郎太の床に伏す回数が減ったなと思った。