●リプレイ本文
●聞込
フォレスト・オブ・ローズ騎士訓練校の廊下を、多少憤慨しながら歩くセレナ・ザーン(ea9951)。
「騎士を目指す先輩方がその様なことをしているなどとは信じたくありませんが‥‥」
他人を妬む心。
十歳の少女であるセレナには、少々理解出来ないものかもしれない。
だが、これ以上の悲劇を生むわけにはいかない。そう決めたからこそ彼女は、この依頼に立ち上がったのだ。
「なんにしろ、早いところ犯人を見つけるのが先決だな」
育ちの良さそうな顔立ちを持つライノセラス・バートン(ea0582)が、隣に立ってそう呟いた。
二人とも同じ騎士訓練校の生徒。
その身分を活かし、二人は聞き込みを行っていたのだが‥‥。
「やはり、評判はあまりよくありませんね」
「そうだな。ハーフエルフという事で、優秀になればなるほど反感を持たれる、か」
セレナもライノセラスも、特にハーフエルフという事に嫌悪はない。
しかし、長年根付いている差別意識というのは、早々になくならないものだ。現に、ざっと聞き込んだ中でもその反応は概ね同じだった。
クラブにスカウトしたい、というライノセラスの口実に、彼女と同年代の者達は、一様に眉を顰めた。実力があることを認める者はまだいいのだが、妬みから反感的な言動をする者達の言葉は、聞くに堪えないものばかり。
隣で聞いていたセレナも、根強い反感に落胆するばかりだ。
「アシュレイ先輩、本当に優秀なのですね」
そう言って、少しでも場を和まそうと話題を変えてみる。
だが、返ってくる言葉は、
「ハーフエルフなんだろ? 当然じゃねえか。」
「卑怯よねぇ、最初っから勝ち目なんてないわよ」
といった辛辣なものばかり。
それでも辛抱強く聞き込みを続け、二人は断片的にだが情報を得た。
それによると、マリアに対して一番強く当たっている女性がいるという。実力は彼女よりやや劣るが、貴族出身のため随分と見下した発言をするのだそうだ。
「女性、ですか?」
セレナが聞き返すと、一人の生徒がこくんと頷く。
「ああ。実際、アシュレイがいなけりゃ、ノートンが女性ではトップだしな」
「ノートンというのは」
「そいつの名前、アンジェラ・ノートンってんだ」
そこまで聞いて、ライノセラスは疑問を感じた。
その女性の実力がマリアより劣るというなら、彼女を傷つける事は出来ない筈。横を見れば、セレナも同じ事を考えているようだ。
が、次に聞いた言葉でその疑問が氷解する。
「俺が聞いた話じゃ、二人は同じ街の出身らしいぜ? ま、えげつないよなーわざわざこんなトコまで来て虐めるなんてな」
「なんだって?」
「それって‥‥二人は顔見知り‥‥?」
互いに顔を見合わせて、二人は大きく目を見開いた。
●勧誘
教室を出ようとしたマリアを、エリス・フェールディン(ea9520)が肩を叩いて呼び止める。
「少し、いいでしょうか?」
「‥‥何か?」
錬金術の教師としての立場で声をかけたエリスは、同族相手でも警戒を解かない彼女に対して、軽く溜息をつく。取りまく環境を鑑みれば当然だが、エリスは挫けず勧誘を試みた。
「錬金術を学んでみませんか?」
唐突な言葉だが、エリスにとってはいつものこと。
魔法ではなく錬金術を。それが彼女の行動原理だ。
「マリアさんの事件は聞きました。このような現状を打破する為、フォレスト・オブ・ローズ以外の学校でも礼儀作法の授業を加えてもらい、冒険者としてのモラルを学んでもらおうと思ってるのですが、どうでしょうか? それこそが教育なのだと私は思いますが」
堂々と言い放つエリスの言葉に、マリアの眉根が少し歪む。
にっこりと笑う彼女に対し、その表情はますます無関心のそれだ。
「余計な事は、しないでもらいたい。これは‥‥私達の問題だ」
「私達?」
問いかけを無視して、マリアはそのまま教室を出ていった。
ふと、彼女の言葉を思い返し、どうやらこれはただの差別問題より根が深そうだと感じた。
「怪我を負うのも‥‥ワザと?」
一人残ったエリスの呟き。
口に乗せた疑問に答える者は誰もいない。
●尾行
視線の先にマリアの姿を認め、ヴァイゼン・キント(ea8751)はおもむろに尾行を開始した。気配を感じさせずに歩き、また相手を見失わない程度の距離を保つ。
自分と同じハーフエルフ。
不意にギルドで集まった時を思い出す。
『――手を取り合って仲良しこよしなんてこっちから御免こうむるが、こんな事件が続けばいつ俺にも火の粉が降り掛かってくるかわからないからな』
依頼を受けた動機を話した時、その場にいた者達は少しだけ引いていた。
尾行を提案した時もそうだ。
『‥‥打ち合わせはいらない、と?』
そう聞いたのは、華国出身の人間で斬煌劉臥(eb1284)。
『ああ。俺は一人で尾行する。他の連中が発見されても助けないぜ。勿論、俺が捕まった場合も同じ事してくれて結構だ』
『本当にそれでいいのですか?』
それまで黙って聞いていたエレナ・レイシス(ea8877)がそう尋ねても、答えは同じだった。
『誰か一人でも情報を持ち帰れば、それが一番手っ取り早い方法だろ?』
どこかぶっきらぼうな言い方。
だが、その意図するところを二人は察し、ヴァイゼンの案に乗った。
三者三様に尾行を続ける。
時折、周囲を確認し、自分達以外にマリアを尾行する者がいないかどうかを調べる。
「傷つけることしか出来ないなんて、情けないですね」
呟きはエレナのもの。
差別をする。それがどんなことを引き起こすのか。
取り返しがつかない事が起こっては遅すぎるというのに。
マリアの姿を視界に収めながら、彼女自身も自らの考えを見直しつつあった。
「二人は‥‥あそこだな」
なるべく距離を開け、劉臥は注意深く進む。
かなり腕が立つと聞いた女性――マリア。そんな彼女に怪我を負わすのだから、相手は相当の手練れに違いない。
出来れば、これ以上彼女を傷つけたくない。その安全のため、逃げる時間ぐらいは稼ぐ。それだけが自分に出来ること、と考えながら。
「‥‥ん?」
マリアの行動を追っていて、ヴァイゼンはふと疑問を感じた。
彼女はどんどんと人気のない方へと歩いていく。偶然かとも思ったが、その歩みに迷いはない。
「‥‥なかなか骨が折れるな」
忍び歩きに自信があるとはいえ、気配を断つのも万能ではない。
まして相手は、騎士訓練校でもトップクラスの実力者だ。
「それにしても、彼女は一体どこへ‥‥」
気付かれぬように尾行する三人。
そのままマリアが向かったのは、どうやら学校の裏庭のようだ。
「そういえば、よく裏庭で剣術の訓練をしてると言ってたな」
依頼人の少女の言葉を思い出し、さらに後を追おうとしたヴァイセンをいつの間にか後ろにいた劉臥が押し留めた。
「待て、あれを」
促した視線の先、いたのはマリアと――彼女を待ち伏せる人影。
●対峙
「‥‥どうだ?」
「うん、やはりここでした」
対峙する二人を別の場所から見守るのは、ライノセラスとセレナの二人。
事前の情報で人目の付かない場所、そしてマリアがよく行く場所を調べた二人は、先回りをしてこの裏庭に潜んでいた。
その目論見通り、一人の少女がやってきて‥‥マリアがやってきたのだ。
「――意外としぶといのね。あれだけ痛めつけてあげたのに」
「アンジェラ‥‥」
「気安く名前を呼ばないで! 貴女のようなハーフエルフに呼ばれたら、折角の名が穢れてしまうわ!」
周囲で冒険者が見守る中、二人は言い争い始める。
とはいえ、熱くなっているのはアンジェラと呼ばれた少女だけで、マリアの方はどこか沈痛な面持ちを浮かべて、ただじっとしているだけだ。
その様子に見かねたのか、エリスがおもむろに飛び出した。
「――時代錯誤な行為をして楽しいですか? それとも、ハーフエルフを受け入れることも出来ない、器しか持ってないのですか?」
本来なら狂化して高飛車に振る舞いたいと思っていたが、それは同じハーフエルフであるヴァイゼンに止められていた。これ以上、ハーフエルフに不利な材料をさらけ出すな、と。
「‥‥お前達‥‥」
エリアが姿を見せた事で、他の者達も二人の前に姿を現した。
「な、なによ貴方達。まさかこのハーフエルフに味方するつもりなの?」
形勢が不利だと察したのか、アンジェラは声を荒げる。
「このハーフエルフはね、わたくしにとって仇も同然なのよ! だからわたくしがどう扱おうと構わないのよ」
そう言って手を挙げようとしたところを、ライノセラスが寸前のところで止めた。
「それくらいで止めておけ」
「は、放してッ!」
「‥‥わたくし達の尊敬する先輩方に、このような不名誉な事をなさって欲しくありません」
セレナの言葉に、だがアンジェラは過敏に反応した。
「あ、貴方達に何が解るというの!」
「例えどんな理由があろうとも、騎士とは騎士道を守り、名誉を重んじ、公明正大であらねばならない者でございましょう? どうか‥‥」
「種族の違いを理由にした迫害と言うのは、俺は気に入らんな」
劉臥の言葉引き金になったのか。
パシン!
アンジェラが振り解いた手が当たり、甲高い音が響く。
誰もがハッとなる中で、様子を窺っていたエレナだけが冷静に彼女の様子を観察する。どうやらただの軽蔑だけが原因ではなさそうだった。
「何も知らないで勝手なこと、言わないでよ! この女はね、あたくしの母を殺したようなものなのだから!」
振り絞るような絶叫は、思いもかけない言葉で。
集まる視線に対して、マリアはただ一言。
「‥‥そうだ。だから、これ以上、私に構うな」
苦しげな顔。
そこには安易に立ち入る事が出来ない事情が見え隠れしていて、誰もが言葉を失う。
一瞬の静寂をうち破ったのは、まてしてもアンジェラだ。
「狂化なんて‥‥突然狂い出すハーフエルフなんて、わたくしは認めないわ!!」
そう言い残し、彼女は走り去っていった。
残された冒険者達は、それ以上言うべき言葉を持たず、ただ押し黙るだけで。
そして、マリアもまたその場から立ち去っていく。彼女の後ろ姿を見送りながら、ヴァイゼンがぽつりと零す。
「‥‥個人的な事情なら、後は彼ら自身に任せるしかない、か‥‥」
その根は深く、短時間で解決出来る問題でもなさそうであった。