STRANGER――極彩色のマリア
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■ショートシナリオ
担当:葉月十一
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 62 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月30日〜12月07日
リプレイ公開日:2004年12月10日
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●オープニング
――学園都市ケンブリッジ
幾つもの学び舎が建てられ、様々な人々が勉学に勤しむ町である。
この巨大な学園都市はハーフエルフを受け入れる事を宣言した。
――ハーフエルフ
少なくともイギリスの民は、彼等が迫害の対象とされている事を知っている。
ジ・アースでは、混血種を禁忌に触れた存在として忌み嫌う傾向があり、狂化という身体的特徴が神の摂理に反した呪いといわれているからだ。
では、ケンブリッジに何故ハーフエルフが暮らしているのか?
「学問を受ける者に例外はないのです!」
――生徒諸君よ、平等であれ!
学園理事会の言葉であった。ケンブリッジは寛大な町として、評価される事となる。
しかし、学校とは閉鎖された小社会だといわれるものだ。
光の当たらない場所で、ハーフエルフ達は苦汁を舐めているかもしれない――――
●銀火
「あっ‥‥」
強く背中を押され、よろめいた少女はそのまま地面へとしゃがみ込んだ。
思わず付いた膝から僅かに血が滲み出す。顔を歪ませて泣きそうになるのを、歯を食いしばって懸命に耐えようとした。
じんじんと痛み出す膝だが、今はそれ以上に心が痛い。
「‥‥どうして」
悲しげに呟いた少女の声も、彼女を取り囲む男達には届いてもいない。むしろ、より面白がる材料になってしまうだろう。
「ここはお前ら、ハーフエルフの来る所じゃないんだよ!」
「さっさと出て行けっ」
パン、と叩かれた頬。
ドサッと倒れた拍子に長く伸ばした亜麻色の髪が揺れ、そこから覗くのは――僅かに尖った耳。慌てて隠そうと手を伸ばしても、男達の罵倒がよりいっそう強くなる。
「ったく、目障りなんだ」
「なんでここにいるんだよ」
ますますエスカレートする虐待。
言葉で。腕力で。
少女の、身も心も苛んでいく。
生まれ落ちてから二十年近く。人の倍の寿命を持つハーフエルフだが、見た目上は十歳の少女。蔑まれる事に慣れたとはいえ、与えられた傷が癒えるということはなく。
(「‥‥どうして‥‥どうして、私ばかり‥‥」)
空色の瞳が涙で歪む。
いっそこのまま――全てを諦めてしまえば、この苦しみから解放されるのだろうか。そんな考えが頭を過ぎったその直後。
「ぐわっ!」
「うわああ」
「て、てめえ何しやがっ‥‥ぐぅ」
突然の男達の声。
次いで、何かを叩く音。
――やがて静かになり、少女はおそるおそる頭を上げた。そして、そこで見たのは‥‥。
「あ、あの‥‥」
「‥‥」
奇しくも空には満月。
月光を背に、目を奪われたのは風になびく銀の髪。じっとこちらに向ける顔には、一切の表情はなく。
そして、覗く耳は自分と同じく人にはあり得ない長さで。
「あ、ありが‥‥」
「嘆くだけでは何も変わらないわ‥‥」
「え」
見つめる瞳が緋色のそれから琥珀へと変わる。
そして彼女は、それっきり何も告げずにその場を去っていった。残された少女は、ただじっと彼女が立ち去った方を見つめていた。
強烈に焼き付いた女性の姿を、心の内で反芻しながら。
以来、少女はその女性を捜し続けたが、結局見つからず。
ただ噂だけは聞こえてきて。
いつも一人で居るハーフエルフの女性。ちょっかいをかけてくる相手を問答無用で叩きのめす程の実力者。だからこそよけいに怖がられているという事を。
それでも。
「――もう一度、お会いしたい‥‥」
その想いだけを胸に秘め、
少女はケンブリッジギルドの扉を叩いた――。
●リプレイ本文
もう一度、会いたい。
私を助けてくれたあの人に――――。
●葛藤
学校というものは、狭いようでいてなかなか広いものだ。特にたった一人の目当ての人物を探すのは、なかなかに大変だった。
‥‥視界の先にようやく彼女を見つけ、御山映二(ea6565)は小さく呟いてみる。
「彼女がマリアですか」
校舎から少し外れた森付近。一人黙々と鍛錬する少女の姿。模擬刀を振るうそれは、周囲に誰も寄せ付けぬ雰囲気すらある。
思わず零れたのは、仮面のような微笑。
心の壊れた彼にとって、彼女の醸す雰囲気はよく知っている。誰も信じられなくなっていた自分とよく似ていたから。
「‥‥誰?」
「やあ、初めまして。同じFOR騎士訓練校の御山だよ」
足音に気付いたマリアがこちらに顔を向けた。少女が目を奪われたという銀髪が優雅になびく。
が、名乗ったものの、チラッと一瞥しただけで彼女は再び鍛錬を続ける。背を向ける事に構わず、映二はそのまま言葉を続けた。
「――キミがいつか助けた少女が、キミに会いたがってるよ。その子と会ってくれないかな。折角、貴女に会いたいと行動を起こしたのだから」
ピクリ、と。
彼女の動きが止まった。
俯いて歩く少女の姿を見つけ、ラス・カラード(ea1434)は思い切って声をかけた。
「こんにちは」
ビクリと肩を震わせ、おそるおそる振り向く少女。
「‥‥あ、あの」
「僕はラス・カラード。今回の依頼を受けた者です」
「あ‥‥」
出来るだけ柔らかく声をかけたつもりだったが、傷つき続けた少女の心はすっかり怯えているようだ。
(「ハーフエルフであろうと同じケンブリッジの学び仲間です。蔑みを受けていいはずがないのですが‥‥」)
「そんなにうつむいてないで、ちゃんと顔を見て話しましょう。それではせっかくの可愛らしい顔が見えませんよ、マリアさん」
「え?」
この時、ラスは自らの失言に気付いていなかった。
少女は悲しげな表情で顔を上げ、そしてまた俯いた。
「あ、あの‥‥私、マリアって名前じゃありません‥‥っ!」
「え!?」
驚くラスに、少女は涙を浮かべたまま、その場を立ち去っていった。
茫然と残されたラスは、思わぬ失敗に頭を掻く。
「‥‥マズイですね‥‥」
落胆の溜息をついた。慌てて後を追おうとしたのだが、ふと少女の行く手に視線を移し――追うのを止めた。
「仕方ないですね。後は彼女にお任せしましょう」
呟いて、そのまま踵を返した。
ドン、と誰かにぶつかった拍子に少女が倒れる。過去の記憶からか、思わず身を固くする少女を前に、アルメリア・バルディア(ea1757)は何故か悲しくなった。
(「――生まれ出る命は平等の筈なのに」)
すっと腕を伸ばし、少女を優しく抱きとめてやる。
「‥‥ぇ」
「ごめんなさい」
突然の謝罪の言葉。
驚く少女の背中をそっと撫でる。まるで痛みを和らげるかのように。
「貴女は何も悪くないですよ。だから怖がらないで。ただ彼らは幼いだけなのだから」
人は同じ神の御許で平等に生まれて来たのだから。
そう口にするのは簡単だろう。だが、その意味を真に理解するには、まだまだ偏見が多すぎる。言葉だけではきっと彼女には届かないだろう。
「あ、あの」
「貴女が探す女性のマリアさん‥‥一緒に探しますか? それとも‥‥」
言いかけて、言葉を濁す。
そっと少女の反応を窺い見ると、意味を理解したのか小さく俯いて小刻みに震えている。アルメリアは辛抱強く彼女の言葉を待った。
心の中で恐怖と葛藤する少女が、ようやく顔を上げたのは時間にして十分経ったぐらいか。
そして。
「‥‥わ、私も‥‥」
か細く、小さな声だったが、確固たる意志をアルメリアは感じた。
●準備
寮の一室で、ノイズ・ベスパティー(ea6401)はせっせと準備をしていた。壁の飾り付けや簡単な料理など、慣れてるとはいえないが、懸命にこしらえていく。
「どのくらいの人が集まってくれるかは分からないけど、ハーフエルフに好意的な人達だってたくさんいるってコト‥‥知って欲しいよね」
そこには幾分、希望的楽観も含まれていた。
準備をする前、ノイズは学内にいるハーフエルフの人達に招待状を配っていたのだが、反応としてはイマイチだったからだ。
それに彼らに好意的な人達を選ぶ段になっても、なかなか選別が難しかった。下手な人間を招待して、集まってくれたハーフエルフ達の傷をますます深めてしまうからだ。
「ホント、難しいよね‥‥」
迫害や差別。
それはいつの時代でも、変わらないモノだ。
「かくいう僕だってシフールってだけで、虐められたコトがあるからね」
ブツブツと呟くノイズは、その小さな手でなんとか料理の方を作っていく。さすがに人並みの料理を作るのは苦労だったが、どうにかして調理していると‥‥。
「準備、手伝いましょう」
そう言って入ってきたラスは、ノイズが重そうに持とうとしていた鍋を軽々と持ち上げた。
「ありがとう。じゃあ、そっちに運んでよ」
「了解」
料理を運ぶラスの後ろで、ノイズの鼻歌が聞こえてきた。
「ハーフエルフのみんな、楽しんでくれるといいなあ」
「そうですね」
苦笑気味に答えるラス。ジーザス教に仕える神聖騎士の身である彼にとって、ハーフエルフを受け入れる事は容易ではない。
けれど、友達から始めて互いに理解をし合える事が出来れば‥‥。
「マリアさんと依頼人の少女とも仲良くなりたいですね」
今度は名前を間違えないようにしないと、そう心に誓うラスであった。
最後の飾り付けを終えれば、すでに歓迎会の時間は迫っている。
「何人の人が来てくれるかなぁ」
ポツリと呟くノイズ。
一抹の不安を覗かせながら、彼らは待った。
●不穏
ガサリ、と足音がして振り向くと、そこには同じ騎士訓練校の制服を着た少年達がいた。
「見つけたぞ!」
「この前はよくもやりやがったな」
騎士の卵にしては、いささか口が悪い。しかも明らかに敵意を放っている。
嫌悪に顔を歪める映二を無視して、マリアが彼らの前に立つ。その瞳は冷え切っていて、どこまでも拒絶の意志を見せる。
「‥‥またやられに来たのか?」
「てめえ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
一色触発の雰囲気の中を、映二が強引に割って入る。
「何故キミ達は、ハーフエルフを虐めるのかな?」
ジャパン出身である映二にとって、そもそもエルフ自体を見たことがなかった。だからハーフエルフが異端と聞かされてもピンとこなかったのだ。
あまりにもあっけらかんとした彼の言い分に、意気込んでいた少年達も些か毒気が抜ける。とはいえ、ここまで来た彼らにも意地がある。
「決まってるだろ。こいつらはいつ暴れ出すか‥‥」
「そんなの、癇癪とどこが違うんですか?」
暗に狂化の事を言っているのだろうが、映二にしてもそんなのは些細なことだと認識している。神を信じない彼の、自分を徹底的に蔑む思考故の結論だった。
「これ以上妙な言いがかりを付けるようなら、僕が相手するよ」
ニッコリと笑む、その迫力に押されて少年達は不承不承逃げ帰っていった。
「ああ、やっぱりここでしたね」
少年達が立ち去った後、突然聞こえた声に振り向く二人。
そこには、エルフの女性に伴われたハーフエルフの少女がいた。
「アルメリアさん」
映二が声をかけると、アルメリアはうっすら微笑み返してから、視線をマリアへと移す。
「マリアさん、貴女に会いたがっていた少女を連れてきました」
さあ、と少女の背を押す。カチカチに体を固くした少女が、促されて一歩前へ出る。
映二とアルメリアは、互いに視線をかわして後、すうっとそばを離れた。ここは二人きりにしておいた方がいいと判断したからだ。
「うまくいくといいのですが‥‥」
「大丈夫だよ、きっと」
嘆くことを止めた少女。彼女がマリアの心を少しでも解きほぐす事が出来れば。
「お互いが支え合って現実に立ち向かってくれれば」
ポツリと呟いたアルメリアの言葉が、そよぐ風にとけて消えた――。
●歓迎
――結局、歓迎の為に準備した会場にやってきたのは、マリアと少女だけだった。他のハーフエルフ達は元より、他の生徒達も集まる事はなかった。
それは、ケンブリッジといえども、差別と偏見の根が深い事を物語る。
「はあ〜折角の料理が‥‥」
深々と溜息をつくノイズを、ラスが苦笑しつつ慰めた。
「仕方がありません。なにしろ『ハーフエルフは神の摂理に反した種族』という考えが一般的ですから」
「なんだよそれ。そりゃあ、確かにそれが現実だけどさ、だからこそ僕らの手でなんとか変えていけたらって」
「そうです。だからといって迫害を受ける必要はどこにもない、むしろ彼らこそ被害者だと思いますよ」
狂化――人ではない、人以上の力を振るうハーフエルフ独特の体質。
それがある限り、おいそれと認められる事はないだろう。
「それでも僕はマリアさんとも彼女ともお友達になりたいですよね」
理解すること。
それこそが虐めをなくす最大の方法だと思うから。
「勿論僕だって!」
ラスの言葉にノイズもまた頷くのであった。
――私、マリアさんのおかげで‥‥。
――私は何もしてない。
――あの、その‥‥お友達になっても、いいですか?
――‥‥別に。
部屋の片隅で、少し顔を赤らめる少女。
対する彼女の返事はどこまでもぶっきらぼうで‥‥だが、少しだけ気を許しているのが見て取れる雰囲気だ。
「なんとかうまくいきそうだね」
「これで少しでも偏見が消えてくれればいいのですが」
映二とアルメリア、二人に見守られる中で、彼女達はほんの少しだけ心を通わせた‥‥気がする――――。