私をジャパンに連れてって

■ショートシナリオ


担当:葉月十一

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月06日〜04月11日

リプレイ公開日:2005年04月15日

●オープニング

 冒険者ギルドには、多種多様の依頼が日々舞い込んでくる。
 宮廷権謀に関わる一大事から、日常の些細なお手伝い程度といったものまで、冒険者達は自らの力量に合わせてそれらを選び取っていくのだ。
 だが、時には冒険者が集まらず、流れてしまう依頼もある。
 ギルドの方も、さすが力量に見合わぬ者達を送り出す事は出来ず、苦渋の選択をするのだが、その為に悲劇に見舞われた依頼も幾つかあったかもしれない。

 その日。
 優雅にギルドの扉を開いて入ってきたのは、溢れる気品に身を包んだ少女。どうみても令嬢と思しきそんな彼女は、一歩足を踏み入れてからおもむろに後ろを振り返った。
「どうしたの、リュート。早くいらっしゃい」
 呼びかけは、どうやら彼女の従者へ向けてのようだ。
 その声に反応して、再び扉が開く。
 そして入ってきたのは、まだ年若い少年。
 ザワッとギルド内にざわめきが沸き立つ。視線が一転して少年の方に集中する。その事に気付いているのか、少年は真っ赤な顔で俯いた。
 何故ならば‥‥少年は褌一丁の姿だったからだ。様々な者が集まるギルドにおいても、その姿は少し(いやかなり?)異質だろう。
 だが、少女の方は別段気にした様子もなく、少年の名を呼ぶ。
「ほら、リュート。早くして。ここで依頼をすればいいのよね?」
 尋ねる声色にどこか昂揚したモノを感じるのは気のせいだろうか。
「あ、ああ‥‥じゃなくって、はい。お嬢様、ここで依頼をすればいいんです。でも、本気でやるんですか?」
 おどおどした様子のリュートに対し、少女は当たり前だとばかりに頷いた。
「勿論よ。お父様に言ってもまるで埒があかないんですもの。ここは噂に名高い冒険者の方々に頼んでみた方が近道ですわ」
「で、でも‥‥」
 なおも躊躇する少年の言葉をあっさり無視し、少女は受付に座る男と向かい合った。
 そして、一言。
「――私、ジャパンに行きたいんですの。どなたか連れてっていただける方をお願いします!」
「‥‥え?」
 優雅に微笑む少女に対して、受付の男はポカンと間抜け面を晒す事となった。

 少女の名はマーナ。とある貴族の一人娘である。
 そんな彼女は少々変わった趣向の持ち主で、殿方は逞しい肉体美を持っていなければならないという信条を持っていた。そして、その肉体を誇示出来るフンドシなるモノを、心から偏愛していた――自らの手でレースのフンドシを作り出す程に。
 彼女の作ったフンドシは、手始めとばかりにお屋敷に出入りしていた植木職人見習いのリュートがその犠牲となる。今現在、彼がそれしか付けられないのも、彼女のたっての願いだ。
 そうして暫く経った頃、彼女のジャパンへの憧れは日々強くなっていた。
 曰く、住人全てがフンドシを身に付けて往来を闊歩する、憧れの『フンドシパラダイス』だという妄想は、留まるところを知らず、遂に彼女は決意した。
 ジャパンへ行きたい、と。

「‥‥て、事なんだよ」
 ぼそぼそと受付に説明するリュート。
 マーナの方は飲み物を用意したテーブルで静かに待っている為、その声は聞こえていない。
「お館様の方もほとほと参ってるんだよ。お嬢様、言い出したらきかないからさ」
 苦笑いを零しつつ、嘆息する少年。
 その様子を、受付に座る男は憐憫の視線で見つめる。
「でさぁ、悪いんだけど冒険者の方、集めてもらえないかな?」
「如何に冒険者とはいえ、月道を無理に通る事は出来んぞ」
 そう、少女の依頼とは、厳重管理された月道への強行突破というもの。
 父親へ頼んでも、それは無理だと断られ、月道へ直接赴けば警備の者にすげなく追い返される。思い余った彼女は、冒険者を雇って強行突破すればいいと考えたのだ。
 が、そのあたり少年の方も心得ていて。
「そのくらい、俺にも解ってるって。一応さぁ、これはお館様からの依頼なんだけどさ‥‥依頼を受けるふりをしてお嬢様を説得して欲しいんだ。もしくは、月道への警備が失敗したことで冒険者でも無理だって思わせる、とかさ」
 あはは、とどこか乾いた笑いを見せるリュート。
 彼もまた、雇い主である父親と娘の間でかなりの板挟みになっているのだろう。
「なあ、頼むよ。一応、お館様からは結構な報酬が出るって事だから」
 手を付いて拝む少年の姿に、男はやれやれといった溜息をついた。
 褌一丁の姿にさせられても、少女に従う少年の気持ちを汲み取り、男はその依頼を受け取った。

●今回の参加者

 ea0231 レクルス・ファルツ(37歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea1182 葛城 伊織(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5459 シータ・セノモト(36歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea8761 ローランド・ユーク(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1171 レザード・リグラス(30歳・♂・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1231 フィリア・レスクルト(16歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb1503 フレア・カーマイン(38歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●酒場の密会
 ギルド近くの酒場の一角。
 そのテーブルは奇妙な沈黙に包まれていた。どことなく暗い雰囲気が漂い、まるでお通夜のような印象だ。
「で、どうする? 下手すると国が相手か‥‥」
 おもむろにレクルス・ファルツ(ea0231)が口を開く。落ち着き払った様子を見せているが、内心かなり冷や汗を流していた。
 それに追従する形で葛城伊織(ea1182)が言葉を紡ぐ。
「故郷に憧れもってもらえるってのは嬉しいもんだが、この嬢ちゃんはちょいとかっ飛ばし過ぎだな。今後きちんと渡る為にも今回は失敗してもらうか」
 そう呟いた伊織。
 そこで提案されたのが、変装して依頼を受けたフリで計画を立て、そこを偽の警備隊に襲わせるというもの。
「それなら私、警備隊の方をやるね」
「うちはその手伝いやな」
 シータ・セノモト(ea5459)が手を挙げると、同じように手を挙げたフレア・カーマイン(eb1503)が援護に回る事を告げる。
「なんだか、色々な意味で凄いお姉さんですね」
 呟いたのは、それまで黙って相談を聞いていたフィリア・レスクルト(eb1231)。
 今回のメンバーでは最年少で、おそらく例のお嬢様にも年は一番近いだろう。どこか感心したようなその呟きに、他の者達は苦笑するしかなかった。
 ただ一人、ローランド・ユーク(ea8761)だけが誰にも見つからないようにニヤリと笑みを浮かべている。
 その彼の胸中は――。
(「フンドーシデザイナーはイギリスじゃレアだ。ここでいっちょ顔を繋いでおけば、ふんどし横流ししてボロ儲けだぜぇ!」)
 果たして彼の企みが巧くいくのか。
「では、そろそろ行きましょうか」
 一人相談の輪から離れて、仲間の様子を窺っていたレザード・リグラス(eb1171)の言葉を合図に、冒険者達は作戦遂行の為の行動を開始した。

●宿屋の密談
「‥‥と、言うことだ。お嬢さんの依頼は俺達が引き受ける事になった」
 仮面に顔を隠した男『シュルツ』――レクルスが名乗った偽名――の言葉に、場の空気が幾分緊張を張る。
「『伊蔵』だ、宜しく頼む」
 そう名乗ったのは、ジャパン出身の伊織。なるべく四十代に見せようと、低い声色を使ってみる。
 直後、バッと彼の手を取るお嬢様。
 その瞳は、星でも降ったかのようにキラキラ輝いていた。
「まあ、貴方はジャパンからいらっしゃったのですね! 是非、お聞きしたい事がありますの、ジャパンではやはりあの素晴らしい衣装であるフンドシを皆さん身に付けていらっしゃるのですね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
 若さの勢いはさすがのもの。
 とはいえ、そこはおっさんを演じた伊織は、なんとか彼女を宥め賺し、自分の知るジャパンの風景を話し聞かせた。勿論ジャパンのフンドシ事情も知る限りの事を聞かせ、その時の彼女の様子は輝かんばかりの笑顔だった。
 が、そこへローランドが割って入る。
「ふんどしの美しさは、漢の美しさ! レディマーナ、貴女は素晴らしい!」
 そう叫びながら、何故か一枚一枚と着ている物を脱いでいく。
 そして、最後にはフンドシ一枚の姿を彼女の前に晒した。見事な肉体を覆う、僅か一枚の布。
「まあっ!」
 彼女が上げたのは悲鳴‥‥ではなく歓喜の声。
「ふんどし愛好家同士、是非とも話し合おうではないか!」
「ええ、是非ともパリでのお話、聞かせてくださいませんか」
 そうして花が咲くふんどし談義。
 結局、他の者達をも巻き込んで、月道突破作戦はほったらかし、終始ふんどしについての話し合いとなる。
「ジャパンでは奥ゆかしい事が好まれ、真の姿を晒け出すのは真に極まった時のみだと聞いているが」
 仮面の男がそう言えば、
「ジャパンに置いてきちまった娘、生きてりゃあ今頃嬢ちゃんと同じぐらいか‥‥会いてえな」
 しんみりと四十過ぎの男が呟く。
「この国には君のような天才が必要なんだ! ふんどし後進国のこの国の、フンドー史を塗り替えるにはなっ」
 そう鼓舞するようなローランドの言葉に、マーナお嬢様の顔はすっかりその気になっていた。
 傍で見守っていたリュート少年の制止する声も無視し、おもむろに立ち上がる。
「そうね! 私の手で変えていければ‥‥きっと!」
 もはや諭すことすらままならない。そんな意味を込めてフィリアは、やれやれと溜息をついた。
 が、この調子ならお嬢様の気が変わるのも時間の問題か。
 どこかやる気なさげな態度だったが、今のこの状況ではこれで十分だろう。
(「‥‥そろそろ、ですね?」)
 そんなコトを考えていた、矢先。
 いきなり窓を破る音が狭い部屋の中に響く。
 と、同時に何かが部屋の中へ入ってきた!

●宿屋の襲撃(偽)
「えっ?」
 イマイチ何が起きたのか分からない、といった風の表情を作るフィリア。
「だ、誰だっ!?」
 さっきまでの和やかな雰囲気とは一転。
 誰何の声を仮面の男――レクルスが上げる。が。
「ふふふ‥‥月道突破を目論む人達を私は許さない!」
 声の主は女性。
 だが、その顔には鮮やかな色彩を施されたマスカレードを被せ、同じく鮮やかな色彩のマントをバサッと音を立ててなびかせている。
 そして。
「月道秘密警備隊、隊長『セノモトン』、月道に代わってお仕置きよ♪」
 ビシッと指を付きだしての決めポーズ!

 ‥‥‥‥しーん‥‥。

 あまりの格好と口上に、誰もが思考を停止した。
 そこで慌てたのは、当の本人であるシータだ。
(「‥‥うわぁん、恥ずかしい。以前読んだ事のある本を元に考えたんだけど、やっぱり私には吟遊詩人の才能がないのよぉ」)
 内心汗だくになりつつも、表面上は必死で堪える彼女。
 その様子にフレアが慌てて援護に乗り出した。
 物陰からミドルボウによる威嚇射撃にて矢を放つ。矢が床に刺さる音を聞いて、ようやく固まっていた時間が動き出した。
「月道を荒らす愚か者ども、次は外しはせんで」
 低く響かせる声。
 警告する分にはそれでよかったが、ハタで見てみると女装の姿にそれはとても合っていなかった。誰にも見られなかった事が、せめてもの幸運だろう。
 とにかく。
 なんとか予定通りに襲撃は始まり、最初の打ち合わせ通りにレクルスが一歩前に出る。
「き、貴様らはもしや――」
 その最後の言葉まで発する間もなく、『セノモトン』‥‥もといシータの突き出した指に軽く触れたかと思うと、大げさに血を吐いて見せた。当然血糊の準備もしていたが。
「キャァァ――ッ!?」
 悲鳴を上げたのはお嬢様。
 無理もない。箱入りの彼女には、こんな大量の血を見る機会はなかっただろうから。
 そして、更に彼女を護ろうと伊織――四十の男が一歩前に踏み出すと、ミシッという音とともに床が抜け、あっという間にその姿が穴の中に落ちていった。
 さすがに蒼白になるマーナ。
 やりすぎたかな、とも思わないでもなかったが、とりあえず気を変える事が先決、とばかりにレザートとシータは残った二人に向かってスリープを放った。
「う、うぉぉっ!」
 あくまでも派手に、ローランドはその眠りに誘われ床に倒れる。
 フィリアもまた抵抗せずにそのまま熟睡の海に帰る。
 マーナお嬢様とリュート少年が残ったのを確認し、彼女をしっかりと睨んでからシータはそのままマントを翻してその場を後にした。
 互いの姿が見えなくなってから、改めてテレパシーで話しかけてみる。
「今日はこの程度で済んだけど、これ以上無理をしようというのなら、貴女はもちろん、近しい人間も無事では済まないわよ」
 口調を少しだけ怖さを煽るようにして。
 その言葉を聞いた彼女は、ハッと顔を見上げて隣にいる少年を見た。

 やがて、破れた窓から白く光る月がその顔を覗かせる――。

●文化の革命
「で、結局どうなったんだ?」
 そこはギルドにほど近いとある酒場。
 あの後の報告を、冒険者達がリュート少年から聞いているところだ。
「さすがにお嬢様も懲りたらしくてさ、しばらくジャパンの事は一言も喋らなかったんだ」
 レクルスの問い掛けに返った答えに、さすがにやりすぎたか、と反省する。
「ま、なんにしろ気が変わってなによりだ」
 その手には以前とは別の仮面がある。どうやらそっちの出番はなさそうだ。
「ま、嬢ちゃんには良い勉強になっただろ」
 そう言う伊織だが、内心ではジャパンへの興味を無くしてしまったか、と少々後悔もあった。
 が、次のリュートの言葉で話の方向は少しずれていく。
「でも最近、またフンドシを作り始めてさ‥‥」
 赤くなりつつ、彼が見せたのは新作のフンドシ。手作り感が一層際立った一品だ。
「おおっ、てことはとうとうデザイナー魂に火がついちまったのか?」
「‥‥みたいだ」
「てことは、そのうちこの国もパリやジャパンに負けねえふんどし楽土になるっつうことだな。あ、そだ。出来たら俺の勝負フンドーシっつうのも作って欲しいんだが‥‥」
 あくまでもローランドの頭の中はふんどし一色のようだ。
 が、それもまた人の趣味趣向、別段いいのかもしれない。
 はたしてレディマーナが、イギリスにふんどし文化を広める日が来るのだろうか?

 それはきっと、セーラ様のみぞ知る‥‥のかもしれない。