●リプレイ本文
●過去――苦い思い
――今でも。
昨日の事のように夢に見る。
手と手を取り合っていたあの日。
無残にも引き裂かれ、二度と返ることがないと知っていても――――。
◇
「――帰ってくれ!」
そう怒鳴ると同時に、老人は冒険者達の目の前で思いきり扉を閉めてしまった。
きっかけはフェルニア・シェズ(ea0960)の一言だ。
「お爺さん、若い時に貴方と駆け落ち騒動をし、家の所為で引き離されてしまった女性を覚えていますか?」
そう聞いた途端、相手は家の中へ引っ込んでしまったのだ。
困惑するファルニアに、フォルセ・クレイブ(ea0956)が助け船を出して説得を試みようとするが、それっきり出てこない。扉は固く閉ざされたままだ。
しばらく冒険者達が声をかけてみるがなしのつぶて。
その様子を一歩下がったところで眺めていた龍深冬十郎(ea2261)。最初は傍観しているだけだったが、男があまりにも頑なな態度を取る故に段々とイライラが募る。
そして。
冒頭の男の言葉に、さすがに堪忍袋の尾が切れた。
ダン、と強く扉を叩くと、冬十郎は憤りのままに叫んだ。
「いい加減にしろ! 一度でも惚れて駆け落ちするくらい想った相手が、死に目にお前さんに会いたいって言ってんだ。男ならウダウダ言わねぇで答えてやれやっ!」
一喝し、もう一度強く叩く。
暫しの静寂――扉の向こうの反応はない。
冒険者達が固唾を飲んで見守る中、やがて緩やかにその扉が開かれ‥‥。
「‥‥今更、なんだと言うんだ。あの日の事はもう過去の事なんだ」
幾分疲れた様子で男が呟いた。白くなった髪や皮膚に刻まれた皺が、どこか男の苦労を窺わせる。
強引に別れさせ、一人寂れた村へと辿り着いた男の心情はどのようなものだったのだろうか。
それでも。
「あなたを想ってご婦人は生涯一人でした」
一歩前へ進んだのはユーリアス・ウィルド(ea4287)。男の気持ちも、老婦人の気持ちも、きっと一緒だと考えるから。
隣にいたシーナ・ガイラルディア(ea7725)が差し出したのは、古ぼけた銀細工の指輪。ハッと目を瞠る男に、シーナが言葉を続ける。
「彼女が生涯大切にしていた品を一つ、お借りしてきました。見覚えありませんか?」
「それは‥‥俺が最初に作った指輪‥‥」
「この想い、分からないとは言わせません」
真摯にまっすぐユーリアスが男を見つめる。
「‥‥あなたがかつて愛した人の最期の願いです‥‥どうか、一緒に来て下さい」
震える手で指輪を受け取る。かつては銀の輝きを放っただろうそれは、今ではすっかり摩耗し、輝きも失くしている。
が、それでもなお、大切にしていただろう事は傍目に見ても分かった。
「今でも彼女への思いがあるのなら、一緒に会いに行って下さいませんか」
もう一度。
冒険者達の中で年長――のように見える――ファーラ・コーウィン(ea5235)が、男を説得する言葉を告げた。
男は、指輪を強く握りしめる。
その指に同じ形をした指輪が鈍く光っているのを、冒険者達は見逃さなかった――。
●現在――逸る思い
「くっ、そっちに行ったぞ!」
前衛からの声に、フェルニアが素早くスリープを放った。それに呼応する形でフォルセが野犬に向かって矢を放った。
「やれやれ、結構な数だ」
「そうね、でも急がないといけないから」
「だな」
短い会話の合間にも、前衛の攻撃を潜り抜けた野犬達を次々と打破していく。
「出来るだけ迅速かつ安全にお爺さんを老婦人の家まで送り届けるんだ!」
男の傍を決して離れる事なく、ユニ・マリンブルー(ea0277)が弓を構えた。放たれた矢が一直線に野犬を撃つ。
その間、フランシスカ・エリフィア(ea8366)の持つ盾が野犬の牙を食い止める。と、同時に右に持つ剣が横に薙ぎ払った。
そんな戦闘を目の当たりにして、男はさすがに震えていた。
一般人には少々キツイ場面かもしれない。
その様子をチラリと横目で見ながら、彼女は今回の依頼のことを回想していた。
(「身分違いの恋の為に駆け落ち騒動までした‥‥か。今の私にはよくわからんな」)
恋愛に疎い、というより苦手なフランシスカらしい。
そうこうする合間も、一行は確実に険しい山道を進んでいった。
‥‥後一日で街にたどり着くという所で、冒険者達は野営する事にした。さすがにここまでの強行軍で、老人の体力が限界に来ていたからだ。
見張り番には前衛班と護衛班が交互につく事にした。
「もうすぐですね」
「‥‥ああ」
「もしよければ、お二人の事話していただけませんか?」
シーナが語りかけると、ポツリポツリとだが少しずつ語りだした。
初めての出会い。想いを重ね合った日々。
許されぬ恋故の逃亡。束の間の幸せ。
そして――別離。
「‥‥何度会いに行っても、結局は門前払いだった。そのうち、街にもいられなくなり‥‥」
今の村で、得意の細工を使って細々と設計を立てていた、と老人は語る。
「――過ぎた時は戻りませんが、冬に咲く花のように還る事は叶います。人は皆、生涯の中で、その心身に潜む蕾を咲かせる時があるのでしょう」
慰めるように紡ぐシーナの言葉を、彼はただ静かに聞いていた。
「食事の用意、出来ましたよ」
ユーリアスが作った料理を片手に呼んできたので、一旦食事と相成った。
その後は交代による番を立てる事で、その日の夜は更けていった。
●未来――重なる思い
‥‥ふと、目を開ける。
ああ、まただ。
彼女は落胆とともに溜息を零した。
繰り返し見る夢は、いつもいつもあの人の後ろ姿で終わってしまう。今日こそは、と思っていてもいつも裏切られ――――。
◇
「‥‥え?」
だが、今日はいつもと違っていた。
人影が彼女の視界に映る。
「お婆さん、連れてきたよ!」
届いたのは、ユニの元気のいい声。彼女が促した人影がゆっくりと近付き、自分の手を握る。
「――サラ」
「あ、なた‥‥」
名を呼ばれ、昔年の思いが甦る。
尽きかけた命の筈が、あの頃のように胸が早鐘を打つ。
「待たせたな」
「お待たせ」
フォルセとファルニアが声をかける。ようやく会えた二人を前に、彼らもまた嬉しくあった。
「‥‥暫く二人きりにさせて上げましょう」
ファーラの言葉に冒険者達は頷き、そのまま部屋を退出していった。
残された二人は‥‥。
◇
「ったく、大丈夫かねぇ。あの世に慌てて行くこたねぇのによ」
冬十郎は、婚礼の衣装に身を包んだ老人と老婦人の後ろ姿を眺めながら、ぼそりと呟いた。
「好きな人と引き裂かれて‥‥でもようやくその想いが叶えられるのです。だから」
そう口にしたユーリアスは、自らに顧みて気持ちを共感させる。
両親の死別がなお一層に。
ふと恋人の事を想いだして、つい赤面する。自分もいつか彼と‥‥そんな事を空想してみて、思わず笑みを浮かべた。
「綺麗、ですね」
賞賛するシーナに、老婦人は蒼かった顔を僅かに朱色に染める。その様はさながら十代の少女のようで、見ているこちらもどこか恥ずかしさを覚えた。
(「廻る想い‥‥人の生きる道は円舞――まるでワルツのようですね」)
「お二人が手を取り合う姿に、美しく咲く花のワルツを感じますよ」
「さて、始めますか」
ファーラに促され、二人は神の前へと足を運んだ。二人に参列するのは冒険者達。
提案はファーラからだった。
体力的に無理だと思っていたが、男と再会してからの老婦人はそれこそ病が治ったかのように元気になったので、想いを遂げる為と結婚式の真似事を催したのだ。
神父役には、クレリックがいない為、同じ神に仕える者として神聖騎士のシーナがする事にした。
「――妻とし、生涯変わらぬ愛を捧げる事を誓いますか?」
「はい」
宣誓に、男が頷く。
年老いたとはいえ、はっきりとした力強い声で。
「――夫とし、生涯変わらぬ愛を捧げる事を誓いますか?」
「‥‥はい」
老婦人のか細い、だけどしっかりした言葉が静寂とした教会の中に響く。そこに至るまでの万感の思いが、その言葉に込められているのだろう。
溜息をつくフランシスカ。
その感情を‥‥いつか理解出来る日が自分にも来るのだろうか。そんな事を考えながら。
「それでは指輪の交換を」
差し出されたのは、互いにあの古ぼけた銀細工の指輪。
節ばった指に静かに嵌める。と、瞬間、ポツリと一滴の涙が彼女の瞳から指輪に落ちた。
ハッと見守る一同。
「‥‥最後に誓いの接吻を」
シーナの言葉に二人の影がゆっくりと近付き――寸前。
老婦人の体ががくりと崩れ落ちた。咄嗟に差し出した男の腕に倒れ込む。
「お婆さん!」
慌てて駆け寄ってきた冒険者達。ファーラがとっさに脈を取ろうとしたのを、彼女はすぐに止めさせる。
そうして。
「私‥‥しあわせ、よ‥‥」
彼女が浮かべたのは、今までに見たことのない極上の笑顔で。
「だから‥‥」
最期の願いを。
僅かに動いた唇からその意図を察し、男は涙に濡れた唇を、彼女のそれと重ねた――――。
その後。
「お婆さん、幸せだったんだよね。殆ど一生かけて探した一番好きな人に最後の最後で会えたんだもん」
村まで送った男を見送る中。
ぽつりと呟いたユニの言葉に、そうであればいいと冒険者達は思うのだった。