報い

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月02日〜03月07日

リプレイ公開日:2005年03月09日

●オープニング

 冬の冷たい風が頬を撫でる。
 小高い丘の上、彼女が好きだったその景色の元に作られた墓を前に、若者は踞った格好で泣きじゃくっていた。土の下に眠る大好きだった姉を思って。
「姉ちゃん‥‥どうして‥‥」
 彼女の遺体はすでにない。残された形見の品だけが、土に埋められているだけだ。
 どうして姉が死ななければならなかったのか。何故教会なんかに行ったのか。あそこは、村人なら絶対近寄らない筈の場所なのに。
 冒険者達から姉の死を知らされた時から残っていた疑問が、ぐるぐると頭の中を回る。
 そして。
「あいつ‥‥あの男が‥‥ッ」
 思い浮かぶのは、姉の婚約者だった男。かつて自分達兄弟を蔑んでいた男。
 それなのに姉は男との結婚を決めた。合意の上なのか、無理矢理なのかは分からない。だが、若者にとっては、それはきっと無理矢理なのだと信じていた。
 それに冒険者達から聞いた話では、姉の身体には傷一つ無かったという。それなのに姉は死んでいた。ズゥンビ達に殺されたのならば、傷の一つでもなければおかしい、と。
 それならば。
「アイツが‥‥きっと‥‥」
 心中に燃え盛る炎。
 キッと上げた瞳は、どこかぎらついているように見える。それは決して夕陽の照り返しばかりではなく‥‥。
「姉ちゃん。仇は‥‥討つよ」

 ――ギルドに一つの依頼書が出たのはその翌日。
 姉が死んだ原因を究明して欲しい、と。

●今回の参加者

 ea1355 シスカ・リチェル(21歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7528 セオフィラス・ディラック(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7725 シーナ・ガイラルディア(34歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9089 ネイ・シルフィス(22歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9436 山岡 忠信(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb0444 フィリア・ランドヴェール(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb1031 李 香桃(40歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ノリコ・レッドヒート(ea1435

●リプレイ本文

●最初の辻
「そっかあ、元気出してよね。ちゃんと前向いてれば、運気は開けると思うわ」
 そう告げるシスカ・リチェル(ea1355)の言葉に、村人の表情がホッとしたものに変わる。それを確認してから、彼女もまたニコリと笑った。
「それじゃあ、次の方〜」
 相談事を解決しながら村人に話を聞こうと、辻占いを出したシスカ。初見無料というのが功を奏してか、気が付けば長蛇の列が並んでいる。
 さすがに今日一日はここにかかりっきりになるだろう。
「弟くんの見張りはノリコちゃんに一任したし、まあ大丈夫よね」
 そう呟いてから、目の前に座る村人に向かって笑顔を作る。
「どのようなご相談かしら?」

●依頼人の闇
 暗い面持ちの依頼人を前に、シーナ・ガイラルディア(ea7725)がゆっくりと頭を下げる。
「‥‥先日は、姉上を無事見つけ出せず、申し訳ございませんでした」
「お元気してましたか?」
 まず先に、と弟の元へ訪れた李香桃(eb1031)も、彼の様子を見て元気付けるように声をかけた。
 が、さすがに彼の表情が晴れる事はなく、その双眸に昏い影を宿している事は、シーナの目から見ても明らかだ。その様子を遠目で観察していたネイ・シルフィス(ea9089)は、自分にも覚えのある感情を沸き起こさせる。
(「あいつの瞳、昔のあたしに‥‥」)
 ハーフである自分のせいで迫害され、死んでしまった両親。その復讐に燃えていた頃の自分に。
 それだけは絶対させないと、彼女は心の中で静かに誓う。
「一つお聞きしたいのですが、お墓を築いたのは婚約者の方ですか?」
 そう聞いた途端、キッと強い視線がシーナに向けられる。
「誰があんなヤツッ! アイツは‥‥あの男、一回も姉ちゃんのトコに来ねえんだよ! やっぱりアイツが」
「落ち着いてください。で、ではお姉さんとその婚約者の方について、何か聞いてはいませんか?」
 激昂する依頼人を宥めつつ、香桃が更に質問を重ねる。
 が、頭に血の上ったままの状態では、さすがに相手もまともに答えてくれない。ぶすくれたまま、だんまりになってしまった。
「少しでもいいんです。あなたの胸の内を吐き出すことで、多少は心も落ち着く筈です」
 静かに言い聞かせるシーナ。
 それが少なからず響いたのか――やがて、依頼人はポツリポツリと口を開き始めた。
「――姉ちゃんが結婚するって聞いて、俺‥‥姉ちゃんと、ケンカして‥‥」
「それで?」
「あの日も‥‥姉ちゃんがいなくなる日も、ケンカしたままで‥‥俺‥‥」
 グッと強く握る拳。噛み締める唇が痛々しい。
 おそらく、彼の中で姉と仲直り出来ずにいた事が、多少なりとも心残りだったのだろう。
「あんたの姉ちゃんに対して‥‥少しは償いたいんだね」
 そっとネイが手を肩に当てると、彼は黙ってこくんと頷いた。

 それきり――しばしの沈黙が流れる‥‥。

●歴史
「それほど古くはない――」
 そう言い置いてから、男は前に座る冒険者――ピノ・ノワール(ea9244)を相手に語り始めた。
 男は依頼があった村より数キロ離れた村の有力者。領主という訳ではないが、近隣の土地を所有している男だ。
「カルヴァンの家は、元々この地の出身ではない。キャメロットより移り住んだ一家がその始まりだ‥‥」
 男の言葉を、ピノは真剣に聞いている。
 元々手掛かりも少ない状況の今回の事件。一度関わりを持ってしまえば、解決出来なかった事がいつまでも心残りとして、釈然としない思いで今日まで過ごしてきた。
 ならばその真相を突き止めよう、と思うのは自然のこと。
 そしてピノは、教会の死者達が操られていたのではないか、との疑念がどうしても拭えない。
「この近辺で、黒魔法を使える者がいるのでしょうか?」
「‥‥いや。そのような事はあまり聞かぬ。護衛といえば、もっぱら腕の立つ者を選ぶからな」
「そうですか」
 落胆しかけた、その時。
「――そう言えば」
「え?」
「確か、あの村にある古びた教会‥‥あそこにいた神父が、確か黒のクレリックの方だったと聞いておる」
「! ――その方は今どこに?」
「いや、あの教会が廃れるに従って、何処かへ消えたとの事だ」
 それが本当なら、やはりあの教会には何かがあるのだ。
 或いは、今の教会の人間が何かを知っているかも知れない。そう考えたピノは、すぐさま立ち上がる。
「――今日はありがとうございました」
 そう言い残して、急ぎその場を後にするのだった。

●花嫁の表と裏
「では拙者はカルヴァン家の方へ」
「ええ、私はこの教会で一度確認してみます」
 共に村人――主に依頼人の姉の友人達――に話を聞いた後、山岡忠信(ea9436)とフィリア・ランドヴェール(eb0444)の二人は、一旦別れる事にした。
 聞き込みによって分かった話では、結婚が決まった当初、彼女はどことなくぼんやりすることが多かったという。時々視線が遠くを見つめ、話しかけてもどこか上の空だったとか。
 実際、結婚自体もかなり衝撃だったらしい。
 なにしろ、カルヴァン家と彼女達姉弟は、村でも噂になるほどの確執があったとか。
「それなのに彼女は結婚を決意したでござるか」
「きっとよっぽどの理由があったようですね」
 聞けば――廃れた教会の神父をしていたのは、依頼人の血縁。そして、今の教会の神父は‥‥カルヴァンの血縁者だという。
 だとすれば、おおよその図式が見えかけてきた。
 遠去かる忠信の背を見送ってから、フィリアは改めて目の前に立つ教会に向き直った。以前見たあの廃れた教会と違い、とても立派な建造物だ。
 が、どことなく虚構の印象を受けるのは、気のせいだろうか。
「‥‥古い教会の神父様は、どうされたのでしょうか?」
 ポツリと呟いてから、彼女は一歩を踏み出した。

●教会――光と闇
 誰もいない聖堂に、セオフィラス・ディラック(ea7528)は一人佇む。周囲を探るも特に殺気もなく、自分だけだという事を確認するだけ。
「何故、彼女は教会に‥‥立ち入り禁止のこの場所に来たのだろう‥‥」
 思案げに呟いてから、もう一度くまなく周辺を探る。
 一度調べているとはいえ、やはり見落としもあるかもしれない。その思いから、セオフィラスは一人でここへ来たのだ。
 当主の態度、そして動向。
 そこから窺える推測は容易い。
「おそらく知っていたのだろう。彼女が死んでいる事も、それがこの教会だという事も」
 ならば、その犯人は当主自身となる訳だが、さすがにそれは性急過ぎる。
「やはり、一度当主と依頼人をここへ連れてくる必要があるだろうな。そうすれば少しは‥‥ッ」
 ハタ、と振り返る。感じたのは‥‥殺気。
 身構えるセオフィラス。
 次の瞬間、物影から飛び出したのは――一体のズゥンビ。自分の姿を認めるやいなや、問答無用で襲いかかってくるそれを、セオフィラスは一文字に横へ薙ぎ払う。その拍子に、ズゥンビの手から何かがこぼれ落ちた。
 気にはなったものの、まずは敵を倒すのが先だ。
 ‥‥決着は、あっさりとついた。ズゥンビ一体では、所詮冒険者の敵ではない。
 そして、改めて落ちた物を拾った。何かの紋章のようにも見えるそれに――思わず目を瞠る。
「これは‥‥カルヴァンの‥‥」

 たじろぐ神父の前に冒険者が数人。
 誰もが皆、鋭い視線でもって神父を見つめている。
「死者となった哀れな魂の存在、知らなかったとは言わせませんよ」
 シーナの強い声。
 幾つかの情報。そして、依頼人からの話よりの推測に過ぎないが、目の前の神父はズゥンビの事を知っていた筈だ。
「そうね。そして、お姉さんの日記にはこうあるわ。『神父さんに相談しようと思う。やはりこのまま結婚する訳にはいかない。人目を避けるため、古い教会で待ち合わせよう』ってね。これってどういう事かしら?」
 シスカが見せたのは、姉の部屋から見つけた日記。依頼人の許可を得て、とりあえず家捜しをしてみたのだが、思いもかけないものが見つかったものだ。
 依頼人の姉は、自らの意志で教会へと行った。彼女はそこが、本来危険でもない場所だと知っていた。
 何故なら――。
「当然ですね。あそこは元々、彼女達の血縁者が管理していたのですから」
 柔らかく言い聞かせるように、フィリアが静かに詰め寄る。
 三者三様の攻め方に、狼狽する神父がようやくその重い口を開く。
「ち、違う。私は教会になど行っていない。あそこへはカルヴァンの坊ちゃんが行ったんだ。話し合う為にと」
「――では、彼はあそこに彼女がいたことは知っていたのですね」
 言い募るシーナの脳裏に、初対面の時の声を荒げた狼狽ぶりが過ぎる。
 つまりは‥‥そういう事だ。目立った外傷もなく、彼女が死者となったのも、おそらく当主が関係しているという事だ。
「お、お願いだ! この事は‥‥私が喋ったという事は坊ちゃんには」
「――誰にも何かをさせません。それだけはお約束します」
 フィリアの言葉に目に見えて安堵する様に、シスカはどこか蔑みの眼差しを送った。

●真相
 静かに目を閉じていた少年は、ゆっくりと目蓋を開ける。
「‥‥どうやら失敗したぜ。向こうに手掛かりが渡っちまった」
「な、なにっ?! ど、どうするつもりだ」
「どうもこうも‥‥あんたは終わりだって事さ」
 そう言い残し、立ち去ろうとする少年。
 慌てて引き止める男の、その顔は血相を変えていた。
「ま、待て! 見捨てるつもりか!」
「‥‥そもそも今回の事は、あんたがきちんと始末しとかなかったから悪いんだよ。これ以上のアフターケアをする義理はないぜ」
 それだけ言うと、悲痛の声を上げる男を残して、少年はさっさと出ていった。

 ――直後。

「な、なんだお前達は?!」
 バタンと大きな音を立てて扉が開く。突然の来訪者に怒鳴るカルヴァン家の当主。
 が、その声をあっさり無視して、忠信ら冒険者達はずかずかと入り込んだ。
「――これ以上しらばっくれるのは止めるでござる。こちらはおぬしのしでかした事の証拠は十分掴んでおるのでござるからな」
 忠信の言は多少はったりも含めていたが、強い態度で取り囲んだことで当主はすっかり気概をなくしていた。
「教会への立入禁止はあなたの家がしたことなのね。あそこで‥‥そう、きっと何人も人が死んだから」
 桃香の口調はどこかきつい。
 彼女は「死んだ」とひとまず口にした。内心「殺した」とは思わないでもなかったが、まだ確たる証拠を彼女は掴んでいないからだ。
「結局、婚約者があの教会で死んでいた事を知っていたのでしょう?」
「だからこそ、あの教会を調べるのを止めたのでござろう」
「ち、違う! わ、わたしは」
「違うならば‥‥私達と一緒に行こうではないか。彼女が二度亡くなったあの教会へ」
 その声に、誰もが振り向いた。ハッと当主が向けた視線の先にいたのは、教会を調べていたセオフィラスの姿。
 そして。
「一度も入った事のない場所に落ちていたこの紋章、どう説明つけるか?」
 差し出した紋章――カルヴァンの家の証でもあるそれを目にした時、当主はようやく折れた。項垂れるように崩れ落ち、がくがくと肩を震わせ始める。
「‥‥仕方、なかったんだ‥‥突然、結婚を止めると言いだし‥‥私は彼女を説得しようと‥‥だけど、どうしても‥‥一度は頷いた筈なのに! 弟の未来と引き替えに私の妻になると! それなのに!! 離れていくくらいなら、だから‥‥私のこの手でっ」
 理不尽な言い訳をくどくどと叫ぶ男。
 それを蔑みの視線で見つめる中、ピノが一歩前に出て尋ねる。
「一つ聞きたい。彼女が亡くなったあの場所に、何故あんなにもズゥンビがいた? それも‥‥死んで間もない彼女まで」
 それは、忠信もまた問い質したかった事。どう考えても裏で何かが引いていたとしか思えないのだ。
 だが、当主の答えは「知らない」との事だ。あの教会で彼女を殺してしまった後、どこからともなく現れた少年が囁いたらしい――禁断の悪魔の囁きを。

 かくして。
 事件はひとまずの幕を閉じる。
 カルヴァンの家は後を継ぐ者もなく廃れていき、やがて村には平穏が戻ってきた。教会もまた二つを合わせる形になったと、後日冒険者達は知った。
 その後。
 依頼人の若者が村から姿を消した事を聞いたのは、それからしばらく経ってからである――――。