【少年は剣を手に】聖夜祭

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月26日〜01月03日

リプレイ公開日:2008年01月04日

●オープニング

●宴への招待
 ギルドの扉が開き、一人の少年が顔を出す。
 金髪が陽光を反射して、まるでギルドの中に一瞬光が舞い降りたように、受付に座る男は錯覚してしまった。慌てて頭を振り、彼は少年――ガラハッド・ペレスへと声をかける。
「やあ。今日はどうしました?」
「あ、ちょうどよかった。何人か冒険者を集めてもらえねぇかな?」
 顔見知りのギルド員と知り、ガラハッドはホッとしつつ応える。
「依頼、ですか?」
「あー‥‥うん、まあそんな堅っ苦しいもんじゃねぇんだけどさ、ほらもうすぐ聖夜祭だろ? で、オレの家の方でもパーティーするんだよ」
「ほぉ、ペレス家で、ですか」
 ガラハッドの実家は、オクスフォード領の中でも有力な貴族の一員として数えられる。その家が主催とするならば、かなり豪勢なものだろうとギルド員は考えた。
 が。
「いや、んな派手なやつじゃなくってさ。ほら、今年ちょっとオレんとこバタバタしたじゃん。で、内輪だけでやろうって祖父さんが手紙くれたんだよ。それで、世話になった冒険者の面々も招待しろって言付かったもんだから」
「そうでしたか」
「ま、腹ん中じゃ、色々と小間使いさせられるんだろうぜ。なにしろ使用人を殆ど止めさせちゃったみたいだしな」
 そう言う彼の表情が一瞬曇る。
 彼の家――正確には、母親が巻き込まれた事件に関しては、ギルド員は報告書程度は知っている。確かにそんな目に遭った娘を、あまり対外的には表に出しずらい筈だ。
 信用出来る者だけを残した、そういうことだろう。
「分かりました。そういうことでしたら、告知を貼っておきますよ」
「悪ぃな。んじゃよろしく頼むぜ」


 ――ギルドを出て、ふぅと溜息をつく。
 彼の手に握られた一通の手紙。その内容は、確かに先程ギルド員へ説明したとおりなのだが。
「‥‥聖夜祭のパーティー、か」
 ぼそりと呟き、そのまま空を見上げる。冬の寒空は大気が澄んでいて、どこまでも遠くまで見通せそうな青が続く。
 ふと脳裡を過ぎったのは、先日赴いた北の地で知った事実。
 顔を見合した時、果たして自分はいつもどおり振舞えるのだろうか。それとも‥‥全てを壊してでも問い質してしまうのだろうか。
「――センパイ、オレ‥‥どうしたら、いい?」
 今はここにいない、王宮騎士の彼を思い出し、掠れた声で小さく呟いた。

●今回の参加者

 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9937 ユーシス・オルセット(22歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5339 シュトレンク・ベゼールト(24歳・♂・ナイト・エルフ・フランク王国)
 ec0246 トゥルエノ・ラシーロ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

●出発の前に
 ――――王宮の一角。
 一人の王宮騎士を前に、少女は小さく落胆の溜息をつく。
「そっかぁ、それじゃあ仕方ないよね」
 残念がるシスティーナ・ヴィント(ea7435)の声を聞いて、もう一度王宮騎士――ヒューイットは苦笑を浮かべた。
「ああ、悪かったな。わざわざ誘ってもらったのに」
「ううん。お仕事が忙しいなら仕方ないよ」
「まあ俺もガラハッドのこと、気にはなっていたんだが、流石にこの時期は色々と忙しくてな」
 システィーナ自らにとっても騎士訓練校の先輩である彼は、仮にも王宮付きの騎士だ。おいそれと自由気ままに出歩けるわけもなく、ましてやキャメロットを離れた別の領へ赴くことも難しい。
 そう説明されると、それ以上無理にとは言えない。
 誘ってくれたのはありがたいけどな、と簡単な謝辞を述べ、システィーナの肩を軽く叩く。
「まあ、あれだ。ガラハッドに逢ったらよろしく言っといてくれ」
「うん。分かったよ」
 無理強いするつもりもなく、システィーナはそう返事をして小さく頭を下げた。
「システィーナ! そろそろ行くぞ」
「あ、待ってよユーシス。じゃあ、ヒューイットさん。またね!」
 少し離れた場所に待つユーシス・オルセット(ea9937)に促され、彼女はすぐさま振り向いた。そのまま駆け出す後ろ姿を眺めるヒューイットの視線の先で、件の彼が軽くお辞儀する。
 そのまま、二人連れ添って去っていく姿に、同年代のガラハッドの背が重なった。
「‥‥同じ年頃の君らが力になってくれるなら、それが一番いい筈だ」
 年若い二人を見送りながら、ヒューイットはポツリと一言呟いた。

 ――――酒場の一角。
「パーティ?」
 小さく声を上げたトゥルエノ・ラシーロ(ec0246)。いつものように時間を潰そうと酒場へとやってきた彼女は、そこで最近知り合ったばかりのシルヴィア・クロスロード(eb3671)と遭遇した。
 最初は軽い談笑程度だったが、これから用事があると席を立ち上がりかけたシルヴィアに、おもむろに自分も一緒にどうかと誘いを受けたのだった。
「ええ、そうです。聖夜祭のパーティが、ペレス卿のお屋敷で開かれる事になったそうです。折角ですから、トゥルエノさんもご一緒にパーティに行ってみませんか?」
「私がお邪魔してもいいのかしら? キャメロットに来てまだ日が浅いし、その――ガラハッドだったかしら、その依頼人――彼の事も、私よく知らないのよ」
 僅かな躊躇を言葉に乗せるトゥルエノ。
 が、続く彼女の言葉によると、多くの使用人をお暇に出している事から、準備する人手が幾らあっても足りないらしい。寧ろ、冒険者を招待する事で手伝って貰おうとするほうが、案外安上がりなのかもしれない。
 そんな説明をされれば、トゥルエノだって無碍に断れない。
 いや、貴族のパーティということでそれなりに興味はある。
「いいわ。どうせ予定も空いてることだし」
 そう答えてから、彼女もまた席を立つ。
「本当ですか。助かります」
「その代わり、その子のこと、道中でしっかり教えてよね」
「分かりました」
 そうして、二人は連れ立って酒場を出てオクスフォード領にあるペレス家の屋敷へと向かった。

●それぞれの準備
「ああ、ガラハッド。その飾りはもう少し右に」
「‥‥こっちか?」
「うん、そんな感じだ」
 樅の木への飾りをガラハッドに指示するシュトレンク・ベゼールト(eb5339)は、一歩引いた位置から改めて確認して、よしと頷く。
 彼が飾り付けるために用意したのは花や木の実、林檎、焼き菓子といった類のもの。聞けば、彼の実家は毎年そうだったという。一風変わった飾り付けを、奇妙に思いながらガラハッドは言われるがままに樅の木へと付けていった。
「なあ、こっちの樅の木はこんなものなのかな?」
 声に振り向けば、もう一本ある樅の木をユーシスが指差す。先程までシスティーナと二人、一緒にやっていただけあって女性のセンスが目立つ飾り付けになっていた。
「うん。いいんじゃないかな」
 が、その彼女の姿は今は見えない。
「‥‥彼女は?」
「聖夜祭用のお菓子を作るんだって、厨房の方へ行ったよ。相変わらず慌しいよね」
「まあ。女の子はあれぐらい元気な方が可愛いだろうが‥‥」
 やれやれ、といった感じで嘆息するユーシスにシュトレンクが苦笑を洩らす。
 そこへ届く、樅の木の天辺まで登ったガラハッドの声。
「――おーい! これ、ここに付ければいいか?」
 彼が手にしているのは、星を象った飾り。
「ああ。その場所にしっかりと括りつけてくれ。危ないから気をつけてくれ」
「りょーかい」
 さほど高くない樅の木といえど、バランスを崩して落下でもすれば、軽い怪我ではすまないだろう。そんな心配で下から見守る二人の視線をよそに、彼は上手くバランスを取りながら星を飾り付けしていく。
 そうして飾り付けを終えた彼は、おもむろに背筋を伸ばす。
 と。
「レン、しっかり受け止めろよ」
「――は?」
 あ、と思う間もなくガラハッドの身が宙へと投げ出される。目を瞠るよりも早く落下してくるそれに、シュトレンクはとっさに腕を伸ばした。当然、隣にいたユーシスも落下地点へと駆け出す。
 直後、彼らの腕の中にガラハッドの身体がスッポリと落ちてきた。いくら少年の小柄な身体とはいえ、さすがにその衝撃はきつい。
 僅かに顔を顰める二人に、当の本人はけろっとした態度でそのまま地に足を着けた。
「ガ、ガラハッド!」
 思わず怒鳴りかけたシュトレンクの目の前、彼の拳が差し出される。そのまま、コンと軽く叩かれた。
 何かを口にしようとするより早く、ガラハッドの悪戯っ子めいた笑みが目に入る。
「あんまり変な気、回すんじゃねぇよ。別に気にしちゃいねぇからさ」
 彼が何を言っているのか。
 ハッと目を見開くシュトレンク。それは、この屋敷に来る前に先のレポートでの事を詫びたことを言っているのだと彼は気付く。
 良かれとやって取った行動を、後から思い返してみれば自分の考えを押し付けただけに過ぎないと気付き、自己嫌悪に陥った日々。だからこそ、まずその事を一番に詫びたかったシュトレンク。
 それをガラハッドは気にするな、と言っているのだろう。
「‥‥なんのことだよ?」
「別に。なんでもねぇよ」
 事情の飲めないユーシスが首を傾げるが、相手の返事は素っ気無いもの。
 うすうす察してはいるのだが、今回もまた特に彼は口出す事をしなかった。立派な騎士を目指す同士として、自力で解決しなければならないとガラハッドが考えているのなら、自分が余計な口出しをする必要はない。
 力が必要な時――必要になった時に、改めて助けてやればいいのだから。
 もっとも、ユーシスの知るガラハッドは結構内に溜め込んでグルグルするタイプだと思っている。
 だから。
「よーし、それじゃあ次は会場の設営に行くよ!」
 バン、と力強く背を叩く。
(「‥‥一歩踏み出す後押しぐらいは出来たらいいよね」)
「いってぇーな! なにすんだよ、ユーシス!」
「ほら、さっさとやらないと日が暮れるよ。レンさんも早く」
「あ、ああ。そうだ、な。早めに準備を整えるか」
 ユーシスの声に促され、シュトレンクもすぐ気を取り直す。そのまま、三人はパーティ会場となるフロアへと移動していった。
 冷え込んだ大気が、雲天の空から僅かに白い欠片を導き始めた事にも気付かず――――。

「わあ、凄いね。これってなに?」
「ん? それは私が父から教えてもらった祖国の料理よ。もっともこの国では手に入らない材料もあるから、似せて作ってるだけなのよね」
「へぇ〜でも美味しそう」
 この国で育ったシスティーナにとって、トゥルエノが調理している料理の形状はどうやら珍しいらしく、しきりに一つ一つ指差して指を差す光景がそこにあった。
 彼女の前に出来上がっていく異国風の料理の数々。
 代わりにシスティーナの前には、幾つものお菓子が並べられていた。流石に貴族の厨房だけあって調味料には事欠かず、どれも蕩けるような甘い匂いを放っている。その一つを摘み、口に含んで味見をした彼女は、うんと一つ頷いた。
「パイも上出来。そろそろケーキが焼けたかな〜」
「よし、こっちも大丈夫みたいね」
 満足そうに呟く二人。
 そこへ、入り口から影が二つ。
「あの‥‥こちら、掃除の方を終わりました。あと、何かお手伝いしましょうか?」
 顔を覗かせたのは、サリ(ec2813)という名の少女。
 今まで手の足りなかった掃除の手伝いをようやく終え、こちらの厨房の方へ寄ったのだ。同じようにパーティの準備を手伝っていたシルヴィアが、彼女の後ろに立つ。
「あ、シルヴィアさん。お母さんの様子、どうだった?」
 突然話を振られ、けれど慌てることなくシルヴィアは答える。
「そうですね。今の所、平穏に過ごされてるみたいですね」
 口にして、何かを思い出したのか苦笑を浮かべる。
 それをシスティーナが気にするよりも早く、サリが言葉を引き継ぐ。
「それに、幾つかこの国の礼儀作法を教えていただきました。この国の皆さんは、本当に親切ですね」
 そう言った彼女もまた、クスリと笑みを零す。
 さすがに気になったのか、もう一度彼女が問う。
「なに、どうしたの? 何かあった?」
「いいえ。先程、ガラハッドさんのお母さまへ挨拶に行った時、礼儀作法等を教えてもらえたのですが」
「ついでにガラハッド殿のほんの小さな頃の事を教えて貰いまして」
「えーいいなぁ〜私も聞きたかったな」
 思わず文句を言いかけたシスティーナ。
 が、よくよく聞けば本当に産まれたばかりの頃の可愛らしい時分の頃の話だった、とのこと。本当に幸せそうに話す彼女を見て、サリもシルヴィアもつられて笑みになってしまったようだ。
 ただし、修道院へ預けてある間の事を、母親は決して口にしなかった。二人もまたそれを無理に聞き出そうとはせず、ただ柔らかい雰囲気のまま退室したという。
「私の母も生きていれば‥‥あのように私の事を語ったのでしょうか」
 最近、とみにシルヴィアの心情を揺さぶる母の事。
 家族の言でしか知らない母に、もし逢えるなら、そう思うことが増えてきた彼女にとって、いつでも逢いに『ゆける』ガラハッドのことが、今は少し羨ましいのかもしれない。
「‥‥親を求める気持ち、ね。まぁ、分からないこともないかしら」
 ふと、調理の手を止めるトゥルエノ。
 彼女もまた、父を求める旅をしている。ガラハッドの現状を聞いた今、やはりどこか放っておけないと思ってしまったのだ。
「ま、これ以上はここで話すことでもないわね。そろそろ料理も出来上がるから、シルヴィア、サリ、運ぶのを手伝ってよ」
 パン、と一つ手を打ったトゥルエノが話題を一旦打ち切る。彼女が示すのは、出来上がってほかほかの湯気を立てる料理の数々。
「あ、はい。分かりました。こちらの皿ですか?」
「そうよ。気をつけてね」
 いそいそとエプロンを着けたシルヴィアが、示された皿を両手に抱える。
 危なかしい手つきだったが、そこは冒険者としてのバランス感覚の見せ所。丁寧に動きつつ、厨房から出て行く。
「よし、こっちも完成〜♪ サリさん、手伝って」
「分かりました。こちらのお皿や湯飲みもですか?」
「うん」
 お菓子やケーキが完成したシスティーナに促され、サリが皿を重ねて運び出す。その後を残り二人が、同じように料理を手にパーティーホールへ運び出そうと続いた。

●聖夜祭
 既に会場は、招かれた客で賑わっていた。
 もっとも、今回は小さく身内的なという事だったので、招かれた者達もほんの一部に過ぎない。そうなると、集まった彼らは貴族の中でも上流の部類になるだろう。
 そう思うと、案内をするサリも幾分緊張してしまう。
 失礼のないように、と故国の着物に身を包んだ彼女だったが、それは逆に彼ら異国の者達には物珍しく映ったらしい。案内をする端から質問攻めに遭い、その度にたどたどしいイギリス語で受け答えをしなくてはならなかった。
「ふぅ‥‥お喋り出来るのは楽しいのですが、こうも引っ切り無しですとさすがに疲れますね」
 人が切れた僅かな合間に、彼女は休憩がてら料理のある卓へ移動すると、ちょうどそこへガラハッドがやってきたところだった。
「お、サリ。お前も休憩か?」
「ええ。折角ですから、この異国風の料理をいただこうと思いまして」
「だよな。結構、これ珍しいじゃん」
 そう言って手を伸ばす彼の姿を眺めながら、ふと彼女は唇に言葉を乗せた。
「――どうして知られたくないのですか?」
「は?」
 唐突な問いに口に運ぼうとしていた食べ物を止め、ガラハッドがサリの方を向く。その真っ直ぐな眼差しを受け、一瞬問うた事を後悔しかけた。
 が、今しかないという思いが彼女の言葉を後押しする。
「絵の男の方と‥‥不明のお子さんについては何か分かったのですか?」
 前者は、仲間から聞いて知っていた。
 だが、彼女はガラハッドの答えが欲しくて、ついそんな風に聞いたのだ。
 沈黙が訪れる。パーティの喧騒をよそに、この場だけ切り取られたみたいに。そして‥‥先に耐え切れなくなったのはサリだった。
「すいません、出しゃばった真似をして。でも、私でよければ迷いに耳を傾けることぐらい出来ますから。ですから――」
「サンキュ」
 言い募るより早く、彼は軽く手を上げてその場を立ち去っていった。遠ざかる背中をぼんやりと眺めながら、サリは小さく溜息を零した。

 人ごみを避けるようにして、彼は歩く。
 時折擦れ違う人達は、彼がペレス家の嫡男だと気付くと、皆慌てたようにして居住まいを正す。そして決まって堅苦しい世辞を述べる。
 そんな雑音を振り切って、彼の脳裡に蘇る――。

『――今、真実が知りたいか?』
 パーティーの始まる直前。
 呼び出された場所に待っていたシュトレンクが問うたのは、ガラハッドの中にずっと燻っていた種子。いつ芽を出して問い詰めてしまうか分からなかった感情。
 それを彼は、ストレートにぶつけてきた。
『‥‥でも、それは‥‥』
『君が真実を知りたいというのなら、私はその手伝いをしたい』
 それがどういう手段かは、聞かなくても理解出来た。
 それは、北の地で知った事実――どうして自分が修道院へ預けられたのか――を祖父さんへ問いかけること。その上で真実を知ることを。
『無論、皆の前ではなく、あくまでもペレス卿だけに留めればいい。当然、我々部外者が拒否されても構わない』
 そこで、彼は一旦言葉を区切った。
 そして。
『だが、これは君自身のこと。君には、知る権利があると思う』
 そう告げた彼の目は、穏やかに見守る温もりが感じられた。
 だから――――。

「――ガラハッドくん!」
「へ?!」
 ハッと我に返るガラハッドの目の前には、綺麗にドレスアップしたシスティーナが少し怒り顔で立っていた。
 うわ、と後ずさろうとした彼の腕を彼女がしっかりと掴む。
「ほら、ぼうっとしてないでガラハッドくんも一緒に踊ろう」
「え、だってお前さっきまでユーシスと」
 言いかけた言葉は、隣で苦笑を浮かべる彼の姿に飲み込んだ。
 先程見た時は上達したもんだ、と感心していたのだが、どうやらまだ慣れない部分があったようで、少しリードが足りなかったようだ。
「ほら、早く」
「あーわかったわかった」
「‥‥頑張れ」
 ぐいぐい腕を引っ張るシスティーナに苦笑し、背をユーシスの手でポンと押された。
 そのまま改めて彼女の手をとってダンスを始める。普段はそう見えないながらも、これでも彼はれっきとした貴族の一員。その辺りの身嗜みはしっかりと身につけさせられていた。
 曲に合わせ、女性をリードしつつ踊り続ける。
 そうして暫く経った頃だろうか。ふとシスティーナが身を寄せてきたのを不思議に思いつつ、それでも静かに受け止める。
 すると、小さく耳元で彼女がこう囁いた。
「ねえ。あれから一歩でも、踏み出せた?」
 ハッと身を離そうとするのを、思いの他強い力で押し留める。
「‥‥あのね、何があってもガラハッドくんはガラハッドくんだよ。私達にとって大事なケンブリッジの仲間なことには変わらないよ。だから――」
 いつでも支えになるから。
 そう告げて、システィーナはゆっくりと離れていった。
 その後、しばらく彼は茫然とその場に立ち尽くしたままだった。

「あら、あの子ったら。ひょっとして振られてしまったのかしら?」
「え?」
 ころころと鈴の音のように笑うエレインに、シルヴィアは首を傾げる。
 見て、と彼女の視線を追えば、そこにガラハッドが一人でぽつんと立っているのが見えた。なるほど、と納得しながら、シルヴィアは彼女との踊りを続けた。
 今の彼女の出で立ちは、騎士の礼服にマントを羽織ったいわば男装姿。エスコートするようにガラハッドの母親にダンスを申し込んだら、彼女は大層喜んで受けてくれた。
 そして、今に至る。
「やはり、もう少し貴女のようにエスコートを出来なければ駄目ね」
「私のように、ですか。それはありがとうございます」
 ここはお礼を言うべきかどうかは甚だ疑問だが、極力相手の機嫌を損ねないようにシルヴィアは振る舞う。
「それにしても随分ダンスがお上手ですね。‥‥妖精にでも習われたのですか?」
 洒落を含めた言い回しに、彼女はまたころころと笑う。
「くすくす、違うわ。これは以前、うちにいた侍女に教わったのよ。この踊りを覚えておけば、王様とでも恥を掻かなくていいの、そう言われてね」
「――そうなのですか」
「ええ。もう十二年以上前にいなくなってしまったけれど」
 そう語るエレインの、数字がどことなく気になったシルヴィア。
 が、すぐにそれは流れる音楽と踊りによって霧散する。
「そういえば‥‥彼女、どこへ行ってしまったのかしら‥‥」
 呟きは、曲の合間に消えていった。

 やがてダンスタイムが終わり、冒険者達の企画したプレゼント交換会へと移った。
 当初、一人一品と決められた交換会は、何人かが提供する物を忘れたとかで企画倒れするかと思われたが、複数提供をする者がいたことでなんとか一人一品に渡ることが出来た。
 さすがに貴族の面々に宝探しをさせる訳にはいかず、簡単なくじによる抽選という形となった。
「私は、キューピッド・タリスマンだね」
 恋のお守りとして有名なそれを当てたシスティーナの頬は、どこか赤く染まっている。思わず思い浮かべた人物を慌てて頭を振って打ち消した。
 その隣で苦笑するユーシスの手には、隼のマントが手渡された。
「へぇー、結構格好いいよね、これ」
「私は‥‥ダークトリュフ?」
 シルヴィアは手に持つその食べ物を見て、何故か小さく溜息をついた。
 同じく食べ物を引いたのは、サリだ。
「私は、ルージュハムですね。故国で年末の記念に贈る用にすればいいのかしら?」
 少し離れた場所で包装を開けたシュトレンクの手には高級羽根ペンが、トゥルエノの手には星の砂が詰まったスターサンドボトルが渡された。
「なかなかいいものだな」
「へえ、これよく見ると綺麗ね」

 そうして一通り交換会が終われば、再び場は歓談の席へと変わる。
 その時、静かにその場を離れようとするガラハッドに気付き、トゥルエノがそっと彼の後を追った。一人回廊の隅で佇むその姿を見つけ、彼女は静かに傍へ近付く。
 気配に気付いて、彼が顔を上げる。
 その表情には、少年なりの苦悩が見て取れた。
「――で? 君はどうするの? ガラハッド」
 突然の問いかけだったのにもかかわらず、すでにその意図に気付いてたからこそ、彼は首を無造作に振った。
「‥‥わ、わかんねぇよ。一体‥‥何が、どうなってんのか‥‥」
「知りたくないことを無理に知る必要はないんじゃないかしら。だって過去よりも大切なのは現在だから。‥‥でも、それでも知らなければ一歩も前へ進めないというのなら‥‥」
 それによって傷付いたとしても。
 そこまで告げて、トゥルエノは静かに笑いかける。
「あなたには、支えてくれる仲間がいるでしょう?」
 視線を投げかける。
 ハッと振り向いた先。そこには、微笑みで見守るシスティーナ達が立っていた。
 その中から一歩、シュトレンクが前へ出る。
「‥‥レン」
「ペレス卿と話をしてきたよ。ガラハッドはもう護られるだけの子供じゃない、一人の騎士として立派に歩いている事を説明してきた」
 ――『預言の子』。
 彼がそう説明した時、一瞬ペレス卿の口から零れた言葉が頭に焼き付いている。
 だが、それは今自分の口から言うべきじゃない。
 真実を語るのは、きっと一人でいい筈。
「部屋で待ってると言っていた。だから、今から一人で言ってくればいい」
 そう、言葉で背を押す。
 他の者も、皆同様に。
 全員に後押しされ、ガラハッドは大きく頷くと、そのまま勢いよく駆け出した。擦れ違いざま、小さく「ありがとう」と呟いたのを、全員聞き逃すことはなく。
「――あ、見て! 雪だよ!」
 最初に気付いたのはシスティーナ。
 すでに見える世界は白く染まり、何もかもを純白に変えていた。ペットを連れてきていた者達は、さて自分のペット達は大丈夫だろうか、と思わずそっちの心配をしてしまったが。
「どうりで冷える筈ですね」
 サリが少し身震いしつつ、降り注ぐ雪を掌で受け止める。
 しんしんと。
 音もなく降り続く氷の結晶の中で、彼らは新しい年を静かに迎えるのだった。