死が二人を別つとも

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 44 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月23日〜11月30日

リプレイ公開日:2004年11月28日

●オープニング

 冒険者ギルドには、多種多様の依頼が日々舞い込んでくる。
 宮廷権謀に関わる一大事から、日常の些細なお手伝い程度といったものまで、冒険者達は自らの力量に合わせてそれらを選び取っていくのだ。

 キャメロットより少し離れたとある村。
 そこに一組の夫婦がいた。妻は聡明で美しく、夫は村でも一、二を争う腕のいい猟師だった。二人の仲は大変睦まじく、村中の憧れの的でもあった。
 そんな折り、妻が流行病に倒れてしまった。夫は懸命になって看病したが、その甲斐なく妻はその短い命を終わらせてしまう。
 夫の号泣は凄まじく、三日三晩妻の遺体に縋りつき、食事も取らない有様だった。村長以下村人数名の力でなんとか引き離すことが出来た。彼らの説得もあり、夫はようやく妻の死を納得した。
 その後、村中総出による葬儀が行われる事となる。村の誰もから慕われた彼女に相応しい葬送式にする為に。
 棺に入れられた妻の姿は病死の為になんら変わる事なく、まるで今にも目を覚ましそうだった。それが余計に村人達を悲しみに沈ませた。
 そして――事件は発生した。

 そこまでの文面を読んだ冒険者達は、思わず顔を顰めるしかなかった。
「‥‥その女性がズゥンビとして甦ったって事か」
「ああ、そうだ。生前の姿のまま、本当に目を覚ましたってトコだな」
 言いながら、受付に座る男もやり切れない思いだった。
 悲しみに沈んでいた葬儀の場が、更なる悲劇を生む場所になったのだから。
「目覚めた彼女は、付近にいた村人を何人も既に喰い殺している。なんとか逃げ延びた連中の手で葬儀の場所を封鎖したようだが、それもいつまで保つか‥‥」
 この依頼を持ち込んだ者の話では、殺された連中も何人かがズゥンビになってしまったらしい。ただし、こちらは身体的にも破損が酷い外見のようだ。
「どちらにしても急がなければな」
 逸る冒険者達に、男は最後に一つ付け加えた。
「――夫の動向に気を付けてくれ。場所を封鎖しようとした時、村人を必死になって止めようとしたって話だ。ひょっとすると‥‥邪魔をしてくるかもしれねえな」
 ズゥンビと化した最愛の妻‥‥夫の心情を思えば、無理のない事かもしれない。
 沈痛な面持ちのまま、冒険者達は依頼のあった村へと急ぐのだった。

●今回の参加者

 ea3088 恋雨 羽(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3542 サリュ・エーシア(23歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 ea6972 シャーリー・ウィンディバンク(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea8316 アクア・ラインボルト(36歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea8480 炎 流星(28歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 ――神の前での誓い。
 健やかなる時も、病める時も。
 変わらずに愛する事を‥‥交わした接吻けとともに、互いに誓い合ったあの日。
 今はもう、遠い昔のようで――――。


●嘆きの夜
 空飛ぶ箒――フライングブルームが徐々に速度を落としながら地面へと下降していく。
「‥‥どうやらまだ大丈夫ですね」
 地に足を着き、教会の方を見たシャーリー・ウィンディバンク(ea6972)は、封鎖の状況を確認してそう呟いた。
 脆くなっていれば補強をお願いしようかとも考えていたが、さすがに今の現状で村人へ頼む訳にもいかない。他の仲間達が村へ到着するのももう少し先だ。
 とりあえず安堵してから、彼女は村の方に例のご主人の居場所を尋ねた。
「ああ、彼だったら‥‥」
 村人が指差したのは、夫婦が過ごした一軒家。そっと中に入ってみると、質素だが綺麗に片付けられていた。生前、奥さんがどれだけ几帳面だったのかがよく分かる。
 ただ、ところどころに埃が被っているところが見られたが‥‥。
「あの‥‥少しいいでしょうか?」
「――妻を! 妻を、返してくれ!」
 声をかけた途端、激しい口調で返ってきた。
 そこには必死に縄を解こうとする男の姿。おそらく村人の所業だろう、しっかりと縛り付けられていた。
「妻のところへ行かせてくれ!」
 悲痛とも言える叫びが、シャーリーの胸を強く打つ。

「‥‥ふう、もうすぐだな」
 眼下に見下ろす村を前に真幌葉京士郎(ea3190)がぼそりと呟く。
 なるべく急いでいた冒険者達は、その声に少なからず安堵した。途中何度か休憩を挟んでいたとはいえ、いつも以上の早さに疲労が完全に回復したとは言えないからだ。
「どうやらまだ、被害は拡大していないようだ」
 同じく先頭を急ぐセオフィラス・ディラック(ea7528)も、同様の事を口にした。
 彼の脳裏には今、ズゥンビを倒すことしかない。出立する時に告げた仲間への宣言通りに、だ。
「シャーリーが先行して村に入っている筈だ。なんとか夫の説得をしてくれていればいいが」
「旦那の気持ちもわからない訳じゃないが、な。‥‥とにかく急ごう」
 二人を先頭に、冒険者達は出来るだけ早く村へと急いだ。

●隣り合わせの死
 辿り着いた教会前。
 閉鎖された扉の向こうからは、この世のものとは思えない唸り声が聞こえる。
「御主人殿は?」
 恋雨羽(ea3088)の問いに、シャーリーはただ無言で首を振る。
 何度か説得を試みたが、やはり頑として聞き入れてもらえなかった。
「村人の方に手伝ってもらって、ロープで縛っているのですが」
「そうか」
「どちらにしても奥様への攻撃は、最後ということでよろしいですか?」
 おっとりした少女――サリュ・エーシア(ea3542)がそう告げると、さっそく魔法の準備へと入る。そんな彼女の前に盾となるべくセオフィラスが立った。
「それじゃ、まあ‥‥いくか!」
 打ち付けられた板を炎流星(ea8480)が蹴破ると同時に、冒険者達は一斉に教会の中へ入った。
 そして、ほぼ同時にサリュの体から淡い白光が放たれた。彼女が見つめるのは――ほぼ生前の美しさを保ったまま蠢いていた女性。
 僅かの間をおいて、その動きが止まる。
「こちらは私が抑えますわ」
「おっし、こっちは任せろ! 転倒シュートぉぉ!!」
 流星は、その掛け声と同時に技を繰り出した。その名の通り、足払いによりズゥンビの一体を転倒させる。
 そして。
「垂直落下式流星キックゥゥッ!!」
 一気に相手の上に飛び掛かってストライクの威力を込めた蹴りをお見舞いした。グシャリ、と嫌な音を立てて肉片が飛び散る。
 が、流星自身はそんなものは別段気にせず、文字通り千切っては投げ、の戦いの様相だった。
「やれやれ‥‥少々暑苦しいよね」
 苦笑を零す羽。そんな彼の動きは、まさに流れる水のような迅速さだ。
 疾走の術で高めた動きが、風のように宙を舞う。両手に持つ刃が流れるように煌めき、敵の肉体を切り刻んでいく。
 ズゥンビは一度死したモノ。肉体をどれだけ切ろうが、決定的なダメージは与えられない。最終的にその身を全て滅さない事には。
「これ以上好き勝手にはやらせん。悪いが塵に帰って貰おう」
 オーラパワーを付加された京士郎の持つ刀剣が淡い光を纏う。
 そのまま彼は問答無用で一気にズゥンビを切り裂いた。アンデットである敵に与えるダメージは通常の比ではなく、瞬く間に目の前の敵を討ち滅ぼした。
 仲間達が他のズゥンビを相手にしている間、サリュ自身は常に妻のズゥンビと対峙していた。
 ホーリーによる攻撃も考えていたのだが、コアギュレイトの魔法自体そう長く続くものではない。何時動き出すか解らず、その為にサリュはいつも気にかけていなくてはならなかった。
 その合間を見計らい、デッドコマンドによる残留思念を読み取ろうと試みてはいたが。
「――大丈夫、ちゃんと伝えるから‥‥」
 すうっと頬を一筋、涙が流れた。

●鎮魂歌
 穏やかな歌声が大気に響く。
 恐怖に染まった村人達は、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)のそのメロディに次第に心落ち着けていく。それは、憤る夫も例外でなく。
「――少しは気持ちが落ち着きましたか?」
 流れるのは、魂を鎮める歌。
 銀色に光るシフールは、傍目から見て天の使いのように見えて。
 村人達は静かに耳を傾ける。
「もうこのロープ、解いてもいいでしょうか?」
 シャーリーの言葉に、だがディアッカはまだ首を振る。解くのは彼の気持ちを確かめてからでいいだろう。
「あなたの奥さんは、本当に誰からも慕われた人なのでしょうね。なにしろ村人総出でお葬式を挙げてもらえたぐらいですから」
 静かに彼の肩に乗る。
 男はうつむいたまま。
「綺麗で聡明な奥さんだったんでしょう? それを一番知っているのはご主人の筈でしょ?」
「そうだね。それなのに、慕ってる人達を喰い殺して、怖れられ、忌まれるようにしたままでいさせたいですか?」
「それって生前の奥さんに対して失礼だと思わないんですか?」
「心ないアンデッド‥‥それでもいいかもしれない。けれど、貴方自身がこれからずうっと奥さんの事を愛していられますか? 人を――食い殺し続ける彼女を」
 最後の科白。
 それに男はハッと顔を上げる。
 絶望と、諦めと、それでも拭えない僅かな希望。そんな様々な感情が混ざり合った表情。
「お、俺は‥‥あいつを、救えなかった‥‥ッ! だから、あいつが目を開けた時、俺は‥‥」
 溢れる涙。
 嘆く声が‥‥二人の冒険者の胸を打つ。
 それでも彼らは、男に決断させなければいけない。
「さて、どうしますか?」
 ディアッカの問い。
 続くシャーリーの科白で男は戦慄く。
「奥さんを、私達の手で退治します。だから」
 最期の訣別の判断を、彼に委ねた。



 ――細くなっていく手。
 握りしめれば、まだ温もりが残っている。必死でつなぎ止めようにも、途切れる命の糸は目に見えて明らかで。
 叫ぶ自分に、彼女は果たして何を口にしたのだろうか――――。

●慟哭
「あーもう! 一体なんなのよっ、船が思いっきり遅れちゃったじゃない! シフールもその辺はきちんとサポートしてくれればいいのに!」
 バン、と壊れかけの扉を完全に壊して教会へ入ってきたのは、銀髪のウィザードであるアクア・ラインボルト(ea8316)。
 けたたましく入ってくるなり、彼女は問答無用でライトニングサンダーボルトをぶっ放した。
「‥‥おいおい、あまり無茶はするな」
 咄嗟にサリュを庇うセオフィラス。いくら盾になるとはいえ、味方の攻撃からも盾になるとは聞いていない。
「あら、ごめんなさい」
「いやまあ、謝ってくれればそれで」
 遅れてきても、あくまで強気なアクアに対し、女性に優しいセオフィラスは少々押されっぱなしだ。フェミニストっぽく見られがちだが、どちらかというと尻に敷かれるタイプなのだろう。
 そんな二人のやり取りも後目に、流星の必殺跳び蹴りが最後のズゥンビに打ち込まれた。
「食らえ、終幕流星キックゥゥッッ!!」
 グチャリ。
 肉の潰れる音と同時に、敵は動かなくなった。
 残す相手は――身動きの取れない女性のズゥンビのみ。
「さて、残すは女房殿だけでだね。御主人殿の方は‥‥」
「ここにいますわ」
 羽の言葉に答えたのはシャーリー。その隣には、御主人と思しき男性の姿。
「‥‥カーラ‥‥」
 おそらく妻の名だろう。震える声で男が呟く。
 そのままゆっくりと近付いて行くのを、冒険者達は固唾を呑んで見守っている。そうして触れるところまで男が近付くと、サリュが優しく語りかけた。
「彼女の‥‥最期の言葉です。どうか‥‥生きて、と」
 読み取れた思念を彼に告げる。
 その瞬間、男の目に涙が溢れた。伸ばしかけた手を止め、グッと握りしめる
「死が二人を別つとも、絆は残ると思う。そして想いも、ね」
 羽の言葉に男はじっと俯いて、
「‥‥お願いします」
 それだけを呟いて、彼はくるりと後ろを向いた。
 直後。
 肉を引き裂く音が沈黙の教会内に響く。羽の持つ双刃が彼女の背中に走る。その衝撃にグラリと傾く体に向かって、サリュが放ったホーリーの光が浸透する。そして、京士郎のオーラパワーを纏った刃が、一気に引き裂いた。
 ぐっと身を固くする男を、流星がぐいっと強く抱き締めた。
「死んでしまったら、その人の人生はそこで終わりなんだ‥‥悲しく辛い事実だがな‥‥」
 あくまでも熱く語るその態度。俺の胸で泣け、とばかりに強く強く抱き締めてやる。
 やがて。
 彼女の体は、音もなく崩れ落ちていった。



 ――どうか、生きて。
 死を目前に、ひどく安らかな顔で。まるで残された自分を元気付けるかのように。
 あなたは生き続けて‥‥死を選ばないでください。
 耳に届いた最期の願い――――。

●死が二人を別つとも
 パチパチと炎が燃え上がる。
 村人達と話し合った結果、供養の意味も込めて教会ごと埋葬する事になった。火の粉が宙を舞い、天へと上っていく。
「あれは放っておけば、死と哀しみを生み続け、早晩朽ちて崩れる。あなたの中にある本当の奥方の思い出を汚すだけの存在だった」
 慰めるようなセオフィラスの言葉に、男はどこか晴れ晴れとした顔を向ける。
「‥‥彼女の分まで生きてね」
 サリュが告げると、静かにこくりと頷いた。
 向こうでは羽が目を閉じて合掌している。
(「どうか安らかに」)
 冒険者達の祈りは――届いただろうか。


「‥‥うーん、気のせいでしょうか?」
 空を飛ぶディアッカは注意深く辺りを見渡している。ズゥンビが作った者がいるのか、と思っていたのだが、どうやら彼の勘違いだったようだ。
「さて、戻りましょうか‥‥え?」
 ふわりふわりと飛んでいた一瞬、何か視線を感じて振り向いたが、そこには誰もいる筈がなく。疲れているんだと納得させて、彼は仲間の元へと帰っていった。