祈り

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月08日〜02月14日

リプレイ公開日:2005年02月16日

●オープニング

 ――少年は祈る。
 病に倒れた母の為に。早く良くなってくれますように、と。
 そこは古びた教会。寂れたその建物はかつての荘厳さもなく、人もいなくて閑散としている。その中で少年は静かに祈り続ける。
「お母ちゃんを助けてくれよ」
 声が静寂の中に響く。どれだけそうしていただろうか。
 カチャリ。
 金属が重なり合ったような音が背後で鳴った。
 気配を感じ、誰か来たのかと少年が振り返り――。


 ――少女は祈る。
 出稼ぎに行った恋人の為に。早く帰ってくれますように、と。
 そこは建築直後の教会。荘厳な雰囲気を漂わすそこは、どこか張り詰めた空気がある。その中で少女は静かに祈り続ける。
「あの人がどうか無事に‥‥」
 か細い声が微かに震える。どれだけそうしていただろうか。
 カツン。
 石畳の床を踏みしめる足音が背後で鳴った。
 気配を感じ、あの人が帰ってきたのかと少女が嬉しそうに振り返り――。


 ――男は祈る。
 戦で死に至らしめた者達の為に。その冥福を浄化するように、と。
 そこは色褪せた教会。昼間は人もまばらに訪れるその場所は、夜ともなれば一層寒々しい。その中で男は静かに祈り続ける。
「血塗られたこの手はいつか赦されるのだろうか」
 苦悩する声が無情にこだまする。どれだけそうしていただろうか。
 ゴトリ。
 まるで骨と骨がぶつかったような音が背後で鳴った。
 殺気を感じ、男は振り向きざま腰にあった剣をぬこうとして、置いてきた事を思い出し――。


 そして。

 バタンとギルドの扉が勢いよく開く。
「た、頼む! 誰か、俺の姉ちゃんを捜してくれよ!?」
 入ってきたのは、十代後半と思しき若者。かなり急いできたらしく、床にへたり込んで息を切らしている。
「どうした? 何があった?」
 受付に座る男が若者を立たせてやると、彼は一気に喋り始めた。
「姉ちゃんが三日前から行方不明になっちまったんだ。もうじき結婚式を迎えるってのに‥‥」
「村の周辺は探したのか?」
「ああ。旦那になるのが村一番の金持ちでさ。そいつの号令で村中はいっせいに探したんだけど、全然見つからなくてさ。結局ソイツ、三日たったら姉ちゃんの事諦めろって」
 口振りから察するに、若者はその夫となる男を毛嫌いしてるのだろう。
 聞けば、両親もすでに亡く、姉弟二人きりでこれまで過ごしてきたという話だ。大事な姉を、そんなヤツの所へ本当は行かせたくなかったかもしれない。
「それで? 他になにか情報はなかったのか?」
「ううん、誰も姉ちゃんの姿は見てないって‥‥あ、でも一つだけ村の連中が探さなかった場所が」
「どこだ?」
「村の‥‥かなり外れにあるぼろっちい教会。あそこ、昔から神隠しが出るって誰も入りたがらないんだ。でも、まさか‥‥」
 青ざめる若者を宥めるように、ギルドの男はポンポンと頭を撫でてやる。
「心配すんな。きっちり探し出してやるさ」

●今回の参加者

 ea1252 ガッポ・リカセーグ(49歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1922 シーリウス・フローライン(32歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3800 ユーネル・ランクレイド(48歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea7725 シーナ・ガイラルディア(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9436 山岡 忠信(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0444 フィリア・ランドヴェール(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb1031 李 香桃(40歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●調査
「神隠し‥‥か」。
 思案げな顔でぽつり呟いたガッポ・リカセーグ(ea1252)。
 普通、行方不明者を探すのに場所を制限する必要はない。それも結婚を控えた当人なら尚更だ。
「何か隠し事があるな‥‥」
 そう思ったからこそ、ガッポは女性の捜索ではなく宝を求める冒険者としての顔で村人達への聞き込みを行っていた。
 通り過ぎる人を捕まえては、彼は人好きのする笑顔を浮かべる。が。
「‥‥そういえば、村外れに崩れそうな教会があったが、あそこは今も使っているのかい?」
 教会の事を聞いた途端、村人は一瞬で顔色を変えてしまい、そのまま「し、知りません」と言い捨てた後慌てて逃げて行った。
「またか」
 教会の名を出すだけで、誰もが青ざめて逃げていく。どうやら村中で触れてはならない禁忌があるようだ。それが何かを今は推し量れない、が。
「直接行くしかないようだな」
 スッと彼が見つめる先、その向こうにある教会に対してどこか嫌な予感を覚えながら。

 ユーネル・ランクレイド(ea3800)達が向かったのは、婚約者であるこの村の有力者の元。
「それがしは王都より来た神聖騎士のユーネル・ランクレイドと申す者。この地の有力者であるカルヴァン殿へ面会を取り次ぎ願いたい」
 普段のべらんめぇな口調からは想像出来ない程、畏まった物言いだ。
 門番へその旨を告げる彼の後ろで、シーナ・ガイラルディア(ea7725)とフィリア・ランドヴェール(eb0444)は当の婚約者の心情を思い図る。
「果たして会ってくれるでしょうか。婚約した女性がいなくなり、お辛いのはその方も同様かもしれませんし」
「そうですね。たった一人の身内である依頼人とおそらく気持ち的には同じでしょうから」
「それにしても、依頼主が毛嫌う訳はいったい」
 二人の会話に、ユーネルがシッと口元に指を当てる。
 従者を引き連れてやってきたのは、ひょろりと細長い優男。僅かな焦燥が見えているものの、特に切羽詰まった雰囲気はない。
「あの‥‥何故、三日間しか捜索しなかったのですか?」
 最初に口を開いたのはフィリア。その問いに彼は、静かにこう答えた。
「考えられる場所は全て当たった。これ以上個人的な事で、村人に負担や迷惑はかけられまい」
 あたかも正論のように聞こえるその言葉。
 が、その声の端々にどこか妙に引っ掛かる気がするのは、ユーネルの気のせいだろうか。
「では、何故教会の方を捜索されないので? もしやあなた様は一度、教会へ既に足を伸ばされて」
「――そんなことはない! あそこは基本的に立入禁止区域だ、柵も張ってあるし、誰も入れない筈だ!」
 シーナの言葉に、一瞬だけ男が顔色を変える。思わず激昂してしまったのを恥じるように、すぐに顔を伏せてくるりと背を向けた。
「と、とにかく。今日はもう帰ってくれ」
 それだけを言い捨てて、彼は従者を連れてそのまま家の方へ戻っていった。途端、バタンと音を立てて門が閉じられる。
 そこまでの経緯をじっと見ていたユーネル。まだまだ未熟とはいえ対人鑑識の能力は、一般人より秀でている。その観察眼が彼に警鐘を鳴らしているが、今はまだそれが何であるかを判断出来ずにもいた。
「しょうがねえ‥‥後は教会の方だな」
 一転、砕けた口調でボソリと呟いた。

「お姉さんの特徴などを教えて下さい」
 李香桃(eb1031)の問いに、依頼人である若者は焦る気持ちを抑えつつ姉の特徴を伝える。
「長い金髪が特徴だったんだ。すっげぇ綺麗な色でさ‥‥」
 そう言って、唇を噛み締める彼。
 それをどこか痛々しい視線で桃香は見つめた。
「そういえば、以前にもこの村で行方不明になった者がいるのですか?」
 隣から口を挟んできたピノ・ノワール(ea9244)。聞き込みから帰ってきたシーリウス・フローライン(ea1922)の情報より、これまでにも何人かが姿を消している事を知ったピノは、その事を依頼人にもぶつけてみた。
 が。
「い、いや‥‥俺はその辺よく知らねえんだ‥‥」
「俺が聞いてきたところだと、何年かに一度の出来事らしいがな。さすがに随分昔の出来事もあるから、誰が、とまでは調べられなかったが」
 最近では、村の子供の一人が姿を消したらしい。とは言っても、それも十年ぐらい前の話だが。
 更に桃香の問いが続く。
「では、あの教会はどうです? 最近、あの辺りに行ったことありますか?」
「いや‥‥だってあそこは、子供の頃から近付いちゃなんねえってみんなが‥‥そんなことより、早く姉ちゃんを!」
「落ち着け! どんな依頼でも、それにあたり情報とは実力、経験、勇気と並んで必要な物だ。お姉さんを連れ帰る為にも、必要な作業と分かって欲しい」
 焦る彼の気持ちも分からないではないが、シーリウスはそう言って説得する。実際、情報がなければ否が応にでも危険のレベルは上がるのだから。
 そして。
 覚悟を決めるのも、冒険者にすべき事。
「それに様々な事が考えられます。最悪なことも‥‥」
 真剣な面差しで対峙するピノ。
「もし、そんな場合でも、お姉さんの為にも、我々に対処を任せてもらえませんか?」
「‥‥‥‥」
 絶句する依頼人。
 その沈黙の重さを感じ、三人はやるせない気持ちで互いを見やった。

●教会
「遅かったでござるな。もうそろそろ日が落ちてしまうでござるよ」
「すまん、ちょっと依頼人の説得に時間がかかってな」
 一足先に教会へ到着していた山岡忠信(ea9436)の言葉に、シーリウスが軽く詫びる。
「で、どうだ?」
「周囲とか外観を色々調べてみたのだがな、どうやら最近誰かが入っていった足跡を見つけたでござる。足の大きさから女性と思われるから‥‥おそらく依頼人の姉君でござろうな」
 調べたことを告げる忠信の口調が、徐々に重くなる。つられるように沈痛な面持ちになるのを、他の冒険者達は暗黙の了解で受け止める。
 足跡はある。
 だが、人の気配はない。
 すなわち。
「じゃあ行くか」
 既に生きていないだろう彼女を捜しに、シーリウス達は右手の方へ向かう。その言葉を受けて、忠信もまた残った冒険者達と一緒に反対側の捜索へと向かった。

 カツン、と足音が静寂に響く。
「人攫い組織、ということはないだろうな」
 さっきから嫌な予感が拭えないガッポは、どうしてもそこから思考が離れられない。その言葉を受けて、忠信はゆっくりと首を振った。
「調べてはみたが、人の気配はしなかったでござるからな。やはりここは‥‥」
「静かに」
 ピタリと止まったピノが、デティクトライフフォースの呪文を唱える。
 が、やはり感知出来ない。元々生命力を感知する魔法だ。死んだ者達相手ではあまり役に立たなかった。
「気配がした気がしたのですが」
「ここは教会ですから。人々の想いに満ちていても不思議ではありません」
 ふと天井を見上げながら、シーナがポツリとそう呟いた時。
「――いたぞ!!」
 別の場所からの叫び。ハッと顔を見合わせた四人は、急ぎその声の方へ駆け出した。

 伸びてきた腕の小ささに、シーリウスは一瞬顔を顰める。子供が好きな彼にとって、その小さな体は痛ましい現実だった。
「こんな子までも犠牲に‥‥」
 礼拝堂まで移動した後、殿にいたシーリウスは、そのままズゥンビの少年と対峙する。せめて自分の手で安らかな眠りを与える為に。

「たあぁっ!!」
 背後から拳を繰り出した桃香。うまく死角になったと思いきや、スカルウォーリアーに軽々とかわされる。
「嘘ッ」
 その振り向きざまに横払いされる剣。ゾクリと背筋に悪寒が走る。
 その剣を辛うじて受けたのは、身体の位置を入れ替えたユーネルのシールドだった。
「無茶するな」
「あ、ありがと」
 その隙に、後ろに下がっていたフィリアがムーンアローを放った。
「当たって!」
 なんとかダメージを与える事は出来た。
 だが、まだまだ骸骨の戦士は自在に剣を振るう。
 ちょうどそこへ、二手に別れていたもう一方がやって来た。
「‥‥ズゥンビ、ですか‥‥安らかな眠りを」
 ざんばらになった長い黒髪を振り乱しながら、迫り来る女性のズゥンビ。それを前にしてシーナはいたたまれない視線を向ける。
 そして、彼は唱える。全てを浄化する光を。
 ピュアリファイ――神の祈りの元、その腐った身体はボロボロと崩れていった。
(「‥‥黒魔法には死者を操る術もあると聞きますが‥‥その思惑、果たして意図的なものなのでしょうか」)
 そんなことを、シーナはふと考えていた。

 振り下ろされた剣は、どこぞの騎士のものだろうか。
 そんなコトを考えながら、忠信はその攻撃を見切りを付けてかわす。足払いでバランスを崩そうとするが、かつて鍛え上げられただろう筋肉に阻まれて、思うようにいかなかった。
「どいてくれ!」
 追いついたピノが聖なる力を身の内に集中する。
「闇と共に滅せよ!」
 忠信が退くと同時に放たれたブラックホーリーが、ズゥンビの身体に直撃する。抵抗する力無く、そのダメージをモロに受けた相手は、グラリと身体をよろめかせた。
「よし。攻撃は効くようだ。このまま撃てるだけ撃つぜ!」
 忠信がそのまま体当たりをして倒した相手に向かって、ピノは再び魔法を放つ準備を始めた。

「これで‥‥トドメよ!!」
 足払いにより倒れたスカルウォーリアーを、オーラパワーを宿した両の拳がその頭部を粉砕する。ほぼ同時に放たれたフィリアのムーンアローも、その骨の身体を見事に貫いた。
 その音を聞いた瞬間。
 それまで防戦一方だったシーリウスも、目の前の少年のズゥンビを一刀の下に両断した。
「‥‥安らかに」
 最後に残ったのは、ガッポ、そしてシーナと対峙するズゥンビの女性。死してからまだ間もないのか、腐敗の少ないその身はまるで生きているようで。
 見事なまでの金髪がゆらりと風になびいていた。
「やはり‥‥遅すぎましたか‥‥」
「お姉さん‥‥」
 唇を噛み締めるガッポ。シーナは沈痛な表情で彼女を見る。
 やがて――ズゥンビが飛び出す。
 その動きを止めるかのように、ガッポのホイップが足元を叩く。そして、シーナが再び浄化の光を――ピュアリファイを彼女に与えた。貫く聖なる力は、無情にもその身を貫いて‥‥。

●残滓
 竪琴の奏でる音がもの哀しげに響く。鎮魂歌とするそのメロディを、フィリアはゆっくりと捧げていた。
「どうか‥‥心安らかにお眠り下さい」
「‥‥ね、姉ちゃん‥‥!」
 号泣する依頼人を前に、冒険者達は黙祷する。
 あの後、教会を色々と調べてみたが、特に何も出てこなかった。が、一つだけガッポが気付いた事がある。それは依頼人の姉の、ズゥンビとしての状態。他は皆、切り傷による死傷があったというのに、彼女だけにはそれがついていなかったという。
「‥‥結局、真相は藪の中、か」
 誰が呟いたのか。
 ポツリと響いた言葉を聞きながら、陽がゆっくりと沈んでいった。