●リプレイ本文
●街道を行く
南方にあるという湿地帯。
そこまでの街道を冒険者達一行は進んでいた。何度かの野営を繰り返して。
日が落ちてからの休息は、護衛対象である依頼人のエルリック・ルーンを中心にし、冒険者は円陣を組む形で眠りを取った。火を絶やさぬ為に常に一人は見張りに立つことを、カルヴァン・マーベリック(ea8600)の提案で行うこととした。
「湿気が多い所は苦手だな‥‥」
ポツリと呟くゼタル・マグスレード(ea1798)。大事な本の事を思って、軽く溜息をついたのだが。
「本なんかより、今は食料ですよ。はい、今日の分です。後できちんと払ってもらいますから」
そんな彼に、カルヴァンは余分に持ってきていた保存食を渡す。しっかりと金を取っているところは、かなりがめつい印象を与えるが、彼の言い分はこうだ。
「慈善事業で冒険に出ているわけではありませんから。パーティを組んでいる以上、見捨てはしませんが」
ちなみに、ギルドに集まった時にも、解毒や体力の回復に使用するアイテム代金をしっかり回収させて貰うと宣言していた。
ついでに言うと、その辺の費用関係を依頼者に確認したところ、
「はぁ? なんだって俺がんなもん、用意しなきゃなんねえんだ? こっちはわざわざ報酬まで出してやってんだ。それぐらいの準備はそっちがするってのが道理だろうが?」
けんもほろろに、思いっきり口汚く怒鳴られてしまった。
「思ったより、こっちはそんなに寒くないデスぅ」
しっかりと着込んでいた防寒着の前を開けながら、エンデール・ハディハディ(eb0207)がぽつりと洩らす。確かに冬のこの時期にしては、イギリスの南方は彼女が予想していたよりも温暖だ。これは、西より吹き付ける偏西風によるおかげで、体感的に暖かさを感じるようだ。
そうは言っても南方――エジプト出身のエンデールにとっては、さすがに防寒具を脱ぐまでには至らない。仕方なく彼女は、自身のペットである馬に武器などの荷物を乗せていた。
「それにしても、この寒〜い時期にカエルさんが起きてるデスか?」
ギルドでの相談の事を思い出し、彼女は隣を歩くカルヴァンに聞いてみた。
が、向こうの返答はあっさりしたもの。
「さあ、どうでしょう。状況からの可能性として、私はカエルを予想しただけですから」
「むぅ〜?」
どこかそっけない態度に、エンデールはうーんと頭を悩ませた。
「どちらにせよ、我が祖国エジプトでは見たことのないモンスターね。遭遇したら是非日記に書き留めておかなくては」
同じエジプト出身者のシャーリー・チャダロ(ea9910)は、どこか期待に目を輝かせている。なにしろ、ここイギリスは故国エジプトと違い、見るモノ聞くモノが真新しいのだ。彼女の興味は尽きることを知らなかった。
‥‥例え、それがグロテスクなモンスターの死骸であろうとも。
そして、そんなモンスターに興味を持つ者がもう一人。
「はあ? なに言ってんだ?」
「だからさぁ、その死骸って持って帰っちゃダメかなぁ。俺のクソ師匠がな、色々調べたいっつってんだよ」
「んなの、調べてどうすんだよ」
「そいつは俺にもわかんねぇな」
依頼人とやり合っているのは、フランクより来たロート・クロニクル(ea9519)だ。
「でさ、ついでにその珍しい花ってヤツもすっげぇ欲しいんだけど――」
「ダメだ!」
無遠慮な物言いに、こちらもキッパリとはっきり断るエル。
「えぇぇ! なんでだよ!」
「あのなぁ、お前らは何のためにここにいるんだ?」
「へ? そ、そりゃあ護衛の依頼で」
「だったら、大人しく俺の護衛をしとけばいいんだよ!」
「い、いでぇ! いてててっ!?」
パラである依頼人と人間のロートでは、その身長差は大人と子供ぐらいある。にも関わらず、口より先に出た彼の手が、問答無用でロートの耳を思いっきり引っ張っていた。
その様子をレオン・クライブ(ea9513)は最後尾で眺めながら、軽く溜息をついた。やれやれと言った表情をするが、それが周囲に気付かれる事はない。常にローブのフードを目深に被り、目元まで覆い隠しているからだ――ハーフエルフであるが故に。
勿論、その合間も常に周囲には注意を払っている。街道に何か出るとは聞いていないが、念のためだ。
(「湿地帯にいて毒を持つ生物と言えば、それだけで幾つか思い浮かぶが‥‥」)
独白するように思考していたレオンが、思わず足を止めた為に仲間から遅れたことに気付いたのは、半刻の後である。
「‥‥あ、あれ?」
●湿地帯での戦い
「‥‥どうだ?」
「数はおよそ六体ほど確認出来るな。後は‥‥範囲外、というところだな」
湿地に踏み込む前、ゼタルのブレスセンサーが小さきモノ達の棲息を確認する。元来、術者を中心とした範囲を探知するものだ。前を目指す以上、半径部分での検知しか今は行えなかった。
「花はどこにあるんだ?」
「ちょうど湿地帯の奥だな。ちょうど岩陰にひっそりと冬に咲く花ってんで、結構珍しがられてるヤツだ」
つまり、この湿地を突き抜けなければならないという訳だ。
「とりあえず私が盾になりますから、皆は後を付いて来て下さい。後はエンデールさんの連絡待ちですね」
そうして。
彼らが一歩踏み出そうとした矢先。キラリと光るものが視界の向こうに見えた。
「あれは‥‥」
誰かが呟く。
その時、ロートは後ろに付いてきていたレオンの姿がないことに気付いた。
「まさかっ」
咄嗟に飛び出すロート。後を追うように他の者達も走る。直後、耳に聞こえてきた耳障りな鳴き声。
「来たよ!」
軽く舌打ちするゼタル。
そして――。
湿った風がゆっくりとフードを揺らす。僅かに覗いた双眸は、碧色にうっすらと煌めく。
レオンが今立っている場所は、他の冒険者達よりやや側面の位置。ちょうど十字に交差するようなその場所で、彼は静かに待ち構えていた。
「俺が使えるのは、敵も味方もお構いなしの魔法のみだ。‥‥巻き込まれるなよ」
どこか淡々と、感情を表面に出さない呟き。
彼は、視界に僅かな光の点――おそらくエンデールのライトだろう――を認めたと同時に詠唱を始めていた。
「暗闇に迷える光よ、疾く集いて我が敵を討て!」
その瞬間、瞳と同じ淡い輝きに彼の体が包まれ――大地に稲妻が走った。
頬のすぐ横を光が駆け抜ける。すれすれを飛行するシフールは、急ぎ上空へと舞い上がった。
「あ、あっぶなかったデスぅ。もうちょっと遅かったら、まずかったデスねぇ」
エンデールは切れ切れになる息を整えながら、なんとか逃れた安堵に大きく胸を撫で下ろした。
ライトの光でギリギリまで敵――事前の予想通り、毒を持つ蛙のポイズン・トードだった――の位置を報せていた彼女だったが、光球を落とすのがあと少し遅ければ、さっきの稲妻に巻き込まれていただろう。
「あ、いけない。みんなの戦いが始まったデスぅ。エンデも頑張って戦うデスよ」
手にしたダーツをギュッと握りしめ、彼女は一直線に仲間の元へと飛んだ。
風の刃が宙を舞い、ポイズン・トードの体を切り裂く。ほぼ同時に飛んできた毒液を、ゼタルは寸での所でかわした。
「‥‥ッ、まったく肉体労働専門じゃない僕にこんなことを‥‥後で干物にしてやるっ」
「OH、わたくしの祖国エジプトでは、こんなにジメジメしたことなんてなかったですネ。じめじめですね、ジメジメ」
何度もジメジメと繰り返すシャーリーは、カルヴァンから受け取ったアイスチャクラを手に、何度もカエルに向かって投げつけた。ちょっと青ざめた顔は、体験したことのない湿気に不快感を覚えているからだ。
「‥‥エルさんはこちらに」
毒の射撃をかわしながら、更にその背後でエルを庇うカルヴァン。
「他の皆さんも、毒をくらいましたら言ってくださいね。キチンと回復してあげますから」
勿論、その後でしっかりとアイテム分の代金をいただくことをきっちり釘を刺して。
そんなもんだから、他の仲間はそれこそ必死になって敵の攻撃を避けていた。特にロート自身、解毒薬を買った時の高額さを思い知っている。
「できれば使いたくねぇんだよ!」
高速詠唱による時間の短縮。そして迸る雷の波動。薙ぎ払われたモンスターは、まさに雷に打たれたかの如く黒こげとなって退治されていった。
そうしてあらかた片付け終わったかのように見えた、その時。
「なあ‥‥あれ、なんだ?」
依頼人のエルが指差した先。最初、岩かと思えたそれは、のそりとゆっくり動き出したではないか。
「げっ! ありゃあ‥‥」
「ジャイアントトード!?」
ロートとゼタルの二人が叫ぶ。思わず後ずさりする彼ら。無理もない。何しろジャイアントトードの体長はおよそ1.5m。人間の子供ぐらいの大きさだ。そんな巨体のカエルが二匹‥‥あまり気持ちのいいものではない。
「す、スゴイですネ。興味深いです!」
最初に攻撃を仕掛けたのはシャーリーだ。見たこともない存在に対して、彼女はさほど恐怖を抱かないようだ。
勿論、女性ばかりに攻撃を任せておけない、とばかりにゼタルやロート、そして横からくるレオンの攻撃も織り交ぜながら応戦をした。
「ったく、このデカブツがぁ!」
ロートが放つライトニングサンダーボルトがその身に直撃する。
が、倒れた体の脇からもう一匹の敵が、そのまま長い舌をロートに向かって伸ばした。なんとかかわしたものの、思わずバランスを崩してしまい次の攻撃へ移れない。
「みんなっ、大丈夫デスかぁ!」
慌てて飛んできたのは、上空へ避難していたエンデール。
が、彼女はジャイアントトードのあまりの大きさにピタリと止まる。無理もない。シフール程度の大きさなら、彼らの長い舌で容易く飲み込んでしまうことがあるからだ。
「危ないッ!」
そんな彼女に向かって伸びてきた舌を、カルヴァンが庇うと同時にその背に衝撃を受ける。
「グッ!?」
「カルヴァンさん!」
エンデールの叫びが虚しく響く。
すぐさまシャーリーがスリングを取り出してジャイアントトードに向かって射撃する。そのままゼタルの放ったウインドスラッシュがトドメを刺した。
「‥‥どうやら終わったようだな」
遠目で見ていたレオンは、動かなくなった巨体に戦いが終わったことを知る。そのまま仲間達と合流しようとし、ふと立ち止まった。
風にはためくフード。戦闘の際にどうやら取れてしまったそれを、もう一度被ろうと手を伸ばす。
そして、一旦耳にかかったところで手を止め‥‥再び同じように深々と被るのだった。
「へえ、そいつが冬でも咲くっつう花か。なあ、やっぱちょっとぐら」
「駄目だ」
ロートの懇願にきっぱり断るエル。ゼタルも花が気になるのか、ちらちらと視線で手元を覗き込んでいる。
が、すぐに彼は採取した花を丁寧に袋の中に入れた。
「ま、今回は護衛の方、ありがとな。ちと一人ほど怪我が‥‥」
「カルヴァンさんの怪我は、命に別状はありませんでした。時間が経過すれば回復する筈です」
シャーリーの言葉に、それじゃあ帰ろうかと皆が腰を上げたところへ、エンデールがふと洩らす。
「あ、あたしが飛んでそのお花を取ってくればよかったデスか?」
「‥‥え?」
その言葉に、暫し全員が固まるのであった。